東方繋華傷   作:albtraum

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それでもええで!
という方のみ第百三十五話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百三十五話 潰える

 誰もがバカげていると思っていた。魔力から本物の武器を作り出したり、魔力の武器なのにオリジナルと相違ない物だったりと。何かの間違いではないか、始めはそう考えていたはずだ。

 しかし、それらは不可能ではない。魔力単体で再現することは普通は無理だが、固有の能力を介して使用された魔力ならば、物理法則を無視したことができる。

 法則を無視できるのは異次元妖夢や、異次元早苗、異次元咲夜の持つ第二の能力に限った事ではない。こちら側の人間も何人かはいる。一部例を挙げるとしたら永江衣玖の発生させる稲妻、チルノの生成する氷、大妖精の瞬間移動、咲夜の時を操る行為。

 前者二つは魔力により、精密に作り込めば限りなく近い物で再現はできるが、近いだけで程遠い。後者については魔力で再現することはほぼ不可能だ。ここからわかる通り、固有の能力であれば、奴らがしている行為はさほど珍しい物ではない。

 馬鹿げている。そう思っている人物たちが納得できないのは、おそらくここからだ。異次元の連中は、こちら側の住人と同じ能力を持っているはずなのに、固有の能力をもう一つ持っている可能性がある。という部分から否定したいのだろう。

 固有の能力は一人一つまで、能力という概念が発現した過去から現在まで、それが覆ったことがない。そこらの弱い妖精から、スキマの妖怪、神、鬼、魔女、博麗の巫女に至るまでそうだったとすれば、その結論に至るのも致し方ない。

 しかしだ。私から言わせれば、なぜそうも能力は一人一つまでだと断言できるのか。それが絶対だと、誰かが証明したのだろうか。その根拠を教えてもらいたい。

 魔力という物は研究して詳しいアリスやパチュリー、誰かもう一人いた気がするが、その人物たちでさえ十パーセントも解明できていない、謎が多い概念だ。

 私が思うに能力と魔力の関係は、魔力とはガソリンに過ぎず、能力とは高出力のエンジンだ。

 普通の人間よりも、少し魔力の保有する量が多いぐらいでは、能力の発現には至らない。そう言った人物たちは俗にいう。霊媒師、占い師、錬金術師などの役職に就いた人物が多い。

 その霊媒師たちをエンジンとガソリンに例えるのであれば、能力というエンジンを完全に吹かすだけのガソリンを保有していない。という事になる。

 そして、私や魔女のように、ある一定の水準までガソリンが増えた際に、そのガソリンを使って使用できるエンジンが起動し、固有の能力の発現となる。

 そのエンジンだが、本当に一人一つまでなのだろうか。私たちが勝手に決めつけているだけで、二つ目のエンジンを起動するまでに届いていない。ただそれだけなのではないだろうか。

 こうも長々と説明してきたが、この理論にも穴はある。二つ目の能力に手が届いている癖に、やっていることが私たちと変わらないのだ。

 確かに、二つ目の能力にはかつてない程に、かなり手を焼かされて苦戦しているが、逆を言えば苦戦する程度なのだ。私たちが至っていない未踏の地に踏み込んでいる割には、今もこうして私を殺せずにいる。

 魔力の扱いだって、私達とは次元が違うぐらいには発達していてもおかしくないが、見たところそう言うこともない。この矛盾は何だろうか。

 

 

