東方繋華傷   作:albtraum

121 / 203
自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百二十一話をお楽しみください!


誤字脱字等がございましたら、連絡していただけると幸いです。


東方繋華傷 第百二十一話 支配

「どう?」

 地面すれすれまで顔を寄せていく私に対し、隣に立っている女性がそう語り掛けて来る。まだ匂いを嗅いでないのに、それを聞くには早すぎないだろうか。

 そう文句の一つでも言ってやりたいが、一応私の上司に当たる人物であるため、心の奥にしまっておくとして、地面に残っている匂いを嗅ぎ分ける作業に移る。

 薄っすらと足跡は残っていても、それが前に自分たちが通ったものなのか、他の班の連中が通った後なのかがわからない。

 それを探るため、地面に残っているここを通った人物の体臭をかぎ分ける。頭を地面に近づけたことで真っ白な髪が土に着きそうになり、それを手で押さえつつ匂いに集中する。

 口を閉じたまま肺を膨らませたことで、鼻から外界の空気が鼻腔へと流れ込んでくる。人間よりもはるかに発達している嗅細胞から嗅神経に、匂いの情報が詰まった信号が発せられ脳がそれを感じ取る。

 その情報から知っている匂いか、知らない匂いかを判別する。知っているならば味方か敵かを判別し、後者ならばこのまま追跡を続ける。知らない匂いであれば、同様に追跡していくとしよう。

 この匂いは嗅いだことがない。鴉天狗や白狼天狗、鬼でもなければ巫女たちの匂いでもない。河童たちの様な水の生臭い感じでもない。

 妙蓮寺の面々とも違い、野良の雑魚妖怪どもでもない。この匂いはこちら側の、死の匂いが染みついている連中の匂いではない。

 この匂いは、少し前にこちら側へ乗り込んできたという向こう側の奴らの匂いだ。新しい血の匂いが感じられるが、古い物は感じない。それとこちら側の独特な匂いの無い部分からわかった。

 となると誰の物なのか。今のところ、道に残っているのはこの謎の人物の匂いが一番強い。時間の経過に反比例して匂いは弱まっていくので、我々がしている巡回の合間に入り込んだわけだ。

 匂いが一つだけなので、単独で行動をしているのがわかるが、それが意図的な物なのか、偶発的な物なのかがわからない。

「どう?」

 しばらく黙って匂いの解析をしていたが、しびれを切らしたのか相方は周りを見回し、誰か不審な人物がないかを警戒しながらまた呟いた。

「もう少しです」

「他の子は結構かかるそうだけど、流石ね」

「椛さんならほんの数秒で終わらせてましたから、私はまだまだですよ」

 私はそう返答してもう少し詳しく匂いの分析を続けると、彼女が発汗していないことに気が付いた。生き物であるため、発汗していることはしているが、緊張による物ではないのだ。

