それでもええで!
という方のみ第百三十話をお楽しみください!
今回はショッキングな描写が多いかもしれません。
異次元咲夜の殺気で逃げ出したのか、生物の気配がない暗闇の森を一人でトボトボと歩いていると、頭の中にメイド長の声が響いて来た。
『私の代わりにあいつを殺してくれて、ありがとうございます』
戦闘が終了し、しばらく時間が経った頃に、咲夜が私に語りかけてくる。この戦争を終結させるのには必要なことだったし、そのついでにやっているというのが本音であるから、礼を言われると罪悪感がある。それに殺害は喜ばれる行為ではない。
「あ、ああ……」
生返事であることがひっかがったのだろうか。声だけでも訝しげているのがわかる咲夜の声が再度聞こえてくる。
『奴を倒してからずっと考え込んでいますけど、何か気になることでもあったんですか?』
「………。あいつの引き際がよすぎることが気がかりだ」
私が咲夜に返答を返すと、考え込んでいるのか、少しの間沈黙が続く。潰された片目も治り、頬に残る血の跡を服で落としていると、返答が返って来る。
『頭を落とす前には首を切られていましたし、諦めたのでは?』
「無数にあるどの世界に逃げ込んだかわからない私を探すのに、十年の歳月を費やした奴が、そう簡単にあきらめると思うか?」
首を切り落とされる最後の最後まで、力を手に入れるために足掻いたはずだ。私の銀ナイフは、動脈などには届いていなかった。活動しようと思えば片腕の出血も考えて、後十分は動けたはずだ。
私の攻撃もかわせないタイミングに角度ではなかった。しゃがんだり上体を後方に傾かせれば十分に避けられただろう。
「最後に笑っていられるあの余裕……自分が死んだとしても、身内の誰かが力を手に入れることができるからか?…それとももっと別な意味があるのか?」
『わかりませんね。……もしかしたらそのうち分かるかもしれません。意味のある物だったのか、ない物だったのか。……情報が少なくて判断できませんし、とりあえず今は戻りましょう』
「……。まあ、そうだな」
そうなのだが、そうは言っても、ここはいったいどこだろうか。地面や木に残った戦闘の痕を辿りつつ、帰路についているが、道に迷った回数は数えることがバカらしくなるほど多い。
武器を投げずに切り合っていた場合は、地面に残された足跡を探さなければならず、その手間で異次元ナズーリンの家まで帰るのに時間を食ってしまっていた。
光の魔法で瞳に入る光の量を調節しているから、周りは真昼のように明るく見えるが、飛んだり跳ねたりして、痕跡と痕跡の距離が空いているのも遅れている要因だ。
「……」
異次元ナズーリンはチルノたちをきちんと逃がしただろうか。戦闘面を任せるのには不安があるが、それ以外であれば彼女ならうまくやってくれているだろう。
浮かんだ疑問を打ち消し、私は地面に残っている痕跡を急いで探す。異次元ナズーリンの家に着いたら、今度は彼女たちを探すために追わなければならないのだ。
集団での行動だから大した距離は移動できないと思うが、それでも時間をかければ移動距離も長くなり、追跡の素人では探し出すことが難しくなってしまう。
新たな痕跡を見つけ、どの方向から来たのかを分析していく。しばらくの間、こうやって追跡を続けていたが、慣れない土地という事もあり、どのあたりまで来ているのか図ることができない。
残っていた地面の痕から来た方向を予測し、その方向へと歩いて行くと、予想したとおりに異次元咲夜と戦闘した痕が残っている。
木の側面に銀ナイフがいくつも刺さり、斧で殴ったような切り傷を確認できる。足跡を見つけることができないのは、魔力で浮遊したまま戦っていたからだろう。
飛び散っている木くずの方向や、銀ナイフの刺さっている方向から、来た方角をまた推測する。地面に着けられた傷跡を眺めると、掘り返された土が少し乾いて色が変わっている。
探している時間が長かったのか、私が異次元ナズーリンの家に近づいているのかわからないが、少し近づいてきているのだろうか。
残っている戦闘の痕から、次の方向を定めた。その方に目を向けると、巨大な大木とその根元に開いた大穴が見えた。
