東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第白六話をお楽しみください!

今回はボリューミー過ぎたので、次からもう少し減らしていきます。





東方繋華傷 第百六話 不可解

 今まで刃先を剣の先っぽと誤認し、そう明記していました。申し訳ございません。

 詳しくは切先であるので、次から間違えないように気を付けます。

 

 

 私は、紫さんに突き立てられている観楼剣から目が離せない。この手で異次元妖夢の刀をへし折ったはずなのに、それは存在していたからだ。

「刀は、私が折ったはずなのに…なんで…!?」

 私に折られた観楼剣を無理やりに紫の体に抉り込ませたのではないと、体の反対側にまで貫通している血に濡れた切先が見えていることからわかる。

 彼女の先の動き方からも、服の中に隠していたのとは思えない。それに異次元妖夢が着ている服では、刃と柄を合わせて一メートルを軽く超える観楼剣を隠すことはできないだろう。

 草や木の中に観楼剣を隠したということではなさそうだ。刀を折ってからそう言った場所に近づいた様子もないし、私を蹴り飛ばしてから一直線に紫へと向かっていた。

 一体どこから取り出したのか。

 だが、異次元妖夢が刀を何本持っていようが、今の私には関係ない。自分に突き刺さっている観楼剣を引き抜かなければ始まらない。

 真後ろに生えている大きな樹木に、背中を向けたまま私は這いずり寄った。切先を木の皮にあてがった。

 刀がずれたりしないように固定し、私は体を木の方へと更にゆっくりと押し込ませた。体を一直線に貫いている観楼剣の柄が、私から段々と離れていく。

「っ…痛……!!」

 べっとりとペンキのように真っ赤な血が、刀全体を怪しく輝かせている。金属が体内を通っていくと、その痛みだけで意識が飛びそうになった。

 異次元妖夢は今の状況が私達よりも自分の方にあると確信したのか、警戒をすることもなく私たちを馬鹿にした様に笑う。

「無様ね!あれだけの啖呵を切っておいて、このザマとは」

 異次元妖夢が油断しているうちに、もう一回後ろに下がった。また十数センチほど柄が私から遠ざかる。

「うっ…くぅ……!」

 無理やりに引き抜こうとしているため、刃先が余計に体の組織を傷つけてしまっているようだ。傷口から流れ出している血液が、ただでは済まない量になってきている。

 魔力で血液の生産を促してはいるが、それでも追いつけないほどの出血に、少し頭がボーっとする。

 もう一度下がろうとすると背中が木にぶつかった。下がれるところまで下がり切ったということだが、木に固定しているのと体が刀を支えてしまって、観楼剣が地面に落ちることは無い。

 ここからは自分の力で引き抜くしかない。指を切らないように血でヌルつく観楼剣をしっかりと握った。

 これを引き抜けば、あとは時間との勝負だ。異次元妖夢を殺し、すぐに紫さんに永遠亭まで連れて行ってもらわなければならない。

「っ…ぐっ……!」

 少し刀の角度が変わったっだけで痛点や生きている他の組織が刺激され、鋭い激痛が腹部に走る。

 これから更に痛いことをする予定だというのに、それだけで気が遠くなりそうだ。別の意味で気が遠くならないよう、私は歯を食いしばって意識を保たせ、腹部から力を抜いた。

 両手で握った自分の観楼剣を引っ張った。血で滑りそうになったがしっかりと握り込んでいたことで、木に固定されていた切先が樹皮から引き抜けた。

 傷ついた組織の表面を走る鍛えられた金属に刺激され、切られる痛みや鈍痛とはまた違った痛みを発する。このまま引き抜かずに死ねば、痛みを伴わずに楽になれるだろう。だが、今の私に何もせずに死ぬという選択肢は存在していない。

「あぐっ……!!づっ……あああっ…!」

 唇から血が出るほどに歯でかみしめ、痛みで意識が飛んで行かないように自分の中に精神を留めさせた。

 五センチほど引き離したところで、体に刺さっている観楼剣の根元付近で握り直し、もう一度引っ張り出そうと腕に力を込めた。

 引き抜くという行為に慣れていないのと、刀と肉体の摩擦や痛みのおかげで思ったよりも刀は抜けてくれない。

 十センチか十五センチ程度体から刀身が抜け出て行くと、不意に私を貫いた血にまみれている切先が傷口から顔をのぞかせる。

 縦に伸びている大きな刺突痕から、蓋が無くなったことで私の真っ赤な血液が先ほど以上にドロリとあふれ出してきた。

 引き抜く段階で緑と白色の洋服に赤い斑点ができていたが、それは数十センチの大きな血の染みへと成長していく。

 魔力で傷口を塞ごうとするが、小さな切り傷を治すのとでは話が違う。傷は背中まで貫通していて、さらにそれが切り裂く様に五センチほど下肢に向かって進んでいるのだ。

 大きすぎる切り傷を完璧に治癒させるころには、私はとっくの昔にあの世に向かっていることだろう。だが、治療しなければあの世に向かう時間は大幅に早くなるはずだ。

 自分の中にある魔力を湯水のように使用し、傷口を修復する。心なしか少し出血が収まり、傷口から溢れてくる真っ赤な血の量が減ったかに感じるが、始めたばかりでそこまで劇的に変化することは無いだろうから勘違いだ。

