それでもええで!
という方は第百七話をお楽しみください!!
これでも削った方なのですが、今回も多くなってしまいました。申し訳ございません。
終わった。霊夢さんと死なないと約束していたのに、私はそれを守ることが出来ずここで犬死する。
敵の攻撃が速すぎて、目で捉えることが出来ない斬撃がもうすぐやってくる。きっと切られたということは理解できても、いつ切られたのかを認識することはできないだろう。
自分の最後がこんな形で終わるだなんて認めたくはないが、どうあがいても認めるしかないだろう。
そっと目を閉じようとした時、誰かが私の前に現れた。視界の端から現れた彼女は異次元妖夢の前に立ちはだかり、防御体制へと入る。
突き出した両手から、淡い青色の魔力が放出されていく。ただ放出されただけであれば、空高くに浮かぶ雲のように絶えず形を変えて消えていくはずだが、魔力を固定したようだ。
霧や炎のように実態の無かったそれは、青白く変化して硬質化していく。その魔力越しに異次元妖夢の表情が見え、受けて立つと握っていた観楼剣を振り下ろした。
前方に放出し硬化した魔力の塊を、豆腐に刃を入れ込むように観楼剣は切断する。刀が進むごとに盾代わりに出していた魔力に亀裂が入っていく。
亀裂が生じた部分から破片が弾け、魔力の結晶となって剥がれた傍から空中で消えていく。
後ろ姿と魔力が淡く光っているおかげで、私を助けてくれた女性が誰かを確認することが出来ない。
魔力の障壁にぶつかったことで、観楼剣の速度が目に見えて遅くなる。それでも振られている得物の切先を、凝らした目で捉えるので精一杯だった。
女性の皮膚と筋肉の組織を潰すことなく容易く切断し、左肩の鎖骨を断ち切る。切り裂いている途中で異次元妖夢が力を抜いたようで、肉体を2~3センチ切り進んだところで観楼剣が止まった。
「ぐっ……ぁ…!」
聞き覚えのある悲鳴が鼓膜に届く。視界がかすんでいき、瞼が眠りに誘われて重くなっていく。それらを必死に抵抗し、彼女のことをはっきりと視認する。
「誰かと思ったら、あなたですか。危うく切り落とすところでしたよ」
半分に両断された魔力の塊は地面に落ちると砕け、大量の魔力の結晶となって消えていく。
顔を確認した異次元妖夢は刀を握ったまま、観楼剣越しに彼女へと挨拶をする。
「切り落とせなかったなら…素直にそう言う物だぜ…!」
彼女はそう強がるが、異次元妖夢が力を抜いていなければ、切られた部分から左側は私諸共、地面に横たわっていただろう。
異次元妖夢が観楼剣を引き抜こうとしているのか、背中側に飛びだしている切先が女性の中に戻っていく。
だが、それは背中に飛び出ている分が、半分も戻らないうちにピタリと止まる。異次元妖夢の気が変わったのかと思ったが、どうやら私の前に立っている女性がそうさせているようだ。
刃先に触れないように左肩の観楼剣を右手で握り込み、引き抜かせないようにしている。
「紫!」
彼女はそう叫ぶ。紫さんの能力であれば近くにおらずとも援護ができるため、自分を囮にして敵をその場に縫い付けたようだ。
異次元妖夢を挟む形で両側にスキマが現れた。空中にできた縦の線は瞳のように開くと、その奥は何も見えない黒い空洞になっている。
その奥で何かが光った。小さな光であることから大した大きさではないようだが、その速度は目で追いきれない。一本目は異次元妖夢に当たることなく、女性との間を流れて行った。
観楼剣は一本しかなく、それを失えば戦闘力は地に落ちるだろう。であるため、普通ならそれを守ろうと躍起になるはずだ。
だが、いくつも観楼剣のストックを持っている異次元妖夢には、その理論は通用しない。何の迷いもなく手放すと、鉄パイプや鉄筋が飛び交う射線から飛びのいた。
左右から飛んできたそれらは、対称に位置しているスキマに飛び込むか、逆側から飛んできていた金属に空中衝突し、ひしゃげてどこかへ飛んで行った。
