それでもええで!
という方は第百四話をお楽しみください!
今回は小さい者クラブが頑張ります。
細長い物体が空気を切り裂く音が耳に届き、それと同時にあの剣先の見えない斬撃が妖夢を切り裂いた。
首を切断されたことで血しぶきがそこら中に飛び散り、胴体から離れた頭が地面を転がる。そして新鮮な血液の匂いが当たりに立ち込めると思われた。
代わりに飛び散ったものは血液ではなくオレンジ色の火花に、消費された魔力の青い結晶だ。
地面に転がる物体は無く、金属と金属が高速で擦れあった時に出た焦げ臭い香りがする。背後から見える彼女の雰囲気が焦っているように感じた。
大振りの攻撃を受け流された異次元妖夢に、大きな隙が生まれているからだ。いつの間にか刀を拾っていたらしく、攻撃を受け流してた妖夢は異次元妖夢に切りかかった。
横に振った妖夢の観楼剣は空を切った音は、異次元妖夢が斬撃を躱したことを指している。
体をくの字に曲げて振った刀を避けたようだ。なんて反射神経だ。あり得ないと言ってやりたいが、あの攻撃した直後で回避行動をとるのが難しいというのにやってのけた。
異次元妖夢に更に刀で切りかかり、受け止める敵を力任せに弾き飛ばした。後ろに下がった異次元妖夢に攻撃を叩き込もうとお祓い棒を振るうが、直前で方向転換したらしく当たることなく空振りしてしまう。
妖怪退治用の針を袖の中から取り出して異次元妖夢に投げつけようとするが、その時にはすでに妖夢が三度切りかかっており、今の援護は邪魔になってしまう。
妖夢の表情は呆然を通り越し、誰が見てもわかるほどに憤怒を現している。額に青筋が浮かび、全身全霊を込めて異次元妖夢を殺そうとしている。
しかし、怒りで我を忘れているのか剣術に心得のない私から見ても、妖夢の切りかかり方はでたらめなものだとわかる。
犬歯をむき出しにし、余裕そうに口角を上げて笑っている異次元妖夢と鍔迫り合いになっているが、後先考えていない妖夢は全力で押し込んでいるため有利そうに見える。
だが、力だけでは簡単に決着がつかないのが武術であり、戦いなのだ。妖夢よりも弱い力で異次元妖夢は刀を弾き飛ばした。
力任せに剣を振るっていた妖夢はさぞ驚いたことだろう。今の一撃で一筋縄ではいかないと冷静になってくれればいいが、大切な人を殺されれば頭に上って沸騰している血はそう簡単には冷えない。
攻撃を弾かれて驚いている妖夢の胸倉に、異次元妖夢は手を伸ばして掴みかかる。着ている洋服の布を引きちぎりそうな勢いで引っ張ると、積もっている瓦礫の方へと投げつけた。
瓦礫の山に背中から衝突する直前に、妖夢は体勢を立て直して受け身を取り、山の瓦礫へと着地する。
彼女には冷静になってから、異次元妖夢と戦ってもらわなければ困る。
彼女に死なれてしまうとこちらが戦力的に不利となるのと、同じ能力を持っている妖夢でなければ、倒すのが困難になってしまう。
というのも技術力と知識が大体同程度の二人がいたとして、片方は強い能力を持っていてもう片方はそこまで強くない能力を持っていたとしよう。
その二人が戦えば考えるまでもなく、強い能力を持っている者が勝つだろう。だが二人が全く同じ能力を持っていたらどうなるだろう。
知識や技術力は同じで、能力も同じであれば互角に戦えることは間違いない。能力が変わるだけ勝敗がわからなくなる。それだけ能力というのは戦況に置いて大事なのだ。
だが、そこにもう一つ関与してくるものがある。それは、これまで戦ってきたの経験の差だ。何年も戦ってきた異次元妖夢に比べて、妖夢はそこまで戦いをしてきたわけではない。それが勝敗を分けることになるだろう。
他にも戦況をひっくり返すことのできるアイデアやひらめきなどの事柄は沢山あるが、大前提として同じ能力を持っているということがどれだけ大事なのかということを知ってもらいたい。
それに今回は彼女の精神状態も勝敗に大きくかかわることになる。周りの見えていない妖夢は、敵からすればいい的だろう。
