それでもええで!
という方は第百二十四話をお楽しみください!
時間が無くてだいぶ早足で作ったので、誤字脱字等があるかもしれません。そう言った場合は報告していただけると幸いです。
「剣技『桜花閃々』」
走り抜けつつ斬撃を浴びせるスペルカードで、観楼剣の斬撃に比べれば威力は劣る斬性の弾幕を、各所に配置する技だ。
一瞬で異次元妖夢の姿が視界から消え失せ、息もつくことのできない速度で得物を振り回したとされる音だけが残る。
活性化した桃色に淡く光る弾幕は、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらの様に、空中に不規則な角度で斬撃を生み出した。
走った後で奴に背を向けているため、当たったかどうかはわからないが、実物の刀による斬撃には手ごたえがあった。切られた直後に弾幕の範囲内から抜け出すのは、ほぼ不可能だと思われる。
振り返って様子を確認したいが、スペルカードの使用後に起こる体の硬直に襲われた。
四メートルという短い距離を目にもとまらぬ速度で走り抜け、二十にも及ぶ刀による斬撃を繰り出した。だが、スペルカードという都合上、全ての攻撃を奴に叩き込むことはできない。
あらかじめ決めて置いた手順通り、駆け抜ける距離に応じて刀を振るうため、当然奴がいない場所でも空気を唸らせなければならない。
図体がデカい化け物でもない限り、全ての攻撃を当てきることは不可能であり、奴に当てられる攻撃など3~4回が精々だ。
一人の敵にやるとすれば非常に効率の悪いスペルカードではあるが、今回選ばれた理由としては、その攻撃範囲の広さと手数の多さ。そして、スペルカードを使用した後の時間稼ぎに使えるからだ。
攻撃範囲の広さと手数の多さの利点はわかるだろう。奴が後方に下がったり多少横に逃げたとしても、攻撃範囲の広さと手数の多さでカバーできる。
このスペルカードが使われた理由として、この二つは三十パーセント程度だ。残りの七十パーセントは硬直時間を稼がなければなないという物だ。
他の人と違い、私のスペルカードは自身が大きく動かなければならない。咲夜さんは一部当てはまらないが霊夢さんや、早苗さんは魔力による弾幕等で攻撃する為、身体を酷使することは少ない。
例としては、霊夢さんがやる夢想封印などが上げられる。スペルカードを放つために、多少体の動きを回路に組み込む必要があるが、体に負荷がかかるかと言われればそうでもないだろう。
それに比べ、弾幕などがあまりうまく使えない私は、自分の身一つでやらなければならず、その負荷ゆえにスペルカード直後の硬直は人一倍長い。
さらに今は自分の体ではないという部分や、いつも周りを浮遊していた半霊のいない状態、つまり存在として不完全であり、硬直は通常よりも長い物だと思われる。
その証拠に、スペルカードの操作から体が解放されると、脳の想像していた体勢と実際の体勢の違いを修正するラグや、慣れていない身体の動き。強化されていたとしても、拭いきることのできない身体の疲れが合わさり、自分の思い通りに動かせるようになるまで想像の倍は時間がかかった。
これがもし一撃しかやらないスペルカードだったとしたら、それはもういい的だ。今回行った剣技『桜花閃々』よりは硬直時間は短いが、それでも受け流されたり避けられた時のことを考えれば、距離を稼げるこちらの方がいいだろう。
スペルカードを発動した時、奴との距離は一メートルで、四メートルほど進んだから、三メートルの距離を取ったことになる。
これだけあれば攻撃を避けられていたとしても、硬直が解けるまでに到達されることは無いはずだ。
「っ…はぁっ…!」
しかし、振り向こうとするが、体の疲労に耐えきれずに倒れ込んでしまいそうになる。手や膝を地面に着いて横たわることを防ぐが、強力なスペルカードに体が着いてこれていない。
瞬間的であったからよかったが、運動量の多さに体温が急激に上昇し、額から弾の様な汗が流れ落ちる。
人間で、鍛えられていない腕や足の筋肉は、魔力で強化されていても乳酸が溜まり、疲労で痙攣しているようだ。
「くっ……」
