それでもええで!
という方は第百九話をお楽しみください!!
何かありましたら、ご気軽にどうぞ
紫がいなくなったことで、異次元アリスとサシで戦うことになった。反撃する暇がないほどに彼女の攻撃が激しすぎる。
一応は刀を作り出してはいるが、受け身に使う暇すらない。常に動き続けていないと、魔力の細い糸でつながれている人形たちに囲まれてしまう。
剣や槍だけでなく、人間の肉体を切断するのに使えそうな肉切り包丁が頬をかすめる。ヒヤリと背中に冷たい物が走る。刃先は皮下組織までは達しておらず、薄皮一枚が切れた程度だ。
通常の包丁よりも峰から刃先までが長めの刃物が通り過ぎた後は、頭部を串刺しにしようと、数体の上海人形が得物を逆手に持って、上空から振り下ろしてくる。
薙刀のように、長い棒の先に刃が付いているタイプの槍は、他の刀と違って先だけが金属でできている。
ドンっと私のいた位置をかすめ、地面に刃の根元まで突き刺さるが、思ったよりも素早い動きで地面から得物を引き抜いて、次の攻撃に備えている。
いくら動きながらであっても、限度がある。早急に奴らの数を減らさなければならない。そうでなければ本体にも近づくことは許されない。
右手先に魔力を溜め、それをレーザーへと変換した。胸のど真ん中を刺突してくる上海人形の槍を、咲夜の記憶から貰った技術を借りて受け流した。
上海人形らが装備している槍は、人形のサイズに合わせられているため、人間が使う物よりも若干短めで、刃部分はせいぜい十数センチしかない。少し手を伸ばせば触れても切れることのない柄部分があり、そこを横から殴りつけた。
人形は魔力で浮かせられているせいで、踏ん張りがきいていない。あっさりと得物の軌道を変え、体の横を通り過ぎて行く。
そのまま見逃すつもりもなく、身の丈が三十センチか四十センチしかない人形の頭を掴み、抵抗される前に右手のレーザーで背中に接続されている魔力の糸を焼き切った。
これさえ切ってしまえば、異次元アリスが再接続しない限りこいつらは無害となる。理由としてはその場の状況に合わせ、魔力の糸を介して様々な性質を組み合わせた命令が逐一下されているからだ。
人形自身には耐久性能が上がる性質が組み込まれているが、行動に対するものは無い。糸を切った途端に、ぐったりと死人のように全身から力が抜けている。
後方から大きく前方方向に進もうとする魔力が感じられた。魔力によって得物を持っている腕を上げさせられ、剣を持っている人形の身長よりも長い刃渡りのある武器が振り下ろされた。
ぐったりとしている人形を、その場に捨てると同時に手から槍を奪い取り、耐久性能を魔力で向上させて振り下ろされた刀を受け止めた。
うまく刃同士で受け止めることが出来ず、円状に切り出された槍の持ち手に刃先がめり込んだ。
身体強化はもう済ませてある。私は靴を持ち上げて足元で倒れている可愛らしい人形を踏み潰す。
強化されているとは言え、流石の人形でも耐えられなかったらしく、潰れた頭や胴体からは綿が溢れ出す。
人形の中にはかなり綿を詰め込んでいたようで、踏まれた衝撃で覆っている布にほころびができると、そこから内部の綿が我先に飛びだしたのだろう。
一体倒した位では安堵することはできない。十体以上の上海人形がまだ待ち構えているのだ。
鍔迫り合いとなっているが、いつの間にか持ち手の半分ほど、上海人形は刃先を切り込ませている。
他の上海人形から追撃が来る前に槍をバトンのように回転させて、人形が加えている力の方向を分散させた。
剣が槍の持ち手に刺さったまま回転させたことで、手や腕の角度が変わって上手く力を伝えられなくなり、槍を切断されることは無い。
異次元アリスは直接刀を握っているわけではない。状況を見て即時の対応はできないことは無いだろうが、小手先のちょっとした力の加減は、操っている人形が多い分だけ難しいだろう。
