それでもええで!
という方は第百二話をお楽しみください!
申し訳ございません。諸事情によりしばらくの間、不定期となります。ご了承ください。
投稿できそうな日がわかれば、後書きに入力します。
「…………」
どれだけ運ばれたのだろうか。体に浮遊感を感じ、目を覚ました。
「うああっ!?」
幼い自分の声が聞こえてきたのと、とっさに前に突き出された両手が、見慣れた今よりも小さな手だったことで夢の中だと直ぐに察せた。
自分と同様に、幼い異次元霊夢に投げられたようで、一秒にも満たない浮遊感の後、地面に落下した。
土じゃない硬い地面はすでに舗装されている場所らしく、受け身をととれるだけの技術もない私は軽くではあるが地面に腹部を打ち付けてしまったようだ。
「あぐっ…!?」
膝もそうだがぶつけた場所から、ズキズキと鈍い痛みが時間の経過で強さを増してくる。コンクリートの地面に一応手を付くことはできて、顔を突っ込むことは無かったが、手の皮膚を傷つけてしまったようでそこにも痛みを感じた。
しかし、腹部の痛みの方が強い物だったようで、血が滲んできている手のひらでお腹周りを押さえ込み、痛みを和らげようとしている。
「うぅ……あっ…くっ……」
体を無意味に丸めている私の背中を、後ろから異次元霊夢が足蹴にしたことで、前のめりに倒れ込んでしまったようだ。
「霊…夢…やめ…て…!……こんな…こと……!!」
痛みからだろうか、それとも恐怖からだろうか。視界が歪み始めたのは。夢の中の私が涙を零しだしたからだ。
これを言っても無駄だとわかっているのか、うなだれている私の視界には服の裾を握る手が映し出された。
逃げ出そうとしないところから、彼女も逃げるのは半分あきらめている様子だ。幼い声はすぐ後ろにいる異次元霊夢の方を振り向こうとするが、彼女はこちらに手を伸ばしてきていたらしく、後頭部を掴まれた。
「ここまでやって、止めるなんてとんでもないわ」
「霊夢…!痛い…!!」
髪を引き抜く勢いで掴まれているのか、耐え切れずに頭を掴んでいる異次元霊夢の手を振り払おうと伸ばすが、彼女の手に触れる直前に頭に力が加えられた。
前に押し出す力が強く、頭を砂や石ころ、木の枝が転がっていないコンクリートへ押し付けられた。
「うっ…!?」
頭を持ち上げようと抵抗しているが彼女に力で勝てるわけもなく、押し付けられた体はピクリとも動かない。
「これから楽しい楽しいパーティーが始まるんだから。……さあ、楽しんで…?」
異次元霊夢に掴まれていた髪をグイッと引っ張られた。見覚えがなくもない洋風の家が並ぶ道の先が、映し出されそうになった途端、視界がノイズに覆われる。
何が瞳に映されたのか理解する前にノイズに覆われてしまったことで、何が起こったのかはわからなかった。
一つ分かったのは異次元鈴仙に会った時と同じく、頭に割れるような酷い頭痛に襲われたことだけだった。
「あああああああああああああああああああああああっ!!」
「はっ…はっ…はっ…」
荒々しくはあるが、浅い呼吸を何度も行う。昔の夢はトラウマで忘れている部分を見ているのだろう。大したことはされていないというのに、心臓がバクバクと激しい運動をした後と同じく脈を刻んでいる。
心臓以外にも額だけでなく、全身から冷や汗が汗腺から分泌され始めたようだ。今は乾いている血がこびり付いていた服に、再度水分が与えられて、肌に張り付いてくる。
「はぁ……はぁ……」
浅く何度も上下させていた胸の筋肉を自分の意思で制御し、深くそれでいて大きく呼吸をする。
大量の酸素を血液に含まれている赤血球に結合させ、全身へ送り付ける。別に運動をして体が酸素を求めているわけではないが、それをするだけでもだいぶ気分が落ち着くことだろう。
そうしているうちに、ズキズキと脳の奥で痛みを発していた鈍痛も退いて来た。偏頭痛のように頭を蝕んでいた痛みが弱まり出す。
自分のことで精いっぱいだったが、頭痛も消えて高ぶっていた心拍や呼吸もおさまって来れば、外に目を向ける余裕ができる。すぐに異変には気が付いた。
自分が寝ている場所が森の中ではないのだ。乾いた砂のざらざらとした感触や、雑草が風に揺られて肌をなぞる感覚が無い。