瓦礫の上へ着地した妖夢は身体を強化していたようで、後方に破片をまき散らして異次元妖夢に向かって跳躍する。
「りゃあああああああああっ!!」
大きな声を張り上げて観楼剣を上から異次元妖夢に叩きつけた。全体重を乗せての攻撃により、異次元妖夢が弾き飛ばされる。
弾き飛ばされるというよりは自分で下がったように見えたが、やはりそうだったようだ。体勢を着地する前に立て直し、空中でさらに追撃をしてきた妖夢の観楼剣を素手でいなして攻撃を避けた。
一歩間違えれば手の肉を全て削がれてもおかしくはないというのに、顔色一つ変えていない。
古く、茶色い血がこびりついている頬を歪めて口角を上げる異次元妖夢は、刀をいなした手で手を伸ばせば届く距離にある妖夢の顔を鷲掴みにした。
異次元妖夢は足から空中に魔力を放出し、それを足場にして次の行動のために踏ん張りをきかせた。
「ぐっ!?」
かなり荒々しく掴みかかったようで、妖夢の上体が大きく後ろに傾いた。異次元妖夢は足場の魔力で踏ん張って掴んでいる手を押し込み、地面に叩きつけた。
「がふっ!?」
地面に頭が抉り込み、起き上がることを許されず、観楼剣を右肩に突き立てられている。肩の肉が削がれ、骨を断ち切られた妖夢は右手で刀を振るうのが難しくなるはずだ。
妖夢の戦いだとか、そんなことを言っている場合ではなくなってきた。このままでは彼女は殺されてしまう。
妖夢にのしかかっている異次元妖夢へ向け、妖怪退治用の針をいくつか投擲した。初めの何本かを妖夢から引き抜いた刀で全て叩き落されていく。
札や弾幕も一緒に放っているが、その全てを異次元妖夢は切断していくのだ。それでも妖夢から引き剥がすことには成功し、彼女は大きく動いて攻撃を躱していく。
「霊夢さん!手を出さないでください!」
肩から血を流しているが、戦意は喪失していない妖夢が立ち上がりながら私にそう叫んだ。
「…何言ってるのよ、この状況で一人でやろうとしているなんて無謀もいいところよ…死にに行くようなものじゃない」
「………友人を殺されて…主人を殺されて……私には、もう生きる意味を見出すことが…できません」
私にそう言われたことで少しだけ冷静になれたのか、むやみやたらに突っ込もうとすることなく彼女はそう言った。
肩から血を流している妖夢は、ゆっくりと立ち上がると私の弾幕を避け切った異次元妖夢に対峙する。
以前に永遠亭で殺された鈴仙と妖夢は、とても仲が良かった。彼女が殺され、主人である幽々子も殺された。彼女がそうなってしまうのも無理はないだろう。
「…そう…大切な人を殺されれば、私もそうなるかもしれない。でも、あなたが死んで…それを喜ぶ人はいるかしら?……あなたはそうやって死んだことを誇れるかしら?」
「……」
私がそう言うと彼女は悔しそうに顔を歪める。少し言い過ぎたかもしれない。だが、このまま妖夢に戦わせたらだめだ。
「…生きることをあきらめて、復讐に身を任せて死んで…あなたはそれで幽々子や鈴仙に誇れるかしら?」
「……なら、どうしろと?」
「…生きることよ。何が何でもね」
以前に死んだ咲夜や早苗のことを悪く言っているような形になってしまったが、そういうわけではない。二人を殺されたことで、私も友人を殺されたショックを知らないわけではない。だから、誰かを失うことが怖くてこういったことを言ってしまったのだ。
ずるいやり方だ。これ以上友人を殺されたくはないというのもあるが、戦力の低下を恐れて彼女たちの名を出した。
でも、どっちの方がよかったのだろうか。怒りに身を任せたまま、妖夢を犬死させる方がよかったのだろうか。
自問自答をするが帰ってくる答えは、当然わからない、だ。この世界に数学の答えのような正解は存在しない。あるのは後悔だけだ。
人生において数少ない後悔のない選択も、後の後悔の選択により埋もれて無くなる。最終的に、人生の選択というのはどちらが後悔しないかの選択といえる。