それに、糸を介しても人形までの伝達にはほんの僅かなラグがある。単純な切りかかるだったり刺すなどには強いかもしれないが、当たらずに受け止められた際にあるこうした状況で、力のかけ具合などの細かな部分に弱い様だ。
今と同じ状態へ戦いを持っていければ、直接得物を持っているこちら側が有利だ。しかし、相手もバカではない。
だから、そう言った対策に数を増やしているのだろう。切りかかってきていた上海人形を押し返し、わき見も振らずに横に飛びのいた。
一足遅かったようだ。横に移動したことで、後方から襲いかかって来た上海人形たちの刀や槍は、致命傷となる部位に当たることは無かった。
だが、右肩に後ろから直撃した槍が鎖骨を砕いて突き破り、切先が皮膚から飛び出した。
「ぐっ…!?」
私の動こうとする方向に対して、得物を握っている上海人形が回り込む形で魔力を使って移動しようとすることで、思うように動くことが出来ない。
しかし、周りを囲もうとしている上海人形たちから急いで逃げなければ、その多種多様の武器でズタズタに切り裂かれるだろう。
敵のいない方向に逃げようとするが、手薄な場所というのも罠な気がしてならない。上海人形に含まれている魔力の性質を読もうにも、数が多すぎて正確に読むことが出来ない。
動きつつも右肩に刺さっている槍を引き抜こうとするが、突発的に張り巡らせていた意識外から攻撃を受けた。
「あぐっ!?」
右足の膝の裏と、左足の脹脛に激痛が走る。片側は皮膚を貫いて肉を引き裂く感覚が伝わって来る。金属が創傷面を滑る感触は、そこを見なくても刺されたことがわかる。
力めばさらに痛みを招くと体は知っているのか、私の意識に逆らって自然と足から力が抜けてしまう。
膝をついた私は上海人形の逃げ出したいが、足に力を入れても立ち上がれない。顔を傾けて足を見ると、先が三股に分かれた三叉槍が貫いている。
関節部を狙われたため、足を動かすことが出来ないのは当たり前だろう。脹脛には小型のハンマーをを叩きつけられたようで、握り拳台の大きさに皮膚が青く変色していく。
「ようやく捕まえられた。さて、できるだけ苦しんでから死んでもらいましょうか?」
肩に突き刺さっている槍を握っている上海人形が、得物を押し込み私のことを地面へ縫うい付けた。
私の真上に上海人形たちが集まり、各々の武器を掲げた。仰向けで肩越しに振り返る視界には、真上に見えている草木に隠れ気味の太陽の光に、得物の刃が反射して輝いている。
異次元アリスが指から伸びている魔力の糸を通して、上海人形たちに得物を振り下ろすように命令を下した。
すぐに私が死なないようにするための配慮か、顔や胸など刺されば致命傷になりえる部分に刀や槍は突き立てられていない。
「がっ…くふっ…!?」
体の至る場所に切り込まれる痛みによって、意識が途切れかけた。切られ、刺突された傷口から流れ出た血液がボロボロの服を濡らしていく。
先の戦闘の分もあるが、呼吸するたびに濃い血の匂いが鼻に付く。内臓を傷つけられたことで、段々と口の中にまで血の味が広がっていく。
周りの糸から、上海人形の腕部を持ち上げる性質を持つ魔力が流れ込むと、それに従って得物を持ち上げ、体から引き抜いた。
「あぐっ…っづあっ…!?」
血と脂で表面が薄汚れている得物を握ったまま、操っている脳とも言える司令塔の傍へと戻っていく。
「さぁて、次はどうしようか」
血まみれで倒れている私を見ているのは気分がいいのか、異次元アリスはすらりと長い指で口元を隠してクスクスと笑う。
腹立たしいが、足の治療を済ませなければ本当に動くことが出来ない。今のうちに両足へ魔力を集中させた。
三叉槍で貫かれた方は筋肉と骨を一部貫いてはいるが、魔力で修復するのには対して時間はかからない。
それに対して左足のひざ下から、足首まで並んで伸びている腓骨と脛骨が粉々に砕けてしまっているようだ。
切断された物を修復するのは簡単だろう。図画工作のように、切った物をボンドかノリでくっ付ければいいだけなのだから。