ようやく戻ってこれた。時計がないから時間がわからないが、かれこれ20分は経過しているだろう。太陽ならなんとなく大雑把な時間はわかるが、月の位置から時間の経過を割り出す知識は無い。
逃げた彼女たちがどれだけ逃げたかの目安は無いが、とりあえず、穴周辺に残っている足跡から追跡を開始しよう。
そう思った時、嗅ぎ覚えのある匂いが肌を撫で、鼻腔を刺激する。舌や喉でも感じるこの嫌な匂いは、血の匂いだ。
「うっ……!?」
一人二人どころの話ではない。血の匂いの濃さから、もっと大人数の者が出血しているのが予想できる。
「まさか…!!」
穴周辺には赤黒い血痕がチタチタと落ちた痕が見られ、私が来た方向とは別の方角へと点々と続いているようだ。誰かが逃げ出したのか、この惨状を作り出した人物の物なのか判別できない。
一度穴の中へと降りて確認しなければならない。そう思うと嫌な汗が全身からどっと流れ、自然と固唾を飲み込んだ。こうなることをどうして予測できなかった。
グルグルと頭の中で自問自答が周り回り、脳を横切る嫌な予感に緊張し、穴に近づくごとに冷静さを欠いていく。血の匂いがそれをさらに助長する。
血の跡を跨いで通り過ぎ、急な斜面となっている坂を、滑り落ちないように靴の摩擦を利用してゆっくりと降りる。
部屋に入ったのか、急に斜面が途切れると一メートル弱程度落下し、木の床に着地した。足元には出てくるときにはなかった物が落ちていたようで、ぐにっと踏みつけるとバランスを崩して倒れかけた。
何を踏んだのか確認しようと、視線を下に向けると、そこには誰の物かわからない腕が無雑作くに落ちていた。
腕を見つけたことで息を飲む。鼻腔を通過する空気には、外では感じられなかった濃密な血液の匂いを纏っている。新鮮な血をそのまま口に流し込まれているような感覚に、吐きそうになった。
「うっ……!」
糞尿や体液がぐちゃぐちゃに混ざった激臭は、平和な地域ではまず嗅ぐことのない物だろう。喉や鼻が呼吸をすることを拒みたいのか、息を吸っているだけでビリビリと痛くなってくる。
しゃがみ、下を向いていた私に、遂にその時が来た。僅かに残っていたまともな部分の精神が、その方向は見たくない。そう語り掛けてくるように、顔を上げようとする筋肉が硬直する。
だめだ。この惨状を直視しろ。自分のせいでそうなったと、自分が起こしたことの尻拭いをしろ。これを目に焼き付け、復讐の炎を燃やせ。残りのまともではなくなった闘争本能が、硬直した筋肉を無理やり収縮させ、見上げた。
血だまり。血だまり。血だまり。血しぶきが、壁に飛び散り、天井にまでこびりついている。臓物が壊れかけの机の上からツタのように垂れ下がり、床に排泄物の模様を描いている。
ここはまるで、地獄だ。
「全員、怪我はないかい?」
過呼吸から立ち直り、霧雨魔理沙が出て行ってすぐに行動に移った。部屋にいる全員に安否の確認をする。
「だ、大丈夫!」
チルノやリグルらは破壊された壁側にいた。頭や体に砂を被ってしまったようで、返事を返しながら土を払い落としている。
「あの人は、逃げろって言ってましたけど……どこに逃げるんですか?」
大妖精は外に出ることが不安の様だ。私もそれは変わらないが、ここら辺の地の利はある。隠れられそうな場所には覚えがあるから、そこに向かうとしよう。
「ここよりは居ずらいが、当てはある……一度そこに向かおう」
私も不安であることを悟られぬよう、できるだけ落ち着いた声を出すことに務めた。しっかりした口調で伝えると、少し安心して肩を落とした。不安が全て消えたわけではないが、他人に気を使うだけの余裕はできたようだ。
部屋の隅でガタガタ震えていたミスティアの方へと歩いて行き、私の時と同じように肩や背中を擦って落ち着かせている。
森で怯えていた彼女たちを半ば無理やりここへ連れてきて、巻き込んでしまった。責任を持ってこちら側に来ている博麗の巫女の元に、無事に送り届けてやらなければならない。
「全員準備するんだ。彼女が時間を稼いでいてくれるうちに、私たちはここから移動する」
