東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十話をお楽しみください!



申し訳ございません。やたら長くなってしまいました。

二度に分けて投稿するのも考えましたが、なんだかいびつな感じになってしまったのでやむなく一話に納めました。


東方繋華傷 第百十話 潰殺

 どうなっているのか、説明してほしい。私は確かに剣で異次元アリスの頭部を貫いたはずだ。

 地中にある小石などに金属がぶつかる音も聞こえたし、頭蓋骨を貫いたときの抵抗感もあった。

 彼女は魔女であって人間とはかけ離れた存在ではあるが、どんなに強靭な肉体を持っていたとしても、頭は貫かれれば死ぬはずなのだ。

 それが紫であっても、霊夢であっても、萃香たちの鬼だったとしても、それが揺らぐことは無い。

 例え、生存するのに重要な部分に刀が当たらなかったとしても、納得ができない。それなりに体に異常は出るはずなのに、剣が抜けないように刃を握っている異次元アリスは笑みを浮かべたまま足を持ち上げると、私の腹部を蹴り飛ばした。

 厚底の靴と接触した腹部から、受け流し損ねた衝撃が背中まで駆け抜けた。内臓が大きく揺らされ、組織を障害される。

「がっ……あぁっ…!?」

 体が自然と弛緩してしまい、それは剣を握っている手にも及んだ。体を支えるのに握っていた柄を離してしまい、後方へ蹴り飛ばされた。

 異次元アリスの右腕は切断していたため、そちら側の支配下に置かれていた上海人形は地面へ落ちている。

 だが、左手の支配下にある上海人形は、未だに異次元アリスの支配下にあり、空中を浮遊している人形へ私は背中を打ち付けた。

 支配下にあると言っても、ただ浮かんでいるだけだった人形たちは、かっ飛ばされてきた私に弾かれ、回転しながら空中を漂うか地面に落ちて行く。

 人形らで蹴られた衝撃を分散出来たおかげで、ぶっ倒れることは無かったが、衝撃がいつまでも体の中を反響していて、痛みが取れない。

「ぐっ……」

 この状況で周りに上海人形がある状況は好ましくない。磁力を操り、近くに転がっていた剣を手元へ呼び寄せた。

 空気中にあるコイルの性質を持たせた魔力に、ぴったりとくっついて離れない剣は、性質を解除すると手にその重量が加わる。

 ずっしりと重い刀の切先を地面に突き立て、身体を腕の力だけで持ち上げた。まともに食らったとは言え、それでも大きなこん棒で殴られたほどではない。

 空中を漂っている人形や、地面に転がっている人形をレーザーで焼き、踏みつぶした。今の優先事項は、人形の数を減らすことだ。

 異次元アリスが起き上がる前に、できるだけ破壊しよう。彼女の戦闘能力は人形の数に大きく依存する。それさえなければ、私のなんちゃって武術でも通用するほど近接戦闘は素人だ。こちらには咲夜たちの知識がある分だけ有利だろう。

 蹴られた腹部を押さえて魔力で回復を図っていると、異次元アリスの倒れている方向から、地面に突き刺さっていた剣を引き抜く音が聞こえてくる。

「…っ」

 頭部に刺した後に湧き出て来た違和感の正体は、血液だ。頭部から剣を引き抜いた彼女は、何事もなく上体を持ち上げて起き上がる。

 切断したはずである右腕の断面からは、血の一滴も流れ出ていない。穴の開いた頭部からは、奥の景色が見えているのだが、ここもやはり血液は溢れていない。

「おまえ……これは…いったい…」

「さあ、何だと思う?」

 異次元アリスは切断された右腕の断面から、線の性質を持つ魔力を引き伸ばし、数メートル先に転がっている右手を拾い上げた。

 今一度、彼女の体を循環している魔力に意識を向けた。全身を強化する魔力に混じって、様々な性質が彼女の体を取り巻いている。

 目には線状の魔力が接続されており、それは体の中心へ向かっている。さらに、切断されている右腕を除いて、全ての手足に線状の魔力が張り巡らせられている。その糸は上海人形に接続されている物と同じだ。

 これは、まるで……

「人形みたいだ……」

「あら、もう気が付いちゃったの?」

 彼女は驚いて目を見開いている。驚いているのはこちらも同じであるが、度合いで言えば私の方がはるかに大きだろう。

 全身を巡っている魔力だが、意識を向ければそれすらにも違和感がある。性質が、肉体を強化するものではないのだ。

 得物を持っている人間がやるような、無機物を強化する感覚に似ている。一部分が肉体を強化する性質を持っているから、それに紛れて注意していなければ見落としていた。

「そう、この子たちが私に操られている操り人形のように、私も私が操る操り人形なのよ」

「自分を…操る…?」

 彼女が言っていることは何となく、分かっている。上海人形を操るのと同じで、自分を操っていると。

 通常ならそれをするメリットなどないが、全身に巡らされている無機物を強化するような魔力から答えがわかった。

「お前の体……もしかして、肉体がないのか?」

 咲夜や妖夢のように、自分の魔力で記憶をコピーし、人形に宿らせているというのは正解ではない。

「ご名答、十年前の爆発に巻き込まれてね。体のほとんどを吹き飛ばされちゃったわけよ」

 彼女の体から血が出ていない理由は、身体のほとんどは人形の腕や足をひっつけて使っているからだ。いわゆる義手や義足と言ったもののようだ。

「それだけじゃない……頭までそっくりそのまま人形を使っているみたいだが?」

「その通り、よくわかったわね。貴方が頭を刺しても私が死ななかったのは、頭にあるはずの器官がないから」

「なるほどな……、卑怯な体だぜ……」

 しかし解せないのは、そこにあったはずの器官はどこに行ったのかという所だ。

「不思議でしょうがないって顔ね。そうなるのも当たり前よね、ここにあったはずの脳は、どこに行ったと思う?」

 彼女はわざと問題形式で私に問いてくるが、答えはもうわかっている。体の奥深く、そこには、肉体を強化する性質を持つ魔力があるのだ。

 いくら体を人形にしたところで、生命活動には肉体が必要不可欠である。十年前の彼女の状態がどうだったのかは知りもしないが、体の重要器官を全て胴体の中に押し込んだのだろう。