その中の一つが、私の目の前で立っている女性に刺さったままの観楼剣にぶつかると、オレンジ色の火花をまき散らす。
甲高い金属音と共にわずかな青色とオレンジ色の中に、金属の光を反射する破片が入り混じる。
それは敵の観楼剣がまた一本叩き折れたことの証明になるが、それが大した意味を持たないところが歯がゆいところだ。
弧を描き、回転して落ちて行く持ち手のいない観楼剣の鍔には、血液がこびり付いており、女性の肩を切り裂いた刃先を伝ってそこまで及んでいるのだろう。
折れた剣先から地面に落ちると、乾いた土であったが落ちて来た重量のある金属により、数センチ潜り込む。
観楼剣は地面に垂直に立っている角度を維持せず、ゆっくりと傾いていくと、土が纏わりついている折れた剣先が再度外に現れた。
倒れた観楼剣の刃先が私の方を向いた。そこには女性の肩から流れでた血液が薄っすらと付着している。彼女がどちらの手が利き腕かはわからないが、この戦いで活躍することはできないだろう。
創傷面からあふれ出してきた真っ赤な血液は、凝固して傷口を止血しようとしているが、私の時と同じように傷のスケールが違い過ぎて、そう簡単には止まらなさそうだ。
「ぐっ……」
知り合いではないが見覚えのないことは無い女性が、肩に残っていた切先部分を引き抜くと、血液によって真っ赤に染まっているそれを投げ捨てた。
「おいおい、何だよ…そりゃあ…!」
こちらに背を向けている女性は異次元妖夢を睨み付けたまま、驚いた声を上げる。こちらに顔を向けていないからわからないが、声の様子から表情が窺える。
それもそのはず、破壊したはずの観楼剣を異次元妖夢が握っていれば、そう言ってしまうのも無理はない。実際には別物であるが、今現れたばかりの女性にはわからないだろう。
移動中に観楼剣を交換したのか、立ち止まった異次元妖夢の手には既にさっきとほとんど同じ刀が握られている。
「驚いたかしら?」
女性の反応に大変うれしそうにしゃがれた声で、ククッと古傷の刻まれている喉を喉を鳴らして奴は笑う。
「ああ、大いにな」
彼女はそう言いつつ、肩に手を伸ばして傷口を押さえる。そのまま半歩後ろに下がると、顔を半分だけこちらに向ける。
「大丈夫じゃあ……なさそうだな」
さっきまではこちらに背を向けていて女性の顔がわからなかったが、半分でも向けられたことでその正体が露わとなる。
「あなたは…!」
咲夜さんと早苗さんを殺したとされている人物だ。私があの時に片腕を切断したはずなのに、傷跡も残さず綺麗にひっついている。
「どういうつもりですか…!」
私は腹部の傷を押さえながら、異次元妖夢を警戒したままの魔女を非難した。こっちの連中にその気持ちがあるのかはわからないが、罪滅ぼしのつもりだろうか。
「そう警戒するな。私はお前たちの敵じゃあないんだぜ?」
「黙ってください…。貴方がたとえ私たちに敵意を抱いていなくても……私達からすればあなたもあそこにいるあいつも……変わらないんですよ」
そう吐き捨てるが、傍らに立っている女性は眉ひとつも動かさない。私がそう反応するのは、わかり切っていると言わんばかりだ。
「そりゃあそうだろうな。こっちじゃあ、普通の理論は成立しない。敵の敵がいたとしても、味方にはなりえない。そいつが自分たち側でない時点で、お前らにとってはどっちも似たような存在だ」
私の言わんとしていることを、丁寧に解説してくれた。まともに見えるが、彼女も腹の底では何を考えているかわからない。助けてもらったが、信用することはできない。
「まあ、そんなことはどうでもいい。紫、妖夢のことを連れて行けるか?」
魔女がそう言ったとたん、異次元妖夢が新たな観楼剣を掲げ、生物が出せる速度を超えた速さで突っ込んできた。
あまりの速さに風圧で草木がたなびき、砂が舞い上がる。切れない物があまりない刀を異次元妖夢は、飛び切り遅い速度で薙ぎ払った。
硬質化した魔力を簡単に両断できる刀による斬撃は、人間が鍛えた程度の刀であれば造作もなく断ち切れるはずだろう。
