元同性の親友とその想い人がアプローチを仕掛けてくる件   作:作者B

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色々と試行錯誤した結果、今回のような話にしました。

先代雷帝が出てきますが、完全にオリジナル設定です。


姫騎士の友人

『勝負なさい! ヴィヴィ!』

 

 城門が開かれると同時に、戦斧を担いだ少女が右手を前に掲げながら高らかに叫んだ。

 ていうかアイツ、人様の城に堂々と武器持ち込んでんじゃねえよ! 検問仕事しろ! ……え? 毎回文句を言われるし、別にいつものことだからそのまま通した? よし。お前、後でクラウスにチクるからな。

 事前の連絡はあったものの、どう見ても道場破りにしか見えない彼女を見て俺は溜息をつく。そして、重い腰を上げて奴のいる城門へ向かった。

 

『相変わらず大層なご挨拶だな、雷帝"候補"様?』

『ぐっ……ふ、ふん! 今のうちに好きなだけ言ってなさい。その内"候補"なんて不要なものは取り払って見せますわ!』

 

 一瞬バツの悪そうな顔をしたものの、すぐに自信に満ちた表情へと変わる。

 一見すれば尊大な発言だが、こいつの場合は実力も伴っているからな。評判を聞く限りじゃ、次代の雷帝もこいつになりそうだし。まあ、あのリアルチートことオリヴィエといい勝負できてる時点で、他の候補者とは格が違うんだろう。

 

『あら、ローレンツ。こんなところに居たんですね』

 

 すると、この騒ぎを聞きつけてやってきたのか、オリヴィエがやってきた。

 

『ようやく姿を現しましたわね、ヴィヴィ! さあ、(わたくし)と戦いなさい! 1か月前の(わたくし)と思ったら大間違いですわよ!』

『……ローレンツ。そろそろお茶の時間です。用意をお願いできますか?』

『スルー!?』

 

 ずかずかと近寄ってきた彼女を、オリヴィエはまるで見えていないかのように無視して俺に話しかけてきた。

 オリヴィエの奴、いつもは聖女もかくやと全方位に優しさを振りまいているのに、こいつに対してはドSだよな。

 ほらーなんか涙目になってきてるし。コイツ打たれ弱いんだから、あまりキツイことしてやるなよ。

 

『いつものことなんだから、お前もいい加減学習しろよ。こんなことで一々泣くなって』

 

 俺は眼尻に涙をためている彼女をあやそうと、ブロンドヘアの髪を右手で撫でる。

 

『な、泣いてなどいません! ま、まあ、(わたくし)の頭をどうしても撫でたいというのならそのまま続けても構いませんが……』

『あーはいはい』

 

 上から目線の言葉をそんなせがむような顔で言われたって、全然説得力はないわけだが。

 そんなことをしていると、隣に居たオリヴィエが、私不機嫌です、と言った顔で俺の左手を掴んできた。

 

『もう! 何故彼女ばかりかまうのですか!? ツンデレですか? そんなにツンデレがいいんですか!? おしとやか系は時代遅れとでも言いたいんですか!?』

 

 オリヴィエが突然なんか変なことを言い出した。

 

『それに、貴女は最初から気に食わなかったんです! 大体なんですか! 金髪、姫騎士、重装甲とか。私とキャラもろ過ぶりじゃないですか!』

『それを言うならば上位互換ですわ。勿論、(わたくし)が上ですが』

 

 そういうと、今度は彼女が俺の右腕に自らの腕を組んできた。

 

『な――ッ! 離れなさい! ローレンツは貴女の従者でもないでしょうに!』

 

 そう言って、オリヴィエも俺の左腕に抱き着く。

 いや、だからと言って、別にお前のでもねえけどな。

 

『それならば、貴女との勝負で(わたくし)が勝ったら、今日1日ローレンツは(わたくし)の自由にさせていただきますわ』

『望むところです!』

 

 本来の主(クラウス)の居ないところで話がどんどん進んでゆく……

 俺が現実逃避していると、二人はいつの間にか俺から離れ、互いに距離をとっていた。

 お、おい、ちょっと待てお前ら。ここが城門だって忘れてないか?

