東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十四話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百三十四話 轟く雷光、裂く斬撃

 強い浮遊感は、自分の体が宙を舞っていることを物語っている。魔力を使っての飛行や、鳥が空を飛ぶ優雅な物とは違う。自分で意図的にやるのではない、他の第三者から強制的にやらされている。

 やらされているだと、他人に言われて自分が従ってやっているように聞こえるが、ここではそう言う事ではない。

 地上から五メートル程の高さに打ち上げられた。体の体勢を立て直す暇もなく、上か下か右か左か、後ろか前かもわからない方から斬撃を受ける。

 空中に魔力での足場をいくつも作り、私にスペルカードを放っている異次元妖夢は、そこを駆け回って跳躍して来ているようだ。

 上から、左から、正面から、右から、上から、後ろから、下から。切られるごとに体勢が大きく変わり、方向感覚がめちゃくちゃになっていく。自分を視点にしていることで、本当の方向はわからない。

 空に打ち上げられる前の横凪の攻撃によって、すでに体の感覚が麻痺してしまっていたのだろうか。10を超える攻撃だったというのに、痛みをあまり感じていない。

 脳の防御機構が働いているのか、喜ばしい事ではない。そうならなければ、意識を維持できない状態という事が言える。

 斬撃だけで体がその高度を維持し続けているというのも、奴の攻撃の強さをよく表している。

「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 痛みをあまり感じなくても自然と口からは絶叫が零れてしまうのは、異物が体を切り裂いている恐怖からだろうか。脳ではなく、体が感じている痛みからだろうか。

 喉の奥から膨れ上がって来た物か、傷つけられた体から漏れた物かわからない血液が飛散する。

 最後に後方から突っ込んで来た異次元妖夢に、背中から腹部を切り裂かれた。体がぐんっと持ち上がり、視界の中央には正円の月がどでかく映る。

 月が見えたことで方向を理解するが、それと重なるように上段に観楼剣を構えていた奴が、硬質化した魔力の足場からこちらに向かって跳躍してくる。

 攻撃される過程で、魔力で作っていた観楼剣は破壊されてしまっていたようだ。半ばから折れている。

 無いよりはマシの得物を構えて防御態勢に入ろうとしたが、十センチも刃渡りのない折れた刀では、その場しのぎもいいところだ。

 折られた面からは、形状が維持できないことを示す魔力の塵が散失している。魔力で補強したいところだが、そんなことをしている暇はない。

 脳が感じていなくても、身体には確実にダメージが刻まれており、数センチ動かすのにも指先が震えてままならない。

 それでも折れた刀を、異次元妖夢の得物を振り降ろそうとする軌道上へと移動させることはできた。苦労して行われた行動だが、無駄な足掻きだったと直後に知らしめられた。

 折れて耐久性能が大幅に低下していた観楼剣は、奴の持っている刀よりも脆く、十センチの刃を半ばからそのまた半分に砕かれた。

 胸へと叩き込まれた斬撃により、地上へと向けて切り飛ばされてしまう。どんな形であれ、もし自分が地面に向かって降りるとしたら、出すことは無いスピードで落下した。

 その速度たるや地面を衝撃で割る程だ。背中側が地面にめり込み、湿った土を捲り返す。当然、斬撃と衝撃に打ちのめされ、すぐに動き出せるわけがない。

 十を優に超える斬撃を、本物の矢が来てから、魔力で作られた矢の雨が降り注ぐ前に叩き込まれることになり、私は矢が刺さっていない地面に横たわっている。それが意味するのは、斬撃により精神的ではなく骨格的に動かない体に鞭を打ち、降って来る矢を迎え打たなければならないという事だ。

「あ…………ぐっ………!」

 雨の様な密度で迫ってきている矢。それから身を守るために結界を張るなり、魔力の衝撃で吹き飛ばすなりしなければならないが、体に力が入らない。

 腕を上げることも、上体を起こすことどころか、指先の一本すらまともに動かすことができない。まるで人形の体に自信が乗り移ってしまったかのようだ。

「…う………ぁ……っ………」

 あと数秒このまま放置されていれば、魔力で作られた矢に体を撃ち抜かれる。どうにかして行動を起こさなければならない。

 落下してきている矢が見えていた視界半分が、何の前触れもなく赤く染まっていく。いや、前触れはあった。他の傷が深すぎて、顔を切られてしまっているのに気が付けなかった。額から流れ出て来た血液が、眉やまつ毛を通り抜けて瞼の内側へ侵入した。