 どういう手法を使ったのかは考えたくもないが、デメリットしかないその行為をしなければならない程、彼女は追い詰められていたということだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 彼女の四肢は狙う必要などない。内臓が詰め込まれているであろう胴体を掻っ捌けば、それで彼女は終わりだ。

「さあな」

 私は手に持った剣を握りながら、右腕を体に魔力の糸で結び付けた彼女へ向き直る。再度支配下に置かれた人形と、元から支配下にあった人形は破壊したおかげで合わせて十体もいない。

 近くの地面に突き刺さっていた西洋剣の柄を握り、人形達が突撃を仕掛けてくる前に体勢を整えた。

「興味ないって感じね。まあ、この様子だともうわかっているようだけど……その通り、全てこの中にあるわ」

 彼女は半透明の魔力の糸が出ている親指で、自分の胸の辺りをトントンと叩く。自分の弱点を晒しているはずなのに、ここまで余裕があるとは、こいつはまだ何か隠し玉を持っているようだ。

「それよりもいいのかしら?貴方が破壊した人形たちを良くごらんなさい」

「?」

 彼女を警戒しつつ、地面に横たわっている上海人形に目を配らせると破壊した十数体の内、数体から真っ赤な血が流れ出している。

 一つは上顎から上が完全に破壊されて舌がむき出しになり、後頭部辺りには真っ赤な血で赤色に染まる、皺模様が目立つ小脳が収まっている。舌の付け根には気管の空洞があり、ぴくぴくと痙攣している。

 下顎には真っ白な歯がコの字型に自然な曲線を描いて並び、そこから上が破壊された際に飛び散った肉片がこびりついている。

 二つ目はレーザーに貫かれてぽっかりと空いたから、真っ白な煙が立ち込めている。焦げ臭いにおいが立ち込めているが、その黒ずんだ断面図の焼け方は綿が焦げたというよりも、肉体が焼けた後のようにも見える。

 三つ目は半分に叩き切られた人形の断面から、脳や脊椎、内臓に至るまでが収まっているのが認められ、呼吸を担う横隔膜よりも下にある管状の小腸や大腸が地面にこぼれている。

「自分がこういう状態になれるわけだから、私からすれば人間一人丸ごと使って人形を作ることなんて朝飯前よ。……彼女たちは生きていたし、意識もあったわ……その子たちを、あなたは惨殺したわけだけど、酷いわねー」