 金属音と木材が打ち合わさる乾いた音が重なり、けたたましい騒音となっている。息をつく暇もなく、どちらも退かぬ攻防が続いていた。

 心拍数と体温が上昇し、体が冷えていた時よりも骨格を動かす可動域が広がり、かなり遅くはあるが最高のコンディションへと移行してる。

 筋肉が柔軟に伸び縮みし、一発でも食らえば身体がミンチになりそうな異次元妖夢の攻撃を効率よく緩和し、どんなものでも包み込めるほどに柔らかく受け流す。

 これが出来ていなければ、得物をぶつけ合うごとに吹き飛ばされていたはずだ。戦闘を奴のペースに持ち込まれ、悲惨な結果で終えていただろう。

 錆びついた観楼剣による下段の斬撃を、お祓い棒での撃ち下ろしで叩き折る。数センチの刃と柄のみとなった観楼剣を悩むことなく捨て、蹴りを放ってきた。

 それを受けきり、袖の中から引き抜いた針を膝関節の合間にねじ込み、大きく捻る。関節を脱臼させ、お祓い棒を顔面に叩き込んだ。

 思った通りだ。攻撃力が妖夢以上に高まってはいるが、防御力は鉄壁には程遠い。その面だけ言えば勇儀ほどの厄介さはない。

 これだけ腕力だけが高まっているれば、防御力の変わらない肉体が壊れてしまいそうだが、その答えを吹き飛んだ異次元妖夢が教えてくれた。

 脱臼させた足や、殴った顔面の打撲痕が数秒かけてゆっくりと完全に塞がったのだ。当然こちら側の妖夢に、そんな特殊能力は無かったはずだ。

 良くは知らないが、見たことはある。巻き戻すだったり、薬による治癒とは少し違う。体の変化を拒絶するこの働きは、妹紅の能力だ。

 こいつ。いったいどれだけの能力を保有しているのだろうか。これでは、いくら戦っても焼け石に水だ。

 外れた骨が独りでに動いて元の場所へ戻り、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。その異次元妖夢に向け、すでに私は走り出した。

 風を切って疾走し、先と比べて雰囲気がまた変わった異次元妖夢に殴り込む。青色の魔力を散らしてお互いの得物を弾き合い、激しい攻防を繰り広げる。

 弾幕や腕っぷしに自信のある人物たちが、一切の援護をしてこない所を見ると、その行為が戦いの邪魔になるだけだと察しているのだ。

 瞬きする間に、二本の刀を原形を留めさせぬほどに粉砕。スキマから射出された観楼剣を身を翻して避け、その開いた空間の中から抜刀して来た太刀を叩き割る。

 相手の武器を破壊しながら戦い、少しは有利な状況にいるというのに、満たされない何かが自分の中にあるのを感じた。戦うたびに、自分だけでなく何かが足りていない煩わしさを強く覚える。

 それを無視してさらに突っ込み、錆びついた観楼剣にお祓い棒を叩きつけた。前と同じ力で殴りつけたが、奴が私の攻撃に慣れてきたようだ。砕いて使い物にならない鉄くずにできず、上から薙ぎ払う反撃を許した。

 後ろに重心を傾かせ、下がっていたことで切先が頬を撫で、数ミリの小さな傷をつける。注射と大差ない程度の痛みだが、それにあまり慣れていない私の動きを制限するのには十分だった。

 今まで使っていた物に比べ、錆びの量が比較的少ない観楼剣で追撃を行ってくるが、その頃には制限も解け、受け流した。

「…っ…!」

 最初の頃にあった得物を交えるたびに骨が軋み、筋肉に殴られるような痛みがあった強烈さはない。しかし、その時とは太刀を振るうキレがまるで違う。

 上段と下段に放たれた変幻自在に太刀筋の変わる攻撃を二度弾き、二回目は特に強く弾いたことで、隙となっている奴の胸にお祓い棒を叩き込んだ。

 苛立ちをぶつけている所もあり、胸のすくような反撃となるが、手の甲に鋭く鈍い痛みが走る。

 紙で切った程度の浅い切り傷で、致命傷にはなりえない。だが、弾かれた段階から反撃に反撃を重ねてくるとは、とことん一筋縄ではいかない相手だと実感する。

 奴ではなく、今回は私が後方にさがった。胸を動かし、肩で小さく息をする。お祓い棒を握る手の甲に目を落とすと、雨の水滴程に小さな血液が風船のように膨らんでいる。

 服の袖で軽く拭うと、体液で覆われていた数ミリの小さな傷が露わになった。体内で起こる止血の機構がきちんと働いているのと、魔力の作用によって出血は収まっている。頬の傷も気にしなくてもいいだろう。