この魔女には魔法という強い遠距離攻撃手段があるとしても、よくもまあここまで単身で生き残れたものだ。
接近されても問題ない魔法の使い手なのかはわからないが、以前対峙した時にはそこまで強いようには感じなかった覚えがある。
負傷していたのもあるだろうが、ここまで生き残っている実力と実際の戦闘能力が釣り合っていない。
戦った時には片腕を切断したはずなのに、今は切断した傷跡が見当たらない。再生でもしたのだろうか。
まるで妖怪のようだが、妖怪にしては力が弱すぎる。起きていることの矛盾に頭が付いてこないが、今はどうでもいいだろう。
疑問を頭の隅へ押しやり、硬直から解けた体で後方を振り返る。桃色だった斬性の弾幕が、魔力を使い果たして淡青色の塵となって空中に霧散していく。
そこの中央には、ほぼ無傷で白髪の剣士がこちらを向いて立っている。あれだけの連撃だったというのに、浴びせられた斬撃はたったの一回とは、考えたくもない。
腹部に横向きに薙ぎ払った攻撃が当たったようだが、致命傷といえないぐらいに浅い。じわっと緑色の洋服に小さな染みを作る程度だ。
あの大振りの攻撃をいなし、その直後にスペルカードを放ったというのに、それに反応して最初の横に薙いだ一撃以外全て避け切るとは、本当に化け物じみた奴だ。
「くそっ…」
小さく悪態をついて刀を構え直そうとした時、何か物が破壊される破砕音が耳に届く。悠長に観楼剣を胸の前に持ち上げようとしていた私は、それに反応できなかった。握り込む観楼剣を持ち上げようとした両手を、奴に押さえ込まれるまでは。
操っている魔女よりも異次元妖夢の方が体温が低い、触れられた箇所がヒヤリと冷たくそれで気が付けた。
「っ!?」
奴がさっきまでいた場所には、跳躍したとされる舞い上げられた土が宙に飛散して落ち始めている。
自分とは時間の流れが違うかのような素早い動きに、目の端で追うことすらできなかった。
先ほどの三メートルある距離を一瞬で突っ切った速度とは対称的に、奴の振るう観楼剣はゆっくりに見えた。
だが、それに対抗することは無理だ。押さえられたせいで腕を持ち上げ、刀を受け流す所定の位置へ持っていくことができない。
刀を持ち上げようとする攻撃的な行動から、離れるなどの防衛的な対処へと脳を切り替えるのに、時間を食ってしまった。
後ろに下がろうと足を後方へ伸ばし、体を運ぼうとした頃には既に観楼剣が左側の腹部に添えられ、距離を置こうと移動した体と、刃先の摩擦により切り裂かれた。
「ぐっ!」
奴の手を振り払って後方にさがったことが逆に、自分を傷つけることになってしまったが、苛立ちを感じてなどいられない。
逃げるために下がっていた足を、防衛のためではなく攻撃のために踏ん張らせ、左手で奴の観楼剣を掴んで固定させた。
引き抜かせないように、血や脂で滑りやすくなっている刀身をしっかり握り込む。刃で指を切断しないように気を付け、右手では奴の首を切断するために大振りの攻撃を放った。
腹部に添えた観楼剣を引き抜く行動がキャンセルされ、刀で受け流そうとしていた行動から、刃先に当たらないように避けるという形へ、奴は思考を切り替えなければならない。
私の時と同様にその僅かな時間があり、これだけ近い距離であるならば、殺せなくても怪我を負わせることは可能だ。
手や腕を使われて防御されたとしても、それごと首を跳ねるつもりで振るった刀は、文字通り防御するために差し出された左腕に直撃する。
肘と手首の中間に切り込んだ刀を押し込み、減速させずに皮膚や肉を切り裂いた。強化されているのか、魔女の力が弱いのか異様な切り辛さがあった。
だが、いくら切り辛くても、そんなことは些細な問題で関係ない。
同じ鉱物で鍛えられた観楼剣や、霊夢さんが扱うお祓い棒、鬼である勇儀の肉体、月の特別な物質で作られた物の様に切れない物はあるが、その中に私の肉体は入っていない。いくら世界が違うとしても、そこは変わらないはずだ。
自分が切られていることも忘れ、傷が大きくなってしまうことも厭わず、前へ大きく踏み出し、体重をかけて腕の切断を試みた。
皮膚を切り裂き、筋肉すらも断裂させていく観楼剣に、ようやく自分の命が危ういことを察したのか、始めて焦りを顔に浮かばせた。