 普通の人間の精神なら、ここで崩壊していたことだろう。人形に改造されたとはいえ、生きていた人間を自分の手で殺したことになるのだから。

「…!」

 かくいう私もその一人だったようで、ショックに地面から引き抜いていた西洋剣を地面に落としそうになってしまう。

 自分の両手を覗き込み、膝をついて座り込んでしまった私へ向け、異次元アリスは人形たちを一斉に前進させた。

 精神攻撃に成功したとはいえ、同じ轍を踏むつもりはないのか、人形たちに含まれている性質は進むだけだ。

 目の前に迫り、私を刺す二つ目の性質が送り込まれようとする直前、炎の性質を含む魔力を下から人形たちへ放出した。

 真っ赤な炎が得物を持った人形たちを包み込む。服や髪の毛が焦げ落ちて行き、人間の皮膚が再現されている布も焼けただれて溶けて行く。

 燃えていない正常な状態が前提の命令は、燃焼によって腕などの器官が損傷した状態では意味をなさず、背中につながっている魔力の糸も焼き切れたようだ。

 上げた腕を下ろすこともできず、魔力供給を立たれてさらに半数以上の人形が火だるまになって地面へ落ちて行く。

 炎に包まれなかったとしても、火の粉やその熱量に髪や服に燃え移った物もあり、更に数が減っていく。

 辛うじて生き残った人形たちは、初めに連れていた数の十分の一にまでなっている。残りの三体の処理はそう難しい物ではない。

 高温で息を吸えば気道や肺がやけどを負ってしまう。息を止めて放射される熱から肺を守り、魔力で皮膚を守る。

 炎の周りを周回し、異次元アリスからは死角の方向から、浮遊している一体の上海人形を叩き切った。

 オレンジ色の光に反射する刀身が、浮いている上海人形のわき腹から首までを綺麗に両断する。

 切れ目からは血液が溢れ出してくることは無く、真っ白で複雑に絡み合う繊維状の綿が飛びだした。

 自分の元に引き寄せようとしているらしく、異次元アリスの方へと並んで向かう二体の上海人形の魔力の糸を切断し、片方は踏みつぶしてもう片方は頭を握りつぶした。

 どちらも異次元アリスが人間を改造して作り出した人形ではなかったらしく、布の裂けた部分から大量の綿が弾け出す。

 これで異次元アリスを取り巻く障害をすべて排除できた。魔力を後方へ放出して加速し、一気に突っ走る。

 手元に人形がいなくなったとはいえ、ただ切り殺されるつもりがないのは当たり前で、数本の魔力の糸をしならせて薙ぎ払う。

 糸による切れ味や速度は非常に脅威となるが、爆発したり、途中で軌道が変化するわけではない。

 異次元妖夢の剣戟を見た後では、非常に遅く感じる。いかに彼女が戦闘をしてこなかったということと、どれだけ人形たちに依存しているのかが窺える。

 前方へ向けて炎の性質を含んだ魔力を放出すると、空気の抵抗で大きく膨れ上がり、オレンジ色に視界を大きく塞いでしまう。

 薙ぎ払われる糸のタイミングを見余る可能性が高いが、炎を切り裂いて攻撃がこちらまで突き抜けてくることは無い。

 速度と切れ味にほとんどの性質を含ませ、糸の形状維持には必要最低限しか魔力は使われていない。炎で魔力を削り取り、焼き切ってやれば何の脅威にもならないだろう。これならば、まだ本物の鞭などを使われた方が脅威である。

 崩壊して淡い青色の結晶が炎に紛れて空中に霧散する。魔力の供給をとめて炎を途切れさせたとしても、一度加熱された前方に膨らんでいる空気は中々冷えない。

 全身を魔力の膜で覆い、次の攻撃を準備している異次元アリスへ迂回することなく突っ走る。熱でやけどを負わないよう、瞳と口を閉じて呼吸をおこなわないようにし、髪の毛や服が熱によって融解もしくは発火を起こさなぬよう、強化も忘れずに行った。

 背負っている観楼剣や銀ナイフなどの影響で体が重く感じるが、短距離であれば走り切る時間はそう変わらない。

 熱された空気のある地帯を走り抜け、二度目の攻撃をしようとしている異次元アリスを目で捉える。

 人形たちがいない分、自分の直接戦闘技術を駆使して戦わなければならない彼女は、そう言った術を持っていないのか、馬鹿の一つ覚えのようにまた魔力の糸を指先から延ばしている。

 胸を刺したからといって、異次元アリスが即死するわけではない。心臓を貫いたとしてもしばらくの間は意識がある。その間に邪魔されるのは面倒である。

 脳を貫けば体を操ることはできなくなるが、広い胴体のどこに脳を隠しているのかわかったものではない。私が刺すか、または切った場所に丁度良く脳があることを期待するのは現実性がない。

 二度目の攻撃がなされる前、強化した西洋剣で振りかぶっていた異次元アリスの右腕を切断した。

 手首から先が重力方向に落ち始めると、切断面から魔力の糸が伸び、落ちて行く手を引っ張り上げようとしている。

 それが完了するまでに私の攻撃は二度は当てられるだろう。左手で防御態勢を取っているが、そんなものは無いに等しい。

 柄を握り込み、彼女の胸へ剣を叩き込んだ。空気を切り裂く唸り声は、右から左へと流れて行く。

 左手を切断し、胸元の赤いリボンや、白のフリルと青い洋服をその下にある肉体ごと切り裂いたはずだった。

 赤い火花が散ると、肌の表面を掻き撫でた古びた西洋剣は粉々に砕け散る。

 西洋剣の強化に使われていた魔力は役目を終えて、砕け散ったそれぞれの破片から青い結晶となって散っていく。

「なっ…!?」

 彼女へ向けて人形の頭を投擲した際に金属音がしたため、腹部に鉄板でも仕込んでいると思っていたが、彼女はそんなものを服の中に入れているわけではなかった。

 胴体部分は皮膚の代わりに、それに近い色の鉄板が使用されているようだ。それに、彼女が使っている武器以上の耐久性能を備えている。

 私は呆気にとられ、反応が遅れてしまった。砕けた西洋剣を捨ててすぐに飛びのくべきだったが、彼女はそのうちに右腕の接合を済ませたらしく、そこから伸びて来た魔力の糸にからめとられ、振り回された。

 切断させることよりも、絡めとった状態を維持したいらしく、耐久性能が大幅に強化された糸は簡単には切れる様子はない。

 身体強化した異次元アリスによってさながら、メリーゴーランドにでも乗ったように景色が二転三転する。

 遠心力で糸が結ばれている右腕に負荷がかかる。魔力で強化していなければ脱臼するか、下手をすれば肩から千切れていただろう。

 五回か六回振り回されたことで、大体の方向を掴むことはできた。それに抗おうと魔力調節をしようとした矢先、力の加わり方に変化が起こる。

 上にいきなり引っ張られた体は、どう対処するかを脳が算出する前に弧を描いて頭から地面へ落下した。

「がふっ!?」

 受け身も取れずに無様に地面へ落下した私は、母なる大地の猛烈な抱擁を受ける。埋まらず、首の骨が折れなかったことが奇跡といえるが、どちらにしろ滅茶苦茶な激痛を上半身で受け止めているわけだから、止まれた安堵など微塵もない。

 糸が結ばれている右手首から先は色が土気色へ変色し、きつく縛られている部分も赤い痣が目立つ。

 柄とほんの少しの刃しか残っていない、手放すのを忘れていた西洋剣で糸を切断しようとするが、それをさせずと異次元アリスは数メートルある糸を薙ぎ払った。

 このまま振り回され続けるのは体力が持たない。私は糸が結ばれている右手の強化を解いた。今までは耐久性能が向上していたことで、皮膚下に抉り込むことは無かったのだが、それが無くなれば肉体の圧迫は加速し、ぐしゃりと組織は潰れる。

