それでもええで!
という方は第百五話をお楽しみください!
スピードの乗っている二つの棒状の金属がぶつかり合っている。正面から衝突したり表面を撫でるごとに、交じり合う金属音とひっかく不快な音を奏でた。
私の斬撃に慣れて来たのか、血にまみれている同じ顔をした自分に振るう刃が当たらなくなってきた。
近くに浮かんでいる紫さんの援護もあり、始めの何度かは皮膚を掠ったりする程度には当たっていたが、そのうち異次元妖夢は刀すらも使わなくなってきた。
体を前後左右に動かして最小限の動きで観楼剣を躱す。あと紙一枚分刃先に肌が近ければ、鋭い刃が切り傷を作っているところだ。
だが、私の戦い方に慣れて来た異次元妖夢は、マトリックスの敵並みに斬撃を避けている。そのギリギリさも楽しんでいるのか、口角が上がったままだ。
自分の物か、他人の物かわからない血液を全身にこびり付かせている異次元妖夢は、慣れた手つきで振るう観楼剣を素手でいなした。
軌道を変えられた観楼剣は、彼女を切り裂くことなく空振りに終わる。代わりに異次元妖夢は、私の太ももに刀で小さな切り傷を作った。
重たい楼観剣を振るい、素早く動き回るのに支障がない範囲で異次元妖夢は私に怪我を負わせる。
傷は浅いがその分だけ何度も切られた。見た目はかなり派手にやられているようだが、実際はそこまでではない。こいつ、じわじわと私を嬲り殺すつもりだ。
いつの間にか血みどろになっている私は、異次元妖夢よりも体が赤く染まっていた。傍から見ればどっちがどっちか見分けがつかないところだが、髪の毛が赤く染まっていたり表情から判断しているようで、紫さんの援護は適格だ。
私が危ないと判断した彼女は開けたスキマから、細長い棒状の物体を飛ばしてくる。
私の剣戟だけでなく紫さんの攻撃にも慣れて来たのか、彼女は飛来する鉄パイプやまっすぐな鉄筋を簡単に全て切断した。
弾丸程とはいかないが、弓よりも圧倒的に早い速度で撃ち出される物をこうも簡単に切断してしまうとは、見るだけで分かる。彼女は私よりも数段階も先を行っている。
どうやったらここまで強くなれるのか、不思議でならない。まるで咲夜さんと戦っているようだ。
私よりも速く動き、何手も先を行く。だが、彼女と違うのは異次元妖夢はこの戦いを戦いだと思っていないところだ。
チャンバラか、おままごとか。どちらにせよ、彼女にとって私を殺すのはその程度の意気込みだということだ。
相手が自分以上の実力者であればある程、どちらの意味でも勝負にならないとはこのことか。剣術で誰かに負けるなんて、初めてだ。
こんなことなら、普段からもっと修練をしておけばよかった。こいつだけは私の手で殺さなければならない、例え死んでもだ。
っと、霊夢さんに言われていたことを忘れるところだった。私は何が何でも生きなければならないのだった。
自分の欲望に任せて勝手に死んでしまうのは、無責任というやつだろう。こうなることを予期できたわけではない。しかし、攻撃に参加すると自分が言った時点で、巻き込まれるのは仕方のないことだ。
幽々子様もそれはわかっていただろう。だから、途中で全てを投げ出して自分勝手に死ぬのは、無責任な行いだ。
それに、死んでしまっては幽々子様のお墓を建てることも、鈴仙のお墓に花を添えることも、できなくなってしまう。
気合を入れろ。こいつを確実に倒すんだ。いくら私よりも実力が上と言っても、生物である以上必ずミスをする。そこを突くのだ。
もっとしておけばよかったが、それでも毎日鍛錬はしてきた。それらは絶対に私を裏切らない。だから絶対に、奴を殺す。
「……」
私の雰囲気が変わったことを異次元妖夢は察したらしく、目つきが変わった。それを待っていたと言わんばかりに口が三日月状に左右に裂けた。
狂気に濁った獣の目が、まっすぐに私を捉える。口元は笑っているが、目だけは真剣だ。この視線だけでか弱い人間なら、尻尾を撒いて逃げ出しているだろう。
楼観剣にこびり付いている私の血を、異次元妖夢は刀を払って振り落とす。魔力で肉体を強化しているらしく、刀の表面に居座っていた血液は全て地面や草に飛び散る。
