東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十四話をお楽しみください!!


投稿が遅れてしまい申し訳ございません!主のリアルが多忙のため、しばらくは投稿がかなりの不定期になる予定なので何卒よろしくお願いします。




東方繋華傷 第百十四話 突破口

 人間を含めて生物という物は、自分に直接危害を加えようとする行動に対し、目を瞑ったり防御態勢を取ることで自分を守ろうとする。

 目の前に立っている奴から繰り出された拳が、標的を貫こうと勢いをつけてこちらへ向かってくる。私の場合は腕が上がらず、反射的に目を閉じた。

 真っ暗になった視界では後どれだけ経てば、彼女の攻撃を食らうのかがわからなくなるが、そう長い物でもない。

 ゴオッと猛風が正面から吹き荒れ、髪が後方に勢いよくなびく。それに引かれて頭が後方へ傾いた。

 拳によって発生する風が、拳よりも先に来ることは絶対にない。あの距離で、あの位置関係で外したというのだろうか。

「っ!?」

 後ろに倒れ込んでしまいそうになったが、何とか持ち直した。後ろに傾いた重心を体の中心に戻すため、足が自然と後ろに向かった。

 足元がおぼつかなかったが、倒れ込んでしまうことだけはどうにか防いだ。それでもいつまで立っていられるのかわからない。

 痛みが遅れているだけで、いつの間にか体を貫かれているかもしれない。と思っていたが、数秒の時間が経過してもそれが来ることは無い。

「…?」

 あの状況で異次元勇儀が私を殴らない理由がないはずなのだが、それでも殴られた時の衝撃すらも感じていない。

 恐る恐る瞳を開けて自分の体を確認してみると、胸に手枷のついた腕が生えているわけではない。服が破れて気が付かないうちに体を貫かれているわけでもない。

 血の一滴すらも体から零れ落ちていないということは、本当に私は身体を突き抜かれたわけではないらしい。

 困惑しながらも異次元勇儀が立っていた方へ顔を上げて見ると、その正体にようやく気が付いた。

 私よりも身長の高い異次元勇儀が立っているのは勿論だが、彼女と同じぐらい身長のある異次元萃香がこちらに背を向けてっている。

 異次元勇儀と同様に手首には太い金属の手枷が嵌められていて、それが風や身体の揺れによってジャラジャラと音を鳴らしている。

 彼女のその手は、異次元勇儀が伸ばしかけていた拳を横から掴み取り、私に当たる直前に止めてくれたようだ。

「なんだい。もう少しバカみたいに落ち込んでるかと思ったが、意外と回復が早いね」

 私をなぐり殺せなかったことで、苛立ちでも見せるかと思ったが、彼女がこちら側に付けばそれもそれで面白いと思ったようだ。

 釣り上がった口は変わらずで、ピンク色で血色がいい唇の隙間からは、攻撃的なイメージを抱かせる犬歯が覗いている。

「ああ、おかげさまでな」

 両側頭部から角が生えている彼女はこちらを見ることなくそう答えると、異次元勇儀の拳をあらぬ方向へはじき出し、殴りかかる体勢のまま止まって隙を見せている腹部へ握りしめた拳を叩き込んだ。

 ある程度の軟体性を持っているが、人体とは思えない程に強固である肉体同士がぶつかり合った重々しい音が生じる。

 いつものことだが、避ける素振りすらも見せようとはしない敵は、衝撃で体がわずかに後方へ折れ曲がる。

 踏ん張りがきくわけもない異次元萃香の正拳突きに、彼女の体は地面から離れて数十メートル先の建物へ頭から突っ込んで行った。

 奴が重たいわけではないが強すぎる攻撃力に、木製の壁では耐えられなかったようだ。ある程度はしなるはずだが、古く乾ききった板では強度が足りなかった。

「おかげさまで、あいつをぶっ倒すぐらいの元気は出たよ」

 吹き飛び、壁を破壊して建物内に入り込んで行った奴の方を見ていると、すぐ横に立っている彼女に声をかけられた。

「……それならよかったぜ。…それで、あいつの邪魔をしたってことは、こっちに手を貸してくれるってことでいいんだよな?」

 そう聞くと、顔をこちらへ傾けた彼女は返事をする代わりに、こくりと小さく頷いた。

 異次元勇儀を殴りつけた事で折れしまった右手の骨も、もうすぐ完全に治癒する。肉を引き裂き、皮膚を貫いて赤とピンク色の骨が飛びだしていたが、それらは体内へ戻っていくと薄っすらと傷跡は残しつつも完全に修復できたようだ。

