風邪ではございませんが、入院していました。
退院することはできましたが、体調管理をきちんとしなければならないという事で、時折投稿が遅れてしまうことがあるかもしれません。
ご理解をいただければ幸いです。
できれば定期的に投稿はしていきたいと思っていますが、投稿できない場合は後書きに書き込みます。
せせらぎの決して大きくはない水の音。その大きさや穏やかな様子から、かなりの下流であることがわかる。
ここ数日間で空が雨模様になったことはない。比較的天気の良い日がずっと続いていたおかげで、川底の砂や泥が舞い上げられ、濁っているということは無い。
太陽の西日を受け、絶えず波打ち続けている水面が鏡のように光を反射し、キラキラと綺麗に輝いている。夏だからこそ、楽しんでみることのできる景色の一つだ。
目を皿のようにして川を観察すると、川底の一番深い中央辺りには黒い影が小さく体をくねらせて泳いでいる。
水の流れに逆らって、その位置に居続けているのは、魚だ。幻想郷には海がない、泳いでいるのは当然ながら淡水魚だ。
ここらの水は飲み水で使えるほどに綺麗だ。そこにいる魚も当然汚いわけがない。今日の晩御飯にするため、少し前にここよりも上流に仕掛けていた罠を見に行かなければならないな。自分の分だけでなく、他の人の分もあるから沢山かかっていると良いが。
こんな殺伐とした状況でなければ、一日中ボーッと地面に固定した釣り竿や水面に浮かぶ浮きを眺めて居たいものだ。もう十年はやっていない。
少し話が逸れてしまったが、私がここにわざわざ来た理由は、十年以上前から使い続けている木の桶に、この綺麗な川の水を汲むためである。
「……」
しかし、絶対に見たくない物というか、絶対に会いたくない人物を見てしまったことで、少々現実逃避をしていた。
最近、いろいろな所で戦闘が起こり、博麗の巫女の活動が活発になって喧しいとは思っていたが、そう言うことか。
「喧しくなるはずだね」
何度か地震のような衝撃を感じていたが、それによってここまで飛んできたのか、傍らには岩が転がっている。
岩だと思ったそれの表面には、加工した痕跡が見て取れる。壁や床に使われているものだと想像でき、街の方向から飛んできていることがわかる。
この場所に止まるまで、直前に何度か地面をバウンドしたらしく、瓦礫には乾いた土がこびり付いている。
家か道、どちらに使われているかわからないが、私の頭よりも一回りも二回りも大きいその瓦礫は、この川に沿って生い茂っている木々の一部をなぎ倒した。
複数本倒れている内一本が川の中に倒れ込み、枝が水中に何本も伸びている。会いたくなかった人物の服が、それにひっかがったようだ。
「霧雨魔理沙……君をまたこの目で見ることになるとはね」
顔は子供っぽさが少し残っているのは否めないが、大人びた容姿になって、どちらかといえば美人という枠組みに入る。少し見違えた。
私がいるのに動き出さないところを見ると、意識を失っているということがわかる。何があってそこにいるのだろうか。
ここに来ていたが、街の方から飛んできた瓦礫が木をなぎ倒し、それに巻き込まれたと考えるのは強引すぎる。
どちらかといえば、気絶するほどの戦闘がこの川の上流付近で行われており、相打ちか敗北によって、川に落ちてここまで流されてきた。と考える方が自然だ。
木の枝に服がひっかがってから、どれだけの時間あそこで漂っているのかはわからないが、助けてやった方がいいのだろうか。
正直な所、関わりたくない。ここから見ていてもわかるほどに彼女が真っ青な顔をしているのは、長いこと川に浸かっているからなのか。それとも、戦闘による大量出血による物なのか。
「……」
どちらなのかは、彼女を水中から引っ張り上げなければ分からないが。そもそも、前者だろうが後者だろうが、気絶して川に落ちている時点で何かに追われている可能性が非常に大きい。
彼女を助けて戦争に巻き込まれるリスクを孕むのであれば、このまま放置して見殺しにし、自分の身を守る方が利己的にはいいだろう。
だが、この戦争を終わらせるのであれば、確実に彼女がキーとなるはずだ。いい意味でも、悪い意味でも。
それがどちらになるかは、ほとんど戦いにかかわっていない私には、到底わからないがね。
「…」
助けたところで、私に何ができるのかという部分はある。自分の分を賄うので精一杯なのに、他人の分まで衣食住の他に、治療等を担うのは厳しいところがある。
私は妖怪だからご飯を食べずに過ごすことは可能であるが、いざという時に頭が働かないと困るし、食事というのは精神を豊かにする。
ストレスの多いこの状況下で、楽しみの一つが無くなるのは精神衛生上大変よろしくない。
まあ、それについてはどうとでもなるが、やはり私が一番恐れているのは自分の身の安全だ。
こうしている間にも追手が迫っていると考えたら、一秒でも早く動いた方がいいのだろうが、動けずに悩んでいるのは、私が彼女に期待しているからだ。
十年続いたこの悪夢のような戦争が、ようやく終わってくれるのではないだろうか。という淡い期待。
いつ終わるかわからない。いつ自分が見つかるかわからない。いつ自分が殺されるかわからない。先の見えない真っ暗な生き地獄。目隠しをして、綱渡りでもしているようだった。
そんな生活に終止符が打たれるとしたら、巻き込まれてしまうリスクを負ってもいいのではないか。という思いもある。
