あっ! カルデアのマスターがあらわれた! 作:私ワタシ渡しタワシ
華のJK剣士こと沖田総司は目をキラキラ輝かせて、オレの机にやってきた。
またぞろ何か楽しい事でも見つけてきたのだろう。彼女の口元からは隠しきれないポジティブな感情が見え隠れする。ともすれば歌いだしそうな勢いだ。
「それでですねそれでですね! 通りで新しいラーメン屋さんを見かけたんです! 今日の帰り、一緒に食べに行きません?」
→【沖田って、色々食べるの好きだよね】
【新撰組ラーメン?】
「そうでしょうか……? 私個人としてはそういうつもりはなかったのですが……昔は体も弱かったので、その反動なのかもしれません。あ! もしかして重く感じましたか!? 心配ご無用です! 今の沖田さんはスーパー元気なんでモーマンタイなんですよ!」
にっこり大きな笑みを浮かべてみせる沖田。これが剣道場ともなると、殺気すら垣間見せる冷たい瞳を映すのだから人間分からない。
とはいえ、どちらの沖田も彼女自身である事に変わりはない。花のような笑みも、鋭い切っ先のような眼差しも、どちらも彼女の魅力だった。快く了承しようとした矢先、教室の扉が勢いよく開かれる。
クラス中の視線が集中した結果、件の人物は扉の前で臆したようだった。気後れするかのような息遣いが漏れ、腰も引けてしまっている。
しかしここまで来て今更逃げ帰る訳にもいかなかったのだろう。破れかぶれの勢いをもって教室に侵入を果たすと、男はオレの所まで来て、単刀直入言い放った。
「いきなりだがお前に決闘を申し込む! 姉上にはもっと相応しい人が居るはずなんだ!」
顔を真っ赤にしてそう訴えたのは、我らがノッブ先輩の弟、織田信勝である。
単身上級生の教室に乗り込んできたかと思えば、信勝は果たし状を押し付けてきた。達筆で無駄に気合の入ったそれからは、信勝の真剣な思いが伝わってくる。
→【ちょっと待った。どういう事?】
【その意気や良し!】
「どうもなにもないだろ! お前が姉上を誑かしているのはとっくの昔に分かっているんだからな!」
口角泡を飛ばす勢いの信勝に、オレは思わず頭をひねった。ノッブ先輩を懐柔出来る人間なぞ、三千世界のどこを見渡しても存在しないと確信を持って言えるからだ。弟である信勝がそれを理解していない筈がない。
彼に歩み寄ろうとしたオレを踏み止まらせたのは、何を隠そう信勝のか細い悲鳴だ。
「ひえっ……! や、やる気か!?」
途端に露わとなった怯えっぷりに、まるでこちら側が悪役になったかのような錯覚が生まれる。託された果たし状も、こうなっては一切の意味をもたないだろう。
「信勝さんそれは誤解ですよ。大体いつもノッブの方からちょっかい出してくるんですから」
「し、しらばっくれるな! 最近の姉上ときたらいつもお前の話ばかり……!」
誤解に次ぐ誤解に終止符を打ったのが、当のご本人、我らが織田信長である。ラフでジャージーな姿に身を包んだ彼女は、我が物顔で教室の中に入ってくると、
「藤丸―。藤丸はおるかー……おお、おったおった。……なんじゃ信勝、こんな所でなにをしておる」
「あ、ああ、姉上!?」
これに驚いたのが信勝だ。見るのが可哀想になる程の動揺ぶりを見せ付けたかと思えば、先にも増して腰が引いてしまっている。半年に一度の割合で垣間見せる姉譲りのカリスマ性も、ここに来てとうとう水泡に帰してしまったと言っていい。
言葉をまごつかせる信勝に見切りをつけたのか、ノッブ先輩は改めてこちらに向き直った。
「まあどうでもよい。わしは藤丸に会いにきたんじゃしの。して藤丸! 今日は暇か? 暇なら暇でわしにちょっと付き合え。急にぱふぇが食いたくなっての。カップル割引が効くらしいんじゃ」
→【オレ達、何時の間に付き合ってたんですか?】
【ちょっと今日は先約が……】