 額から流れ出ていた血液も魔力によって周辺組織の細胞分裂が促進され、傷は塞がっている。腕の甲で額と目元に残っていた体液を拭い取った。

 奴はあの程度ではくたばりはしないだろう。戻ってくる前に早く準備を整えなければならない。立ち上がろうとすると、異次元萃香がこちらに向けて手を差し出してくる。

 再生したばかりの右手を彼女に向け、差し出してきた左手に重ねた。痛みを感じない程度に握られ、引っ張り上げられた。

 体のあちこちに痛みが走るが、魔力での強化によってそれは控えめだ。

 おそらく彼女が前線で戦ってくれることだろう。いつでも助けに入れるように立ち回らなければならなそうだ。

 そうして体勢を立て直せたところで、奴が破壊した部分から離れた場所の外装に亀裂が生じる。

 ほとんど外傷の無かった壁は、亀裂が生まれると呆気なく崩れていく。まるでガラスのように木材が破壊された。

 その奥から服や皮膚に、砕けた木片をこびり付けた異次元勇儀がゆっくりと姿を現した。うっとおしそうにそれらを払い落とすと、準備が整っている私たちを見て、口角を吊り上げた。

「いいね!そうこなくっちゃあ!」

 楽しくて仕方のなさそうな奴は笑顔を絶やすことなく、下駄を鳴らして歩き寄ってきている。私達から十数メートル離れた位置で立ち止まった。

「さあ、かかってきな!」

 構えのない彼女は両手を大きく広げ、迎え撃つ態勢を整える。

 私の隣に立つ異次元萃香は、こちらに合図することなく走り出してしまった。

 それに合わせることができず、いきなり出遅れてしまったが、援護がしやすい位置に陣取った。

 手のひらに溜めた魔力をレーザーへと変換し、異次元勇儀へと放った。眩い熱線が大気を焦がし、大きくがっしりとした体躯に向かう。

 空中に敷かれた光るレールは、一秒にも満たない時間をかけて到達する。しかし、彼女に傷一つつけることもできずにあっさりとかき消されてしまう。

 援護にもなっていないが、多少はこちらに気は引けただろう。予想通り、レーザーをかき消した奴に初撃を与えたのは異次元萃香だった。

 私が食らっていれば一撃でノックアウトしていそうなパンチを、異次元勇儀はあろうことか顔面で受け止めた。

 殴られれば流石に顔は横へと傾くが、笑顔のままなのは変わらない。狂気に満ちていなければ純粋な子供のように笑っている彼女は、その腕の太さには見合わない速度と威力を兼ね備えたパンチを打ち出した。

 異次元勇儀とは違い、攻撃を食らうつもりはないようだ。単調で避けやすい攻撃をひらりとかわし、今度は腹部を殴りつけた。

 私を助けてくれた時よりも力が籠っているのは遠目に見てもわかるが、異次元勇儀が吹き飛んでいないのは、踏ん張れる体勢になっているからだろう。

 至近距離で殴り合っているおかげで、二人の立ち位置が頻繁に変わってしまう。異次元萃香の戦い方と言うのを全く知らない為、援護しにくいことこの上ない。

 異次元勇儀の視力を一時的にでも潰すため、手のひらに留めていたレーザーを彼女へと放った。

 そのまま進めば異次元勇儀の顔面に照射することができたのだが、放った直後に異次元萃香がレーザーに当たる方へ体をずらしてしまう。

 直撃することは無かったが彼女の肩を掠り、服や肌の一部に焼き焦がしてしまった。後方からの予期せぬダメージに、動きが非常に緩慢となって行く。

 すぐに立て直し、攻撃を再開しようとするが、レーザーが遮られて異次元勇儀の顔へ上手く照射できなかったことが影響した。

 奴はすでに蹴りのモーションへ入っており、横から大きく薙ぎ払う形で回し蹴りを食らわせるつもりだ。

 ただの普通の蹴りにしか見えないが、食らったら鬼でも怪我では済まないことはわかり切っているようで、彼女の体を疎の性質を持った魔力が満たしていく。

 疎の性質を持った魔力が非常に強まった時、彼女の体が粒子状に変化し、致命傷になりうる蹴りをすり抜けた。

 威力の凄まじい蹴りのようで、地面の土が舞い上がるほどの暴風が巻き起こる。彼女の粒子まで吹き飛ばされそうだが、魔力で制御しているようで、それらは真っ直ぐこちらへ向かって来る。

 私の横に位置する場所で密の性質が強まると、何もない霧にも見える靄が立ち込めていただけの場所に、見覚えのある異次元萃香の姿が現れる。

「しっかし、改めて戦うとわかるが、硬いな」

 殴った手の甲が痛むのか、右手を軽く振って彼女は呟いた。肌が少し赤くなっていることから、どれだけ奴の防御力が高いのかが窺える。

 異次元勇儀と同様に鬼の頂点に君臨している彼女でさえこの有様とは、楽観視できる状況ではないな。楽観視できた状況などはないが。

「なんだい随分と逃げ腰だね。がっかりだよ萃香」

 基本的に彼女は敵からの攻撃はすべて受け止める。その為同じ鬼なのに攻撃を避ける萃香が気にくわないのだろう。

「そりゃあね、あたしはお前の余興に付き合うつもりはないからな」

 彼女はそう言い返しながら体をこちら側へずらし、腰を落として背の低い私に耳打ちして来た。

「動きを止められるか?」

「やってみないことにはわからんが、自分の世界の勇儀ともまともに戦ったことがない。どれだけ力を発揮できるのか全く予想ができないからな。……でも、やれるところまではやってみようじゃないか」