外では金属がぶつかり合う鋭い金属製の打撃音が、十六夜咲夜のあけた穴から聞こえてきている。
彼女は魔女である以上は、あまり近接戦闘は得意でないだろう。力を手に入れるために殺されないから手加減されていたとしても、気絶させられれば当然メイドの注意はこちらに向く。
私達が生きてさえいれば、小傘が焼き直ししている刀を渡す機会はいくらでもある。今は一秒でも早くこの場所から逃げよう。
「あ、あの人は大丈夫なんですか?」
まだ髪の所々に砂がひっついているリグルがそう聞いてくる。本当に本人が心配なのか、時間稼ぎとして聞いているのか。霧雨魔理沙とは敵対しているようだから、後者が強いかもしれないが、私はわからない。
大丈夫か大丈夫でないか。普通の人間だったら大丈夫ではないだろう。でも、何か秘策があるようだったし、そう簡単にはやられないと思う。思っているだけだから、信憑性は無いがね。
「さあ、でも…戦っている音が聞こえるなら、彼女はまだ戦えてるよ」
出て行った直後はかなり金属音が喧しかったが、今は離れていて、動きつつ戦闘を行っているのだろうか。耳を澄ますと時折戦っている音が聞こえてくる。
「それと、小傘!君も早く出て来るんだ!急いでここを出る!」
先ほどの戦闘音を聞いてもなお、部屋の中から小傘が出てこようとする素振りがない。怯えているのか、集中していて聞こえていないのかわからない。この場所は放棄することが決まっているため、扉を壊す勢いで叩いた。
「待って!もう少し!」
「駄目だ!急いでそこから出………」
なぜこんなことに早く気が付かなかったのだろうか。今、小傘が直している物はなんだったか覚えているだろうか。観楼剣だ。
それを破壊するとなると、同様の物か。それと同等といえる代物が必要になって来るだろう。今の幻想郷に、魂魄妖夢が持っていた観楼剣以上の業物と言われてもパッとは思いつかない。
だから霧雨魔理沙は魂魄妖夢に刀を折られたと結論付けた。それに加えて、彼女の身体に付けられていた刺し傷は、どこからどう見ても刀によるものだった。
戦っていたのは魂魄妖夢なのに、ここに来たのは十六夜咲夜だった。今は手を組んでいるとは言え、力を得るために争っている連中だ。どちらかがおかしなことをしないように目を光らせるはずだろう。
霧雨魔理沙の方に行く可能性もあるが、今回の襲撃が邪魔者の排除である場合は、一人が目標を追いって、もう片方がこちら側に来るかもしれない。
「小傘ダメだ!!急がないと奴らが来――」
「ぎゃっ!?」
私の言葉は悲鳴を上げたリグルによって遮られた。床から一メートル以上の位置にある、開いた穴から出るつもりだったようだ。よじ登って次の人を引き上げようとした矢先だった。
体が傾き、床に受け身も取らずに落下した。死んだのか、辛うじて生きているのかベットに隠れて判別することができない。
「急いでどこに行くのかしら?ゆっくり楽しみましょうよ」
ナズーリンの予想は半分当たりで、半分は外れだった。当たった半分は、予想通りの殲滅となる。
外れた半分はナズーリン達に危害を加えることが目的でではなく、運悪く異次元妖夢が穴を覗き込んでしまったのだ。
異次元妖夢も霧雨魔理沙が目的である。異次元咲夜に先を越され、ほんの短い間気絶していたことで魔理沙達が出て行ったことに気が付いていなかった。もし異次元妖夢が気絶していなければ、穴の奥に霧雨魔理沙がいるかもしれないと覗き込むことは無かっただろう。
しゃがれた老婆のような声。初めて聞く声に、誰なのかわからなかったが、片手に持つ長い太刀は観楼剣で間違いない。
声を聴いただけで冷や汗が汗せんから噴き出し、波が来る時に大きく引く水のように、血の気が引いていくのを感じた。
私だけでなくおかっぱ白髪の庭師以外の全員が、同じ状態に陥る。一番不安定に見えるミスティアが発狂しないか心配だったが、声も出ていない。
「っ!」
一番早く動き出したのは、私だ。弾幕を魂魄妖夢に向けて連射し、観楼剣が届かない範囲まで走り寄る。
「全員逃げろ!」
十六夜咲夜が空けた穴は、庭師によって塞がれている。そこからは逃げられず、必然的にきちんとした出入り口へとチルノたちは集まることになる。そこを狙われないように、こちらに意識を向けさせる。