綺麗になった刀を、異次元妖夢は一度鞘に納めた。抜刀術か。本来の使い方とは全く違うが、受けて立つとしよう。
抜刀術とは本来はただ会話をしている時、普通に歩いている時にいきなり刀を抜かれ、襲い掛かられた時のために編み出されたものだ。
切り合いをすることが前提で行われる物ではないのだ。これで終わらせるつもりなのか、決闘の合図代わりなのかは知らないが、ここで受けずに切りかかれば魂魄妖夢の名が廃るか。
イカれた狂人に正々堂々という思考自体があるのかが不明だが、それで勝って初めてかたき討ちとなる。卑怯な手で勝ち取ったものでは、幽々子様も良しとは言ってくれないだろう。
私も観楼剣にこびり付いている血を払い落とし、磨かれた綺麗な金属の光を放つ刀を鞘に納めた。
片手は鞘を握ったまま、柄を握る手は地面に向かってぶらりと下げておく。お互いの射程圏内へと歩みを進めた。
「嬉しいわね。今までではほとんどの奴が関係なく切りかかって来たから、こうやって勝負を受けてくれたのは、あなたが初めてよ」
異次元妖夢は腰の左側に下げている刀の鞘を左手で握ったまま、彼女から見て左に向かって歩き始めた。
私も彼女と同じように、鞘を握ったまま円を描くように左側に歩き出した。少し湿った地面を踏みしめる音と、草を足がかき分ける音が静かに響く。
紫さんも空気を読んだらしく、絶好のチャンスであるが攻撃をしようとするそぶりもない。
風が私たち二人の間を流れて行く。森の中であるため、日向ほど熱を持っていない冷たい風が吹く抜ける。
周りの環境音以外に落ち着いた呼吸音が二つ、一定の距離を持ったまま少しずつ移動している。
「……」
「しゃべってくれないとは、冷たいわね」
勝負は受けたが、おしゃべりなどする義理は無い。大方集中を少しでも削ぐ算段なのだろう。
「今まで、いろいろな世界の魂魄妖夢を殺してきたけど、主人を殺されて見られる反応はいろいろあったわ。泣く、喚く、怒り、喜々、哀、他にはあなたのように呆然としたりするものもあったわね。……でも、今回は初めてだから私を楽しませてね?」
クスクスと笑う異次元妖夢は話しながらも、ギラついた光線が出そうな眼孔で私を覗いている。
「……」
「それにしても、あなたの主人は最後まで滑稽だったわよ?」
「…っ……!」
危なかった。危うく口車に乗せられ、冷静さを失って異次元妖夢に切りかかるところだった。こうやって人を揺さぶるのがこいつのやり方か。
「すぐに私だって見破ったのは、褒めてあげたいことろだけど……最後までみじめったらしくお前の名前を呼んでたわ。妖夢ー、妖夢ーってね……お笑いね」
怒りで額の血管がはちきれそうだ。だが、怒りに任せれば身を亡ぼすのはこちら側だ。いくら卑怯な手を使われても、それに乗っかってしまえば私はただの馬鹿になり下がる。
沸騰していた血液を冷やし、渦巻く憎悪を沈めた。手に負えないほどの怒りを、残った理性で無理やり踏みつぶした。
だが消えるわけではない。怒りが暴走しないように鎮め、戦意を向上させるために炎を燻らせたままそっと蓋をする。
「……だからなんですか?」
「冷たいわね。あんなに怒ってたから嫌いというわけではないでしょう?…ならやせ我慢してるってことかしら?」
「その顔に似合わなくて、聞きづらい声を出してる口はいつ塞がるんですか?さっさと黙ってください」
私がそう言うと、今度は逆に次元妖夢が眉間にしわを寄せる。どうやらやる気になったようだが、これが吉と出るか凶と出るか。
「なぶり殺してあげるわ。動けなくなってから、あなたの主人と同じくようにしてあげる」
「そうですか。私はあなたほど下品じゃないですから、あなたの主人に会ったら苦しまずに…一撃で首を跳ねて差し上げます」
「面白い…!」
彼女はそう言うとそこからは一切言葉を話さず、左手を鞘にかけたままゆっくりと歩きだした。
抜刀で切りあうタイミングはいつだろうか。次に地面に足が付いた時だろうか、それとも、円を描こうとして歩いているのが半周行った時だろうか。
