正解するカド二次小説。

第5話「ロトワ」と第6話「テトロク」の間の、沙羅花の物語。

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ワインに添えるワム

 久しぶりの休暇も、友人が帰るとやることがなくなってしまう。

 八月十一日、山の日。明日も一応は休日なのだが、霞が関でカド書類と睨めっこする予定だから、あまり休日にはカウントしたくない。

 休むことも交渉官の義務だ。笹内さんからも休暇をしっかり取ることを勧められ、同期の帰国日と祝日に合わせて休んだのがこの日だ。

 目の前には、ジュネーヴ勤務の薫子(かおるこ)がお土産に持ってきてくれた白ワインがある。ミランボー。ジュネーヴはスイスなわけで、わざわざフランスに行って買ってきてくれたのかと尋ねたところ、別にスイスでも売ってるよ、と教えてくれた。

「国連、かぁ……」

 ランチでの薫子の話は、かつての自分の勤務地を思い出させるものが多かった。

 彼女はジュネーヴ、私はニューヨーク。繁忙期もちょっと違い、私は国連総会の一般討論演説の始まる9月第三週火曜日の1か月くらい前からが一番忙しくなっていた。そういえば去年も薫子と忙しくなる前にランチしたなぁ、と思い出した。

 ミランボーの瓶をテーブルに置く。国内にいることがあまり常態化しない職業だから、私の官舎の部屋にはモノが溜まっていくこともない。

 カド。

 異方との交渉を行う人物として最近はマスコミに追われることも多くなってきた。なかなか外に出られないな、と思い、昨夜はアマゾンでいろんなものを買ってみた。でも段ボールから取り出すこともなく、こうして夜を迎えてしまっている。

 段ボールとベッドに囲まれて、私は休日の過ごし方を忘れていることに気が付いた。

 何をしようか。そんな疑問が湧きあがる。

 そんな中、思い浮かべたのは、薫子とのランチトークだった。

 

     ※

 

沙羅花(さらか)、これ頼んで!」

 バイタリティが溢れるという印象の薫子は、ありったけの日本食を食べていくと宣言して、入った料理屋で注文を連発している。

 カサゴの天ぷら、揚げ出し豆腐、ふきのとうの味噌和え……付き合っているこちらも健康になりそうな、典型的な和の定食だった。

「次は……鯖の味噌煮がいいな!」

「薫子、よく食べるね……鯖缶、ジュネーヴに持っていったら?」

「いやだよー。気圧の変動で万一漏れだしたら大惨事だし? でさ、沙羅花、真藤さんどうなの?」

「どうって……あの人、良く分からないから」

 薫子は国連政策課の真藤さんのファンだった。

 外務省の女性陣の中では真藤さんは根強い人気がある。あの仕事の出来なのに、まだ未婚という事実がモテモテの理由なのだけれど、実際に相対する立ち位置にいる自分としては、彼に恋愛感情や結婚願望を持つ人の気が知れない。

 宇宙人――いや、異方存在とスムーズに話をする人間の、何が面白いのだろう?

「今、あんなに近い位置にいるのに? もっとくっついて玉の輿なっちゃえばいいのに……あ、でも沙羅花も十分エリートだし玉の輿とは言えないか」

「やめてよ」

 宇宙の外側から来たというヤハクィザシュニナの交渉官と、安保理の意向を無視してワムの世界公開を行った日本の交渉官が懇ろだ、などという話は、いかにも世界のゴシップ紙が蟻のように群れてやってきそうな醜聞ネタだ。

「入省したての時に、真藤さんから缶コーヒー貰ったんだぁ……」

「はいはい、その話もう二十六回目だからやめよう」

「……沙羅花のバーカ。あ、そうそう。沙羅花はあれ、作れた?」

「あれ?」

「あれは、あれだよ。今、話題のあれ」

 そう言って、薫子は鞄を探り、

 忌まわしき二対の宝玉を取り出した。

「わ、ワム!?」

「そー! 私、作れたの! ジュネーヴで250回くらい試してね?」

 薫子はワムをテーブルに置いた。紙で作られたワムは、それがワムの証であるかのように、自然法則――重力に逆らって浮遊し始めた。

「いやね、ギリギリのタイミングだったんだ、これ。スイスの税関を通すの大変だったよー。まだ法改正が追い付かなくてね。使用済みの電気製品と言い張ってなんとか飛行機に持ち込めた」

