東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!

という方は第百二十七話をお楽しみください!





東方繋華傷 第百二十七話 再戦

 目の前に広がるのは、乾いているのか湿っているのかもわからない地面。日が沈んでから時間が経っていて、触感に頼らず視線だけでは判別がつかない。

 月明かりがないわけではないが、うっそうと茂っている閉鎖された森の中では、枝先に着いている葉によって、そのほとんどが遮られているようだ。

 暗闇にまだ目が慣れていないのだろう。川を下っている時はまだ太陽が昇っていて、その西日が水面を反射して強い光源となっていた。

 ライトなど、強い光を発する物を覗き込んだ後、その光に目が慣れてしまって、しばらく周りが見えずらくなることがある。それと同じ状態なのだろう。しかし、このことは重要じゃない。

 頭痛がするのだ。

 それは偏頭痛や風邪などの、頭の内側からくる痛みではない。外傷による外側からの痛みが、頭痛のように感じている。

 場所は後頭部。私を地面に倒した人間は、卑怯にも後ろから殴ってきたのだ。ふざけたことをしてくれる。

 追跡は私の方が得意で、先導する形で進んでいた。その後ろから攻撃を受けたという事は、当然攻撃してきたのは一人しかいない。あのくそメイド、後で切り殺してやる。

 内心で憎悪を膨らませながら、倒れた体を地面から引き離した。後頭部に手を伸ばし、殴られた部分を確認するが、血は出ていない。

 ただし、打撲により後頭部皮膚下で内出血を起こしているようで、確認で触れるとズキズキと痛みを発する。

「っち…」

 自然と舌打ちが漏れ、右手に持つ観楼剣を握る手に力が籠る。あのメイドを切り殺してやらないと気が済まなくなってきた。

 私も進み方からわかっていたが、あのメイドのことだから気が付いたのだろう。霧雨魔理沙は自分の足で逃げたのではなく、誰かに連れていかれたと。

 確かに私が先陣切って敵の居場所に切り込めば、興奮して霧雨魔理沙も関係なく切ってしまう可能性があったから、殴りかかって来たメイドの考えもわからなくはない。

 道案内だけさせ、自分が突撃して奪った方が私が切り殺す心配がない。だが、そんなことは関係がない。力を奪える確率が上がり、さらに私の気が晴れる。一石二鳥だ。

 走り去った奴の匂いの強さから、時間はそこまで過ぎていない。メイドが進んで行った方向は匂いを辿っていけば分かる。

 切り殺したい衝動に飲まれつつある私は、少し暗闇に慣れてきた視界から、一つ分かったことがあった。この場所には見覚えがある。

「ああ、ここですか」

 

 

 松明の薪としている木の枝。その内部に含まれていた水分が熱され、水蒸気となって枝の内部から弾け出たようだ。パチッと乾いた音が耳に届く。

「…っは」

 疲れで座ったまま眠りそうになっていたが、その音が近くから聞こえてきたことで、はっと目が覚めた。

 松明の様子から、小傘が意気揚々と風呂場へ入っていってから、だいぶ時間が経過したと思う。いくつかの松明で部屋全体を照らし出しているが、その火の勢いが少し弱まってきたように見えた。

 そろそろ松明を交換しなければならなさそうだ。いつもなら、風呂場で濡れたタオルなどで体を拭いたり、桶で運んで来た水を頭から被ったりしている時間だ。風呂場から帰って来て松明を交換し、その光源が燃え尽きたら床に就くというルーチンだったが、今はできない。

 風呂場に通じる扉の鍵かけ、作業に没頭している人物に占拠されている。どれだけ進んでいるのかわからないが、その作業もしばらくすれば終わるだろう。

 始めは喧しい音が聞こえていたが、今は包丁を研ぐのに似た擦過音がしてきている。どういった事をするのかは詳しく知らないが、よくもまあ長時間同じ作業を続けられるものだ。

 部屋の中を見回すと、部屋の中を歩き回ったり、椅子に座っていたチルノたちが見当たらない。

 外が暗い中、ここから出て行ったのだろうか。ぼんやりとそう思いながら、後ろで寝ている霧雨魔理沙のことを確認しようとすると、ベットのそばで皆肩を貸しあって眠っている。

