それでもええで!
という方は第百八話をお楽しみください!
やりました!今回は13000文字に抑えられました!
「奴らが能力を二つ持っているという…根拠は?」
奴らは能力を二つ持っている。という私のあり得ない仮説をとりあえずは信じてくれた紫は、それの根拠について説いてくる。
「こっちの妖夢だけじゃなくて、他の連中とも戦ったからわかる……例えば、こっちの咲夜…魔力で作り出した武器ってのは、そこに含まれている魔力が枯渇した段階で、形状を維持できずに消えちまうもんだろ?」
「ええ、確かにそうね」
霊夢のお祓い棒や妖夢の観楼剣のように、本物の得物を強化して戦うのであれば消えることは無い。
だが、持っていける数には限りがあり、咲夜のように武器が複数無ければならない時には、魔力で作り出すしかない。
魔力は空気中に放出された時は、基本的に霧や雲のように実体は無い。それを武器の形に固定化させているため、固定を維持できなくなれば通常ならば消えていく。
そこで思い出してほしいのは、異次元咲夜の銀ナイフは魔力で作り出したはずなのに、時間の経過で消えていくこともなく、魔力が無くなっているはずなのにずっと残っていた。
相手に投げつけて見た感じからも、それは魔力で精巧に作られた得物というよりも、本物の武器と言えた。
「でも、あいつが魔力で作り出した銀ナイフは、魔力が尽きても消えることなく、まるで本物のように残っていた……これの理由を説明できるか?」
私が逆にそう紫へ聞いてみるが、口を噤んだまま首を横へ振る。当たり前だ、私だってすることが出来ない。
魔力で作成したものが、本物と同様の働きをしているなど、普通ならあり得ないからな。既に時を操る程度の能力がある人物が、それをして居ればなおさらだ。
「魔力については解明されていない部分が多い……。そもそも、能力を一つしか持てないっていうのは、どこ情報なんだ?」
「……確かに、言われてみれば…誰かが証明したわけではないけど…」
流石に飛躍しすぎている私の理論に、紫は首を縦に振れない様子だが、私はある程度確信を持っていた。
「じゃあ、例えばだが…こっちの早苗のあれはどう説明する?奇跡を起こすための詠唱をしていた様子は見られなかったし、攻撃が当たらないのが奇跡の力と言うのには無理がないか?…他の力が働いていたとしか思えないぜ」
私の放ったマスタースパークが、まるで異次元早苗を避けていたように見えたあの現象を紫が見えていたかはわからないが、同様の能力を持っている早苗が同じことをしようとしても、おそらくあの速度ではできないだろう。
「…わかったわ。魔理沙の説を信じるわ。ここの街並みから見ても、私たちの世界よりも技術が進んでいるのが窺える。魔力について私たち以上に、解明されている部分もあるでしょうからね」
他にどう反論してくるのかと身構えていたが、意外にあっさりと意見を曲げた。これまでの情報や、自分の経験と照らし合わせ、私の説に信憑性があると判断してくれたようだ。
「でも、一番の問題は…敵が何の能力を持っているのかわからないのと…霊夢にどう伝えるかだぜ……こっちの咲夜や早苗と直接戦った二人はもういない……出所のわからない情報は信じてくれないだろう」
例え今しがた見た異次元妖夢の行動でも、異次元咲夜と紫が援護していたのではと言われるのが関の山だ。普通なら無理でも、私たち側以上の実力を持っている彼女達ならできると。
「それを伝えるのは、後でもできるでしょう。まずはどんな能力を持っているかを調べないといけないじゃない。……理論的に証明できなければ、どっちみち伝えることはできないのだから」
彼女の言う通り、二つの能力がある可能性を提示するよりも、どんな能力を持っているのかを知らせた方が有意義といえる。
