東方繋華傷   作:albtraum

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 自由気ままに好き勝手にやっております!


 それでもええで!
 という方のみ第百三十九話をお楽しみださい!


東方繋華傷 第百三十九話 不協和音の鐘が鳴る

 頭の中に響いていた彼女の声が途切れてから、何度か通信を試みているが、返答が帰ってくることは無い。

「……大丈夫かしら…」

 あの話の途切れ方は、確実に会話をしている最中に、第三者からの介入があったこと他ならない。力を手に入れることを念頭に入れている奴らが、あの子を殺すことは無いだろうが、その段階に至ってしまっているのであれば話は別になる。

「…誰の事?」

 推測を広げていた私は、無意識のうちに呟いてしまっていたようで、近くに寄ってきていた霊夢に聞かれてしまっていたらしい。

「誰って……萃香のことよ。勇儀と肩を並べられるほどの実力を持ってる者はそうそう居ないから」

「…確かにそうね」

 永遠亭に連れて帰ることはほぼほぼ決まっているようだが、その前にある程度の応急処置をするようだ。薬の調合を行っている永琳と、ウサギたちを遠目から見守った。

 慌ただしくウサギたちが仕事をこなしていく中で、魔理沙が異次元幽々子を追って行った方向に顔を向ける。森の上やその中では、戦闘が行われているであろう喧しさは見られない。

 もっと移動していて視界外で戦闘をしているのか、ここからでは見えない程に森の深い場所に居るのか。それを判断することはできない。

「…何かいたの?」

 私が急に別の方向へ向いたことで、何かが来ているのかと勘違いをした霊夢が、同じ方向に顔を向けた。目を皿のようにし、居もしない人物を探す。

 数度の襲撃で、霊夢も周りで起きる出来事に過敏になっているのだろう。彼女のお祓い棒を握る手に力がこもっている。

「何でもないわ。……。それよりも、そろそろ撤退するべきだとは思わない?被害は全体の三割を超えてる。数値では少なく感じるけど、戦闘に置いての三割は壊滅的な打撃を意味しているわ。彼女たちを守ること、援護しなければならないことに人員を裂かれると考えると、ここらが限界じゃないかしら?」

「…そう…ね」

 即答でないところを見ると、納得がいっていないようだ。確かに奴らから聞きだした情報を、一つでも収集できたわけではない。

 成果の一つの上げずにとんぼ返りはしたくはないだろう。しかし、奴らの本拠地に攻め入っている持久戦で、これだけの被害は無視できない。彼女は知らないことだが、魔理沙の奴らが生き返ったという連絡のこともある。

 魔理沙のいう事を抜きにても、異次元咲夜が残っているはずだ。彼女に危害を加えられることを考えると、撤退できなくなるほど被害が出る前にこの世界から戻りたい。

「奴らの目的もわかっていないし、戻りたくない気持ちはわかるけど…退き時を誤れば身を亡ぼすのはこっちよ」

 霊夢は何も答えない。どうするか考えているのだろうが、この状況で引かない方が考えられない選択だ。

「霊夢、これ以上は………っ…」

 彼女を説得するのには一押し足りず、その一押しを伝えようとした。口を開き、言葉を発した時、異変を感じた。この周囲で何かが起こったわけではない。

 周りの物理的な状況ではなく、自分の精神面での感覚だ。能力で外の外界と隔絶している私たち側の幻想郷に、何かが侵入した。

 何かというのは誤りか。誰か、またはそいつらと言った方が正しい。絶対とは言い切れないが、先ほど不自然に途切れた魔理沙との通信が関係しているのだろうか。

 誰かと遭遇し、戦ているうちに異次元紫が開いているスキマを潜ってしまった。とも考えられるが、それ以外だった場合、困るどころの話ではない。

「…紫、どうかしたの?」

 不自然に言葉を詰まらせた私に、霊夢が心配そうにのぞき込んでくる。

「ええ、今すぐに帰るわよ。奴らが私たちの世界に侵入して来た」

 これはこれで帰る理由になるが、戦力の低下を考えると、手を叩いて喜ぶことなどできやしない。

「…太陽の畑にある空間の歪みは、聖たちに守りを任せてる。彼女は弱くはないし大丈夫じゃない?」

「任せてはおいたけど、永琳を呼んでくるとき、向こうの世界は昼だった。詳しく時間を調べてみたら、私たちが出発してから三十分も時間が経ってなかった……おそらく異次元咲夜が時間の流れを変えてる。そのせいで聖たちの準備がまだ整ってない。