殺す気はないのか観楼剣の軌道は、見たこともない方法で形成されていく魔女の細い刀と、それを握っている両手だ。
両手を落とせば戦意も喪失するだろうという、異次元妖夢の魂胆が見えるが、残念ながらそれは事実だろう。
短刀を持った方がマシといいたくなるほどに、貧弱そうな得物を構えている魔女の手元から、オレンジと青色の火花を散らさなければ私はそうなると思い続けていただろう。
魔女の手が腕から落ちることも、肉と骨を断ち切られて皮一枚でつながった手がだらりと宙に浮かぶこともなく、完璧に女性は斬撃を受けきった。
「なっ…!?」
これは、私の口から出た声だろうか。それとも、まったく同じ顔をしているもう一人の自分から発せられた声だろうか。
よく聞けばそれはしゃがれた声であるため、奴で間違いないだろう。驚きで目が見開いてしまっている。
普通の人間には至難の業だったとしても、通常の刀など私にも簡単に破壊できるだろう。私よりも圧倒的に、戦闘の経験豊富な異次元妖夢が折ることが出来ないことに驚きを隠せない。
柄の握り方だけで素人だとわかる。斬撃の衝撃や、効率のいい受け流し方で切断を免れたわけではない。ただ真正面から迎え撃ち、敵からすれば折りやすい状況下で受けきったのだ。
「くっ…!」
見ているだけでもわかるほどに、強い衝撃が得物から魔女の手に伝わっている。魔力の使えない常人であれば、剣を取り落としてしまう程だろう。
身体を魔力できちんと強化していたようで、持っていた細い刀を落とすことなく、異次元妖夢に向けて斬撃を繰り出した。
目に見えて加速した異次元妖夢は、魔女の斬撃を観楼剣を使わずに素手でいなした。今度は魔女の方が驚愕する番だった。
「お前…!」
だが、彼女の様子を見るに、斬撃を躱されたことに対する驚きではないように見えるが、そんなことは関係なく、二度目の異次元妖夢による斬撃をまともに食らっている。
下から斜めに切り上げられる斬撃は、魔女の肌をその下にある皮下組織や筋肉ごと切り裂き、わき腹に大きな切傷が刻まれる。
内臓まではギリギリ届かなかったのか、傷口から体の中身が零れ落ちて目を覆いたくなる状況にはならなかったが、足元に生えている濁りのない真緑の草と、乾燥して黄土色に近い土に真っ赤な血液が溢れ落ちた。
ビチャビチャと血液が小さな水たまりを作っていき、落ちて行く滴によって魔女の黒い靴や靴下を少しずつ染めていく。
「がっ……あぐっ……!?」
ここに来る前にも戦闘をしていたのか服はボロボロで、まだ乾ききっていない血液が服に付着しているが、破れた洋服の間から見える彼女の肌には驚くほど傷は見られない。
それでも体にダメージは蓄積しているのか、後ろに数歩よろけてくると、少し手を伸ばせば届く距離に片膝をついた。
「やっぱり素人ね。あなたじゃあ話にならないわ」
異次元妖夢は切先から、地面に向かって滴っている真っ赤な魔女の血を、指で軽く撫でて拭い取る。黄色人種にしては色白の肌に赤色の血が付くと、やたらと目立って見えた。
人差し指と中指で観楼剣の刃を数十センチなぞっただけで、指先の彩りが華やかになっている。彼女はそれを口元に運ぶと、常に笑っているせいで唇の間からのぞいていた白い歯を上下に開く。
ピンクに近い赤色の舌が歯と歯の間からぬるっと現れ、指に付着している鮮血を舐めとった。
血の味を楽しんでいるのだろう、異次元妖夢は閉じた口がもごもごと小さく動いている。行為だけ見ればまるで吸血鬼だ。
「よ…妖夢……今のうちに…」
魔女は切られた腹部を押さえ、しゃがみこんだまま、異次元妖夢が吸血行為に勤しんでいる内に逃げろと言ってくる。
だが、逃げられる物なら、魔女が切られるよりももっと前に逃げている。出血のし過ぎで、体が酸欠状態になっているのだろう。手足が痺れてしまって、言うことを聞いてくれない。
「あなた…なんかに言われなくても、分かっていますよ…」