 

『さあ! 雷帝(予定)たるダールグリュンの力、今こそお見せしましょう!』

聖王の鎧(Rustung von St. Olivier)、発動!』

『お前ら、やるなら中庭へ行けぇーッ!』

 

 因みに、この戦いはクラウスによって仲裁された。そして俺はというと、戦いが始まる寸前にリッドによって助けられ、ほとぼりが冷めるまで一緒に過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、でっけーな」

 

 崖の上に聳え立つ巨大な屋敷。この大きさの屋敷なんて、前世ぐらいでしか見たことがない。まるで、ここだけタイムスリップしているような錯覚にさえ陥る。

 とは言うものの、前世ではこれ以上の規模の城に仕えていた俺は特に物怖じすることなく、いつもの通り門のすぐ横に設置されているインターホンを押す。

 すると、すぐさまドドドドドッと屋敷の中から足音が聞こえてきた。

 

「ああ……またか」

 

 これから起こるであろう恒例行事に頭を押さえていると、屋敷の大きさに見合った大きな扉が勢いよく開かれた。

 

ローレンツ(・・・・・)ー!!」

 

 扉から出てきた彼女は俺の居る門まで全力で駆け寄り、勢いそのまま俺の身長よりも高い門を飛び超える。

 そしてそのまま、俺の方へ両腕を広げながら落下してきた。

 

「会いたかったわ!」

「ぐふッ!」

 

 衝撃に思わず息を漏らすも、受け止めた後に抱きしめながらその場でくるくる回って衝撃を逃がした。

 来るたびにこんなことやられてたら、流石にこれぐらいのことはできるようにもなる。

 

「ローレンツ! ローレンツー!」

「あーはいはい」

 

 俺の胸に飛び込んできた彼女は悪びれる様子もなく、甘えるように胸元に顔を摺り寄せる。これだけ見ると人懐っこい大型犬みたいだ。まあもっとも、ただの大型犬だったらどれだけよかったか。

 彼女のされるがままにされていると、目の前の門の扉が開かれた。どうやら、いつの間にか近くに来ていた執事が明けてくれたらしい。

 

「レン様。ようこそいらっしゃいました」

「ああ、エドガーさん。どうもです。ほら、お前もいい加減離れろって」

 

 執事のエドガーさんに一礼すると、未だに抱き着いている彼女の頭をポンと軽く叩く。すると、さっきまで摩擦熱が出るんじゃないかというぐらい顔を摺り寄せていた動きが止まった。

 

「あら? (わたくし)は一体――きゃあッ!」

 

 さっきとは一変して急に大人しくなった彼女は、俺の顔を見た途端に顔を赤くして後退った。

 

「よっ。久しぶりだな、ヴィクター」

「え、ええ。お久しぶりです、レン(・・)。お見苦しいところをお見せしましたわ……」

 

 俺の呼び方が元に戻った。どうやら治まったみたいだな。

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン

 雷帝の血をちょっとだけ引く現代の貴族の令嬢で、ジークを両親のもとへ送り届けたときに知り合った。

 そのときに少しあって、今ではこうして定期的に屋敷に訪れて様子を見に来ている。

 

 それと、ここで断っておくが、ヴィクターは俺達のような前世の記憶は持っていない(・・・・・・)。事態はそれよりも少しややこしいことになっているんだが、それはまた後で。

 

「その……分かっているとは思いますけれど、先程のは――」

「分かってる分かってる。ついつい暴走しちゃっただけで、別に本心じゃなかったんだろ?」

「そういう言い方はやめてください! それではまるで、(わたくし)がツンデレみたいじゃないですか!」

 

 いや、さっきの行動は置いておいても、お前は立派なツンデレだよ。

 

「もう……こんなところで立ち話もなんですから、あがっていきなさい」

「おう。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 照れ隠しに顔をそらしたヴィクターは、そのまま屋敷の方へと歩き出す。その後ろを、俺を案内するようにエドガーさんが続く。