しかしそう言った思いは、嫌気がさすほどに続く、この状況から生まれたやけくそな部分であることは否定できない。
「………」
私にしては長い熟考。数十秒もの間、霧雨魔理沙と睨めっこをしていたが、結論が出た。家で待つ彼女達には悪いが、連れて帰ろう。
水辺の濡れないギリギリの位置でしゃがみ込み、古びた桶の縁を水面に着け、流れる水の力を使って桶の中に水を汲んでいく。
八分目か九分目まで透明な液体で満たされた。重量的に空の時の数倍は重くなった桶を、水辺から離れた場所に置き、私は履いた靴を脱いだ。
服はいいが靴は乾くのに時間がかかる。濡れると面倒だろう。幸いにも周辺に転がっている石は、水に流されて行く過程で削れて丸みを帯びた物ばかりだ。仮に踏んだとしても、足を傷つけることは無いはずだ。
人間の発育しきっていない少女とそう変わらない小さな足が、水面を跳ねさせ、泥を踏みしめる。
気温が高い中を歩いてきたことで、熱を帯びていた肌から水が熱を一気に奪う。小さな足の指の間から泥が通っていく、滑らかではあるがざらついた久しく感じていなかった感触がする。
緩やかに見えて、川の流れというのは意外と強い。流されないよう、倒れた木の幹をしっかりと掴み、霧雨魔理沙のいる位置までゆっくりと伝って行く。
遠くから見たら真っ青な顔で、生きているのかと疑いたくなるほど生的な動きが見えなかったが、閉じている口が僅かに緩んで、そこから小さく呼吸している。
枝に絡まっているのが川の中腹で、そこは水深1メートル程度だ。私の体はほとんど沈んでしまう。川底を歩くよりも泳いだ方が進む効率はいい。
私よりも少し図体がデカい。やせ形とは言え、泳ぎながらでは確実に流される。体を魔力で強化し、弛緩しきって川の流れに身を任せている彼女の腕に手を伸ばした。
細い腕を掴むと冷たい水と体温がそう変わらない程に、彼女の体は冷え切っている。早く引っ張り出してやらなければならない。
枝と服が絡んでいるのかと思っていたが、枝に体がうまい具合にひっかがっているだけだったため、予想よりも時間がかからずに霧雨魔理沙を運び出すことに成功した。
行きはよかったが帰りは、自分の体重よりも重い物体を担いだ状態で帰らなければならない。
謝って木の幹から手を滑らせないよう、細心の注意を払って運ばなければならないだろう。
もし流されて彼女とバラバラになったとしても、私は泳いで岸にたどり着けるし彼女を助けに行くこともできる。
しかし、他の第三者に連れて帰っているところを見られ、襲われたら確実に今までの苦労が水の泡だ。気を付けなければならない。
私は非常に弱い。人間相手でも成人女性であれば多分負ける。だから絶対に見つからぬよう行動しなければ。
岸が近くなり、水の浮力で霧雨魔理沙を軽く感じていれた部分が、水位が低下することで自分へのしかかって来る。
「うっ…」
重たかったが、ようやく水流に流されない位置に運ぶことができた。と言っても岸に引き上げる頃には抱えることができず、泥や湿った土の上をズルズルと引きずるので精一杯だった。
掴んでいた腕を放すと、彼女に意識がないことを助長するように、泥だらけの土の上に自然に落ちた。
「はぁ…はぁ…」
これだけの大仕事をしたのはいつぶりだろうか。前線に出ないからと怠慢な日々を送っていたが、少しでも修行しておけばよかったと、少し後悔している。
まあ、その後悔も長くは続かないだろう。運び、彼女を助けることができれば、私の役目は終わり。そこからその鍛えた腕力を使う機会が訪れることは無いからだ。
だが、
「………。どうやって家まで運ぶか」
ここから百メートルほど離れた家に、私が一人で運ばなければならないと考えると、もうちょっとだけ大いに後悔していた方がよさそうだ。
体を魔力で再度強化し、ボロボロの魔女服を着ている彼女の腕を両手で掴む。襟首でもつかめれば楽だが、服がかなりボロボロで、結構きわどい。運んでいる最中に破れでもしたら困る。
そういう時に目なんか覚まされてみろ、まるで私が襲っているように見られてしまう。それで殺されるなんて、間抜けなことになりたくはない。
桶は一度ここに放置することにする。彼女を運びながら桶を持っていくなんて、私の力では不可能と断言しよう。
「うーーーっ…!!」
精一杯彼女の腕を引くと、ズルッと重たい体が岸から森に向かって動き出す。しかし、その初動の遅さたるやカタツムリ並みだ。
一度動かせれば、あとは一定の力で動かし続ければいいだけだが、その一定の力が全力に等しく、十メートルも運ばぬうちに息が上がってきてしまう。
常時力んでいるせいで腕や足に乳酸が溜まってしまい、手を握っている腕がブルブルと小さく震えだしてしまった。
「ぜぇ…ぜぇ…!!」
急激に体内の酸素が消費され、筋肉が酸欠を起こし、引っ張り始めた時の様なフルパワーを出し続けることができなくなっていく。
いつしか動き出し始めの半分もスピードが出なくなってくると、霧雨魔理沙の体は地面との摩擦の方が引く力よりも勝り、止まってしまう。
「くぅっ………!!!」
体をつっかえ棒のように伸ばして引っ張るが、まるで効果がない。そのうちに握力も無くなっていたようで、濡れた肌に指を滑らせて手を放してしまった。
「うわっ!?」
後ろに大きく尻餅をついてしまった私は、すぐに立ち上がろうとするが、手も足も疲労で動かせずにヘタレてしまった。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