「…」

 魔力で補助をして、高速での激しい運動を実現したが、それだけではまだ足りないようだ。ギアの回転を速め、体がもっと柔軟に、かつ素早く動く様にならなければならない。

 だが、追加で何かをする必要はない。体の芯だけでなく、肩や二の腕の辺りまで体温の上昇が行きわたり始め、発揮できるパフォーマンスの上限が高まっている。

 指先まで温め、身体能力をトップギアまで向上させるのには、もう少し体を動かさなければならないだろう。

 お祓い棒を握る手を開いたり閉じたりし、手首を軽く捻って筋肉や関節を解した。ずっと力を入れているのも指先の筋肉を硬直させ、本来の身体能力を活かせなくなってしまう。もう少し柔軟に行こうじゃないか。

 常に筋肉をフル稼働し、腕力を最大限に振るわなくてもいい。弱い力で強力な攻撃を受け流すのは、武術の基本だ。筋肉の緊張は必要な時に、必要な場所でだ。

 体をほぐして準備を整えていると高速で観楼剣が飛来し、それとほとんど変わらない時間差で異次元妖夢が切り込んでくる。

 飛んでくる観楼剣は、側面や刃のない峰の方から軽く押してやるだけだ。そうすれば赤子の手をひねるよりも簡単に軌道が曲がってくれる。腕力など使うまでもなく、少し体重をかけてやるだけだ。

 一本目はお祓い棒を使ったが、二本目からは得物を使う必要がなく、太刀の側面を指で優しく撫でるだけで向こうから勝手に軌道が変わる。

 大した脅威もなく、殺気をまき散らす異次元妖夢と接敵。頭から股までを一直線に切り裂く斬撃を放たれる。

 先ほどのキレはどうしたのだろうか。なぜか脅威といえるほどだった太刀筋が、妖夢と変わらないぐらいにまで落ちている。足を移動させずとも上半身を傾けるだけでそれを躱し、前かがみになっている異次元妖夢の顔面にお祓い棒をぶち込んだ。

 衝撃により目の前に星が弾け、ぐるぐると回っていることだろう。後ろへと傾いていた上半身を、強靭な腹筋で引き戻すと、今度は上半身と下半身を両断する横凪の斬撃を放ってくる。

 なんとなくの勘だが、これには鬼の様な馬鹿力が備わっている気がする。受けとめられないことは無いが、わざわざ受け流す以上に体力を消費する方法を取る意味もないだろう。

 お祓い棒を使って観楼剣を受け流す。射出された太刀の軌道を変えるのとそう変わりない。腕力の差異も、武術をかじっている者であれば大した差にはならない。

 振られた刀の勢いを利用し、攻撃の下をくぐり抜けながら体を回転しさせ、遠心力と筋肉の柔軟さを有効に活用し、得物と腕全体をしならせる。

 遠心力にしなりが加わり、破壊力が備わった強烈な打撃が、異次元妖夢の腹部に見事炸裂。体がガクッとくの字に曲がり、表情だけは妖夢とは似ても似つかない同じ顔が、こちら側に突きだされた。

「がぁっ…!?」

 目が飛びだしてしまうほどに見開かれる異次元妖夢の顔に、手を伸ばしながら大きく一歩前進する。がっちりと顔を鷲掴みし、足を奴の踵辺りに忍ばせた。

 前に進みつつ体重をかけて掴んでいたことで、異次元妖夢の体を後方に押し退かせる。重心や立ち位置の関係で後ろに下げようとした足が、私の忍ばせていた足にひっかがり、転倒へと路線を無理やり変更させた。

 転ぶ勢いを利用し、奴の後頭部を地面へと力いっぱい叩きつけた。頭部が半分ほど地面にめり込むが、死亡にも気絶にも導けていない。指の隙間から奴の狂った光を持つ瞳がじっとこちらを見据えている。