 

「レン様。機会があれば、また昔の御話を拝聴させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え? いやそんな、俺はエドガーさんが参考にするような、できた執事じゃなかったですし」

「いえ、ご謙遜なさらず。元王族専属執事ともなれば、型に嵌った方では務まらないものでしょう。今度は是非、妹のクレアにも――」

「レンー! 何をしているの? 早くいらっしゃい!」

「お、おう! 今行く!」

 

 ヴィクターの急かす様な声を聴き、エドガーさんと一緒に急いで彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 前回から少し間が空いたようですけど、今日はどのような用事でいらしたの?」

 

 彼女の自室に案内された俺は、彼女の対面にある豪華な装飾が施されたソファに腰かける。こういう椅子は、前世ではあんまり座る機会がなかったから、あんまり慣れないな。

 

「おいおい、お前と会うのに一々理由が必要か?」

「……そういう気障なセリフは、吐く相手を考えて言いなさい。ジークだったら喜ぶでしょうに」

 

 そう言いながらも、お前だって顔をほんのり赤くしてるけどな。そんなんだからツンデレって言われるんだよ。

 しかし……この反応を見るに、少し訪問する間隔を置いたのはあまり効果がなかった(・・・・・・・)か。

 

「あっ! ジークといえば! お前、リッドのこと知ってたんだって? ジーク本人から聞いたぞ」

 

 この間の一件以降もジークとちょくちょく会ってたんだが、その時にアイツがヴィクターには前々からバレてた、と言っていた。

 それはまだいいんだが、重要なのはヴィクターの奴が知ってて俺に黙ってたってことだ。こいつ、普段から俺の前世の話を聞かせてやってるから、リッドとの関係を知ってたはずなのに。

 

「あら、とうとう隠し切れなくなったのね。まあ、あの娘は嘘が苦手だもの」

「それは同意だが、そういうお前はどうして教えてくれなかったんだよ。リッドに口止めされてたのか?」

「それもあるけれど、貴方の優位に立つ数少ないチャンスですもの。いつまでも貴方におちょくられる(わたくし)ではありませんわ」

 

 こいつ……ッ! どうせ、リッドから俺の恥ずかしい昔話でも聞き出してやろうとか言う魂胆だったんだろうが、考えが甘かったな。あいつは戦いと紐付けされた記憶以外はほとんど覚えてないって言ってたし。

 

「だが、その目論見も失敗したようだな。さて、変なこと企んだことについてはどうやってお仕置きしてやろうか。ふっふっふっ……」

「あら? その程度のことで随分と小さな男ね。やれるものならやってみなさいな」

 

 羞恥攻めか、褒め殺しか、などと俺が意地の悪い笑みを浮かべていると、ヴィクターが小馬鹿にしたような表情をしながら強気に挑発してくる。

 

「ほう、随分と余裕そうだな」

「いつまでも貴方にいいようにされる(わたくし)ではありません。それと、これだけは言っておきます」

 

 そう言うと、ヴィクターは俺に向かって指をさす。

 

「例えどんな辱めを受けようとも、このヴィクトーリア、決して屈しはしませんわ!」

 

 集中線に囲まれながら背景に『バーンッ』と効果音が付く程の勢いで、ヴィクターは高らかに宣言した。…………期待に満ちた目で。

 それを見た俺は冷静になり、椅子に座りなおした。

 

「なっ!? どうしてそこで急に冷めるんですの!?」

「いや、なんでって、お前……」

 

 どうやらヴィクターは誘い受けを覚えたらしい。

 

「姫騎士がくっ殺しているというのに手を出さないなんて……少しは度胸を見せなさい! 男の子でしょう!」

「そんなものに使う度胸なんぞ、かなぐり捨ててやるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

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―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しました……」

 

 ひとしきり騒いだ後、再びヴィクターが我に返ったようで、委縮して大人しくなってしまった。

 くっ殺とかどこで知ったんだ、とかは聞かない方がいいんだろうなぁ。

 