奴から蜘蛛の子が散っていくように彼女たちは走り出し、扉には向かわずに私よりも後方に逃げていく。
扉に向かわないのは、リグルを置いていきたくないからだろう。人情的でいいことだが、ここでは命取りになる。
扉から逃げろと強く促そうとした時、弾幕を放っていた右手の肘から先が、突如宙を舞う。切られたと理解するのに、腕が地面に落ちるまで時間がかかった。
「っ………あああああああああああああああああああああああっ!!!」
数十年ぶりの生まれて初めて体験した激痛に、生まれて初めて喉をおかしくなるほどに酷使した。絶叫が部屋の中を反響する。喉の痛みを感じないのは、右腕の痛みに隠れてしまっているからだろうか。
痛みに耐えきれず膝を地面に着きそうになると、その右ひざが無くなり、バランスを崩して切断された足の上に倒れ込んだ。
「うぐっ!?」
前のめりに倒れた私は、片腕と片足が無くなったことで、すぐに体を起こすことができなかった。地面にうずくまったまま、痛みに打ちのめされた。
吐き気が込み上げ、痛みのストレスから脳を守るための防御反応なのか、瞳に涙が溜まっていく。涙が光を屈折し、視界を歪ませていく。その歪んだ視界の中でも、魂魄妖夢が目の前に立ったことはわかった。
顔を上げようとすると、目の前が真っ赤に染まる。腕と足にばかり気を取られていたが、意識を向けると左耳にも鈍い痛みが発生している。
目の前に立っている庭師が、ネズミと同じ形をした耳を削ぎ落したわけではない。奴はどこからかいきなり刀を出すと、投げるそぶりも見せずに高速で撃ち放った。
それがどこを狙っていたのかはわからないが、私が予想と違う動きをしたため、耳に大穴を開ける程度で済んだのだろう。
耳だけで飛んでくる数キロも重量のある物体を止められるわけがない。止まるそぶりも見せずに、観楼剣はその切れ味もあって貫通して行った。
貫通した先には、逃げていた彼女たちがいたはずだったことを咄嗟に思いだす。
目の前に魂魄妖夢がいることも忘れ、後方を振り替えると、青い髪や瞳を持った意気揚々という言葉が似合う少女は、腹部を貫かれて壁に貼り付けられている。
「チルノちゃん!!」
悲鳴に近い大妖精の声が、私の絶叫に負けず劣らず木霊する。当たり所がよく死んではいないが、元気の欠片もない苦悶を浮かべている。
「やめ、ろ…!……あの子たちに……手を出すな…!!」
弾幕を再度放とうとした私の左手は、彼女が持っている錆びついた観楼剣によって貫かれ、床に縫い付けられた。
「ぐっ……ああっ!!」
「黙って見ていてください」
そう言い放つその顔は、先ほど降りてきた時の凛々しさは無い。邪悪な笑みと上気した興奮状態の庭師は、ただの獣だった。
また、どこからか観楼剣を取り出すと、彼女たちの方向へと歩いて行く。初めに、能力を使いながら飛びだしたのは、金髪でゆったりとした緩い雰囲気を纏っていたルーミアだった。
能力を発動させ、姿を庭師から見えないように突撃するが、無謀と言うほかない。二人の姿が暗闇に包まれ、戦闘が見えなくなる。
だが、これを戦闘と言っていいのだろうか。戦いというのには一方的過ぎる、これは戦いとは言わない。音からしてただの虐殺だ。
暗闇を発生させたが、魂魄妖夢を包み込み切る前に発動した能力が途切れる。一切の光を通さない、まるでブラックホールに見える闇が霧散する。
その中央では、どう切られたのかわからない程に切り刻まれたルーミアが地面に散らばり、魂魄妖夢が返り血まみれで佇んでいる。
足元にはバラバラになった手足が転がり、切り刻まれ半分になった頭部からは、血と脳漿がドロッと零れ、床に凄惨的なアートを描いていく。
手や刀についた鮮血を恍惚な表情を浮かべ、吸血鬼のように舌で丁寧に舐めとっているのは気のせいではない。
口元を真っ赤に汚す魂魄妖夢相手に、大妖精とミスティアは完全に固まってしまっている。能力で逃げ出そうという考えすらも浮かんでいないだろう。
「やめろ…!!やるなら……私をやれ!」
大妖精が能力で逃げるという選択肢を、思い出せるだけの時間を稼ごうとするが、魂魄妖夢はこちらには見向きもしない。