川から家の道のりの半分も来ていない。まだまだ頑張らねばならないが、酷く疲れた。自分の身体能力がここまで低いとは思っていなかった。
たった数十メートル運ぶだけで、数日間ずっと寝込んでいられそうなほどに疲れた。途中でぶん投げたい衝動に駆られるが、ここで止めてしまってはリスクを犯した意味が無くなってしまう。
気合を入れ直さなければならない。が、それでも少しの間休まなければ彼女を運ぶことができない。
近くの木を背もたれにして呼吸を整えることにした。額や濡れた服の下で汗をダラダラかいている。服が濡れているから、まだ体温の上昇は緩やかであるが、それでも汗をかくほどには暑い。
サワサワと、葉っぱを弱々しく左右に揺らす程度の風がそよ吹くが、それでも今の私にはエアコンのクーラー並みに気持ちがいい。
運動で火照った体は水が蒸発する力を使って、体温を下げて行く。五分も休めば汗も止まるだろう。
「はぁ……」
小さくため息を付いて息を整えようとしていたが、ふと彼女が気絶している理由が何かわかっていないことを思い出す。
見つけた時には、霧雨魔理沙が戻ってきたという動揺から、そこまで考えが至っていなかったが、よくよく思い出せば、彼女はなぜ気絶したまま目を覚まさない。
一度疑問が浮かぶと、体が疲れていても自然とボロボロの霧雨魔理沙に歩み寄っていた。ロクに身体を調べていなかったが、上向けに横たわっている彼女を見下ろした。
なぜここまで服がボロボロなのに、出血や裂傷などが見られないのか不思議な部分は一部あるが、それよりも肩から足にかけての切り傷が酷い。出血はほとんど見られないが、左腕がまだ肩にひっついているのが不思議なほどだ。
それに続いて、腹部の刺し傷。これも酷いものだ。こちらもほとんど出血は見られないが、人間ならそのままショック死してしまうような大怪我だ。
彼女、運がいい。上流方向で戦い、この怪我を負って川に落ちたとしたら、その水温の低さにより、血管が収縮して出血が少なくなっていたのだろう。
でなければ、とっくの昔に出血多量によりそこらで野たれ死んでいただろう。いや、運がいいとは言えないな。死ねなかったのだから。彼女はこれからもこの地獄を、戦い抜かなければならないのだ。
彼女が闘っていたことは確定し、先ほど運んできた岸辺には私の桶を置いたままだ。戦っていた人物が追って来ていれば、地面に残った引きずる痕からもこの場所がばれてしまう。
危機感により疲れも忘れ、弾かれたように走り出し、岸辺に置かれている桶を拾い上げた。その場に留まらずに近くの草むらへ直ぐに逃げ、周りを注意深く見回した。
しばらく様子を見るが、この辺りには誰もいない。追っての影や、岸辺を第三者が歩いた後は無い。いつも通りの風景だ。
瓦礫によって木がなぎ倒されているが、それの影響で葉っぱが付いたままの枝が近くに落ちている。
それを拾い上げ、岸に残っている私の足跡、霧雨魔理沙を引きずった跡を消した。この近くは天狗たちのテリトリーで、そこから来た可能性がある。
一応私も彼女も水に浸かったため、匂いはしばらくしないはず。出血もほとんど収まっていたことから、匂いでの追跡はほとんどできないだろう。
森の木陰に入り、薄っすらと残っている私たちの痕跡を丁寧に消していく。この辺りは木が密生していて日の光が入りにくく、草があまり生えていない。
踏み固められて草の生えない獣道ではなく、自然な物であるため追跡は難しいだろう。
桶を片手に痕跡を消していると、すぐに霧雨魔理沙の元に到着する。離れた時と変わらず、死んだように横たわっている。
今の間に死んでしまったかに思え、彼女の口元に耳を寄せると、弱々しいが呼吸はしている。人間は脆い、早く帰って治療しなければならない。
火事場の馬鹿力が働いたのと、運び方のコツを掴んできたのか、始めの時よりもスムーズに彼女を運ぶことができた。
一度目の倍の距離を運び、ようやく見慣れた我が家に着いた。我が家と言っても、始めてみた人物からすれば、本当に家?と聞かれるだろう。
博麗の巫女や天狗たちから空から見つからぬよう、巨大な大樹を丸々カモフラージュに使った家だ。一見すれば。樹齢が千年を超えるただの木だろう。
冬になれば葉っぱが落ちて空から丸見えになってしまうため、木の上に部屋は作れなかった。
部屋を作ってあるのは地下だ。入り口は木の根元辺りで、草や土を盛って注意深く見てもわからぬようにしてある。
大きな木の根元まで歩き、草や土を手でよかすと、自然の物ではない木の扉が出て来る。
私専用の扉であるから、霧雨魔理沙には少し狭く感じるかもしれないが、彼女も一般的な成人女性と比較すれば、スレンダーで小柄な方だ。問題なく通れるだろう。
ドアノブを握り、捻ってこちら側へ引っ張ると、錆びついた蝶番が擦れる不快な音と共にゆっくりと開いた。
太陽の光に照らされ、簡素で誰がどう見ても素人が作ったとわかる階段が現れる。薄暗く、一番下の段まで見えない。
近くに倒れている彼女の手を引き、この階段をゆっくりとおろしてやった。踏み間違えないよう、慣れてはいるが一段一段しっかりと板を踏みしめる。
壁や天井にも板を張っているから、崩落によって生き埋めになる心配はない。そろそろ補強は必要かもしれないが、住み始めてから一度も崩れたりはしていないから大丈夫だろう。
一度階段を上がり、扉を閉じた際に外から見て違和感が生じないように、草や土を扉周辺に盛り上げた。
