それでもええで!
という方は第百二十三話をお楽しみください!
耳元で鳴り響く打性の金属音と共に、赤い本物と青い偽物の火花が接し部から弾ける。発生する光や熱に顔がしかまる。
右側からの攻撃により、発生した火の粉が目に飛び込まぬよう片目を閉じた。弱い筋力でどこまで抑え込めるかわからないが、足腰に力を込めて踏ん張りを効かせる。
「これに反応できるとは思っていなかったわ」
私と全く同じ顔をしているが、それに似合わないしゃがれて聞き取りずらい声を漏らす異次元妖夢は、驚いた様子だった。
まさかこんなに早く向こうから来てくれるとは思っていなかった。先ほど屋敷から飛び去った異次元文が、奴を連れて来たということだろう。
しかし、木々の中を音を出してかき分けて来ていなければ、おそらく攻撃してきた人物に気が付くことなくやられていた。
分かってはいたが、この魔女は近接戦闘向きではない。彼女から強制的に借りている感覚器官の探知機能は、そこまで鋭敏ではない。
今までは、武術に自分の全てを注いでいるような人物と戦いでなかったから、これでやってこれていたが、達人レベルの奴相手では太刀打ちできない。
自分のできていた常識を捨てて、魔女ができるレベルを見定めなければならない。観楼剣を握り込み、落下して来た異次元妖夢を弾き飛ばした。
軽やかに空中で二度ほど回転した奴は、物音をほとんど立てずに地面へと着地する。ここの国では珍しい白色の髪を靡かせ、面を上げる。
喉元には大きな古傷があり、血の茶色い染みが染みついた緑色の服。見間違うわけもなく、私の殺さなければならない人物だ。
目標を前にし、柄を握り込む手に自然と力が籠る。人間からかけ離れた力を発揮できる妖怪仕様の刀でなければ、持ち手に使われている金属が歪んで使い物にならなかっただろう。
戦う準備が出来上がっている私の姿を見た奴は、訝しげな表情を見せた後、口角を上げて鼻を鳴らして笑い飛ばす。
「まさか、刀で私に勝とうなんて幻想を抱いているの?かたき討ちのつもりかもしれないけど、いつもの戦い方の方が奮闘できるんじゃない?」
私が使っている物よりも年季のある、手入れがほとんどされていないことがわかる錆びついた観楼剣をチラつかせた。
「さあ、どうでしょうね」
この魔女ができようができまいが、私はこの戦い方を変えるつもりはない。幽々子様は首を刀で掻き切られていた。目には目を、歯には歯をだ。
刀で殺されたのであれば同じようにして殺し、奴に知らしめてやる。幽々子様の苦しみや、怒りを。
復讐に燃える私が刀を構え、憎しみを最大限に込めて返答するが、その構えや返答する口調を聞き、また訝し気な表情を見せる。
「ふっ…どうせただの猿まね」
小ばかにした様に笑う奴に、怒りが湧く。この血がこびり付いた観楼剣を奴の首へ叩き込みたい衝動に駆られるが、今は心を落ち着かせた。
急いではならない。こういう時ほど、感情を押し殺さなければならない。冷静でなければ、また足元をすくわれる。
同じ奴に二度も殺されるなど、ごめんだ。感情に振り回されず、じっと奴のことを見据える。どう動いても良いように、あらゆるパターンを想像し、それぞれの対処もあらかじめ用意して待ち構える。
このような状況でも、この魔女は私から主導権を奪い返そうとしている。それに影響されてか、手や体の動きにほんの少しだがラグがある。
大事な勝負をこいつに邪魔されたくはない。魔力をつぎ込み、彼女を再度身動きが取れないように、縛り上げる。
今までこの体を使ってきたのは彼女で、精神と肉体の親和性が高いのか、魔力で抑え込もうとしてもすぐに主導権争いへと帰ってきてしまう。