また一歩、壁に縫い付けられたチルノ、怯えている大妖精とミスティアへと狂った庭師が歩を進めようとした時、風呂場の扉が勢いよく開け放たれた。
「おどろけぇぇぇぇええええええ!!」
真っ暗な風呂場の中から、小傘が魂魄妖夢に向かって飛びだした。ただ飛びだしたわけではなく、その手には刀を打ちなおすための金属製のハンマーが握られている。
しかし、彼女が普段からしていることは、人を驚かせるという行為のみで、人に物理的に危害を加えることはしていない。
誰かを殴る、傷つけることに慣れていない小傘は、きちんと狙いもつけられていない。目をギュッと閉じて殴りかかっており、ハンマーの頭は庭師の鼻先を掠る軌道を取っている。
パッと松明以外の光源が発生する。頭につながる木製の柄ではなく、金属の塊である頭を切断されたようだ。
半分になったハンマーの頭が、床に派手な音を立てて落下する。目を瞑ってしまっている小傘は何が起きているのか、まったくわかっていない。
その金属音の他に、木材と言うのには柔らかすぎる、二つの落下音が部屋中に響き渡る。彼女はその目を開くか、神経を伝わって来た痛みを脳が処理するまで、状況を理解することはできないだろう。
目を開くよりも、神経が痛みを伝える方が速かったようだ。こちらまで身を切り裂かれる思いが伝わる絶叫を口から漏らした。
十年前の、今でも脳裏に張りついて離れることは無い友人が殺されていく光景が、鮮明に、より強くフラッシュバックする。
「やめろ……止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
冷静など、頭には残っていなかった。自分にできることは無い。戦っても無駄死にするだけという事は、私が一番よくわかっている。
それでも、二度も友人が目の前で殺される光景を見ることなど、耐えられなかった。片腕は切断されているため、左手に刺さっている刀を引き抜くことはできない。
刃がどっちの方向を向いているか、という事を全く考慮せず、錆びついた観楼剣に大きく口を開いて噛みついた。
ギリッとエナメル質の歯が、金属を擦過する嫌な音が頭に響く。刃が口の端を切り裂き、ダラダラと血液を流すが、そんなものはどうでもよかった。首の筋肉を使って、床に突き刺さっている観楼剣を引き抜こうとする。
その間にも、庭師が小傘を切り裂き、斬殺していく音が耳に届けられる。刀が空気と肉体を切り裂く音を発するごとに、彼女の声が小さく弱々しくなっていく。
「っあああああああああああああ!!」
口の周りが血まみれになり、出血死に拍車をかけた。死がもうすぐ傍らに来ているのを無視し、重たい刀を吐き捨てた。
落ちたハンマーの頭以上に騒音を出し、私が刀を引き抜いたことは奴にばれているが、最後に一矢報いてやらなければ、殺された彼女たちに顔向けできない。
今までは肩越しに振り返って状況を確かめていたが、切断されていない足と腕を使って体の向きを変え、真正面から奴に向き直った。
「………あぁ…」
情けない声というのはこういう事のことを言うのだろう。両腕を無くし、胸等を切られ、顔の肉を認識がギリギリでできる程度に削ぎ落された小傘を見て、何もできなくなってしまった。
弾幕の一発でも撃てば、怒りを晴らすことができただろうか。私の頭の中からは無かったが、大妖精たちが逃げ出せる時間を稼げただろうか。
否。振り向いた時点で、それはできる状況になかった。どこからか射出された観楼剣が、高速で私の首元を貫いた。
「かふっ……」
声にもならない吐息は、壁に突き刺さる観楼剣の刺突音に遮られた。腕と足が切断されて体重が軽くなったおかげで、射出された観楼剣によってチルノのように壁に縫い付けられた。首の骨が折れるか脱臼するかで死ぬと思っていたが、私は運悪く生き残ってしまった。
観楼剣によって障害された、喉の組織から血が滲みだしてきたようだ。それが気道に入りかけたようで、咳が込み上げた。
「げほっ……ゴボッ…」
押し出された空気に乗り、口内へ血が喉から逆流してくる。観楼剣よりはましだが、鉄臭い匂いと味のする液体に中が満たされると、半開きになっていた口から漏れ出て来た。