そう強がってはいるが、試しに立とうと足に力を込めても、体は一ミリも反応しない。今こうして意識があるのは半分人間で、半分は幽霊的な存在であるおかげだろう。
ここまでの段階に来ているのに、出血死していないのがむしろ不思議なぐらいだ。治療のために紫さんに運んでもらおうにも、体に突き刺さって木に縫い付けている刀を、後三十センチは引き抜かなければならなさそうだ。
近くにスキマを作ってもらうにも、それに飛び込むだけの力ももうない。魔力で体を強化し、無理やり動こうとしても動かせるのは指や手だけで、自分の体を持ち上げるほどの力は得られなかった。
「妖夢…!何やってんだ…!早く逃げ……」
彼女の言葉が途中で止まったのは、顔に観楼剣が添えられたからだろう。座り込んでいる魔女に対して立っている異次元妖夢は、刀の峰側で顎を持ち上げさせた。
「今すぐそこをどくのなら、あまり痛い目には合わせないで上げるけど、どうする?」
異次元妖夢のしゃがれた声は、彼女の顔を見なくても楽しんでいるとわかる程、口調が踊っている。
「……」
彼女は何も言わない代わりに、動かないことでその答えを敵へ伝える。異次元妖夢はそう、と短く呟く。
表情は残念そうなものだが、その音調からは残念さのかけらも感じることはできず、むしろ待っていたと舞い上がっている。
魔女の顎に添えていた観楼剣を移動させ、切れない横面で肌を優しく撫でていく。金属が肌を滑る微かな音が耳に届いた。
今から観楼剣を弾こうとしても、それ以上の速度で切り付けられるのは目に見えている。魔女は抵抗したくても、できなさそうだ。
「っ……」
魔女が刀を向けている相手を睨んでいるのは、後ろから見ていても伝わって来る。だが、向けている本人は気にもとめる様子はない。
異次元妖夢は握っていた観楼剣を、魔女へと少しだけ押し込ませた。肉を切り裂く音は聞こえてこなかったが、切先が創傷を作ったタイミングはわかった。
私の前から避けようとしなかった魔女の肩が2、3回ビクビクと震えると、刺されているのが私でないのに、その痛々しさが伝わって来る悲鳴を上げる。
「あがっ……!?っぐ……ああああああああああっ!?」
耳を覆ってしまいたくなるほどの絶叫だけで、魔女が感じている痛みがどれほどなのかを想像することが出来た。
観楼剣の長さや異次元妖夢と魔女の位置関係から、彼女が刺されているのは目だと推測できる。目は身体の中では神経が特に集中している部位であり、一番痛みを感じる場所とも言われている。
そんな眼球に刃物を突き立てられれば、これほどまでの声を上げるのも納得できる。しかも異次元妖夢は殺す気がないのか、いつまでも痛みを感じる様にグリグリと左右や上下に観楼剣を動かしたり、捻りを加えたりしている。
魔女は刀を引き抜こうとするが、異次元妖夢は刺しすぎない程度に観楼剣を押し返しているおかげで、引き抜けずに激痛が彼女を襲っている。
魔女は体を後ろに下げ、瞼を引き裂いて眼球の組織をぐちゃぐちゃに掻き混ぜていた観楼剣から、ようやく解放された。
時間にすればほんの数秒の出来事だが、魔女からすれば特に長い時間だっただろう。右目を押さえ、激痛から解放された彼女は肩を大きく上下させ、酸素を求めて喘ぐ。
「ほら、痛いでしょう?どかなかったら、次は左目ね?」
異次元妖夢は優しい口調でそう言い放つが、口角は上がりっぱなしで、こういう事をすると心が躍るのだろう。
次はどういう反応をしてくれるのかが楽しみだと、切先に粘りついて、どろっとしている血液を指でふき取る。
だが、不意に異次元妖夢の表情が楽し気な物から、苛立ちに似た呆れると言った顔つきに代わる。魔女を見下ろしていた視線は、紫さんのいた位置を向いている。
紫さんが縫い付けられた状態から、抜け出しかけているのだろう。自分のがこれからすることを、邪魔されそうになっているのが不快なのか、異次元妖夢は鬱陶しそうな表情で彼女の方へ向き直る。