私は、もしかしたら自分でいばらの道を選択しているかもしれないな。
目の色には復讐を残してはいるが、少し冷静になった妖夢が異次元妖夢と交戦していく。さっきまでの暴走じみた捨て身の攻撃が無くなった分だけ、私の援護もしやすくなった。
しばらく妖夢の援護に回っていると、砂煙がいまだに舞い上がったままの街の方で何かが落下していくのが視界の端に見えた。
青い光を放って空から地面に向かって行く様は、外の世界にある爆撃機などを想像させた。だが、光を放っているということはそう言ったたぐいのものではないのだろう。
左手で器用に重たい刀を振るっている妖夢は右肩の傷に集中的に魔力を送っていたらしく、ようやく血が止まり始めたところだ。
異次元妖夢も本気ではないようで、隙をワザと妖夢に見せては大きな一撃を出させるように仕向けている。
一応冷静になっている妖夢はその誘いに乗ることは無いが、幽々子が死んだ同様なのか太刀筋がいつもよりも荒い。
でも、一番気にかかるのは自分のことだ。普段からあまりやらない援護に回っているからか、いつもの調子で動けない。
私は、こんなにも弱かったのだろうか。何かが自分の中で足りない。持っている武器や服はいつも通りでそれらが原因ではないとはわかる。
体調がすぐれていないわけではない。むしろ調子がいいぐらいであるのに、なぜかいつものように立ち回ることが出来ない。
何かが足りないのか、立っている時の背中がスースーする。こんなに戦っている時というのはさみしいものだったか。
誰かが、いつも後ろで私の背中を守ってくれていたような気がしてならない。でも誰だと言われると、それも返答できない。私の周りで援護に特化している人物はそういない。
紫は援護に向いた戦い方をするが、彼女が異変で直接戦うことなどあまりない。たとえあったとしても一緒に戦ったことは無かったはずだ。
いつもの異変では二人一組で移動することが多かったが、私は誰と移動していたのか。思い出そうとしても思い出すことが出来ない。
他の人たちのペアはすぐに思い出せるというのに、自分が組んでいた人物を思い出せない。いなかったわけではない、絶対に誰かと組んでいたはずだ。
異次元妖夢を警戒しているが、何かが物足りないと考えにふけっていると二人の戦いが進んでいく。
怪我が少し治ってきたのか、妖夢が両手で観楼剣を握って異次元妖夢に切りかかる。面白くなってきたと、異次元妖夢は乱暴に刀を振るってはじき返した。
赤と青の結晶が弾け、それが放つ光を反射して刀を彩る。妖夢の体勢を整えるのが少し遅い。横から割り込み、素早く刀を振るおうとしていた異次元妖夢の観楼剣を上からお祓い棒で押さえつけた。
力を込めて振るう前に押さえつけられたことで、異次元妖夢は観楼剣を振り回すことが出来ない。だが、戦い方が柔軟な彼女は、体勢を立て直した妖夢の攻撃をひらりとかわした。
私が時間を稼いだ分だけ、妖夢の攻撃のタイミングも悪くは無かった。しかし、それでは足りなかったようだ。二人がかりでこのザマとは中々笑えないな。
下がった異次元妖夢に対して後ろから白狼天狗の一人が、大太刀で切りかかろうと妖夢以上の速度で走り出した。
だが、その気配を察知できない異次元妖夢ではなく。その方向を見ずに大太刀を受け止めた。刃と刃が合わさり、鍔迫り合いとなるが、同じように金属で作られているはずの大太刀の刃に観楼剣が潜り込む。
「なっ!?」
作り方が違うのか、何か特別なことをしているのかはわからないが、驚いた声を上げた白狼天狗の頭は、切断された剣先と一緒に地面に落ちて行く。
心臓から伸びてきた動脈が断ち切られたことで、骨まで丸見えの断面図から血液が溢れて来た。圧力がかかっている分だけ、勢いが強い。
至近距離にいた異次元妖夢はそれを浴びることとなった。白色だった彼女の髪の毛は、紅魔館の小悪魔や美鈴のように赤く染まる。
服の方や胸にまで血が飛び散り、額や頬に流れて来た血を異次元妖夢は指ですくうとそれを口に運んだ。