 瞳周囲にある水分の量が通常よりも多い。涙をためている時と同じく余計な光の屈折を起こし、視界が歪む。

 その歪む視界の端で、考えなくてもわかる人物が映り込む。喉元に傷があり、白髪おかっぱの異次元妖夢だ。

 倒れている私の傍らでしゃがみ込んでくると、首元に手を伸ばしてわざわざ背中側の項を掴んでくる。正面から首を握られるほどの苦しさは無いが、圧迫感があるのには変わりない。

「あ……か…っ………」

 何をしようとしているのかは、すぐに理解させられる。怪力乱心を持つ程度の能力により、軽々しく私の体は中空に持ち上げられた。

 射られた大量の矢と、正面から向き合うように掲げられた。奴は私を盾として使うつもりだ。飛んできている矢は、すさまじい速度で飛んできた本物と比べても大した威力ではない。

 だが、それは数が揃って、私が重症とも言える怪我を負っていなければの話だ。タイムリミットとなり、辺りに大量の矢が降り注ぎ始める。

 本物よりも遅いと言っても、それなりのスピードは出ていて、威力がないと言ったのも本物と比べればだ。腕や足など細い器官であれば簡単に貫通することだろう。

 これだけ大量の矢が長距離飛行して来れば、風の影響や飛んでいる塵、そう言ったものに影響され、矢もまっすぐには飛ばなかったのだろう。

 いくつか空中衝突を起こし、異次元妖夢のスペルカードで打ち上げられるよりも前よりは数が減っている印象だが、数が減っていても誤差程度だ。

 降り注ぐ矢の雨に晒され、左腕の二の腕、肩、足の膝、腹部に二本。顔には前歯をへし折り、上顎の肉を削ぎながら喉を貫き、後頭部まで貫通した。

 喉の奥では脳から体につながる重要な器官があるが、空中衝突で軌道が逸れた矢だったという事もあり、他の矢よりも斜めに抉り込んでくる。

 それが幸いして重要器官を傷つけることは無かったが、頭という器官を撃ち抜かれたことで精神的ショックも、運動エネルギーによる衝撃も大きい。

「あがっ…あああああああああっ!!」

 鈍い体を貫く痛みに喉から絶叫が迸る。捻りだされた私の声を愉しむように、異次元妖夢の楽し気で不快な笑い声が耳元で発せられる。

「大人しく、ここで待っててもらおうかしら」

 そう呟くと、ぐったりと異次元妖夢の掴んでいる手にぶら下がる私を、本当に生かすつもりがあるのかと疑いたくなるほど雑に投げ捨てた。

 仰向けで倒れ込んだことで、体に刺さった矢がさらに深く抉り込んでいくことは無かったが、ほぼ全てが貫通しかけているからそう変わらない。

「ぐ……ぅ……」

「あそこにいる邪魔者を殺して来るわ。楽しい楽しい殺し合いを邪魔されたくないもの」

「や……め……っ…!」

 こいつが永琳を殺しただけで殺戮をやめる物か。最後の一人を殺すか、自分が死ぬまで駆けずりまわるだろう。

 霊夢が簡単に殺されるわけがないのはわかっている。それでも絶対に殺されないとも言い切れない。

 彼女が弱いと言っているわけではないが、固有の能力が一人一つという世界で戦っていたため、複数の能力を使用するという前代未聞の能力を持っている異次元妖夢に、対抗できるのか謎である。

 今回については順々に相手にするでのは無く、同時だ。殺されず、慣れるまでに時間がかかったとして、彼女が無事だったとしても、周りに及ぼす被害は甚大となるだろう。ここで人的な被害を被り、生存率を下げるのは好ましくない。

 色々な理由を付けているが、そう言ったものよりも奴を行かせたくないというのは、感情的な部分が大きい。大切な人のそばに、こんなイかれた奴を向かわせたくないという単純なものだ。

「ふざ…け…るんじゃ……ない……!そっち…には………いかせ…ない…ぜ……!!」

 怒りに身を任せ、体のどこでもいいから起き上がるために躍動させる。無駄だとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