「ああ、数秒だけ動きを止めてくれればいい。あたしのスペルカードで一気にケリをつける」

 あの防御力を貫けるだけの威力があるのかと聞きたいが、私の攻撃ではどれも焼け石に水だ。それに期待するとしよう。

 隙を作るために私が前に出れば、いくら戦闘狂いの異次元勇儀でも私たちの意図に気が付く。しかし、奴は裏をかくようなことはしない。正面から私たちの作戦をぶち壊しにかかるだろう。

 ならば、余計なことを考えなくてもいい。目の前の敵にのみ全神経を集中すればいいだけの話だ。

 今度は私が異次元勇儀の方へ歩き出すと、異次元萃香が来ないのかと少し残念そうだが、すぐに小さく笑う。

「お前のレーザーも物理的な攻撃も、私には効かない。次はどうやって戦ってくれるのかね?」

 手品師に次の手品を早く見せろと騒ぐ子供の様だ。確かにあらゆる手を使うため、奴にとってはそれと同じような物か。

 ならば見せてやるとしよう。見様見真似だが、上手くできるだろうか。

 魔力にアリスが使う糸の性質を与え、指先から放出すると霧状の魔力が集まり、目を凝らさなければ分からないほどの細い淡青色の糸が形成された。

 しかし、それ一本と従来の強度では奴の前ではないに等しい。外の世界には一本で、数百キロある物体を持ち上げることのできるワイヤーが存在する。と聞いたことがある。

 細い糸にそれの性質を加え、糸を十数本でまとめて一本とした。これならば力が分散して簡単に千切れることは無くなるだろう。奴の力が私の予想を超えていなければ。

 十数本で糸を一本としたため、肉眼で見える程度には太くなった。私のやろうとしていることが分かったようで、更に楽しそうな表情へと変わる。

 数十メートルの長さがあるその糸全てを操るのは、初心者である私には難しい。片手で二本ずつ操るのが精々だろう。

 アリスは指先を少し動かしただけで鋭く鞭のように薙ぎ払ったり、何かに結び付けたりなどをしていたが、どうやるのか全く分からない。

 やり方は扱いながら掴んでいくとしよう。

 腕を大きく振るい。数十メートルある糸をしならせ、奴へ向かって振り払った。糸に切断する性質を組み込んでいたが、その軌道上にある物すべてを切断していく。

 しかし、ただ一つだけ切断できなかったのは奴だけだ。手の平同士で叩いた時には乾いた音が出る。それと似た音が発せられるが、鋭さと音量が桁違いだ。

 ただの人間かそこらの弱い妖精、妖怪であれば今の一撃で終わっていただろう。だが、奴にはかすり傷一つつけることができない。

「面白い技を使うね。もっとやってみな!」

 奴がこちらへ向かって走り出した。異次元萃香は、状況に合わせるためその場でスペルカードを作るつもりの様で、動かない彼女に近づかせるわけにはいかない。

 本来は敵と距離を置いて扱う武器と戦術なのだが、そうもいっていられないようだ。やりやすいように、使いながらスタイルを変えていくとしよう。

 糸の長さを数十メートルから数メートルまで短くし、私も奴に向かって走り出した。アリスがどうやっているのかわからなかったが、さっきやった攻撃でなんとなく予想がついた。

 スペルカードのように、あらかじめどのように動くかの命令を糸に加えて置き、指の動きでそれを合図としているのだろう。

 スペルカードと違って状況によって変えられるし、タイミングも自分の意思で決められて利点ではある。相手が予想外の動きをすれば、こちらの隙を晒してしまうことになるのが欠点ではあるだろう。

 だが、それほど単純でも私に扱うことはできない。相手の動きを予想し、それにあった動きを糸にさせなければならないのだ。経験が足りない。

 ある程度こちらで動きの補助をしてやらなければ、運用は難しいだろう。

 命令により糸の先に輪っかを作り、殴りかかって来た異次元勇儀の拳をくぐらせた。背の高い奴の攻撃は下を潜り抜けやすく、発生した衝撃波とも言える暴風に髪をなびかせつつ後方へ抜けた。

 更なる命令により、簡単には解けなくなるように輪っかを狭め、彼女の肌に食い込ませた。振り回して木にでも叩きつけようと命令を与え、指を動かして実行しようとするが、指が全く動かない。厳密には動かせないだ。

 奴の踏ん張る力が強すぎて糸が命令通りに動けず、号令であるこちら側に影響が出たようだ。

 予想外の出来事に動きが止まっている私に対し、腕に巻き付いた糸を掴まれて薙ぎ払われた。こちら側が踏ん張りを効かせる前に、体は宙を高速で移動していた。

 遠心力に肩が外れそうになる直前、背中に鈍い痛みが走ると同時に体は急停止した。衝突した衝撃と、慣性が働いて進行方向へ進もうとする肉体に板挟みされ、内部の内臓が圧迫される。