 自分の血で真っ赤に染まる観楼剣を地面に突き刺し、体の支えとして重い五体を立ち上がらせた。

 体がもう戦いたくないと抵抗しているのか想像よりもその動作がとても緩慢で、体に錆でもできて関節部の動きが制限されているようだ。

 だが、人間に錆などできるはずもない。これは、私の体の中にある血液が著しく不足している証拠だ。

 腹部と背中から流れ出している血液が服を伝い、緑色だったスカートの縁から地面に垂れていく。

 私が立ち上がったことに気が付いた異次元妖夢は、またどこからか取り出した観楼剣を握りしめてこちらに歩み寄って来た。

 既に存在するはずのない観楼剣が二本登場している。これの出どころは予想がつく。これまでいくつもの世界を彼女たちは壊してきた。

 その間に、いくつもの世界の魂魄妖夢を殺す機会は何度もあったはずだ。彼女たちから刀を奪い、それを今使っているのだろう。だが、ここでの一番の問題点はそこではない。

 それの出現方法が不可解すぎるのだ。彼女の体で隠れて出す瞬間は見れなかったが、どうやらどこかに隠しているというわけではなさそうだ。

 それに頭を悩ませているが、今は頭の隅にでも追いやっておくとしよう。これは霊夢さん辺りが謎を解いてくれるはずだ。私は目の前の戦いに集中しなければならない。敵に隙を見せ続ければ、あっさりと殺されてしまう。

 曇りがかかって来た意識を魔力で無理やりはっきりさせ、こちらに歩み寄ってきている異次元妖夢を睨み付けた。

「っ……くっ……!」

 鉛のように重たい腕と、血と土にまみれている観楼剣を持ち上げようとするが、なかなか腰の高さに持ってくることが出来ない。

 やっとの思いで持ち上げた刀をその高さに維持しようとするが、その重量に手が震えて切先が上下に小刻みに揺れる。これでは刀を振れるかどうかも怪しいものだ。

 覚悟は決めた。しかし、不安が頭をよぎる。この戦力の差が歴然な状況で戦っても、負けるのは目に見えている。それは犬死と変わりないのではと。

 そんな私のことなどお構いなしに、観楼剣のギリギリ射程外に陣取った異次元妖夢は、新品の観楼剣を握りしめてどこから攻めようかとこちらを吟味している。

 向かう方向を定め、足に力を込めようとした異次元妖夢の元へ左方向から高速物体が飛翔する。

 鋭い金属音を響かせ、真ん中が空洞のパイプは半ばから切断されて打ち上げられた。

 攻撃を邪魔する為に、紫さんは左右から異次元妖夢を狙い撃ちにしてくれたようだ。だが、面白いほどに彼女には攻撃が当たらない。

 動体視力が優れているのか、高速で射出されている棒状の金属を切り裂き、素手で軌道を変えている。

 異次元妖夢がそれに気を取られている隙に、紫さんが私のすぐ近くに開いたスキマから現れた。

「一度退くわよ……あなたも、その傷ではもう動けないでしょう…?……本当に仇を取りたいのなら、今は退きなさい」

 紫さんは有無を言わさない雰囲気で私にそう言い放つ。だが、その通りで、気を抜けば足元に広がる血だまりに倒れ込みそうだ。

 悔しい。こんな奴に手も足も出ないなんて、自分の未熟さに腹が立つ。だが、未熟さを経験できる良い機会でもあった。次は絶対に負けない。

「わかりました…」

 紫さんが新たに開いたスキマに入り込もうとする寸前、彼女の激しい弾幕の中を潜り抜けて来た異次元妖夢が私のことを別の方向へと蹴り飛ばした。

「あぐっ…!?」

 くぐろうとしたスキマから急激に体が離れていくが、満足に体を動かせない私に抵抗する術はない。

 異次元妖夢は紫さんの腹部に刺さっている観楼剣を引き抜くと、それを肩に突き刺して近くの木に縫い付けた。

「かっ……あがっ…!?」

「あいつが殺されるところを、そこで見ているがいいわ」

 異次元妖夢はそう言い放つと、観楼剣で再度立ち上がろうとしている私の方に走り寄って来た。

 地面を滑走するその速度は馬などとは比べ物にならず、十数メートルは離れていたはずの距離を瞬きする間に詰めた。

 蓄積したダメージによりもう立ち上がることもままならず、異次元妖夢が目の前に接近してきたというのに得物を構えることも出来ない。

 それに刀という支えが無くなれば私の体は、地面の上にただ置いただけの木の棒と同じく抗うことなく倒れ込むだけだ。

「ここで終わりだ。お前も、死ね!」

 異次元妖夢は両手で握り込んだ観楼剣を大きく振りかぶり、私の脳天をかち割るために振り下ろした。

 剣先の見えない斬撃が自分を半分に両断することを想像したまま、私は呆然とそれを見ているしかなかった。

「妖夢うううううぅぅっ!!」

 高い女性の絶叫が、耳に届いた。

 