扉を開けて体を半分外に出しながらそれをしているため、閉めた時に草や土がずれてしまうことがある。完成を想像しながら丁寧にカモフラージュしていき、準備ができたら草や土が崩れぬようにゆっくりと扉を閉めた。
「………ふう」
外ではいつ誰に見られているかわからないが、ここまで来れば少し安心することができる。見られたり、追われていなければ、だが。
私は今回大きく動いた。ミスを残していないか不安が残るが、痕跡もすべて消したし、この場所も、見られていなければ見つけることはまず不可能だろう。
大丈夫だと自分に言い聞かせ、私は扉から離れて地下に向かって階段を下りる。外から光がほとんど入ってこないこの場所は、天気の悪い夜よりも暗い。
霧雨魔理沙を踏まぬよう手探りで場所を探ると、体温が段々と戻っているほのかに暖かい肌に指が触れた。
それが体のどこなのかわからなかったが、もう少し探るとそれは足の様だ。スカートの裾ぽい物もあり、大体の体の向きがわかった。
手や顔を踏まぬように跨ぎ、連れて来た時と同じく、手を引っ張って引きずり始めた。この廊下から、自室に入るのに扉が一枚ある。そこに近づいていくごとに騒がしい声が響いてくる。
静かにしているようにと言っておいたはずだが、外までこの声は漏れていなかったからまあいいとするか。
私が自作したのではなく、外から運び込んだ扉を設置したもので、気密性が高くてあまり外に音が漏れないから、苦労した甲斐はあるという物か。
ドアノブを捻って押し開けると、さっきまで喧しかったのが嘘のように静まり返った。驚いたわけではなく、私に怯えているのだ。
「ただいま」
一応、コミュニケーションを取ろうと挨拶をするが、まだ信用できる人物ではないと判定されているようだ。
それも仕方がない。会ってからまだ間もないし、ガタガタ震えて泣きそうになっている彼女たちを匿うために連れてきたとはいえ、そっちからすればどうなるかわからないから恐怖であろう。
「お、おかえりなさい…」
複数いるうちの一人が返事を返してくれるが、完全に声がひきつり、怯えている様子だ。それでも初めて出くわした時よりも少しマシぐらいだ。
まあ、返事を返してくれただけいいとしよう。匿うためとはいえ、森で怯えていた彼女たちを半ば無理やり連れて来たのだから。
ぎくしゃくした関係が続くのは、こちらとしてもやりずらいが、彼女たちにも目的があり、ずっと一緒にいるわけでもないからいいだろう。
「すまないがそこの君。彼女を運ぶのを手伝ってくれないかい?」
蝋燭や松明、僅かな日の光で照らされている少し薄暗い部屋の中では、私が誰に言っているのかはわからなかったようだ。
当人たちが顔を見合わせ、誰に言っているだろうと首をかしげている。彼女たちの会話を聞いていて、一番しっかりしている印象を受けた少女に頼むとしよう。
「大妖精、君のことだ」
緑の髪や背中から生えている羽をビクッと揺らす。まさか自分が呼ばれているとは思っていなかったのか、座り込んでいた少女は飛び起きてこちらに走って来る。
「す、すみません…!」
「謝らなくてもいい。君は足を持ってもらえるかい?」
やってもらいたいことを伝えると、まだ緊張している様子はあるが、すぐに霧雨魔理沙の足を持ち、私の歩調に合わせて運び始める。
そう言えば、私を殺さないことが前提で、仲間として連れてきてしまっていた。急いでいてそこまで頭が回っていなかったな。
でも、もし意識があり、運ばれていることがわかっていながらも、それに身を任せているのであれば、敵意は無い。と思う。
敵意があったとすれば、ここに来るまでの段階で分かる。様子を見るという可能性があるが、大妖精と二人で運んでいても彼女は重たい。意識があれば、運ばれているうちにどうしても骨格上苦しい体勢もあるだろう。それを少しでも緩和しようと体重移動があるはずだが、それもない。
結論から言えば彼女の敵意はわからないが、意識がないことだけは推測できる。
「そこのベットに寝かせてやる前に、一度椅子に座らせよう」
「は、はい…!」
私よりも少し身長の高いぐらいの大妖精でも、霧雨魔理沙は重いようだ。顔を真っ赤にして必死について来ている。
私にはあまり家具を作り出す技術は無い。だから、人のいなくなった街から持ってきた、自分で使うのには少し大きいが、彼女にすればちょうどいい椅子に二人がかりで座らせた。
ぐったりは相変わらずで、横に倒れ込みそうになったのを慌てて大妖精が横から支えた。腕の中に全体重をかけてもたれ掛かられ、必死に押し返している。
反対側から魔女の腕を引いて座らせる手伝いをすると、ようやく押し返せたようだ。椅子の背もたれに寄りかからせる。
「ふぅ……くたびれた。…君も手伝ってくれてありがとう」
「いいえ、大丈夫です……それよりも、この人…」
私が礼を述べると、それに対しては自然に答えるが、明らかに敵意を剥き出しにし、霧雨魔理沙に視線を向けた。
「彼女がどうかしたのか?」
「その、私たちの世界で、敵だったんです」
「……そうか。確かかい?」
「はい。紅魔館の咲夜さんと、守矢神社の早苗さんを殺したって、聞かされました」
「……」
少しどころではなく、かなり驚いた。十年前の彼女はそんなことをする人物ではなかったはずだ。
魔力に意識を向けて探ると、うる覚えであるが魔力の波長は、十年前に疾走した霧雨魔理沙と一致する。あれを境に変わった可能性も捨てきれないし、ちょっと話を聞いてみることにするか。