しかし、砕けたとなれば話は別だ。切られた一か所をくっ付けるのとは、わけが違う。断面の数が段違いに多くなり、そこを魔力で少しずつパーツの形に合わせて組んで行かなければならない。
魔力を集中的に送り付けても、修復が一向に進んでくれないのはそう言うことだ。体内でパズルを解いている最中なのだから。
これでは、脛の辺りから下を切断した方が再生が速そうではある。もしそれをやるとすれば、最終手段だ。
「くっ……つっ……」
「私もすぐに殺してしまってはつまらないし、私と同じ目に合わせてあげるわ」
「同じ目って……私はお前に何かしたのか?」
時間稼ぎをするのが目的で、私のいる方向へ上海人形が突撃するように、性質を組み込もうとしていた異次元アリスに尋ねた。
「何かって…忘れたのかしら?十年前の戦いに私も参加してたのよ?」
「さあね、お前らのおかげで…十年前のことがトラウマになって忘れちまったんだぜ」
そうなると、彼女の行動が解せない。十年前に狙っていたくせに、なぜ今になって力とやらを求めなくなったのか。
「なら私がその頭蓋を開いて、脳味噌を調べてあげようか…?」
こいつなら、やりかねない。心底そう思えるほど、異次元アリスの表情は試したくて仕方なさそうだ。
これだけ時間を稼いだが、骨の修復は三分の一程度だ。
「いや、遠慮しておくぜ。だが、解せねえぜ……十年前の戦いに参加していたくせに、なぜ今は力を求めようとはしないんだ?」
上海人形たちに刺突された数々の傷は修復を後回しにしており、理由を聞く間に上体を持ち上げようとしていたが、それだけで体中が激痛を訴える。
「うぐっ……」
「そんなの聞くまででもないでしょう。単純に、力と言うのが私の求めていたものとは違う物だった。ただそれだけ」
「お前は……皆が求めている力っていうのが、どんなものか知っているのか?」
「さあね。正確にどんなものなのかは知らないけど、それ自体を持っているあなたがわからないとは驚きね」
彼女たちの言っている力というのがどういったものなのか、前々から疑問があった。それは本当に私が力というのを所持しているのか否かということだ。
言っている意味がよくわからないだろうが、自分が知らないだけで、力を持っていたとしよう。それを異次元霊夢達が奪おうとしているのか。それとも、
私は単なる鍵で、それを鍵穴に合わせて扉を開く。その先にある力のことを言っているのかどうかがわからない。
まあ、どちらであろうと彼女達からすれば、私が力を持っているように見えるだろうから関係ない話だ。
だが、これまでの経験や話を聞くと、まだどちらとも判断が付かない。人間ではありえない腕の再生などを見ると、圧倒的に自分に力が雇っているタイプだろう。
しかし、異次元鈴仙の話を聞くと、異次元霊夢達は十年前に村人たちを使って何かをしていたそうだ。そこで私が鍵として使われた可能性もなくは無いのだ。
その後に起こった爆発というのも、その扉を開けた反動である。とか。
「ああ、その通りだぜ…私でも驚きだよ」
そして、私が鍵であるという考えが自分の中では有力なのだが、その理由は、自分が力を所持しているのであれば、なぜその力を使うことが出来ないのかという疑問に陥るからだ。
だから、私の予想では、彼女たちの言っている力というのは、私自身に宿っているわけではなく、その先にある物だろう。
時間をここまで稼いできたが、未だに骨の修復は終わっていない。
骨を砕かれた左足は、こちらからからではまっすぐに見えるが、地面に移っている影の具合や足の感覚的に不自然な部分で曲がっているようだ。
それでも治ってきてはいるようで、魔力で治し始めた頃よりは痛みで無くなっていた足の感覚も戻って来た。
「貴方の時間稼ぎには乗ってあげたし、とりあえずはその喧しい口を閉じて貰おうかしら?」
異次元アリスが半分以上の上海人形へ前方に進む性質と、持っている得物を持っている腕周辺に振り下ろさせる性質を持った魔力を命令として与えた。