 

「………」

 私が一度目に訪れた時以上に破壊しつくされた街は、原型がとどまっている方が少なくなっていた。今日は風のない日なのか、まだ爆発の影響で舞い上がった砂が空中を浮遊している。

 紅魔館にまで届いた爆風や衝撃波から、爆心地の被害というのは想像がついたが、あまりの酷さに言葉を失っていた。一度街の様子を見ているため、尚更だ。

 町全体に舞い上げられた土が屋根や狭い裏路地にまで及んでおり、それと一緒に打ち上げられた壁や床、道に使われていたコンクリートも降り注いだようだ。

 爆風で開けられたわけではない大小様々な穴が壁や床に開いている。そうした穴のある室内には、大抵大きな瓦礫が堂々と居座っている。

 白狼天狗たちと捜索していると、一番被害の酷い場所へと出ることが出来た。そこの中央には、ぽっかりと大きな大穴が口を開いている。

 直径が三十メートルを余裕で越えている穴の深さは、一番深いところで二十メートルはありそうだ。

 その周辺にあったであろう家は、無事に建っているものは無い。全て崩れ落ち、瓦礫の山となっている。

 元々家があった場所に、金属の使われている骨格の一部が地面から生えている。おかしな形に変形してそびえ立っており、それがまた墓標のようにも見える。

 穴に近づけば近づくほど瓦礫の山すらなくなり、床に塗り固められたコンクリートも捲りあげられ、今では乾いた地面が露出している。

 穴の直径は三十メートルほどだが、爆風による倒壊した家の範囲は百メートルを超える。想像するしかないがこの被害であればここ周辺にいた人物など、まとめて吹き飛んでしまうだろう。

「…何か見つけた?」

 上空を飛んでいる鴉天狗の一人にそう来てみると、周りを見回している彼女は持ち前の視力で何かを見つけたらしく、爆風の被害が比較的少ない方に指を刺した。

 彼女の様子から、敵がいるわけではないということがわかるが、私たちにとって有利な物を見つけたということでもなさそうだ。

 萃香たちがここに到着するまでもう少し時間がかかりそうだし、少し調べておくとしよう。彼女に言われるがままその方向へと歩き出した。

 舞い上げられた砂のおかげで視界が少し悪いが、十メートル先も見えないほどといおう訳ではない。

 それより、異次元妖夢を追って行った二人の方が心配だ。無事だろうか。

 紫の提案を引き受けた私にできるのは、情報を集めることだけだ。それならばきちんとその仕事をこなさなければならない。

 心配事で頭が一杯では見える物も見えなくなってしまう。

 しかし、起こっていた戦闘が終わってしまっていては話にならない。生きている誰か捕まえて話を聞き出す予定だったが、人影一つ見つけることが出来ない。

 何人かの天狗たちがついて来てくれているが、後ろにいる白狼天狗が何か匂いをかぎ取ったようだ。

「これは…」

「…どうかしたのかしら?」

「すごく薄っすらですが、血の匂いがします…何人か怪我をしているか、もしくは…」

「…なるほどね」

 怪我をしている人物がいるのであれば、捕まえることが出来るだろう。それ以外であれば、そこからわかることを調べるだけだ。

 ようやく捲り上げられたコンクリート地帯も終わり、しっかりと地面に塗り固められて整備されている場所に差し掛かった。

 しかし瓦礫がそこら中に転がっていて、平面の場所が大穴付近よりも少なかった。足場が悪くて足を痛めそうだ。

 コンクリート片が散らばっているぐらいなら問題ない。だが瓦礫の山などが散在しているせいで石を蹴飛ばして歩き続けるのには不可能なほど、大量の瓦礫が足の踏み場もなく転がっている。