 それに、侵入者がそこらの妖怪だったのなら、私も心配はしなかった。境界を操る程度の能力で、こっち側に来る連中を感知することはできる。でも、それが誰かはわからない。これがどういう意味か、分からないわけじゃないでしょう?」

 魔力でフィルターを張っているだけで、魔力の波長なんかから人物を探るようなことはできない。もし、そこらの妖怪だろうと高をくくっていた場合、私たちは痛い目を見る。下手をすれば帰る場所も、守るはずだった世界も失うことになる。

「…わかった。一度戻りましょう。問題を解決してから体勢を立て直して、もう一度こっち側に来る」

 私からすると、侵入以外にもう一つ問題が増えてしまったが、まあいい。またこの世界に来ようとしたら何とかして説得するとしよう。

 けが人も含め、元の世界に向かう。生き残った全員に帰る旨を伝えると、ようやく戻れると顔を綻ばせる者が何人かいたが、襲撃を受けたと説明するとその顔が曇り、焦りが垣間見えた。

 世界を渡るため、能力で出現させられる最大サイズのスキマを作り出した。

 

 

 

 

 日差しという爆撃を浴び続けている庭を見ていた。土表面の水気は根こそぎ蒸発し、水を欲しそうにカラカラに乾いている。

 灼熱地獄と変わらない庭の端には櫓があり、そこの天井から吊り下げられた巨大な鐘は、人なら二人は簡単に収まってしまいそうな大きさだ。その隣には鐘と同様に、太さがソフトボール台で2m以上の長さがある、橦木が吊り下げられている。

 その他にも庭の中央付近には装飾として置かれた、重量が数トンはくだらない巨大な岩が、全長の三分の二だけ地表へと顔を覗かせている。

 本殿である寺も、離れた櫓も、装飾の岩も木々も軒並み太陽の日差しにじりじりと焼かれ、晒されている部分の上方には陽炎が揺らめいている。

「さて、皆さん…準備は整いましたか?」

 縁側に座っていたり、立っていた私たちに、寺の奥側からおっとりとした声が発っせられた。ここ、妙蓮寺の最高責任者である、聖の物だ。

 他の者たちと違って、用意する武器といえる物がほとんどない聖は、一足先に用意が終わっているようだ。聞こえた声から想像した表情と同じ、朗らかな顔で私たちに聞いてくる。

「もう少し待ってください。星と水蜜の準備ができていません」

 水蜜やご主人に変わって、実体のない形状が常に変わる、雲を具現化したような妖怪である雲山を纏う一輪が答えた。

 濃い青色のフードを被り、修道服に似た洋服を着ているが、キリストを布教しているわけではない。私やご主人のように、一目で妖怪とわかる者よりもずっと人間らしい見た目であるため間違えられやすいが、彼女も歴とした妖怪だ。

 その彼女が挙げた二人は、未だに準備が終わっていない。そのうちの一人である、セーラー服を着ている女性は、顔だけ見たらしっかりとした活発的な印象を受けるが、本当のところは面倒くさがりである部分が強い。水蜜は出発の直前まで準備をサボっていた為、今からようやく支度を始めるようだ。

 もう一人は私のご主人であるが、そっちの方向を見たくない。さっきからガサゴソと自分の所有物を探している音がする。また宝塔を無くしたと容易に想像できるが、この暑さの中で手伝う事なんてしたくない。

「そうですか、あと十分だけ待つのでそれまでに終わらせておいてくださいね」

 聖はそれだけ私たちに伝えると、寺の奥へと引っ込んで行った。その後ろ姿から目を離し、私よりも戦うことに長けている彼女たちに顔を向ける。

 皆、浮かない顔をしているが、不安なのは当たり前である。非戦闘員である私はここで留守番だからいいが、一輪やご主人たちは下手をすれば、紅魔館のメイドや守矢神社の巫女を殺した連中と戦うことになる。