タイミングをうかがって歩いていると、私たちの間に流れていた風が段々と弱まっていく。
風でザワザワと音を出していた草や木の葉の音、それらが少しずつ無くなっていく。周りの音が無くなるとそれに反比例して、二人分の人間が出す音が大きくなっていく。
地面を踏みしめ、離すと靴にこびり付いた土が剥がれ、地面に落ちた音まで耳に届く。そんな小さな音が聞こえるほどまでに集中力が高まり、辺りは静寂へと近づいていった。
そして、風が止み、全ての草木が出していた葉の音が止――――。
「「――――っ―!!」」
私は観楼剣に手を伸ばすのが、敵に比べてほんの数舜遅れた。刀を引き抜いてそのまま相手に切りかかるのには、遅すぎる。
私が異次元妖夢に切りかかろうとする前に、胴体に頭がサヨナラを告げることになるだろう。
ならばどうするか。敵に攻撃するのには遅すぎるわけだが、自分の身を守るために刀を軌道上に持ってくるだけなら、まだ間に合うだろう。
私の判断は間違っていなかったようで、鋭い刃が肉を切り裂いて骨を粉砕する音は聞こえない。代わりに響いたのは、金属が金属を撫でる音だ。
高温の火花と冷たい魔力の結晶が同時にはじける。私が抜刀術を受け流したことに驚きを隠せないらしく、刀を振ったまま固まっている異次元妖夢は目を見開いている。
相手のやり方に助けられた。よくあるコイントスのように、ここで来るというタイミングがわかったから受け流せた。もし自然音など関係なく異次元妖夢が観楼剣を振っていたら、驚いた顔をしているのは私の方だっただろう。
刀で切り付けられた衝撃が柄を握っている手から、肘の辺りまで伝わって来る。骨にまで響くそれに手が痺れた。
鞘を握っていた手を柄に伸ばし、両手で得物を握り込んだ。驚いた顔をしている異次元妖夢の頭部を切断する形で、観楼剣を大きく横に薙いだ。
刀を振った直後で、避けるだけの体勢が整っていない異次元妖夢はかわせない。そう思っていたが、測らなくてもわかるほどに素早い動きで体勢を整え、刀で受け止める。
抜刀するために鞘を握っていた左手で、腰に提げているもう一本の短刀を引き抜いたらしい。
楼観剣の半分程度の長さしかない白楼剣が逆手に握られており、それが私の得物を受け止めている。
「くっ…!」
絶好の攻撃するチャンスだったというのに、みすみす逃してしまうとは情けない。しかし、早すぎる。どんな修業の仕方をすれば、あれだけの速度で動くことが出来るのだろうか。
「あぶないあぶない…今のは肝を冷やしたわ」
しゃがれた声でそう笑う異次元妖夢は、逆手に持っている白楼剣で楼観剣を振り払う。赤と青の火花を散らし、押し返された。その反動を使って一度彼女から大きく距離を取る。
私が下がった先には木が群生しており、その中の一本に走り寄った。まっすぐ上に伸びているそれを下から上に、直径は三十センチはありそうな太い木を両断した。
何の強化もされていない木は、魔力で強化された楼観剣の刃を抵抗せずに受け入れ、反対側まで通過させた。その後ろに回り込み、幹を蹴り飛ばした。
進行方向に下から上へワザと角度をつけて切った。まっすぐにに切り裂いたことで、とっかがりのない切られた部分よりも上部の木は、下部にひっかがることなくズルりと異次元妖夢の方に動き出す。
その動きも重なって強化しているとは言え、自分の重量をはるかに超える物体を蹴り飛ばすことが出来た。
ゆっくりとは回転しているが、異次元妖夢のいる場所に到達するまで他の物に当たることなく、突き進んでくれそうではある。
異次元妖夢がその間に何もしないわけがない。たった数メートルしか進んでいないというのに、木に十数個の切れ目が入る。
いったい何度切ったのだろうか。幹の影に隠れて進んでいた異次元妖夢は、進行方向を変えることなく木に突っ込んだようだ。彼女がぶつかると、幹はバラバラに弾けた。
形は不格好で大きさも大小様々な木片が、異次元妖夢よりも一足先に私の元に降り注いでくる。