今度こそ私は異次元妖夢が、どこから刀を取り出しているのかを目で捉えた。隠していた観楼剣を服の下から取り出したり、いきなりパッと現れるでもなく、空中からずるりと鞘に収まった状態の得物を取り出した。
「へ…」
自分の目を疑った。異次元妖夢の動きが素早く、刀が出て来た正確な場所が見えなかったが、どこかで見たことがあるような物があった気がする。
それが何だったかは思い出せない。でも、一部の能力を覗いて、魔力でできることは限りがある。剣術を扱う程度の能力を持っている異次元妖夢が、あんな形で剣を取り出すのはあり得ない。
三本目の観楼剣の柄を握った異次元妖夢は、刀を引き抜くと用のなくなった鞘を投げ捨てた。回転しながら飛んでいく鞘は、地面に落ちるとカランと乾いた木の音を生む。
刀の手入れが行き届いていないのだろう。引き抜かれた刀剣の刃の一部が、茶色く薄汚れている。汚れているその部分は空気中の酸素によって酸化した金属で、砥石で研磨すれば表面を被膜している酸化した鋼を落とすことはできるだろう。
だが、酸化した金属というのは、極端に切れ味が悪い。であるため、あれは切るために使おうとしているのではないだろう。
私の読み通り、異次元妖夢は錆びついた観楼剣を逆手に持ち替えると、ようやく自分から刀を引き抜いた紫さんへ向けて投擲した。
刀同士の真剣勝負や、間近での切り合いであれば、あの錆びは重大な問題となる。しかし、速度や得物の重さに物を言わせて突き刺すだけであれば、関係ない。
魔力で調節されているのか、錆びついて光を反射させることもできない観楼剣は真っ直ぐ、紫さんへ飛んでいく。
それを撃ち落とそうと鉄パイプや鉄筋を射出しようとするが、その先には異次元妖夢だけでなく私たちもいるため、彼女はすぐに対応することが出来なかった。
私たちに当たらないように、彼女はスキマの場所を調節しているが開こうとした頃には、薄い紫色の洋服に隠れた左足の付け根に攻撃が直撃した。
足の中央部に位置している大腿骨を切るのではなく砕き、投擲された勢いだけで強化された肉体を貫通した。
体を支える上で、非常に重要な役割を担っている骨を砕かれたということもあるが、それだけ突き進む力が観楼剣に存在していれば、体のバランスを失うのは簡単に想像がつく。
「ぐっああっ!?」
直撃したのは足の付け根だったが、足全体が後方に跳ね飛ばされた紫さんは、地面に倒れ込んでしまう。
「さてと」
異次元妖夢は邪魔者がいなくなったと満足げに口元を緩めると、こちらに向き直る。楽しそうな顔のまま、こちらへと向き直る。
あれだけの痛みを味わったというのに、私の前にいる魔女はそこをどけようともしない。敵のはずなのに、なぜここまでするのだろうか。
普段であれば、答えを導き出せたかもしれないが、酸欠で頭が回らない今は考えがまとまらず、訳が分からない。
「させないぜ…妖夢は…やらせない…!」
右目を押さえている指の間から、真っ赤な血液が肌を伝って、顎の辺りから地面に少しづつ滴っている。
「そう、でもあまり時間をかけていると、また邪魔されそうだし…さっさと殺すことにするわ」
ふき取ってはいるが、完璧に拭い取っているわけではない為、刀の表面に残っている鮮少の血液によって、灰色だった彼女の観楼剣はピンク色に鈍く輝く。
「させるか…!」
魔女はいつの間にか手のひらに弾幕を用意していたようで、異次元妖夢に手のひらを向けると、半透明の球体を射撃した。
青白く、目で追える程度であるが高速で駆け抜ける弾幕を、異次元妖夢は観楼剣で切り裂いた。
爆発するように魔力でプログラムされていたようだが、半分に切断されたことで爆発の効果範囲が変わってしまい、異次元妖夢にはほとんど効果が無かった。
私の予想よりも数倍小さく、空中で爆発した弾幕の間をすり抜けた異次元妖夢は、ピンク色に煌めく観楼剣を魔女の胸に突き刺した。