「それもそうだな……とりあえず私は引き続き一人で動く…妖夢はどうするんだ?」
「連れて行くわ…この子が死んだことを霊夢に言わないと……」
「そうか」
私は魔力ですでに完治している腹部と胸元を、抑えていた手を離して立ち上がった。体におかしな感覚がする部分は無く、いつも通りに動きまわれそうだ。
「………。魔理沙」
肩と足の付け根を押さえている紫は、立ち上がった私に対して神妙な顔つきで声をかけてくる。
普段なら彼女の方が身長は高いが、今の座っている時点では立っている私の方が頭の位置が高い。見上げてきている紫の瞳は、心配そうにこちらを見ている。
「どうしたんだよ。そんな顔をして」
「いや、さっき…こっちのにとりを殺したって聞いたから、本当かどうかを聞いて起きたかったのよ」
「それを聞く意味があるか?あそこでそんな嘘を付いて、何の意味があるっていうんだ?」
私がそう返すと、紫はそれもそうね。と視線をそらして横たわっている死体を見下ろした。
「…忘れて、何でもないわ」
彼女の質問の意図が読めない、何か探ろうとしているのだろうか。いや、初めてこちら側に来た時の様子から、本当に殺したのか心配になったのだろう。
「霊夢たちが街に向かったんだろ?他の奴らが来てなけりゃ、追ってきていた河童は全部始末したから、あそこは安全だと思うぜ?」
「そ、そう……わかったわ。…それじゃああなたはこれからどこに行く予定?」
紫にそう聞かれるが、どこに行くかはまだ決めていない。異次元霊夢達を探し出してやりたいが、どこにいるのか見当もついていない状態だ。
「さあ、こっちの鈴仙の情報通りに紅魔館に奴らはいたが、どこに行ったのかわからなくなっちまったからな……地道に探していくしかないぜ…それか知っている奴らに聞いていく予定だぜ」
「なら、どこに行くかわかった時点で連絡を入れてくれると助かるわ。できるだけ霊夢達と鉢合わせしないようにするから」
「ああ、わかった」
紫が横たわっている死体を丁寧に抱え上げ、自分の身長を超えるスキマを作り出そうとした時、二人は異様な空気に包み込まれた。
「っ……紫…!」
「ええ…っ」
この異質な気配は、異次元妖夢がここに戻ってきたわけではない。彼女のはもっと鋭い感じがした。異次元霊夢達とも違い、私たちがまだ会ったことのない人物だ。
「魔理沙…囲まれているわ…」
「ああ、わかってる」
ガサガサとあらゆる方向の草木が揺らされ、葉っぱの摩擦音が重なって聞こえてくる。素早く動きながら音を発するものもあれば、ゆっくりと動く物もあるようだ。
この辺りの草は少し背が高い。それでも直接姿が見えないということは、それほど小さい人物なのか、しゃがんだ状態で来ているかのどちらかだ。
立った私の太ももぐらいの高さまでしか草は生えていないが、女性の平均身長を下回るため、五十か六十センチも高さは無い。
「紫、お前はいったん逃げて霊夢の元へ行け、ここは私がやっておく」
「今のあなたにならできるでしょうから、任せたわ」
紫はそう言い残すと、開いたスキマの中へ入り込み、姿を消した。霊夢達に私と一緒にいる姿を見せない為か、彼女が消えていった先から彼女の声や気配はない。
霊夢は勘の鋭い部分があるから、それは大事なことだろう。紫が疑われるのは、こちらにとって不利となる。
そして、私はここからどう切り抜けるか。紫がいなくなったことで、今まで彼女に向けられていた敵意が全てこちらに集中する。
「さあ、来れるもんなら来てみやがれ」
彼女たちに言ったわけではないが、私の呟きに煽られたのか、草に隠れていた連中があらゆる方向から草木をかき分けて突っ込んでくる。
後方からやって来た奴に気が付けたのは、そいつに含まれている魔力に前方に進む性質を感じ取れたからだ。
しゃがんでやり過ごした私の頭上を、灰色に輝く刃物が通過していく。初撃を外したそいつは2撃目を放つことなく、その先にある草むらへ姿を隠した。