 できるだけ瓦礫の転がっていない場所を選び、慎重に進んでいくとしよう。

 ゆるりと弧を描いている道をそれでもしばらく歩くと、いくつか戦闘の痕を見つけた。まだ倒れていない壁に小さな穴が沢山開いている。

 一センチも満たない小さな穴が、いくつも集中的に開いている。裏側までは貫通していないようだが、いったい何の穴だろうか。

 その小さな穴を覗き込むと奥の方に、太陽の光で薄っすらと反射する何かがめり込んでいるようだ。

 お祓い棒を魔力で強化して少し壁を削ってみると、すぐにその穴の中にあった物体は砕けた小石などと一緒に転がり落ちてくる。

 凄いスピードで壁にぶち当たったのか、少し形は変形しているが球状の金属であるのは間違いなさそうだ。

 直径は二ミリ程度の本当に小さな球体で、表面についている風化して脆くなった壁の一部を払い落とした。

 穴が新しいから先の戦闘でここにめり込んだのだとわかるが、見覚えのない物に疑問符が浮かぶ。

「…これなんだと思う?」

 近くにいた白狼天狗にその鉄球を見せると、手のひらに置いていたそれを手に取って顔を寄せて匂いを嗅ぐ。

 人間よりも嗅覚が優れている白狼天狗なら、私が感じれなかった匂いをかぎ分けることが出来るだろう。

「火薬……の匂いですかね…?」

「…火薬?ていうと、鉄砲とかそう言うのが使われたのかしら?」

 こんな小さな球で火薬の匂いがすると言われれば、私としては銃ぐらいしか思いつかない。

「多分そうだと思います。人間が鳥を狩猟する時なんかでは散弾とか使われるので、そう言ったものだと思いますよ」

「…わかったわ」

 錆びついていないから、ここ最近かもしくはさっき起こっていた戦闘で撃たれた物だろう。だが、妖怪で銃を使う奴なんているのだろうか。

 いや、一人というよりも一種であるが、科学力が一歩先を行っている河童達なら使いそうだ。

 河童たちが生き残っているという情報にはなったが、鴉天狗が見たというのはこれではないだろう。いくら目がよかったとしても、数十メートルも離れた場所にある小さな銃創はさすがに見えないだろう。

「…」

 道なりにもう少し進んでみるとしよう。ここらは建物が少し残っていて、瓦礫の中や壁の裏に誰か隠れている可能性は低いが、一応は警戒して行こう。

 しばらく道なりに弧を描いている道を歩いて進んでいくと、何かが見えて来た。大通りを横切る形で何かがある。

 始めは何かわからなかったが少し意識をしてみると、巨大な針のようなものが様々な角度で地面から生えているのだ。

 そこの部分だけ歪な剣山が地面から生えて来たようにも見えるが、それらは剣山とは用途が違うだろう。ある程度近づいてみると、そこの中に人型の物体がいくつかあることが分かった。

「…これ、河童…かしら…?」

 後ろについて来ている白狼天狗にそう聞くと、多分と自信のない返事が返って来る。私たちの知っている河童とは姿が全く違うため、そうなるのも無理はない。

 彼女たちは金属の装甲に身を包んでいるのだ。昔の騎士など、そう言ったものに近いが、外見はもっと未来感が出ている。

 しかし、顔が見えずともこれだけの装備をしているということは、やはり河童達で間違いないだろう。

 三人いるようで、両側の二人は頭を貫かれて死んでいるようだが、真ん中の一人だけは頭が無くなっている。

 体に突き刺さっている針は軒並み血液で真っ赤に染まっていて、根元の周囲も血液が溜まった状態だ。

 酸化はそこまで進んでおらず、血液にはまだ水気があるようだ。

「酷い……こんな殺し方……」

 後ろで白狼天狗が唸っているが、私もそう思う。百にもなる大量の針で生きたまま串刺しにするなど、思考がまともな人物がやったとは思えない。

 針ができている周辺の土は不自然に凹んでいて、周りの土が使われているようだ。

 しかし、河童たちが着こんでいるのは金属の装甲だ。それをたかが鋭い針程度が貫けるとは思えない。

 誰がやったかわからないが、針に使われていた魔力ももう尽きているようで、波長から調べることもできない。

 強化していたとしても、精々凹ませる程度にしかならないだろう。非常に謎であるが、こんなことをできる人物は、思い当たるとしたら諏訪子ぐらいだ。

 能力で土を操れると言っても、金属を貫くほどの威力を発揮できるのだろうか。彼女の能力をもう少し詳しく聞いておくべきだった。

 考え込んでいる私の近くに、空を飛んでいた別の鴉天狗が下りて来た。焦っている様子でないところから、敵が来たという知らせではなさそうだ。

「霊夢さん…向こうに何かあったようです」

 彼女が指を指している方向を見ると、大穴が開いてる方向だ。かろうじて残っている建物が視界を遮って見えないため、私は一度魔力で自分の体を浮き上がらせた。

 建物を超えて指を指された方向周辺を見ると、何人か鴉天狗たちが瓦礫の山に降りて調べているようだ。

 私のいる場所から大穴を挟んで正反対で、建物がまだ残っている付近のようだ。このまま飛んで向かうとしよう、瓦礫を踏み間違えて足首を痛めたくはない。

 地上付近は太陽の光で熱され、立っているだけでその温度をじりじりと受けて暑かった。空を飛んだことで直射日光以外熱を感じる要因がなくなったため、少し涼しくなった感じがする。

 でもこの異変が始まる前に面倒くさがらず、髪を切って来ればよかった。ある程度はまとめて頭のリボンで結ばれているが、それでも余っている長い髪の毛が下ろされていて、そこの内側に熱がこもってしまっているようだ。

