カサンドラだけが知っている   作:schlafen

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P3時間軸のお話です。
全ての始まりは、夏休み。


empty dream 01

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2009.7.25

 

 

“辰巳ポートアイランド、終着駅でございます。”

 

 

陰ることを知らない日差しが、僕の全身を容赦なく照らしていた。

滴る汗をぬぐいながら、僕はもう一度深くハンチング帽をかぶりなおすと周囲を見渡した。

 

造られた島、辰巳ポートアイランド。

月光館学園を中心にした学園都市。

そして、いまおそらく日本国内で最も無気力症が発生している、謎の都市。

 

流石に昼間であるこの時間では無気力症だろうと思われる人は見当たらないが、それでも夜となるとどこからともなく現れるらしい。まるで怪談話か何かで現実味のない話だが、それでも僕がここへ来るには充分な確証があり、つまりそれは確実にこの都市と無気力症は関わりがあるということだ。

 

(だからこそ、おじいちゃんだってこの調査に許可を出してくれたんだ)

 

探偵たるもの焦らず、確実に物事を見通さなければならない。そうでなければ、真実を霧の中から見つけることなどできはしない。

おじいちゃんから教えてもらった探偵の心得を思い出しながら、僕はもう一度自分で作り上げた資料を取り出して見直した。

特にいま取りかかっている事件は、その規模が普通のものとは比べ物にならない。地域全体など言うに及ばず、日本中、下手したら世界全体に関わるような大事件かもしれないのだ。

無気力症……全ての事柄に対してその名の通り、無気力となってしまう謎の病。

原因も、感染経路も何も判らず、ただ日々ニュースで病が蔓延しつつあることが報じられるようになってしばらく経つ。しかしニュースで話題になっているとはいえ、実際に現場を見なければ、その不可思議な病を現実と捉えにくい。

 

――僕自身もただの流行病なのだと考えていた、その前日まで何の素振りも見せなかった友人が無気力症となってしまうまで。

 

ただの噂だと思っていたものを、目の当たりにした。思い出すだけでぞっとする。

視線を合わすどころか、顔も見たくなくなるような生気の抜けた表情と輝きを失くした瞳。勇気を振り絞って声をかけてみたものの、返事は虚ろでまるでまともなものは来なかった。

友人であった人へ抱く思いではないと頭の中で分かっていても、『コレは人間じゃない』と感情が拒否してしまう、それ程までに恐怖を刻まれる。

 

その帰り道は、羞恥で赤く染まった顔を隠すのに必死だった。

 

何故もっとはやく、気が付くことができなかったのか。中学生だからって、まだ見習いだからって、そんな甘い言い訳は白鐘を姓に持つ者として通じるものではない。まだ子供だからこそ、より多くの経験を積まないといけないだ。まだ見習いだからこそ、はやく認められたいのだ。

けれど、このままではいつまでも探偵見習いの立場から離れることができない。僕が僕であること、探偵一族の白鐘直斗であることを認めさせるには、この失態を補い余りうる成功を収めなければならなかった。

この謎の規模は尋常ではない。けれど全ての謎を解き明かせないのでは探偵に意味はない。そしてその探偵を目指すならば、たとえ困難であろうと、いずれ立ちふさがる謎なのならば解決しなければならない。

 

 

認められたい。認められたい。認められたい。

解決さえすれば、認められる。そして僕は叫ぶことができる。

僕はここに居るのだと、叫ぶことができる。

 

 

たとえまだ幼い自分でも、たとえ女という変えられない性別でも、誇り高く自身が憧れる探偵としてならば、その叫びは届くはず。

だからおじいちゃんを必死に説得した。この事件を解決したいと、解決できたなら一人前の探偵として扱ってほしいと。自分で作り上げた資料を手に、全国に広がる無気力症の発生地から、この辰巳ポートアイランドとその周辺を見つけ出して、持てる情報をすべて曝け出して説得した。

そんなに必死になる孫を、おじいちゃんはなんと思っただろう。僕に何も言うことなく、けれど現地への調査を許可してくれた。中途半端を嫌うあの人の事だ、きっと新学期以降の調査も許可してくれるだろうし、つまるとこと期間は限られるだろうが、この近くの学校である月光館学園にも転入することとなるだろう。

それは見習いから一歩踏み出すための試練だ。今まで以上に責任が付随する。ミスは許されないし、僕自身許すつもりもない。

絶対に解決して白鐘一族の後継者であることを示すんだ。

 

……そんな決意を固めたところで、この暑さに敵うほどは強くなくて、

 

(す、水分補給を……)

 

悲しいくらい、近くの自販機へふらふらと辿り着く程度しか、僕は年齢を重ねていない。

判っているけど、わかっているけど、受け入れることは、まだできない。

受け入れたら何かが変わるのだろうか。変われるかもしれないけれど、変わらないかもしれない不安が勝る。

不安が多い、そんな確証がないくらいの推測なら、僕はまだそこに留まる。探偵は慎重すぎてちょうどいいんだと言い訳をして、投下した硬貨の代わりに出てきたリボンナポロンを取り出した。

パッケージの色合いに反して喉を潤すサイダーの味に、ぼやけた視界が先ほどよりかは鮮明になった。雑音のようにしか聞こえなかった周囲の声も、ある程度拾えるようになる。

 