行ける。私はそう確信し、観楼剣を握る手にも力が籠った。刀の切れ味をふんだんに使い、刀身全体を使って薙ぎ払う。
「幽々子様の、仇です…!……その命を貰い受ける…!」
刀を握る指の感触が変わり、刃先が骨に到達したことが分かった。
その骨を首の頸椎ごと両断するため更に力を込めるが、真っ白な骨の表面を刃先は撫でるだけで、進もうとする力が全て腕骨で打ち消されてしまった。
「なっ……!?」
ありえない。巨大な岩や、金属でできたこん棒など、骨よりも硬度のある物を切断して来た観楼剣が、半霊一人の細い骨ごときに、ヒビを入れることすらできなかった。
「スペルカードに、幽々子様の仇……なるほど、そう言うこと。ただの猿まねじゃなくて…あなたが入っているのね、通りで太刀筋がいい」
肉体が切られて焦りがあったものの、骨が切れないとわかるや否や、余裕で楽しげな表情に戻り、切断できないことを見せつける様に腕を押し返してきた。
「くっ…」
ギリギリと鍔迫り合いの様になっているが、肉を断たれて血を流している奴の方が不利なはずなのに、痛みを感じないと思わせる笑みを浮かべているられるのだろうか。
例え首の骨も同様に切断できなかったとしても、肉を削ぎ落すなどやり方などいくらでもある。
それでも余裕でいられるのは、もう素人だと高をくくって油断しないからだろうか。骨の露出した左手で観楼剣を振り払われ、腕が捥げそうになる衝撃に体が悲鳴を上げる。
今まで本気を出していなかったのだろうか、肩が脱臼してしまいそうになるほどに、振り払った力が強い。
「っ…!?」
まだまだ底の見えない異次元妖夢は、切られた左手で拳を握ると、観楼剣を放さないようにしているので精一杯の私にそれを見舞った。
拳が腹部にめり込むと、足で踏ん張りを効かせることなどできず、空中に投げ出された。宙でゆったりと錐揉みし、群生している樹齢が百年は行きそうな大きな木に背中から衝突する。
「がっ………ぁぁぁっ………!」
叫び声など上げられない。殴られた衝撃で肺の中に入っていた空気が、押し流されてきた内臓に圧迫され、口腔から出て行ってしまった。
押し流されてきたところからわかるが、歪み、変形した内臓には当然だが潰れ、引き裂かれるようなダメージが入っている。
それは胸部に存在する肺にも及び、内臓によって必要以上に圧迫され、一部の肺胞が潰れるか破裂したのだろう。
痙攣する腹部に、無理やり魔力を使って内部の腹膜を収縮させ、空気を肺に取り込んだ。出血しているらしく、咳が込み上げる。
「かはっ…げほっ…!」
咳の回数を重ねるごとに、口の中に充満していく血の匂いと味が濃くなっていく。木にめり込んだ体がズルリと地面に落ちて倒れ込むが、立ち上がることなどできるわけがない。
のたうち回ることもできず、腹部を押さえて咳き込む。胃腸もやられたようで、喀血と吐血が同時に起こっている。
肺とは違う、胃が収縮して嘔吐する感覚が込み上げ、口の中に溢れて来た吐瀉物ではなく血液を地面に吐き出した。
唇や頬、洋服が汚れる程度のことに構っていられない。一瞬でも気を抜けば意識が飛び、支配権が魔女に移ってしまう。
「がああああああああああああっ…!!!」
喉が枯れることもお構いなしに絶叫し、意識を失わないように首の皮一枚でどうにかつなぎ止めた。
「っ……はぁっ……はぁっ…」
呼吸もままならず、長いこと絶叫していたせいで、酸欠が起こっている。意識に雲がかかり、思考能力が一時的に低下している。
大きく呼吸をし、できるだけ多くの酸素を肺から血管に取り込み、酸欠をできるだけ早く治さなければならない。深い呼吸を何度も繰り返す。
そんな意識がハッキリし始めた段階でも刀を握り続け、後方からの刃の刃先の様に鋭い殺気に気が付くことができたのは、復讐への執念のおかげだろう。
しかし、殺気に気が付けたのは私の精神的な面で、他の人物の体はついてこれていない。頭よりも1テンポ遅れて体が動き出し、振り返った額に観楼剣の頭が叩き込まれた。
「うぐっ!?」
目の前に星がチラつき、その痛みに思考が奪われ、視覚を遮られてしまう。大きく後ろに仰け反ってしまい、今の私は相手に切ってくださいと言っているような体勢だろう。