ぐらりと異次元妖夢に倒れてきそうになった白狼天狗の腹部を横から切り裂き、頭だけでなく上半身と下半身が分かれた状態で地面に倒れ込んだ。
白狼天狗の上半身が落ちたことで、地面に溜まっていた血が跳ねて異次元妖夢の靴やふくらはぎを汚すが、気にも留めないどころか少し嬉しそうである。
もう新手の吸血鬼にしか見えないが、食事ではなく殺戮であるためそれらとは根本的な目的が違う。
恍惚な表情を浮かべて血を舐める異次元妖夢は、そんなことをしている最中ではあるがその瞳は殺戮をしたくて仕方のないようだ。常に視界の中に私たちを捉えている。
そして、腐っても剣術を扱う者のようで、血を浴びたというのに刀を握っている右手には全く血痕がない。
血で刀が滑らないようにしている。基本的に頭がおかしいというのに、垣間見える理性が少し怖い。
異次元妖夢は刀を握り直すと、妖夢に向かって歩き始める。周りにいる白狼天狗たちは剣術では自分たちはかなわないと今ので察したらしく、じりじりと下がり始めている。
ほぼノーモーションで歩いていた異次元妖夢が走りへと切り替え、迎え撃とうと観楼剣を構えていた妖夢に突っ込もうとした。
お互いの射程圏内に入ろうとした時、異次元妖夢の獣の様な瞳が別の方向を捉えると、今までとは打って変わって身を翻し、後ろに下がった。
何かの罠を警戒して深追いをしようとはしなかった妖夢と彼女の間に、数十本の鉄パプが高速で飛来し、地面に突き刺さる。
私の身長よりも高いそれらは三十センチ以上も地面に入り込んで、私と同じ程度の高さとなっている。人間が当たれば簡単に胴体など貫通してしまうことだろう。
「霊夢。街に行くって聞いていたけど、行っていないのは…それが原因かしら?」
宙に浮かんでいる紫はその高度を維持したまま、私にそう言ってくる。返答を待たずとも答えはわかっているのか、こちらを見ずに開いているスキマから先と同じように大量の鉄パイプを高速で射出する。
異次元妖夢はそれを物ともせずに全て叩き落していく。金属音を散らし、綺麗に半分にされている鉄パイプが地面に落ちて突き刺さっていく。
縦にも横にも切られていく鉄パイプの間や下を潜り抜け、紫からは死角の紅魔館の影に逃げ込み、そのまま逃走を始めた。三人がかりでは分が悪いのは明らかだからな。
「待て!」
妖夢は逃げていく異次元妖夢を追って走り始めた。
「…ちょっと!妖夢!」
静止を無視し、彼女は走って行ってしまう。私も彼女の後を追おうとするが、紫に止められてしまう。
「霊夢、待ちなさい」
「…なんで止めるのよ。まさか、妖夢を使い捨てにするつもりじゃないでしょうね!?」
「違うわよ。あなたは情報を集めたいんでしょう?ならそっちに向かいなさいな。できれば倒したいけど、無理そうなら無理やりそっちに向かわせるわ」
紫の能力なら素早く妖夢を移動させることも、援護することも可能だろう。
「それじゃあ、霊夢。とりあえず気を付けて街には行きなさい」
紫はそう言うと、スキマの中へと入っていく。移動ができるのならば街に移動させてほしかったが、彼女はもうスキマの中へ消えていってしまっている。仕方ないが、言われた通りに街に向かうとしよう。
ようやく森に付いた。紫に言われた通り霊夢が街に来る前に紅魔館の方向とは逆方向に移動したが、暑い日差しの中で飛んでいても十数分かかった。
街から森までは木は生えておらず見通しがいいため、街に着いた霊夢達に見つかるのではないかと冷や冷やしたが、そんなことは無く無事に着けたのだが。
少し疲れた。紅魔館から逃げ出してから動きっぱなしで、少しも休めていなかったから、少し休むとしよう何か建物は無いだろうか。
重い足取りで日向よりもしけっている地面を踏みしめる。疲労が溜まっているせいで、頭が働かない。
闇雲に歩いたところで、あるかもわからない建物なんか見つかることは無いだろう。通常なら人の手が入っている地形などを探せばいいだけなのだが、この長い年月で普通の人間が生き残れているはずがない。
