それでもええで!
という方は第百十六話をお楽しみください!
次の投稿は二月の後半にする予定です。予定が空けば早まるかもしれません。その場合はここの後書きに書き込みます。
恐ろしいほどの衝撃が体の中を突き抜ける。胸部に与えられたそれだけで、心臓の活動が停止してしまうのではないかと思うほどだ。
衝撃で押しつぶされて気道が塞がったのか、肺が潰されて空気が抜けて行ったのだろうか。息が詰まり、吸い込めない。
肋骨が歪み、亀裂が生じたか。それともどこかで折れたのだろう。体の中から嫌な音がするが、不思議とその痛みが襲ってくることは無い。
なぜなら、それよりも強烈で、苛烈な激痛というのには生易しすぎる痛みに襲われたからだ。
全身を引き裂かれるような痛み。これは例えるならば、馬の力を利用して人間の四肢を捥ぐ、どこかの国の処刑方法をされたようだ。
実際に自分の身で受けたわけではないが、魔力で強化してやらなければいつでも体の内側から中身が零れそうな感覚は、それを彷彿とさせる。
肉体が奴の攻撃によって、細胞レベルで結合が剥がされていく。組織や器官レベルの大きさでないと人間は感じないだろうが、この感じは、あながち間違いとは言えないだろう。
殴られた局所的な場所だけでなく、体内を衝撃が反響して全身に広がっていることで、指や手の組織が体を離れ、それぞれ別方向へ向かおうとしているのがわかる。
これを受け入れてしまうと、私の体は一片の肉片すらも残らず、弾けて消えてしまうだろう。
理性的な部分ではなく生存本能的な部分が働いたのか、無意識のうちに強力な魔力を全身に巡らせ、結合が離れていきそうな細胞たちを繋ぎ止める。
全身をバラバラにする程の威力を持つ攻撃の割に、私の体は十数メートル後方へ吹っ飛んだだけで、地面に転がり落ちた。
「魔理沙っ!!」
異次元萃香の声が聞こえた気がした。その音量や音質からこちらの安否を窺う必死さが伝わってくるが、それに返答することはできない。
「ごぼっ…」
皮膚の表面にはあまり攻撃の影響が出ているようには見えないが、中は絶大なダメージを受けているのだ。
胃から血液が上がってくる前から、口内の粘膜から血液がにじみ出て来たらしく血の味がする。
影響は口内だけにとどまらず、視界が徐々に赤く染まり始め、鼻腔から流れ込んでくる空気に鉄の匂いが含まる。
皮膚と比べて防御性能や出血に対する抵抗が弱い粘膜から、出血を起こしているようだ。鼻腔は血液で詰まり、瞳からは血涙が留めなく溢れる。
吐血か喀血かがもはや判別できなくなっている血液は、止まることを知らない。いくら吐いても収まる気配はない。
「あっ…ぐっ……ごほっ…!」
おびただしい量の血液を上体を持ち上げていた手元に吐き出した。魔力での回復を促すが、圧倒的に間に合っていない。
「大丈夫か!?」
すぐに駆け寄ってきてくれた異次元萃香が、立ち上がろうとしても上体もろくに起こせていない私を起こしてくれる。
「かっ……はっ…ぐっ………」
ブルブルと体がわずかに痙攣する。奴の攻撃で死ななかったとしても、このままでは出血多量で死ぬ。
肩から下げているポーチの中には、確かまだ使い掛けの回復薬が残っていたはずだ。震える手を何とか制御し、地面に落ちている鞄の本体を握り込んだ。
それを持ち上げようとしても腕に力が入らず、持ち上げることができない。それどころか握り込むこともままならない。
私のやろうとしていることを察してくれたのか、傍らにいた彼女が代わりに持って開き口を開けてくれた。
今まで滅茶苦茶に移動していたせいで、中身はぐちゃぐちゃになってしまっている。他の瓶よりも一回り大きく、頑丈そうな見た目をしているそれに手を伸ばす。
透明な瓶に透明な液体が入っているせいで、中身が本当に入っているかわかりずらいが、手が震えているおかげで容器が揺れ、チャポチャポと水気のある音を発する。
ポーチから取り出そうとしていると、彼女がそれを手に取ってくれた。その程度の重量すらも、向こうから見たら持ち上げられていなかったのだろう。
「これでいいんだよな?」
コルクの蓋を異次元萃香は抜き取るが、どう使用していいのかわからない彼女は、どうする?とこちらを見下ろしている。