「そうか、それは残念だったね。でも、十年前と比較すると、だいぶ性格や考えに違いがある。本当なのかい?君らと手を組んで、こちら側の人間と戦っていそうだけど」
「性格とか考えっていうのは、話したことがないのでわからないんですが……敵の霊夢さんたちが現れて、少ししてから現れたので…敵じゃないかって思ったんです」
「へ?…少ししてから現れた?この子が?」
薄暗いため見間違いをしているかと思い、蝋燭の火を近づけ、大妖精に霧雨魔理沙の顔がよく見えるようにしながら再度聞いた。
「はい」
おかしい。なんだか腑に落ちない。彼女は十年前に霊夢達に襲われて別の世界へと逃げた。それを見つけるために、霊夢達は十年の歳月をかけて探していた。普通なら彼女が潜伏していた世界にたどり着くはずで、そこから戦いになったのであればうなづける。
しかし、探している霊夢達の後に現れたということは、逆に彼女も霊夢達を探していたということになるが、お互いが探している先で鉢合わせする確率など、いったい何%だというのだろうか。
天文学的な数値で、現実的ではない。世界の数や世界を渡るというのにどういった法則があるのかはわからないが、霊夢達は途中で見失ってしまったようだから、十年探し回った。しかし、逃げ切れた霧雨魔理沙はここの場所を知っているはずだ。直接ここに来なかった理由がわからない。
世界を渡っていたということは、霊夢達を倒せる自信があったから探していたということになる。それならば、尚更直接来ない理由にならない。
例え、いくつもある世界でたまたま鉢合わせしたとしても、向こう側の世界の住人を攻撃するほど彼女もバカではなかったはずだ。
霧雨魔理沙と私の世界の霊夢達が敵対していたとしても、攻撃された相手から見れば、どちらも変わらない同じ敵だ。
それならば、絶対に移動先の住人と手を組んだ方が利口である。しかし、タイミング的に敵として見られた可能性はあるが、殺すのは明らかにやり過ぎである。
現在の彼女がどういう人間か全くわからないから否定できないが、なんだか確率の問題や直接帰ってこなかった理由、殺しの話を聞くと現実的じゃない感じがする。
しかし、自分の力量も測れぬバカ者であるならば、こうしてやられている理由にもなるが、あまり話したことは無かったが、十年前はしっかりした子で頭もそれなりに良かったはずで、決して愚か者ではなかった。
分からないことが多いが、何かの理由で戦いにこの世界まで来たというのは、本当なのだろうか。
大妖精が彼女の名前を言っていない。つまりは知らないということになる。大妖精が言っていることの裏付けになるが、にわかには信じられない。
たまたまそう言ったことが起こった、で済ませるのには無理がある。大妖精も又聞きのようだし、もしかしたら解釈を間違っているのかもしれない。いろいろと頭の隅に置いて話を聞くとしよう。
頭を捻って結論を出せずにいると、黄色の髪と赤色の髪飾りを揺らし、大妖精と肩を並べる程度のルーミアが霧雨魔理沙の顔を覗き込んだ。
「あー?この人見たことがあるのだー」
なぜか目を輝かせ、真っ赤な舌を犬歯の間から覗かせて嬉しそうに言うと、チルノや小傘たちから注目が集まる。
「どんな人だった?」
こちらからの質問から、自分たちの聞かされている人物と少し解離していたのだろう。私が問うよりも早く、魔女を挟んで反対側に立っていた大妖精が訪ねた。
「おいしかったのだー」
そう言えば君はそう言うやつだったな。私の立てた推測を裏付けるような事を聞ければよかったが、それは無理そうだ。
というか、そっち側の紅魔館のメイドや、守矢神社の巫女がどれほど強いのかわからないが、その二人を殺したとされる人物に噛みついてよく生きて居られたな。
「…」
それよりも、彼女たちの話が本当であるならば、このままここに霧雨魔理沙を置いておくわけにはいかなくなってしまった。起きた瞬間にみんな殺される。
「いや、そうじゃなくて…。様子とか……」
ここまで運んだが、すぐに運び出さなければならなくなってしまった。彼女たちはまだ私に対して緊張した様子だが、手伝ってもらおう。いつ爆発するかわからない時限爆弾なのだ、四の五の言っている暇はない。誰に手伝ってもらうかを考えていると、大妖精は根気よく聞きたいことを訪ねている。
「うーんとねー。気絶させられたけど全然弱かったぞー?」
さっきから言っていることが矛盾しっぱなしだ。咲夜たちを殺せる実力を持つと片方では言われ、もう片方は弱かったと言う。
どっちが本当なんだ?大妖精の情報は又聞きということで、少し信憑性が薄い。もしかしたら、私の世界側の霊夢達が殺したのが形が変わって、霧雨魔理沙になったという可能性がある。
それに対してルーミアのは直接見たり感じた物だ。こちらの方が信憑性が高まるが、話し方が抜けている感じがして、少し疑心感を持っている。参考程度にもう少し聞いてみるとしよう。
「少しだけ詳しく教えてくれるかい?」
「うん。何日か前にお腹がすいてたから飛んでたのだー。」
やばい。まともな情報を聞き出せる気がしない。
「そ、それで?」
半ばあきらめながら、彼女にその続きを促した。こちらから聞き出しておいて、聞くのを止めるのは失礼だろう。
「おいしそうな匂いがしたから、逃げられないように抱き着いたのだー」
「抱きつけたのかい?」
「うん。そしたら、なんか驚いて困った顔してた」
「困った顔…?」