 肋骨が歪むことでもその力は促進されるが、口から空気を吐き出せたことで、膨らんでいた肺が圧迫される力に耐えきれず、破裂してしまうことは防いだ。

「おいおい、ちょっと振り回しただけでもう終わりとかはないだろうね?」

 腕に巻き付いた魔力の糸を千切ろうともしない彼女はそう言い放って、倒れ込んでいる私に向かってゆっくりと歩みを始める。

「くっ……そ……っ!」

 魔力で背中や内部の痛みを誤魔化し、私は横ではなく空中へ魔力で浮き上がった。横方向からに対する力には強いが、上に引き寄せられる力には摩擦力や踏ん張る力など働かない。

 筋肉質とは言え、そこまで重量があるわけでもない為、私の予想通り奴の体は思ったより簡単に浮き上がらせることができた。

 糸を引きちぎられても困る。浮き上がらせつつ私は円を描く様に動き、遠心力を使って奴のことを振り回す。

 できる限り勢いをつけ、近くの木に背中から叩きつけてやるが、効果など微塵もない。木皮が剥がされ、薄茶色の繊維がむき出しとなっている。

 幹の中間程度までめり込んでいる奴を木から引き抜き、地面に転がす。今度は上方向へ振り回し、先とは百八十度反対側の地面へ叩きつけた。

 地面が捲り返り、湿った土が地表に露出する。仰向けで腹部から叩きつけられたようだが、痛がる様子すら見せない。

 私の目的は時間稼ぎだから問題ないのだが、これだけやってもダメージがないとなると、本当に異次元萃香のスペルカードでも効果があるのかが不安になって来る。

 視線だけ異次元萃香の方向へ向けると、まだ目を瞑ったまま魔力でスペルカードの回路を組んでいる最中の様だ。

 もう少し時間稼ぎが必要だ。私は糸の長さを延長しつつ再度上昇し、倒れ込んでいた異次元勇儀のことを持ち上げようとした直後だった。

 奴のことを地面へ落とした時よりも強力な破壊音が耳に届いた。私が行動するよりも早く異次元萃香の方へ攻撃を加えたのかと思い、下方を見下ろそうとした時、真っ赤なツノが目の前をかすめて通り過ぎた。

「っ!?」

 十数メートルの距離が開いていたが、垂直方向への跳躍で奴は埋めたようだ。体勢を整える前だったはずだが、それでも一秒にも満たない時間で到達するとは、でたらめもいいところだ。

 握った拳が私の腹部へと伸びる。完全に持ち上げようとする行動に移っていた私にそれを躱す術がなく、自分の開いた手と同じ大きさの握り拳が身体へめり込んだ。

「がぁっ…!?」

 上昇しようとしていた力や慣性をすべて無視し、斜め上からの攻撃によって、地面へ向けて急降下を開始する。

 転ぶのならただでは転ばない。糸の耐久性能の強化を施し、長さを大幅に短くカットする。腕に巻き付いたままであったため、地面に着くよりも前に奴の体も私と同じ方向へと引き寄せられる。

 空中だったのも相まって、奴は抵抗することができなかったようだ。私に次いで地面へ落下するが、入射角が浅かったようだ。二人の体は地表で跳ねて再度空中へと投げ出された。

 腹部を押さえてのたうち回りたいところだが、せっかくの攻撃するチャンスを不意にはしたくない。

 糸を操り、空中で私の位置を探ろうと楽しそうな瞳を泳がせている奴を、横方向にぶん回す。

 引き寄せる際に耐久性能が落ちてしまったのだろう。あまり速度を上げないうちに糸が千切れて離してしまった。

 グルグルと体が回転し、背中から屋敷へと衝突するが、壁が破壊されずに亀裂を生じた程度となってしまったことからも、威力の無さが窺える。

 一度体勢を立て直すため、魔力で空中に飛翔していると、異次元勇儀の声が聞こえてくる。

「おもしろいね!もっとやんな!」

 直ぐさま壁から体を引き抜き、近くに転がっていた巨大な岩石をこちらへ向けて投擲する。

 直径が私の胸と同じ高さぐらいはありそうな岩石は、投げられたのが小石と変わらないスピードでこちらへと突っ込んできた。

 その奥では異次元勇儀が跳躍の体勢を取り、すでに土をまき散らして地を離れた。タイミングは悪くはないが、岩石が飛んでくるスピードが速すぎる。

 これの処理に少し手間取ったとしても、奴を迎え撃つまでの時間はある。ならば投げた者をそのまま返してやるとしよう。

 飛んできている岩石の軌道から大きく左側に外れつつ、側面に先にアンカーの性質を持った右手の糸を接着させた。

 岩石内部にアンカーの性質を持った魔力が抉り込み、抜けないように固定する。このまま飛んでいく岩とは逆方向に力を加えれば糸が耐え切れずに千切れてしまう。

 岩石に勢いを持たせたまま、糸に極度に力が加えられないように受け流し、自分の周りを一周させた。

 その間に地上にいる異次元萃香の方向に視線を向かわせると、スペルカードがほとんど完成したようで、疎の性質が大きく感じられる。あとはどうやって大きな隙を生み出すかが問題の様だ。