 バラバラに寝ていないのは、彼女たちが仲がいいのか、一人でいると不安だからだろうか。多分後者であるだろうが、寝てしまえば恐怖はあまり関係がない。皆怯えている時には見せなかった穏やかな顔をし、涎を口の端から垂らして寝息を立てている。

 小傘の焼き直しの作業が終わったら、私も彼女たちを見習って椅子に座って寝るとしよう。硬い椅子と机のせいで、明日は体のあちこちが痛くなっていそうだ。

 大妖精たちの方向から霧雨魔理沙の方向へ向き直ると、眉間に小さくしわを寄せている。良くない夢でも見ているのか、治る速度に体が追い付いていなくて、まだ痛みを感じているのだろうか。

「うぅ……」

 寝せてから間もない霧雨魔理沙はうめき声を漏らし、体を小さく捩るとうっすらと閉じた瞼を開いた。

 時計は無いが、起きるのにはまだ早すぎないだろうか。あの回復力だからなくはないが、再生能力が常人離れしていても、体に蓄積されているダメージや疲労はそう簡単に抜けるものではない。

「最低でも明日の朝までは寝てた方がいい。今回だけじゃなく、その前からああいった傷を負ってきているんだろう?」

「………」

 彼女に寝ているように促すが、瞳が寝ぼけた柔らかい眼から、鋭いものへと変わる。しかし、攻撃的な部分は無い。無理に上体を起こすと後方の壁に寄りかかった。

「大丈夫なのかい?」

「ああ…大丈夫だ」

 魔女はそう言うと目元に手をやり、うつむいた。疲れたことによる行動なのか、それとも意味のない物なのかわからないが、しばらくは好きなようにさせておこう。

「ナズーリン…私はどれだけ寝ていた?」

 私がベットの縁から立ち上がろうとした時、うつむいたまま尋ねて来る。ここには時計がないし、寝ていた時もあったから大体の感覚で言うしかない。

「生憎時計がないから、わからない。一時間か……二時間程度だと思うけど、それがどうかしたのかい?」

「随分と…長い時間寝てたんだな」

 あれだけの傷を負っている状態で、一時間や二時間の睡眠が長いとは、つくづく妖怪の基準すらも超える規格外だ。

 だが、力を持っている彼女の基準からすると、遅い方なのだろう。しかし、万能ではないのか、無理をしているのか。座っていて確定ではないが、ふらついているようにも見える。