「殺意は十分だったけど、決め手に欠ける。本当のスペルカードを見せてあげる」
大量の魔力をつぎ込んだであろうカードを、奴はこちらに向かって投げつけて来る。後ろに仰け反っているせいで、弾き飛ばしてスペルカードの発動を阻止することもできず、ただ見ることしかできなかった。
錆びた観楼剣を構え、それを斜めに振り下ろし、左肩から右の脇腹へ私の身体をスペルカードごと叩き切った。
「う…あぁぁっ…!!?」
鮮血が切先にこびり付き、切傷から滲み出て来た血液が白と黒の洋服をジワリと汚す。元から血液が酸化した血痕が酷くて今更ではあるが、その量の多さに危機感が芽生える。
どうにかして後方に逃げようとするが、そもそも奴の強烈な正拳突きを食らったダメージすらも抜けきっていない。膝が笑い、鉛のように重たい足は一向に動いてくれない。
異次元妖夢は私をスペルカードごと切ると、その錆びついた刀を投げ捨てた。乱暴に扱われるその得物は回転しながら飛んでいき、切先が地面に刺さったものの、そこで止まる事無く金属音を鳴らして転がっていった。
カードが破壊されていることで、既に技は発動している。プログラムされた通りの無駄のない動きで手元にスキマのようなものを作ると、その中からは砥ぎ挙げられて、太陽光を良く反射するほどに手入れが施されている観楼剣を取り出した。
「断迷剣『迷津慈航斬』」
大量の濃密な魔力に観楼剣が覆われ、刀身の長さが二倍にも三倍にも伸びた。その練り上げられた高質な魔力を感じ、本能的にこの技で切られてはならないと脳が警笛を鳴らす。
本能が警笛を鳴らさなくても、見ればわかる。剣の周りに纏う魔力は、まるで実体のように淡青色が強く、スペルカードを起動したところを見なければそれが本物だと錯覚してしまうだろう。
魔力の刀は不透明で、目を凝らさなければ内部に本物の得物があるかどうかなど分からない程に高出力だ。
私が放ってきた技など、これの半分の魔力出力も出ていない。それを受けたらどうなるか、過程の想像はつかないが、結果がどうなるかはわかる。
まともに受ければ、こんな華奢な体など容易に両断できるだろう。
奴は大振りに真上から観楼剣を振り下ろそうと、上段に構えた。受け止めようとそれに対して垂直に得物を構えた直後、全身の筋肉を躍動させ、腕力だけでなく体重を乗せた一撃を放ってきた。
目にもとまらぬ早業というのは、こういう物のことを言うのだろう。早すぎるその斬撃は、長く大きいはずの刀の中間から先を視認することができない。
それを受けきろうと体を踏ん張らせようとする寸前、本能と同時に直感が働いた。これを受け止めるのは不可能だと。
同じ業物であるならば、受けきることは可能なはずだ。しかし、今までの攻防や今回の攻撃で、奴と私の間では、何かが決定的に違うことは肌で感じていた。
その正体は異次元妖夢が出現させた、スキマのような物のことだろうが、おそらくそれだけではない。早すぎる移動速度や、魔力を使っていてもその体からは不釣り合いすぎる腕力。
剣術を扱う程度の能力以外に、他の力が働いているとしか思えない。
武術等では階級が設けられており、その階級が二つ違えば生物が違うと聞くが、その範疇を完全に逸脱しているのだ。だから仮に、奴が他人の能力を扱うことができる。と仮定する。
いや、仮定ではなく、確定であるだろう。嫌に速い速度も高すぎる威力の打撃もこれで説明がつく。何よりそうでなければスキマなど作り出すことはできないだろうし、仮説を裏付けるように、周りにはそう言ったことができる人物たちの気配も感じない。
これが本当だとして、そう言った能力を複数同時に扱えるとして、それを、スペルカードにも組み込まれていたとしたら、強力な力で押しつぶされることだろう。
攻撃を受け止めるから、受け流すに対処を変更し、刀の峰を押さえる左手を柄の方へ移動し、右手の柄を握る握力を緩めようとする。
ここで私は一つ、考慮しなければならないことを忘れていた。右腕全体の刀を振るう動作にはあまり問題は無かったが、指先での細かな操作は手が痺れ、上手く行えない事を。
握り込むのにも一苦労だが、その逆もしかり、しっかりと握り込まれた状態から緩めるのにも、動作が一歩遅れた。