 我々よりも圧倒的に実力を持っている奴らと、交戦する可能性を考慮すると、私も少なからず不安を覚える。

 今は縁側から足を下ろし、ブラブラと浮かせている。暑くてやりたくはないが、ご主人のために宝塔を探してあげるとしよう。太陽の畑に向かうのに、必要以上に時間を浪費するのはあまり好ましくない。

 立ち上がろうとした時、早くも準備の終わった水蜜が私の隣にどっかりと座り込む。

「まったく、面倒なことになったな」

 私と同じように、縁側から足を宙に出してブラブラと遊ばせたまま、彼女は後ろに寝ころんだ。その手には、彼女がどんな妖怪であることかを示す、柄杓が握られている。

「そうだね…といっても、面倒と言えるほど私たちは関わってはいないけど、概ね同感ではあるかな」

 確実にこれまでの異変とはわけが違う。今までは幻想郷に幻想入りして来た人物たちとの戦いだったが、今回は別の世界からの来訪者だ。

 他の世界から来た敵だったとしても、私達とは関係のない人物なら問題がなかった。戦う方法が違かったとしても、いつもの異変とそう変わらない。

 しかし、他の世界の幻想郷からきた、同じ役職で同じ人物と戦うことになれば、襲撃に手慣れている方が有利だろう。

「どう思う?今回の異変」

「さあね、私たちのところにはほとんど情報は来てないからね。詳しいところはわからないけど、物資が目的でない事は確実かな」

 そう答えると、隣に座っていた水蜜はそうなのか。と言いたげにこちらに顔を向ける。ある程度の推測が立っているから、それの答え合わせ的な意味で聞いて来たと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

「だって考えてもみなよ。…例えば、君が他の船や港から物資を奪って生計を立ててる海賊の船長だとして、乗ってる船の食料や資金が尽きそうだったとする。どうする?」

「そりゃあ、奪うことが普通なら、他の船を襲いに行くだろ」

 当然そうなる。襲撃することが日常で常習化している人物らが、港に降りて証人と交渉して食料を買い込むなどは無いだろう。

「だよね。なら、その際にどうやって攻め込む?」

「そうだなぁ、時間とかを見計らって…先手必勝、一点集中で戦うかな……ってそういうこと?」

「そう、まだ備蓄に余裕があるのかは知らないけど、その割には随分と攻めが弱すぎる気がする。襲って戦うのであれば、少なからずやられる者もいて数的劣勢が付いて回る。それを払拭しきるのなら、やはり奇襲や一点集中での攻めは欠かせない」

 別の世界にいるほとんど自分と変わらない人物が、いきなり奇襲を仕掛けてくるのと。そう言う人物がいて、定期的に襲って来るというのでは、対処できる範囲も心構えも変わってくるだろう。

「それが無いっていうことは、少なくとも物資を狙ってない。っていうのが私の簡単な見立てかな」

「なるほどね。……それと、あの魔女のことなんだけどさ…」

 魔女のことで何か気になることがあるらしいが、なんだか歯切れが悪いし声も小さい。ご主人や一輪達は、あの女性を一時的に匿うことに猛反対していた。太陽の畑に向かう準備をしている二人がいるところでは、言い出し辛い内容なのが視線からなんとなくわかる。

 水蜜の声が小さかったから今のところ2人には聞こえていないが、会話が長ければそのうち聞こえてしまうだろう。

「そうだな…。一輪にご主人」

「………どうしたの?」

 私が準備を進めている二人に声をかけると、荷物整理をする片手間にこちらをチラリと見た。不安が色濃い視線が私に向けられる。水蜜の話したいことがどんなことかわからないが、二人が動揺して戦いに集中できなくなると困るな。

「冷たい水はいらないかい?それでも飲んで少し落ち着くと良い。…水蜜、君は準備が終わっているようだし、運ぶのを手伝ってくれ」

「わ、わかった」

 妙蓮寺の奥にある台所へと向かおうとする私に続き、水蜜が履いていた靴を脱ごうとした時、その場にいる全員が感じた。妙蓮寺の面々だけでなく、その周囲を飛んでいる妖怪や歩いている人間、虫や動物に至るまで例外は無い。