 スペルカードの斬撃と矢によってあらゆる部位が損傷し、起き上がることが物理的に不可能だとなんとなく悟っていた。

 しかし、回復が間に合っていないはずの肉体が、少しずつ地面から離れ出す。ズタズタに切り裂かれた左腕が、数センチを何秒も時間をかけて持ち上がる。

「へえ、まだ動けるのね。他の世界のあなたなら…今頃動くことなくそのまま絶命してたのに」

 彼女はそう呟くと、自分の傍らに小さなスキマを作り出した。奴の手にはすでに得物がある。それなのに出したという事は、目的は新たな観楼剣を取り出すことではないだろう。

 痙攣する左腕を、ようやく異次元妖夢の胸元に標準を合わせられた。指先に魔力が集まり、あと数秒もすればレーザーを射撃できるという段階まで来た瞬間、佇んでその光景を見下ろしていた奴が口角を上げて嗤った。

 矢が飛来した時と同じ、何かが空気を切り裂くヒュッという音が、金属が地面に高速でぶつかった甲高い音にかき消された。

 音は二つ、いずれも全く同じもの。違うのは地面に刺さった角度と、どこを通過して来たかだ。一本は手の平を斜めに貫き、もう一本は指を切り落としながら、肘窩から皮膚を貫いて肉体に侵入し、地面に突き刺さった。

 まるで蝶々の標本を、針で貼り付けにしたような光景が出来上がる。観楼剣で貫かれたことで手先に来ていた魔力をそのまま保持できず、塵となって霧散させてしまう。

「あああああっ………!!………くっ…あぁぁっ!!」

 苦しむ私を見て高揚感を覚えているらしく、上気した顔でさらに数度、観楼剣をスキマから放ってきた。

「あっ…がっ…!!」

 喉を裂き、腹部を穿つ。錆びついた刀が身体を傷つけるたび、口からは弱々しく悲鳴が漏れる。激痛を示す情報が頭の中に殺到し、脳がパンクしそうだ。

 意識を保つので精一杯で、迎撃をすることに気を回している余裕のない私に背を向けると、異次元妖夢は走り去った。

 

 

「…来るわよ」

 これからあの狂人との戦いが始まるという戦意の喪失を防ぐため、見れば誰でもわかることだが、改めて言い直した。

「わかってる」

 私の隣に立っているのは、迫ってきている異次元妖夢を呼び寄せた張本人である永琳は短く返答し、引き絞った矢を奴へ向けて放った。

 摩擦熱で赤い光をおぼろげに発するほどに加速する矢を、異次元妖夢はことごとく躱し、観楼剣で切り裂いた。

 複製で数百本にまで増えた魔力の矢も、物ともせずに突破。鬼神の如き技量と走力で、移動しながらもすべて叩き落された。

 数百メートルあった距離は、みるみるうちに百メートルを切り、輪郭から表情、髪の毛の靡きまで認識できるほどに接近する。

 弾幕の射程距離に入り、天狗や鬼たちの魔力による弾幕と、河童たちの銃の弾丸による弾幕が展開される。

 弾幕が増えたことでお互いの攻撃がぶつかり合い、打ち消し合ってしまうが、総合的には量が増えていることには変わりない。しかし、そのいずれにも異次元妖夢に当たる物は一つもない。

 両手に所持していた錆びついた観楼剣を走りながら振りかぶり、こちらに向けて投擲した。魔力を使えているとは言え、投げられた物体に直撃した人物が、致命傷を負うほどに距離が詰まって来た。

 隣にいた河童の胸を貫き、離れた位置にいる盾を構えて防御態勢が整っていた白狼天狗の頭を貫通する。

 頭を貫かれた白狼天狗はもう助からない。即死だ。額を正面から貫通し、後頭部から切先が挨拶している。頭が後方に傾き、胴体と頭をつなぐ首の骨が衝撃に耐えられず、へし折れた。喉からピンク色に染まった骨が露出している。

 隣に立っていた河童は胸部を貫かれてはいるが、胸の前で構えていた銃がストッパーとなり、比較的に傷が浅い。主要な血管の通っている位置でもなく軽傷だ。

 遠くでぐらりと体が後ろに倒れていく白狼天狗を横目に、隣で胸元を押さえようとしている河童の観楼剣に手を伸ばした。

 刃物は刺された場合は引き抜くものではないが、傷が浅く近くには医者もいる。迷いなく観楼剣を引き抜いた。体内に抉り込んだ角度のまま、まっすぐに引き抜いたことで、傷の広がりはない。