十年前にはあっただろう痕跡も、年月によって自然と見分けがつかなくなっているだろうし、民家を見つけるのは至難の業だ。
「………」
ここ十数時間まともに寝てもいない為、疲労感だけでなく眠気もでてきた。誰がいるかわからないからあまり外では寝たくはない。
森に入ってからしばらく経つが、行けども行けども木々しか見えない。地面の状態からやはりあまり誰も立ち寄らないのか、足跡という足跡は見つけられない。
異次元にとりに負わされた傷はほぼすべて完治しているから、出血などの心配はしなくてもいいが、疲れだけはどうしようもないな。
そのまましばらく歩くと、最近ではないがだいぶ昔に人の手が加わった跡があることに気が付いた。
だいぶ昔にやられたものだが、切り株がいくつかある。風化によって表面がボロボロになっており、人の手によるものなのかそうでないのかはわからないが、腰ぐらいの高さで切り落とされた切り株が複数存在している。
疲れ切った頭を切り替え、回転させて切られた切り株を観察すると、それが人間業でないことに気が付いた。
どちらかわからないと言ったが、それは訂正しよう。多分だが、人間以外によるものだ。人が切った後に異変が起きて放置された線もあるのではと思われるがそれもない。
ボロボロの切り株の痕からもわかるが、一撃で綺麗に切られているのだ。ここらはあまり人や妖怪の手が入らなかったのか、幹の直径が一メートルを超える木が多い。
その巨大な幹を人間が一撃で切断するなど、不可能だ。
だいぶ長い年月が経っているからわかりづらいが、切り株の隣には大きな大木が横たわっている。コケやキノコが生えていて、あと数年もすれば腐って土にかえるだろうという段階まで来ている。
かなりボロボロだが、切られた幹の断面に斧を使用した痕が見られないのだ。
今でこそ異次元にとりの持つ兵器がオーバーテクノロジーで、幻想郷に存在していい代物ではない物が多いが、私が覚えている当時ではチェーンソーなんて高等なものは無かったはずだ。
となれば、人間以上の力を保有する何かが、ここら周辺の木を切ったということになる。ランダムに切られているから、戦っていて攻撃を躱されたり間違って切ってしまった結果だろう。
切られた木の中には他の木にもたれかかっているのもあるが、伐採目的で人間が切ったのならあんな風に切ることは無いはずだ。
誰だろうか。異次元妖夢か、異次元椛辺りだろう。鬼たちがやったのなら木自体が残っていないだろうし、異次元小町が生きているかはわからないが、あいつが持っている鎌で切られたという線もあるか。
こっちの小町が言うには、あれはそういう使い方ではないと言ってたが、こっちとは違うのだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。さっさと休めるところを見つけたい。この切り株がついさっきできた物とかなら警戒して、それどころではなかったのだろうが、この辺りは誰かが入った形跡もないし、焦る必要もない。
しばらく歩いてから再度周辺を見回してみると、何やら一か所だけ日の光が強い部分が存在している。
よく目を凝らしてみてみると、自然的な流動を描く木々ではなく。人間が作り出した人工的な建物が建てられているのが見えた。
あそこで休みを取るとしよう。運よく建物を見つけられたことで、埃だらけではあるが布団で寝れるかもしれないという期待が膨れ上がるが、針を刺した風船のようにそれはすぐにしぼんだ。
あの家に近づくごとに、誰かが歩いた後の痕跡がチラチラと地面に見え始めたのだ。しかも、比較的新しい足跡だ。
形的に私が履いている靴とよく似た履物をしているようだ。靴だけでは誰と判別することはできないが、森の中にいて私と同じような靴を入っている人物といったら。
思い浮かんでしまうのが困る。
あいつと戦うのは非常に苦手で、人形を操る奴じゃないことを祈るが、そうじゃないと思い込むのは楽観的過ぎるだろう。