 気の弱い者や慣れていない者がそれを感じ取れば、自分の身を脅かそうとする存在が向けている明らかな敵意に、良くて嘔吐し最悪の場合は失神して気を失っているだろう。そんな、全身にナイフでも突き立てられているような、鋭い殺気が周辺にまき散らされた。

 戦いに身を置いておらず、鈍っているであろう生存本能が触発される。戦闘などによって昂りを見せる交感神経により、全身の毛が逆立ち、心拍数が一気に上昇を見せる。ご主人たちよりも一歩遅れて庭の方面に向き直った。

 何が来ているのかは、すぐに察した。豆粒程度だったそれは、驚くほど速いスピードで飛行しているらしい。すぐに拳台の大きさになるまで接近すると、妙蓮寺を囲う外壁の上端を一部破壊した。

 向き直ったはいいが、その時点で何の動きも取ることができずにいた私とは違い、ご主人や一輪、いつもは怠けたばかりの水蜜でさえ各々の戦闘体勢へと移っている。

 櫓の屋根と鐘を支えている四本の柱の内、一本をそいつは粉々に砕いた。乾いて完璧に固定されている柱は、木片をまき散らして半ばに空白を作り込まれる。

 今まで四つの柱で四つ角を支えていたが、そのうちの一つがなくなり、折られた柱が補っていた分の重量が残りの三つに分散する。

 一本ぐらい無くなっても、残りの柱で支え切ればいいだけなのだが、最近寺の老朽化が進んでいる。

 特に櫓は使う頻度が少なく、手入れもサボり気味だった覚えがあるため、その歩幅が速いはずだ。その証拠に、今にも崩れてしまいそうな嫌な軋む音が聞こえ出している。

 壁と柱を破壊した人物は、へ弾かれたように跳躍した。

 注意が上にばかりいきそうになったが、地面にも何かが残っていて、分裂したように見えた。一人だと思っていた人物は、どうやら二人いたようだ。

 地面に残っている人物に目を向けると、話したことはあまりないが、見たことはある人物が倒れている。真っ赤な髪に赤い洋服を身に着けているのは、赤蛮奇と呼ばれる妖怪だったはずだ。

 血まみれで、右目が真っ赤に充血している。何があったのか駆け寄って救護しようとしたが、彼女がこちらに向けた表情や目つきは、こちら側の普通の生活を送っていた者ならばできないような物だった。

 顔を向けただけで睨まれたわけではないが、私を萎縮させるのには十分すぎた。同じように雰囲気を感じ取った一輪やご主人が、攻撃に移ろうとする。

 一輪に纏っている雲山が体の形を変え、人間ほども大きさのある拳を形成するが、奴の視線はそのまま彼女達ではなく、その上に向いていく。

 天井に遮られてここからでは見えないが、先ほど異次元赤蛮奇から離れたもう一人が屋根に落ちたらしい。空気中を伝わって来た音と、柱などの木材を伝搬する振動を感じる。

 もうすでに気が付いているはずが、聖を早く呼んでこなければならない。屋根に落ちた奴が誰かということも、どれだけの実力を持っているかわからないが、この人数で対応できるのかは謎である。

 戦闘のできない私は速いところ、彼女たちがこれから行う戦いの邪魔にならないよう下がっておくとしよう。硬直から体が解放されたころ、上に落下して来た人物の声が聞こえてきた。

「あんたなんか…一生見つからなければよかったのに…!!」

「私だって…見つかりたくて見つかったわけじゃないんだぜ!」

 庭に立っている異次元赤蛮奇の口元が動いていない所から、彼女は屋根にいる人物とは話していない。上から聞こえてくる声は二種類。荒ぶって言い争っている様子から、上に飛んで行った奴らは敵同士の様だ。

「この声…」

 水蜜がそう呟き切る前に、目の当りにしたとしたら強烈な打撃音が響き渡った。どちらが殴るもしくは蹴るの攻撃を加えたのだろうか。そう思っていると、屋根の方向から誰かがゆったりと地面に着地する。

 輪郭がやけに大きい気がしたが、言い争いをしていた人物たちが一緒に降りてきたようだ。乾いた地面に着地すると、発生した気流に砂埃が小さく舞い上げられて次第に散っていく。