言葉が出ない。痛みで苦しく、話すための器官を使うことができない。もしかしたら肺が潰れてしまっているのだろか。それほどまでに呼吸を自然に行うことができない。
意識しても障害されるその行為をすることを放棄し、痙攣したままの手を使って彼女が握っている瓶に血まみれの手を伸ばした。
自分の口元に、注ぎ口を持って行こうとする私の動きを助けてくれたおかげで、数秒かけてようやく引き寄せることができた。
ひんやりしている瓶の口に唇をつけると、まるで口紅のように注ぎ口に血がこびり付いた。
瓶の残りがさほど多くない為、容器を大きく傾けて中身を口内へ注ぎ込む。決しておいしいとは言えない、むしろ不味い液体で満たされた。
口内に残っていた血液が混じり、不味い液体に更に鉄の味と匂いが掛け合わせり、酷い味だ。
しかし、回復薬の効果がもうすでに出てきているらしい。液に晒されている傷ついた粘膜で、細胞分裂が盛んにおこなわれているようだ。口の中が熱いぐらいに熱を帯びる。
せっかく不味い味に耐えてそれを飲み込もうとしていると、消化管が傷つけられたことで起こった出血で、胃から真っ赤な内容物が押し出される感覚が体の中でする。
ここで堪らず吐き出してしまえば、せっかくの回復薬がパーになってしまう。喉の奥を筋肉で閉めて内容物を押し留め、口の中に頬張っている血交じりの回復薬で押し返した。
「っ……はぁっ……!」
胃から上がって来た血液が、口の中まで上がってきそうになっていたが、飲み下せたことで回復薬を吐き出してしまうことは防げた。
食道を通って回復薬が胃に落ちたようだ。早速傷ついた胃壁などに作用しているようで、体の奥底が熱くなってくる。
胃の幽門部から小腸へと流れ出た回復薬はそこで吸収されたようで、成分は絨毛に捉えられて血管にしみ出し、途中で肝臓を通って心臓へと向かう。
全身へ血を送り出す役目のある心臓から送り出されると、次第に体の各所で傷の修復をしている熱を感じる。
「……っ…………はぁ…」
死んでしまっていてもおかしくはない状態だったため、生存につながる治療ができて一息つくことができた。
「大丈夫か?」
「まだわからんが、……多分もう大丈夫だ…。それよりも、あいつは…?」
私がそう尋ねると、彼女はあっちだと顔を奴の方向へと向ける。それにつられて抱えられた状態のままそっちを見た。
私にスペルカードを放った場所から、奴は全く動いていない。こちらを見ようともせず、自分の右手の平をじっと見下ろしている。
一体どうしたというのだろうか。私や異次元萃香をなぐり殺すのには絶好の機会だというのに、奴はそれをせずに考えることに費やした。何かあったのだろうか。
「お前さん。あたしに何かしたか?」
唐突に異次元勇儀がそう言ってきたことで、私は内心ドキリとしたが平静を装って否定した。
まだ治療途中で声が出ないので、顔を左右に小さく振った。すると何か疑うような顔をしたままこちらにではなく、庭の中央に半分埋まりかけていた巨大な岩石の方へ歩いて行く。
「お前さん。本当に人間かい?」
いろいろな奴に何度もそう言われたことで、自分でも不安になるが多分そうだ。
「………人間に、……決まってるんだぜ」
「だったら、化けもんとしか言いようがないね」
化け物並みの耐久力と攻撃力を誇っている奴に言われたくはないのだが、
私を抱えている異次元萃香も思い当たるふしがあるようで、ちらりとこちらに視線を向けてくる。
「…」
歩いていた奴は、向かっていた岩石の隣まで行くと立ち止まる。異次元勇儀の身長は二メートルはあるが、岩はその倍以上もあり、幅も奥行きも高さと同じぐらいはありそうだ。
「……へえ、なら……どこが化けもんだっていうんだぜ」
私は異次元萃香の肩を借りて立ち上がった。まだ足元がおぼつかず、補助が無ければ倒れ込んでしまうだろう。
私がそう言うと、奴は見下ろしていた手を握り込むと、隣にある巨大な岩石を殴り砕いた。
割れるとは違う。そんな生易しい物ではない。半分やいくつかの塊に岩石が割るのであれば、まだ理解できる。しかし、彼女は内部に強力な爆弾でも仕込み、爆発させたかのように岩石を砕いたのだ。
その破片は小さい物では指の上に乗るサイズの物から、手のひらサイズの物まであるが、それ以上大きな破片が存在していない。