素早く、鮮やかな手口に、魔女が抵抗するそぶりを見せる頃には、皮膚と皮下組織を貫いていた切先は、肋骨に切れ目を作って砕き進む。
刀は基本的に刃先よりも峰側の方が太いため、切先の切れ目を厚みのある鎬(しのぎ)部分が押しのけ、切れ目よりも二回りは大きく、亀裂を生み出していることだろう。
心臓や大動脈などの重要器官を貫いているかどうかなどは、刺されている段階では知りえることはできない。
「あがっ……あああああああああああああああああっ!?」
骨にも圧点と痛点を伝える神経は通っており、それと皮膚上に存在する痛点により魔女は、こちら側までぞっとするほどの悲鳴を奏でる。
絶叫する魔女を満足げな顔で微笑みながら、異次元妖夢は観楼剣を押し込んでいく。背中側の肋骨を、難なく切断した刀は背中の皮膚を突き破った。
手を伸ばせば簡単に届く距離にいた魔女の背中から飛び出し、服を切り裂いた切先は赤黒い血と脂でまみれている。
気管を傷つけられたのか、観楼剣を更に数センチ押し込まれた魔女は一度悲鳴を途切れさせると、ゴボッと口から血液を吐き出した。
私の血なのか、魔女の血なのかわからない血だまりにそれらは混ざり合って行く。異次元妖夢が油断している今が絶好のチャンスなのに、目の前にいる彼女が刺されているのを見ていることしかできない。
異次元妖夢は魔女に観楼剣をただ刺すだけでは終わらず、彼女を突き刺したまま刀を捻って魔女を持ち上げ、血と脂、肉片のこびりついている切先を私の胸に叩きつけた。
不思議だった。先ほど切られた部分などが痛んでいるせいだろうか、なぜだか刺された痛みを感じない。
皮膚を皮下組織ごと切り進み、骨を砕く感触すら感じることはできるのに、神経を伝って来た痛みを一向に感じることが出来ない。
「…」
「妖…夢……!」
私が後ろで刺突されているのを刀越しに感じたのだろう。刺された激痛に顔を歪めながらも魔女は私の名を呼んだ。
彼女の背中が私の胸に密着したことで、目の前にある黄色の艶やかな髪からは血のにおいに混じってシャンプーの微かな香りが漂ってくる。
どこか懐かしさもある気がして、彼女の後姿を無意識のうちに眺めていた。
さらに数センチ、血と脂で表面がヌルついている得物が押し込まれると、骨とは違う、柔らかい器官を貫かれた感触が自分の中で感じた。
それは柄を持っている異次元妖夢も伝わったようで、背中まで刀を貫通させることなく、観楼剣を私と魔女から引き抜いた。
「か…ふ……っ…!」
彼女は悲鳴すら上げることが出来なくなったのか、血反吐を吐くと体を大きく揺らすと、胸を押さえたまま仰向けに突っ伏して倒れ込む。
背中側にある傷口から溢れて来た血液が、そこを中心に円形の染みを作り出し、その範囲を徐々に広げて行っている。
傷口が体を貫通しているため、彼女の方が重症に見えるが細かな血管や組織を壊されただけで、私に比べればまだ軽傷な方だ。
体のどこにここまでの血液が残っていたのだろうか。腹部を刺された時とは比べ物にならないほどの血液が溢れ出してきた。
それには波があり、比較的心臓に近い位置の血管か、もしくは心臓自体を貫かれたのかはわからないが、重く感覚もなくなってきた指で押さえようとしてもその圧力に、出血を抑えることが出来ない。
「…っ」
「その怪我の具合で、この傷なら…あと持って二分か三分といったところね」
彼女はそう言い残すと、私たちの胸を貫いた観楼剣の血を、どこからか取り出した吸水性の良い紙でぬぐい取る。
「さようなら」
彼女は私たちに堂々と背を向けると、刀をふき取って真っ赤に染まっている複数枚の紙を、こちら側へ投げ捨ててそのまま歩み去った。
「…」
待て、と言ってやりたかった。刀を掲げて奴に切りかかりたかった。幽々子様の仇を取りたかった。そのどれもかなえることはできない。
空気の抵抗が大きい紙は、ゆらゆらと空気中を前後か左右かわからないが漂ってくる。大きく、数の少ない紙吹雪のうち一枚が顔の横をかすめていく。
「……っ…」