 皮下組織が潰されると、強化されたとしても耐久性能は大幅に低下し、腕を縛っていた糸は肉を切り進んで骨にまで到達した。

「うぐっ!?」

 切れ味に魔力は割り振られてはいないが、全体重がかかった状態で振り回されれば耐久性能以上の力が集中的に加わり、骨すらも砕ける。

 筋肉や骨などの体をつなげていた組織を破壊されたことで、円を描く軌道を外れて吹き飛び、横たわっているコケまみれの木へ叩きつけられた。

 中身が腐りきっていなかったおかげで、破壊してさらに後ろに飛んでいくことは無かったが、息が詰まって意識が遠のきかけるのには十分な衝撃だ。

 意識は途切れることは無いがそれなりの痛みを伴い、うなだれている私に向けて異次元アリスはくすくすと笑い声を漏らす。

 切断された右手首の切断面から血液が噴き出し、飛び散って緑色のコケを赤く染める。露出しているピンク色の肉体と、表面を赤色に濡らしている不透明な白色の骨を見下ろした。

 静脈よりも深い位置にある動脈から、ドロドロと血液が漏れている。そのまま地面に落ちるか肌を伝って肘から垂れて行くが、今までの出血に貧血でも起こしかけているのか体がだるい。

 多少なりとも血は見慣れているから失神等はならないが、気分のいいものでもない。右手の再生を行うため、魔力を集中的に送り込むと目に見えて肉体の再生が始まる。

 数分程度で元に戻ることだろう。

 苔で湿っている木の幹を支えに、立ち上がる。逃げている段階で形を変える物質を落としてしまっていたようで、呼び寄せた。

 比較的近くに転がっていた刀が粒子状化し、私の手元に飛んでくると再度刀の形状を取る。この刀で切り付けたところで、さっきの西洋剣以上の効果は期待できない。

 細くて鋭利さもあまりない刀では弾かれるのが関の山だ。だが、この刀に異次元アリスが皮膚としている鉄板を切り裂くことが出来る性質を含ませれば、理論上切断することは可能であろう。

「まるで妖怪ね」

 私の再生している右手を見た異次元アリスはそう漏らした。この頃よく言われる。

「それよりも、人間が使われている個体もあるって言ったのに…容赦ないのね」

 燃え盛って焼け焦げ、崩れ落ちて行く人形を見下ろした異次元アリスは見回して他の人形へ視線を移す。

「ああ、本当ならば考慮していたが、する必要がないからな……だって、偽物だろう?」

 私がそう彼女に言い放つと、ただ驚くのを通り越して驚愕が浮かんでいる。見た目は確かに、血や肉体と全く同じように見える。だが、性質に意識を向けて見れば本物かどうかなど一目瞭然だ。

 色や粘度、香りや水気、質感に至るまでかなり研究されて再現されているようだが、子供だましもいいところだ。

 こんなのにひっかがるのは、人を疑うことをしない純粋な奴だけだろう。魔力に意識を向ければその違いは明らかなのだから。

「よく、わかったわね……まさかバレるとは思っていなかったわ」

 スペルカードを作った時や魔法を作った時と同じで、自分は完璧と思っていてもそうではないことなどよくあることだ。

 笑みを浮かべていた異次元アリスは、珍しく顔を気味悪げに歪ませている。その程度で驚いていることに驚きだ。

「まあいいわ」

 彼女は特に気にすることなくいつもの調子へ戻り、切断された左手を腕に癒着させている。

 距離はだいぶ離れてしまったが、十数メートル程度だ。右手もだいぶ再生が進んでいて、あとは第二関節以降の指先を再生させるだけとなっている。

 左手で刀を構え、姿勢を低くして走り出した。砂をはじき出し、土を捲り上げる。このスピードで走り切ればほんの数秒で彼女の元へとたどり着くというのに、余裕の表情を浮かべたままだ。

 攻撃態勢を取ろうともせず、ただ立ち続けている彼女に違和感を覚えて立ち止まろうとした時、指先から出ている数本の魔力の糸がどこかへと伸びて行っているのが目に入った。

 まだ何かがあると確信した私が靴底を地面へ打ち付け、滑り止めようとした時、上空から木々の枝を折る破壊音と、空気を揺らす僅かな振動を感知した。

 葉っぱと私の腕程ある枝をへし折り、私の身長を優に超え、見上げるほどに巨大な物体が目の前へ落下した。

 高速で落ちてくるそれに目が追い付かず、視線がすれ違いを起こしてしまった。上から下へと視線を戻そうとした私の腹部へ、何かが叩きつけられた。

「があっ!?」

 先ほどまでの上海人形達の攻撃とは比べ物にならない衝撃が駆け抜けた。するとバトル漫画のように、体は運動エネルギーに従って後方へと吹き飛んだ。

 五体満足であるのが不思議なぐらいの衝撃ではあったが、これだけ滞空時間が長ければ立て直すのには時間が多すぎる。魔力で速度を落とし、ゆっくり地面へ着地しようとした。

 だが、間髪入れず異次元アリスの魔力を含む巨大な物体が、右方向からこちらへ迫ってきているのを感じた。前進するその性質は、木や草などの障害物を物ともせずに破壊し、突き進んでいる。