「長く寝ていたという割には、お疲れのように見えるがね」

「………。いいんだ。自分を回復させるよりも、奴らを殺さなきゃならない」

 顔に当てていた手を離し、こちらを見上げた。その目や表情には、十年前に会った優しさや無垢さはひと欠片も残っていない。

 そこにあるのは、大切な誰かを守るという物や、奴らを殺すという決意。そして、全体の5割を占める、深淵の様などす黒い憎悪。

 十年前、霧雨魔理沙と仲の良かった人間の子供や、妖怪たちが見たら身震いしていただろう。

 彼女のあの顔、あの目は普通の人間、人を襲わない妖怪。人食いではない妖怪ができる物ではない。

 大昔に人間が決めた事ではあるが、生物には倫理的に行ってはいけない三大タブーが存在してる。

 一つ目は、食人。人を食らう事。

 二つ目は、親近相姦。家族内の人物と性的関係を持ち、性行為を行う事。

 三つめは、殺人。字のごとく、人を殺す行為。

 彼女はこの三つ目の線を越えてしまっているようだ。それも、感情を高ぶらせて衝動的に殺したのではない。

 利己的に、利他的に、復讐のために、目を背けることなく、後悔することなく。自分の意識で同種に手を掛けた。そういったの目だ。

 でなければ、その濁った瞳に飲まれて息を飲み、私が無理やり視線を切ることは無かっただろう。

「…」

 これだけの回復力を持っていて、十年前の爆発を起こせるだけの力を持っているというのは、心強くはある。

 しかし、その目は恐怖心を煽った。憎悪の対象が私でないとわかっていても、そちらをまっすぐに見据えることはできなかった。

 戦争下に置かれているという事で、私は普通の人よりは目が据わっている自信はあるが、十年間戦ったことのない、ぬるま湯に浸かっていた瞳など大したことは無いだろう。

 全線で戦っている者たちは、皆霧雨魔理沙の様な瞳をしてることは予想がつく。その中では、これが普通なのだろう。

 どうしてこんな風になってしまったのだろうか。不意にそんな疑問が浮かぶが、彼女はこうならなければ、戦いには勝てなかったのだろう。

「そうかい」

 私は、霧雨魔理沙にはそう返答するしかできなかった。

「ああ」

 彼女と短い掛け合いが終わり、しばらく沈黙が続く。パチパチと時々木の枝が弾ける乾いた音が聞こえ、それに耳を傾けていると、魔女が口を開いて沈黙を破った。

「何か、奴らについて知ってることは無いか?」

「知ってること?…君が有益になることは多分知ってないと思う」

 十年間隔絶された空間に居続けていたのだ。外からの情報など、殆どといえば過大評価になるほど入って来ていない。つまり、ゼロだ。

「ナズーリンはネズミを使役できるだろ?それで情報は集まらないのか?」

「集まらなかったというよりは、集めなかったって言ったり、集められなかったっていうのが正しいかな」

 なぜなのかの理由を聞こうと、彼女は黙ったままこちらに顔を向けているのを、視線から感じる。どう返答するか、文章を組み立てつつどういう順序で話すか考えていると、風呂場から砥石による擦過音がしないことに気が付いた。もうすぐで作業が終わりそうだ。

「君は、紅魔館にはもう行ったかい?」

「行った」

 私がそう尋ねると、嫌なことでもあったのか、彼女の眉間にグッと皺が寄る。そのしかめっ面から察するに、あまり踏み入って聞かない方がいいとわかる。まあ、その話をするわけではないから、聞くこともないか。

「ネズミが住んでいてもおかしくない程、埃が溜まってたりボロボロなのに、ネズミどころか虫とかの生物がいなかったと思わないかい?」

 私がそう聞くと、彼女は口元に手を当てて考え込む。多分虫等には注意がいっていなかったから、直ぐにうなずくことができなかったようだ。

 それよりも体が大きいネズミがいなかったのは、確かだと思ったようで、小さくうなづいた。

「博麗の巫女たちは、徹底的に大事な情報が漏れないようにしてる。紅魔館に近づくネズミや虫の生物は、軒並み狩られたよ。だから君が欲しいような情報は持っていない。」

「そうか…」

 少し残念そうに霧雨魔理沙は呟いた。できることなら何かしら情報を集めておいた方がよかったのかもしれないが、それにはそれ相応のリスクを負わなければならない。

「確かにネズミを介して私は情報を集められるが、情報を持ったネズミが私のところに来なければ、それを聞くことはできない。……大きく動けば動くほど、ここが見つかる可能性があったから、自分の安全第一を考えた結果…情報を集めないことにしたんだよ」