驚いたというのは抱き着かれたからだろうが、どれほどの実力を持つメイドと巫女かは知らないが、その二人を殺せるのに随分と警戒が緩いな。まあ、こういったもの一つ一つにつっかがっていたら話が進まないからスルーしよう。疲れて注意力が散漫になったとかだろう。
困った顔というのはどういうことだろうか。抱き着かれたことに対する困った顔なのか、接近されてしまって攻撃ができないということで困った顔なのか。
「うん、なんか、こんな顔してた。おいしそうな匂いがしてたし、食べていい人間か聞いたら、何か言っていた気がするけど忘れちゃった。それで逃げちゃうかもしれないし、噛みついたのだー」
ルーミアは困った顔を作るが、まったく参考にならない。しかし、困った顔をしたというのは本当だろう。
私は人食いでないから理解できないが、そう言った連中は決まって表情を見る。恐怖を感じた肉の方が上手いなどと聞くが、そうではなく表情もその食事を上等にするスパイスになるのだ。
だから、人食い妖怪は洞察力が優れている奴が多い。表情から来る感情を理解できればそれだけ食事が充実するからな。
今までは恐怖を顔に張り付ける者が多かった中で、珍しく驚いて困った顔をしていたということで、記憶に残ったのだろう。言ったことは忘れているが、それだけは覚えていた。
時系列的にルーミアが霧雨魔理沙に食いついたのが何時かわからない。会った時にはまだ敵対していなかったのか、敵対した後に食いついたのか。
そこは重要だ。敵対する前なら敵意をあまり見せたくなかったから殺さなかったとなるからな。しかし後者ならまた矛盾が生じる。敵対しているのに殺さない理由はない。
「それが何時だったか覚えてはいるかい?…例えば、その紅魔館のメイドが殺される前とか殺される後とか」
「その、気絶したルーミアちゃんを助けたのが私なんですが…確か殺される前でした」
そうなると、彼女は敵対する前であれば、話が通じる人物ということになるのだが、ここに置いておくか迷う所ではある。
敵対する前とは言ったものの、敵か味方かを見分ける会話をしてくれるのが、私達一人一人個人に当てはまるのかは彼女の考え方次第だ。敵か味方をグループ全体で見るのであれば、その時点でどちらの博麗の巫女も敵対しているため、敵意のない私も攻撃の対象となる。
顎に手をかけたまま考え込む。大妖精やルーミアの言っていることを鵜呑みにして、攻撃されるリスクを取って彼女をここから運び出すか、話が通じる可能性を取ってここに居させるか。
「……」
自分の身の安全を考えるのであれば、鵜呑みにするべきなのだろう。しかし、矛盾が多い。先に上げた確率の問題もそうなのだが、彼女たちの世界の住人を二人殺しているという点が一番腑に落ちない。
博麗の巫女を倒す手助けを頼み、それを断られたから殺すなど幼稚なことこの上ないし、攻撃されたとしても、殺した時点で行動に矛盾がある。
百歩譲って十年前のことを解決するため、博麗の巫女たちが襲っている世界に偶然入り込んだとすると。関係ない人物を巻き込んで殺したとなれば、やっていることはこの世界の博麗の巫女たちと変わらない。本末転倒だ。
どちらが本当なのかわからなくなってきた。もしかしたら、両方外れているかもしれない。私の持っている彼女に対する情報は非常に古く、大妖精たちの情報は又聞きだ。どちらも信憑性が無い。
「その、どう…するんですか?」
考え込んで押し黙ってしまっている私に、椅子の反対側に立っている大妖精は、背もたれにもたれかかっている魔女の肩を支えながら呟いた。
「ちょっと待っててくれ、今考えてる」
そうはいったものの、解決策が全く思い浮かばない。ずっと熟考しているが、どちらの意見も食い違いがあり、どちらにも可能性があって私の思考を優柔不断にさせているのだ。
「……」
なぜ、私はここまで霧雨魔理沙の肩を持っているのだろうか。しっかり者で優しかった人物は十年も前のことだ。十年という長い期間があれば、人格に大きく影響を及ぼすことだってあるだろう。
今まで考えたことが無駄になってしまうが、そう言う人物としてしまえば、ある程度のことが説明できてしまう。
しかし、それをさせまいとしている私は、戦争を終わらせたいとしているからだろう。推測に私情を持ち込んでしまえば、真実は見えなくなってしまう。
あまり時間は使いたくないが、今一度、客観的に推測しなければならない。そう思い、熟考に移ろうとしていると、大妖精の息を飲む小さな呼吸音が聞こえてくる。
どこを見るでもなく、泳がせていた視線を彼女の方へ向けると目を見開いており、表情は真っ青に血の気が引いていく。
大妖精の視線は私ではなく、背もたれに体を預けていた魔女の方へと向いている。こちらからは、髪が邪魔をして表情を隠してしまっている。
確認のために正面に回り込み、少々乱暴になってしまったが、下に傾いていた頭を持ち上げると、ぼんやりと意識が混濁している様子が見て取れる霧雨魔理沙と目が合った。
始めは私を認識できていなかったのだろう。そこらの風景と同じように脳が処理してしまい、瞳は緩慢な動きでここがどこかを大雑把に知ろうとした。
時間の経過や、顔に触れたことによる外部からの刺激に脳が活性化し、私のことを一人の人物として認識したようだ。
彼女はこちらを敵と判断しているのか、脳が処理するや否や即座に正面に回り込んでいた私の胸を両手で突き飛ばした。
「うっ!?」
私はすぐ後ろに配置されていた木でできた机の縁に腰を打ち、魔女は力任せに突き飛ばしたようで、椅子が後ろへと傾いていく。