それだけならば風が無いだとか、自分が動いていないから砂の感触を感じないと説明がつくが、寝ている場所の床がきちんと加工された木の板が使用されているのだ。
オレンジ色の髪の誰かに運ばれていたのは、夢か何かと思いたかったが、現実だったらしい。
「…!」
焦りはあるが、焦ったところで状況は良くならない。薄っすらと薄目を開けて天井を見上げると、木の天井が見える。
街よりもだいぶ文化が後退して、和風っぽさが出る。新築というわけではなく、数十年から数百年にはなる、かなり年季の入った建物だ。
広い部屋に寝させられているようで、私の視界内に壁がない。目だけ動かして周りの様子を確認すると右側に何かがある。
顔を傾けてそちらを見ると、驚いた顔をしているこちらの萃香と同じ顔をしている少女が床に座っていた。
両側頭部からは太く、装飾の巻き付いた鬼特有の太い角が生え、後頭部には大きな赤色のリボンがオレンジ色に近い髪を結んでいる。
驚いた顔をしているのは、頭痛で叫んでしまっていたのだろう。夢の中でのことかと思っていたが、実際に口から声が出てしまったようだ。
「…一日程度は寝てるかと思ったが、随分と早いお目覚めだな……さっき運び込んだばっかりなのに」
スカートに近い服を着ているというのに、恥ずかしげもなくあぐらをかいている彼女は膝の上に肘を置き、上に伸びている手の上に顎を乗せて私に言った。
どれだけ時間が経過したかはわからないが、彼女がそう驚いているということは、本当にそこまで時間は経っていないのだろう。
「っ…!……わざわざここに運んできてどういうつもりだ?」
飛び起きた私は彼女にレーザーをいつでも撃てるように、手のひらに魔力を溜めて向けるが、異次元萃香は戦闘体勢に入ろうともしない。
「落ち着け魔理沙。あまり大きな動きをすると、あたしでも抑えられん」
彼女はそう言うと、座ったまま肘をついた状態で私から視線を外して周りを見る。大きな広間ではあるが、外に通じる扉は異次元萃香から見て左右と、正面にあるがその三方向から強い敵意を感じる。
私から見れば左右と後方に当たるが、それだけではない。ぴっちりと木の板が合わされて隙間のない床や、天井からも感じられ、光の入って来ている窓には人影がチラつく。
逃げ場がない。
「……っ」
「だから落ち着け。あたしたちはお前を捕まえてどうこうしようとしてるわけじゃない。その気があるのなら、こんな回りくどいことはせずに起きる前に縛り上げてるさ」
「……。それもそうだな…」
彼女の言うことは一理ある。復讐したいのであれば、異次元アリスの時と同様に問答無用で殺されているだろうし、力がほしいのであれば縛り上げられている。
油断させるためだとかそう言った可能性は低い。異次元霊夢が相手だから、というのが理由だ。
萃香はかなり頭の回る奴で、それは異次元萃香も変わらないはずだ。そんな彼女が力を欲しているのであれば、油断させて私を泳がせるというのは愚策と言える。
異次元霊夢の実力はもう知れている。自分で勝てない相手に、力を取られる可能性を考慮したら自分の手元から離すことはしないだろう。そんな回りくどいこと、鬼がするはずがない。
一応、警戒だけは解かないが、彼女に向けていた手の平を下ろすと、あらゆる方向から向けられていた敵意が弱まった。
「落ち着いたところで、初めにされたお前の質問に答えるとすると、放置すると危険だったからだな」
「そりゃあそうか。こっちの霊夢たち以外にも、狙ってる連中は多いようだからな…」
放置すると危険だったというのは、自分たちのところに連れてこれなくて、力を手に入れられず、危ないということだろうか。
そう考えると、やはり彼女とは手を組むべきではないか。そう考えていると、再度異次元萃香が口を開く。
「それもそうなんだが、小物の方だ。お前のことを食らうことで力が手に入るという噂が随分前からあってな、倒れたまま放置してたら妖怪か妖精たちに食い荒らされていたからな」
確かに、異次元ルーミアは私のことを食おうとしていた。体の再生ができて死に難くなっている分、それをされると想像するだけでゾッとする。