 多少力が分散してしまったが相当な勢いを残したまま、こちらへと向かってきている異次元勇儀の顔面へ向け、岩石を振り切った。

 糸の長さも調整しておいたため、岩石が当たらない状況にはならない。側頭部へと叩きつけられた岩はアンカーを介して強化していたが、それでもあっけなく砕け散った。

 横から大きな力が加えられ、奴の跳躍してきていた軌道が横に大きくずれる。そのうちに足へ左手の魔力の糸を結び付けた。

 奴の力には逆らわないようにするため、進行方向と同じ方向へ振り回すが、岩石を返したときと同じ方法で、力を分散させた。

 地面に届く様に糸の長さを少しだけ伸ばし、異次元勇儀が抵抗できないようにぶん回す。

 奴が私の前方に来た時を合図に、周りを半周して後方へ向かって行くごとに、糸には横だけでなく上方向の力も加えていき、後者を段々と強くしていく。

 糸が切れないように細心の注意を払いつつ、背負い投げをするように後方から奴を持ち上げ、縦に弧を描かせて地面へと叩きつけた。

 長さが少し足りなかったのか、落ちる直前に悪あがきで糸を引っ張られたのかはわからないが、強い力に引き寄せられて奴同様に、私も地面へ落下してしまう。

 乾いた地面は体を強化していたおかげで、差ほど痛みを感じずに出迎えてくれたが、その代償に体中が土まみれになってしまった。

 私は自分の役割を全うできたようで、陶器を落として割った音とよく似た破壊音が耳に響くと、異次元萃香の方向から強力な魔力の流れを感じた。

 上空へ大きく跳躍し、地面に上向けで倒れ込んでいる異次元勇儀へ向かって、寸分の狂いもなく落下していく。

 腕部には強力な身体強化がかかっており、あれであればおそらくは異次元勇儀の防御力も貫けるだろう。全身には疎と密の性質を持った魔力が半々程度で感じられる。

 オレンジ色の髪や手枷から伸びる金属製の鎖、スカートの裾を後方へたなびかせつつ落下していく殺気だった彼女は呟いた。

「四天王奥義『三歩壊廃』」

 着地と同時に落下の運動エネルギーを加え、強化された拳が倒れ込んでいる異次元勇儀の胸へと叩きつけられた。

 衝撃というのか、拳圧というのだろうか。拳が叩きつけられた瞬間に、彼女たちを中心に放射状の空気の壁が発生した。

 その壁は衝撃によって空気が押し出されたことによって発生する、空振と呼ばれる現象だろう。

 火山などの自然現象で発生するのは知っていたが、人為的に起きるとは思ってもいなかった。

 空中に空振が起きるほどの衝撃があったが、それはほんの一部だろう。拳は地面の方向に打ち出された。異次元勇儀の身体から、さらに強い衝撃が地面へと伝わっているはずだ。

 空振よりも遅れて地面に亀裂が発生した。十メートルは離れていたはずの私の位置にまでそれは及び、次にさらに遅れて来た衝撃によって捲り上げられた。

 倒れ込んで地面に着いていた私の体を、衝撃は簡単に空中へと持ち上げる。

 爆心地とも言える二人の方向から飛ばされた小石や土の塊に混じり、衝撃で舞い上げられていた砂が肌を撫でた。

 異次元萃香らの姿が見えないのは、攻撃の威力が高すぎて周囲の地面が陥没し、陰になっているのだろう。

 空中に持ち上がった大小不同の大量の石や土は最高高度を迎え、続いて落下の行動に移ろうとしている。

 それらよりも私は重かったため、一足先に地面に落ちるが、凸凹で着地の体勢を上手くとることができず、再度転んでしまう。

 自分の頭に落ちてきそうな岩石を避けようとしていると、二人がいるクレーターから疎の性質の魔力が強く感じられた。

 クレーターの深さがどれだけの物かはわからないが、確実に人間ではありえないサイズの女性の背中がその中心に現れた。

 疎の力を使って体を巨大化させた異次元萃香だ。オレンジ色の髪をはためかせ、金属音をジャラりと鳴らす。一度目と全く同じ体勢で、横たわっている奴へ拳を振り下ろす。

 疎によって体の総面積を増やしたということは、相対的に見ても筋肉の面積も増えたことを現し、単純に攻撃力が倍増されることだろう。

 筋肉に似た性質を持つ魔力が巨大化した身体の一部から感じる。疎の能力を使えるとはいえ、できる大きさには限界があるようで、隙間をああやって埋めているのだろう。それでも威力が上がっていることには変わりない。