自分が同じことをしようとしても、時間が足りずにできないだろう。相手の技術力の高さに、戦慄した。
楼観剣を逆手に持った異次元妖夢が、私の頭から胴体までを一直線に串刺しにしようと振り下ろす。
呆気に取られて行動するのがもう少し遅ければ、その通りになっていたところだ。異次元妖夢の得物に楼観剣を叩きつけ、尚且つ自分の体を少しずらした。そこまでしても、刃先が私の頬に深い切り傷を作った。
「ぐっ…!」
地面に付き刺さった楼観剣を引き抜こうとしている異次元妖夢に掴みかかり、群生している他の木へと叩きつけた。
彼女を左手で掴んだまま木に押し付ける形となり、歪んだ木が元の形に戻ろうと押し返されるが、それ以上の力でそのまま木に縫い付けた。
少なからずダメージはあるはずだが、奴の口角は上がりっぱなしで、攻撃されるのも楽しんでいるように見える。
掴んだまま逃げられない異次元妖夢の首に観楼剣を突き刺そうとするが、あろうことか彼女は自分の手のひらに刀を突きささせた。
尖った切先は強化された皮膚や肉、骨を抵抗もなく簡単に切り裂く。手の平に入り込んだ刀は、手の甲から飛び出した。
組織を傷つけられたことで、刀にはべっとりと滲んだ血が付着し、開いた風穴からは赤黒い血がダラダラ垂れ流される。
「お前…!」
「こんなので驚いてるの?」
彼女はそう呟くと、刀の半ばで止まっている手を観楼剣から引き抜かせるのではなく、鍔の方へと動かした。
少しずつ楼観剣が赤黒い血で染まっていき、彼女は観楼剣の鍔に到達した手でそれを握り込んだ。振り払えない私を、自分の元に引き寄せた。
彼女の異常性に言葉の出ない私は、腹部に蹴りを叩き込まれた。体が少し浮き上がるほど強い攻撃に、異次元妖夢を掴んでいた手を離してしまった。
体内の内臓が潰れていてもおかしくない激痛が、腹部から背中まで走り抜けた。胃に残っていた食べた物が逆流する嘔吐感が沸き上がり、胃が歪んだことでドロドロに溶かされた消化物が、食道へとつながる噴門に殺到する。
「うぐっ…!?」
口を抑え込み、喉に力を込めて吐しゃ物をまき散らすことを何とか防いだ。しかし、相手に絶好の攻撃するチャンスを与えてしまった。
今度は異次元妖夢が私の胸倉を掴み、自分の体の周りを一周させて勢いをつけ、投げ飛ばした。
異次元妖夢は私がした様に、十メートルほど離れた場所に生えている木に向かって投げつけたようだ。
身体強化をし、魔力で体の方向をかえて木に着地しようとするが、投げられた速度の方が速い。自分で飛ぶよりもはるかに速い速度で、私は背中から木に衝突した。
私が切り飛ばした木と同じぐらいの太さがあるが、ぶつかった衝撃によって樹木が剥がれてしまっている。
幹の部分だけでなく木全体が揺れているらしく、千切れた葉っぱや枝が上からパラパラと落ちてくる。
体勢を立て直せていない私に向かって、その雨の中を異次元妖夢は休む暇を与えずに切りかかって来た。
地面を剥がす勢いで跳躍した異次元妖夢は、空中で紫さんの援護を物ともせず、全ての物理的な弾幕を両断していく。
鉄パイプは空中で切られたことで空気の抵抗が増え、バランスを失って地面に落下していく。彼女が通った跡には、落ちて行く棒状の金属しかない。
負傷したことで、いつもよりも観楼剣が重く感じる。むしろ軽いぐらいだった刀が、重たい鈍器にすり替えられた気がしてならない。
それでも泣き言はいっていられない。骨は折れていないし、腕を切り落とされたわけでもない。五体満足ならまだ戦える。
紫さんが時間を稼いでくれているうちに、早く体勢を立て直さなければならない。刀を持ち上げようとした時、咲夜さん達を殺した魔女にやられたように、観楼剣に力が加えられて地面に縫い付けられた。
ただしあの時とはやり方が全く違う。刀の腹を異次元妖夢が踏みつけ、地面に無理やり押さえつけているのだ。
早すぎる。来ている速度からして、あとほんの少しだけ時間があったはずだが、彼女は空中で少しだけ急加速して、その時間を無くした。
異次元妖夢は咄嗟に白楼剣を抜こうとした私の左手を右手で押さえ、血まみれの左手で握っている観楼剣を頭に宛がってくる。