食われたそばから再生していき、死ぬにも死ねないし、動こうにも動けない。地獄だな。
「……それについては、礼を言う」
「おう…それで?あたしたちと組む気にはなったか?」
礼は告げたが、特に話が思い浮かばず、どう切り出すか悩んでいると、異次元萃香がそうたずねて来る。
忘れていた。そんな話をされてから河童と戦ったり、異次元妖夢と戦っていたりしたから、頭の隅にもなかった。
どう返答するべきか悩んでいると、私から見て左側の扉から、カラカラと乾いた音を鳴らして何かが歩いてくる音が聞こえてくる。
乾いて軽い音のはずなのに、嫌に重々しくて重たい物だと連想する。自然とその方向へ視線が傾くと、森で会った時と同じ恰好をした異次元星熊勇儀が閉まり切ったスライド式の木の扉を豪快に開けた。
「大きな声が聞こえたから来てみれば、やっぱり起きたか」
異次元萃香とは違って、額から一本だけ鋭く伸びている赤い角が良く目立つ。肩や胸元が露出している和風の服は少し薄汚れてはいるが、私の前に立つ彼女ほどではない。
身長が190センチを軽く超えている彼女は、扉の上部に頭や角をぶつけないように少し頭を下げて広間へと入って来る。
片手には真っ赤な星熊盃が握られている。注がれた酒のランクを上げる名品と言われている盃だ。その反対の手には、大きなコブと小さなコブが重なった形をしている瓢箪が握られている。
星熊盃の表面に水滴が少々付着していることから、彼女は酒を嗜んでいた最中のようだ。そしてここでもそれは続く様子だ。
「勇儀…いつ戦いになるかわからないんだ。酔っぱらってたら本調子が出ないんだから酒は控えろといつも言ってるだろ」
注意しなければ分からないほどだが、言われてみれば彼女の頬はわずかに朱色を帯びている。いつ戦いを挑まれるかわからないのに、そう言ったことができるのは、頂点に立つ者の余裕だろうか。
「そうかっかしなさんな萃香よ。息抜きはたまには必要だからな。それが無ければやってられん」
大幅に荒々しく彼女は異次元萃香の元まで来ると、その横にどっかりと座り込み、木を削り出して作られた瓢箪の蓋を取る。
紐で瓢箪とつながっている蓋を離すと、本体の凹んでいる部分を掴み、持ってきた盃に酒を注ぎ始めた。
「勇儀の言う息抜きは毎日あるのか?戦争が始まってからこれを言わなかった日が無かった気がするが…」
異次元勇儀には随分と頭を悩ませられているようで、額に手を当てて大きなため息を付くが、傍らでは全く気にせず酒を煽り始めている。
「……もう、いいや……」
もの言いたげではある半眼でじーっと異次元勇儀に視線を送っていたが、見えないふりを決め込む彼女に半分あきらめがついたのか、視線をこちらに戻した。
「話の腰を折ってすまなかったな。それで、どうするんだ?」
「……どうするか決めかねてる状態だぜ。言論からお前のことが信用できないわけではないが、信用できる証拠がない。嘘はつかないと嘘を付くことは簡単だからな」
私はそうきっぱりと言い切ると、異次元萃香はそうだよなとまた悩み始めた。どうしたら信用してくれるのだと頭を捻って考え込みだした。
「……」
彼女の方向からではない視線が私に向いている。左側に顔を傾けると、陽気に酒の入った盃を傾けていた異次元勇儀が、手を止めてこちらをじっと見ている。
「お仲間を貶されて癪に障ったのなら謝るぜ。でも、それが私の本音だ。連中の欲している力、それを手に入れるためのカギが私である以上、それが目的で手を結ぼうとしている可能性は否定できない。だから簡単には信用できないということは察してもらいたい」
「ああ、そいつはわかってる。でも、あんたが思っている以上に萃香は素直な奴だ」
彼女はそう呟きながら視線を私から隣の女性へ移す。頭を抱えてああでもないこうでもないと一人で呟いている。
騙そうとしているのであれば、それらしい適当な理由をつけて私を丸め込むだろう。私の考え等をここまで尊重しようとしてくれる彼女は、おそらく信用できる人物で間違いないだろう。
彼女だけであれば顔をうんと縦に振ったのだが、私はどうもその隣に座っている異次元勇儀が信用できない。
「信用できないか?私が」