胸を押さえるのを止め、隙を晒している異次元妖夢の首を掻き切るために、観楼剣を握ろうとするが、タイムリミットがやって来た。
体を支えることすらもできなくなり、観楼剣に伸ばそうとしていた手は地面に落ち、重心が後ろ側に有った体は、その方向に傾いていく。
知らず知らずのうちに広がっていたようだ。自分の血でできた水たまりに、背中から落ちるとばしゃりと大きく跳ねた。
外気に晒されたことで体温よりも低いのか、地面の熱を受けて血液が温まっているのか、肌で直接触れてもわからない。
「妖…夢……妖夢…っ…!」
倒れ込んだ私とは対称的に一度倒れ込んだはずの魔女は、そのか弱さがにじみ出る細い腕で体を持ち上げた。
「すまない…妖夢…!」
肩越しに倒れ込んでいるのを視認した魔女は、胸を押さえつつよろけながらも這って私の隣へ移動する。
「くそ……!」
もう手の打ちようがないと、素人である彼女でもわかったようだ。そう漏らすと延命になるかもわからないが、胸に開いている穴を両手でしっかりと押さえ込んでくる。
「………幽々子様……」
どう足掻いても待っているのは死だ。夏で暑いはずなのに、なんだか寒い。毛布をかぶってしまいたくなるぐらいには、私は寒気を感じ始めた。
「……………寒い…よ……」
無意識のうちに、私はそう溢していた。手や足が自分の物でなくなっていくような気さえした。体から力が抜けていく、頭がボーっとして、眠気が襲ってくる。
「妖夢…!」
放っておけばあと数十秒で意識が無くなり、数分後には出血多量でこの世の人間じゃなくなる私の意識を魔女の声が留めさせた。
「……なん………ですか…」
「お前の…これから生きるはずだった寿命を、全て魔力に変換しろ」
彼女の言っていることがわからなかった。そんなことをしてどうするというのだろうか。たとえそれで延命できたとしても、私は長く生きることはできなくなる。でも、それでもいいのかもしれない。そう思っていたが、
「これは、延命のためじゃない」
私の予想が外れる一言を魔女は言い放つ。延命でなければなんだというのだろうか。
「その膨大な魔力に自分の記憶を刻んで、刀へ移せ……こちら側の妖夢を殺すのに、お前の力が必要なんだ」
魔力で人格をコピーし、それを刀に宿すのは、異次元妖夢に対抗するためか。私の保有している知識が欲しいわけだ。
なるほど、私が死にかけなのをいいことに、交渉しようというわけか。やはり異次元の人間はまともな者がいないな。
しかし、今の私には願ってもいない提案だ。私は幽々子様の仇を討つために異次元妖夢を殺したい。魔女は力を手に入れるために邪魔者を殺したい。殺せないと困るという利害が一致しているわけか。
利用されているのは勿論だが、ならば私も利用してやろう。何としてでも生き抜けという霊夢さんの言葉も守ることが出来る。
「ふっ……今回は……貴方の、口車に……乗って、あげましょう……」
私は寿命を魔力へと変換を始めた。こういったことをするのは初めてだが、予想以上に魔力の量が多い。
それらに私の記憶を宿し、刀へと移す。戦いの意味が分かるよう、幽々子様を殺された時の感情や憎悪を深く刻ませた。
魔力を使って意識をはっきりさせようとしても、できないほどに意識が遠のいてくる。魔力を急ピッチで観楼剣へと注ぎ、鞘へ納めて魔女の胸元に押し付けた。
「それじゃあ、頼みましたよ…」
あなたはいったい何なんだ。本当に訳が分からなくなってくる。私たちはお互いに利用し、利用される関係のはずなのに、なぜ、そんな顔をするのだろうか。
「ああ、頼まれた」
観楼剣を持っていた手を、魔女は病人を看取る近親者のように握って来る。敵となれ合うつもりはないため、私はその手を払いのけた。
私はその疑問を胸に抱きながら、手招きしている死に引かれてゆっくりと海へと沈んでいく。
幽々子様申し訳ございません。仇を取れないどころか、死んでしまいました。ですが、私はどんな手を使ってでも、異次元妖夢だけは打ち取ります。絶対に。