 赤黒い血の付着している観楼剣を、妖怪退治用の針を投げる要領で、異次元妖夢の元へと投擲した。

 やはり針と刀では、大きさも空気抵抗のかかり方も、重心も違う。真っすぐには飛んで行かず、滅茶苦茶に回転して飛んでいく。

 多少外れたが、概ね狙い通りの場所へと飛んでいく。軌道から見るに、当たれば異次元妖夢の肩に刺さるか、切り裂きそうだ。

 それだけでは終わらず、札と妖怪退治用の針を袖の中から引き抜き、観楼剣に続いて投げ放つ。しかし、そのどれにも期待はしていない。こんな飛び道具が当たってくれるような連中ではない。

 当然だが観楼剣は下から振り上げられた得物に弾かれ、魔力で縦横無尽に飛び回っていた札や、散弾のように複数で向かっていた針は、一つ残らず内部の断面を外界へと露出することになる。

 小傘が鍛えた針でも、奴の刃が入ればたちまち豆腐のように断ち切れてしまう。反則的な切れ味だ。しかも、これが錆びついて、切れ味が低下している刀だという所に驚きを隠せない。

 なんとなくの表情だけでなく、瞳の動きや嗤う唇の奥で蠢く舌の動きまで読み取れる。ここまで来れば、十メートルも距離がないことがわかる。それなのに、私は目の前の戦闘に集中できずにいた。

 狂気の光が宿る異次元妖夢の奥で、豆粒ほどに小さくしか見えないあの魔女が、地面に横たわっているのが見えた。

 スペルカードで切り刻まれ、矢で射抜かれる。その光景を見ているだけで、苛立ちを押さえられなくなっていた。

「…」

 だめだ。集中しなければならない。お祓い棒を握り直し、肩を回して肩甲骨の周りにある筋肉を解した。重心を下げ、走り出そうと地面を踏ん張る。

 私の横では永琳が距離的に今回で最後となる攻撃をしようと、掲げた弓矢をギリギリと音を立てて引き絞っている。緊張で荒くなっていた呼吸が、弓を握る右手を安定させた途端に落ち着いていく。

 彼女の呼吸が止まり、矢を放つのには悪条件な動作をできるだけ削ぎ落し、伸ばした腕を数ミリもズラすことなく標準を定めた。

 弓矢という原始的な武器だったとしても、十メートル未満の短距離で放たれれば、どんな生物でさえ反応することはできないだろう。それが魔力によって加速された矢であれば、可能性は限りなくゼロに近かっただろう。

 だが、まるで奴と私達では、流れている時間が違うかのようだ。金属の鏃が付いた矢の先端に刃を交えると、先から末端まで一直線に切り裂いた。

 何だろうかこの感覚。どこかで体験した覚えがある。まるで、咲夜が持つ固有の能力を発動されているかのようだ。

 真っ二つになったことで、その矢の間には空間ができる。小柄な異次元妖夢はその間をすり抜けると、私ではなく永琳めがけて切りかかる。

 あらゆる狙撃をくぐり抜け、数百メートルという距離を踏破した異次元妖夢の目の前に、地面に靴の痕をくっきりと残す脚力を駆使し、一瞬で立ちはだかる。

 横殴りに薙ぎ払われた観楼剣を、お祓い棒で受け止めた。金属と木製の物が衝突すれば、基本的に勝つのは前者だ。しかし、今まで覆ってこなかった事実が覆された。

 現博麗の巫女である霊夢が所有しているお祓い棒は使い込まれ、異次元妖夢の使っている錆びついた観楼剣よりも古い。幻想郷が出来て以来、初代博麗の巫女の代から使われ続けた物だ。

 作られてから軽く400年は経過しており、それだけの年月を経れば、普通の木なら風化や湿気により腐ったりなどで、耐久能力の著しい低下がみられていただろう。

 手入れがなされ、それらを防いでいたとしよう。それを施したところで、錆びついていたとしても金属でできた刀が、破壊できないわけがない。奴がそう考えていると、表情から手に取るようにわかる。

 樹齢数千年にも及ぶご神木から削り出されたお祓い棒は、雨風に晒された程度では腐らない。初代から今までどんなに酷使されたとしても、柔軟にしなって折れる気配すら見せず、化け物の牙、爪、金属製の得物と数十回。数百回。数千回と交えて来たが、一片の木くずすらも零したことは無い。それは、今回も含まれている。