「いらっしゃいませー」「今日も暑いねー」「まだ夏休みじゃないとか」「試験休みはあったじゃない」

 

聞こえてくるのは学園都市だけあるのか、大体が学生の声。おそらく今日、終業式を終えたばかりの月光館学園の生徒なのだろう。学業から解放されただけあって楽しげな雰囲気が声だけでも手に取るようにわかる。

僕には持てない余裕を羨ましく思わない、と言ったら嘘だが、それでも探偵としてさえ認められればそれでいい。気分を切り替えて、学生なら独自の噂によるコミュニケーションがないだろうかと、もう一度耳を傾けた。

 

「夏休みは何をする?」「映画祭りがやるみたいだし」「バイトを」「お祭りが」

 

やっぱり、そこに広がるのは平和ボケした会話ばかりで、

 

「まったく、リーダーったら普通旅行いった直後にバイトいれるもん?」

「あはは……シフトがもう入っちゃてたし、お金はあっても困らないでしょ?」

「そうは言ってもさ、お金よりまず体調管理をちゃんとしなさいよ?兄妹の二人のリーダーだからどちらが倒れても良い、なんてことないんだから。ただでさえ君ら二人とも平気な顔して無茶やらかすし」

「返す言葉がないです……」

 

でも、そのなかで、目の前を通り過ぎようとする二人の少女の会話が、何故が散漫としていた僕の意識を引き戻した。

勘、といえばいいのか。自分の本能に引きずられたまま、僕はその二人を気づかれない程度に観察する。

傍目からすると、一方の少女が片割れの無茶をいさめている普通の光景。今どきといった茶髪で活発そうな少女が、また自分の主張をかわされたらしく憤っている。そして、特に僕が惹かれたのは小言を受けているもう一人の少女だった。

 

相方よりも濃いめの茶色の髪を一つ結びし、幾つかのピンで留めている。容姿は美人の部類に入るだろうが、そこまで彼女を特徴づけるものではなかった。そう、容姿よりなによりもその雰囲気が、僕にとって尊敬にも恐怖にも、憧憬にもにつかわない何かを抱かせるものて、思わず言葉を失った。

「それにどうも、ちょっとアイギスへどう接したらいいのか判らなくて。あまり寮で引き籠っていたくないんだよね」

「……へ?珍しいね、あんたが苦手意識持つなんて。まぁ確かにロボットと話すってか生活するなんてさ、人生で初めての出来事だけど」

「それもあるけど、なんだろう……こう、言葉にできなくてもどかしいな」

ロボットなんて少し心躍るけれど女子高生には似つかわない単語が出てくることに訝しむ。

話す、ということは人工知能が搭載されたロボットなのだろう。それ以上に生活すると言う事は自意識さえもっているのだろうか。ますます興味が魅かれる……のではなく、会話があまりにも普通の女子高生がするには不自然なものだ。

加えて、今の技術でそれほどまでの高性能の人工知能を持ったロボットを開発できるものだろうか。答えは九割が否定、そして残りの一割だけ、可能性としてあの企業ならばと考えられるものがあった。

(桐条グループと何か所縁のある人たちなのかな……それにしては、その、一般生徒以外の何者にも見えないけど)

ちょっと失礼な言い方かもしれないけど、月光館学園は私立であるものの特に富裕層を狙った学園でもない。だから彼女たちが一般人であることが普通なのだが、どこにでも例外がある様に、この学園にも一握りの規格外が存在しているのだ。

 

――それが、桐条美鶴。「あの」桐条グループ総裁の一人娘。

 

(……まぁ、彼女たちに可能性がないと断言することなんてできないけど、今の僕に彼女と関わる必要はまだないし)

月光館学園の出資元は確かに桐条グループであり、この学園都市自体にも大きな影響力をもっているため、いずれ僕が追う事件とも必ず関係してくるだろう。

でも、まだ、その時ではない。順序を正しく踏まなければ、追えるべき謎も、解明すべき事件も自分の手から零れていってしまうだろう。相手が巨大なだけに、自分の考えよりもさらに深く慎重に動いても損ではない。

ジュース片手に何をとんでもないことを考えているんだか、そんな自分に呆れるべきか、そんな考えにまで推理が至ってしまうこの途方もない現状を笑うべきか。

注意を向けていた少女たちは、いつの間にか雑踏の中へと紛れ、見失ってしまった。

少しだけ、後悔の念がよぎる。不思議と目を引いたあの少女と話してみたいと思う自分がいた。

ロボット、なんて浪漫あふれる単語が彼女たちの会話に含まれていただけではない、何か、魅かれるものを確かに感じたのだ。それが何なのか確かめたくて、諦めきれなくてもう一度だけ辺りを見渡す。

 

「そんな簡単に見つけたいものを見つけることができれば、探偵なんていりませんよね……」

判別もつかない、学生たちの波を見つめながら、仕方なしにと嘆息する。流石にずっとこのままでいるわけにもいかないので、飲み終わった缶を自動販売機に備え付けられたゴミ箱へ捨てると、僕はポートランド駅から離れるための一歩を踏み出した。

 

 

この一歩に、

 

『僕の祖父に』

『僕が探偵に相応しいと認めさせるために』

 

そんな決意を秘めながら





じつはもうすとっくがないorz

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