 ドンっと発生した衝撃で、息が詰まる。空中を来た衝撃波が顔や胸を叩き、後方へ吹き飛ばされた。

 一度目よりも威力が上がったことと、僅かに地面に潜り込んだ状態で衝撃波が発生したため、クレーターの壁面が破壊されて、こちらにまっすぐ石や土が飛んでくる。

 目の前に魔力を放出し、全身を隠せるだけの大きさに膨らませたかったが、時間が足りない。体を半分ほど飛礫に晒してしまっているが、硬質化させて身を守った。

 最低限胸や顔など大事な部分は守れている。今回はそれで良しとしておこう。少ししゃがみ、できるだけ石から身を守る。

 大部分ははじき返すことができたが、守れていなかった足や手に石が掠り、木片が突き刺さった。

 鈍い痛みと鋭い痛みが同時に襲ってくるが、魔力強化によって痛みはさほど感じない。

 休む暇を与えてもらえないようだ。遅れて上から降り注いでくる岩石を同様に、魔力の壁ではじき返そうとした。踏ん張ろうと肩幅に広げた足場が脆く、バランスを崩してしまった。

 バランス感覚はそこまで悪くはない。直ぐに立て直すことはできたが、上から目を離しているうちに、線維が千切れる音がすぐ近くからする。

 聞き覚えがあるその音は段々と大きくなっていき、それと比例してガサガサと擦れる擦過音が聞こえ出したと思うと、自分のいる位置が影となる。

「…?」

 上を見上げるとすぐ横に生えていた直径が程々太い木が、こちらに倒れ込んできているのだ。草や枝で落ちて来る石からは身を守れたが、次はこの木から身を守らなければならなそうだ。

 異次元萃香の攻撃で地面が柔らかくなってしまい、根っこで自重を支えられなくなった木は予想よりも傾くスピードが速い。

 大きく広がっているクレーターとは反対方向へ体を投げ出した。幹に当たることは無く通り過ぎることができたが、葉にもみくちゃにされ、何度か枝に肩や腕を叩かれた。

 枝を折り、葉っぱを押しのけてようやく枝を伸ばしていた木の内側から出ることができた。

 二人の様子を見ようとすると、スペルカードで制御された動きにより、三度異次元勇儀へ拳が叩き落された。

 私の数倍はありそうな人影が葉っぱの隙間から見えたが、その姿でも庭全体の地面に亀裂を生じさせる攻撃をするようには見えない。

 そうは見えないが、実際にはそれをやった。亀裂が広がり、屋敷の一部が崩れて倒壊していく。

 庭や壁だけでは収まらず、私がいた本館にまで倒壊は広がっていく。自然災害にも思えるその攻撃力に、屋敷の外に生えていた木々が次々に倒れ、捲りあがった湿った地面に光が照らされる。

 その影響は周りだけでなく自分にも来るわけだが、私に倒れ込んできた木でさえ、立っていた時の目線と同じ高さまで来ている。

 私はその倍以上の高さまで浮遊しているわけだが、ここからであれば二人の様子を見ることができる。

 巨大化した異次元萃香の後姿しか見えなかったが、これだけの威力を三度に分けて受ければ、すさまじい防御力を持っている異次元勇儀でも無傷では済まないだろう。

 魔力で体の角度や降りる速度を調節し、整備するのに年単位で時間が必要なのが予想できる庭に着地した。

 湿った土の匂いが鼻腔を刺激する。周囲には、以前の風流を感じる庭園の姿は無い。木は倒れ、埋まっていた物や装飾で置かれていた岩がそこら中に転がり、草が覆っていた地面は土がむき出しになっている。

 これを一から整備している人物がいるならば、卒倒してしまうことだろう。

 異次元萃香の密の力が強まり、巨人にしか見えない彼女の姿がみるみる小さくなっていく。クレーターの深さがだいぶあるようで、後ろ姿が見えなくなった。

 流石に倒せたと思うが、あれだけの防御力のある奴をどう殺すか方法を考えていると、クレーターの方向から、異次元勇儀の攻撃力を強化する魔力の性質が感じられた。

「…!?……萃香!まだ終わって…」

 私が言い切る前に、どちらがしたかわからない打撃音が空気を伝わって、耳に届いた。異次元にとりとは違った方法で、人為的に開けられた穴の方向へ向かおうとしている時だった。