「スイスの税関、テキトーすぎない?」

「もちろん、賄賂は渡したよ? ワム1つで手を打たないか、って保安官に」

「最低な交渉ね……」

「交渉時に吹き出す人に言われたくないなぁ」

「ぐっ……」

 薫子は全世界に公開された私の醜態を突いてきた。

「まぁ、政府代表として交渉してるときに吹き出せるのって、沙羅花くらいだと思うよ。真藤さんとは別のベクトルですごいっていうか……肝が据わってるよね」

「どうも……でもあれはほんと黒歴史になってるから。世界から何とか消し去りたい」

「ヤハクィザシュニナに頼んでみたら? ワムみたいな超常テクノロジーがあればできるかも」

「それは思いつかなかったかな……」

 私とヤハクィザシュニナの間には、根深い見解の相違がある。思想の違いといってもいい。そんな存在に助けを求めることなど、考えたこともなかった。

 彼、いや、あれは、ワムが人類に拡がるべきであることの理由を、「それが正解だから」と言い切った。だが、私の考えは違う。ワムは人類にもたらされるべきではなかった。私たちは正解を目指せるほど高尚な存在だろうか? 神のような存在から与えられた力を制御できる種族だろうか? 違う。

 私たちが目指すのは、「間違えないこと」ではないだろうか。

 現に目の前の薫子は、ワムの製造法を持ったことで、税関をパスできるほどの影響力を持っている。薫子に付随する生活領域だけならともかく、こういった事態がいろんなところで起きていると想像すれば、ワムがもたらす社会的混乱は私の想像を超えて余りある惨状を生みかねない。

 仮にワムが人類の格差を縮める素晴らしいものであったとしても――その変革は、もっと緩やかなものであるべきだ。

「沙羅花? さーらーかー? また難しい顔してー」

「あ。ごめんごめん」

「沙羅花は集中するとすぐそうなるよねー。沙羅花がワム作ってるところ、見てみたい」

「え?」

 ワムを、作る。

 事件の当事者なのに、そういえばワムを作ってみよう、などと思ったことがないことに気づいた。

「ワム作り……」

「沙羅花もやってみたら面白いって」

「嫌。ワムなんてなくたって生きていけるし」

「あれ? 沙羅花はワム反対派なの?」

「……そうだよ」

「びっくり。あれ、ニュースからは日本の政府高官はワム大好き! という印象を受けたけどなぁ」

 ちょうどそのタイミングで、鯖の味噌煮が二人分運ばれてきた。

「あー。仕事の話はナシナシ! 食べよ、薫子」

「はいはい」

 薫子との他愛無い話は、そのあと一時間半にわたって続いた。

 

     ※

 

「ワム、かぁ……」

 手が届きそうな位置にもたらされた、異方からの贈り物。

 作れると分かっても一度も試そうとしなかったのは、私の意固地なのか、単に仕事で手一杯だったからなのか。前者ではないと信じたかったから、ワムを作ってみる。

 パッドで動画検索をすると、幾人かのワム制作動画と品輪博士のワム作り動画が見つかった。とりあえず品輪博士の動画を参考に、作り方を見てみる。

 難しい。

 正直な感想がこれだ。動画ではスムーズに山折り谷折り、微妙な曲線に紙を折り舞げているが、とても困難そうに思える。

 案の定、私の力量では、まずワムのもとになる立体物を作ることが難しかった。

 なんか悔しくなってくる。

 先日、真道さんがいとも簡単にワムを作っているのを見たときは、ワムって結構簡単に作れちゃうのか、と思ったのに。

 薫子のお土産、ミランボーを開けた。お酒の作法には詳しくないので、この白ワインはリンゴジュースで割って飲む。飲みやすく、デパ地下のチーズにとても合う。

 酒が進むにつれてワム作りのペースも早くなってきた。

 折って戻して折って戻して……小学校の時の鶴づくりを思い出す。

 一直線に正解へとたどり着かなくてもいい。間違いさえ犯さなければ、再現性のある工程はクリアできるはずだ。

「うーん……」

 なかなか球体に作ることが難しい。そのくせ、作り上げた立体物を上から叩き潰して、構造物にしようとするイメージが湧かない。五枚、十枚とゴミになった紙が散らかり始めて、あーもう、とワイングラスに手をかけた。

 あれ。

 もうワインがない。

 珍しくペースが速くワインが無くなるな、と思いつつ、次の一杯を作る。

 時計を見た。二一時だった。

 先にシャワーを浴びよう、と思い立った。

 

 