盃に酒を再度注いでいた彼女は、器の底に視線を向けたまま、問いかけてくる。
じゃばじょぼと途中までは景気よく瓢箪から酒が流れ出ていたが、底をついたらしく器の半分も満たないところで、水滴が入り口からポタポタと落ちる程度となる。
どうやら彼女を睨み付けてしまっていたようで、慌てて視線をずらすと話し始めたのに反応して、悩んでいた異次元萃香と目が合った。
「まあ、そうだな」
「私が何かしたか?」
「いや」
私はそう呟きながら、揺れる水面を見つめていた異次元勇儀の方へ視線を戻した。透明な液体が注がれた容器を持ったまま、顔を上げてこちらを見る。
「リスクを負いたくないのはわかるが、お前さんを入れた私達だって同様にリスクを負っている。他の連中からの攻撃が集中するというのは大した問題じゃあないが、十年前に生きた爆発。…あれをいつ起こされるかわからないというリスクを私たちは負っているんだ」
異次元鈴仙が言っていた爆発のことか。あれについてはなぜ起きたのかわからないし、そもそもどうやって起こすのかもわからない。のだが、私が彼女たちに言ったようにそう言う嘘を付くことは簡単であるということか。
仲間を集められ、そこで一網打尽にされる可能性を彼女は言っているのだろう。
「あれだけの爆発が起こればいくら私でもただでは済まないだろうし、萃香でも逃げることはできないかもしれない。それをいつ起こされるかわからない私としては、お前さんを入れること自体に反対だ。
でも、あいつらを殺す強力な助っ人が入るとすれば、そのデメリットには目を瞑れる。お前さんがこちら側で戦ってくれるのであれば、トロイの木馬のようになる可能性を考慮しても、御釣りがくる。そう言った観点から私らはお前さんに声をかけているわけだ」
「まあ、殺すではなく、倒す…だがね」
彼女の言うことに異次元萃香は一言付け足すが、私が渋っている理由はそこにある。
「私がうんと言えないのは、目的の違いだ。お前らは倒すだが…こっちは殺すつもりだ。……十年もの間、目的をあきらめずにずっと戦っていた連中が、一度負けた程度でそれを止めるとは思えない」
私の言わんとしていることが彼女にも伝わったらしく、再度唸り始めた。
「仮に、ここで手を組んで一緒に戦い、殺さなかったとして、奴らがこちらの伸ばした手を取って、仲直りできるとでも?奴らは絶対に諦めない。必ず完遂させるために行動するはずだ。そして、二度の敗北は絶対に無い」
「……」
「だから、私はこちら側の霊夢達をこれ以上危険に晒したくはないから、奴らを殺さないという手法はとらないぜ」
この時点で、彼女の目的に私は邪魔な物として存在している。力もいらないからここで殺す。と、ならないところがイカれていない証拠とも言える。
だが、これを曲げるつもりはない。
「それに、お前はまた酒を皆で飲みたいといっていたが……十年もの間こんなことをしでかし…血に塗れた連中と酒を交わせるのか?」
「…………。………わかった」
私のその言葉が決め手となったのか、しばらく黙って考えていた彼女はようやく頷くが、それが肯定につながるのか否定へと行くのかわからず、耳を傾けていると重々しい顔つきで彼女は口を開いた。
「魔理沙のやり方に従おう。だが、力を手に入れるのをあきらめた奴は殺さないということを条件にしてくれ」
どうやら、こちらに対しての肯定だったようだ。
「そんな奴、居ないだろうが……わかった」
そんな連中がいないことぐらい、彼女もわかっているのだろう。なんせ、十年もの間戦争を続けている奴らだ。一度の敗北で、それが覆ることは無いだろう。
「そうと決まれば、お前さんを歓迎するぞ!」
異次元勇儀はそう言うと盃に半分ほど注がれていた、度数の高い酒を一気に飲み干した。この流れで酒を飲もうと言われると困るが、異次元萃香が止めてくれるだろう。
「ああ、勇儀の言う通り…歓迎するよ。…これからよろしく」
座っていた彼女は立ち上がり、こちらへ歩み寄って来る。それに合わせて私も立ち上がると、小さな手を開いてこちらに差し出した。
仲良くやろうという握手か。私も手を伸ばし、それをしっかりと握った。