異次元妖夢が少しでも力を込めれば、眉間のど真ん中を切先が抉り、骨を砕くだろう。頭蓋の中に詰まっている中身をぐちゃぐちゃにかき回し、生命を維持するための機能が根こそぎ停止させられることだろう。
肩から腕の筋肉へと、力が伝わっていくのが刀を眉間に添えられている時にでもわかった。
腕がこちらへと伸び、刀の先が頭部を貫こうとする直前。何かが目の前を横切った。傘特有の先端が細長く飛びだした石突きは横から刃を叩き、その突き出る軌道を大きく変化させた。
鋭い刃は私が寄りかかっている木に、ダンッと十センチ程抉り込んだ。顔に当たることは無かったが、少し赤みのかかった刃に自分の瞳が反射して移り込むほどに近い。
それほどまでに近く目と同じ高さに刀が突き刺さったことで、観楼剣は木と刃の間にある耳を当然通過する。
音を集める役割のある耳介を半ばから縦に切断され、体から離れた外側は重力に従って落下した。
肩に落ちた耳介は洋服の上を滑り、さらに落ちて行く。わずかに湿った土にポトリと落ちたそれを見ることなく、私は紫さんが作ってくれた隙を突いた。
耳を失った激痛は耐え難く、涙が出そうなほどだ。でも、主人や友人を失った痛みに比べたら、こんなのは屁でもない。
異次元妖夢が掴んでいる右手を振り払い、短刀を鞘から引き抜くと同時に切りかかった。首の動脈を狙った攻撃だったが、腰に提げられている刀から首までは少し距離が開いており、難なく避けられてしまう。
だが、本命はこっちだ。異次元妖夢は短刀の攻撃を避けたついでに、観楼剣を引き抜こうと体を後ろに傾ける。
刀が抜けてしまう前に、異次元妖夢に踏まれて地面に入り込んでいた切先を引き抜いた。身体や得物の性能を魔力で最大まで強化し、木に刺さって固定されている彼女の刀に叩きつけた。
全体重をかけた攻撃に、異次元妖夢の握っている観楼剣が大きく歪み、亀裂を生じると半ばからへし折れた。
金属が粉々に砕け、その破片が周りに飛び散った。耳をつんざく金属音が木々に反響し、いつまでも喧しく鳴り響く。
刀が折られた反動で木に入り込んでいた切先が抜け、異次元妖夢の頭上を回転しながら飛んでいく。三十センチ程度の短い観楼剣の切先は、異次元妖夢の五メートル程度後方に落下すると、小さな金属音を発して土に突き刺さった。
木の葉の間から差し込んだ木漏れ日に反射し、折れた観楼剣の刃先がキラキラと鈍い光を放つ。
まさか折れるとは思っていなかったのか、異次元妖夢は白楼剣変わらないサイズとなった楼観剣を私へと投げつけ、後方へと飛びのいた。
得物を奪えれば立場は完全に逆転するはずだ。まだ白楼剣があるとしても、使い慣れた刀でなければいつもの実力も発揮できい。丸腰だろうと、自分よりも強い奴を切るのに理由はいらない。
「終わり…ですね…!」
投げつけられた折れた刀を弾き落とした。姿勢を低く、観楼剣を更に低く構えた。弾かれた敵の刀が地面に落ちる前に、私は全速力で異次元妖夢に向かって走り出した。
異次元妖夢の胴体を真っ二つに切り裂こうと観楼剣を構え、彼女の持っている刀の射程外から得物を横に薙いだ。
低く構えていたが、切る直前になって刀を高い位置へ戻したことで、彼女の予想を超えた高さで刀が飛来した。
皮を切り、それらが被膜している内部もまとめて切り裂いた。細かいしぶきが弾け、切られた部分より上部はずるっと横にスライドし、大きく傾くと地面に横たわった。
しかし、よく見ればそれは人の皮ではなく、その内部にも生命活動の維持をするための内臓も存在せず、弾けた飛沫は液体ではない。
横たわったそれも当然人間の形をしておらず、大きな樹木が倒れる振動が地面を伝って足に衝撃となって伝わって来る。
振り払った後の観楼剣には、血の一滴も付着していない。避けられてしまうことは予期していたが、寸前に高さを変えた攻撃すらもかわしてしまうとは思ってもいなかった。
走り高跳びという競技はみんな知っているだろう。二つの棒を一定の間隔をあけて地面に垂直に立てる。その二つの棒には同じ高さに物を載せられる小さなでっぱりが付いており、そこを向かい合わせて配置する。