 抵抗される前に追撃を叩き込もうとするが、地面に叩きつけた後と前で雰囲気がまた切り替わっていることを、根拠はないがなんとなく感じた。

 このままお祓い棒で殴打し、戦闘不能に陥らせるつもりだったが、すぐさま踵を返して逃げろと、洞察力からではなく勘という恐ろしく曖昧な部分が大音量で警笛を鳴らす。

 それに従うも、好戦的な考えとなっている私は大きく出遅れた。奴を倒さなければならない、仇を取らなければならない。相反する行動と思考の葛藤が足かせとなってしまう。

 手を放し、奴から距離を置こうとしたところで、手のひらで覆われていた口元が笑っている。今までのこちらを蔑む笑いとは違う。罠にかけられ、ざまあみろと悦に入っている物だ。

 振り返って走り出すことも、大きく後ろに跳躍するのも間に合わず、奴を中心に発生した黒い物体に体が飲み込まれる。初めはルーミアが能力で使用する闇の球体かと思ったが、それとは違う。

 あの闇は概念的な部分が強く、闇の具現化といっても過言ではない。本人を中心とし、見た目はメリハリのないのっぺりとした球状だ。それに対し、目の前に広がる物体はどう考えても闇ではなく、同色の煙だ。

 空気の抵抗により、奥側から外に膨らむように黒色の煙が大きく膨張し、異次元妖夢から数メートル以内にいた人物全員を例外なく飲み込んだ。私が奴を地面に押さえつけていたことで、そのまま畳みかけられると接近して来た者もおり、被害が余計に大きくなった。

「…護」

 袖の中から数枚の札を取り出し、魔力を流し込む。効果発動に必要なトリガーとなる呪文を口にすると、手に持っていたお札が光を放ち、煙のダメージを肩代わりさせる作用が活性化したことを示す。

 記憶の引き出しを開け、これと同じ現象を起こしていた人物がいないかを思い出す。情報を引き出す作業は二秒もかからずに、とある人物の情報へと行きついた。

 メディスン・メランコリー。人形のように可愛らしい小さな少女だが、毒を操る程度の能力という凶悪な能力を保有する。

 毒煙の密度や広がる速度、範囲、毒性の強さ。どれをとってもメディスン・メランコリーが勝っているが、著しく体を冒すことには変わりなく、これは確実に勝敗の分かれ目となるだろう。

「…うっ……!?」

 数枚のお札に毒の浸食を肩代わりさせたが、一定量の毒が肺や皮膚から体内に毒煙が浸潤し、すぐさまその効果が現れる。

 毒と一口に言っても、様々な作用を持つ物がある。一例を挙げるとしたら肺での呼吸を阻害する物、細胞の呼吸を阻害する物、皮膚に作用して爛れさせる物、神経の伝達を阻害する物。今回はそのどれにも当てはまらない。

 魔力と札によって、毒の浸透を最小限に抑えることには成功したが、自分の思った通りに呼吸することができず、それは手や指の末梢にまで及んでいく。

 思った通りに動かせないと言えば重症に聞こえ、過剰な言い方になってしまうが、痺れが生じているこの感覚では、頭で考える動きと体に大きなラグを作ってしまう。

 由々しき事態だとか、そんな程度では済まない。考え得る中でも、最悪に入れてもいい緊急事態だ。この戦いの間では、100分の1秒でも遅れてしまえば、それは即死につながる。

 そんな中で、思考と行動にラグの起きるこの毒は、敵からすれば最高の一手と為り得ただろう。

 吐き気が込み上げ、咳き込むように吐き出すと、口元を押さえていた手にべっとりと血液が付着している。

 毒の浸食を押さえて尚、この威力。札の効果を発動していなかったらと考えると、ぞっとする。この煙の中では奴の行動も読めないし、ここに居るとずっと毒を吸い続けることになり、いくら札に肩代わりさせても足りなくなる。