「それは、わかったが…」

 彼女が何か言いたいことがあるようで、魔女に視線を移す。眠っている大妖精たちを眺めていたがそこから視線を外した後、小傘が乱雑に床に置いたままの鞄を見る。

「小傘がいないようだが、観楼剣はどこかに持って行ったのか?」

「あー。忘れていたよ。………刀は小傘が焼き直ししている所だよ。君にはまだ必要な代物だと思ったからね。余計だったかな?」

 小傘が直しているという事実を伝えると、鍛冶職人という事は知っているようで、なるほどとうなずいてくれたが、表情を見ると肯定的とは思えない。

「何か不都合でもあったのかい?」

「いや、…今思えば大妖精たちのグループの中に、小傘がいることがおかしく思えてな……でも…そしたらお前が気が付くもんな」

 長い時間気絶していた自分が、妙蓮寺の人間によって寺に連れていかれていないという事で、私に繋がりがないことがわかっている。

 その私が、妙蓮寺とつながりのある、この世界の小傘をここに受け入れるわけがない。だから、自分の世界から来た小傘だとは思うが心配なのだろう。

「ああ、それに…ここの小傘は十年前に聖が殺してる。…それでも心配であるなら、なにか質問でもしてみたらどうだい?」

「ああ…そうさせてもらうぜ」

 まだ作業に集中していて、返事を返してくれるかわからないが、一度椅子から立ち上がり、お風呂場の扉に歩み寄った。

 まだ何か作業が残っているのか、扉越しに何か砥ぐのとはまた違う変わった音が聞こえてくる。

 右手で拳を握り、閉じきっている扉を軽く叩いた。コンコンと乾いた音が鳴ると、絶えず何かしらの音が鳴っていたお風呂場の騒音が途絶える。

 集中して行わなければならない作業ではないのか、集中が途切れていた時なのかはわからないが、今度は耳に届いてくれたようだ。

 鍵が開錠されると、球状のドアノブが半回転し、扉が押し開けられた。扉越しに見るとこの部屋へ入っていった時と同じ恰好ではあるが、数十分も作業したからか汗だくだ。

「何?」

 顎に垂れていく汗を服の袖で拭い、お風呂場から出てくると小傘は、途中で呼び出されても嫌な顔もせずに聞いてくれる。

「彼女が聞きたいことがあるそうだ」

 ベットの方を見る様に促すと、相変わらず履いたままの下駄をカラカラと鳴らし、その方向へと歩いて行く。

「どうかしたの?」

 私の時と口調も態度も変えず、なぜ呼ばれたかの疑問を彼女へ投げかける。今すぐに質問をすると思っていなかったのか、どうしようと迷っているのがわかる。

「えーっと。刀を治してくれてありがとう」

「どうってことないよ!でも、ちょっと短くなっちゃうけどね」

 へへんと胸を張る小傘は、仕事ぶりが自分でも納得がいき、文句の付けどころがないという様子だ。切れ味や耐久度などが、以前よりも落ちてしまったという事はなさそうだ。

「それで、聞きたいことなんだが……。今年の二月八日。…事八日の日に、博麗神社へ来たときのことを覚えているか?」

 二月と言うと、半年も前の話か。そちら側にここの博麗の巫女が何時からお世話になっているかわからないが、それを選択したという事は大丈夫だろう。

 事八日というと、あまり覚えていないが事始めや事納め。などだった気がする。後は、針供養。

 鍛冶職人であることを知っているということは、事始めや事納めについてではなく、針供養などだろう。

 針と言うと、博麗の巫女も武器の一つとして使用していたと思う。わざわざ事八日を挙げるという事は、それが曲がったり折れたりして使い物にならなくなったのだろう。

 博麗神社はこの世界でも、戦争以前は参拝客が少なく、金銭面では苦労していた話をなんとなく思い出す。新しく作るよりも、修理でも頼んで節約したとかそう言った話だろうか。

 お金を取るかはわからないが、小傘は腕だけは確かだ。妖怪といえど、修理を頼まないことは無いだろう。力の差的にも逆らえないだろうし。

 小傘は予想していた斜め上から質問が投げかけられたようで、首をかしげている。しかし、覚えはあるようなのは、後ろから見ていてもわかる。

「……事八日?…あー…確か、霊夢の神社に行って、新しい針を新調した日?」

 修理や修繕というわけではなく、新たに新しい針を作ったのか。お金がないと年中嘆いている割には奮発したのか。これは予想外。

 そう思っていながらも、この会話にどんな意味があるのかを考えていると、霧雨魔理沙から心配そうな雰囲気が消えていく。

「そうか。…質問って質問じゃなかったが、呼び出して悪かったな。あいつを頼んだ」

「任せて!あと少しだから!」

 グッと親指を立てた拳を突き出すと、元気な足取りでこちらへと戻って来る。鍵を掛けさせまいとしていたが、私が制止する前に扉を閉め、施錠してしまう。

「………」

 まあいいか。小傘ももう少しだと言っていたし、ここは好きにさせるとしよう。ため息を付きかけたが、近くの椅子へと座った。

 しかし、霧雨魔理沙のさっきの質問。上手いことひっかがってしまったな。針供養で針がダメになってしまったとしても、博麗神社の状況を知っている者であれば、新しく作るなんて考えない。絶対に節約で修繕すると思っていた。

 そこが、その場に居合わせていなかった者と、その場にいた者の違いなのだろう。その場にいたから直ぐに答えを出せた、この状況にちょうどいい出来事がよくあったものだ。

 椅子に座って少しすると、再度、小傘が何かの作業をする物音が風呂場の方向から聞こえてくる。その音を子守歌に、少し眠ろうかと机に肘をついていると、ベットの奥で動きがある。