異次元妖夢だけでなく、魔女も相手にしなければならないとは、先が思いやられる。
また帰ってくる前に、こいつとの戦いを終わらせなければならない。基本的な構えを取り、動かずにその場に陣取った。
「……」
「あっそう。」
異次元妖夢は魔女の恰好をしているこの体に、まさか剣士である私が入っているとは思ってもいないはずだ。
始めの攻撃は運が良かっただけで、後の構えは見よう見真似だと思っているのは、奴の猿まねという言葉から想像がつく。
「中身のない真似で、勝てると思っているの?」
錆びついた刀を手に、構えもなくゆっくりと歩を進めてくる。前回戦った時にわかったが、奴と私の体型はほとんど同じだった。
この魔女は私よりも少し腕のがさがあり、奴よりも一歩早めに動き出すことができる。振るう速度にキレがないのは致命的だが、リーチでの差は大きい。
奴の射程外から、観楼剣を頭部に切り込ませた。防御に薙ぎ払った奴の刀に弾かれ、柄を握る手に衝撃が伝わる。
手だけでなく肘の辺りまで痺れ、握る力が損なわれそうになり、危うく観楼剣を落としそうになってしまった。
ビリビリと伝わって来る衝撃に、いつまでも気を使ってはいられない。握っている手首を使い、撃ち下ろされる異次元妖夢の2撃目を受け止めた。
強化した身体能力で異次元妖夢を押し返そうとするが、そう言う筋肉が発達していない魔女の体ではビクともしない。
私の発揮している力を上回る強さで押さえつけられ、観楼剣の峰が胸にめり込んで肋骨がミシリと歪む。
「うぐっ…!」
押し返そうと力を込めている腕がブルブルと震え、身体能力の限界を示している。一度後方に下がろうとした私の背中を伸ばしてきた手で服を握り込んでくる。
非力で振り払うことができずにいると、鍔迫り合いとなっている観楼剣を奴は傾け、刃先を肩へ抉り込ませてくる。
「今ので分からないか?殺せないって」
錆びついているというのに、下手な人間の刀よりも切れ味があるようで、服に切れ目が入ると軽々と刃先が肌に切り込まれる。
血の匂いを服だけでなく肌や、吐息からも漂わせる異次元妖夢は、押し返せない私に顔を寄せて耳元でそう囁く。
「こ…のっ…!」
言い返してやりたいが、刀を振るっている私が一番よく理解している。他人の物を借りているせいで、自然に力強く体を動かせない。
「事実、片手で刀を握る私を突き離せない。太刀筋も技や技術のあまりない天狗たちを殺せる程度。勝てる見込みはないから、これ以上やるのは時間の無駄。少しでも強くなったら出直してきて」
「黙れ……お前を殺して…仇を討つんですよ。私は…!」
密着している奴を振り払うため、観楼剣を握っていた左手を放し、腹部に拳を叩き込んだ。いくら力が弱くても強化された攻撃に、鍔迫り合いの拮抗していた状態が崩れた。
押す力が弱まった今ならいける。左手を刀の峰に添え、体重をかけて刀を圧する。刃先が肉体から離れ、その勢いを使って刀を凪払った。
錆びついた刀の表面を刃が滑り、金属の擦れる聞きなれた嫌な音が、木々の間に残響する。
「………見逃してあげるからさっさと帰れって、言ってるんだけど?………じゃないと…」
振り払われた行動に抵抗することなく、後方へ下がった異次元妖夢の様子が少しづつ変わっていく。
「あなたを切り殺してしまう」
殺された戦いの時とは違い、先ほどまで冷静な印象を受けていたが、またあの楽しそうな笑みを顔に張り付けた。
「……っ…!」
完全に戦闘モードへと移行した。そんなところだ。纏っていた雰囲気が一変し、口の端が耳元魔で避けそうなほど、吊り上げて笑った。