一体に時間を割きすぎたようで、一体目とは別方向から二体目が得物を片手に突っ込んでくる。
背中を鋭い得物で切り裂かれると、生暖かい体液が肌と服を濡らす。だが、切られた時から傷の再生は始まっている。数分もすれば傷は完璧に治るだろう。
私を切りつけたことで、自身の動きが遅くなり、着地して草むらへ走り込んだ人物の後姿をコンマ数秒だけ捉えることが出来た。
紫と一緒に居る時にはおそらくという域を出なかったが、その彩り豊かな服を着ていることで、対峙している人物が誰なのか断定できた。
「こうやって、ちまちま人間を傷つけるのが趣味なのか?アリスよ」
「……。あら、思ったよりも気が付くのが速かったわね」
今まで聞いたことがないほどに透き通った女性の声が、左側から耳に届く。
私の周りを囲っていた見えない暗殺者だった上海人形たちを、手元に引き寄せているようだ。ガサガサと草を揺らして動く草むらが、声の方向へ向かって行く。
ザリッザリッと乾いた土を靴で踏みしめる音が、こちらへと近づいてくる。上海人形を手元に集めた今、反対方向へ逃げるチャンスなのだが、真後ろや左右を挟んで上海人形たちが数体だけ配置されたまま残っている。
今は待機しているが、私が逃げようと反対側や左右のどちらかに走り出せば、反応するプログラムが魔力で組んである。
その性質が働いている今、逃げ出すのはリスクが高すぎるだろう。逃げることが出来なさそうだ。
「はぁい。魔理沙………久しぶり。十年前の恨みを晴らしに来たわよ~」
透き通る声で優しそうに話す声が聞こえてくるが、隠すことのできない殺意がむき出しだ。むしろ優しそうに話すせいで怖さが倍増されている。
「恨みって……逆恨みもいいところだぜ」
そう言い返そうとし私に、線状になる性質を含ませられて薄く伸ばされ、鋭い性質の与えられたワイヤーが薙ぎ払われた。
かなり細いが、光の反射やそれ自体が薄くぼんやりと光っていたおかげで、浮かんでいた糸が攻撃しようと、形を変えたのが薙ぎ払われる寸前に見え、攻撃が繰り出される前に行動に移すことが出来た。
「っ!」
糸が鞭のようにしなってくれていたのもあり、僅かな時間差で攻撃の下へと潜り込むことができた。草や木の幹を簡単に切断する糸が、私の髪を掠っていく。
はらりと数本の髪の毛が地面へと舞い落ちる。だが、わたしにそれを気にする暇はない。
糸の通って行った後には、それ以上の高さのある物体はすべてなくなっていた。
木の幹も、背の高い草もすべて同じ高さに切りそろえられてしまっており、もう少し遅ければと思うとゾッとする。
「あら、惜しい。相変わらず逃げ足だけは速いのね」
「ああ、どっかの誰かさん達が追いまわしてくれたおかげでな。それで、何の用だぜ……今の攻撃の様子から、お前は私のことを生かすつもりはないように感じたんだが?」
木や草が切断された高さは、私が立った時の胸の位置だ。この軌道は心臓が狙われたとしか思えない。
「ええ、その通り。殺す気よ?私はあいつらと違って力なんかいらないもの…そもそも、力の手に入れ方も知らないし」
「殺した後に復讐されても知らないぜ」
しゃがんだことで、血で濡れているスカートに、乾いた土がこびりついてしまっている。
さっきの妖夢の血なのか、自分の血なのか判断が付かないが、ひとまずスカートの縁についている土を払い落とした。
「どうでもいいわよ。私はあいつらの邪魔をしたいだけだから」
そう言うことか。だが、それを達成させるために死ぬつもりもない。妖夢から受け取っていた観楼剣の鞘には、鍔側と刃先側をつなぐ形で紐が付いている。
それを肩に通して観楼剣を背負った。妖夢のように腰に刀をさせる場所がないため、こうして運用するしかなさそうだ。