 一メートルか二メートル先にある木を木片の塊に変え、それらを更に押しのけて上空から降って来た物と全く同じ、巨大な上海人形が現れた。

 その両手には二本の大剣が握られており、人間が両手で操る物を軽々と片手で振るい、一度に二度の斬撃を私へ浴びせた。

「かっああああああああああああああっ!?」

 見た目だけではないその力強さに刀はへし折られ、腕や足、腹部へ深い斬創を刻み込む。縦に右腕と右足を切り裂かれ、横に腹部を切られた。腕と足が地面に転がり、腹部を境に上半身と下半身に分かれなかったのは、異次元アリスが細かな操作をしくじってくれたからだろう。

 空中にいる私から適切な距離を取り、その巨体からは早すぎるほどの速度で片足を上げると、胸を蹴り飛ばされた。

 切り傷をつけられた手足はその蹴りで千切れることは無かったが、止まらない体は地面をバウンドするごとに乾いた土に血痕を残す。

「ごぽっ…!」

 十数秒ほど地面を滑走した後、血液の線を描いて体は停止した。腹部を蝕む激痛は叫ぶことすらもできない程で、呼吸すらもままならないが、酸欠で意識を失わないように一心不乱に酸素を求めた。

 呼吸を本当にしているのか怪しくなるほどに息が詰まる。このまま窒息死してしまうと錯覚するほどに、息を吸っても苦しさが消えない。

「~~~~~~っ……!!」

 あらゆる激痛が重なりすぎて、どこに痛みが生じているのかすらもわからなくなってきた。

 いつの間にか口の中に血が溜まっていたのか、口を開くとドバっと赤黒い血が排出された。その赤い花は飛沫を上げて服を汚す。

 ぶら下がっている腕と足を魔力で体にひっつかせ、血に塗れている地面に手を付いて持ち上げようとすると、切り傷のある腹部から真っ赤な臓物が顔をのぞかせた。

「っ……!」

 両手で腹部を抱え込み、内圧で臓器が体外へ零れ出ないように押さえつける。体を支える両手を腹部に回したことで支えが無くなり、血の池へ頭から突っ込んだ。

 バシャりとまた血が跳ねて服や肌、髪の毛を汚すがそんなことを気にしている余裕は、今の私にはない。

 異次元アリスの視線を一時的に切れたとはいえ、そんなものはそう長くは持たない。早く次の行動に移らないといけない段階に来ているというのに、血と酸素に溺れている私は体を起こすこともままならない。

「あらあら、無様ね」

 大きな笑い声が聞こえた。瞳だけその方向を向けると、私を蹴り飛ばした巨大な上海人形がいる位置に異次元アリスが佇んでいる。

 私よりも頭一つ分身長が高い彼女ですら人形の胸の位置に届いていない。そこから人形の大きさが窺える。

 小さい人形には幼さが見られたが、巨大な人形はそれよりも凛々しさが押し出されている。

 私の血液で濡れている二本の大剣を携えたまま、巨大な上海人形は異次元アリスに歩幅を合わせてこちらに近寄って来る。

 距離としては二十メートルは離れているが、この激痛が無くなるまでには足りない距離だ。

 腕と足同様、腹部の傷も組織がごっそり無くなったわけではないから、再生自体はすぐに終わった。だが、腕や足にはない内臓が飛びだしかけたことで、きちんと治癒としてもまた零れだしてきそうで、中々手を離すことが出来なかった。

 切られた部分をゆっくりと覗き込むと薄っすらと傷はあるが、斬創部には服が切れた痕跡しか残っておらず、臓器が出てくることはなくなった安心から、私は一息ついた。

 体中に残っている痛みはまだまだ消えない。それでも敵が接近しているのを考慮すれば、立ち上がらないわけにはいかない。

 口元や顔に跳ねた血を服の裾で拭いつつ、血で滑る靴を踏みしめてゆっくりと立ち上がった。

 異次元アリスが連れている大きな上海人形は二体存在しているが、初めに上空から落ちてきた方は大きな槍を下段に構え、いつでも私の体を穿つことが出来る様に刃先がこちらを向いている。

 彼女を左右で挟む形で陣取っている人形たちは強化の性質しか感じられないが、私がおかしな行動を取ればすぐさま反応できるように数本の糸がつながっている。

「だいぶ苦しんでくれたようだけど」

 口元がにやけたままの彼女はそこまで言うと一度言葉を切り、立ち上がった血まみれの私から視線を外し、足元を見た。

 乾ききってはいるが、水捌けの悪い地面に吸収されず、ヌルつく体液が摩擦を軽減して油断すれば転びそうだ。

「私からしたらまだまだ足りないのよね。でも、霊夢達のように下品にいつまでもやるのも私の趣味じゃないのよね」

 この戦いややることに上品な部分など一瞬たりともあっただろうか、私にそんな覚えはないのだがな。

「だから、あなたを生きたまま人形にしてあげるわ……。そんなことできるのかなんて聞かないでよ?ここに私がいることがその証明になるからね」

 思ったよりも彼女の頭のねじは飛んでしまっているようで、なぜそうなると小一時間問いただしたくなるが、黒く濁った瞳からはそれをやり遂げようとする意志しか見えない。

 私のせいでその体になってしまった。だから、それと全く同じことをしてやることが彼女にとっての復讐のようだ。

 破壊され、柄とほんの少しの刃部分しかない刀をその場に捨て、血まみれの拳を彼女へ向けて構えた。

「お前の…玩具になるつもりはないぜ……ここでくたばんな」

 魔力で血液を生産してはいるが、今の出血でだいぶ持っていかれた。中度か強度かわからないが、貧血によって頭へ送られていく酸素量が極端に低下し、少し頭の中がぼんやりする。