 私たちと異次元赤蛮奇のちょうど中間に降りた人物は、後ろ姿で誰かを特定することはできなかったが、来ている洋服や特徴的な黄色の髪、片側だけ結ばれた三つ編みから、しばらく前に匿ったあの魔女だと判断できた。

 言い争っていたし、味方同士でない事はわかっていたが、件の魔女は異次元影狼と思わしき女性の髪を、乱暴に掴んだまま佇んでいる。

 異次元影狼の方は、意識を失っているわけではないが、屋根で食らった一撃が重かったらしい。ぐったりと横たわったまま、頭を魔女に引っ張り上げられている。

 これが本来の戦い方なのだろうか。妙蓮寺で会話した時の、大人しそうな様子からは全く想像ができない程に乱暴だ。

 そして、先ほど彼女たちが、妙蓮寺に突っ込んでくる前に感じたあの殺気は、異次元影狼や異次元赤蛮奇が発した物でない事も同時にわかった。

 誰もが息を飲む。異質な雰囲気を纏った前とは天と地の差がある魔女に、警戒をせずにはいられなかった。

 向けられない保証はないが、今のところは彼女の殺意は異次元赤蛮奇たちに向けられている。唯一そこだけは助かった、そうでなければ極度のストレスに気絶していたかもしれない。

 自分に向けられていないとわかっていても、冷や汗が止まらない。過呼吸に陥りそうになるのを何とかゆっくりとした呼吸で精神を落ち着かせ、気をしっかり保たせようとする。

 そうしていると、魔女がゆっくりと動き出した。ズタズタに引き裂かれた古傷のある手で、異次元影狼の髪を引っ張り上げた。

「うっ…!?」

 背骨をやられているのか、やられるがままの異次元影狼はうめき声を漏らす。胸の高さまで持ち上げると、魔女は人狼の頭を掴んだ。

 頭を掴んだ魔女が何かをし始めるが、後ろからではわかりずらい。何をするつもりなのか見極めようとしていたご主人たちが目を見張り、異次元赤蛮奇が顔色を変える。

「や、やめろ!」

 ここに来るまでにも戦闘を行っていたであろう赤毛の妖怪は、体のあちこちから出血しており、受けた損傷から即座に走り出すことができない。

 持っている鎖鎌を使おうにも、十メートル程度離れている魔女は射程外で、弾幕すらも間に合わない。異次元影狼にしようとしている行為を、異次元赤蛮奇に止めることはほぼ不可能だ。

 後ろからでは見えていなかったが、動きから魔女のしようとしている事の全貌が、なんとなく読み取れた。

 武器も使わないただの人間が身体を強化した程度では、元の身体能力や強度で、隔絶した実力差のある妖怪を腕力でどうにかすることはできないだろう。そう決めつけていたが、微かに異次元影狼の意識が残っていたのか、苦悶の悲鳴を叫びたてる。

「あっ…がっ……っ…!!」

 うめき声が徐々に、絞り出す霞んだ声へと変化していく。こちら側から見える異次元影狼の顔が、青紫色に変色しており、魔女が腕力に物を言わせて首を絞めていることを理解した。

 乾ききった太い木の枝をへし折った、そんな音が響き渡る。目を閉じて聞けば、それと聞き分けられなかったかもしれない。

 人体に埋没している骨が、魔女の握力により砕きつぶされた。という情報が視覚から得られているだけで、ここまで気分が悪くなるとは思わなかった。

 しかし、魔女はそれだけでは止まらない。骨を潰され、死体同然となった異次元影狼の髪を掴むと、力任せに引っ張り出した。

 首周りに備わっている筋線維が、柔らかくか細い腕から披露されている、想像もつかない腕力に耐え切れずに引き裂かれる。

 大量に密集している繊維物が、無雑作にねじ切られた。頭と胴体側にある断面のどちらからも、赤黒い血液が血管から漏れだし、乾いた地面に水気を与える。

 ほんの数十秒前まではあった新鮮な空気が、鉄臭い鮮血の匂いによって、急速に侵食されていく。風がこちら側に流れており、その血生臭い香りがダイレクトに漂って来る。

 両方の肉体からは、ハンドルを半分ほど捻った蛇口から漏れる水よろしく、粘性の高い真っ赤な体液が滴っていく。溶岩のようにゆっくりと円状に広がり、落とすことのできない染みが色づけされる。