光の魔法を発動させ、私は周辺の人間から見えないようにした。音を立てないように魔力で体を浮き上がらせ、その建物へと少しづつ近づいた。
建物の周りには人の気配がしないが、すぐ目の前にまで接近するとわずかに花の匂いが漂ってくる。
近くに太陽の畑があるのだろうか。でもそしたら遠くから見てもわかるほどに大量の花が咲き乱れているはずだ。
「…」
単純な作りのこの家は窓を数か所確認すれば、家全体で中にいる人物が誰なのかがわかる。
私の予想する人物でないことを祈っているが、半分は諦めている。少し遠目に光の魔法を発動させ、光を屈折させた。
一つ目の大きな窓を何度か光を屈折させて覗いてみると、そこには既に私の予想する人物の形跡が存在した。
窓枠近くにちょこんと座らせられているそれは、小さく身の丈は三十センチ程度で、頭頂部には赤い大きなリボンが結ばれている。黄色く艶やかな髪の毛が腰のあたりまで伸びていて、青色や白い洋服を身につけさせられている。胸元には頭に付けられている物と同様に赤いリボンが結ばれているようだ。
それらの人形の手には、かわいらしい容姿からはかけ離れた禍々しい槍や刀を握っている。しかも、だいぶ使っているようで、ところどころ錆びついていたり、血の染みの痕が見られる。人形好きの子供が見たら泣き出しそうな絵図らだ。
あれはアリスの作った上海人形だ。今はアリスの支配下ではないようで、おとなしく座っているが、ひとたび命令を受ければ殺人マシーンへと切り替わる。
人形で近距離を攻撃し、遠距離は人形を繋いでいる魔力のワイヤーや弾幕で攻撃してくるため、私にとって非常に戦いにくい者の一人だ。
他には机や本、本棚にコンロがある。どうやら食事をしたりする部屋のようだ。誰もいない。人形も見える範囲では数体しかない。
机の上には紅茶を作るためのポットが置いてあり、お湯を沸かしてからあまり時間は立っていないのか、湯気が注ぎ口から立ち上っている。花の匂いがすると思ったのは、そういう紅茶の匂いだったらしい。
屈折を更にして、別の窓から別の部屋を覗き込むと、さっきよりも小さな部屋が映し出された。そこには台所以上に大量の人形が棚に置かれていて、ベットや机の上にもいる。総勢で30を軽く超える人形が保管されているようだ。
そして、こちらには背を向けているが、たくさんの上海人形が置かれている机に向かって、モクモクと何かを作っている人物が椅子に座っているのが見えた。
金髪で、上海人形たちと同じような青と白の洋服を着ている異次元アリスの姿がそこにあった。
人形たちと違うのは、腰につけている赤い大きなリボンがあることだろう。
スカートは足首まであるが家の中だというのに、靴は履いたままだ。いつ敵に襲われてもいいようにだろう。
誰がいるかは確認できたし、さっさとここから離れるとしよう。地面で寝ることが決定した私はがっくりと肩を落として魔法を切ろうとすると、異次元アリスに動きが生じた。
作業する手を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。何か視線があると感づいたようだ。
「……っ」
慌てて魔法を切ろうとしたが、向こうからこっちは見えていない。逃げ出す必要はない。
視界の中にいる異次元アリスは肩越しにこちらを振り返り、目を細めた。中々良い感をしてらっしゃる。
だが、何もいないとわかったのか、すぐに作業に戻り始めた。針を片手に糸で丁寧に人形を縫って行く。洋服を着させ、赤いリボンを頭に巻きつけさせる。
遠目から見れば人間と勘違いしそうなほど精巧な作りの人形だと、屈折させてみる視界越しからもわかった。
それよりも彼女のあの顔、無表情から作り出された無機質な感じは、日本人形のような恐怖感を芽生えさせた。
「チルノちゃん……どうしよう……」