 顔をその方向に向けると、小傘の足音で起きたのか、大妖精が眠そうに欠伸を堪え霧雨魔理沙のことを見上げている。

「……お、起きたん…ですね」

 大妖精は他の子たちを起こさないよう、気を付けて立ち上がる。が、積み重なったり肩を貸しあっていたせいで、チルノやミスティアが眠そうな声をあげ、彼女に続いて起きた。

「ああ、……大妖精か…迷惑かけたな」

 彼女はそう言いながら、体を引きずるようにしてベットの端へ移動すると、体に異常がないか目を落とし、靴を履いていく。

「え!?…あれだけの大怪我をしてたのに、動いちゃだめですよ!」

「大丈夫だぜ」

 大妖精が回り込んで止めようとするが、その頃には靴を履き終え、足元に置いてあるカバンを肩から下げ、中身の確認をしてしまっている。

 私も止めようとしたが既に行動した後で、もち上げかけた腰を下げた。必要であれば口を挟む程度の立ち位置に留まった。

「大丈夫じゃ…ないですよ。……あれだけの血が…出たんですよ?それに、フラフラじゃないですか」

 小突けば体のバランスを崩してしまいそうで、足取りがおぼつかないように見えたのは、私だけではなかったようだ。

「ここで道草を食ってる暇はないんだ」

「自分の…命が惜しくはないんですか?」

 両者一歩も引かずと言った様子だ。大妖精が引き留めようとするのは、少し意外だった。私との会話や、霧雨魔理沙の攻撃的でない雰囲気から考えが変わったのだろう。

 攻撃してこない分かっていても、怖い部分はあるのか。上着の裾をギュッと握ったまま、魔女の背中に語りかける。

「私だって人間だ…惜しいに決まってるぜ。でも、関係ないのに巻き込んじまって、その巻き込まれた大事な人が死ぬ方が私は嫌だ」

 話ながらも持っている物の確認作業は続いている。陶器や金属がぶつかり合うような音が時折聞こえてくる。

「…………。それは…」

 断固とした霧雨魔理沙の意志に、それ以上かける言葉が見つからなかったのか、大妖精は口ごもる。

 表情からするに、かける言葉が見つからなかったというよりは、言う事は決まっているが、どう話すかを考え込んでいるようだ。

「あ、あの……!………私たちと…」

「間違っても一緒に戦おうなんて言うなよ」

 口を開こうとした大妖精は、図星を突かれてしまったようで、魔女にそう遮られた途端に口を噤んでしまった。

「…!」

「私はお前らとは違うんだ」

「た、確かに、あなたの様な…回復力なんてないですが、……手を取り合って、協力することはできるじゃないですか!戦う人は多いにこしたことは無いって、言ってました」

 きっぱりと言い放つ魔女に対し、それでも大妖精は食らいつく。二人の奥ではミスティアがどういう状況だと首を傾げ、チルノは二度寝を決めている。

「人が多いにこしたことは無いのはそうだが、私が言いたいのはそれじゃない。能力だとかそう言った事じゃなくて、お前は、こっちの人間じゃないだろ?」

 鞄の中のチェックはすでに終えたようで、体の前面に持ってきていたが、邪魔にならないように横に移動する。そこで霧雨魔理沙は大妖精の方向へ振り返った。

 大妖精は彼女の目を、ここで初めてまともに覗いたようだ。自分や自分たちの世界にいたどの人物も持っていなかった瞳。復讐が渦巻く荒んだ瞳を見て、息を飲んだ。

「…っ!」

 顔を青ざめる大妖精は、霊夢達と行動していた時の巫女の瞳を思い出す。怒りに満ちた瞳をしていて、怖かった覚えがあったが、今回のはその比ではない。

「それに、立場も違う。私がお前らと居たら、もっと狙われちまうぜ」

 彼女の立場や環境を考慮していなかったな、霧雨魔理沙がそっちの世界の人物らと手を組もうとしなかったのは、攻撃されて話ができる状況では無かったり、濡れ衣を着せられたからではなく、大事な人間を守るためだったのか。巻き込まないために、記憶が消えているのを上手く使っているようだ。