 顔を背けたり、目を覆いたくなるほどグロテスクで、吐き気を催す光景。それに影響されたのか、胃が変形して内容物を吐き出しそうになるのを必死に押さえ込んだ。

 こちらに背を向けていることから、今のところ私たちに対して敵意がない事はわかる。なのだが、目の前にいる魔女が、以前とは全く異なる個体と言われても全く違和感がない。それほどまでに雰囲気も行動も違っていた。

 血液を垂れ流し、時折足や指を痙攣させる異次元影狼の体を、魔女は傍らに投げ捨てた。人形の様に四肢をだらりと投げ出した死体は、おかしな格好で地面に倒れ込む。

 体液で汚れる血みどろの左手に、鞄の口から噴き出してきた粒子状の物体が集まり、長細い刀を形成した。

 魔女が細い刀の切先で地面を撫でる。土を擦過する金属音を微妙に響かせ、刀を扱うとしたら、その見た目にそぐわない魔女は刀を振り払って構えた。

 光に反射する刀身が持ち上げられると、切先にこびり付いた乾いた砂が、刀の表面を撫でる空気に舞い上げらる。その場に残った砂は、砂煙となって得物の軌跡を空中に残す。

 砂煙が霧散したころ、異次元赤蛮奇は血のこびり付いている鎖鎌の鎖を、掴んで回しだした。ジャラジャラと鎖と鎖のうち合わさる音と、鎌や鎖が空気を押し出す際に生じる唸り声。それらが闘う二人の咆哮の様だ。

 異次元赤蛮奇や魔女は言葉を発することなく、臨戦態勢に入った段階から一秒もその体勢を維持することなく戦闘が始まった。

 射程的には異次元赤蛮奇が勝っているが、片目を失っている状態で上手く鎖鎌を走っている魔女に当てられるのかは疑問である。いくら強い武器でも、当てられなければただの鉄くず同然だ。

 予想通り、魔女の後方に薙ぎ払われた鎌が到達し、切れ味がよさそうな刃はかすりもしなさそうだ。しかし私も彼女も、鎖鎌という物の本質を全く理解していなかった。

 鎖に刀を叩きつけ薙ぎ払おうとしたが、刀と鎖の接触面を軸に鎖が魔女の体に巻き付くと、体の周りを半周してわき腹に鎖鎌の切先が突き刺さった。

「うぐっ!?」

 魔女の動きが鈍るのを見計らい、異次元赤蛮奇が鎌から分銅へと続く鎖を引き寄せた。得物が刺さっていることで固定され、踏ん張る体勢のできていない魔女はそれに従うしかない。

 足が地面から離れ、空中に体が投げ出される。少しでも体勢を立て直そうとしている魔女に、異次元赤蛮奇が薙ぎ払った分銅を叩きつけた。

 推定5~6キロはくだらなさそうな、鉄塊とも言える分銅が左肩に直撃し、左肩が鎖骨ごと砕かれた。飛散する骨片が肉体を傷害し、折れた鎖骨が体外に露出した。

 分銅が直撃して、組織を潰された肌が赤色とも青色ともとれる紫色に変色する。これだけの怪我など、妖怪でも1~2週間は完治するのにかかるだろうが、異次元赤蛮奇のターンは続く。

 引き寄せて接近させた魔女の胸倉を掴むと、背負い投げの要領で持ち上げ、反対側の地面へと叩きつけた。

 武術の心得があったとしても、妖怪の背負い投げを食らえば、通常の人間でなくとも魔力を扱える人間でも大怪我は免れないだろう。

 当然ながら背中を強打した魔女は苦しそうに身を捩り、歯を食いしばっている様子が見て取れる。その彼女へ追撃なのか、踵落としを見舞おうと異次元赤蛮奇が足を振り上げた。

 妖怪である私が食らっても頭蓋骨が陥没しそうな踵落としを、魔女は体を横に転がしてかわすと、淡く魔力の輝きを放っている左手を赤い女性へと向けた。

 鎖骨が折れていたのは確実だったはずだが、魔女の肩周りに飛びだしていた骨や肉体の損傷が、見間違いだったと勘違いしてしまいそうなほどに綺麗になくなっている。

 見間違いでない事は、肩周りに残っている血痕からわかる。しかし、その回復力の高さに、目を剥いた。

 そうこうしているうちに、魔女が反撃に移る。咄嗟の攻撃であったせいで、狙いを定めていなかったことが私でもわかり、太陽の日差し以上の光を放つ熱線が、異次元赤蛮奇の足を薙ぎ払う。