二つのでっぱりをつなぐ形でその上に棒を一本置く。地面に建てられている棒ではなく、懸け橋となっている棒の上を飛び越えるという競技だ。
私の攻撃を受けた当の本人は、その競技で棒を飛び越える方法の一つである背面飛びといわれる方法で刀をすり抜けていた。
審査員だったり、プロからしたら飛び方が全く違うだろうが、素人の目からすれば同じようなものだった。
来ている刀に対して背を向け、足を踏みしめて跳ぶ。跳んだ後は倒れることが前提ではあるが、背中を反って刀を上体の真下を通過させる。
最後に足を持ち上げ、腰を切り裂かれず避けきった。後は倒れ込む前に魔力調節で足から地面に着地し、次の行動に移ることのできない私の腹部に蹴りを叩き込んでくる。
走って前に進んでいた力が、蹴られた衝撃で腹部だけ無くなり、頭側や足側だけが慣性に従って前に投げ出された。
体がくの字を描き、一秒にも満たない短い時間が経てば、私は進行方向とは逆方向へと吹き飛ばされることだろう。
しかし、そうはならずに私の体はその場に留まった。敵をぶった切るために刀を握った手を前に伸ばしていたが、その手を彼女の左手で掴まれていたようだ。
刀を掴んでいる右手を捻り上げられ、観楼剣を持ち続けることが難しくなっていく。意地でも持とうと指に力を込めるが、プルプルと震える指は握力を発揮できずに柄を手放してしまう。
「ぐっ…!?あぁっ…!?」
捻られた右手の骨が折れる直前、私が離して地面に落ちている観楼剣を異次元妖夢は掴み取ろうと右手を伸ばす。
私の右手を掴んでいる左手を軸にして時計回りに体を回転させ、腰の高さにある観楼剣の柄を右手で握り込んだ。
蹴りのダメージが抜けきっていない私は動くことすらままならず、異次元妖夢にそれを許してしまった。
逆手に持った柄を地面から引き抜くと、密着しているためこちらを見るまでもなく切先を私の腹部へと突き刺した。
「がっ…!?」
腹筋や内臓を貫き進んでいく金属の感触は、死期を感じさせる恐怖感を抱かせた。皮表に点在している痛覚組織や内臓などの組織を破壊したことで、恐怖感に痛みが追い打ちをかける。
崩れ落ちた私に対して異次元妖夢は視線を向けることなく、掴んでいた私の得物と右手を離した。
膝を付かないように、笑う足に力を込めて立ち続けようとするが、そうするごとに震えが酷くなっていく。
ついには片膝を地面についてしまった。さっきあれだけ覚悟を決めたというのに、酷いざまだ。
腹部に突き刺さって背中まで貫通している観楼剣の柄を握り込み、引き抜くために力を込めた。突き刺さっている場所や角度、刃の向きから動脈や静脈を傷つけてはいないと推測できる。
だが、それでもそのほかの内臓を傷つけているため、これを引き抜けば10分か20分もしないうちにあの世行きだ。
体の中心に並んで走っている動脈と静脈を傷つけてはいないが、これを引き抜いて激しい運動をすれば、見積もった時間よりも早く死ぬのは明らかだろう。
だがそれでも、私は戦わなければならない。お腹に刀が刺さったままでは戦えないし、逃げるのにも白楼剣一本ではとてもじゃないが逃げることはほぼ不可能だ。
ならば、魔力で傷を治療して、延命させながら彼女と戦った方が一番勝率は高くなるだろう。
たとえ死にかけても紫さんの能力ですぐに移動させてもらい、治療に移ることもできるだろう。
異次元妖夢は、自分に刺さった刀の柄を引き抜こうとしている私に向き直った。片足で地面を踏みしめると、胸に蹴りをかましてきた。
体は何かに掴まれたりなどして固定されておらず、さっきとは違って方向に吹き飛ばされた。
蹴られた衝撃で体はねじれて宙を舞う。刃先が別の組織を少し傷つけるが、その段階ではまだそこまで重要なことではなかった。
問題なのは、その後だ。地面に倒れ込むと、貫通した切先や柄が地面や木に当たり、観楼剣の角度を変えた。
切れ味が高いのが仇となり、刺されただけだった傷は数センチ程度ずれて大きな開いた切り傷となった。