柄を軽く握り、刀が当たると同時に傾けて受け流す予定だったが、右手が痺れて動作が遅れることで、しっかり固定された状態で奴のスペルカードを受け止めてしまった。
鳴り響く鋭い金属音は、至近距離で発せられたせいで寺の鐘にも負けぬ劣らぬ喧噪だ。得物同士が接触すると、赤と青の火花を散らす。
不思議と体を潰されるような圧力や、吹き飛ばされるような大きな衝撃も感じない。刀が軽く当たる小さな振動はあったが、それだけだった。
「っ……!」
嫌な予感が脳裏をよぎる。状態を視認したり、脳で理解するよりも早く、体が変調をきたした。
立つこともままならず膝をつき、立ち上がることができない。大事な戦闘をやり遂げなければならないという精神力や復讐心を燃やしても、踏ん張ることすらできない。
痺れた手にようやく握る力を緩めろと言う指令が行きわたったのか、それともダメージが大きすぎたことで、自然と柄がすっぽ抜けてしまったのかはわからないが、刀を取り落としてしまう。
落下した観楼剣は、カランと乾いた金属音を鳴らす。柄から刃の先の方へと視線を動かしていくと、ついさっきまであったはずの切先が消えていた。
目の錯覚や、先が地面に着き刺さってしまっているわけではない。それがあった方向に視線を泳がせると、光をキラキラと反射している切断された剣先が、地面に軽く刺さって墓標のように佇んでいる。
それを拾おうと手を伸ばそうとするが、左肩から左足の付け根まで一直線に激痛が走った。
今までに体験したことがない程の激痛は、世に存在するあらゆる痛みの上を行き、意識が飛びかけた。
「かっ…あぁぁっ……ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
刀が本体といえる現状で、切断されて切り離された切先に分布していた魔力の大部分を失った。
奴の刀が当たる部分を予想し、そこに強化の魔力を集中していたことが仇となった。急激に魔力を喪失したことで自分を維持するために、魔女から主導権を奪い続けることもままならなくなった。
視界の中に見える髪の色が白色から、黄色へと変わっていく。最初で最後のチャンスだったかもしれない悔しさに歯噛みし、己の実力不足を叱咤する。
まだ戦う意志があり、まだ魔女を操作できる。しかし、ここからどう楽観的に見積もっても勝てるビジョンが浮かばない。
自分を維持するので精一杯の私は、名残惜しくはあるが主導権を手放すことしかできなかった。
妖夢にあらゆる感覚を遮断され、外部の情報が一切入ってこない。聴覚も視覚も触覚も、味覚と嗅覚さえも押さえ込まれてしまい、彼女が何をしているのか全く分からない。
彼女が死ぬ直前の戦いでは、私は信用に値する人物ではないと判断されてしまったのか、支配権を奪われてしまったわけだ。今は五体満足で体を返してくれると彼女を信じて待つしかない。
何度か一緒に戦うために支配権を取り返そうとしたが、彼女が戦闘中である可能性を考慮し、途中で諦めた。
それよりも、彼女の復讐心による憎悪の感情。それらに精神を犯され、自分の軸が変わってしまわぬよう、憎悪に飲み込まれぬように精神を落ち着かせた。
そう言った負の感情を抑えてくれた咲夜でも、かなり精神をすり減らした。妖夢のお構いなしの憎悪によく精神崩壊を起こさなかった物だ。
妖夢が闘っているうちに、すり減った精神を回復させるとしよう。瞑想し、精神を落ち着かせる。
あらゆる感覚が遮断されていることで、外で何が起きているのか全く分からず、不安が募る。妖夢は私の体を使って幽々子を殺した異次元妖夢を殺すつもりだろうが、いつもとは勝手が違う体で、太刀打ちできるとは思えない。
私の体は長年魔法で戦ってきて、剣術向けの筋肉の付き方をしていない。敵が達人であればある程、不利な環境は加速する。
信じて待つしかないと言った矢先に、彼女がやられてしまうのではないかという心配が絶えない。咲夜ならば魔力で銀ナイフの複製を作ってやればいいが、妖夢は振るう得物が本体であるため、それを破壊されてしまえば彼女は二度目の死を迎えることになる。