「そ、そういえば! これもジークから聞いたんだけど、インターミドルが近いんだってな!」

 

 この暗い雰囲気を変えようと話題を切り替える。

 

「ジークはやる気満々みたいだったけど、お前も今年出場するのか?」

「当然! 今回こそ、雷帝の名を轟かせて差し上げますわ!」

「そーだな。去年は決勝にも行けなかったしな」

「ぐっ、痛いところを……」

 

 確か前大会の成績は、都市本選3位だっけか。

 こうは言ったが、ヴィクターは決して弱くない。むしろかなりの実力者だ。それなのにこの順位ということを考えると、如何にジークの『世界代表戦優勝』という肩書が凄いものなのかわかる。

 

「まあ、今回ジークが張り切っているというのなら、何の問題もありません。今度こそ公式戦の場で勝ってみせます」

 

 静かに、だけど着実に闘志を燃やすヴィクター。

 こいつにとって、ジークは友人であると同時に、目標であり、いずれ超えるべき壁だからな。いや、ヴィクターだけじゃない。恐らく、インターミドルに参加するほぼすべての選手がジークを目標にしている。だけど――

 

「そんな簡単にはいかないかも」

「どういうことですの?」

「今年はヴィヴィオにアインハルト――件の聖王に、この間噂になった覇王も出場するからな」

「――ッ」

 

 俺の言葉に、ヴィクターがピクリと反応する。

 

「そういえば今年で10歳になるんでしたわね、彼女」

「ああ。とは言っても、今のヴィヴィオじゃヴィクターを相手にするのは厳しいだろうけど」

 

 これは実力云々ではなく、単に相性の問題だ。現状ヴィヴィオには、重装甲タイプのヴィクターに対して有効打がない。オリヴィエは自前の防御力の高さを生かしたノーガードの殴り合いで勝っていたが、鎧のない今のヴィヴィオにはそれができない。

 

「逆にアインハルトに当たった時は気を付けた方がいいかもな」

「アインハルト? それってもしかして、一時話題になった自称覇王っ娘のこと? 随分と親しげなようですけれど」

「あれ? まだ言ってなかったか」

 

 そういえば、前にここに来たのはアインハルトに出会う前だっけ。じゃあ、まだヴィヴィオのことしか話してないのか。

 

「アインハルトは、まあ言ってしまえばヴィヴィオと同じようなもんだ。一応、クラウスの記憶も持ってる。中々に強いぞ」

「そう……」

 

 あれ? やけに淡白な反応だな。てっきり『聖王も覇王もまとめて相手してあげますわ!』ぐらい言うかと思ったけど。

 

「……ねえ、レン」

「なんだ?」

聖王(ゼーゲブレヒト)覇王(イングヴァルト)放浪の民(エレミア)、そして雷帝(ダールグリュン)。これだけの面々が、それも当時の影響を色濃く残して同時に存在するなんて、そんなこと起こりえるのでしょうか」

「それは……」

 

 暫し、俺たちの間を沈黙が支配する。

 確かに偶然にしては出来過ぎている。それぞれの子孫たちが集まるだけならまだしも、その全員が何かしら過去の影響を受けている。関連性を疑うなという方が無理な話だ。

 

 じゃあ、誰かの意思が介在してるのか? いや、この可能性も低い。エレミアの継承術式を使うにしても、ヴィヴィオのようなイレギュラーな生まれに対して、狙って人格を継承させるなんて不可能だ。

 だとしたら、魂そのものに干渉したのか? だが、そんな曖昧なものを制御できるような魔法があるとは思えない。

 それに、最後の問題は俺自身だ。仮に魂に干渉する魔法があったとしても、歴史的に無名であるはずの俺にその魔法をかける意味がない。仮に実験台だったとしても、まだ言葉も話せぬ赤子にかけたところで術式が成功したか判断できるわけがない。

 

 つまり、結局のところ――

 

「偶然じゃないのか?」

「偶然……?」

「そう。考えたって結論なんか出るわけないし、だったら偶然でいいだろ」

 