「我慢していたのに、それを見てしまったら………もう無理………前だって、殺さずに帰るのに苦労したっていうのに…!」
こいつが何を言いたいのかわからない。いったい何を見たというのか。錆が所々に見える刃先にこびり付いた血を、細くはあるがタコのある指先で拭う。刀を頻繁に握っている者特有の指だ。
指にこびり付いた血液を口元へと運ぶと舌や唇で丁寧に舐めとり、歓喜に目を怪しく光らせた。まるで吸血鬼の様な仕草に、固唾を飲んで睨み付けていると口元から手を離し、奴は得物を握り込んだ。
何かにとりつかれたように、奴は私のことを凝視する。笑っている口元と相まって、私に畏怖の感情を植え付ける。
その異様さに飲み込まれぬように気力を振り絞り、奴よりも先に私が動き出した。地面を蹴り、斜め下から観楼剣を薙ぎ払った。
奴の腹部を切り裂くことなく観楼剣は通過しきり、刃の残像だけが空中に残る。そこに異次元妖夢の姿は無く、見える視界の中に草木以外で緑色の物体が見当たらない。
ここで混乱など起こすまい。周りには異次元妖夢の隠れられる木々は見当たらず、姿勢を低くして草の中に隠れているということもない。
第六感を働かせるまでもなく上空に顔を向け、落下してきている異次元妖夢に観楼剣を叩き込もうとするが、彼女のすぐ横に何か黒い物体が出現する。
拳程度の大きさしかないそれは、幽々子様の友人が能力で使っているスキマに見えた。しかし、パッと見た感じでは違和感が強い。
幽々子様と酒を飲むとき、スキマは移動や物の運搬に使っているのをよく見ていたから、なんとなく似ている。言葉で表すのであればその程度にしか言えない。
「…っ!」
そんなことよりも目の前のことの対処の方が先だ。奴の戦い方からすれば、次に行われることはわかっている。
錆びついた刀剣の切先がそのすき間から顔を覗かせ、矢のような速度で射出される。下向きに飛びだした刀は、重力に引かれて予想よりも速い速度でこちらに到達する。
次に来る攻撃を予想できていたことで、それには余裕で対処できそうだ。奴が今持っている薄っすら茶色になっている程度ではなく、酸化が進み切った濃い赤茶色の得物。そういった金属というのは、切れ味も耐久能力も手入れされている物と比べて大きく劣る。
破壊するのは至極簡単だ。わざわざスペルカードを使ったり、避けて反撃のチャンスを逃すことはあるまい。
赤茶色の軌跡を残し、高速で飛び込んでくる観楼剣は手首のスナップを効かせ、得物を軽く振るっただけで同色の粉末を霧散させて砕け散る。
刃だけでなく柄にも手入れが行われていないようで、風化してボロボロになった持ち手のみの刀が、頬の横を通り過ぎて行く。
それを見送り、奴に一太刀浴びせるために地面と水平に構え、一歩大きく踏み出した。着地の硬直を狙い、刀に体重を乗せて薙ぐ。
手先に感触があり、鮮血の代わりに火花がパッと飛び散る。観楼剣を地面から垂直に突き立て、柄を足場にしたようだ。
通常の切れ味ではなできない、錆びついている得物ならではの戦法だ。下手な鈍らよりも切れはするが、それでも切先から根元に向けて十センチ程度しか突き刺さっていない。
それで体を支え、観楼剣の斬撃から逃げられた。地面と奴の体重で固定された観楼剣の刃先と峰、それの境目となっている鎬と呼ばれる部分に斬撃が当たったようで、甲高い金属音と共に金属片が弾けた。
奴の武器を破壊することはできたが、奴は見てわかる通り複数の観楼剣を所持している。致命打にはならない。
私の振った観楼剣の峰側に降り立った奴の手には、比較的錆の少ない観楼剣が収まっており、滅茶苦茶に見えて筋の通った軌道で得物を振り下ろした。