「………あなたは……」

 大妖精が霧雨魔理沙に何か言おうとした時、チルノやミスティアたちがいる方向の天井からミシリと軋むような音が聞こえてくる。

 その音につられ、二人は天井の方向に気を取られる。しかし、木の板にかかっている力が僅かに変わったことで、軋んだだけだろうと顔の向きをお互いに戻そうとする。

 普通はそれで終わっていただろう。彼女たちと同じ境遇であれば、再度二人の会話に耳を傾けていただろう。

 だが、その音は、ここに何年も住んでいる私でさえ聞いたことのない音で、緊急事態だといち早く理解した。

 椅子から飛び降りながら叫ぼうとするが、理解から反応するまでにラグがあり、間に合わせることができなかった。

「皆……!」

 奇襲だ。そう叫びたかったが、その頃には天井に張った木の板に亀裂が生じ、大量の土砂と木片をまき散らしながら、紅魔館のメイドが姿を現した。

 上から垂直に掘ってきたわけではなく、斜めに掘り進んできていたようで、部屋の端から中央へ躍り出る。その狙いは、霧雨魔理沙だ。

 まさか奇襲だとは思っていなかったようで、反応が遅れた。手のひらを銀髪メイドの方向へ向けるが、攻撃を放つ前に懐に潜り込まれ、後方に蹴り飛ばされた。

「あぐっ!?」

 蹴られた彼女は私の横を通り過ぎ、壁に激突する。メイドは私や大妖精には目もくれず、背中を壁に打ち付けた霧雨魔理沙の両腕を掴んで拘束する。

「生きていて安心しましたよ。これで、十年間が無駄にならずに済みました」

 魔女の方向を見ていて、表情は読めないが笑っているのはわかった。喜んでいるのもわかる。しかし、そのどちらも憎悪に侵食され歪なものになっている。おぞましい声を聴くだけでも身震いしそうになった。

「その手を、放すんだ」

 私では絶対にかなうわけがない。わかり切っているから、緊張で声が上ずってしまっている。それでも妖精たちが体勢を整えたり、魔女が打開策を思いつくまでの時間稼ぎをしなければならない。

 十年ぶりに弾幕を放とうと、魔力を調節した。できるか不安だったが、手先に集めた魔力が淡く光り、問題がないことを示す。

 その手のひらをメイドに向け、攻撃を加えようとすると、瞬時に反応した彼女はこちらへと振り返る。

 霧雨魔理沙の瞳を見た時、恐怖心を感じた。ここの世界の住人は、皆こんな目をしていて、それが普通だと思っていた。

 大きな間違いだ。メイドの濁った瞳は、霧雨魔理沙の比ではない。メイドが平均点だとしたら、赤点もいいところだ。今はどうかわからないが、十年前の聖でも赤点ギリギリだろう。

 あらゆる感情の渦巻いている憎悪は、見ているだけで吐き気が込み上げる。全身から汗が吹き出し、緊張で呼吸もままならなくなってくる。

 生まれて初めて蛇に睨まれた蛙、という状態を体験した。本当に身動き一つとれず、動いた瞬間に殺されると、本能が脳内に危険信号のアラームを鳴らしまくっている。

 憎悪の瞳に飲み込まれ、絶望感に身を包まれた私は、逃げるという単純な行動さえとることができない。

 邪魔者を消したかったのか、敵意が私に僅かに向いた。それだけで失禁し、恥も何もかもかなぐり捨てて命乞いをし、首を垂れていても不思議ではなかった。

 それほどまでに鋭く、抉られるような殺気に頭がおかしくなりそうだった。あと数秒長く睨み付けられ、殺気を向けられたままであれば、先に上げた三項目を一度に行っていただろう。

 私がそうならなかったのは、注意がこちらに向いているうちに、霧雨魔理沙がメイドを蹴り飛ばしたのだ。

 視界から一瞬でメイドの姿が消え、それと同時に金縛りにかけられていた様に、自由の効かなかった体が解放される。

「っ…はぁっ………!!」

 その場にへたり込み、恐怖で支配され切っている私は、不規則な呼吸を繰り返す。一睨みされただけでこんな風になってしまい、情けなく思う。

 それでも、失禁しなかっただけでも褒めてほしいぐらいだ。脳裏にべっとりと張り付いているメイドの視線を思い出し、恐怖が再度襲って来る。

 緊張と恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、パニックを起こして上手く息を吸い込むことができない。浅い呼吸を何度も繰り返し、血中の炭酸ガス濃度のバランスが崩れ、強い息苦しさを感じて来る。

「はっ…はっ…はっ…!」

 どうにかしたいが、混乱していてで呼吸のコントロールをできない。このままでは意識を保っていることも難しくなってしまう。焦りがまた呼吸を乱す。お手上げの状態へと突っ走っていた私の背中を、誰かが優しく触れた。