 向こう側の人間が、こちら側に来てからはぐれたりすれば、いつ襲われるかわからないというストレスから独特な匂いのする汗を分泌する。

 この道に残っている匂いにそれはない。つまり、偶発的ではなく、意図的に一人でこの辺りに入ってきたということになる。

 地面に残っている足跡も、不安そうに何度も振り返ったりする痕はなく、片足を引きずってはいるがしっかりとした足取りだ。

 向こう側の連中がばらけて個人で動いているという情報は入って来ていない。ならば、どこにでも移動できるスキマ妖怪が来たりしたのだろうか。

 いや、鬼の山の方向からこの匂いは来ていたため、それは考えられない。何がいるのかわからない山の中を、安全なスキマを使わずに歩くなどありえないだろう。

 鬼の山の方から来ていたのに、鬼の匂いではないのはなぜか。確か、仲間の情報では霧雨魔理沙が伊吹萃香に連れていかれたという話は聞いている。

 なら、この匂いは霧雨魔理沙の物だろうか。嗅いでいる匂いを集中して分析していくと、十年前に嗅いだことのある懐かしい匂いであることに気が付いた。

「少し急ぎましょう」

「何かわかったのかしら?」

 私とは正反対に真っ黒な髪の鴉天狗は立ち上がった私に、情報提供を求める。納刀された細い太刀の柄に肘を置いたまま、期待した眼でこちらを見ている。

 背中から生えている真っ黒な羽が、わさわさと小さく開いたり閉じたりを繰り返している。急がなければならないことということで、期待が大きいのだろう。

「霧雨魔理沙がここを通った可能性が高いです」

 私がそう彼女に伝えると、口角が上がりつつ端が耳元に向けて伸び、鋭い犬歯をピンク色の唇の間から覗かせた。

 彼女と全く同じことを考えていた。この十年で使い走りばかりやらされていたが、どうやら、我々天狗にツキが回ってきたようだ。

 霧雨魔理沙さえ手に入れることができれば、後はどうとでもなる。地下牢に監禁し、博麗の巫女たちからしばらくの間隠してやればいい。

 しかし、奴らは勘が鋭いから、捕まえられたら天狗の中でもあまり情報を広めない方がいいだろう。こちら側が知らぬ存ぜぬを押し通すために。

 邪魔がいなくなったら、力の手に入れ方を本人から聞き出し、知らないか言うつもりがないのであれば、独自に力の手に入れ方を探るとしよう。

 今までの長い間に鬼や博麗の巫女、紅魔館の連中にいいように使われ、気に食わなければ殺されたりして怯えて暮らしていたが、力さえ手に入れば覇権を握るのは我々天狗となるだろう。

 十年前のあの爆発。あれだけの力を発揮できるようになれば、我々が衰退していくことは金輪際ない。天狗という種族が滅ぶことは無く安泰する。

 それをするための第一歩として、霧雨魔理沙を秘密裏に捕まえなければならない。時間が経ちすぎたり、抵抗されればその分だけ他の連中に知られるリスクが高まる。

 幸いにもここら一帯数キロは天狗のテリトリーだ。野良の妖怪や鬼たちもあまり入ってこないし、博麗の巫女が直接ここまで来ることもない。

 情報が漏れたり、博麗の巫女の意志に我々が背いたとバレる心配はないはずだ。

「それでは行きましょう」

「ええ」

 追跡の邪魔になるため盾を背中に担いでいたが、それを左手で持ち直した。随分長い間使い続けている古びた盾で、表面には白と赤で紅葉の絵が塗装されているが、かなり剥げてしまっている。

 数十年前に貰った時には艶もあり、かなり綺麗だったはずだがそれを思い出すことができない程にボロボロだ。

 何度か攻撃を受けたりして表面には傷が残っているが、機能的には問題ない。それでもそろそろ替え時かもしれない。

 持ちやすく加工された取ってを握り、右手では人間が片手で扱うには重すぎる大太刀を鞘から引き抜いた。

 匂いは私しかわからないため、鴉天狗の彼女の前を走って先導する。あまり使われない道であり、獣道がわかりずらいが、霧雨魔理沙と思わしき人物はこれに沿って歩いているようだ。

 土を後方に飛ばして地面を駆けずり、私の後ろにいる鴉天狗の彼女は土がかからない位置を低空飛行でついて来ている。

 霧雨魔理沙の移動する速度を、私たちの追跡が上回っているようで、追っている匂いが段々と強くなっている。

 天狗が根城としている屋敷から遠ざかれば遠ざかる程に、歩く回数は減っていくので獣道の判別ができなくなっていく。

 ほとんど道といえるものが無くなってきたころ、追っていた匂いが不意に道から無くなった。

 高速で足を回して走っていたが、それを止めてブレーキをかける。ズザザッといきなり歩を止めたことで、後方を飛んでいた鴉天狗は一度私の横を通り過ぎ、旋回してすぐ近くに降りて来た。

「どうかした?」

「いえ、いきなり匂いが途切れたものですから」

 匂いが途切れた場所に行くため、もと来た道を戻りながら彼女に説明すると、表情が曇る。

「まさか、私たちが追っていることがばれたのかしら?」

「そうではないと思います。バックトラックをされたような、不自然に匂いが濃くなっている部分は無かったので……おそらく道がわからなくなって、わきに逸れたんだと思います」

 私たちはここを何度か通っているから、道といえない状態でも識別できるが、初めて通る人間からすれば無いのに等しいだろう。

「それならいいわ」

「はい……それと、匂いが濃くなってきているので霧雨魔理沙まではもう少しだと思います」

 それを伝えると鴉天狗の上司は、ふふっと少しだけ嬉しそうに笑う。

 霧雨魔理沙自身の血の匂いが濃いので、怪我をしているかもしれない。我々が思っているよりも、簡単に捕まえられるだろう。

 鬼特有の匂いも混ざっているが、連れていかれた際に着いたものだろう。匂いが途切れたと思われる場所に着き、詳しく追跡する為に左手に持っていた盾を背中に担いでしゃがみ込んだ。