「邪魔をしたいだけか。お前の破滅願望を聞いている暇はないし……生かしておけば邪魔になる、生かす価値もなさそうだな。捻り潰して私は自分の目的を果たさせてもらうぜ」
「この数の差で、できるものならしてみなさいよ」
ウエーブのかかった金色の髪を揺らし、草むらから出て来た彼女は赤色のカチューシャをしており、その色とは対照的な青色の洋服を着ている。肩や胸の辺りは白色の布が使われているが、腰には赤色の大きなリボンが結ばれている。
膝の手前まで高さのある茶色いブーツを履いている彼女は、靴についた土をつま先で地面を叩いて払い落とす。
似た服装や容姿の人形は、四十センチもいかない小さな女の子に見えるが、そのかわいらしさとは程遠い、血の錆びが所々目立つ得物を構えている。
アリスの指先からはさっき私に攻撃してきたのと同じ、目で捉えるのが難しいほど細い魔力の糸が複数本出ている。それらは全て人形へとつながっており、それを通じて人形たちに命令を与えているのは、こっちと同じだ。
さっきまで二つ目の能力を持っているという話をしていたため、未知の力で人形を操られていたら困ると考えていたが、その心配はない様だ。
まあ、能力については、これからわかることになるかもしれないがな。
「ああ、やってやるさ」
私がそう言うと、同じ人間とは思えないほど綺麗な顔立ちをした異次元アリスは、口の端を小さく上げて笑みを見せてくる。
取り囲んでいる上海人形以上に一番人形っぽい容姿をしていて、見とれるほど綺麗なのだろうが、そのおぞましい殺気や異常性に私は息を飲んだ。
「さあ、始めましょう」
「……れ、霊夢さん」
恐る恐るといった感じの口調で、お祓い棒を握りしめたまま意味もなく立ち続けていた私に、文は声をかけてくる。
「…何かしら?」
「いや、その……」
「…わかってるわ……ちょっと、頭を冷やしてくる」
彼女の言いたいことはわかっている。現れた異次元映姫と異次元小町の撃退の仕方が、いつものやり方ではなかったと言いたいのだろう。
それは私もそう思う。自分の中に滞る苛立ちを隠すことが出来なかった。何に対して、なぜ怒りが湧き、それがどこに向けていい物なのかもわからないのに、それを振るった。
怒りに身を任せ、あの二人の頭をかち割った。血反吐とピンク色に近いが、血のせいで正確な色がわからない肉片を飛び散らせた。
「じゃあ、逃げたあの二人は負わなくていいんですか?大切な情報源になりませんか?」
「…いや、異次元小町がいる時点で、距離を操られて追いつけないだろうから…大丈夫」
私はそう伝え、彼女の返事を聞かぬまま歩き出した。
殴った本人が一番近くにいたことで、二人分の血反吐を浴びて髪や肌に血が飛び散っている。服の大部分は赤い布が占めているが、白い部分も少なからずあり、そこに血が付着するとひと際目立つ。
そう言えばどこかに井戸があったはずだ。枯れていれば使えないが、地下水を利用している物ならまだ使えるだろう。
私がそこに向かって歩いている途中、河童や鴉天狗と何度かすれ違うことがあったが、私の血まみれの身なりに、皆息を飲んでいる。
怪我をしたのかと心配そうな表情を浮かべる者もいたが、よく見ればすぐに返り血だと判断できたのか、どの妖怪も半分開いた口を噤んだ。
戦闘時に膨れ上がっていた抑えられない苛立ちは、現在のところは無い。のだが、自分でも自分が心配だ。
こちらに長く居過ぎて、精神が奴ら寄りになってしまっているのではないかと、気が気でならない。
転ばないように瓦礫の上を歩いていると、道の端にはここ十年誰にも使われることも、手入れをされることもなかった井戸が見えて来た。
誰かが水をすくい上げるための桶を、投げ入れてくれるのを口を開けて待っている。
井戸には屋根が取り付けられており、四本の柱で支えられていたのだろうが、一本は折れてしまっていて屋根が大きく傾いた状態だ。