それらが上海人形へ送り込まれると、止まっていた時とは比べ物にならないほど俊敏に動き出し、水を得た魚を思わせる。
ここまで骨の修復が終わっているのであれば、足を切り落とすよりも治し続けた方が速い。
だが、骨を治癒させるよりも、上海人形たちの方が速い。私はまだ修復が及んでいない部分にある治療に使われていた魔力を、骨として体を支える性質へ変換した。
それによって魔力が骨の代役となり、私は上海人形が接近しきる前に、体の節々が痛むのを無視して立ち上がった。
相手に奇襲をかけれるタイミングとしては、絶好のチャンスだ。先ほどまでは短い命令をそれぞれの人形に逐一下していた。
しかし、今回は私の行動を封じたと、切るまでの過程全てを命令として与えている。つまるところ言えば、これは事前に用意していたスペルカードと同じ状態なのだ。
ほとんどの場合、相手が動いていることが前提だったり、相手を追尾する物もあるが、その瞬間の状況に合わせて放つことが出来ないという点では同じだ。
私を切り刻むはずだった上海人形たちの横を通り過ぎる。予想通り、どれもこちらへ向かって得物を振り下ろして来ようとする素振りすら見せない。
そのうちの一体が握っている剣を掲げていた腕ごともぎ取り、人形の波をすり抜けた。後方では地面を掘り返す金属音が聞こえてくる。
地中に石ころでもあったのか、その音はやや甲高い。
腕を放り捨て、成人男性が振るのには小さく、軽すぎるだろう剣を握り込む。
上海人形が自身の身の丈に合わないサイズの剣を持っていてくれたおかげで、私にとっては使いやすいサイズだ。
「せええいっ!」
背中から後方へ、魔力を放出して強力な加速を味方に付ける。完全に油断していた異次元アリスは、自分の周りを囲っている数体の上海人形へ命令を下しきれていない。
進行方向上にいる上海人形の首を剣で刎ねた。リアルな作りの頭は無表情のまま宙を舞う。
異次元アリスまであと五メートルといったところだが、糸を伝って行く魔力の性質的に、少し時間が足りなさそうだ。
わずか数センチだけ打ち上がった上海人形の頭を掴み取り、それらの中央に立っている人形遣いへ投げつけた。
身体強化に加えて上海人形自体にも、弾丸の速度の性質を含ませておいた。指先から頭が離れた途端、頭部が消え去った。
これまでも、これからも人間の手で投擲された物体で、これの速度を超えることが出来る瞬間は来ないだろう。
頭部は球状ではあるが、髪の毛や顔の造形、首元から飛び出してきている綿によって、標的に着くまでに空気の抵抗がかかって失速した。
彼女の腹部へ直撃する寸前には、目の端で追えるかどうかといった速度となっていたが、それでもかなりの速度だと窺える。
通常の弾丸が十数グラムであれだけの威力を発揮する。面積の小ささからもあるだろうが、その何百倍もの重量がそれよりも遅い速度でぶつかったとしても、同程度の威力は見込めるはずだ。
異次元アリスの腹部へめり込んだ上海人形は、頭部は潰れ、耐久性能を上回る潰れた際に発生した圧力によって、粉々にはじけ飛んだ。
速度が速すぎてこちらからは、空中でただ弾けたようにしか見えなかったが、期待していた通りのダメージを与えることができた。
「あぐっ…!?」
腹部を衝撃が走り、彼女の意志とは関係なく腹部から体ががっくりと折れ曲がる。体が傾いたことで視界が下を向き、私の次の行動を見て上海人形たちへ正確に命令を下すことが出来なくなった。
五メートルなんて距離はほんの数秒で詰めることが出来る。だが、不可解なのは人形の頭部を当てた時、人間の肉体に当たった音がしなかったのだ。
走り出したときに方向から聞こえて来た音と同じ、無機質な金属音が彼女の腹部から高鳴る。
こいつ、鉄板を仕込んでやがる。上海人形の配置から、彼女の頭を落とすことは難しそうだ。
ここは人形たちを操る糸を出している腕を狙うとしよう。近づいている私の足音から方向などを割り出したのか、私の進行方向上に移動して邪魔をしようとする二体の人形を叩き切った。