 血液だけでなく酸素供給も忘れずに行っていると、異次元アリスが二体の人形を並べてこちらに向かって歩かせる。

 ドスン、ドスンと彼女たちが地面を踏みしめるたびに、重たい足音が空気を伝わって鼓膜が震える。

 大きな巨体は、一メートル弱離れたところで前進する性質が無くなり、肩幅に足を広げたまま動かなくなった。

 得物の射程的に、こちらが走り寄る前に攻撃される可能性が高い。遠距離で何かをする余裕程度はあるだろうが、エネルギー弾ではスピードが遅すぎて、はじけた頃には刃が肉を掻っ捌いているだろう。レーザーもこの巨体を移動させるだけの威力は無い。別の手法を取る必要がある。

 上手く行くかはわからないが、とりあえず私も連中が動いたときの準備をしておくとしよう。

「五体満足で動けていた体に、今のうちに感謝しておきなさいな」

 彼女はそう言うと、糸を介して二体の上海人形へ命令を下す。私から見て右側に立つ二刀使いは片方の大剣を上から振り下ろし、槍持ちは体を貫くために刺突してきている。

 どちらも妖夢と異次元妖夢の剣戟に比べれば遅いぐらいの速度であるが、その大きさや切れ味の悪さから、切られた際の衝撃は観楼剣を大きく上回るだろう。

 速度が遅いと言ったが、どっちみち当たれば私にとっては致命の一撃となる。当たるわけにはいかず、行動を開始する。

 一直線に私の腹部を狙って握る手を伸ばしている槍の方ではなく、右手の大剣を大振りに上から振り下ろしている方に魔力を向ける。

 振り下ろしている大剣にコイルの性質を持たせた。刀自体には異次元アリスの魔力が含まれていてできなかったため、その表面に撒布していた魔力に含ませた。

 それでも電流の性質を持つ魔力を流してやると強力な磁力が発生し、こちらから見て右からは振るう予定の無かったもう一本の大剣が、左からは槍が大剣を挟み撃ちにする。

 真っ赤な火花が散り、それによく似た青色の結晶が弾けると大きく歪んで、ガラスや食器の陶器を壊したときのように亀裂が生じる。

 雷の模様にも見えなくないヒビは、大剣と槍が引き寄せられた部分を中心にして放射状に広がると粉々に砕けた。

 破片の角度によってキラキラと光を反射し、鋼色の小さな花火が咲き誇る。魔力によって槍は引き寄せられているままだ。そのうちにコイルをもう一つ自分の手元へ作り出した。

 形を変える物質を呼び戻す方法もあったが、遠くに落ちている切られた切先等を引き寄せて再生成している時間が惜しい。

 大剣の周りに配置して置いたコイルの性質は、それがバラバラになったことで効果も分散してしまい、槍ともう一本の大剣が拘束から解かれてしまう。

 だが、それをもう一度振るう前に私は人形たちの方へと一気に接近した。飛んできた刃の長さが4、50センチほどの西洋剣はピタリと手のひらの前で停止し、磁力を停止させて握り込んだ。

 ずっしりとその重量が腕に伝わり、疲労した体には少々重たい。刃渡りが一メートルを軽く超える大剣と、私の腕と同じぐらいの大きさがある槍の内側へ侵入した。

 自分の刀の射程に入る前に、槍を持つ上海人形が自分の元に槍を引き寄せられたようだが、その重量ゆえに動きは緩慢だ。

 観楼剣の様な凄まじい切れ味を西洋剣に魔力で持たせ、槍持ちの腹部を横に一閃。下段に構える癖があったのだろう。腹部を切る過程でその途中にあった、伸ばした両腕も一緒に切断した。

 断面からは綿が溢れ、手と下半身を失った上海人形の上半身がこちらに向かってゆっくりと傾いてくる。

 西洋剣を下段に構えて真上へ薙ぎ払ったことで、人形の上半身が真っ二つに分かれ、私に当たることなく両サイドにどさりと落ちる。

 ズシンと落ちたその衝撃による揺れと砂の舞い上がりから、見た目通りの重量があったことがわかる。

 次に横に立っている人形へ目標としてロックオンするが、その間に邪魔をされると面倒だ。人形が大剣を持ち上げたところで、右手に持っていた西洋剣を異次元アリスへと投げつけた。

 彼女は自分の身を守ろうとする意識が働いたのか、上海人形を私と自分の間に滑り込ませたが、既にそこは通り過ぎた後で、回転して飛んでいく剣は異次元アリスの左側の義手と義足を切断した。

 体の支えを失ったことで、彼女の体勢が大きく崩れて地面へ倒れ込むのが上海人形越しに見受けられるが、それでもこちらに攻撃するのを忘れず、人形に前進する性質を与えた。

 私の倍はありそうな靴が、こちらに向かって大きく踏み出した。肩に担ぐ形で持っていた大剣を、命令に従って私の脳天に向かって振り下ろしてきた。

 単調な攻撃しか人形はできないから数をそろえ、その欠点を補っていた。それが一体しかいないのであれば身長や体重差などの不利を除けば、そこまで脅威ではない。

 体を左にずらし、錆びついた大剣が顔の右側を通り過ぎて行くのを視界の端で捉え、私はしゃがみ込んだ。

 身体を強化し、地面に転がっていた巨大な槍を持ち上げる。破壊した人形が落としたものだが、何十キログラムあるかわからない。

 腰や腕、肩に負担がかかり、その重さに踏ん張り切れずに倒れそうになったが、浮力の性質を持たせて何とか担ぎ上げた。

 そのうちに人形も大剣を持ち上げたようで、今度は右から横薙ぎに私の頭を狙ってくる。一体倒されたことで焦りが生じているのか、その攻撃に迷いはない。

 こちらから見て左から薙ぎ払われている大剣にむけ、担ぎ上げていた槍をそちらに向けた。

 柄を握っている指を切断されないように気を付け、大剣の切り込んできている入射角をできるだけ浅くするために傾けた。灰色の刃は柄の表面を削り、私に当たることなく右側へと流れて行った。