 匂いをかぎ分けていると、やはり今まで通って来た道を外れて脇に逸れて行ったようだ。

 その辺りにある汗の匂いには緊張の香りはしない、私たちが追っていることには気が付いていないのは確実だ。

 その情報を相方に伝えようとした時、木々が生い茂った山の中で珍しくふわりと風が吹く。

 木々の葉っぱが弱々しく擦れあい、ガサガサと音を出している。それ自体は不思議なことではないのだが、音が鳴っている葉っぱの方を視線で追うと、奥にある丘の方向から続いているようだった。それが違和感へと変わっていく。

 音が鳴ること自体は不思議ではないと言ったが、どこに違和感を感じたのか。それは、揺れている葉っぱは奥の丘から、まっすぐこちらに向かって狭い範囲で揺れていたからだ。

 何かがおかしい。数百年この森で生きていて、このような現象は見たことがない。風が起こっているならば、ここら一帯全ての葉が揺れるはずだ。

 ピンポイントで私たちのいる場所に向けて風が吹いていくことなど、ありえない。周りを警戒することを促すため、後方に立っていた相方の方向を肩越しに振り返った。

 そこには、血まみれの鴉天狗が立っていた。厳密には元相方の鴉天狗だ。彼女の服は血でまみれ、露出している肌を真っ赤な血液が肌を汚し、服や真っ黒な羽に赤い染みを作る。

 それだけの出血をしている彼女を、助けなければならないという感情が浮かんでこないのは、首とつながっているはずの頭がそこに存在していないからだろう。

 天狗でもここまで鮮やかな手口で、首を落とすことはできないだろう。真横から刃物で切り裂かれた首は皮膚や筋肉、脊髄すらも止められることなく両断されている。

 情報から知っている霧雨魔理沙の様子や戦術から、彼女のやり方ではないのは明らかで、他の第三者だと推測できる。なのだが、先ほど吹いた微風には霧雨魔理沙の匂いが感じられた。

 聞いていた情報では霧雨魔理沙の仕業ではないとなるが、匂いは霧雨魔理沙の物であることで頭が混乱し、すぐに動き出すことができなかった。

 後ろにズルッと落ちた頭部が羽に一度当たり、ガサリと音を立てるが羽では球状の頭部を支えることができず、地面へ転がり落ちた。

 重たい頭部がドンと地面に落ちた音で、ようやく我に返った。切り裂くような鋭い殺気が、風が来た方向とは逆から感じれた。

 盾で防ぐのにはもう遅すぎる。地面を蹴りつける音が耳に届き、奴が跳躍してしまっていることを悟った。

 真っすぐ首に伸びている殺気により、私の首を狙っていることを肌で感じるが、背中に担いでいる盾でその部位を隠す頃には、相方と同じように首が地面を転がっているだろう。

 我々が博麗の巫女とつながっていることは他の連中はわかっていて、鬼や河童達から手を出してくることはそうそうなかった。

 だから、テリトリーの中であれば追う側だったはずの私が、追われて狩られる立場になるとは考えたこともなかった。

 久々に感じた狩られる側の恐怖に反応が遅れた。しかし、視界の端で霧雨魔理沙と思しき人物が使った武器が、木々の隙間を縫って落ちて来る木漏れ日により、きらりと光る。

 その長さや光の反射具合から、握られているのが真剣ということはわかる。振られる軌道は彼女自身の構えが視界外であることで、推測することしかできない。そこは勘や経験、状況で補うしかない。

 随分と遠くから跳躍していたようで、古いボロボロの布で巻かれた柄から伸びる大太刀を、振るうだけの時間はある。

 匂いを嗅ぐために、しゃがみ込んでいたのは運が良かったかもしれない。立っている状態であれば、首は当然だが縦向きに存在する。それを落とすとなると、刀を横に振らなければならない。