それによって、千切れかけた縄につなげられた桶が瓦礫の上に転がっている。
屋根が壊れてしまっているが、河童たちが闘っていた先の戦闘で壊されたのだろう。むき出しとなっている中身の質感が、外側と比べると大きく違う。
今は傾いているが、屋根の一部には桶を置くための板が設置されており、そこに放置されていたであろう古びた桶を拾い上げた。
屋根がある位置にあったおかげで、風化も最小限で済んでいる。底には穴も開いていないし、水をすくい上げることはできそうだ。
ただ、縄が一部千切れかけで桶一杯分の水など持ち上げようものなら、本当に千切れてしまいそうだ。
魔力で強化すれば問題ないだろうが、私が軽く引っ張っただけで縄の繊維が音を立てて断裂しかけた。
強化しても耐久性能にはあまり期待はできないし、慎重に扱うとしよう。
そもそもすくい上げる為の物があったとしても、すくい上げる物が無ければ意味がない。
半壊している井戸に落ちないよう、円形に積み上げられた崩れかけの石の縁に手を付いて、井戸の中を覗き込んだ。
手を付いた部分から、石の上に乗っていた小さな小石や砂がパラパラと深い井戸の中へと落ちて行く。
底までは十メートル以上ありそうだが、屋根が傾いていることで外から入って来る光が増え、井戸の底でキラキラと何かが光りを反射している。
地下水を利用している井戸であるため、人の管理があまり必要ないタイプの井戸のようだ。十年経った今でも、枯れていない。
それに水は一か所にとどまらず、沁み込み、沁み出していくのを繰り返しているだろうから、放置された汚い水ではないだろう。
切れかけのロープを魔力で強化し、井戸の中へと投げ入れた。井戸の中は外と比べれば暗いので、すぐに桶は見えなくなった。
数秒して、桶が水面へ落ちた音がする。ばしゃりと硬い物体が水を跳ねさせる。桶の中に組み込まれている金属の重量によって、桶が傾いて内部に水が入り込んだようだ。少し縄が重くなった気がする。
あまり勢いよく縄を引っ張らないように気を付け、ゆっくりと水の入った桶を引き上げていく。縄を引っ張り上げている中で、重量があまり変わっていないところから穴は開いていなさそうだ。
手の届くところに桶の取っ手がようやく到達し、私はそれを掴んで持ち上げた。桶に使われている木が軋むが、底が抜けてしまうこともなく井戸の縁に置くことが出来た。
桶には透明な水が並々とつがれていて、うまくすくい上げられたようだ。その透明感や、匂い、不純物が浮いていないことから、腐った水ではなさそうだ。
試しに指を桶の水に浸してみると、先の戦闘で火照った体を冷やしてくれた。お祓い棒を袖の中に仕舞い込み、外気温と十度ぐらい差がありそうなほど冷えている水を、両手で器を作ってすくい上げた。
ひんやりと冷たい水は、熱を帯びている体からすれば、凍っていてもおかしくないと感じるほど冷えている。
それを返り血のこびり付いた顔にかけた。顔にある熱が奪われていき、汚れを拭い取った水は、ほんのりと朱色に染まって地面に落ちて行く。
濡れている手で髪に手を伸ばして軽く触れてみると、指先が赤く染まってしまっている。私は自分が思っている以上に、返り血を浴びていたようだ。
服にそこまで飛び散っていないのが唯一の救いだ。頭部で結ばれている大きなリボンを取り、もみあげに着けていた装飾を取り外した。
寝ているとき以外にこれを外すことは無いのだが、頭が血まみれの状態で歩き回りたくはない。重たい桶を持ち上げ、服にかからないように傾けた頭へ水をかけた。
冷蔵庫で冷やしているのとそう変わりない温度の水が、髪と肌に着いた汚れを落とすと、紅く染まって地面へと向かって髪の合間を伝って行く。