一体は頭頂部から股まで一直線に切断し、もう一体は頭部と腹部を横に二度薙ぎ払ってやった。
この程度の障害であれば、彼女が立ち直るまでの時間稼ぎにもなりはしない。壊れた人形が地面に落ちるのも待たず、体で押しのけてどかし、私は持っていた刀を大振りに振り下ろした。
魔力の糸で私の体をズタズタに切り裂こうとしたのか、右腕を持ち上げた。私からすればそれは腕を落としやすくするだけなのだが、こちらの狙いが腕とは思っていないが故だろう。
誰だってこれだけの隙を晒していれば、頭部などの急所を狙うと思うはずだ。ただ間違っていけないのは、頭部を狙う前段階として私は腕を狙った。
皮膚や肉を、硬い骨ごと切断し、二の腕から右腕を体から引き離した。身体強化の性質は感じるため、強化はしているはずだが思った以上にあっさりと切り落とせた。
魔力の供給がストップしたことで、右手から糸状に伸びる性質を持った魔力は崩壊し、それにつながっていた人形たちがボトボトと地面へ落下する。
頭を切るのに邪魔だった上海人形は左手の支配下にあったのか、右手を落としても浮遊する力が失われることは無い。
何か余計なことをされる前に、異次元アリスのことを横へ蹴り飛ばした。彼女の体がやたらと軽く感じたが、細身であるためだろう。
頭部を投げつけられた衝撃からも完璧に立ち直れていない異次元アリスは、防御態勢を取ることも、受け身を取ることもままならずに地面へ倒れ込んだ。
ここまでやれば、狙えないもくそもない。頭を貫くだけだ。間髪入れずに奴へ走り寄り、逆手に持ち替えた刀を異次元アリスの頭部に向けて振り下ろした。
彼女の片目を切先が貫くと、中身が障害になることなく切り進んだ。嫌な感触が剣を伝って柄を握っている私の手に伝わって来る。
「くっ……」
その感覚にゾクリと背中や腕に悪寒が走る。握っている刀を、途中で放り投げだしたくなった。
私は異次元霊夢を殺すと決めたはずだ。その過程で出てくる奴らも同じようにしていくと決めたはずだ。なのに、誰かを刺し殺しただけで、吐きそうだ。
今まではほとんど磁力やレーザーなどの弾幕で殺していた。直接的な死因が私であったとしても遠距離ばかりで、得物を持って手を下したのは今回が初めてだ。
殺害意識が低下していたようだ。吐き気が込み上げ、握っている手が小刻みに揺れている。このままこれを続ければ胃の内容物を吐き出してしまうだろうが、いつかは乗り越えなければならない壁である。
歯を食いしばり、吐き気を押しとどめてねじ伏せた。震える腕の力だけでは、これ以上は押し込めない。身体を傾けて全体重を柄にかけた。
更に中身を切り進んで進み、後頭部の硬い頭蓋骨を砕いて貫通させた。刀の先が地面を掘り返す金属音が鳴り渡る。
異次元アリスは何かを言おうとしていたが、頭部を貫かれたことで絶命したのか、持ち上げようとした手が力なく地面に落ちた。
その音が、彼女を自分の手で直接殺したのだと誇張する。何かを食べなくてよかった。そうでなければ、今ここで吐き出している。
それでも、目標に向けて進むことはできた。後は、死体を積み重ねていくだけだ。
「……」
ずっと目を反らしていた事実にようやく向き直った。散々殺しておいて今更な気もするが、その重みがどれほどの物なのか、身をもって知ることが出来た。
一生降ろすことのできない十字架の重みは、これから先更に背負うことになると思うだけで足がすくんだ。
呼吸が乱れ、握っている刀が無ければ座り込むか、倒れ込んでいるところだ。罪、という意識に苛まれ、私は座り込んでしまいそうになった。
人間の精神とは弱い物だと再度実感した。これまでに何度も覚悟を決めたはずなのに、その局面がやって来る度に、心を根元からへし折られそうだ。
これからの戦いでは、迷いが本当に命取りになるだろう。その迷いを減らすためには、これは必要なことなのだ。
例え、霊夢と一緒に居ることが出来なくなったとしても、私は、この壁を乗り越えなければならない。
「……」