顔のすぐ近くで赤青色の火花が散る。顔が切られる前に、切先が滑り込んだことで戦いを続けられる。
間に合うことができたのは、奴が着地してから刀を振ってくれたおかげだ。そこから息をつく暇もなく三度金属が交える。
交差する場所は切先や刀の根元など様々だが、一瞬も気が抜けない。横から薙ぎ払われそうになるのを、上から押さえこむ形で得物を振り下ろす。
力を込め、筋肉をばねのように使い、切れ味を最大限に発揮できる太刀筋だが、それは振り切られなければ意味がない。
振り下ろそうとする直前、耳元で張り裂けるような金属音と火花が弾け、進むはずだった刃先が後退する。
私から見えずらい位置にスキマのようなものを開いていたようで、そこから何かが放たれたらしい。
衝突してきた側がガラスの様に砕け、眼前に飛び散る。明らかな視界の妨げに、奴の詳しい太刀筋が見えない。
遅れながらも観楼剣を振り下ろすが、そんなものが当たるはずもなく空振りに終わる。太ももを、骨に到達するほどに深く切り裂かれ、そちらに注意が向いているうちに武器がおろそかになってしまった。
振ったものを引き戻すのが遅れて、地面すれすれで止まっていた刃先は、上から峰を踏みつけられたことで地面へめり込んだ。
奴の体重がかかって得物を引き抜くことができず、拳による近接攻撃に切り替えようとした頃には、腹部に鋭く肉を引き裂かれる激痛が産声を上げている。
しかし、その痛みは体を切り裂く広範囲な物ではなく、一点集中の非常に小さい範囲だ。
邪魔な刀の破片が地面に落ちて妨げが無くなると、薙ぎ払われたと思っていた得物は、先が腹部に十センチ程隠れている。
「あぐっ……!?」
奴が少し力を込めたようで、観楼剣がズブリとさらに体の中へ抉り込む。組織と血管が損傷し、観楼剣と肉体の間からだらりと血液が漏れ出した。
水よりも粘性がある液体が刃先を伝い、根元まで行くと鍔から滴となって地面にチタチタと落ちて行く。
「ぐっ…ああっ……!」
倒れそうになって後ろに体が傾いたことで、地面と体に刺さっていた観楼剣が引き抜かれた。
何だこの体。私よりも少し大きいのに、か弱すぎる。魔力を使えるからまだいいが、あの程度の出血ですでに頭がくらくらしてきている。
倒れ込みそうになるのをギリギリで回避し、後方の木に立ったままもたれかかった。切先にこびり付いている土を払い落し、刺された腹部を握力で握り込み、出血を抑えさせる。
「~~~~っ…!!!」
皮膚上に点在する痛点が、止血による圧迫行為で刺激され、意識がどこかへと飛びそうになった。
紐や布で縛っている暇はない。今はこれでどうにかするしかないが、幸いにも刃は背中まで貫通したわけではないようだ。
腹部の傷口を押さえていられれば、少しの間は時間を稼げる。
奴といえば恍惚な表情を浮かべ、指先で拭うのも面倒になったのか、錆びた刀に付着する血を舌で舐めとっている。
魔力で腹部にある傷周辺の腹筋を収縮させ、傷口を締め付けて出血を抑える。酸欠の様に少し頭痛がしたりするが、戦えないほどではない。
魔力で血液を増産させ、動けなくなるまでの時間をできるだけ稼ぐ。元の体であれば体温が低く、血管が収縮して出血を抑えられたかもしれないが、この魔法使いは人間でそうもいかない。
「っ……」
魔力で痛みを鈍化させ、傷にあまり注意が向かないように促すと、激痛だった感覚が薄まった。違和感は拭いきることはできないが、痛みを感じながら戦うなど器用なことはできない。
傷口を押さえていた手を少し離すと、筋肉の収縮により出血が目に見えて遅い。これなら最後まで戦いきれるだろう。