 一粒一粒が目で捉えられる大きさにない粒子に視界を埋め尽くされ、何も見えていなかったが、戦闘によって研ぎ澄まされた勘が働いた。

 体を後方に傾けた瞬間、異次元妖夢の本体以上に接近し、ギラついた刀が薄っすらと視界内に浮かび上がった。

 最先端が頸椎に達する軌道の最短距離を、最速で刃が通過し黒色の霧の中に紛れ込んで消えていく。

 気流が乱れ、外から巻き込まれてきた新鮮な空気が、観楼剣の通って行った軌道に入り込む。一秒か二秒程度だけ、異次元妖夢の顔がそれ越しに見えた。

 すぐに上下から膨れ上がって来た毒煙に挟まれ、すぐに見えなくなるが、二度目の攻撃が来ることはその体勢から予想しなくても明らかである。

 またあの吐き気が込み上げるが、胸元を貫く鋭い殺気に逸れに構っている暇が無くなった。お祓い棒を構えた途端、煙の中をくぐり抜けてきた観楼剣が叩き込まれた。

 剣士にしては高すぎる攻撃力に加え、一撃目を躱した体勢から戻れていないことで、その場に留めることができない。踏ん張りがきかず、吹き飛ばされた。

 ほとんどの光をさえぎっていた黒煙から、意図していなかったが抜け出せた。どれだけの範囲に広がっているのかわからなかったが、精々4~5メートルだ。

 周りが見えなくても耳の中に備わっている感覚器官から、相当なスピードで体が移動していることがわかっていたが、実際に目にするとその速度は想像を上回る。

 魔力で減速しようにも、吹き飛ばされた勢いが全て無くなるまで、100か200メートルはかかるだろう。毒により集中力や魔力での行為を障害されることを考えると、もっとかかるかもしれない。

 高速で移動しすぎて、紫のスキマでは私を捕まえることができないし、紫が私が吹き飛んだことが見える位置にいたかどうかも怪しい。ここは大人しく魔力で少しずつ減速していくとしよう。

 吹き飛んでいる方向とは逆方向に、魔力で力を入れ込んで方向転換を図り、加えられた運動エネルギーの推進力を削り取っていく。

 体感ではわからないぐらいゆっくりと減速が始まろうとした時、進んでいた方向から突如不自然に猛風が吹き荒れる。実際には大した風ではないのだろうが、進む速度が速すぎるせいでそう感じてしまう。

「霊夢さん!」

 その風上の方向から、幻想郷で最速の異名を持つ文の声が聞こえてくる。風を操る程度の能力で向かい風を発生させ、無理やり速度を削ぎ落す荒業に出たようだ。

 後頭部に当たる風だけで首が持って行かれそうだが、身体強化をしているおかげで体には何ともない。魔力でやっていた時以上に目に見えて移動する速度が落ちて行く。

 空中で立て直そうとするよりも一歩早く、ドンッと背中を誰かにぶつけた。後方にいた文がキャッチしてくれたのかと思ったが、視界の端で揺れる白い髪の毛から、彼女ではないことがわかる。

「大丈夫ですか?」

 椛だ。空中で私を受け止めると、そのまま降下を始め、荒々しく地面に着地した。慣性を考えない着地に、体のあちこちを痛めそうになる。

 即座に戦闘へと復帰できると思っていたようで、すぐに下ろして立たせてくるが、軽減していても毒をまともに受けた私が立て直せるわけもなく、膝から崩れ落ちて吐血してしまう。

「どうしたんですか!?」

 驚いた椛が目を丸くし、すぐに駆け寄ってきた。隙を敵にさらけ出している私たちの前に文が急降下し、砂塵を巻き上げて派手に着地した。

 その理由は至極簡単で、隙を見逃さない異次元妖夢がこれ見よがしに突っ込んできている。天狗が良く所持しているのを見る、葉団扇をこちら側へと軽く振った。

 ヤツデの葉っぱを模して造られた扇から、自然界では決して見ることのない暴風が吹き荒れ、私と椛は後方に吹き飛ばされる。更に十メートル以上の距離を文から置くこととなる。