乱れた呼吸が徐々に落ち着きを取り戻してきた。森の中で日陰だというのに、額には玉の汗が浮かんでいる。
滲んで伝い落ちそうになっていた冷や汗を、二の腕辺りの袖で額の汗を拭い取る。落ち着いたところで、剣を支えにしていたままだったのを思い出した。
異次元アリスの頭部に刺さったままの刀を引き抜こうとした時、猛烈な勢いで違和感が脳の中で主張を始めた。
眼球から視神経を通って送られてきた、光の像にある違和感を解こうと脳が働いた。
数秒と待たずに結論が出されが、再度に渡って眼球とつながる視神経を伝って、結論の方が一足先にやって来た。
血液の全く湧き出ていない頭部に突き刺さった刀を、死んで動かなくなったはずの異次元アリスの左手が掴んだ。
「………」
魂が抜けたように虚ろな瞳が虚空を見つめている。椅子に座った彼女は、生気の感じられない表情で背もたれに寄りかかっている。
呼吸もひどく浅く、今にも死んでしまいそうだ。その姿たるや勇ましく戦っている時とは雲泥の差だ。
呼吸が弱くなっている影響で、彼女の唇は薄く青色に変色している。肌も末梢に行くにしたがって土気色が強まっていく。チアノーゼという酸欠状態だ。
ただ座っているだけとはいえ、注意して見なければ呼吸しているかもわからない。そんな状態では体全体の細胞に酸素を行きわたらせることが出来ないらしい。
膝に置いていた手も、今ではだらりと地面に向かって肩から垂れ下がっている。半開きの口からは口内に溜まっていた唾液が一滴口の端から零れた。
どこかを見つめる虚ろな瞳に、自分の顔や体が映し出される。体で反射した光は彼女の瞳に入っているはずだから、見えているはずだ。
だが、今の彼女は目に入って来る像を、特定の誰かと認識することが出来ない。こんな状態でも生きているというのだから驚きだ。
中には目を開けたまま寝てしまう人もいるらしいが、彼女は寝ているわけではない。死人同然ではあるが、これでも起きている。
ここにいる彼女の首を落とせば、ライバルが一人減るのだが、情報は彼女が握っている。ここで殺したとしても、一文の得にもならない。
彼女の瞳を覗き込んでいたが、起きそうもなく時間の無駄だ。また後で来るとしよう。踵を返して部屋を出ようとするが、垂れ下がった手が小さく揺れたかと思うと、生気のない瞳に光が宿る。
「…っ……」
口を閉じて溜まっていた唾液を嚥下し、袖で垂れた唾液をふき取った。息を大きく吸い込んで深呼吸すると、時間の経過で肌から土気色が消えていく。
「それでぇ?人の顔をのぞき込んだりして何かしらぁ?」
息を整えた巫女は、目の前に立っていた私を睨みつけた。当初から比べると口調もだいぶ変わった。最近はよくそう思う。
「予定通り、向こう側の霊夢達のところへ早苗を送りましたが、わざわざ殺させる理由は何ですか」
「見てればそのうち分かるわぁ」
「そろそろこちらにも、情報をくださってもいいのではないですか?」
またそうやってはぐらかそうとする博麗の巫女に、苛立ちを感じる。少しでも目的がわかれば、裏切るタイミングが測りやすいというのに。
「嫌よぉ」
それをわかっている彼女は、情報を絶対にこちらへは漏らすことは無いだろう。
「っち」
私は露骨に舌打ちをして、部屋から出て行こうとするが、その前に椅子に座ったまま休んでいる彼女へ言った。
「だいぶ、タイムリミットが近づいているようですね」
はぁ、っと小さなため息に似た吐息が漏れる。前髪に隠れて見えずらい古傷を、座ったまま指先でなぞる。
「それはぁ、貴方もよねぇ…?」
「………。ええ、そうですね」
私はそれだけ言い残して部屋を後にした。薄暗い廊下を歩きながら、自分の手に目を落とした。
そうなったのは、貴様らのせいだろう。力を手に入れたら、真っ先に殺してやる。
酒が切れた中毒者のように、小刻みに震える頼りない手を、私は強く握った。
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