「わっはっはっは! わしとそなたの仲ではないか! 細かい事を気にするでない!」
傍若無人の生き字引とは正にこの人の事を言うのだろう。好きなように生きて、好きな事をやる。数え切れないほど彼女の用事に付き合わされてきたが、それでも嫌いになれない所が彼女の魅力なのだろう。笑うたびに細められる瞳からは、心の底から楽しげな気持ちが伝わってくる。
所が、そうは問屋が通さないと言った所か、沖田総司がここぞとばかりに大声をあげる。もはや教室は混迷の様相を呈しつつあった。
「ちょーーっとまったーー! ノッブってば、いきなり現れて何言ってくれちゃってるんですか! 立香君は私とラーメン食べに行くんですから! ……え? まだ行くかどうか言ってない? ううっ、沖田さん持病の再発が……! ラーメン食べたら治るかもしれないのに……!」
「一人で行けばええじゃろうに」
「そりゃあノッブだったらそれで良いかもしれませんが、沖田さんは華のJK剣士ですから、一人では入りづらいと言いますか……それに、立香君と一緒に美味しいものを食べたいですし」
「わしだったら? そりゃどういう意味じゃ沖田。美少女じぇーけーたるわしをつかまえて、よくもまあのたまったものよ。てかわし先輩なんじゃが? 普通こういう時先輩に譲るもんだよネ?」
「ぶーー! ノッブは威厳がないんで先輩じゃありませんー!」
予想出来た事だが、案の定のぐだぐだっぷりである。彼女達は良い意味でも悪い意味でも相性が合っており、顔を合わせば毎度の如くぐだぐだしている。これで一度手を結べば凄まじい結束力を生むのだから大したものである。
とはいえ、こんな時にまで発揮されなくてもいいのにと思ったのが本音だ。彼女達はまるで図ったように同時にこちらへ向き直ると、
「藤丸! よもやわしの誘いを断る訳ではあるまいな?」
「ラーメン! 立香君は私とラーメンを食べに行くんです! そうですよね立香君!」
前門の虎と後門の狼に挟み撃ちされた形だ。どちらかについていけば、必ずやもう一方が牙を剥く。
無論二人とも、この程度の事でふて腐れたり、後々に尾を引く人間ではない。しかし、ノッブ先輩を選べば沖田が、沖田を選べばノッブ先輩が煽りに煽られまくるのは目に見えた結果であり、これ以上の騒動はなるたけ避けたいのが本音だった。
見れば、クラス委員長が鬼のような視線をこちらに向けている。あと数歩薄氷を踏み砕けば、彼女の怒りは有頂天に辿り着くだろう。
最後の頼みの綱、幼馴染モードレッドに目を向ければ、知るかとばかりにそっぽを向かれる。この世には神も仏もいないらしい。
進退窮まったオレを手助けしたのは、思いもよらない人物だった。彼は割って入ってきたかと思えば、それまでの畏まりっぷりが嘘のように大声を上げ、一世一代の大勝負に出た。
「(果たし合いをするという意味で)こいつは僕のものだーー! (姉上に任せたら本末転倒なので)たとえ姉上だろうとそれは譲れない! (姉上と沖田が一緒にいると空間がぐだぐだしてくるので)お二人とも、こいつから今すぐ離れてください!」
そして、世界を殺した。
「…………あれ?」
自身のしでかした愚行にようやく信勝が気付いたところで、全ては遅きに失する。彼の告白まがいのそれは各々に多大な誤解を与えたばかりか、野次馬を次々と生んでみせた。
「……信勝。すまなかったの。おまえの気持ちも知らずに……」
ノッブ先輩は弟の恋路を邪魔していた事に気付き、顔を悲しみに歪める。
「信勝さん、そんなに立香君の事が……こんなに情熱的な告白を見てたら、沖田さんもなんだかドキドキしてきました。でも、なんというか……立香君には普通の恋をしてもらいたいというかなんというか……あ、あはは、何を言ってるんでしょうね」
何もこんな時に恋について考えなくてもいいだろう沖田総司。
「はっはっは! 男同士というのも中々癖になる味わいだぞ!」
