終業式が終わり、お昼過ぎには学校からはほとんどの生徒が居なくなった。
私は、静かな廊下の壁に寄りかかって放課後職員室へ呼ばれた大毅を待っていた。
一緒に帰らなければならない訳では無いけど、どうせ潤にーのお昼ご飯目当てにうちに来るんだから一緒に帰るのが自然だ。
普段から素行の良い大毅が先生から呼び出されるのは悪い理由ではないだろう。
今回は多分…
「失礼しました」
「あれ、先に帰ったと思ってた。ごめん、待たせて。」
「ううん、大丈夫。先生に呼ばれたのって部活のこと?」
静かになった廊下に二人の声だけが響く。
「うん。3年まで続けられないかって。」
「そりゃそうだよー。せっかく全国まで行ったのに2年で辞めちゃ勿体ないじゃん。」
「まぁね。でも来年受験じゃん?部活やりながらじゃお前に追いつくの難しいと思うんだよね。」
「わ、私は帰宅部だし…」
急に引き合いに出されると焦る。
「同じ志望校目指すならライバルより上に行っとかないとさ。」
「え?抜けると思ってるんです?」
「ぜってー抜く」
不機嫌そうな口調とは裏腹に歯を見せる大毅。
昇降口から出ると、いつもより少し暖かかった。
「ホワイトクリスマスにはならなさそうだねー」
特に残念というわけでもないが、そうなったらいいなくらいな憧れはある。
「東京じゃ無理だろー」
大毅は興味ないらしい。
「だね〜。…ホントに続けないの?」
先程の話を掘り起こす。
「ん?んー、まぁね。」
「飽きちゃった?」
「そんなことないけどさ、全国行くって目標は達成できたしなんか満足しちゃったかな。」
「そっかー…」
「そんな顔すんなって、大学行ったらまたきっとやるよ!」
「ならまぁいっか!」
大毅は笑いながら話している。
彼はやると言ったことに対して努力を惜しまず必ず達成する、そんな人だ。
そんな彼が長い時間をかけて磨き上げた武道を辞めて決めて文学に励むというのは本当の事なのだろう。
でもきっと本当の理由は話してくれていない。
本人が話す気がないならそれでいいと思う。
けど、皆からの期待もあったし私も寂しく思う。
「あ、そうだ。大毅先行ってていいよ。早く終わったからお母さんのとこ寄ってく。」
「なら俺も行くよ。最近顔だしてないし。いいだろ?」
「もちろん!きっと喜ぶよ」
半年ほど前から体調を崩して入院している母を見舞う為病院へ寄っていくことにした。
…
……
………
「失礼しまーす、お母さん元気?」
病室の扉を開けるとベッドから起きて読書をしている母の姿があった。
「元気元気!あら、今日は大毅君も一緒?ごめんなさいね、こんなで。」
病衣にカーディガン姿の母がはにかむ。
「こんにちは!ご無沙汰してます。具合大丈夫ですか?」
「ありがとう、見ての通り元気よ!しばらく大毅君にも潤君にも会ってないから寂しかったわ」
母は朗らかに笑いながら冗談めかしてそう言う。
「すみません、色々忙しくて…おばさんいつごろ帰ってこられそうなんですか?」
「そうねぇ、元気だからすぐにでも帰りたいんだけどまだ精密検査とか色々やるみたいだから年明けになっちゃいそうなの。それまで千愛美のことよろしくね?」
「何言ってるのよお母さんは〜お世話してあげてるのは私の方よ?どうせこのあとうちにご飯食べに来るんだから。」
晩御飯の食卓には大毅が一緒にいることが多い。
「お前は何もしてないだろ?潤さんのご飯が美味しいんだよ」
「「同感」」
母娘声が揃った。
「クリスマスに女の子のうちに来るなんて潤君も大胆ね!」
「おばさん、千愛美と考えてる事、一緒ですね」
…
……
………
小一時間程談笑し、帰ることにした。
「それじゃ、潤にーがお腹すかせて待ってるからそろそろ帰るね!」
「だからお前は何もしないだろって。」
「ふふふ、ありがとうね。二人と話せて楽しかったわ。大毅君も良かったら1人ででもいらして。病院は退屈だから相手してくれると嬉しいわ。」
「はい!またゆっくりと寄らせてもらいます!」
「それじゃ、お母さんまたねー!」
「はいはい、気をつけて帰るのよ〜」
「はーい、じゃね!」
ひらひらと手を振る母に見送られ病室を出た。
あれほどはしゃぐ母を見たのは久しぶりだった。