 青色の火花が散り、完璧に異次元妖夢の攻撃を受けきった。踏ん張り、吹き飛ばないように地面に縫い付けていた足が、ググッと異次元妖夢の薙ぎ払っていた方向に動いた。

 固定していた足が地面に陥没し、圧力に耐えきれなかった部分からめくり返り、かかっていた圧から土が解放されていく。

 観楼剣とお祓い棒越しに伝わって来る奴の腕力、こちら側の妖夢と比べ物にならない。経験の差だとか、知識の差だとかそう言った物で発揮できるものではない。

 もし、その二つで発揮されていたとしたら、時の操作をされていた感覚が説明にならず、どこからか取り出した観楼剣の説明できない。

 これがこいつの持つ二つ目の能力で間違いないだろう。妖夢が勝てないのもうなづける。彼女自身はあまり腕力に重点を置いておらず、それで押されることもあったはずだろう。

 それに加えて、得物の数が違う。投げた2本と今の一本ですでに数がおかしい。あの魔女のように、本物を魔力で作り出しているわけではない。

 となれば本物の刀という事になり、切れ味からそこらで作らせた、まがい物ではないと推測できる。こいつが使っているのは今まで壊してきた、他の世界の魂魄妖夢から奪ってきた物だろう。

「…」

 まあ、戦っている中でそんなことはどうでもいい。こいつを撃破し、息の根を止めればそんなことに頭を使わなくてもよくなるのだから。

 異次元妖夢は観楼剣を捻り、巻き取るようにしてお祓い棒を弾き飛ばそうとするが、刀の側面から武器を叩き込み、一切の抵抗をさせることなく半ばからへし折った。

 首元に手を伸ばし、掴んだ。人間というよりも鬼などに近い腕力を持つ奴の手、それに腕を掴まれる前に持ち上げ、背負い投げをして地面に叩きつけた。

「がっ!?」

 まさか自分が投げられると思ってもいなかったのだろう。二つの能力を持って、今まで傷を負うこともなく他の世界の人間を殺してきたため、殺すことには慣れていても、戦うことにはあまり慣れていない。殺す過程で戦うことはあるだろうが、虐殺することは戦いとは言わないからな。

 倒れた異次元妖夢にお祓い棒を叩き込もうとするが、地面に付いた手を押すことで反動を使い、横に転がって攻撃を躱した。

 このお祓い棒を食らっていれば、頭蓋が陥没していそうな勢いで地面を耕し、先がめり込んだ。湿った土がこびり付く得物を引き抜き、邪魔な物を振り落として敵と対峙する。

 転がった勢いを使って立ち上がった奴の手には、錆びついた新しい観楼剣が握り込まれ、血をしたたらせている。近くに転がって来た異次元妖夢を、殴りかかろうとした鬼の一人を切り殺したのだ。

 勇儀や萃香ならはじき返しているだろうが、そこまでの上位個体ではなかったらしい。首なしの死体は、血を首から噴き出してゆったりと崩れ落ち、血脂で汚れている刀を指で撫で、それを口に運んでいる異次元妖夢の前に横たわった。

「少し、油断しすぎてたみたいね」

 その死体を跨がず、わざわざ踏み越えて私の方へと跳躍してきた。奴は突進しながら始めと比べ、鋭い連撃を何度も見舞って来る。それを確実に打ち返し、避ける。

「霊夢!どけ!」

 数歩下がりつつ応戦し、そろそろ攻撃に転じようとしていた時、陽気だった萃香の怒号が大気を揺るがす。天狗や河童たちの頭よりも高い位置を浮遊し、スペルカードを発動させている。

「萃符『戸隠山投げ』」

 萃香の持つ疎と密を操る程度の能力により、近場にも遠くにもある岩石が引き寄せられ、一つの大きな岩となる。

 それを腕力に任せ、投擲した。永琳の放つ矢ほどのスピードは無くても、それを大きさでカバーしている。

 岩が投げられた直後、二度の斬撃を受け流し、大きく隙を晒している奴の胸にお祓い棒を叩き込んだ。

 普通の人間なら砕けた肋骨や胸骨が心臓まで達し、絶命してもおかしく無い一撃だ。魔力を使っていても、骨折は免れなかっただろう。

 そう予測していたが、うまい具合に衝撃を後方に逃がしたのか、木の枝が折れるような、乾いた音は聞こえてこなかった。それでも、奴をその場に縫い付けるという目的は果たせた。

 吹き飛ぶという所まで行かなかったとしても、怯み、痛みに歯を食いしばっている。苦し紛れの反撃を後方に大きく下がって回避し、萃香のスペルカードの射程範囲から逃れた。

 数百人の人間が団結して固まったとしても、萃香のスペルカードを止めるには至らないだろう。その螺旋状に回転し、弾丸のように突進を仕掛けて来る岩石を、異次元妖夢は豆腐の様に切り裂いた。