武器を飛ばしたりいきなり出現したりなどと、ふんだんに使ってくる分だけ奴の方が一枚上手だ。それをひっくり返さなければならないが、そういった方法は私の戦い方では多い物ではない。
刀に意識を移してから、魔女を乗っ取るまでの間に作っておいたスペルカードを、魔力で手の中に作り出した。
森の中といえど、まだ光が差し込んでくる時間帯で、魔力におぼろげな光は見えないだろう。
奴に発見されぬよう、それを左手の平の中に隠し、観楼剣を握り込む。こういう時のために作り置きしておいてよかった。
魔力を紙の形に作り出し、それに回路を書き込んだもので、きちんと起動するかどうかわからないが、奴を出し抜くにはこれしかない。
痺れはまだ続いていて、ラグが若干あることは否めないが右手だけしっかり握り、左手は添える程度に、かつ、奴からスペルカードの光を感知されぬように包む。
「……」
痛みをあまり感じていない素振り戦い、両手で刀を握っているのに攻撃が弱ければ、奴も何かしら疑いを持つ。
強く握り込めず、本気で振るえないのは、何かしら作戦があるのだろうと。疑いの強い状態でスペルカードを使用しても、大した効果は得られない。早まってはいけないがタイミングを見計らい、次の攻防ですぐに使うことになるだろう。
いつまでも動き出さないことに痺れを切らし、早く私を切り刻みたいという表情をしている奴は、こちらに向かって歩き出している。
背もたれにしていた木から離れ、奴に向かって飛び付いた。数度に渡る片手で行われる攻撃の軽さに、奴は口角を上げる。
斬撃の合間に懐へと入り、握った拳を傷口へと叩きつける。魔力で鈍化していても、雷に打たれたような激痛が腹部から背中へ走り抜ける。
「がっ…ああああああっ!!」
痛みでのたうち回りたいのを、絶叫で自分に喝を入れる。後ろに下がりかけたのを踏ん張り、後ろに下がった異次元妖夢へ攻撃を繰り出した。
力がロクに籠っていない斬撃は、小回りの利く攻撃によって弾き飛ばされ、腹部に一太刀入れようと、隙のできた私に向かって大振りの攻撃を送り出す。
ここしかない。隠し持っていたスペルカードの回路へ瞬時に魔力を流し込み、起動と同時に柄を握り込む握力で粉々に砕く。
スペルカードを抽出し、問題なく発動させた。
回路に刻んだ手順通りに体が無理やり動き、弾かれた体勢から奴へ飛び込む低い体勢へ、僅かな時間で移った。
大振りの攻撃が頭上を通り過ぎ、完全にやり過ごす。ここまで来れば、あとは奴を切り殺すだけだ。
「剣技『桜花閃々』」
瞬間速度なら天狗を超えられるだろう。四メートルほどの距離を刹那の時間で駆け抜けた。
その間に二十回を超える斬撃を繰り出し、同数に及ぶ斬性の魔力を置いて来た。スペルカードに準じ、私が命令を下すまでもなくその性質を活性化させる。
手ごたえは十分にあった。魔力の性質により、季節外れである桜の花びらが舞い散る斬撃の雨に、異次元妖夢は包まれた。
「怪我人を運ぶよりも、連れてきた方が手間も時間もかからない。連れて来たわよ」
怪我人が集まっている位置にスキマが出現すると、その中から赤と紫色という医者としては変わった服装の永琳を連れて、怪我人の一人である紫が出て来る。
その他にも人数を集めたのか、私と比べて半分ほどの身長しかないウサギたちが、十人ほど永琳の後を追って緊張した赴きで地に足を付ける。
侵入してからだいぶ時間が経過し、少し慣れてきた私達とは違い、慣れていないウサギたちは平常心を保つことができず、動揺しているのが表情からわかる。
「緊張しない。いつもと同じことをすればいいだけよ。とりあえず、重症人から手当たり次第にやっていくわ…各自とりかかって」