よほど強力でなければ、ここまでバラバラになることは無いだろう。積んだ砂が形を崩して地面に広がるように、巨大な岩石だった物が細かな石ころの集合体となって崩れ落ちる様は圧巻だった。
「これよりも強い攻撃を受けて、ピンピンしてる方がどうかしてると思わないかい?鬼でも耐えられる奴はそうそう居ない」
「当たり所がよかったんだぜ」
あの殴られる瞬間。結界をぶち破って来た奴の拳が私に当たる直前、異次元萃香が割って入って来たのだ。
遠くに投げたはずだったのだが、粒子状化して近くに現れ、拳と私の間に手だけ滑り込ませたのだ。
それが合ったことで私のダメージがあれで済んだのだが、その代わり彼女は腕を再生させるのに力をだいぶ使ったようで、お疲れのように見える。
「萃香が邪魔をしたのを差し引いてもだ。肺が潰れていてもおかしくは無かったはずだが、そういう風には見えない。その時点で十分お前さんは人間を卒業してるよ」
「いや、私は人間だ。お前みたいな化けもんと一緒にするんじゃあないんだぜ」
私はそう言いながら肩から下げているポーチの中を弄った。奥の方にしまっていたはずだが、戦いの最中に場所が移動していたようだ。
マジックアイテムの下を探ると目的の物を見つけた。以前香林から半ば無理やり貰った煙草だ。
布で包んでおいたおかげで四本すべて残っている。そのうちの一本を取り出し、残りを再度布で包んだ。
会話で時間を稼いでいたおかげで、一人で立てる程度には回復することができた。肩を借りていたが、礼を言って煙草を持ったまま離れた。
「戦いの間に一服だなんて、随分と余裕じゃあないかい」
異次元勇儀はそう言って、足元に転がっている岩を蹴飛ばしながらこちらへと向かって歩み始める。
「余裕ぶってるわけじゃないぜ。お前を倒すためのとっておきだ」
「ほお」
奴は面白そうだと立ち止まり、私がそれを使うのを待つようだ。
私は警戒しつつもそれを見下ろす。一見するところ白色の紙で包まれたただの煙草だが、彼が言うには通常の嗜好品の効果はないらしい。これが一時的に力を増幅させるマジックアイテムだとは周りからは見えないだろう。
香林自身の魔力をわずかに含ませてあると言っていたが、貰ってから随分と時間が経っているせいですでに魔力は残っていない。
であるため、煙草に香林が含んでいたであろう魔力の性質を含ませ、フィルターが付いている方向を口にくわえた。
「魔理沙、それは?」
「力を増幅させるアイテムだぜ。」
私がそう言うと、彼女の目が少し疑うように細まるが、私が使用するということで信用できると思ったようだ。
「私の分はあるか?」
「すまんが、萃香には使わせられないぜ…どんな副作用があるかわからない。貰った奴からは危険だから出来るだけ使うなって言われたからな」
「あいつを倒せるなら多少のリスクは負うさ。こっちの心配はしなくていい」
早くよこせと言いたげに手を差し出してくるが、私は顔を横に振った。
「するさ。実験みたいなところもあるし、だいぶ弱ってる萃香に使わせて死なれたら困る」
「……魔理沙が使っても大丈夫なら、私も大丈夫だろ」
「わからんさ。人間企画に作ってるからな」
人間企画に作っていると聞くとなんだか弱そうに聞こえるが、そうでもない。薬に人間用と動物用があるように、体の構造に一部違うところがあるがゆえに分けられている。
そう言った原理がこれにも使われている。というようなことを言っておけばいいだろう。
確かに鬼は体が頑丈だが、弱っている異次元萃香に何かあっても困る。実験的という所は本当だからな。
「そう言うことなら…」
そこまで伝えてようやく彼女は引き下がってくれた。そこまでしても奴に勝ちたい思いが強いのがわかる。副作用があまりなく、私の作戦が上手く行かなかった場合には使用してもらうとしよう。
しびれを切らし、異次元勇儀が何時突っ込んでくるかわかったもではない。私は咥えた煙草の先端に、手のひらに発生させた炎の性質を含ませた魔力を近づけた。
あまりこういう物を嗜んだことが無いため、どれだけ火をつけていればいいかわからなかったが、思ったよりも早く巻紙に包まれていた刻と呼ばれる葉タバコを乾燥させた物に火が移る。
熱を放ち、赤く煙草や私の肌を照らしていた炎を消した。すると煙草は燃えだすこともなく燻った状態になり、煙を上げてじりじりと赤く光りながら先端がゆっくりとこちら側に向かって進みだした。