 疎と密の魔力ごと岩石を切ったようで、スペルカードは崩壊し、固有の能力で固まっていた岩が剥がれてバラバラに飛散する。

 戦闘に参加していなかったウサギ達、治療が終わった直後の天狗や河童達がそれらに巻き込まれた。幸いにも直撃した者はいないが、向こうでは混乱が生じている。

 岩石を切ったばかりで、隙を晒している異次元妖夢に殴りかかろうとするが、それよりも萃香が蹴り込む方が何秒も早かった。

 投げた直後から硬直に入り、解けると高質化した魔力を足場に、跳躍したようだ。横殴りに放たれた蹴りを、異次元妖夢は受け止めた。空中にいる分だけ、踏ん張りがきかせられない萃香は観楼剣をへし折りはするが、それ以上前には進めなくなってしまう。

 伸ばした萃香の足を掴み、空へと投擲する。遠くに飛ばされ、戻ってくるまでのロスを好まない彼女は、能力で体を粒子状に変化させ、投擲の勢いを緩和する。

 こうなると得物が刀のみとなる異次元妖夢は手も足も出せないが、それは固有の能力が一つであるならば、という事が前提である。

 萃香と戦ったことは何度かある。鬼という種族である以上、普段は攻撃が通りにくく、ようやくダメージを与えられるという所で、固有の能力により霧散する。

 ずるい戦い方ではあるが、使いこなせてはいる。しかし、経験上はその粒子状になった時は、萃香からから攻撃することができなければ、普段の防御力を発揮できていない状態でもあり、爆発などの範囲攻撃を食らうと、再生成した時にそのダメージをモロに食らうことになる。

 少し前のことを思い出す。遠方でこいつが現れたあの時に発生していた雷、あれはおそらく魔女が異次元妖夢に落としたものではない。彼女が使うのは数百メートル先の標的も貫く熱線で、あの攻撃は趣向が違う。

 あの雷を異次元妖夢が放ったのだとすれば、今、萃香はピンチかもしれない。これを伝えたいが、粒子状になっている彼女に伝えることはできない。異次元妖夢の纏っている雰囲気が、まるでカードを裏返すように変容した。気がする。

 それと同時に、空気の流れに人為的な意志が組み込まれ、風の流れが人工的な物に変わった事を肌で感じた。それが間違っていないようで、風に精通している天狗。特に文の表情が変化する。

 感覚的で説明が難しいが断言できる、間違いない。これは衣玖の能力だ。上空では静電気が魔力によって増幅され、稲妻へと昇華した。

 稲妻の瞬きに視界が奪われ、耳をつんざく落雷音が幻想郷中に轟いた。音速の数倍も速度のある雷は、再形成しようとしていた萃香の粒子の一つに落ちた。

 最初の落雷がスパークの真っ赤な火花をまき散らし、周囲の粒子に向けて連鎖的に側撃雷が落ちる。雷という物は一本ではなく、複数本に枝分かれして広がり、一番近い物体へと落下していく。

 雷がネズミ算式に広がっていくスピードは、萃香が粒子を集めて再形成する速度を大きく上回り、瞬く間に粒子全体に広がり切った。

 雷と比べ、1テンポ遅く萃香が空中に体を形成する。人間で言う所の十歳ぐらいの小さな少女に戻るが、明らかに様子がおかしい。

 いつもならそこから異次元妖夢に飛びかかっていただろうが、形成された体がグラリと後方に倒れ込むと、そのまま地面へと向かって降下を始める。

 鬼だから、五メートルほどの高さから落下したとしても、死ぬことも怪我を負うこともないだろう。しかし、助けずにはいられなかった。

 体を浮遊させ、落下して来た萃香の体を空中で抱きかかえた。意識が無いことが素人目に見てもわかる程に、彼女の体に力が籠っていない。

 高電圧の落雷を受けたせいか、時折指先や足が痙攣している。私たちが落雷を食らった際には、電気は体の表面か体内を流れる。だが、全身くまなく傷害するわけではなく、電気が通った部分にやけどなどの外傷を負う。

 私が食らっていたとしたら一部に火傷を負ったり、意識障害が少し出る程度で、ここまで重症になることは無かっただろう。

 体を煙のように霧散させることができるが、皮肉にも今回はそれが命取りになったようだ。普通に食らえば一部のやけどで済んだものが、体を小さな粒子レベルにまでバラバラにすることができたおかげで、内と外を余すことなく電撃が走った。