 獣と呼ぶのだとしたら、凶暴過ぎる人の皮を被った化け物は、私たちを後方に吹き飛ばした文に向かって行く。

 風に煽られ、あと少しでバランスを崩しそうになったところで、私を抱えたままの椛が着地する。私たちが安全に着地したかどうかも、文には確認する余裕はない。

 得物を引き戻した文は、風を起こす扇に自分の能力を掛け合わせ、威力を倍増させて風を爆風のように発生させた。

 それは風というよりも衝撃波に近かった。風が圧縮されて目に見える空振は、地面に当たれば地面を掘り返し、草を凪いで千切り取る。

 壁さえもガラスとかわらない程に簡単に打ち砕き、人間に当たれば骨を砕いて肉を裂く。そんな威力のある大量の真空刃を出現させた。

 あの、鬼というのには弱すぎ、人間や半霊だったとしたら強すぎる腕力を駆使し、自分に降り注ぐ全ての衝撃波を切り裂く。

 いや、腕力を使っているわけではない、観楼剣の切れ味に物を言わせているだけだ。自分の周りにだけ文と比べれば弱い追い風を発生させ、衝撃波に至らなかった向かい風を相殺して、馬並みの走力を維持している。

 十メートル以上あった距離を一秒にも満たない時間で走り切り、文は異次元妖夢と得物を交わらせた。

 金属音とも言えない斬撃音を響かせ、同時に放ったいくつもの真空刃を全て断ち切る。その風をくぐり抜けた先は、攻撃の内側である懐といえる。扇を持つ右腕ごと、背中から生えた大きな黒い羽を両断した。

 肩から右の翼を切断したことで翼が丸々地面に転がり、切り離された何十枚もの黒い羽が、空気の抵抗で各々が別の軌道を取ってゆっくりと舞い落ちる。

 右腕の切断面を押さえ、膝から地面に崩れ落ちようとしていた文に、異次元妖夢は手の平をかざす。お返しだと言わんばかりに、風で圧縮された空気を放出し、文をこちらへと吹き飛ばした。

 通常、その程度ならすぐに空中で立て直していただろうが、空を飛ぶ補助として翼を使用していたことで、片方が無くなれば対処は難しいだろう。

 空中では地面を踏ん張りとして使えず、補助としていた物が片方無くなっている。重心の位置も変わり、歩いたり走ったりするよりも遥かに難易度が高い。

 それでも何とかしようとしているのは軌道からわかり、立て直そうと翼を蠢かせると左側に力が加わり、あっという間にバランスを崩して錐揉みしながら落ちて行く。

 文が稼いでくれた時間を回復に当て、すぐに戦いたいところだがそうもいかない。毒が体に回り、時間の経過とともに体を思うように動かせなくなっていっている。この調子ではあと数分もすれば、毒の痛みや神経を傷害する効果によって身じろぎ一つできなくなるだろう。

「ごぽっ!」

 緑色の草に真っ赤な血液を吐いた。毒の進行を魔力で押さえることはできても、先延ばしにしているに過ぎない。解毒するのに、永琳の薬を作る程度の能力に頼りたいところだが、望みは薄い。

 既存の病気やケガに対する薬は、合成する順序や量、濃縮率、それを作れるだけの薬品が揃っていれば、すぐさま作れるだろう。しかし、これについてはそうもいかない。

 奴は他人の能力を使うことは、これまでの戦いからわかっていることだ。見た目や効果から異次元妖夢から受けたのは、メディスンが使っていた毒で間違いないだろう。

 彼女と全く同じものと仮定して、メディスンが使う毒というのは、基本的に未知であることが多い。その時に抱いている感情と思考に大きく左右され、その度合いによって毒性も濃度も変わって来る。同じ症状でも作用の経路が違えば薬は使い物にならなくなる。