「ああ、こちらこそよろしく頼むぜ」
疎と密を操る程度の能力を扱えば、今の姿のように小さくも大きくもなれる彼女を正面から見据えていると、いつの間にか後ろに回っていた異次元勇儀が私の肩に右腕を組んでくる。
「全く、お前さんらは頭が固いね」
「遊戯が陽気すぎる。この辺はきちんと決めておかないといけないからな」
まったくと言いたげに、呆れた表情を異次元遊戯へ向ける。しゃがんで私の肩に組ませている彼女はそうだなと小さく頷いた。
鬱陶しく組んでくるその右腕を振り払おうとした時、彼女の親指に私の視線は釘付けとなった。
どこかで見たことがある気がする。それを気のせいと一言で済ませるのは阿呆だろう。右手の親指。その付け根には、夢で街から逃げていた女性を殺した人物と全く同じ小さな傷跡があった。
「……っ」
私の様子が変わったことで手を握り、肩を組んでいた二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「魔理沙、どうかしたのか?」
心配そうな顔つきで、異次元萃香が私に尋ねてくるが、握っていた右手を離して組まれていた腕を跳ねのけた。
「おっと、お前さんは相変わらず嫌ってるね」
腕を跳ねのけられた彼女は、のらりくらりと私から一歩か二歩ほど後ろへと離れた。
「なあ、聞きたいことがあるんだが、十年前はどうだったんだ?」
「十年前?どういうことだ?」
「いや、十年前、お前たちはどういう方針で戦ってたのかって思ってな。誰かを殺したりとかはあるか?…例えばだが、人間とか」
私がそう異次元萃香に問うと、いきなりどうしたと言いたげに眉をひそめるが、その説明をすぐに始めた。
「いや、今までは殺したりはしていないが?霊夢達を止めるのに、あたしらが殺してたら意味ないだろ。殺す意味もないし」
「……そうか」
「それがどうかしたのか?魔理沙」
私の質問の意図が読めないのか、頭の上に?を浮かべている異次元萃香は首をかしげているが、私の表情からよからぬことが起きそうだと不安な様子だ。
「手を組むって言った話だが、やっぱり無しな」
「…は?」
なぜいきなり私がそんなことを言い出したのか、意味が分からない彼女は呆気にとられ、目を細めた。
「私は、罪のない人を笑いながら平気で殺す奴とは手は組めない」
手元に魔力を即座に溜め、戦闘体勢に入っていない異次元勇儀の顔面へ、振り向きざまにエネルギー弾をお見舞いした。
ゴルフボール代の弾幕が前方方向にはじけ、魔力エネルギーが物を破壊する運動エネルギーに置換され、それを顔に正面から食らった勇儀は後方へ踏ん張ることもできずに吹き飛んで行く。
木製の壁を突き破り、奥の部屋へと大きな巨体が転がっていく。畳の繊維が衝撃で千切れて捲り返り、彼女が通った畳はもう使い物にならなさそうだ。
「んな!?魔理沙いったい何をしている!?」
怒った異次元伊吹萃香の声が後方からする。手を組むと約束したのに、それを一方的に破棄しただけでなく、仲間に攻撃を加えればそうなるだろう。
でも、私は彼女に弁解するつもりなどは無く。拳を握って戦闘体勢に入っていく伊吹萃香に一言呟いた。
「黙ってろ」
「お前に攻撃するようなことをしたつもりはないが、あたしらが何をしたって言うんだ!?」
全身を魔力で強化し、完全に戦闘態勢の整った異次元萃香が肩幅に足を開き、いつでも走り出せるように力を込めると、それだけでそこから木の床に大きな亀裂が走る。
「じゃあ、説明してやるよ。……星熊勇儀の親指の傷、十年前に森で人間を殺した奴と同じ形をしていた。楽しんで人殺しをする妖怪がいるところと、手を結ぶつもりはないぜ」
私がそう呟くと伊吹萃香が本性でも表すかと思ったが、意外にも驚愕を示している。それは戦闘体勢を解いてしまうほどだ。
「何を言って……勇儀がただの人を殺した?…ありえない。十年前、お前がいなくなる前だって勇儀は私と一緒に以前の日常を取り戻そうと戦ってきた。……そんな意味のないことをするわけがないだろ!」
一時は動揺して戦闘体勢を解いたが、仲間をコケにされたと思ったのだろう。彼女の表情がこれ以上ないぐらいに怒りを示す。