「大丈夫です。ゆっくり呼吸してください」

 この世界で戦闘を何度か経験しているようで、私よりも対応能力のある大妖精は、いつの間にか隣に来ていた。

 私を不安にさせないよう、笑みを浮かべているが、恐怖や不安で引きつっている。だが、屈託のない笑顔は今の私には効果が大きくあり、少しでも恐怖を取り除いてパニックを鎮めることができた。

 僅かにできた余裕で精神を制御し、ゆっくりと大きな呼吸を心がける。初めは上手く行かないが、徐々におおきくゆっくりと呼吸することができるようになっていく。

「そうです。いい調子です」

 精神的に安心感を持たせるためか、私のことを抱き寄せ、背中をさすってくれる。そこまでされて、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。

 視界の端では魔女が弾かれたように飛び起き、ベットに衝突して起き上がろうとしてるメイドに弾幕を放った。

 起き上がったばかりで踏ん張る力を発揮できなかったのか、薄い青藍色の弾幕が、メイドのガードに使った銀ナイフに着弾すると、小さくはじけた。

 あの程度の爆発では、吹っ飛ばすことも爆発の炎でメイドを焼くことも、衝撃波で肺を潰すことも出ない。

 咄嗟に撃ったことで、メイドを爆発で包み込めるまでの魔力を、弾幕に込めることができなかったのだろうか。そう思った直後、大きく後ろに仰け反ったメイドは、自分が空けた大穴から外へと吹き飛んで行った。

「全員逃げろ!今すぐに!」

 霧雨魔理沙は、いきなりのことで呆気に取られているチルノたちや私たちにそう叫ぶと、両手にはメイドが使っていた得物と似た銀ナイフを魔力で作り出し、その穴から飛び出して行った。

 まだ頭は混乱しているが、落ち着くまで待ってはいられない。彼女の言う通り風呂場の小傘も連れ出して、すぐに逃げなければならないだろう。

 

 

 ザワザワと視界内にある髪の毛の色が黄色から、綺麗な銀髪へと変わっていく。銀ナイフから咲夜の魔力が送り込まれ、戦闘を優位に進めることができる情報を受け取ったことを現している。

 地面に斜めに掘り進められた穴を抜け、その前方十メートル。標的である異次元咲夜の姿を確認すると、丁度着地したところだ。

 下肢に力を込め、両手の得物をしっかりと握りしめる。体勢を立て直す前に跳躍し、間髪入れずに襲いかかった。

「せぇえい!」

 吹き飛ばされたメイドは受け身を取って着地し、こちらに向き直っている。それでも着地したばかりで、全体重を乗せた銀ナイフの攻撃を受けきるのは難しいと思ったのだろう。

 タイミングよく大きく後方に飛びのいて、白銀の軌跡を作る得物の牙から、余裕をもって逃れ切る。

 今の攻撃はかわされて当然だった。急がず、焦らず確実に奴の首を掻き切らなければならない。魔力で靴り出した銀ナイフの性質を持つ得物を握りしめる。

 紅魔館で戦った時の様にはいかない。疲労で頭が働かないわけでも、手足が動かないわけでもない。

 “任せましたよ”魔力で咲夜が語り掛けて来る。魔力で自分を保ったり、私に情報を送り込むので精一杯の彼女は、寿命の差によって妖夢のように私の体を操作することができない。