 クレーターから、目で追うのが困難なほどのスピードで何かが飛びだした。追うことは無理だったが、飛んで行った真上に顔を向けて見ても、その姿を捉えることができない。

 奴が通り過ぎて攪乱しようとしているのかと、警戒心を強めようとした時、後方に何かが落ちる落下音がする。

 反射的に振り返ると異次元勇儀ではなく、腹部を押さえたまま苦しそうに呻く異次元萃香の姿がそこにはあった。

「大丈夫か!?」

 すぐさま走り寄り、苦悶に表情を歪めている彼女を起こそうとすると、体を傾けて地面に血液を吐き出した。

 せき込んでいないところを見ると吐血なのだろうが、同じ鬼で異次元勇儀と肩を並べるほど強いはずの彼女にこれだけの怪我を負わせるだなんて、予想できるだろうか。

「効かないねえ」

 ビクビクと体を痙攣させている異次元萃香を、起こさずに安静にさせていると、いつもと変わらない安定した声が耳に届く。

「……っ!」

 クレーターの方へ顔を傾けると、跳躍してきていた奴が下駄の乾いた音を鳴り響かせ、地面に着地したところだった。

「十年前ならちょっとは効いただろうが、今の萃香じゃ…傷一つつけられないよ」

 奴はそう呟きながら、攻撃でこびり付いた土を払い落としている。服の見た目はあまり気にしていないようで、茶色く変色している部分には目もくれない。

 それにしても、今のお前さんじゃ…というのはどういうことだろうか。この言い方では、異次元萃香はこの十年で弱くなっている。ということになってしまう。

 十年戦争が続いているため、力が衰えてきているということだろうか。いや、数百年単位で生きている妖怪が、たった十年の戦いで弱くなるものだろうか。

 とりあえず今は、彼女を立て直すだけの時間を稼がなくてはならないのと、戦闘能力がどれだけあるかを知るために、質問を投げかけてみることにしよう。

「どういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。十年もの間。お前さんを探すために萃香は力を使い続けてた。だから、力が弱まった」

「たった十年の戦いで、弱まるとは思えないぜ」

 私はいつでも彼女を抱えられるように、服の端に手を伸ばした。不自然な動きを悟られぬよう、次の質問を投げかける。

「あいつらはいくつもの世界を調べて来た。その度に萃香は自分の体の一部と言える粒子を、その世界へ送り込んだ。

 でも、連中もバカではないからな、粒子に含まれている魔力が尽きるのを待ってから同じ世界でお前さんのことを探した。ここまで言えばわかるだろうね」

 彼女は自分の体の一部を切り離し、それを他の世界へ送り込み、消滅させてきた。それにより、少しずつ力を失ってきたのだ。

 おそらく彼女は体を粒子状化した時は、無くした分を再生させることができない。であるため、体を再生成する際には消えた分は無かったものとして生成される。

 つまるところ、腕や足は切断されれば魔力などで再生させることができる。しかし、粒子状化している時に体の一部を消されて再生成すれば、それらの分がない物とされるため、体が少しずつ物理的になくなっていくのだ。

 欠損などとは違い、無くなったものを再生させることはできず、彼女はじりじりと力を失ってきたわけだ。

「なるほどな。今の萃香が元の何割で体を構成しているかは知らないが、十年の間でかなりの数あいつらは世界を渡ったはずだし……それだけ体を失っていれば…お前にかなわないのはうなづけるぜ」