 強化に使われていたお互いの魔力は青い結晶となってほとばしり、僅かに周辺を青色に照らし出す。

 遠くから見れば蛍が集まっているようにも見えるだろうが、そんな平和的な生物はおらず、いるのは奪い合いしかすることのできない者だけだ。

 大剣が通り過ぎたのを見計らい、槍を投擲する形で掲げた私は得物に弾丸の性質を組み込ませた。

「くらえっ!!」

 扱いの慣れていない武器に、慣れない重さ。それらが合わさり、単純に突いたり切りかかったところで、自分よりも大きな巨体を吹っ飛ばすことも切断することも難しい。

 そうなるとそれを使って戦い続け、勝利を収めるのは難しくなる。ならば、一撃だけの攻撃にしてやれば私にとっては最も効率の良い戦い方となる。

 上海人形の頭部よりも空気抵抗のかかりにくい形になっている槍は、私が手放すのをトリガーに弾丸の性質を発揮させた。

 体重が六十キロ程度の人間が、時速数十キロメートルの速度で突っ込んだだけで1トンにも及ぶ衝撃力が発生する。数十キロの物体が音速で突っ込めば、計り知れない衝撃力が生み出されるのは火を見るよりも明らかだ。

 私の体重を軽く超える上海人形は、飛ばされた槍の衝撃力に耐えきることが出来ず、後方へと吹き飛んだ。

 人形は異次元アリスが倒れている場所から少し離れた木へ、槍によって縫い付けられた。人形でなければそれだけで死んでいただろう。

 太い幹と地中を張り巡らせられている根による摩擦のおかげで、上海人形はそれよりも後方に飛んでいくことは無かった。

 胸に槍の刃が根元まで突き刺さり、私の身長と同じぐらいありそうな柄がそこから生えているように見える。

 魔力の糸が動きについていけずに千切れたのだろう、機能が停止して人形が動く様子は無い。

 今こそ異次元アリスを叩く絶好のチャンスだというのに足が動かず、その場に膝から崩れ落ちてしまった。

「くっ……」

 異次元妖夢からの連戦に、体が悲鳴を上げているのだ。後方に落ちている形を変える物質にこちらに来るように魔力を与えると、粒子状化し柄が手元に作られた。

 異次元アリスの後方からも切先だった物質がこちらに向かい、柄に群がると五十センチほどの刀身へ姿を変えた。

 それを逆手に持ち替え、地面に突きさした。ザクリと地面に切れ目を入れる音がする。対して切れ味の高くない刀は、数センチ潜り込んだだけでそれ以上進むことは無くなり、それを支えにして立ち上がった。

 それだけの時間があれば、異次元アリスの立て直せるわけで、義足と義手は魔力の糸によってすでにつなぎ止められている。

 指先から伸びる魔力の糸が人形へ接続されると、その巨体を彼女の魔力が覆い、活動を再開させた。

 小さく小刻みに動いた後、腕を大きく動かし、どこにもガタが来ていないかを確認している。

 胸に突き刺さっている槍を引き抜こうとするが、木に深々と突き刺さって中で変形でも起こしているのか、それが返しとなって抜けないようだ。

 異次元アリスは人形に前進する魔力を含ませると、大きな両足で地面を踏みつけて体を前進させ、身体から引き抜かせた。

 槍に体内の綿の繊維などが絡まるが、関係なく引き抜かせたことでブチブチと繊維の千切れる音が、十メートルほど離れたこちらにまで聞こえてくる。

「……っ…」

 地面に突きさした刀に、異次元アリスの体に仕込んでいる金属を切断できるだけの性質を含ませ、落とさないように今ある握力で柄を握り込んで引き抜いた。

 人形は異次元アリスから三メートル程度の距離を離して、私との間に陣取った。残った大剣は手放していなかったのか、それをいつでも振り下ろせるようにじっと構えている。

 ここで決める。

「ここで、終わりだぜ」

 私は異次元アリスにそう宣言し、刀を基本的な構えで握り直す。利き手を上にし、強くし過ぎないように程よく握り込む。

「それはあなたでしょう?」

 異次元アリスもそのつもりなのか、目を細めて私のことを残った鋭い眼光で睨み付けてくる。

 私は対峙している一人と一体に向かって走り出した。十メートルという短い距離はほんの数秒で近接戦闘を挑めるが、その三メートル手前には人形が佇み、持っている得物によって挑む距離は短くなり、回数も増える。

 異次元アリスまで半分ほど距離を詰めると、案の定、上段に構えていた大剣を、上海人形は体を両断するために振り下ろした。

 回避行動や受け止める仕草をしなかった、私の頭部から股を一直線に大剣は走り抜ける。二本の足で支えていた体はバランスを失い、損傷した脳ではそれを修正することが出来ずに断面から血をまき散らして倒れ込むはずだった。

 なぜか大剣の切先は身体を傷つけることなく、私の鼻先をかすめて地面を抉る。なぜタイミングを外したのかはわからないが、地面に叩きつけられた剣を靴で踏みしめて足場にし、巨大な上海人形に向かって跳躍した。