 左右どちらかに逃げるのは最悪の選択で、大振りでも小振りの攻撃でも、刀が振られる範囲が広くて私が逃げる時間が増え、刀に捉えられるリスクが高まる。

 相方の切られた断面図から、相当な剣の使い手と見受けられた。それだけの実力を持った人物相手に、しゃがんでかわすことも難しいだろう。

 周りには障害物がなく、横向きには遠慮なく振り切ることができる。そのため、多少私の体の高さが変わったところで、軌道修正は容易いはずだ。

 それに比べて現在私の首は横を向き、地面すれすれにある。地面に刃が触れてしまうことを考えれば、力いっぱい振るうことはできないだろう。

 速度が落ちてくれれば、切りつけられたとしても致命傷を避けられ、私の生存する可能性は高くなる。ここから攻撃に転じれば相手の不意を突くこともできるだろうが、これは読まれる可能性が高くあまり推奨できない。

 これらはあくまで私の技術力や価値観を基準に推測されたものにすぎないが、知識や経験をフル活用しなければこれまで生きては来れなかった。今回も信じるとしよう。

「りゃあああっ!!」

 タイミングを見計らって上体を大きく起こし、こちらに向かってきていた白と黒の洋服を身に着け、真っ白な髪をはためかせる霧雨魔理沙に切りかかった。

 黒っぽい緑色の瞳と黄色い瞳のオッドアイで、十年前と寄せられている情報とはかけ離れた容姿をしている。

 その彼女の腹部を薙ぎ払う形で大太刀を薙ぎ払うが、読まれていたようだ。良く砥ぎあげられ、我々が持っているどの刀よりも鍛え抜かれている刀身は、横に振られている大太刀の刃に縦に抉り込む。

 真っ赤な火花に紛れ、青色の結晶が弾けはするが、鍔迫り合いなどになる事無く半ばから大太刀は両断された。

 奴の持っている刀は大太刀よりも細くて重量もない。物理的に考えれば、軽い物体よりも重い物体がぶつかってきた方が、発生するエネルギーは大きくなる。

 私の方が有利であるはずだが、鍛えられたという部分や魔力により強化されている。といった要素が絡めばそんなものは小さな問題となってしまうようだ。

 体を大きく動かして立ち上がったことと、薙ぎ払った刀の影響で、首や頭を叩き切られずに済んだ。その代償として奴の刀は右耳を根元から削ぎ落し、肩の一部を腕ごと切り落とされた。

「っ!?あああああああああああああああああっ!?」

 切断された耳や腕を押さえ、うずくまって泣きじゃくりたいほどの激痛が二か所から襲って来る。

 軽く百年を超える年月を生きてきても、情けなく涙が瞳に溜まり、頬に伝い落ちて行く。涙による光の屈折が起こり、視界の下側四分の一ほどがぼやけて見えなくなってしまっているが、目の前で刀を振り降ろしている霧雨魔理沙の次の行動を読めない程ではない。

 頭が流れ込んでくる激痛でパンクしそうであるが、地面すれすれでピタリと止められれている刀を、こちらに振り上げられる前に飛びのいた。

 片腕を失って重心がズレていつも通りに動くことができず、予想通り振り上げられた刀の切先が、胸を斜めに切り裂いた。

「っ!!」

 鮮血が胸から弾け、緑色の草に飛び散った。骨や肺にまでは達していないが、相当深く刃が切り込んで来たようで、白い戦闘服が真っ赤に滲んでいく。

 重心がいつも通りでないことと、追撃を受けてしまったことが重なり、後ろによろけて尻餅をついてしまった。

 私がヨタヨタと下がって来た道を示すように、腕と耳がつながっていた場所から流れ出た血液が、点々と霧雨魔理沙のいる場所から続ている。

 胸を切られたことで、服にも切れ目が入っている。重力によって服が下側に引っ張られ、切り込まれた部分が大きく口を開けて肌と傷口を露出させる。

 乳房が外界に露わとなりとっさに胸元を隠すが、その行動は恥ずかしさからではなく、傷口を塞がなければならないという本能からだ。

 早く逃げて、仲間に助けてもらわなければならない。向けられている殺意の強さに気圧され、緊張して足が中々持ち上がらない。

 戦闘により交感神経が促進され、呼吸が荒い。全身に酸素を巡らせようとする作用だが、心拍が上昇して出血が早まってしまう。さらに心拍数が上昇しているおかげで、いくら呼吸を繰り返しても息が詰まるような感覚が拭えない。