 短い時間での照射だったが、片足の皮膚は焼けただれ、一部では表面が炭化している。肉体が焼ける香ばしい匂いに、胸が苦しくなってきた。

 人間なら動くことすらままならなくなりそうな、重症一歩手前の負傷が完治してしまっている魔女は、更なる追撃に躍り出る。

 刀を構え直し、異次元赤蛮奇を切り裂こうと前に飛びだすが、それ以上の速度でろくろ首は後方に大きく下がると、チラリと視線だけこちらに向けた。

 ギョロっと獲物を狙う目力の強さに、嫌な予感がする。それが的中する前に、この場所から退避しよう。背を向けず、我々の方向へ下がって来た異次元の者を睨みながら下がろうとする。

 異次元赤蛮奇は意識していないだろうが、私が下がろうとしたのが合図になったように、いきなり振り返ると鎖鎌をこちらに向けて薙ぎ払う。

 狙いは戦闘態勢が整っているご主人や一輪、雲山ではない。人質を取ろうとするのが目的なのか、抵抗される心配のない私に鎌が豪速で向かって来る。

「なっ!?」

 奴は馬鹿なのか!?私と魔女に接点など存在しない。無いことは無く、この場所で匿ったことはあるが、それを知っているのは妙蓮寺の連中だけだ。

 当時はまだ話の分かる奴だったが、今の魔女は話が通じそうな雰囲気を纏っていない。その彼女に対して、私に人質としての効力などあるわけがない。最悪の場合、異次元赤蛮奇と一緒に撃ち抜かれかねない。

 隣に居た水蜜は縁側を下りてしまい、一輪やご主人も離れた場所に居る。しまったという顔をしているが、彼女たちが動こうとした時には、体に鎖が巻き付いて引き寄せられている事だろう。この攻撃を、私は自分の力で対処しなければならない。

 私の方向に得物を投げて来ることに度肝を抜かれたが、事前に嫌な予感がしていたから最小限に済んだ。

 走馬灯なのか、頭をフル回転させているからなのか、鎌が向かって来るスピードが僅かに遅く感じた。そのうちに、瞬時に10~11通りの打開策を発案する。

 その中から、私の身体能力や反射速度、体勢から発揮できる瞬発力等を考慮した結果、思いついた打開策は何一つ成功しないと、無情にも脳は計算をはじき出す。

 実力があるがゆえに、十数手先で自分の積みが分かってしまう将棋の棋士の気持ちが理解できた瞬間だった。

 無意識のうちに防御しようとした私の目の前で、向かってきていた鎌が空中で停止する。目測を誤って当たらなかったのなら理解できるが、ピタリと停止したことで理解が及ばなくなった。

 このように物体を止めることができる人物は、妙蓮寺に存在しない。あの魔女が何かをしたのだろうか。

 そう思っていると、異次元赤蛮奇が何もしていないのに、独りでに鎌は異次元の者の後方にいる魔女へと向かって行く。なにか、見えない力がかかっているようだ。

 ご主人や、異次元赤蛮奇が引き寄せられていない所を見ると、重力や風ではないことが安易に想像できる。

 魔女が伸ばしていた手元に鎌が到達すると、そこにブラックホールでもあるのか、たるんでいた分の鎖まで球状に巻き取られていく。

 丁度、砂鉄などの細かい粒子が集まる場所に、磁石をくっ付けたようだ。魔女は鎌を引き寄せた力をその場所に維持させ、伸びきった鎖の下に潜り込む。

 握ったままだった切れ味が良いとは言い切れなさそうな刀で、下側から鎖を断ち切りながら突き進む。見たところ金属を引き寄せる磁力のような力は強力で、足を焼かれていることで踏ん張り切れないらしい、分銅側を握っている異次元赤蛮奇が魔女の方へと引き寄せられた。