私は一番仲のいい友達であるチルノちゃんに声をかけた。背中に氷の羽を浮かせ、青い短髪の髪を揺らしている彼女は、私に不安を植え付けないようにするためか自信満々に胸を張って大丈夫と言っているが、少し顔が青い。
いつも明るく、暴走気味な彼女でも、流石に今の状況は相当よろしくないようだとわかっているようだ。
「だ、大丈夫だよ大ちゃん!こんな森なんか…ちょ…ちょちょいのちょいだもん!」
私の手を握る幼い小さな手が少しだけ震えている。彼女も不安のようだ。
「そのちょちょいとの部分を…詳しく教えてくれない…?」
私よりも青い顔をしている小傘さんがそう言った。あまり面識はなかったがついさっきそこで会って、今は一緒に行動している。彼女も不安で堪らなさそうな顔をしているのが見てわかる。
「そ……それは…」
「ないのかー」
いつもの調子のように話しているルーミアちゃんも、声が震えている。リグルちゃんに至っては、膝を抱えて座ったまま何も話さなくなってしまった。
「来るんじゃなかった……」
あまり戦闘に向いていないミスティアちゃんも心配だと来てくれていたが、あの時の凛々しい彼女はどこに行ったのか、今はブルブル震えてルーミアちゃんにしがみついている。
「と…とりあえず…霊夢さんたちに合流しようよ」
「でも、道がわからないよー?」
狩りや狩猟などとは程遠い生活をしていたせいで、足跡の追跡なんかをできる人はここにはいない。これではもと来た道を引き返すことなどできない。
森の中で方向感覚を失っているため、なんとなくで進めばさらに迷子が加速することだろう。
紅魔館について早々に自分たちは別行動して、情報を集めようというチルノちゃんの言葉に乗っかってしまった自分を殴ってやりたい。
「飛んで敵に見つかるわけにもいかないし…」
うーんと皆で唸っていると、近くでガサリと誰かが草を揺らした音が響いた。
「っ!?」
全員の意識がそこに集まる。いつも余裕ぶっているチルノちゃんでさえも顔を青ざめ、後ろにじりじりと下がってしまっている。
「バラバラになっちゃだめ…!そうなると…相手の…思うつぼだから…!」
走り出そうとしているルーミアちゃんやミスティアちゃんを引き留め、近づいてきている音の方から私たちはじりじりと下がって行く。
近くに落ちていた乾いた木の棒を私は拾い上げ、何が来てもいいように私はぐっと棒切れを握り込んだ。
「みんなは……逃げて…」
武器を使ったことなんてないけれども、皆が逃げるぐらいの時間は稼いで見せる。恐怖で視界が歪む。構えた剣先が上下に小刻みに震えている。
敵を確認する前に逃げてしまっては、逃げたチルノちゃんたちが何の対策もできない。だから、敵が姿を現してから、交戦した私に攻撃が集中している隙に逃がさなければならない。
草が揺れる音しかしていなかったが、今は歩み寄って来る足音まで聞こえてくる。心臓の音がバクバクなっていて、チルノちゃん達にまで聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。
ガクガクと膝が笑い、気を抜いたら自分が一番最初に逃げ出したい衝動に駆られて、我先に走りだしてしまいそうだ。
「私も、戦う…!」
震えている私のすぐ横に立ったチルノちゃんは、能力で氷の刀を作り出して同じように音のする方向に向かって構えた。
「わ、私達だって…」
ルーミアちゃんやミスティアちゃんも私たちの隣に立ち、半べそをかいているリグルちゃんと、すぐに壊れてしまいそうな傘を握っている小傘さんも対峙する。
皆のおかげで少しだけ恐怖が和らいだ。でも、来る人によっては絶望的な戦力差が開いていることには変わりないだろう。
背の高い草むらの奥から、そいつは姿を現した。
8/10に投稿する予定としていましたが、私用により連絡が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。
今後はそういう事が無いように、気をつけていきます。
次の投稿は8/14の夜十時です。