 できるだけゆっくりの呼吸に切り替え、深く息を吸って酸素を肺から取り込む。こうすることで精神を僅かにだが落ち着かせる効果があり、心拍数も抑える。

 逃げるために立ち上がろうと地面に手を付こうとした時、いつもの癖で切断された右腕を使おうとしてしまった。

 ぐらりと体が傾き、地面に受け身を取れずに倒れ込んでしまう。

「っ…くそっ…!」

 出血が酷く、意識が朦朧とし始めた。魔力で血液の産生や傷口の修復を促しているが、まるで効果がない。

 早く仲間に知らせないといけないという焦りだけが空回りし、立ち上がろうとする行動がもたついてしまった。

 そうしているうちに、手入れがキチンと成されている使い込まれた刀剣を握る、霧雨魔理沙がゆっくりと歩み寄ってきている。

 切先に着いた私のと思われる血液を振り払い、太刀を下段に構えて目の前で立ち止まった。

 服装はボロボロで、血まみれだ。ところどころ穴が開いていて、その部分の肌がむき出しになっているが、傷はほとんど見られない綺麗な状態だ。

 もっと傷を負っていてもいいような服の損傷具合だが、そうでないのは彼女が保有している力のせいなのだろうか。

 見た目だけの雰囲気なら魔女で、魔法での攻撃をしてきそうだが、彼女の攻撃方法は物理的で得物が使われている。

 魔法で遠距離しかできないから、それを補おうとしているのかはわからないが、やっていることはちんぷんかんぷんで、不格好にもほどがある。

 そんなスタイルで戦っている彼女にこれだけやられているから、何も言うことはできないが、普通ならあり得ない戦い方だろう。

 それなのに、刀を持って歩く立ち振る舞いは、剣士のそれだ。こちらにはなかった戦い方が向こうでは普通なのだろうか。

「体が重いですね…」

 彼女は訳が分からないことを呟きつつ、迷いのない動きで私の首を跳ねるために光に反射してきらめく刀を構えた。

「っ…死んでたまるかあぁぁぁぁ!」

 背中に回していた左手で、担いでいた盾の取っ手を握り、咆哮しながら全身の筋肉を使って無理やり立ち上がる。

 左右で色の違う瞳で見下ろしていた彼女は、冷やかで冷静な表情のまま構えた刀を薙ぎ払った。

 右側から来る大振りな攻撃は、小回りの利く小さな物よりもはるかに到達時間が遅い。握った盾をその剣に向けて振り払う。

 折ったり、曲げたりすることはできないのは何となくわかる。ならば刃こぼれを起こさせたり、はじき返して攻撃をさせにくくして時間を稼ぐ。

 耳をつんざく金属音が聞こえ、振り払った盾が奴の刀を完璧にはじき返す。火花が小さく散り、それを確信したのもつかの間だった。

 経験から、手に残る衝撃の感覚がいつもよりも弱すぎる。そう言った思考が脳裏をよぎった時、半分に切断された盾とそれを握る手が、離れた場所に生えている木に当たり、派手な音を立てた。

「なっ……」

 はじき返したのであれば右側に戻っているはずの奴の刀は、左側に振り抜かれている。刃こぼれが一つもない刀に刃血が付いているわけではないが、彼女は刀を振り払った。

 私は攻撃の対象ではなくなったらしく、背を向けると私たちが追ってきていた獣道をさかのぼるように歩き始めた。

「っ……」

 隙だらけの背中に牙でも立ててやろうとするが、攻撃の対象でなくなった意味をすぐに知ることとなる。

 首元に違和感がする。両腕を切断されていて、そこを触れることができないが、起こっていることは容易に想像できた。

 激痛と共に横向きに付けられた傷から血液が漏れ出し、肌と服を濡らしていく。できるだけ出血を押さえ込もうと、とっさに手を首元へ伸ばす。

 自分は座ろうだとか、倒れ込もうとしたわけではないのに、耳を構成している器官の一つである三半規管が、なぜか浮遊感を検知した。

 それの理由を探る前に、白狼天狗は意識を失った。

 

 

 予定通り、小さい球状の物が地面に落下した後、大きい物体が何段階かに分かれて地面に横たわる。

 膝から崩れ、体が傾く。意識的な動作の感じられない投げ出された左手が地面に当たり、次に胴体がドサッと倒れ込んだ。

「…」

 なんだか。生きている実感がない。他の体を借りているわけだから、当たり前であるが、全身に違和感しかない。自分が魂魄妖夢だと言われても、拭いきれるものではないだろう。