 額やうなじから滲んできた小さな雫は肌を伝って服に吸収されるか、顎まで移動するとそのまま他の汗と一緒に地上に向かって落ちて行く。

 それはそうと爆発で舞い上げられていた砂もだいぶ高度が落ちて来ているようで、地上から二十メートル程度の高さまで来れば砂の匂いを感じなくなっていた。

 一時的に砂の匂いから解放され、胸いっぱいに空気を吸い込む。独特な香りのない新鮮な空気に気分が幾分だけ良くなった。

「…」

 自分の世界とよく似た場所。なのに、こんな風に荒廃した理由は何だろうか。あちらこちらで黒い煙が上がっており、常に鼻の周りには死臭が漂っている。

 この辺りには敵が潜んでいないようだが、それでもどこから誰が見ているかわからない。周りを警戒していると、遠くから何かがこっちに向かってきているのが見えた。

 距離は一キロほどで、人数は2人だ。経路は空で、飛んでいる人のスピードについていけないのか、もう一人は飛んでいる人にしがみついているようだ。

「…私から見て十二時の方向」

 その人物たちが近づいてきている方向に向き直り、お祓い棒を構えると後ろを飛んでいた鴉天狗たちも各々の得物を握りしめた。

 魔力で身体能力を強化し、完全に向かい撃つ準備は万端だ。だが、飛んできている人物たちはかなりのスピードで飛行しているようで、米粒よりも小さくしか見えなかったが、今では伸ばした人差し指ぐらいにまで大きくなっている。

 その辺りに来ると、どういう身なりをしているのかもわかる。跳んでいる方の人は白と黒の色を主体とした洋服で、頭には赤い被り物が確認できる。

 それだけで鴉天狗ということが推測でき、背中から左右に大きく広げている濃い黒色の翼から確定した。

 しがみついている人物は腕に赤と白色の円形の盾を装着していて、真っ白な上衣と真っ黒な下衣を身に着けている。

「椛と…文か…?」

 隣にいた鴉天狗が目を凝らしてそう呟く。先ほどよりもその人たちが近づいてきていて、そこまで来れば彼女たちの身振りや表情も見てわかる。

 確かにあれは椛と文だ。だが、こっちの2人なのか確証が取れるまでは警戒を解くことはできない。

「霊夢さん!椛の怪我の治療が思ったよりも早く終わったので、合流するために来ました!敵じゃないです!」

 猛スピードで接近してきているが、武器を収める様子のない私達から文たちは疑われていると察し、慌てて十メートルほど手前で急停止した。

 彼女のスピードの速さを実感できる風圧が、私たちの間を駆け抜ける。髪や服が後方に向かってたなびき、腕で目元を隠さなければ目を開けることもできない。

「霊夢さんは、異次元の奴らが一度目こっちに来た際に、私に幻想郷にいる実力者全員に連中の危険性を伝えてほしいと言いましたよね?」

 確かにそうだ。あの頃の異次元霊夢達は他の異次元の人間に情報が漏れないように、三日おきに来るということを徹底していた。

 こっちに残っていた人物はいなかったはずだから、連中がこの情報を知っているわけがない。彼女たちは敵ではなさそうだ。

「…良くここがわかったわね」

「ええ、目はいい方なので…遠くからでも移動しているのは見えました」

「…それより、椛はもう大丈夫なのかしら?」

 彼女の白い服は刺された時の物から変えていないのか、腹部周辺は茶色に近い血痕が付着した痕がある。

 握りこぶし大の穴が服に開いていて、その下には赤く血の滲んでいる包帯が顔をのぞかせている。

「大丈夫です。こんな時に休んでなんていられませんから」

「…悪いわね。でも、無理だけはしないで…せっかく助かったんだから」

 怪我人にも手伝ってもらわなければならないとは、酷いものだな。

「無理はしませんよ。大丈夫です」

 彼女はそう言うと、文を残して早々に下へ降りていく。他の鴉天狗と混ざって情報を集めて来てくれるようだ。

「…椛はああ言ってるけど、本当に大丈夫?」

 彼女が地面に降り、他の仲間たちと周りに何か情報がないかを探し始めた。腹部を貫通する勢いで貫かれたというのに、流石としか言いようがない。

 人間ならば、一月か二月は寝込む大怪我だっただろう。妖怪が頑丈ということもあるが、彼女がこの速さでここに来れたのは、永琳の治療のおかげということもあるだろう。

「わかりません……でも、永琳さんが言うには重要な血管や内臓にはギリギリ当たっていなかったそうなので」

「…そう。でも、本当に無理は禁物よ」

 いくら妖怪でも出血死しないわけではないのだ。無理な動きをして傷が開けば、永琳のもとに連れて行く前に今度こそ死んでしまうだろう。出血して血が少なくなっている今は尚更そうなりやすい。

「わかっています。それでは、私も行きます」

 椛のことが心配なのか、不安そうな文は椛に続いて地上へと向かって行く。背中の翼と魔力を使って空を滑空し、緩やかに着地した。

 広げていた黒い翼を畳み込み、他の天狗たちと一緒に大きな穴を調べ始めた。

 三十メートルの大穴を超え、河童や鴉天狗たちの集まっている地点へと向かう。少し高度を下げただけで煙たい砂の香りが鼻腔に着く。

 一体どれだけの爆発があれば、こんな大穴が空くのだろうか。ここの町で殺されていたのは河童達であるため、彼女たちの仕業だろう。

 死体だけでは居たということしかわからないが、血による地面の濡れた感じや酸化具合から、彼女たちが死んでからそう時間は立っていない。爆発が起こった時に戦闘をしていたのは河童達で間違いない。