 彼女は鬼だ。幻想郷内でトップクラスの頑丈さを持っているが、いくら酒呑童子でも危ない状況だろう。

「…萃香!」

 呼んでも反応を見せない所から、彼女の重症度がわかる。

 彼女の敗因は、自分たちの世界にいた妖夢基準で戦ってしまったことと、異次元妖夢からすれば相性のいい敵だった。そうだったとしても、呆気のないぐらいにやられてしまったことで全員に衝撃が走り、一部では戦意が削がれている。

 あの萃香が、一方的にやられるなど、前代未聞だ。あらゆるものに干渉する程度の能力を持つ異次元早苗に、魔力の流れを干渉されて防御力が下がっていたとしてもピンピンしていた。その彼女がやられたとなれば、異次元妖夢は異次元早苗以上にやばい存在だと認知されるだろう。

「どきな、霊夢。あいつはあたしがやる!」

 この戦闘が楽しくて仕方がない。そんな様子の勇儀と入れ替わるように敵から離れると、異次元妖夢の攻撃から庇っているうちに、下がっていた永琳にぶつかりかけた。丁度いい。

「…永琳、萃香をお願い!」

 表面だけでなく体の内部にまでやけどを負っている萃香の治療を頼み、異次元妖夢との戦闘に戻る。

 やはり勇儀は生粋の戦闘狂だ。この程度で萃香が死ぬわけがないと思っているのか、心配するつもりがないのか。そもそも頭の片隅にも残っていないのか。口角が上がりっぱなしの彼女は、心配の欠片も見せず、あらゆるものを粉砕するラッシュを仕掛けている。

 彼女が拳を突き出すごとに低い空気を唸らせる音が響き渡り、それが鳴るごとに奴が躱している事を示している。拳圧で砂煙が舞い上がり、開けていた視界の弊害となる。

 明らかに動くスピードに差があり、有利だった異次元妖夢が、攻撃を切り上げて勇儀の腕が届かない位置まで後退した。すると、もっとやってみろと言わんばかりに挑発して見せる。安い挑発ではあるが、腕っぷしに自信があり、頭脳戦を全て萃香に押し付けていた彼女は、まんまと乗ってしまう。

 異次元妖夢の顔面を貫く正拳突きが放たれ、避けるそぶりを見せていなかった奴に振り切られた。人間なら上半身から上が残るかも怪しいパンチだ。

 頭蓋を砕き、脳味噌とその周囲を満たす脳漿を混ぜ合わせたミンチを後頭部から弾けさせ、どんな戦場に行っている精鋭でさえも見るのを拒むような、そんな凄惨な現場を作り上げてもおかしくなかったが、拳を放った直後では血が流れることは無かった。

 異次元妖夢の目の前には、丁度拳台の大きさがあるスキマが開き、勇儀の拳を二の腕辺りまで飲み込んでいるのだ。

「…なっ…!?」

 周りに異次元紫の姿も、気配も無いというのに、開いたそれに驚きを隠せなかった。当然、敵である異次元妖夢を紫が助けようとスキマを配置するわけがない。奴自身がその場所で開いたのだ。奴の二つ目の能力が、これではっきりした。