 それを考慮して調合しなければならず、新薬を作り出すのには時間がかかることがわかるだろう。

 この戦闘自体起こるはずではなかったため、永琳は手持ちに治療以外の薬品は持ち合わせていないと思われる。

 もし、調合できるだけの試薬があって作れたとしても、そもそもこの症状を悠長に彼女へ説明している暇はない。

 もしこの毒をどうにかしたいのであれば、奴をどうにかする方が手っ取り早い。能力で作り出しているため、大元を断てばそれは消える。

「…っ…はぁ…!」

 膝をついていたが、そのままでは居れなくなった。文を吹っ飛ばした異次元妖夢が、再度走り出す。

 もっと時間をかけ、毒の進行で体力を消耗した後では歯が立たなくなる。ここで奴を殺さなければ、後がない。永琳と紫の援護を苦も無くくぐり抜け、勝利を確信している異次元妖夢は、興奮して叫ぶ。

「楽に殺してあげますから、心配しなくていい!!」

 昔、都市伝説でよく耳にした口裂け女みたいに、笑った口角が耳元元まで裂けそうだ。闘争本能や殺害欲求を公にしている奴と、対峙する。

 体が鈍っているなら、闘志を奮い立たせて吹き飛ばす。切断されたりで、手が無くなっているわけでない。それなら、指一本でも動く限り戦わなければならない。

 椛にジェスチャーで下がるように指示し、走り寄られるまでの数秒を、深呼吸と立つまでの時間に目一杯に使い切った。あと一歩でお互いの射程範囲に入るという所で、脱力しきった全身の筋肉に脳から命令を下し、一瞬で緊張させる。

 それが爆発的な瞬発力を生んだ。毒を食らっていても尚、達人を超える異次元妖夢の太刀筋へと、完璧に追いついて見せた。

 首を落とそうとも、肉も肋骨も切り裂いて心臓を抉り取ろうともしていた異次元妖夢を、これだけのハンデを負いながらも押し返した。

 霊夢に宿る、神すらも凌駕する天性の勘やセンスが猛威を振るい、異次元妖夢の刀を全てはじき返す。初めは異次元妖夢と霊夢の、丁度中点に当たる場所で交わっていた得物の交差点が、徐々に庭師の方へと傾いていく。

「これで押し返されるとは…!さすが博麗の巫女…!!」

 そう言いながらも、異次元妖夢の後退は止まらない。奴もピッチを上げていくが、それに負けじとついていく。

 毒に犯されている体を酷使することで、全身に鈍い痛みが広がり、私の動きを阻害するが、まだいける。毒がまだ体全体を回り切っていないうちに、奴を叩き潰す。

 足の脛辺りを切り裂こうとする観楼剣の腹、いわゆる峰でも刃でもないその間を力一杯踏み込んだ。刀は横からの力に弱く、根元から十センチだけ刃を残し、そこから先の部分を踏み込むついでに踏み砕き、二度と利用できなくさせる。

 新たな刀を抜刀させる暇を与えずにお祓い棒を振るい、奴の顔面へと叩き込んだ。顔が跳ね、確かな手ごたえを感じるが、威力が半減してしまった。

「ごぼっ…!」

 こんな大事な時に、込み上げた吐き気を押さえ切ることができなかった。喉の奥から湧き出た血液を、溜まらず口から吐き出した。

 酷い風邪の時や、悪くなってしまった物を食べた時以外、起こることはそうそうない慣れない胃の収縮する感覚を、無視しきることはできなかった。

 体が震え、押し出された血液が地面に広がる光景を、見下ろす事しかできない。ようやく吐き気が収まろうという頃には、顔面を殴った奴も体勢をほとんど立て直してしまっている。

 観楼剣の抜刀はもう成されていて、吐血していた私の胸部を両断する軌道だ。錆が無くなって来た異次元妖夢の刀なら、錆が酷かった頃よりももっと簡単に体をバラバラにすることができるだろう。