「うぐっ……ああああああああああああああっ!!」
刺された時や蹴られた時以上の激痛に、私は思わず絶叫していた。声は木々の中を何度も反響し、いつまでも発生した声を響かせる。
傷口が広がったことで、刺突された時とは比べ物にならないほどの出血を起こしている。倒れ込んでいる私の体の下には、倒れてからたった十数秒で血の池が出来上がった。
「くっ……!」
腹部の傷を押さえ込み、できるだけ出血を抑える。異次元妖夢の方を見ると追撃する様子はなく、紫さんの方向へと走っていく。
それに対して紫さんはスキマを複数開き、様々な形をしたまっすぐな鉄筋や鉄パイプを連射する。
異次元妖夢はそれを物ともせずにスキマをかいくぐって、紫さんへと向かって行く。十メートル以上離れていた二人の距離が、見る見るうちに縮まっていく。
だが、紫さんは焦ることなく、いろいろな角度から攻撃を続ける。さとりさんのように心を読まれて攻撃するパターンを知られてしまっているのか、と思えるほど異次元妖夢は飛来する物体の雨をかいくぐる。
紫さんの目と鼻の先まで来た異次元妖夢は、手元で何かをやろうとしている。
鉄パイプなどが視界の障害となったり、彼女自身の体の向きによって見ることが出来ないが、彼女は絶対に何かをしようとしている。
観楼剣であれば射程圏内まで、あと一歩というところまで異次元妖夢は接近しているのだが。紫さんは立ち止まったまま、後ろに下がろうとはせず表情一つ変えていない。
頭部に向かって飛んできた鉄パイプ等を躱し、残りの一歩を大きく超えて踏み出した異次元妖夢は気が付いた。
石から削りだされて数百キロはありそうな大きな灯篭が、自分の真上に落下してきていることに。
ズシンと内臓にまで響く衝撃は、私の倒れている位置まで伝わって来た。タイミングは完璧で、短い白楼剣しか持たない異次元妖夢に、あれを破壊することはできないだろう。
他の方へと飛びのくこともできないはずだ。そこは飛んできている鉄パイプと鉄筋の嵐だ。
乾いている土が風圧に舞い上がらせ、異次元妖夢を押しつぶした灯篭は自重に耐えきれずに亀裂が生じて壊れていく。
半分に割れた灯篭は、左右に分かれて地面に倒れた。倒れた衝撃でまた細かく砕けていくそれに私は違和感があった。
始めに半分になった亀裂だが、まっすぐすぎる。岩のひび割れなどを見てもらえばわかるが、真っすぐにひび割れることは決してない。
ヒビがいくつも重なって、まっすぐな亀裂になっているように見えることはあるが、一つのヒビが一直線になることはありえないだろう。
人為的に物を使って割ったということでしか説明がつかない。
あれは、落下した時の自重で割れたのではなく。鋭すぎる刃物で切り裂かれたのだ。灯篭が倒れたことで、それに隠れていた紫さんが見えるようになった。
彼女のもとにある人型の影は、二つある。返り血で赤色に近い、切りそろえられたおかっぱの髪型は、異次元妖夢だ。
一体何がどうなっているのだろうか、私は混乱していた。灯篭が落ちて来たタイミングは、私の目から見ても完璧だった。
それに、人間の作った刀よりは切れ味は高いが、観楼剣に比べたら断然切れ味の劣る白楼剣で、どうやって岩でできた灯篭を切り裂いたのだ。
紫さんはスキマを使って、目の前にいる異次元妖夢に複数の細長い物体を照射するが、飛びのいた彼女には一本たりとも当たることは無い。
私は崩れ落ちそうになっている紫さんから、目を離せなくなっていた。詳密には彼女に刺さっている物からだ。
あの柄の形や刀剣の長さから、刺さっているそれは観楼剣だとわかった。さっき私の折った刀はまだ地面に転がっていて、私のも腹部に刺さったままだ。
私の白楼剣が盗まれたわけでもなく、異次元妖夢の白楼剣も鞘に収まった状態で腰に下がっている。
新たに現れた観楼剣に私だけでなく、紫さんまでもが驚愕を露わにしたまま異次元妖夢を見ることしかできなかった。
次は8/24に投稿する予定です。
ちょっと進みが遅いので、もう少し早くしたいです。