 それにしても、街の半分が吹き飛ぶ程とは、こっちよりも彼女たちの技術力は先を行っているようだ。

 ひときわ大きな瓦礫の山の周りに白狼天狗と河童たちが集まっている。魔力で体の高度を下げると、白狼天狗の一人がこっちに気が付き、軽く手を振って来る。ここで間違いない様だ。

「…何を見つけたかしら?これのことかしら?」

 空気中には未だに砂などの微粒子が漂っているせいで、呼吸をするたびに咽そうになる。それを堪えて瓦礫のない平面な地面に降り立ち、大きな瓦礫の山を指さして白狼天狗たちに問いかけた。

「霊夢さん。この辺り、なんかおかしいと思いませんか?」

 小さな砂が周りに漂っている環境は厳しい物があるのか、鼻のいい白狼天狗は鼻や口元に布を当てながら、私にくぐもった声で話しかけてくる。

 私の問いに対して、近づいて来た白狼天狗は大きな瓦礫の山ではなく、その周りを指した。降りてくる段階では注意して見ていなかったため、他との違いはあまりわからなかったな。

「…おかしいところ?」

 彼女たちの集まっている場所には、他の積み上がっている瓦礫よりも高い瓦礫の山がある。他の家よりも大きな建物が崩れた後だろうか。

 紅魔館に向かう途中で街の中を通ったが、見える範囲で特別高い建物などは無かったはずだ。それだけでもおかしいが、とりあえず彼女に従って周りを見回した。

「…」

 大きな瓦礫からその周りへと注意を向けてみると、違いは顕著にわかる。他の場所と違って、辺りにはこの大きな瓦礫の山以外に、ほとんど瓦礫が無いのだ。

 他の場所では山の他にも、その周りに飛び散ったであろう残骸が辺りに散乱していた。だが、ここでは木や細かな石ころ以外は瓦礫が転がっていないのだ。

「わかりましたか?」

「…ええ、ここは他と比べて綺麗すぎるわね」

 私がそう言うと彼女は今度こそ、その大きな瓦礫の近くへと招いた。この山も他とは違うことがあることに、注意して見ればすぐにわかった。

 他の場所では自然に物が落ち、積み上がったのだと見て取れた。しかし、ここにある瓦礫の山は多少なりとも凹凸はあっても、お椀を反対にして床に向けて置いたようにかなり滑らかな半球形なのだ。

 これが自然にできるわけがない。砕けて中身の露出しているコンクリート片から飛び出た鉄筋が、半球体の内側に向かってねじれ込んでいる。

 鉄筋の太さは約一センチだが、それをこれだけグニャグニャに曲げるとは、どれだけの力がかかったのだろうか。

 それと瓦礫の山の近くには、直径が2~3メートルの小さな穴が開いている。街の半分を吹き飛ばした爆発による大穴と比べれば小さいが、これでもかなり大きいだろう。

 なぜ大きいかは、これは爆発などによって開けられたものではないからだ。爆発物を使ってもいいのであれば、私でだって開けられる。

 だが、これの場合は、それ以外の方法によって開けられているからそのサイズにしては大きいのだ。

そう考えるのにいくつか理由があるが、この穴は大穴と比べると周りに散乱している土が多すぎる。

 地中のどの程度の深さで爆発したかや、爆発の威力などによっても変わるかもしれないが、爆発があったにしては穴の縁に土が溜まりすぎている。

 爆発があったのなら、もっと十数メートル単位の広さで土がまき散らされているであろう。

 それに爆発の炎による焦げの匂いや、火薬の匂いもしない。しばらく経過しているから、匂いが飛ばされたという理由はあり得ない。

 しばらく時間が経過しているというのに、未だに砂が舞い上がっている状況だ。どれだけここに風が吹き込んでいないのかがわかる。穴の底に残っている匂いは砂と同じで未だに滞留しているはずだが、そう言った匂いは漂っては来ない。

 穴の中に瓦礫がないからあの大穴よりも後に開いたということになるが、ここに何かが落下したのか、何かしらの攻撃で開けられたかのどちらかだ。

 どちらだろうかと考えていると、なだらかな穴の斜面に何かが引きずられたような跡と、それに並行して血痕が瓦礫の山へと伸びて行っているのが見えた。それだけでここで爆発があったのではないと察せる。

 血は七割ほど以上乾いてしまっているが、はっきりと何かが瓦礫の山の方へ向かって引きずられた跡だ。何が引きずられたのかは、それの中を見ればわかるだろう。

「…ねえ、この瓦礫の中には何があるのかしら?」

「………えーと、それはこれから言おうとしていたことなんですが…あまり見るのはお勧めしませんよ?」

「…どうしてかしら?」

「ぐちゃぐちゃに潰れた死体が入っています。元が誰なのか、見当もつきません」

 どれだけ酷い状態なのだろうか。身元もわからないとなると、異次元にとりかどうかもわからない。

 にとりは他の河童よりも技術的に秀でていた。それはこっちの世界でも変わらないだろう。

 向こうで殺されていた河童たちの着ていた装備から、私たちの世界よりも技術が大幅に進んでいるのは明らかだった。普通の河童たちがあれだけの装備を着ているとしたら、異次元にとりがどんな装備を持っているかは私には想像できない。