 ちょっと、のぼせているかもしれない。

 久々のお酒に頭がふらついている気がする。

 ワムを作ろうとしても、手が震えてる。

「あー。もう! 真藤さんはなんであんなに簡単に作れちゃうの」

 だんだん苛立ってきてる自覚があった。そして、いつの間にか携帯を握って電話をかけている自分に気が付く。

「……もしもし?」

 出たのはヤハクィザシュニナさんだった。

「ヤハクィザシュニナさん! ワムの作り方! 作り方教えて!」

「おいザシュニナ、電話には出るなと言っているだろう!」

 スピーカーにしているのだろうか、真藤さんの声が聞こえた。

「真道しゃん? わたしでーす。徭、つ・か・い、でーす」

「誰からかと思えば……まぁ、ザシュニナに与えられた電話番号を知っているのはお前くらいだろうが……なんだ。こっちは機内に残った乗客に映画を提供することになり、その機材搬入で忙しい」

「えー。真道さんつれないなぁー」

「君、本当に徭君か? 盗聴されるとまずいし、切るぞ」

「まて真藤。彼女の言葉からは微弱な意識の拡散を感じる。ハルノルのベクトルに意識領域がシフトしていると考えられる」

「ハルノル?」

「アルコールデヒドロゲナーゼによる処理速度が追い付かず、血液中のアルコールの濃度が上昇したことにより、新皮質の働きが低下している状態だ」

「それはつまり、酒に酔っている、ということか」

「79%の一致をみる」

 ヤハクィザシュニナと真藤さんがスピーカーの向こうで何か言い合ってる。

「ヤハクィさんヤハクィさん、私は何を間違えてるんでしょう……」

「おい、徭さん。俺の声が聞こえるか? 真道だ……寝るんだ、今すぐ」

「真藤、彼女はワムの製造法を知りたがっているようだ」

「彼女が? なぜ?」

「分からない。だが、ありとあらゆる人類に私はワムを享受してほしい。彼女がハルノル傾斜によってワムを作ろうとしていることは、私にとって喜ばしいことだ」

「わーい。あのね、球体作りのところまではいいんだけど、そのあとの畳み方が分からないの」

「徭沙羅花、あなたはそれなりに異方の感覚を理解しうる適合者だ。ノヴォの原理を受け止められる脳の資質を十二分に持っている。しかし、ワムの原理を理解することを妨げている要素も同時に兼ね備えている。頑迷さは老人のそれを補って余りある」

「ザシュニナ。女性に年の話をするんじゃない」

 異方存在に詰られたみたいだ。

「徭さん、失礼した。じゃあこれで――」

「待って。どうやって球体を構造化するの? 六つの形を一つの球体に折りたたむなんて、どうやって」

「徭沙羅花。あなたは正解している。あとは正解まで走り――」

 プツン。

 ツー、ツー。

 電話が切れた。

 何かすごいことをしてしまっている気がするけれど……久しぶりに飲んでいるミランボーは美味しいし、最近ストレス発散してなかったし、別にいいや。

 それにしても、やっぱり真藤さんはムカつく。どこか私を見ていないというか、交渉相手なのにヤハクィザシュニナの方ばかり向いている。交渉相手(カウンターパート)として見てくれていない。

 ばん。ぐしゃ。ばん。ぐしゃ。

 紙を叩きつけているけれど、ワム作りは成功しない。失敗だらけだ。立体になる気配すら見えない。

 ……正解って、何だろう。

 多分、真道さんは知っている。ヤハクィザシュニナも知っている。私は、知っている?

 分からない。

 分からないから、間違えたくないんだ。

 多分、私がワム作りに挑もうとしなかったのは、分からないことを認めたくなかったから。知らないことを認めたくなかったから。

 間違えたく、ないからだ。

 ミランボーの辛さが舌を走った。リンゴジュースを入れ忘れたようだ。不正解だ。

 

 

 

 

 

 記憶がない。

 目が覚めたら、紙が散らかっていた。時計は朝の五時。

 お酒を飲みすぎたんだろうか。こんなのは久しぶりだった。

 携帯を開く。ショートメールが入っていた。発信元は真道さん。

 「しっかり布団に入って寝てくれ、風邪ひくぞ」

 ――どういうことだろう?

 悪酔いだろうか、少し頭痛がする。考えるのが億劫で、二度寝の睡魔に意識を預けることにした。

 

 

 




沖黍州です。



今、大事なのは速度だ、ということで、とりあえず妄想を文書化。

時間があったら改稿するかもしれません。


駄文にお付き合いいただきありがとうございました。カド、次話が楽しみです。沙羅花の未来はどうなるのか!?

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