 もしかしたら黒幕が居るのかもしれないし、居ないのかもしれない。でも、頭をひねったところで正解が分かるわけでもない。だったら、一先ず棚上げしておいても問題ないだろう。

 

「偶然……偶然……」

 

 ヴィクターがぶつぶつと呟きだした。

 

「ん? おい、どうs――」

「偶然……そう、偶然。意味なんてない。だから同じ時代に現れたのもミッドに集まったのもジークと出会ったのもレンと出会えたのも連合の戦況が悪化したのもゆりかごが駆り出されたのもすべて偶然。でも貴女は死んだ。自ら死を選んだ。自ら彼を裏切った。

 そんな貴女は死してなお彼の心を縛り付ける。(わたくし)から勝ち星だけでは飽き足らず彼の心まで奪っていく。許さない許さない許さない許さない許さない彼を切り捨てておきながら彼の心に在り続ける貴女を(わたくし)は許さない。何故死んだ? これではあの馬鹿を殴ることもできない。

 …………あれ? 生きてる。あははッ! なんだ生きてるじゃない! アイツは(わたくし)の前に現れた! これで一発殴りに行ける! そして貴女を下して今度こそローレンツをこの手に……

 そうだローレンツ! ああ! ローレンツ! そうよ貴方が居ればいい! 貴方さえいれば何もいらない! (わたくし)貴方を守っ(敵を殺し)てあげる!

 貴方を切り捨てたあの女も貴方を残して戦死したあの男も姿をくらましたあの男女も! 貴方を害する奴等はみんなみんなみんなみんなミンナミンナミンナミンナ死んでしまえばいい! アハハハハハハハハハハハハッ――……」

 

 口角を大きく上げ恐ろしく表情を歪めたヴィクターの嗤いが、まるで壊れた玩具の様に部屋中を木霊する。しかし、その声はすぐに小さくなっていった。

 彼女の顔は狂気から苦悶へと変わり、身体を押さえつけるように両手で自らの肩を抱きしめ、蹲った。

 俺は慌てることなく、落ち着いてヴィクターに駆け寄り、彼女の背中を優しく摩る。

 

「エドガーさんを呼ぶか?」

 

 俺の問い掛けに、ヴィクターは身体を震わせながら首を横に振る。ヴィクターの理性的な対応にほっとしつつも、彼女が落ち着くまで俺は彼女の背中を摩り続けた。

 

 

 

 

 

 改めて言うが、ヴィクターには前世の記憶はない。本人にも確認したが、朧げな記憶すらもないそうだ。

 だったらさっきのあれは一体何なのか。結論から言えば原因不明の発作だ。突発的に発生し、自分でも感情が制御できなくなってしまうらしい。丁度、俺が屋敷に入る前にヴィクターが飛びついてきた、あれもそのひとつだ。

 発作が起こっている間のことはあまり覚えていないらしいが、自身の心はその時々の喜怒哀楽の感情で支配されると言っていた。

 

 そう、それはさっきの、狂気ともいうべき感情でさえも。

 

 なので、発作を心配した俺はこうして定期的に様子を見に来ている。

 

「……もう、大丈夫です」

 

 数分後、やや疲労の溜まった顔のヴィクターは、背中に触れている俺の手を止めた。

 そんなヴィクターを見て思い出すのは、嘗て雷帝と呼ばれ、オリヴィエのよきライバルでもあった少女のこと。あいつは人様の城でオリヴィエと一緒によく問題を起こしていたりもしたが、それでも努力を怠らない勤勉で明るい性格だった。

 ……オリヴィエがゆりかごに乗るまでは。

 

『何故! 貴女はそうやって! 貴女の自己犠牲がどれだけの人を――ッ!』

 

 あの悲鳴にも似た叫びは今でも鮮明に思い出される。

 そんな彼女の負の感情が長い年月を経て歪められ、それが今、ヴィクターを侵食しようとしている。

 

「ありがとう、レン」

 

 落ち着きを取り戻した彼女は俺の右手を自身の両手で包み、優しく微笑みかけた。

 彼女の好意が心苦しい。

 