大毅が顔を出してくれたのがえらく嬉しかったようだ。
半年程前、家で倒れそうになったお母さんを潤にーが病院まで連れていってくれた。
初診では過労と診断され、しばらく入院していたがすぐに回復し普段通り元気になり退院した。
ところが、家に戻ると再び体調を崩し入院が必要になるという奇妙な症状が続いており、原因は未だわかっていない。
家に何か悪いものがいるんじゃないかとお祓いを頼もうとする母をそろそろ抑えられなくなりそうだ。
「おばさん早く良くなるといいな。」
「うん。病院だと元気だから安心だけど理由わかんないみたいだし家帰ってくるとだんだん具合悪くなるみたいなんだよね。なるべく負担かからないよう家事とかはほとんど潤にーがしてくれてるんだけど…」
なんとなく空気が重くなる。
「まぁほら、おばさんによろしくって言われたし潤さんも居るし帰ってくるまでしっかりやろうぜ?」
珍しく気をつかってくれてるのがわかる。
「ん…ありがとう。」
微笑み返すと大毅は照れたように頬をかいた。
「そう言えば、大毅は年末年始なにか予定ある?」
「うーん、年明けじいちゃんちに行くような事言ってたかな。とりあえず年明けるまではヒマ。」
「じゃあさ、空けといてよ、予定。」
「なんで?」
「いいから!あとで潤にーと一緒に相談したいから!」
「OK、またなんか思いついたんだな?」
「ふふ、そんなとこ!」
思い空気をお互いに振り払うようにそんな話をしながら帰り道を歩いた。
…
……
………
「ただいまー!」「お邪魔します」
2人でそのまま帰ってきた。
「おかえり〜。大毅また飯食いに来たのか。」
「へへ、潤さんの料理美味いんすもん!」
「全く…余分に作っといてあるから食ってきな。」
「あざっす!」
大毅は勝手知ったるといった感じで準備をしようとしている。
「はいはい、ちゃんと手くらい洗ってね〜」
大毅がピクッと動いた。
「…わかってるよ!」
いつまでも子供っぽいところはかわいいなと思ってしまう。
「「いただきます!」」
「めしあがれ」
今日は潤にー特製ナポリタンだ。
相変わらずちょっとしたお店より美味しい。
「相変わらず潤さんの料理は美味いなぁ、店でも出来るんじゃないです?」
…大毅と同じことを考えてしまった、黙っておこう。
「まぁ店の真似したりしてるからな。そんなに特別なものじゃないよ。」
「いやー!すごいっすよ!俺なんかカップ麺しかつくれないっすもん!」
「それ、料理じゃないから」
「む!じゃあお前なんか作れるのかよ!」
「わ、私だって料理の一つや二つ!」
「昨日はだいしっ」「あ、そう言えば潤にー?」
余計なことを言い始めそうな兄を睨みながら言う。
「おい、昨日は何だって?」
「うるさい」
大毅にもキッと一睨みしておく。
「ん?どうした?」
「あ、12月31日の夜とか特に予定無いよね?」
「うん。寝るくらい。」
「じゃあさ、3人で二年参り行こ!」
昼間思いついたのはこのことだった。
「寝る」
「お、良いじゃん!行きましょ!」
「寝る」
大毅は乗り気だが兄は興味がなさそうだ。
「おばさんが早く良くなるように、神頼みしましょ!」
「あとついでに大毅が頭良くなるようにお願いしとくね?」
「やったわー、おかげで千愛美の成績抜くわー」
「抜けるわけないから安心して?あ、潤にーやっぱ乗り気じゃない?」
「ん、いや。行くよ。二年参り。色々お願いしないとな。」
普段なら相当渋るのに珍しくすんなり行く気になってくれた。
お母さんの事とか色々思うところがあるのかもしれない。
「じゃあ決まり!2人とも寝ちゃわないでよ?」
「大体こういう時寝るのは千愛美なんだよなぁ。」
「ホント。潤さん千愛美のことちゃんと起こしてきてくださいね。」
「よーし、2人とも、寝てたらただじゃおかないからね!
」
…
……
………
こうして12月31日の夜は3人で二年参りに行くことになった。
キャラクター
如月 玲子(42歳)
・千愛美、潤の母親
・小柄で美しい女性。年齢より随分若く見える顔立ちをしている。娘の千愛美と街へ出かけると姉妹と間違われる程。
・半年ほど前から体調を崩して自宅近くの病院に入退院を繰り返している。
・趣味は読書