頭全体にいきわたるように水をかけたため、きちんと血は落ちてくれただろう。桶に残っていた水を使い果たすと、地面に向かって行く水の量は減っていき、最後はポタポタと髪に残っている水が、滴となって静かに落ちて行くだけとなった。
靴を履いているから広がっていく水で足が濡れることは無いが、スカートや足に少し水が跳ねる程度には濡れてしまった。
タオルなどは持ってきていないことを思い出し、髪に残った水を手でできるだけ絞り出す。
ある程度水が切れたところで傾けていた頭を戻し、一息ついた。ここまで歩いてきている段階で、だいぶ頭を冷やせたかと思っていたが、本当に思っているだけだった。
今度こそ本当に頭を冷やすことが出来た。収まってはいなかった苛立ちも、気分を切り替えたことで無くなり、狭まっていた視界が開けた。
あんな感情に身を任せた戦い方は、殺すことを楽しんでいるこっちの連中とそう変わらない。
「…はあ…」
小さくため息のついた私は、魔力を使って髪についている水を蒸発させ、後ろ髪をリボンでまとめ上げた。
もみあげにも装飾を付けていると、後ろに人の気配が現れる。近づいて来た際の足音などは、聞こえなかった。
空を飛んできたにしても、何かしらの気配は感じることが出来る。それがいきなり現れたとなると、境界を操る紫か瞬間移動をする大妖精だろう。
後ろを振り返ると疲れた顔をした、肩と足の付け根を血で濡らしている紫が、生気のない力の抜けきっている妖夢を抱えて立っている。
「…紫」
その表情や妖夢の様子から、彼女の言いたいことはもうわかった。妖夢は、奴に殺された。
「妖夢が……殺されたわ」
土気色の肌から呼吸と心臓が止まってから、しばらく経っているのはなんとなく察せた。この状態では今から紫の能力ですぐさま永遠亭に連れて行ったとしても、間に合うことは無いだろう。
「…そのようね」
あの時、やはり私は彼女のことを止めておくべきだったのだろうか。彼女の思いを無視して恨まれようが、引き留めておくべきだったのだろうか。
「自分のせいにするのは止めておきなさい。貴方のせいじゃないわ」
紫は様子から、私が何を考えているのかを読み取ったようだ。
「…私のせいじゃない。こんなことになるなら…やっぱり、引き留めておくべきだった」
「これは幻想郷間での戦争よ。誰が死ぬなんて、誰もわからない。……妖夢が死んだのは、約束を守れなかった私のせいよ」
紫が言っているのは紅魔館を出るときに言っていた言葉だろう。しかし、彼女自身も酷い怪我を負っている。連れ出そうにも激しい妨害に合ったことは、簡単に予想できた。
「…それを言ったら紫だって……」
「この話し合いに、正解は無い。だから、この話はここで終わりよ……後悔するのは、全てが終わった後にしなさい」
私が反論とするが、有無を言わさず紫は話を終わらせた。さっきまで生きていた友人が、殺されたばかりなのだ。そう簡単に割り切れるものではない。
しかし、紫の言う通りいつまでも引きずっていては戦闘に支障をきたす。それで私が負けてしまえば、彼女たちの戦いも意味のない物になってしまう。
「背負わせる形にして申し訳ないわ……あまり思い詰めすぎないようにね…」
「…ええ」
でも、そう言った部分は彼女の言う通りではある。悲しむのは、全てが終わってからだ。
「貴方にばかり頼らないといられないなんて、情けないわね」
「…仕方ないわよ。こんな状況なのだから」
彼女がやられたということを知らせに来ただけだったのか、紫は妖夢を抱えたままスキマの中に歩を進めていく。
「…怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
紫はこちらを見ずにそう答えると、スキマを閉じて消えた。後に残ったのは、妖夢と紫の血の匂いだけだった。