 腰を落として体の重心を三十センチ以上下げ、その横に薙ぎ払われた刀の下をくぐり抜け、わき腹に全体重を乗せた打撃を全力で食らわせた。

「がっ!?」

 目を剥き、驚きと痛みによる苦悶を示す小さな吐息を漏らす。しかし、この攻撃している最中だというのに、体を後ろに下げて衝撃を受け流されてしまった。ダメージを軽減されてしまったのは無念ではあるが、奴がこれだけの表情をするほどに食らわせられたのは今の状況では大きい。

 肋骨の折れた乾いた音は、奴に見た目以上のいダメージを与えられたことは紛れもない。奴に反撃する隙を与えず、このまま頭を叩き潰してやる。

 さらに一歩進んで、わき腹を殴られたことで頭が下がっている奴の頭部にお祓い棒を食らわせようとした時、胸を押さえている奴の口元が苦悶から笑いに変わる。

 気配は後方から来た。十本にも上る数のツタや蔓が後方の地面から急成長すると、意志を持っているように動き出し、殴りかかろうとしていた右腕と、針を握っていた左手にグルグルと巻き付いた。

「…なっ!?」

 この蔓たちは、幽香が使っていた植物の頑丈さには程遠いが、塵も積もれば山となる、だ。線維が複雑に行き来している植物の蔓は、殴りかかるのに確実な障害となった。

 引きちぎること自体は簡単だったが、引きちぎるまでに腕が段違いに減速され、奴の反撃する機会を与えてしまう。

 それは、やられる側である私からすれば、致命的となりうる。持ち前の勘が働いているが、ここからではもう軌道修正も、退避もできない。

 殺気が首元に集中しているのが、ひしひしと感じる。奴の刀剣が私の首を狙い、体の動きから予想通りの軌道を取る。

 しかし、分かっていても回避行動に移れないのが現実だ。今回は、本当にダメなのを本能で察したのか、脳内にこれまでの人生が流れて行く。

 走馬灯。流れてくる映像をぼんやりと眺める。それを堪能するほど諦めきれていないのもあるが、一番は自分が驚いていたことが大きい。自分がまさか走馬灯を体験することになるなど、思ってもいなかった。

 次々に流れて行く過去のイメージだが、どこか物足りない。歪な感じがする。写真などのように、加工されている感じがして、鮮明な映像に見えない。こんな物が最後に見る物だとは、残念でならない。

 本当は、刀の先が見えなくなるほどに早く動いているのに、死期が迫っている私の目には、ゆっくり錆びた刃が自分の首に向かって来ている。

 腕に備わっている筋肉一つ一つの躍動まで捉えられるのに、振られている刀を避ける行動に移せないのがもどかしい。たとえ動けたとしても、切先が後頭部よりも後方に位置し、体を後ろに傾けた程度では、やはり避けられない。

「さようなら」

 私を殺した。そう確信している異次元妖夢はまるで処刑人のように、首を落とすことに手慣れている動作で観楼剣を操り、心底嬉しそうにそう呟いた。認めたくはないが、それは感じている。

 これほどまでにスムーズに人の首を落とすなど、いったい何人をあの世に送り込めばできるだろうか。そう言った意味では、奴は私たちの先を行っている。

 周りも援護できる状態にないことは、見なくても手に取るようにわかる。もしここから私が助かる見込みのある援護が来るとすれば、既に視界内に攻撃が来ていなければならない。

 悔しさが込み上げる。自分の実力の無さに苛立ちを覚える。いくらそれらが感情の奥底から膨れ上がってきても、現実が覆ることは一向にない。

 月明かりに照らし出される刀剣から目を離し、そっと、目を閉じた。最後に思い浮かんだのは、仇を取ることができなかった事による罪悪感からの謝罪だった。

 ごめんなさい…。誰に向かっての物なのか、自分でもわからなかったが、受け取り手のない言葉は、発言される事無く闇に消えた。

 




次の投稿は8/15の予定です。

ここだけでかなりの話数を使ってしまったので、次はもう少しテンポよく進めます。
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