 分銅で抵抗されぬよう、魔女は刀で異次元赤蛮奇の右腕を削ぎ落すと刀を持っていない右手を伸ばし、苦痛に顔を歪ませる妖怪の顔を覆った。

 異次元赤蛮奇の残った左腕に刀をねじ込むと、一切の抵抗をする暇を与えずに地面に叩きつけた。

 後頭部が数センチ地面にめり込まされた妖怪は、抵抗しようとする行動が体の動きから見られたが、両腕を大きく損傷していることでかなわない。誰がどう見ても勝負がついただろう。

 以前の彼女ならば、何かしらの手助けをしたかもしれない。だが、今は異次元影狼と異次元赤蛮奇に対する、魔女の容赦のない攻撃方法に、私たちは警戒心を解くことができない。

 二人ともまとめて攻撃するか、異次元赤蛮奇だけか、魔女を攻撃するのか。ご主人たちでさえ迷っていると、頭を掴まれて地面に押し付けられている敵が悲鳴を上げ始める。

 魔女も私たちも、特に行動を起こしていないはずだが、唐突に異次元赤蛮奇は金切り声を上げて苦しみだした。足をばたつかせ、身を捩り、使い物にならない腕を振り回す。

 妙蓮寺だけでなく、周りの森中にまで響き渡りそうな痛烈な叫び声に、耳を塞ぎたくなる。堪えきれずに後ろに一歩下がろうとすると、背中を壁にぶつけた。

 私が立っていたのは廊下の真ん中で、後ろに壁などは無かったはずだ。確認しようとするが、振り向くよりも前に、壁ではなくその人物に肩を掴まれた。

 いつの間に居たのか、呼びに行こうとしていた、聖だ。私よりも頭が二つ分以上の差がある彼女は、いつもの朗らかな雰囲気ではなく、好戦的な雰囲気を纏っている。

 その頃には異次元赤蛮奇の絶叫がピークに達していく。魔女の指が異次元赤蛮奇の頭にめり込んだと思った矢先、顔から前頭部にかけて頭部が柔らかい木の実のように潰れた。

 頭部にかかる圧力に耐えきれずに、閉じた瞼を膨らませて眼球が飛びだした。握力に砕かれた頭蓋から、血液だけでなく引き裂かれたピンク色の脳と脳漿が零れ出る。

 その光景に息を飲み、顔を背ける中で、遠くでは柱が損壊していた櫓が大きく傾いていく。

 本来なら大きく軋む音なのだろうが、目の前の凄惨な状況に意識を奪われ、腹に響く振動も鼓膜を揺るがす轟音も蚊帳の外だ。

 屋根が傾いたことで、そこに吊り下げられた鐘が大きく揺れ、残っている柱や壊れて中腹から折れている柱、鐘を叩くための撞木にぶつかり、音を立てる。

 撞木などの木材が鐘にぶつかる音はよく耳にしていて、聞き覚えがあるはずなのだった。衝突からの広がるような長く長く続く振動音は、いつも通りの低い音。

 ぶつかる強さで多少の大きさは変わって来るのだが、いつもと変わらない音のはずなのに、この異質な状況のせいで不穏なものに感じている。

 精神に悪影響を及ぼし、不安を掻き立てる。そんな不協和音な鐘の音に今すぐに駆け出して、妙蓮寺を離れたい衝動に駆られた。

 それを実行に移す前に、未だに所々を痙攣させているろくろ首の頭を圧潰した魔女が、血まみれの手を肉塊から引き離す。

 一仕事終えた彼女は一息つき、手にこびり付いている血液と肉片を振りからい、しゃがんでいた状態から立ち上がる。顔を上げると私たちと丁度良く視線が交わった。

 顔の造形や身長、物腰柔らかそうではあるが、堅い表情は変わらない。しかし、以前とは決定的に何かが違う。言葉で表現することができないが、感覚的にそれを汲み取れた。

 私は彼女の目から、聖の様に何かプラスになる要因を探し出せない。それどころか、恐怖を駆り立てる鐘の音も相まって、返り血を所々に浴びる魔女には、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 




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