永琳は包帯や薬など、医薬品が詰め込まれた救急箱を持っているウサギたちに、そう指示を与えて河童や天狗たちを中心に、治療を始めさせた。
一口に薬と言っても全員に同じようにできるわけではない。症状や人種に合わせて濃度等を調節しなければならないと聞いたことがある。
それができるのは永琳だけで、治療を施すまでの間に行う応急処置をウサギたちに任せているようだ。その手際の良さは流石といえる。
「さてと、まずは貴方からね」
救急箱を片手に持った永琳は、比較的軽傷の私のそばに来るとそう言って、座るように促して来る。
「…私よりも重症の人がいるでしょう?そっちから先にお願い」
「駄目よ。貴方を先に治療しておかないと面倒なことになるわ」
治療は最後に回ろうとしていたが、永琳の後方に立っている紫が速く治療を受けろ。と言わんばかりの目つきでこちらを見ている。
紫のこともあるだろうが、永琳が言いたいのは戦える者があまりいないからだろう。鬼たちはあまりダメージを負っていないが、ゼロではない。
かくいう私も肋骨にひびが入っている。この状態で強い人物、鬼や風見幽香などが現れれば、負傷している今は確実に勝てない。
それを現実にしないために、一番最初に治療を受けて万全で戦いに挑めるようにしなければならない。ということか。
これ以上ここでぐずっていては後がつっかえる。観念して彼女の治療を受けさせてもらうとしよう。
「…わかったわよ」
地面の上であるが、贅沢は言えない。手で払っただけで砂煙が小さく舞う乾いた地面に、肋骨に負担がかからぬように座り込む。
「どこか痛めてるようだけど、怪我でもした?」
座る動作だけでそれがわかるのか、視線を合わせるために座ろうとする永琳はそうたずねて来る。
「…多分、肋骨にヒビがある」
「そう…胸の高さまで捲らなくてもいいから、裾を持ち上げてくれる?」
彼女に従い、腹部辺りにある服の裾を両手で掴み、胸まで行かない辺りまで持ち上げた。
「触るわよ」
「…ええ」
手袋をしている手を伸ばし、触れる位置にある肋骨から探っていく。胸骨という胸の中央に位置している骨があるが、肋骨はそこから軟骨でくっ付き、背骨へと内部の内臓を守るように伸びている。胸骨辺りの肋骨は触られても問題は無かったが、わき腹に近づくにつれて痛みを感じ始める。
「…っ……!」
戦っている時は魔力で痛みを軽減させ、戦闘に支障がないようにしていたが、それが無くなるとヒビでも触られただけで悶絶しそうだ。
「触ってる感じからするとこの部分だけね。骨の修復を早める薬は…」
救急箱を開くと、透明な液体が入った小さな小瓶が大量に並べられている。小瓶の側面には薬剤名が明記されているが、読んでもさっぱりわからない。
いくつかの薬を取り出し、指先で摘まめる程度の小さな紙コップの中へそれぞれを少しずつ流し込み、薬を調合していく。
これまでに何百人と怪我人を見ていただけはある。その手順に迷いはなく、あっという間に入れ物が七割ほど液体で満たされた。
「折れてはいないから、三十分かそこらで骨は治る。骨以外の組織も少しやられているみたいだし、多めに見積もって四十分は動かずに安静にしてて」
私にそう言い残し、手の平に透明な液体の入った紙コップだけを置いて行った。傷を治すためだから飲まなければならないのだが、彼女の作る薬は特に不味い。
こんな少量すらも飲みたくないが、いつの間にか私の後ろに回っている紫が、強制的に口にねじ込んでくる前に、飲んでしまうとしよう。
無臭で一見すると、水にしか見えない透明度の高い薬が入った紙コップの縁を唇に当て、傾けて一息に飲み込んだ。
次の投稿は4/18の予定です。