あらかじめどういうプランで行くという記憶を刀には持たせているため、その通りに行ってくれるだろう。
それに対しては彼女がどう対応するかわからないが、協力するのが名目であるため、不意打ちに近い状態だから、上手く行ってくれるだろう。
果てしなく続く海の中を潜水していく。その感覚すらも遠のいていった。あらゆるしがらみから解放され――。
「…っ…………そんな…」
「……」
ゆっくりと上下していた胸は、段々とその範囲を狭めていき、遂には止まった。本人が我慢しているわけではない。
意識の無くなり、虚空を見つめ続ける剣士の瞳を、私は優しく閉じさせた。全身の血を出し切ったのだろう。元から血色がよかったわけではなかったが、今ではそれを通り越している。
「すまない…」
助けに入ったというのに、結局私は助けることが叶わずに、また目の前で友人を殺されてしまった。
血みどろの中に沈んでいる彼女へ向け、そう呟く。聞こえることは無いだろうが、私はそう言わずにはいられなかった。
「妖夢…」
足に刺さっていた物と、肩に刺さっていた観楼剣二本を紫は、刀をスキマの中に仕舞い込む。
創傷部から血が溢れてくる肩を押さえている紫は、目を固く閉ざしている妖夢の髪の毛を軽く撫でた。幽々子とつながりがあった分、妖夢と関わることは少なくなかったはずだ。彼女の瞳に怒りが垣間見えた。
「魔理沙は…大丈夫なのかしら…?胸を刺されたように見えたけど…」
「ああ、大丈夫だ」
胸に集中的に魔力を注いだおかげで、服に開いた三角形の穴からは血で汚れているが素肌が見える。
「私は、あなたのことを人間だと認識してたけど、間違いだったのかしら?」
「そんなことは無いぜ……多分………それより、あいつのあれを見たか?」
私が聞くと、紫は小さく首を縦に振って頷いた。異次元妖夢の観楼剣の取り出し方のことだ。
「こっちの紫が私たちを見てたとは気が付かなかったわ」
「いや、違うぜ」
彼女はおそらく異次元紫が私たちを見ていて、異次元妖夢の援護をしていたと言いたいのだろうが、それはないと断言できる。
高速で動く異次元妖夢は、動きながらも刀を取り出していた。あの速度で動く人物に、スキマの扱いが長けているとは言え、異次元紫が合わせられるとは思えない。
「違くないわよ。あいつの手元には、スキマが現れていて、そこから観楼剣を出していた…それが何よりの証拠でしょう」
「ああ、でもな……こっちの咲夜がいないのにあいつから、弱くはあるが時を操る魔力を感じた…どう思う?」
私がそう彼女に言うと、目を見開き、驚きを隠せなくなる。最初は私もどこかで異次元紫や異次元咲夜が見ているものかと思っていたが、辺りからは彼女たちの魔力を感じることが出来なかった。だから、異次元妖夢が援護されていたというのは絶対にありえない。
そもそも、異次元妖夢と異次元咲夜は協力し合う間柄ではないだろう。
ありえないのであれば、何がありえるのか。第三者が使った訳でないのなら、本人が使った意外は考えられない。
「もし、あなたが言わんとしていることが私の思っている通りなら、それは絶対にないわ……個人が持てる能力は一つまでのはずじゃない」
そう、紫であれば境界を操る程度の能力。妖夢だったら剣術を扱う程度の能力と人によって異なり、原則として一つまでのはずだ。
「ああ、でも…奴らの強さの秘密は、私たちが知らない部分にあるのかもしれない……最初は私もバカげていると思ったさ……でも、そうでなけりゃ…説明がつかないぜ」
異次元妖夢だけではないが、彼女と戦っている時の、あの異常なほどの加速や、高速で動く彼女が、スムーズに観楼剣をスキマから取り出せていた理由。
「奴らは………能力を二つ持っている」
次の投稿は9/7の予定です。
しかし、そろそろリアルが2月辺りまで忙しくなる予定なので、投降のペースが遅くなる可能性が高くなります。
申し訳ございませんが、ご理解いただけると幸いです。