咄嗟にバランスをとることができなかったようで、頭を木の床に、背中を椅子の背もたれに打ち付けた。絞り出した痛々しい声を短く発する。
肩に触れて霧雨魔理沙を支えていた大妖精や、部屋の隅でこちらを眺めて居たリグルは恐怖心を捨てきれないのか、悲鳴を上げて近くにいた人物にしがみついている。
よく見れば悲鳴を上げなかったチルノやルーミアは、悲鳴を上げられなかっただけで十分に怯えている。それが彼女個人に対する物なのか、元からある恐怖心が誘発されたのかはわからないが、油断せずに彼女を観察することにした。
もし敵ならば彼女は手負いだ。倒すことはできなくても、無理に連れてきてしまった大妖精たちを逃がすぐらいの時間なら稼げるかもしれない。
魔女が攻撃に移ろうとしたその時に、弾幕で撃ち抜こうと構えていたが、こちらに危害を加えようとするとしたら、遅すぎる速度で倒れた椅子から立ち上がる。
「うっ……ぐっ……」
肩や腹部の傷が痛むのか、うめき声を漏らしながらも床に手を付き、見てるこちら側が心配になる程、おぼつかない足取りで立ち上がろうとしている。
数十秒も時間をたっぷりと使って上体を持ち上げ、震える足で簡素な木の床を踏みしめた。
まるで生後間もない動物が、自らの足で大地に立つようだ。疲労し、出血が加速する身体では、中々胴体を支えることができない。あらゆる筋肉を収縮させて力もうと、歯を食いしばる擦過音がこちらにまで聞こえてくる。
やっとの思いで私の方向に向き直り、体を振るえる足で支えた。だが、立ち上がったのも束の間だった。
ぐらりと後ろに傾く体を腹筋等で引き戻すことができず、大きく後ろへとよろけた。床と同様に簡素な木の板が張られただけの壁に、ほぼ全体重を乗せて寄りかかった。
背中を打ちつけた衝撃で落とされたのか、天井部から乾いた砂がパラパラと彼女の周りに落ちて行く。
「はぁ…はぁ……」
出血で、もう体を思い通りに動かすことができないのだろう。それだけで息が上がってしまったようだ。
起き上がった際に傷口が開いたのか、苦悶の表情を浮かべている魔女は、数秒という短い時間を使って腹部の痛みを押さえ込もうと、血の溢れる腹部を左手で押さえている。
「あまり無理に動かない方がいい。傷口が開けば、低体温で押さえられていた出血が酷くなる」
混乱している彼女をあまり刺激しないように、できるだけ優しく、穏やかな口調を心がけて声をかけた。その対応に対する答えは、攻撃的に向けられた右手から、聞くまでもなかった。
彼女は魔女だ。その向けてきている手のひらから魔法を放ってくるのだろうが、それにしては攻撃性がない。
以前、彼女と同様の魔女の戦いぶりを見たことがあるが、大量の魔方陣を辺りに召還していた。その様子がないことから攻撃するつもりはないのだろうか。
いや、一口に魔女と言っても様々な者がいる。人形を使って、紅魔館の魔女のように大量の魔方陣を出現させるタイプではない魔女もいた。
霧雨魔理沙がどのタイプの魔女なのかわからないうちは、こちらも警戒を解かない方がいいだろう。
「……どうする、つもりだ」
息も絶え絶えな彼女の呟いた言葉で、聞き取ることができたのはその部分だけだった。何に対してどうするつもりだと聞いているのかわからなかったが、状況からすれば、自分をどうするつもりだと聞いたのだろう。
「君をどうこうするつもりはない。何かをするつもりがあるとすれば、君を助けるために治療をするぐらいだ。……私は君に危害を加えない。だから、その右手を下ろしてもらえるとありがたい」
ただ立っている状態でも、彼女はかなり無理をしているようだ。腹部や肩から流れ出た血液がチタチタと滴り、茶色い床に黒い染みを作っていく。
彼女は話せばわかる人間だと、この段階で既にわかっている。でなければ手のひらを向けられた時点で魔法で撃ち抜かれていたはずだ。それが無かったことから、敵意がないことを示せば、おそらく攻撃態勢を解いてくれるだろう。
本格的な治療はできないが、早いところ応急処置に移りたい。それには急がず焦らず、彼女を落ち着かせなければならない。
「そんなの……いくらでも……言い訳、できるだろ……!!」
「ああ、そうだ。それについては否定はしない。…でも、私が君をどうにかしようとしているとして、悠長に椅子に座らせると思うかい?危害を加えるつもりなら、紐か布でも使って縛り上げているだろうし……そもそもこんなところに運び込まない」
言葉だけでなく、私のしていた行動で敵意のないことを示す。混乱しているとは言え、これで通じてくれることを願う。落ち着けとその手を下げる様に促すが、脂汗を額に浮かべる彼女には、伝わっていないようだ。
「お前…自体に、敵意が無くても………お仲間は、どうなんだよ……!」
一瞬保護をしたチルノたちのことを言っているのかと思ったが、妙蓮寺のご主人や聖のことを聞いているのだろう。
「……君の言うお仲間とは、十年前に縁を切ったよ。まだつながりがあるなら、君は薄暗い地下ではなく…綺麗で明るい屋敷にいると思わないかい?………それに、そうであったならば…彼女たちも生きてはいまい」
視線をチルノたちの方へ向けると、彼女たちは肩を小さく揺らすが、会話の流れや今までから私は危害を加えないとわかっているようだ。霧雨魔理沙よりもこちらに対しての視線には怯えがない。
「……」