「…何か見分ける方法はないかしら」

「そうですね……どれだけここにいるのかはわかりませんが、できる限り調べてみます」

 天狗たちは中にある死体を引っ張り出すつもりなのか、ガチガチに固められている鉄筋などを各々の武器で切断しようとしている。

 魔力で強化すれば容易く切断できるだろうが、グニャグニャに曲がりくねった鉄筋を一本掘り起こすのにもかなりの手間がかかるだろう。ここからの情報は期待できそうにない。

「それと霊夢さん。向こうで戦闘の痕を見つけたそうですよ」

 この穴に来る時とはまた違う方向を鴉天狗は指さした。その方向の空には鴉天狗たちが数人飛んでいるため、位置はすぐにわかった。

「…わかったわ。それじゃあ、ここをよろしく」

 私は彼女たちにそう頼み、言われた方向へ魔力を使って空を飛んだ。

 複数の河童たちを棘で貫いた人と、方法は不明だが瓦礫で何者かを押し潰した人は同一人物だろう。

 手口は全く違うが、敵に対する殺意や非道なやり方が共通する。瓦礫で潰された人物は穴に落とされた後、負傷しながらも出て来たところを殺された。

 針で殺されている河童たちを見た時にも思ったが、これをした人物は負傷している者にさえ容赦がない。

 いずれ会うことになるだろうが、会うのが非常に怖い。生きた者を平気で串刺しにし、物で潰すことができるだなんて、どんな極悪非道な奴なのだろうか。

「…」

 つくづくこの世界には頭のおかしい人間しかいないと気が滅入っていると、向かっていた方向にいた天狗たちがこっちに向かってきてくれていたようだ。

「霊夢さん。これ見てください」

 彼女の手には一本の鉄パイプが握られているが、完全に錆びついているのか、赤茶色に変色してしまっている。さらに、何かにぶつけられたらしく、半ばから砕けて先が無くなってしまっている。

 表面を擦れば赤茶色の粉末がポロポロと落ちてきそうな外見とは裏腹に、内部には若干酸化していない部分が残っているようで、鼠色の光沢が太陽の光に照らされて微々たる光を反射する。

「…戦闘の痕を見つけたって聞いたけど、もしかしてこれのこと?」

「はい、強化していた魔力がまだ残っていたようなので、霊夢さんなら持ち主がわかるんじゃないかと思いまして」

 異次元の者の魔力はこっちの人間の魔力にかなり似ているため、調べればすぐにわかるはずだが、彼女たちは会ったことのない人物なのだろうか。

 異変の解決などであらゆる妖怪と遭遇している私と違って、あまり交流がない者もいるだろうし、一応調べておこう。

「…比較的他の妖怪と比べて、いろいろな人間とか妖怪に精通しているあなたたちならわかると思ったけど、意外ね」

「自分もそう思ったのですが、知らない魔力でした」

 私はその錆びついた鉄パイプを鴉天狗から受け取り、それに含まれている魔力に意識を向けた。

 この波長を、私は知っている。意識を向けてすぐに懐かしさを感じた。それが何かを突き止める前に、魔力に対する情報が頭の中に入って来る。

 天狗や鬼などとはまた違うこの魔力は、ついさっき拾い上げた銀ナイフと全く同じものだった。

「…これ、ここで拾ったのよね?」

「ええ、そうですが?」

 私に質問の意味が分からないのか、手に着いた赤さびを落とそうと手を擦っている天狗はきょとんとした表情でそう呟く。

「…そう」

 紅魔館にいたあの魔女がここで戦っていた?逃げた方向は違うが、河童と遭遇して戦闘になったのだろうか。

 いや、もしかしたら私たちが紅魔館に来る前に街で戦っていて、落としたものかもしれない。

 そう考えるが、すぐに否定できる。こんな武器として使えなさそうなほどに錆びついている鉄パイプに、数時間もの間強化し続けられるほどの魔力をつぎ込むはずがない。

 私が逃した後、経路はわからないが河童とここで交戦したというのはほぼ確定だろう。なら、あの残虐とも言える現場を作り出したのは、彼女ということだろうか。

 紅魔館では弱々しく座り込み、こんなことが出来る人物には見えなかったが、人は見かけによらないということか。

 私たちの世界でもこっちの世界でも、居る人物の能力は同じだ。しかし、彼女だけが不明であるため、潰されて死んでいた河童がどういう原理で殺されたのかもそれで説明がつく。

 私はそう結論付け、彼女を要注意人物にリストアップするが、何か自分の中でそれを否定したい部分があるのを感じていた。

 あの魔女のことなんて何も知らないはずなのに、そんなことをするはずがないという思いがどこからか溢れて来た。笑顔が似合い、そばにいるだけで落ち着ける存在だと私の中で何かが主張する。