 異次元萃香は魔力で身体を回復させているのか、荒々しくしていた呼吸は今はゆっくりと安定してきている。だが、もう少し時間が必要そうだ。

「そうだねえ。でも、それでもそこらの鬼よりは強いけど、頑張ればお前さんでも殺せるんじゃないか?」

 私が異次元萃香を殺す理由はないが、異次元遊戯並みの戦力を想定していたから、この戦力差は少々想定外だ。

「力の差が歴然な事がわかったのなら、さっさとくたばんな!」

 奴は時間稼ぎにこれ以上は付き合うつもりはないらしく、拳を握ると後方へ地面をまき散らし、乾いた音を鳴らして走り出す。

「……!」

 倒れ込んでいる異次元萃香がそれに反応し、震える体で立ち上がろうとしているが、その体では本当に殺されてしまうだろう。

 掴んでおいた服の端を引っ張り上げ、わきへと放り投げた。魔力で身体強化していたこともあり、これから行われる戦いに巻き込まれる心配はない距離飛んでいく。

 掛け声もなく、無言で繰り出された拳は、目標を異次元萃香へと変えることなく一直線にこちらへと向かって来る。

 彼女を投げはしたが、できるだけ早めに行動していたため、その攻撃には余裕を持って対処することができた。

 酒臭い吐息が鼻に付き、血なまぐさい真っ赤な拳が顔をかすめる。第二撃が打ち出される前に、早々に逃げるとしよう。

 伸びきった奴の腕に糸を巻き付け、跳躍力と魔力の浮遊を使って空中へ飛びだした。異次元萃香が回復しきるまで、時間を貸せがなければ—―。

 スペルカードを食らわせる前にやったように、魔力の糸で引っ張り上げようとした私は、抗うことのできない凄まじい力で引き寄せられ、気が付くと地面に横たわっていた。

「かっ……あぁっ…!?」

 始めは痛みを感じなかったのだが、体の中にこん棒か何かを直接ぶち込まれたような鈍い痛みが次第に強くなっていく。

「すまないがね…」

 私は奴のすぐ近くに落ちたらしく、下駄の音をすぐ近くに感じた。背中から胸にかけての鈍い痛み突き抜けていき、息が詰まる。

「ぐっ…!」

「それはもう飽きた」

 細い目つきで見下す彼女は、つまらなさそうに私に言い放つと、土のこびり付いた下駄を重々しく持ち上げ、地面に打ち付けた。

 その衝撃は異次元萃香が奴に放ったスペルカードより弱かったが、至近距離だったこともあり、波打つ地面に弾きあげられて宙に浮きあがった。

 体勢を整えようとした私の首に、行動する暇を与えるつもりのない奴の腕が伸びてくる。

 万力の数十倍も数百倍も強い握力を誇る奴であるならば、背骨を砕き、肉を千切り、頭と胴体を分断させることは容易だろう。

 それをされないのは奴の趣味だ。根っからの近接戦闘主義であるため、基本的に砕くこと以外は範疇にない。

 もしそれをしてしまうことがあったとしたら、それは奴がただ単に力を入れすぎただけなのだろう。

 思った通り奴は首元を掴んでいるが、それ以上握力を強くすることなく私を見下ろしている。

 それが幸か不幸かは、これから奴がする予定である攻撃によって決まるだろう。

「っ………!」

 潰す気はないのだろうが、それでも強すぎる握力に首が絞めつけられる。脳へと向かっている動脈が締め付けられて血流が滞り、気管が外側からの圧力に閉鎖して気流が停止する。

 酸素が消費され、二酸化炭素が体内に蓄積される。酸素が少なくなっていくたびに脳機能が著しく低下し、二酸化炭素の増加を脳が検知して息苦しさが増していく。

 もがく私を奴は自分の元にまで引き寄せ、酒臭い匂いが鼻に付いたと思った時には、体に凄まじいGがかかっていた。

 遠心力で首が吹き飛んで行かなかったことは褒めてやりたいぐらいだが、それをできるのはこれから助かってからだ。

 数十メートルという距離を瞬き一つの間に通過する。この速度で何かにぶつかれば、原型が残るのかすらも怪しいところだ。

 進行方向へ向けて魔力調節で来た方向に向かう力を体に加えるが、減速はわからないほど微々たるものだ。

 建物が倒壊したことで、溜まっていた埃が舞い上がった臭い地帯を、スピードを落とすことができず飛び抜ける。

 屋敷周辺に生えていている木々の一つに体が衝突しようとする直前、周囲に疎の性質を持った異次元萃香の魔力を感じた。

 私がその魔力に触れようとする直前に疎の性質が密へと変わり、彼女の姿が空中に形成された。

 あまり時間的余裕がなかったのか、荒々しく抱きかかえられると、空中で魔力調節によって体勢を立て直し、枝をへし折って樹木の壁面へ着地した。

 屋敷を出てから周辺の地形は下がっていくらしく、着地した木の幹は根元ではなく比較的地面から離れた部分だった。

 根元よりも細くてしなる力もあり、それを利用して彼女は私の運動エネルギーを殺したようだ。

 どれだけのスピードが出ていたかわからないが、あれだけのスピードをたった数メートルで弱めるとなると、体にそれなりの負荷がかかるが投げられた時ほどではない。

 私の運動エネルギーが全て、木のしなりに変換されたようで、後方へ移動することを止めて体はそこで停止した。

 半径が十数センチもある幹がそれほど後方に折れずにしなったとなれば、当然木は元の形へと戻るだろう。

 人間には感じることのできない短い間、それを維持していたが弓が矢を飛ばすように、元に戻る力を利用して異次元萃香は木から跳躍する。上に向かって飛んだらしく、投げられた時と違って山なりに体は上昇していく。

「大丈夫か?」

「ああ……それよりも、あの化けもんを…どうするかだ」

 彼女のスペルカードが効かなかった以上は、私のスペルカードも同様に効果は薄いだろう。

 礼を言って彼女に離してもらい、奴の方へ着かないように空中に静止した。

 数十メートル先にいる敵は、こっちに来ないのかとつまらなさそうに肩を落とすと私たちの方へ向かって歩みを始める。

「何かいい方法はないか?」

 さっき蹴られた攻撃がまだ響いているようで、痛々しく紫色に変色している腹部を押さえている彼女は呟いた。

「………。一つ、もしかしたら倒せるかもしれない方法がある」

 私はこちらに歩み寄ってきている奴の方を睨み付けた。まだ何か秘策を練っているのだと思っているのだろう。まだ楽しめそうだと嗤う彼女の足が少し早くなる。

「どうすればいい?」

「時間を稼いでくれ、できるだけ長くな」

「それだけでいいのか?」

 おおよそ作戦とは言えない私の返答に、彼女の表情が不安で陰っていく。

「どのスペルカードもあいつに対しては大したダメージにならない。だから、効くかもわからないが、この作戦は試す価値はあるぜ」

 自分の力が弱まったことで、傷一つつけられなかったことが脳裏を横切ったようだ。不安を残しながらもうなづいてくれた。

「時間がないから説明はしないが、頼むぜ」

「ああ、任されたし、任せた」

 私と彼女は二手に分かれ、頬を僅かに朱色に染める異次元勇儀に反撃を開始した。

 




次の投稿は1月5日の予定です。

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