 上段に刀を構えた私は、人形がやったように真上から頭部を股まで縦に叩き切った。詰め込まれた綿が溢れ、視界を遮るが左右に分かれて崩れ落ちて行く人形の先に、異次元アリスの姿が見える。

 細い隙間に体を押し込み、綿を溢れ出させる人形の間を潜り抜けた。先の攻撃を避けた私に対してなのか、外した自分に対してなのかはわからないが驚愕を浮かべた彼女は何かをしようている。

「させるかああああああっ!!」

 細くて短い頼りない刀を下から上へ、斜めに切りかかった。右から左に切先は移動していき、斜めに異次元アリスの服と皮膚を切り裂いた。

 服が切り裂かれると人間の肌と大して変わらない程、精巧に作られた金属の皮膚に切れ目が付き、亀裂を生じる。

 彼女が少し後ろに下がったことで、切り込みが浅くなったようだ。乳首や豊かな乳房が露出するが、関係ない。

 これは戦いであるし、第一こんなやつの物が見えたところで気分の高揚などは無い。一歩大きく踏み込み、悔しさをにじみ出している彼女の胸へ左から右へ下から上に切り込んだ。

 金属と金属が擦れあう不快な音が耳に残り、耳を塞ぎたくなるが、二度目の攻撃は皮膚下の組織に届いてくれたようで、刃物が作り出した谷間の一番奥から赤い体液が滲みだす。

 切った衝撃に装甲が耐えられなかったのか、二度の攻撃で亀裂がさらに広がっている。右手を柄から離し、身体強化に加えて耐久性能を向上させた。

 クロスしている刀の切り傷の中心へ向け、拳を叩きつけた。胸の装甲は叩き割れ、血液などの体液が底から流れ出る。

 手や腕が血で汚れるがお構いなしに、抉り込ませた手を更に体内の奥深くへ突き進ませる。

「かっ……あぐっ…!?」

 自分が切りつけられ、今行われていることが信じられないのか、苛立ちから驚愕へ表情が急激に変わっていく。

 血や脂の感触もそうだが、中にある内臓を直接触れる触感といったら、吐き気を催すほど気持ち悪い。

 何かはわからないが、ほとんどの内臓の表面はつるっとしているのだが、体液によってまるで粘液に覆われているかのような感覚に襲われる。

 私が探しているのはそう言ったよくわからない器官ではない。おそらく触れれば一発で分かる物を探している。

 グチュグチュと中を弄る音は、気分の悪さを加速させるが、こいつを殺すために今は我慢しておくとしよう。

 異次元アリスは右手の糸を使って私を引き離そうとするが、左手に持った刀で手を切り落とした。

「ぐっ…!?」

 こんな状況だから少しでも長く生きるために抵抗しているが、それもこれで終わりだ。目的の器官を見つけた。

 一定の間隔で力強く筋肉を収縮させて蠢ているこれは、心臓で間違いないだろう。ドクンドクンと動くそれを私が素手のまま乱暴に掴むと、異次元アリスの表情が変わった。

 驚愕が絶望へと変わる。彼女の顔に血は通っていないから顔色は変わらないが、もし通っていれば血の気が引いた色へと変わっていただろう。

 前腕を中間ほどまで体に抉り込ませていたが、目的の物体を握ったまま力任せに引き抜いた。

 ブチブチと臓器に張り巡らせた毛細血管や、主要な太い血管の千切れる音と共に、全身へ血液を送りだすポンプの役割を果たしている最も大切な器官は、私の手によって空気中に引きずり出された。

 人間の心臓は握り拳サイズだとよく言うが、彼女のは私の握り拳よりも大きい。真っ赤で表面には数本の血管が走っており、体外から出ても働きを止めないそれは少し手に余る。

 異次元アリスは返せと手をこちらに向けようとするが、太い血管が何本もつながって何度も拍動している心臓を、握り潰した。

 器官内に存在していた血液は必要以上の圧力をかけられ、行き場を無くす。圧力に耐えきれなくなった組織は、パンパンに膨らんだ風船のようにぐしゃりと弾けた。

「あっ……はか…っ…」

 彼女は意味のない言葉とも吐息とも判別できない声を漏らす。瞳を小刻みに動かした後、それはグルリと上へ向かって行く。白目を剥いた異次元アリスの体は後ろへと傾いた。

 心臓につながっていた太い静脈や大動脈は彼女の体重によって切れ、私の手元には心臓だけが残った。

 ビクビクと何度か痙攣したのち、心臓は完全に機能を停止した。胸の傷や外に飛び出て千切れた血管からは、大量の血液が漏れ出しているが、本人はそれを止められる状況にない。

 異次元アリスは延命措置をする間もなく絶命し、二度と起き上がることは無かった。

「……」

 自分の手で直接殺した死体と、その死因となった心臓を握りしめたまま、私はただただ見下ろしていた。

 さっきまであった何とも言えない殺生に対する重みや、倒すことのできた安心感。そう言ったものがなにも湧き上がってこない。

 覚悟を決められたからだろうか、よくわからないが何の感情も感じることが出来ず私は逆に困惑していた。

 だがそれも長くは続かない。異次元アリスの殺害は何も感情に響かず、私は何の感情から促されたのかわからない、小さなため息を漏らした。

 




10/12に投稿できそうです。


 ここがよくわからないということがございましたら、答えられる範囲でお答えしますので、ご気軽にどうぞ!
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