運が悪い。しばらく死ねそうにない私は、目の前で徐々に息絶えていく友人を、また眺めていなければならないのだから。
それがわかっているのか、奴は血まみれで僅かに痙攣している彼女を、私の目の前に引きずり出した。
私の目の届く範囲に置き去りにすると、次の標的である大妖精たちの方向へと向き直った。
視界がぐにゃりと歪む。これは泣いているのだろうか。それとも絶望を感じ取った脳が、視界から入って来る情報の処理を拒否しているのだろうか。
そんなことを頭の片隅で思いながらも、その理由を詮索することがどうでもよくなった。この目の前で起こっていることに比べれば、取るに足らないことだ。
「ごぽっ…」
また、口の中に血が漏れてくると、ダラダラと口外へ流れ出し、替えのあまりない洋服を汚していく。
視界の三割を占める首に刺さった観楼剣の奥では、死んだも同然の小傘が横たわり、そのさらに奥では大妖精とミスティアに逃げろと叫びながらチルノが闘っている。
腹部に刺さった観楼剣の拘束から逃げ出した彼女だが、素人の私が見てもわかるぐらいに戦い方が粗雑だ。
氷の弾幕は一つも奴に届くことなく砕かれ、氷の刀は打ち合わせると簡単にペキンと折れてしまう。
隙しかないチルノは瞬き一つの間に両腕を肩から切断され、腹部を横凪に振り抜かれた。服の裾がはらりと落ち、その下にある皮膚には横に一本の赤い線が刻まれている。
その線から血が滲みだすと、遅れて体に影響が出始め、未だに戦おうとしている上半身が支えを無くし、ずるりと前方にずり落ちる。
脳と現実の認識にラグが生じているようだ。状況把握に脳が追い付いていないチルノへ、庭師が強力な蹴りを放った。
その細い足から放たれた蹴りは、彼女の頭部を原形を留めさせる事無く弾けさせ、壁にぶちまけた。髪や骨、脳が壁一面に張り付く光景は、見る者を絶句させるほどに圧巻だった。
首より下に影響はなく、下半身はそのままの位置に残り、床に倒れ込んだ。上半身は首に加わった力の一部が伝わり、壁まで吹っ飛ばされるがぶつかって潰れるほどではなく、机の上に水気の強い音を立てて落下した。
湿気の強い場所で使用し続けていたことで、足が腐っていたのか内側の木線維を剥き出しにし、崩れた。
「チルノちゃん……チルノちゃぁん!!」
大妖精の恐怖でヒステリカルな悲鳴を上げるが、当の本人はそれが届く状況になく、次第にその声は虚空に消えていく。
色々と邪魔は入ったが、魂魄妖夢はついに最後の砦であるチルノの引いた最前線を突破してしまった。
あとは2人だけだ。一人はこの場所から逃げる能力を持っているが、チルノを失ったことがショックとなってしまっているようで、呆然としてしまっている。もう一人も、恐怖のストレスや友人の殺されていくショックな状況に耐えられず、気を失ってしまったようだ。
大妖精もミスティアも、手を伸ばせば掴めるところまで接近を許してしまったようだ。大妖精の能力は自分にその気がなくても、触れられていればその触れている人物と一緒に瞬間移動してしまう。
大妖精は掴まれた瞬間に積みが決まるが、手を伸ばそうとする動作を見せる魂魄妖夢に反応すら見せない。
涙を零し、呆然とミスティアを抱えたままの彼女の頭に伸ばされた手が、鮮やかな緑色の髪の毛を掴もうと握り込まれる。
その寸前に、全く予想外の方向から声が怯えている二人に投げかけられた。荒げられたその声は、メイドが空けた穴の方面からだ。
顔を傾けてみることはできないが、その二人を叱咤する声から一番最初に切り捨てられたリグルの物だとわかった。
「霊夢さんは私が連れて来るから、大妖精は約逃げて!チルノが無駄死にになっちゃう!」
その怒った声と内容に、意気消沈して放っておけば死ぬまでそうしていそうだった大妖精は、ハッと我に返ったようだ。
「っ!」
毛先の一本でも指に振れていれば、魂魄妖夢ごと彼女たちは瞬間移動していたが、リグルに気を取られたことで、そうはならなかったようだ。
真っ黒な小さな煙を残し、二人の姿は忽然とその場所から消えた。残された魂魄妖夢は伸ばした手を空中で遅れて握る。