「意味があるか、無いのかは今回についてはさほど重要ではない。奴にとってはただの人間を殺すことに意味なんてないだろうからな。
何か目的があって殺すんじゃなくて、今回に限っては完全に楽しんで殺すだからな。本当に意味のない行動だ」
「もういい。お前となんか手を組まん…あたしの友人をコケにした償いはしてもらうぞ!」
異次元萃香は完全にこちらを敵と認識したのか、疎と密を操って自分の身長を異次元勇儀と同程度にした。走り出すために踏ん張りを効かせようとした時、後方に吹っ飛ばしていた異次元勇儀の笑い声が聞こえてくる。
「…!?」
異次元萃香は足を止め、私の後方でゆっくりと立ち上がる異次元勇儀のことを見た。足を止めた理由は、おそらくさっきまでと様子が違うからだろう。この状況で笑う。というのはおかしすぎる。
「はっはっはっ!なーんだ。あの時、見てたのかよ…やっちまったね…」
人で留まるかは知らないが、その返答で異次元勇儀は自分が楽しんで人を殺していたと認めた。三日月のように裂けている口からは笑い声が漏れる。エネルギー弾は頬に当たっていたはずであり、魔力は結構つぎ込んだつもりだったが、まったくの無傷である異次元勇儀はさっきまでとは違った様子で話し始める。
「お、おい…勇儀……一体どういうことだ…?」
「十年間ずーっと、騙して来れてたのに魔理沙…てめえのせいで台無しになっちまったね」
異次元勇儀はそう呟くと、目を細めて私のことを睨んだ。押しつぶされるような重圧がかかり、後ずさりしそうになった。恐怖を振り払い、その場に留まった。
「騙してたって……」
さっきまでの勇ましい表情は消え、ただ茫然と異次元萃香は豹変した異次元勇儀に語りかける。
「萃香。この世界は最高じゃないか。前のくそみたいな日常に戻すなんて勿体ない」
「何を言って………一緒に、以前の世界に戻そうって言ったじゃないか…!」
信じられない物を見ているような異次元萃香の表情を奴は見ると、楽しそうに喉を鳴らして笑う。
「くくっ……そんなバカみたいな目標を立てて、ボロボロになってまで戦っているお前を見るのはとても滑稽で、笑いをこらえるのは大変だったよ、萃香……本当は最後の最後で裏切る予定だったが、まあその顔を見ることができただけでも…よしとするかね」
笑っている異次元勇儀とは対照的に、未だに現実を受け止め切れていない異次元萃香は絶望が混じった驚愕の表情のまま何も言えずにただただ立っている。
「私は、むしろこうなることをずっと夢見てた。どいつもこいつも私に傷一つ負わせることもできなけりゃ、ちょっと力を込めりゃあ死にかける。殺しちまったら周りからは白い目で見られるし、後々面倒だから我慢してた。……本気で殺し合いがしたいのに、そんなことが出来ないのはストレスでねえ。」
なるほど、こうやって戦争になれば信念を建前に思う存分に力を振るって敵を殺しまくれるってわけか。
十年前に笑っていたのは、そういう世界になってくれたことが嬉しかったからだろう。今の様子から察するに、異次元萃香に気が付かれない場所で、こいつは殺しを続けていたのだろう。
前に会ったときから、異次元萃香は嘘を付いてはいないとなんとなくわかっていた。なぜなら鬼は嘘を付かないと言った際に、私がそれについて反論したら彼女はブツブツと嘘もつかないこともないかもしれないと呟いていた。
それは嘘を付いていないという異次元萃香の言葉と矛盾しているが、それを言ってしまうこと自体、彼女が嘘を付けない性格だからだろう。
そして、今回のこの会話で、異次元萃香は信用に値する人物だと確信した。
だからなのだろう。何だろうか、この感情は、
「そうか……お前は……ずっと、私のことを騙してた。間違いないんだな…?」
「ああ。そうだ。ようやく反吐が出る縛りともおさらばできると思えれば清々するな」
これ以上にないほど、嘲笑い、嘲笑し、ピンク色の唇の隙間から真っ赤な舌をベロッと突き出した。
なんだか凄く、腹が立つな。
「くそ野郎が!」
そう叫んで異次元勇儀へと攻撃を仕掛けたのは、異次元萃香ではなく私だった。全身を魔力で強化し、全体重をかけて奴へと拳を叩き込んだ。
次の投稿は11/23日の予定です。