 奴はどこかへとつながっている境界を閉じると、彼女の防御力を完全に無視し、伸びきった腕を閉じたスキマが切断した。

 先代や初代は知らないが、あの、星熊勇儀が出血しているところなど、私の代では初めて見た。もしかしたら表情から見るに、本人ですら初めてなのだろうか。

「………あ…?」

 自分の右腕が無くなったことが理解できなかったのだろう。あらゆる刃、砲弾、魔力での攻撃を全て防ぎ切る体が、まさかこうもあっさりと切断されてしまうなどと。

 そうしているうちに、勇儀の体勢が大きく崩れる。異次元妖夢が観楼剣で切ったわけでも、二つ目の能力である他の者の能力を使える能力で攻撃したわけではない。

 勇儀が履いている下駄の下、地中の中にスキマを開いたのだ。ただでさえガタイの良い勇儀の体重に土が押し出され、そのまま彼女の足がスキマの中へ落ちた。

 太ももまで落ちてしまう前に反応できなかったのは、腕を切断されたショックからだろうか。判断能力が失われており、腕だけでなく足まで閉じたスキマにより切断された。

 異次元妖夢は手元に開いたスキマから、今しがた両断したばかりの血色がいい腕と足を取り出すと、バランスを崩している勇儀の顔に足を叩きつけた。

 得物のように片手で握り、殴ると同時に投げ捨て、今度は反対から力なく垂れ下がる腕を叩きつけた。

 切断面の方を遊戯に向けていたようで、返り血がビシャッと弾け、顔の大部分を血液で濡らす。

 血で視界が効かなくなっていたのだろう。残った足で地面を踏ん張りつつ、拳を薙ぎ払うが、異次元妖夢には当たり前だが掠りもしない。

 片腕と片足を無くした状態など、体験したことのない勇儀は、踏ん張りも体を立った状態に保つこともできなくなり、血まみれになりながら崩れ落ちていく。

 その彼女の胸元に、スペルカードを取り出して握りつぶした異次元妖夢が歩み寄る。片膝をついたとしても、長身の勇儀よりも庭師の方が小さく、斜め下から斬撃を食らうことになった。

「断迷剣『迷津慈航斬』」

 錆びついた観楼剣を魔力が纏い、大きさが数倍に膨れ上がる。二メートルも三メートルも長さのあるそれを、片膝をついた勇儀の胸に叩き込んだ。

 あらゆるものを切断できるであろうその斬撃をもってしても、勇儀の肉体を切り裂くには至らなかった。しかし、片腕と片足を失っている彼女に耐えきる術はなく、その巨体は斜め下から切り上げられたことで、数百メートル先まで吹き飛び、地面に砂煙を舞い上げて小さく落下した。

「…………」

 皆、言葉を失っている。誰一人として言葉を発することができない。あの、幻想郷屈指の実力者を、異次元妖夢は数度の攻防で再起不能に陥らせたからだ。

「ば、化け物……!」

 誰かがそう呟いたのが聞こえ、そう言うのも頷ける。異次元早苗もそうだったが、こいつも誰が見ても相当な化け物だ。

 ほとんどの者が放心している中で、私は自分が闘う際のプランを練った。

 永琳と文の援護は期待できる。フランドールは微妙なところだが、私たちがやられれば彼女も目的どころではなくなる。そのうち参戦してくるだろう。

 他にはにとりや歌仙も紫もいる。被害を抑えるには、私が出るしかなさそうだ。しかし、異次元早苗以上に私は相まみえることを拒否したい。

 こんなに戦いから逃走したいと考えるのは、生まれて初めてかもしれない。月明かりに照らし出される赤い刀剣を、舌で撫でる狂人を睨みながらそう思った。

 戦わなければ勝てない。気合を入れろ、今までの生ぬるい戦い方では生き残れない。鬼の二人を倒されたことで削がれていた戦意を、自分を鼓舞することで取り戻し、真正面から対峙した。

 奴はスペルカードに耐えきれずに砕けた観楼剣を捨て、スキマの中から新たな刀を抜刀する。それを下段に構え、そのまま陣取った場所を維持しそうにも、走り出しそうにも見える体勢で準備を整えた。

 私は肩幅に足を開き、土を踏みしめる。萃香と勇儀がやられたのを目の当たりにし、緊張しているようで心臓が高鳴って仕方がない。

 警戒を怠らず、肺の中にある全ての空気を吐き出しきり、一度だけ大きな深呼吸をする。リラックスし、ゆっくりと頭の奥にあるスイッチを入れ、切り替えた。

「…ふぅ…」

 肺一杯に吸い込んでいた息を軽く吐くと、先ほどまで全力疾走しているのと変わらない程に早かった心拍が、平穏に戻っている。不安も頭の中にはない。あるのは戦闘に対する意欲のみ。

 そのまま数秒ほど睨み合っていたが、それに合図は無かった。奴が来るという感が働き、リラックスしていた精神状態から一気に戦闘本能が全開となり、心拍数が通常の倍へ跳ね上がる。しかし、不安を掻き立てる物ではなく、戦意が高まる力強い拍動だ。

 踏み込みで地面が叩き割れる。周りにいた全員の視線を置き去りにし、同時に跳躍してきていた異次元妖夢と再度の対峙。

 相手を気圧す咆哮はどちらも発さない。観楼剣とお祓い棒、お互いの得物を叩きつけ合う打撃音が戦闘のゴングとなった。

 




次の投稿は8/1の予定でしたが、8/8に遅れます!申し訳ございません!
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