彼女たち側の霊夢という言葉に、少しながらも反応したようだ。いくら経験を積んでも、戦いの勘や力も未知数な人間を相手にするという事は、奴でも容易でないのだろう。
「私は虫を使える……。ここの位置を知らせてお前を……殺してやる…!」
何度切られたのかは知らないが、チタチタと服や肌から血がしたたり落ちる。その量から一か所や二か所どころではなさそうだ。
壁をよじ登り、彼女は外につながる大穴から、走って出て行った。あの傷の様子から、逃走はそう長くはもたないだろう。
それに、霊夢が来るというのも、奴を連れ出して大妖精たちの方に意識を向けさせない為の嘘だろう。虫を使って位置を教えるか、彼女たちの位置を知れるのであればとっくの昔にやっているはずだ。
「面白いですね」
彼女はそう言うと瀕死の私と小傘の横を通り過ぎ、リグルの追跡を開始する。軽いフットワークで壁を上り、土を踏みしめて歩いて行った。
足音も聞こえなくなり、あれだけ大勢の人がいた部屋には、生きた者は2人しか残されなかった。そのうちの一人は風前の灯火で、まさに峠を迎えているところだ。
その峠は、私の方にも迫ってきているが、目の前に横たわる小傘の方が数歩先を行っており、呼吸ももう止まりかけている。
「小…傘……」
口や喉に血が溜まっていて、声を出そうとすると、水が泡立つようなくぐもった音が漏れるだけだった。
「………」
答えないのではなく、答えられない。仰向けに倒れている彼女の、上下に小さく動いていた胸が止まり、削ぎ落されずに済んでいた片目は、虚空を見つめたまま動かなくなる。
「っ……くそ…」
こうなってしまった状況に、自分の未熟さに、軽率な行動をとってしまった自分に、吐き捨てた。小傘たちを無理やり連れてこなければ、全員こうして庭師に切り刻まれることは無かっただろう。
償っても、償いきれない。
「すまない……」
声にならない声は、松明に使う枝が熱で弾けた音に負けてしまった。もし生きている人がいたとしても、聞こえることは無かっただろう。
切断された腕や足が痛む。残った穴の開いた手で、腕の傷を押さえた。止血が目的なわけではないが、抑えていれば痛みが和らぐ気がした。
これが、死に近づく感覚という物なのだろうか、意識が遠のき始めた。頭が働かなくなっていく、眠りにつくよりもその感覚は足が速い。
体のあらゆる機能が脳で認識できなくなっていき、ある時を境にブツンと電源を引き抜いたテレビの様に、意識が途絶えた。
あまりにも濃すぎる血の匂い、大腸から漏れだした糞尿の匂い、その他の臓器から分泌される体液の匂いなどが合わさり、酷い悪臭だ。口や鼻を抑えていなければ、こうしてまともに部屋の中を歩くことなどできなかっただろう。
一歩歩くごとに、必ず何かが靴の裏で潰れる感触がする。それは血液だったり、切り刻まれた誰かの一部だったりする。
申し訳ない気持ちで足を引っ込め、体の一部が飛散していない場所を歩きたいが、生憎この部屋にそんな場所はなさそうだ。
早く目的を達成させるため、いるだけで正気度をどんどん削られていそうな部屋の中を、臆せず進む。
入り口側の壁には、異次元ナズーリンが縫い付けられ、その目の前には誰だか判別できない程、肉を削ぎ落された死体が横たわっている。
どちらも死んでいるのだろう。まともに見ることができないレベルの損傷に、目を反らした。
奥に進むと、細切れまでとは言わないが、体のどの部位なのかがわからない肉片が大量に転がっている。これを判別することは相当難しいだろうが、その周辺には、肉片に混じってルーミアと思わしき頭部が埋もれている。
今の段階でも胃の中身を吐き出しそうなのに、確認のために触れたらおそらくは耐えきれないだろう。
切り刻まれた死体をルーミアとして、この部屋にある遺体は全部で4つ。服装から誰だか認識できなかった死体が小傘であることがわかり、チルノも机の上で死んでいる。
あまりにも惨烈すぎる遺体に、どれも直視できるものではない。匂いや足の裏の触感も重なって、頭がおかしくなりそうだ。早く見つけないと。