 ヴィクターと初めて会ったのはジークを送り届けたとき。力が制御できず暴走したことは以前からあったらしいが、それでも今のような発作が起こったことは、俺と出会う前にはなかったそうだ。

 つまり、俺という存在が発作のトリガーとなっているのは間違いない。それなのに、そんな俺に対して好意を寄せてくれている。いや、もしかしたらその気持ちさえも発作の――

 

「……なあ、ヴィクター」

 

 意を決して、俺はヴィクターに、前々から言おうと思っていたことを打ち明けるべく口を開いた。

 

「俺達、しばらく距離を置いた方がいいと思うんだ」

「何を言い出すかと思えば、倦怠期夫婦の言い訳ですの?」

「茶化すなよ。お前だってわかってるんだろ? 俺が近くにいる限り、どうしたって発作は起こる。これじゃあ、いつまで経っても治らないぞ」

 

 試しに前回の訪問から時間を空けて来てみても、発作は起こってしまった。でも、エドガーさんに聞いた話だと、俺が来ていない間は結構落ち着いていたらしい。

 これなら、少しずつ間を空けていけば改善できるかもしれない。

 

「そんなに私を遠ざけたいなんて、浮気かしら?」

「……俺は真面目に言ってるんだぞ?」

 

 発作、特に先程のような症状は、当の本人が受ける苦痛は計り知れない。なのに、ヴィクターは俺の提案を遠回しに断る。それがもし、俺と一緒に居たいという理由だったら。もし、俺に対する好意が原因だったら。それなら尚のこと……

 

「それに気づいてるんだろう? お前のその気持ちだってもしかしたら――」

 

 偽りかもしれない。

 そう言いかけたところで、ヴィクターに手で制された。

 

「それ以上は、例えレンでも許しません」

 

 そう言った彼女の瞳には、決意が込められていた。

 

(わたくし)の想いは(わたくし)自身が決める。貴方を初めて見たときに感じた、この暖かい気持ち。それを、発作を理由に否定されたくはありません」

 

 彼女のまっすぐな瞳が俺を射抜くように見つめる。

 

「それに、(わたくし)だって、自分の生まれに悩んだことがありました。なぜ自分がこんな目に、と理不尽を呪うことも。けれど、拒絶したところで何も始まらない。だから(わたくし)は向き合うことにした。血統も、技も、力も、先祖の無念も。それらすべてを含めて、今の(わたくし)なのだから」

 

 向き合う、というのか。雷帝の力も、あの狂気も、偽りかもしれない想いも、そのすべてを。

 確かな意志を持った彼女の目を見て、俺の考えは浅はかなものだったと後悔する。

 

「……強いな、ヴィクターは」

「当然ですわ。(わたくし)は雷帝ダールグリュンの末裔、ヴィクトーリア・ダールグリュンですもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ヴィクトーリアの独白~

「じゃあ、またな」

「ええ」

 

 手を振りながら、帰路につく彼の背中を目で追う。

 

 今日、(わたくし)は彼に一つ嘘をついた。

 本当は怖くて怖くて堪らない。もし、彼に感じているこの想いが偽物だったら。一度そう考えてしまえば、後は思考が負のスパイラルに陥る。

 今の(わたくし)にとって、彼の存在こそが心の支柱。もし彼を失えば、私はあっけなく崩れてしまう。

 

 突発的にこの身を蝕む狂気。頭が狂いそうになるくらいの感情の嵐に、私の無防備な心が傷つけられる。いっそ、身を任せてしまえばどれだけ楽になれるか。

 だけど、私はしない。だって、向き合うことを放棄すれば、彼への気持ちが嘘になってしまうような気がするから。

 

 

 

 だから、私は立ち向かう。自分の想いを確かなものだと証明するために。

 

 

 




というわけで、ヴィクター回でした。

流石にヤンデレは荷が重すぎたので、普通の少女にしました。


次回はようやく原作に戻って合宿回です。
ジークとヴィクターはどうするか……まあ、そのとき考えます。





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