「ああ」

 戦闘準備が万端である私たちに対し、異次元咲夜は面倒くさそうに歯噛みし、大きくわざとらしくため息を付く。

「貴方と戦うつもりで来たわけではないですので、お暇させていただきます」

 咲夜に短く返答し、銀ナイフを構えていると、睨む目標は一方的にそう私たちに伝えると、帰ろうとしている。

 言い終わると早々に走り出そうとするが、当然逃がすわけがない。

 私は銀ナイフを持ち替え、刃を両側から挟み込んで掴む。偏差を考えて歩き出した異次元咲夜に向け、銀ナイフを投擲した。

 指を切らないようにすることばかり考えて投げたせいだろうか、精度があまり良くなく、狙った場所に飛んで行ってくれなかった。

 しかし、動きを止めることには成功した。奴の鼻先をかすめて飛んでいき、遠くの木にダンっと力強い音と共に突き刺さる。

「お前が闘うつもりが無くても、こっちにはある。お前らの目的に無理やり付き合わされてるんだ、こっちのも付き合ってもらうぜ」

「っち」

 私が言い放つと、異次元咲夜は顔をこちらに傾け、露骨に舌打ちをする。殺気立った雰囲気を醸し出した途端に、開戦のゴングは奴が勝手に鳴らしたようだ。

 片手に銀ナイフを作り出すと、地面を割る勢いで跳躍する。私が先ほどした様に、全体重を乗せた得物の一撃を加えて来る。

 両手に持ったナイフをクロスさせ、魔力で強化した腕に力を込める。衝撃が手首から腕、肩へと順繰りに抜けていく。

 手が痺れ、得物をきちんと持てているか不安になる程に、握っている感覚が無くなってしまう。感覚は無くとも、視界内にある手はしっかりと銀ナイフを握っていることで、心配はない。

 金属と金属が衝突したことで真っ青な火花が散り、私と頬に傷を持つメイドの顔が浮かび上がる。

 攻撃を受けることはできたが、全体重を乗せた斬撃は私の体を後方に突き飛ばすのには十分だったようだ。

 上半身がのけ反り、危うく倒れそうになる。後ろに下がって距離を取り、立て直す時間を少しでも稼ぎ、追撃に備える。

 いつ来るのかと構えているが備えが終わっても、一向に異次元咲夜は動くことは無い。自分の得物を見下ろした後に、こちらを見る。

 訝しがる。そういった表情を隠しきれていない。何が気に入らないのか知らないが、来ないのならこちらから行かせてもらおう。

 下がって稼いだ距離を走って埋め、異次元咲夜へと切りかかる。二度の斬撃を浴びせると、今度は確信に迫っているような顔つきになった。

 奴もやられてばかりではない。弾けた青い火花に照らされた青い銀ナイフを、こちらに向かって薙ぎ払う。

 それを右手の銀ナイフで受けきった。力強い斬撃は、足を地面に固定して踏ん張らせなければ、体勢を崩されていただろう。

 鍔競り合いのように接触している得物同士の間から、たえず青色の火の粉が弾け舞う。光源の量が増えたことで、始めの頃よりも辺りを明るく照らし出す。

 よりはっきりと異次元咲夜の顔が照らし出されると、奴はなぜか驚愕を示していた。

 何をそんなに驚ているのだろうか、と疑問は残るが奴を殺す目的の前にはどうでもいい。

 攻撃を受けきり、同時にがら空きの胸に向け、輝く銀ナイフを突き出した。得物を振るのと違って、敵へ向けて最短距離を突っ切る刃は、肉を切り裂く感触を手に伝えることなく空を切る。

 腕が伸びきる直前に後ろに異次元咲夜は逃げたようだ。こいつほどの腕があれば、いなすことは容易いと思ったが、驚いてたことでそれをする暇がなかったようだ。

 得物を構え直す私に向け、異次元咲夜は荒げた声で叫んできた。

「お前、何をした!?」

 いつもはメイドの仮面を顔に貼り付け、丁寧な言葉遣いや従者としてそぐわない行動をするが、この時は忘れてしまっている。

 珍しく奴は驚愕を顔に張り付けたままだが、私自身は何かをした覚えはない。しかし、驚ていてその質問という事は、奴にとってはあまり良くない事なのだろう。

 状況が読めないが、もしかしたら私にとっては有利なことかもしれない。それが普通だと笑みを浮かべて見せた。

 




次の投稿は6/7の予定です。一日遅れます。申し訳ございません。


 一つ、追記として。

 ナズーリンや刀を焼き直ししている小傘は、刀に含まれている妖夢の魔力には気づいていません。

 理由として、この話の設定上は、魔力の流れに意識を向けていなければ、魔力の流れを感じ取ることができません。

 自分の記憶や意識を魔力で武器に投影する行為は、咲夜が初めて行いました。
 なので、自分の意識を物に投影できることを知らないナズーリン達は、何の変哲もない武器に見える刀に対し、魔力の流れを探ったりはしないという事です。

 レーダーがON、OFFになっている状態を思い浮かべていただければ、わかりやすいと思います。
 あらゆる物体を探れる機械があったとしても、起動していなかったらわからないという事です。
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