小傘が焼き直ししてくれていた観楼剣を、完成していようがしていまいが回収しようと思っていたが、この部屋には見当たらない。
「…」
完成してこの部屋から持ち出す前に、異次元妖夢がここに押し入ったと考えられ、そうなれば風呂場の中にあるだろう。
開け放たれ、血液か肉片が飛び散った跡がある扉をくぐった。ここの中で戦闘が行われなかったことは、血が散乱していないことからわかる。
中は香林でなければ、用途がわからない道具が沢山転がっている。その中にも観楼剣は見当たらない。
異次元妖夢が私の武器になるから持ち出してしまったのだろうか。いや、それにしては現場が綺麗すぎる。
直している最中に押し入って来た異次元妖夢に、小傘が抵抗しないことは無いだろう。怯えてそれどころではなかったとしても、それなりの戦闘があった後の奴であれば、血を纏っていて返り血の後ぐらいは垂れていそうだが、それもない。
風呂場の扉が開いていたのは、異次元妖夢が空けたのではなく。小傘が自ら開けたのだろうか。でも、そうでもなければこんなに道具が置いてある風呂場が、荒れていないなんてことは無いだろう。
いくら小傘が作業に集中していたとしても、あれだけの殺気をまき散らすメイド達が度々来たら気が付くはずだ。
わかった上で飛びだしたとなれば、それなりに理由があるはずだろう。自暴自棄に彼女がなっていなければ。
襲った側の心境としては、追っている者が何か大事な物を持っているとかでなければ、詳しく調べることは無いだろう。
ましてや、敵が居ることがわかっているのに扉を開けて身をさらけ出せば、尚更そいつがいた部屋など調べることは無いだろう。
風呂場の中を見回すと、浴槽の内側には小傘がいつも肌身離さずに持っている、大きな唐傘お化けの傘が落ちている。
彼女がこの傘を手放すことは無い。それは、唐傘お化けである彼女のアイデンティティーであるからだ。アイデンティティーを手放して離れることがあるとすれば、よっぽどだろう。
大きなその傘を拾い上げると、軽そうな見た目よりも数倍も重たい。閉じた傘の中に何かがある。それは私が予想する物で相違ないだろう。
閉じた傘を柄の方へ傾けると、中から重たいと感じた分の物体が出て来る。
傘の中から滑り出て来たのは、探していた観楼剣だ。彼女は私に付けられていた切り傷が刀であったことから、異次元妖夢が奪いに来たと思ったのだろう。
本当の目的はおそらく私であるのだが、それでも、これのために彼女は命を賭してくれたわけだ。
「……。」
私も、それに答えなければならないだろう。
両断された切先の分だけ、観楼剣は短くなっている。だが、直してもらったことで、それに含まれる妖夢の魔力は安定している。
柄を握り、鞘から引き抜くと、彼女の腕は間違いないことがわかる。元からこの長さだったと言われても全く違和感がない。素人目戦だが、業物として十分に通用する代物のように見える。
有り難い。これで、奴を殺すことができる。
「………っ」
復讐という炉に怒りの薪をくべ、復讐心を燃やす。今度は負けない。妖夢、異次元ナズーリン、チルノ、ルーミア、そして小傘の仇を取る。
鞘を背中に背負い、松明の揺らめく炎の光を反射し、光る刀身が付く柄を握りしめる。短くなった分、体格の小さい私にとっては扱いやすい得物となった。
風呂場を後にし、血みどろの赤い箱の中で、異様な雰囲気を纏っている魔女は中央で立ち止まる。すると常人なら吐いて正気を失ってしまうであろう場の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
まるで残った彼女たちの怨念や恨みを取り込んでいるようにも、惨たらしい状況を体に刻み込んでいるようにも見える。
胸いっぱいに吸い込んだ息を、ゆっくり時間をかけて噛みしめる様に吐いていく。息を吐いて吐き切ると、一言呟いた。
「復讐だ」
彼女の目つきは、先ほど殺したメイドやこれから殺そうとしている庭師と、引けを取らない程に枯れていた。
最近、仕事を始めたことで今までのように週一での投稿が難しくなってまいりました。
予定としては7/4に投稿したいのですが、遅れる可能性が高いのでその都度連絡します。