草木をかき分けて、私は歩き続ける。成人女性一人分を抱えたままでは、道なき道を思うように前に進むことが出来ない。
追撃を恐れて森の中に入ったのが仇になってしまったようだ。
「くそ……しっかりしてくれ……!」
かすむのと、目に入った血によって視界が大きく塞がれてしまっている。頭部や体のあちこちに叩き込まれた打撃によって、気を抜けば肩を貸している人物ごと一緒に倒れてしまいそうなほど、蓄積したダメージが体を蝕んでいる。
打撃で脳を揺らされ、体のあちこちに打撲痕をつけられ、肋骨はいくつか折られてしまっている。魔力で痛みをカットしていなければ、悶絶しているところだ。
だが、動けている私はまだマシな方で、さっきからまったく動かない私の上司は、早く治療をしなければ死ぬだろう。
かち割られた頭部からは白色の骨が覗いており、肩や足の骨も折られているせいで、鋭利な部分が肉と皮膚を貫いて外に飛びだしている。
組織が傷つけられたことで、血に濡れている折れて飛びだした骨には肉片がこびりついている。
唯一の救いは、奴らが私たちのことを追ってきていないところだ。ここらで一度、映姫の傷を止血してやらなければならない。
私は片目が潰されているため、目測を誤る心配があるが、四の五の言っている暇はない。応急処置で死なないように延命させて、素人ではあるがきちんと治療ができるところに連れて行かなければならない。
一度血まみれの映姫のことを地面に横たわらせた。胸が小さく上下に動いており、どのレベルかはわからないが、生きてはいる。
スカートの一部を引き裂いて長いタオル状にし、それをきつく彼女の頭に巻いた。ダムの決壊した川のように、塞き止められなくなって垂れ流しになっている血液が、布に浸み込んですぐにひたひたになってしまう。
それでもお構いなしに布を結んで縛ると、映姫が締め付けられた痛みにうめき声を上げた。ほぼ虫の息だが、辛うじて生きてくれている。
一番血液が垂れ流しになっている部分を軽く止血できたため、これで彼岸についてから処置をするぐらいには持つはずだ。
彼女の体の負担にならないように、体を抱え上げ、折れていない左肩を貸して、彼岸へ向けて歩き出す。
ついでに自分の応急処置もしておけばよかったと後悔するが、一度歩き出してしまったのであれば、そのまま向かうとしよう。
額から流れ出した血液が、顎まで伝って落ちて行く。その量の多さに、映姫の前に自分が死んでしまうのではないだろうかと思える。
「はぁ…はぁ…」
魔力で強化しているが、普段よりも息が速く上がってしまう。負傷しているのと、出血の多さによる物だろう。
大したスピードでないのに息の上がっている私は、それでも森の中を進んでいると、進行方向から何か音が聞こえてくる。
耳を澄ましてみると、それは足音のようだった。隠れようともせず、草をかき分けて安定した足取りで向かってきている。
霊夢や咲夜たちのように、私たちはどこかのグループに属しているわけではない。
向かってきているのは、十中八九敵だ。映姫は戦えず、私も負傷している。戦って勝てるわけがない。
進行方向を変えて向かってきている人物と会うのを避けようとするが、向こうはもうすでにこちらを捉えているようで、足音のする方向から岩石が飛ばされてきた。
負傷している私たちに当てないように軌道を調節された岩石は、近くに生えていた木の幹を抉り、どこかへと転がっていく。
木片が散らばり、その余波に当てられて私たちは吹き飛ばされてしまう。映姫だけは守ろうと、彼女を抱え込んだ私は、背中を地面や木の幹に打ち当てた。
「あがっ……!?」
抱えている彼女を最優先で守ったが、飛んできた木片に当たることもなく、新たに怪我を負った様子もない。
見下ろしていた顔を上げると、私が向かおうとしていた方向の草木を踏みつぶしながら、緑色で長髪の女性が現れる。