突然沸いて出てきたかと思えば、学園一の性豪フェルグス先輩が数々の大人グッズを託してきた。その道の先達者としての100%善意なんだろうが、先輩最低です。
「イケないわイケないわイケないわ!」
幼女ちゃん先生ことナーサリー先生は顔を真っ赤にしてうろたえていた。顔を手で覆ってるけど、指の隙間からこっちをガン見している。何を妄想しているんだろうか。
なんかもう、色々と酷い。
その後。
なんとか誤解を解くことに成功したオレは、あらためてノッブ先輩と沖田に付き合った。妥協案として提出した、結局どっちにも行けばいいんじゃねというぐだぐだ結論がまかり通った形である。
片方は日を改めてとなったので熾烈なじゃんけん勝負が行われたが、その顛末や趨勢は目も当てられないぐだぐだっぷりであったと言えるだろう。具体的に言えば三回勝負が七回勝負になり後だし疑惑に審査員が何度も論議を重ねる事となった。
結果的にカップル割引は成立しなくなった訳だが、今更振り返れば、ノッブ先輩はそういう細かい所を気にするような人間ではなかった筈だ。一体どうしたのだろう。
「使えるなら使っておこう程度の考えだったのが本音じゃが……強いて言うなら、沖田への当て付け半分、他の有象無象への牽制半分じゃな。最近はどうも唾をつけようとする輩が多いからの」
→【どういう意味?】
「なーに、気にするでない! そなたはおもしろおかしく楽しんでおけば、それでいいんじゃ!」
何か誤魔化された感が否めないが、とりあえずは今を考えるのが先決だろう。沖田の方を見やれば、じゃんけんに勝ったのが余程嬉しかったらしくすこぶる調子が良い。
「元々私の方が先に誘ったんですし、これが自然の流れという奴ですね! 沖田さんが先! ノッブは後です!」
「どーでもいいんじゃが、ラーメンって何じゃラーメンって」
「い、いいじゃないですか別に! 今の沖田さんは立香君とラーメン食べたいムーヴだったんですから!」
「何じゃ沖田。藤丸と何かを食べたいのか、それともラーメンを食べたいだけなのか、一体全体どっち何じゃ。はっきりせよ」
「へ? そんなの決まってるじゃないですか! 沖田さんはラーメンが食べたくてですね、それで立香君と一緒に食べられたら、もっともっと美味しいだろうなーっと……別に変な所ありませんよね? ちょっとノッブ! 何笑ってるんですか!」
ノッブ先輩に調子を崩された沖田は心底憤慨していたが、やがてその顔つきに笑顔が戻る。指差す方向には、件のラーメン屋が見え始めていた。
「あ! あそこですよあそこ! 一目見た瞬間ピンときましてですね! きっとノッブも立香君も気に入りますよ!」
勢いよく扉を開けると、そこには――――
「――あ? 沖田じゃねえか。なにしにきやがった」
「ひ、土方さん!?」
「何じゃ留年歳三か。こんな所で何をしておる」
そこには見知った人物がいた。
土方歳三、人呼んで留年歳三。
学園の生徒会長を勤める程の才気溢れる人間だが、異常なまでに学園に愛着を持ってしまい、卒業もせず学校に居座り続けている稀代の変人である。
「今は出払っているが、ここは近藤さんの店なんだよ。で、俺は店を代理で任せられたって訳だ」
「そ、そうなんですねー。そ、それじゃあ私達はこれで……」
「待て。お前ら飯食いに来たんだろ? 丁度客もいねぇし、座っていけ」
結果的に言えば、新撰組ラーメンの味は旨かった。ただ、延々と睨み付けてくる店主代理の視線が怖かったという印象が根強い。
「んー、特にオチとる訳でもないし、最後までぐだぐだしとったのお……まあ、是非もないよネ!」
「え、今度お気に入りの麻婆豆腐の美味しい店につれていってくれるんですか? やったー! 立香君のおすすめならきっと美味しいに違いないですもんね!」
「お、自らオチを作るとは流石じゃな」
く