勝手がわからないが、見よう見まねで口にくわえたフィルターを介して息を吸い込んでみる。
巻紙が空気を逃がさない役目をはたしているようで、先端部分から空気を取り込むと燻っていた火が、勢いを増してこちら側に向かうスピードを速めた。フィルターで濾過された煙に乗って、香林が含ませていたであろう魔力が口の中に飛び込んできた。
「げほっ!?ごほっ!?」
こういったことをしてこなかったことの弊害か、それが気道に入った途端に苦しくなって咳き込んでしまった。
しかし、香林の言った通り、本来の嗜好品の様な性質は無いというのは本当らしい。香辛料などが加えられ喫煙者にとっては馴染みがあり、吸ったことのない私からすると独特な匂いがこれには無いのだ。
それがないだけ随分とマシだが、中々厳しそうだ。
人差し指と中指で煙草を挟み込み、再度フィルターを通して息を吸い込んだ。先ほどと同じように煙が口を通り、気道を通り過ぎ、細気管支から肺胞内へと紫煙が拡散していく。
香林の魔力が肺胞の拡散能力により血中へ大量に溶けだし、肺静脈を通って左房へと流れ込む。
彼が液体などの手法を使わなかったのか、分かった。説明で受けたがフィルターで量を調節しやすいのもあるが、一番はその循環の速さに目を付けたのだろう。
小腸などから彼の魔力を取り込んだとすると、静脈を通ってまずは肝臓へ向かい、そこから静脈を通って右心房に到達する。次に右室を通って肺と左房へ行き、左室から全身に送るのには手順が多いし時間もかかる。
それに比べて肺から取り込めば、肝臓や静脈、右房と右室の過程を飛ばすことができる。非常に効率のいい方法だ。
その考えが間違っていないようで、回復薬を飲んだ時よりも早くその効果が如実に体に現れる。
周りから見ればあまり変わらないだろうが、自分の内側に注意深く意識を向ければ、魔力の質が格段に上がっていく。
なぜこんなことができるのか、答えは簡単で他人の魔力というのは、自分にとって猛毒と同じだからだ。
原理は単純で、フィルターを通してごく微量の魔力を煙に乗せて体内へ取り込む。肺から全身に広がる猛毒に対し、体は総力を挙げて排除しようとするだろう。
これは例えるなら、ちょうど免疫の機構と似ている。体内に入って来た細菌などの非自己を認識して、免疫機構を活性化させてそれを排除する。
この部分は非常に酷似しているが、一部違うところがある。免疫機構の活性化を強化に利用しているということだ。
免疫機構の活性が、こちら側で言う所の魔力だ。早く排除しなければ波長の違う魔力によって自己が壊されてしまう。であるため、魔力の質を一時的に底上げして一気に叩こうとする。
香林の魔力を体が排除しようとしている間は質の底上げにより、私はいつもよりも高い攻撃力を発揮できるだろう。
口に咥えていた赤く染まったフィルター部分を離し、奴に使われたり異次元萃香が使ってしまわぬよう、煙草を握りつぶした。
火種が皮膚に当たり、ジュッと肌が焼ける音が聞こえてくるが、魔力をその周辺に向かわせると数秒での跡を残さずに火傷は消えた。
勿体ない気もするが使ったことのないこれは、どれだけの副作用があるかわからない。勝手がわかるまでは、あまり長いこと煙を吸わない方がいいだろう。
手のひらに付いた灰をはたき落としながら、ぐにゃりと折れ曲がった煙草を地面に捨てた。
ポイ捨てはいけないことだが、そんなことを言っている余裕はない。準備ができたかと、嬉しそうに奴は進撃を再開する。
「……はぁ……」
肺いっぱいに吸い込んでいた、ただの紫煙を空気中に吐き出した。あの独特な匂いのないただの煙は、その場に留まる事無く霧散していく。
「行けるか?」
「……ああ、行けそうだぜ」
いつもよりも調子がいい。魔力の質が向上したことで強化した体が軽く感じる。
魔力の質が高まれば、この作戦の時間も短くなることだろう。とある性質の魔力を辺りに撒布し、まだ若干煙を火種から出していた煙草を踏みつけながら、こちらへ向かって来る異次元勇儀の方へと走り出した。
次の投稿は2/22~2/23になると思います。
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