そこで初めてチルノや大妖精がいることに気が付いたようだ。思い当たる部分や、うなづける部分があったのか、私やチルノたちを映す瞳に動揺が浮かぶ。
「重症の怪我をしていても、私じゃ君を抑えられない。とりあえずその手を下ろしてくれ、怖くて会話もできない」
私は両手を上げて攻撃する意図がないことを現すが、警戒心の高い彼女は手の平をこちらに向けたまま、左右でわずかに色の違う瞳で睨んでくる。
信用できるか、できないかをどう定めるか考えているようだ。
「自分を…弱いと、自称してるが………それなのに、どうやって……十年……生き、延びたんだ…?」
腕を上げたままでいるのも辛くなってきたようだ。持ち上げようとしても、下がっていく右手を腹部へ運び、両手で抑え込みつつそうたずねて来る。
「期を見て逃げたからだよ。一度捜索の目が入った場所は調べが甘かったり、調べること自体がされない。そのうちに隠れた…それだけのことだよ」
生き延びれた理由さえ伝えればいいのに、なぜかそのまま私は余計な話を続けてしまう。
「…………何というか…。私は怖かったんだ。あれだけ大事に掲げていた理念や倫理をあっさりと捨て、力を手に入れられると…狂気に染まっていくご主人や聖がね。………仲の良かった寺の友人が目の前で手にかけられれば、手にかけた人物と一緒に入れるほど、私の神経は図太くはない。逃げれば殺されるとわかっていても、逃げずにはいられなかったよ」
こちらに敵意がないことを示さなければならないのに、その時のことを思い出し、十年間溜めこんでいた、恐怖の感情を吐き出す行為を止めることができない。溜まりに溜まったそれを、息をつく間もなく投げつけていく。
「君なら、分かるんじゃないかな……元人間の魔法使いは、不死になったんじゃない…ただ延命しているだけだ。妖怪と違ってベースが人間だからね。……それに聖は封印されていた期間が長かった分、魔法使いで居られる期間は極端に短かった。最後の時が近づいてる状態で……死の恐怖を極端に恐れる彼女の前に、不安を無くすことができる話が舞い込めば、それに乗らないわけがない」
そこまで話し終え、更に口を開こうとしてハッと気が付いた。霧雨魔理沙を信用させなければならなかったのに、十年間人としゃべらなかった弊害か、感情の制御ができずに熱くなってしまった。
「そうか、そいつは…残念だったな。……じゃあ、聞くが………なぜ、私を…助けたんだぜ……」
あれだけ長々と話したが、もう彼女の頭は話を理解できなかったのか、短く返答を返して質問を投げかけてきた。
「これの始まりは君だった。戦争に終止符を打つことができるのも、君次第だと思う。だからリスクを負って、ここまで連れて来た」
「……私たちの…世界からきた……チルノ…たちは、信用できる……力なんて…もん、求めて、ないからな……でも、お前は…ここの、人間だ。……信用…でき………」
ここまで説明してきたが、相手からは信用に値しないと決められてしまったようで、次に続く予想できる言葉を待っているが、彼女は話しを詰まらせた。
「?」
血のにじむ腹部を抑えていたが、青ざめている顔の瞳が見開かれ、その小さく頼りない体をビクリと揺らした。
「あっ……かぁ……っ!?」
片手を口元に急いで運ぶが、そんなものは無意味で、ゴボッと喉が水気の強い音を鳴らすと、頬を膨らませ開かれた小さな唇の間から、真っ赤な血液を吐き出した。
片手では当然とどめ切れない。腹部から滴っていた血液の上回る量を、一度に吐血し、床にビシャビシャと赤い液体で池を作る。
長く話し込みすぎたようだ。おぼろげな瞳をこちらへ向けるが、そこに霧雨魔理沙の意識は感じられない。すでに失神している。
壁に背を預けていたが、前かがみに血を吐き出したことで重心が前に移動しようだ。背中を壁に押し付けたまま、座り込むように倒れるのではなく。膝をつき、上半身を前に投げ出し、受け身を取らずに顔から床に倒れ込んだ。
明らかに大丈夫ではない。素人でもそんなことはわかっている。
「彼女を助ける。君たち、手伝ってくれないかい?」
焦りだけが押し出されぬよう、できるだけ冷静を装いながら、部屋の隅で固まっている妖精と妖怪たちに声をかける。
が、積極的に動き出そうとする素振りが見えない。前提として、大妖精たちの中に霧雨魔理沙が敵であるという刷り込みがあり、助けることに不満があるようだ。
しかし、先の会話で私の推測が当たり、彼女たちの話が間違っていることが証明された。私たちの世界からきたチルノたちは信用できる。注意すべきは私たちの世界。これは、霧雨魔理沙が彼女たちの世界にいたことを示している。
やはり、別の世界を攻撃している所に、たまたま鉢合わせるなど、ありえないほどに低い確率のガチャを、彼女は振っていなかったようだ。
もしかしたら、何らかの方法で記憶の改ざんがあったのかもしれない。なぜなら、戦闘の途中などで、霧雨魔理沙だけの記憶を消されれば、時間差を置いて現れたという説明がつく。
もし、他の世界から渡って来たのであれば矛盾が生じる。他の世界から渡ってきたばかりの魔女が、敵対している勢力に信用を置くわけがない。
「不満はあるだろうが、いいから手伝ってくれないかい?この戦いを終わらせられるかもしれないんだ」
ここに連れて来た時と同様に、私は半ば無理やりに彼女たちを手伝わせることにした。ネズミの様な尻尾を左右に揺らしつつ、先ほどよりも強めに言葉を放った。
次の投稿は5/23の予定です。
誤字等がございましたら、ご連絡ください。