ここで緊張していても、奴相手に私が出て行ったからと言って何かができるわけではない、頭を切り替えよう。
あらゆる感覚を遮断され、まるで夢の中にいるような感覚につつまれたまま、私は精神を休養させる。
しばらくそうして回復に努めていると、不意に夢から現実へ引っ張り出される感覚に襲われた。目覚まし時計の音で起こされるように、意識が覚醒に向かって急上昇していく。
妖夢が主導権を明け渡したとなれば、理由は二つしかない。異次元妖夢に出会い、勝利を収めたか。敗北したか。
期待に胸を躍らせ、あらゆる感覚器官の情報を受け取った時、始めに感じたのは脳を焦がすような激痛だった。
「あぐっ…!?…ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
左肩から左足まで一直線に切られた痛みに促され、喉が張り裂けるほどの絶叫を漏らした。
前のめりになり、地面に倒れ込みそうになると、目の前には折れた妖夢の観楼剣が無造作に転がっている。
「くっ…うぅ………妖…夢っ…!…妖夢…!」
痺れる右手と、肩を切られたことで自由の利かない左手で、出血しているのも忘れて彼女のことをすくい上げる。語りかけても返事が返ってこないことはわかっていても、呼びかけずにはいられなかった。
意識を彼女の魔力に向けてみると、戦いを始める前よりも魔力の量が格段に少なくなっている。折れた影響が大きく出ている。
「いい、その声をもっと聴かせて…!」
早くどうにかしないといけない。そう思った矢先、非情な一言共に、目の前に立っていることに気が付けなかった異次元妖夢が、私の顔に蹴りを放つ。
「ぐぅっ!?」
前のめりの体勢から後ろに倒れ込んでしまう。観楼剣を放すことは無かったが、四肢を投げ出してしまい、起き上がることができない。
「手加減してあげてたけど、もうだめ……殺したい……!!」
狂気の瞳を私に向けながら、歩み寄って来る奴に攻撃しようとするが、スキマの性質を持った魔力を傍らに感じ、気が付くと左手の平から抉り込んだ観楼剣は、手の甲を貫通して地面に着き刺さっている。
「っ…!?」
魔力で傷の修復を促進させている私の足元で歩みを止めると、手に刺さっている錆びついた得物とは違う、ピカピカに磨き上げられている観楼剣を逆手に持ち替える。
それを大きく持ち上げると、私の腹部に向けて突き下ろした。人間が作ったどの得物よりも鋭利で鋭い刀は、ズブッと腹部に突き刺さると何の抵抗もなく背中まで貫通してしまう。
「あがっ…!?」
今ので内臓や血管の負ったダメージなど、考えたくもない。肩にある痛みのせいで絶叫するほどの激しい激痛は感じないが、それはいいこととは言えない。
貫通した観楼剣を引き抜くと角度や場所を変え、再度刺突してくる。
「いっ……!!…あぐっ…!……ひぎっ…!!」
刺されるごとに悲鳴が口から洩れ、それがこの行為の鼓舞となってしまっている。口が左右に裂けるように笑っている異次元妖夢が、また突き刺そうと腕に力を込めた時、視界の外から伸びて来た手にそれを妨げられた。
「…………」
先ほどまで嬉しそうに、楽しそうに何度も串刺しにしていた異次元妖夢の表情が一変。獣のように瞳は見開かれ、殺気を醸し出して刺突を止めた人物を見上げる。
「いつまで経っても帰ってこないと思っていたら、こんなことをしていたんですね。彼女を殺せば元も子もありませんよ。そんなこともわからないんですか?妖夢」
聞き覚えのある声は、こちらの世界では死んでしまっている咲夜の物だ。頬や腕に古い傷があり、それがやはり異次元咲夜であることを物語る。
「うるさい……邪魔を、するな…!」
腕を振り払い、血脂まみれの観楼剣を異次元咲夜へと向け、警告を言い放つ。敵意を剥き出しな異次元妖夢とは違い、いたって冷静なままメイドは銀ナイフを魔力で作り出す。
「わからないのであれば、分からせましょう。それでも理解できないのなら殺します。」
淡々と言い放ったメイドは、両手に持った銀ナイフを逆手に持ち替え、戦闘体勢に入る。庭師も通常の構えへ戻ると、押しつぶされそうなほどに重圧な殺気を放つ。
二人の姿がブレたと思うと、残像となって消え、得物同士を打ち合わせたと思われる剣圧が発生する。