 刀を握っている手や着ている服。髪型まで今までとは違う。目線の高さや重心の位置も自分とは異なり、慣れるまでに時間がかかりそうだ。

「それよりも…」

 奴は勢い余って殺してしまったが、次から会う人物にはこっちの魂魄妖夢の居場所を聞いて、早く見つけ出さなければならない。

 なぜなら、隙をついてこの体の持ち主から支配権を奪い取ったが、この状態を維持するのにかなりの魔力を消費している。

 半分は霊で半分は人間ということで、他の人間よりも寿命は長い。その分をすべて魔力へ変換したから余裕があることにはあるが、異次元妖夢を相手にするのに余り過ぎるというのは無いだろう。正直足りるかすらもわからない。

 だから魔力を消費しすぎる前に異次元妖夢の居場所を聞き出して、この手で殺さなければならないのだ。

 一分一秒ですら時間が惜しい。他の妖怪たちがいないかどうか探るため、走った跡が若干残っている獣道を走り出した。

「…」

 次第にはっきりとしていく獣道を駆け抜けながら周りに注意を向けると、先ほどまでとは違った敵意のある雰囲気に森全体が変わっていく。殺す直前でやつは叫んでいたが、それが敵が来たという連絡になってしまったのだろう。

 服装や恰好からわかっていたが、殺したのは鴉天狗と白狼天狗だった。追っているということから、この辺りは天狗の縄張りであるだろう。

 連中と別な場所で戦っていて、追われていたという考えもできるが、周辺には白狼天狗特有の獣臭さがある。ここは天狗の山ということで間違いないだろう。

 天狗には情報屋がいたはずだ。生きているならばそいつから居場所を聞き出すとしよう。

「…っつ」

 痛みが走り、観楼剣を握る右手に目を落とす。稲妻状の赤い痣が肩まで続いていて、全体的に痺れている。

 先ほどの様に刀を適当に振るうのには問題はないが、異次元妖夢と戦うにあたってはおそらく精密な体の操作を求められる。

 この状態で戦うのに若干の不安は残るが、こうして完全にこの魔女のことを支配できるのは、隙をついたこの一回限りだ。ここを逃せば仇を討つことができなくなってしまうから、仕方がないだろう。

 しかし、よりによって魔女とは運がない。筋肉が剣を降るようにできていないのだ。決して太っているわけではないが、体が重くて仕方がない。

 重たい足を必死に動かして走っていると、右側から敵が接近してくる音が聞こえてくる。足音や草をかき分ける音からして二人いることがわかった。

 音の大きさや気配から、接敵まで数秒だ。汚れきっている靴でブレーキをかけ、右側へ向き直る。観楼剣を両手で掴んで基本的な構えを取り、道のど真ん中に陣取った。

 二人の白狼天狗が目にもとまらぬ速さで、左右から襲いかかって来る。二人とも大太刀を所持しており、慣れた体でないことを考慮して戦わなければ、痛い目を見ることになるだろう。

 一歩後ろへ下がり、通常の刀よりも射程の長い大太刀を振り下ろしてきている二人の得物に、横側から切り込んで半ばからへし折った。

 刀を見てどれだけ鍛えられた業物かを見分けることなどできはしないが、振り方から錬度がわかる。私から見れば太刀筋は素人に毛が生えた程度だ。

 私を殺した異次元妖夢と比べれば、足元にも及ばない。この程度の相手には多少のハンデがあっても、余裕で勝てなければ奴に勝つことなど夢のまた夢だ。

 切先の無くなったことに気が付いていない奴らに向け、一歩大きく踏み出した。

 素早い動きで攪乱されるのは面倒だ。右側の白狼天狗の両足を切断し、そのまま左側の白狼天狗の胴体を切り裂いた。

 まだ、他の体の操作に慣れない。本当は2人とも足を切るつもりだったが、片方は数センチずれて胴体に当たってしまった。

 走って飛びかかってきていた二人は私の横を通り抜け、受け身も取らずに草むらに倒れ込んだ。

 何が起こっているのかわからない声を上げて、目の前に転がっている足や下半身を信じられない表情で見下ろしている。

 かなり出血していて、意識を失うまでそう時間は無い。顔を青ざめさせている二人に歩み寄り、刀をチラつかせながら問いかけた。

「魂魄妖夢の居場所は知っていますか?」

 知らなければどうなるか。自分たちの体を見れば結末を話さなくてもわかるだろう。

 




次の投稿は4/4の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。