「…」

 これだけの証拠があるというのに、なぜ私は否定したがっているのだろうか。彼女は危険人物だ。要注意しなければならない。

 自分のその感情を押し殺してはっきりと決めたはずなのに、なぜかモヤモヤする。釈然としない。私はそんな自分に苛立ちを隠せずにはいられなかった。

 何か忘れている気がする。とても重要なことを…。

 手に持っていたお祓い棒を握りしめると、乾いた木材が軋む音が空しく響くだけだった。

 

 

 歩いている私の肌を太陽の光で熱された空気が撫でていく。額や首元が汗ばんでいたおかげで、若干の涼しさを感じてそれの熱を受けることは無かったが、風が通り抜けられない服の中は依然として熱がこもっている。

 服の中で陽炎でも起こりそうなほど暑い気がしてならない。魔力を使用して体を冷やし、目的地までさっさと移動してしまおうか。

 そういう考えがふと頭の中をよぎるが、異世界の人間がこちら側に来ているという噂だ。いつ敵に合ってもおかしくない状況であるため、あまり無駄な魔力を消費したくはない。

 そう思って早く足を動かそうとするが、早く動けばその分だけ体温が上がってしまう。上がった体温を下げようと、体が自然と汗をかく。結局のところ今のペースで歩くのが一番いいのだろう。

 タオルでも持ってくればよかったと今更ながらに後悔するが、私の隣を歩いている彼女はどうなのだろうか。

 私よりも少し身長の高い彼女に視線を向けると、見ていることに気が付いたのか無垢な笑みを浮かべてこちらに顔を傾けた。

「どうかした?」

「いいえ、この暑い中…よく涼しげな顔でいられると感心していたのです」

 そう言うと汗の一滴もかいていない彼女は、そうかなと言いたげにきょとんとした顔で首をかしげる。室内に籠ってばかりの私よりも、外に出る機会が多いから暑さに強いのだろう。

 それに、服もだいぶ涼しげで被り物などもしていないから、私よりも暑さをあまり感じていないのだ。

「いくら人間じゃなくても倒れないわけじゃあないし、ちゃんと魔力を使って体調管理してよ?」

「言われなくてもします。というか、そういったことを言うのは、私の仕事でしょう」

「それもそうだな」

 これではどっちが上司かわからないが、彼女に心配されるほどに汗だくなのだろう。髪も汗で皮膚に張り付いてしまっている。

 仕方がないが、魔力で少し体の体温を下げてやるとしよう。

「~♪」

 私が魔力で体温の調節をしていると、隣で彼女が口笛を吹きだした。口笛とは思えないほど器用に声色を変え、メロディーを刻んでいる。

 口のすぼませる大きさや、空気を吐き出す強さで音の強弱や声色を調節している。私はあまり口笛は吹かないが、同じことをやれと言われれば絶対にできないだろう。

 達人といえるほどに綺麗なメロディーが、蒸し暑く肌を撫でまわしていく空気に乗って周りに広がっていく。

「随分と上手ですね」

「わかります!?仕事をさぼっている時に吹いてたらうまくなっちゃいました!褒めてくれてもいいんですよ?」

 私が口笛の上手さに感心して褒めると、感心したことを無くしてしまいたくなる単語を並べて彼女は食いついてくる。

「今のは無しです。帰ったら説教ですよ」

「そんなー。あたい褒められるように頑張ったのにー」

 背中の肩甲骨に届く程度の長さのある淡い赤色の髪を揺らし、彼女は大げさにショックを受けた子芝居をする。

「説教といったら説教です。フルコースで寝れない夜にしてあげます」

「いやん。こんな告白は嬉しくない」

「黙ってください。そろそろ目的地ですよ」

 軽口を叩く彼女の口を閉じさせ、体の体温調節に使っていた魔力を止めた。適度な体温に温度を保たせていた魔力が無くなったことで、一気に外気の生暖かい空気に晒された。

 せっかく引いた汗がまた額に滲み始める。普段から運動をしていないからここまで汗をかきやすいのだろうか。今度彼女と一緒に少し運動をするのもいいかもしれない。

 私は得物を取り出した。

 舞い上げられた砂によって、息を吸い込むと常に砂の匂いが纏わりつく。どうにかして吹っ飛ばし、新鮮な空気を吸い込み続けたいところだが、これから始まる戦いに胸が高鳴って気にもならなくなるだろう。

 慌ただしく動く人型の影が、いくつかちらほらと見える。どれから先に殺そうかと、目移りしてしまう。

「どれからやりましょうか?」

「さあ、どれでも…」

 彼女がそう言っているし、私たちに気がついて一番初めに近づいて来た者から殺していくとしよう。

 気が付かないうちに口角が上がっていた。慌てて直そうとするが、上がりっぱなしの口角を戻すことが出来ない。

 隣を見ると、彼女もそれを隠すことが出来ないのか、口の端を小さく上げて自分の得物を取り出した。

 でも、仕方ない。これから楽しいことが起ころうとしているのだから。

 幾度もこびりついた生物の血液によって、本来の色よりも黒っぽく変色している得物を握りしめ、私たちは歩みを進めた。

 




次の投稿は8/31の予定です。


遅くなる場合はここに連絡をします。
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