爆発のようなそれを至近距離からモロに食らう。左手を観楼剣で固定されていたが、刀自体も衝撃波に当てられ、一緒に後方へ吹き飛ばされた。
地面をバウンドし、真っ赤な血と肉片の赤い道を作りながら転がる。生きているのが不思議なぐらい重症の私は、手に刺さっていた刀を引き抜き、傍らに投げ捨てた。
戦いに夢中となって、私が逃げ出していることにも気が付いていない二人から、回復しながらできるだけ距離を置かなければならない。
腹部の傷を集中的に治療しつつ、肩の傷を押さえ、傷のある肩や腹部を庇いながら森の中を走り出す。出血が止まらず、自分が通った場所がわかってしまうが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
刀が折れたことで、背負っていた鞘にスムーズに帯刀することができたが、どう逃げるか思いつかない。
血の跡があり、負傷している状態でどちらか片方が追ってきた時点で積みだ。今どこを逃げているのかもわからず、他の妖怪に出くわしてもどの道やられてしまう。
「っ……はぁ…っ……はぁっ……はぁっ…!」
魔力による回復で少し出血が収まってきているが、止まっているわけではない。
貧血でいくら呼吸しても、酸素が全身に行きわたっていない。これでは近いうちに酸欠か、血液を急激に失ったことで全身の臓器が機能を発揮できず、ショックを併発して倒れてしまうだろう。
頭痛が起こり、頭がくらくらして来た。脳を回転させることができず、ぼんやりと歩を進めていると、注意力が散漫になっていた事もあり、地中から外に露出した木の根に足を取られ、獣道を外れて崖に近い急な斜面を転げ落ちる。
「うあああああああああああああっ!?」
どこかに掴まることなどできるわけがない。そもそもそんな事を実行できるほど、脳が働いていない。
頭をぶつけ、背中を打ちつける。足や腕だけでなく肩に至るまであらゆる場所を地面とも壁とも言える土や木にぶつけた。
次にどこが叩きつけられるのか予想できず、されるがままに斜面を転がっていると、予期せぬタイミングで体に浮遊感を感じた。
斜面が途切れ、その先は崖になっていたようだ。しかし、どれだけの高さがあるかわからないが、崖ができるほど高い山だったのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていると、全身を冷たい液体に包まれた。
「ごぼっ…!」
口から漏れた空気や、勢いよく飛び込んだことで、服の内側などにあった空気が気泡となって目の前に膨れ上がる。それを見て水中に投げ出されたと理解するのに、数秒かかった。
山の中ということもあり、かなりの急流のようだ。泳ぐこともできずにもみくちゃにされ、下流に向かって流された。
冷たい水だ。体温の半分ほどの水温しかなく、その冷水に当てられたおかげでぼやけた脳が少しだけはっきりとする。だが、これも長くは続かないだろう。
肺に水が入らぬよう、魔力で体を浮遊させ、水面から頭を突き出した。
「ぷはっ…!」
考えが定まらず、入水してからしばらく水底を流されていたから呼吸が乱れ、水中から出ると荒々しく喘いだ。
「はぁ…はぁっ…!」
このまま逃げられればいいのだが、一番の問題はここからどう岸に上がるかだ。早く上がり過ぎれば連中に掴まる可能性が高くなり、遅すぎれば出血のし過ぎで意識を失うことになる。
奴らに掴まりたくないが、意識を失ったまま川の中を流れたくもない。しかし、もう意識が混濁してきてしまっている。肩と腹部の刺突の怪我による出血が、非常に多すぎるのだ。
このまま流されていたのであれば、異次元霊夢を倒す以前に溺れてしまう。早く水の中から出てしまおうとするが、意識の朦朧の方が足が速い。
岸辺に生息している草や木、何でもいいから掴むために手を伸ばそうとするが、傷口から新しく血のにじむ左手は、持ち上がらずに水中へと沈んで行った。
それに続いて糸のようにか細かった意識は、つなぎ止めることもできずに断ち切れた。
次は5/16に投稿する予定です。
5月からはリアルが忙しくなるので、投稿頻度が落ちる可能性があります。