青いスカートに白い上衣。冴える緑色の髪には蛇とカエルの髪飾りを付けている。手には博麗の巫女とはまた違ったお祓い棒が握られている。
「向こうの奴らと戦ってたのって、あなたたちだったんですね!」
東風谷早苗だ。見ているだけで冷や汗が溢れてくる雰囲気を纏っている様子から、あちら側ではなくこの世界の人物であるようだ。
「様子を見るに、やられちゃったみたいですね~!」
血の染みのついたお祓い棒をチラつかせ、嬉しそうに、楽しそうにイカれた巫女ははしゃいでいる。
「用がないなら…放っておいてくれ…!」
私はこの巫女から早く逃げなければならないと、本能が言っている。そそくさと逃げ出そうとするが、早苗は目の前に立って言った。
「本当の目的じゃあないですが、用ならありますよ?ここに」
狂気の炎が瞳の奥で燃え盛る。私は映姫を抱えるためにしまっておいた鎌を取り出して、巫女を切りつけた。
首を掻き切るのに十分な速度のあった鎌は、彼女に近づいた途端に失速し、肌を切り裂くこともなく止まってしまった。
「残念でした~!」
私の抱えていた映姫の背中を掴むと、彼女によって無理やり引き離されてしまう。掴み直そうとしても、すでに彼女の体は遠くへと移動しており、受け身を取ることもなく木に頭部をぶつけると、そのまま地面に倒れ込んだ。
ぶつかった衝撃で、骨が折れるような嫌な音が響いたのは、気のせいではないだろう。
「映姫…!!」
彼女を助けなければならないという思いだけが先走り、倒れ込んだ体を起こそうとした時、地面に付いた手を巫女が履いている靴に踏みしめられた。
「ぐっ…!?」
「貴方は、自分の心配をしたら?」
彼女に肩を蹴られると、仰向けになっていた私はひっくり返って上向けに倒れてしまう。すぐに起き上がろうとするが、その時には巫女が私の胸の上に腰を下ろしている。
鎌をもう一度彼女の顔へ振り下ろしてもダメージを与えられず、それを持っていた右腕の関節を逆側へへし折られた。
「ああああああああああああああああっ!?」
森の中に私の絶叫がこだました。その声を耳で楽しんだ巫女は、抵抗できない私に振り下ろす形でお祓い棒を掲げた。
「や……やめ……!」
私が言い終わる前に、巫女はお祓い棒を振り下ろした。頬に叩き込まれた得物によって、頬骨が砕けて肉が叩き潰された。
「がっ…あっ…いぎっ…!」
殴られる度に口から悲鳴が漏れた。意識が遠のき始め、折られなかった腕で防御態勢に入ることもできなくなってしまう。
薙ぎ払われるお祓い棒の攻撃に、顔が傾いて遠くに倒れている映姫が視界に入った。痛みを感じなくなり、霞始めた視界の中で映る彼女の姿がいびつに歪んで見えた。
ぐらりと傾いている彼女の首が、不自然に捩じれて折れ曲がっている。木に叩きつけられた衝撃で、首が折れてしまったのだ。
「そん……な……」
少しでも彼女に近づこうと手を伸ばすが、その腕も半ばからへし折られた。通常ならあり得ない角度にねじれた腕をを必死に動かそうとするが、動かすことが出来なかった。
私の胸の上に乗っている巫女を見上げると、三日月状に裂けた口と笑って細まっている目がとても印象的だった。
「さて、メインの前に…前菜で体を温めておくとしましょうか!」
短い悲鳴が断続的に響いていたが、それも次第にか細く消えていき、最後には心底楽しそうな女性の乾いた笑い声だけが空気を揺らした。
木偶人形のように、転がっている二つの死体には興味が無くなった。途中から何もしゃべらなくなり、つまらなくなってしまったのだ。それでも準備運動にはもってこいだった。
血と脂で不衛生なことこの上ない得物を握ったまま、火照った体を日差しの下にさらした。
彼女の視線の先には、荒廃した荒野とほとんどの建物が崩れてしまっている街だった。
次の投稿は9/14の予定ですが、遅れる可能性が高いです。