東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百四十話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百四十話 募った鬱憤

 木々の間を抜けていく。魔力で体を浮かせているわけではなく、幹から生えた自分の腕よりも一回りも太い枝を足場に、次々に木から木へと飛び移る。

 こういった移動や跳躍などに向いていない、サンダルに近い履物のせいで、移動は予想よりもかなり遅れている。

 さらに、枝の先から生えている葉っぱに、邪魔をされたりしているのが遅れている理由の一つである。

「はぁ…はぁ…」

 魔力である程度身体を強化していたが、数十分に及ぶ移動で日陰だというのに、汗が額に浮かんで滝のように流れ落ちて来ている。

 手の甲で透明な液体を拭い取り、すぐに次の枝へと飛び移る。人間ならばまず届かない程に離れている枝へと着地する。

「はぁ…はぁ…!」

 少しくたびれてきた。痕跡を探して周りを見回し、肩で荒々しく呼吸を繰り返していたが、息を整えようと大きくゆっくりな深呼吸をする。

 こうして移動している私以上の速度で、闘いながら駆けずりまわる目標の背中すらも見えてこない。これだけの距離も時間も費やしているというのに、戦っているであろう痕跡しか見当たらない。

 私はもともと筋力や、俊敏に動くことのできる脚力には恵まれていない。自分では全力のつもりだったが、周りからしたらかなりスローペースであることだろう。

 他の連中に先を越される前に、奴を回収する必要がある。邪魔で鬱陶しい存在を消すためと、私たちが殺されないようにするために。

 鬼にしては脆弱な少女は、残っている痕跡から次の方向を見定め、追跡を再開した。枝から枝へと、強化された脚力で渡った。

 

 

「……」

 怒った顔というよりも失望した、またはがっかりした。そんな初めて目にするかもしれない表情を、髪が紫から黄色のグラデーションになっている僧侶は見せた。元の顔つきが優しそうであるため他の感情を浮かばせると、どことなく違和感を覚えてしまう。

 私の後ろにいた聖は、何も言わずにそのまま縁側まで出ると、じりじりと身を焦がしそうになる日差しが降り注ぐ庭へ、靴を履いて降り立った。

 戦いに夢中で、自分がどこで戦っているのかを理解していなかったのか。異次元赤蛮奇の頭を握りつぶした魔女は顔を上げると、驚いたような表情を見せる。

 周りを見回し、一度自分が匿われた場所という状況を飲み込んだらしい。こんな熱波とも言えるような熱い日差しの中で、あれだけの激しい戦闘を行えば、汗腺から汗が噴き出るのは当然だ。

 頬や顎に滴っていく汗を手で拭おうとするが、両手が返り血でまみれていることで断念し、左右に向けていた顔をこちらに向き直らせる。

「おいおい…お前らの敵を二人も片付けてやったっていうのに、随分な歓迎の仕方じゃないか」

 軽く振り、鮮血が滴っていた手から余分にある体液を振り落とした。我々が魔女に対して警戒し、各々の武器を構え攻撃態勢を整えている様子から、ため息交じりに言った。

「ええ、歓迎するつもりはありませんから」

 柔らかさの無い、凛とした声色で聖はきっぱりと言い放つ。普通にリラックスしたまま立っているように見えるが、拳を握っていることから臨戦態勢は整っている。

 戦う準備ができているという事は、聖は魔女を逃がすつもりはないのだろう。ご主人たち以上に魔女へ近づいているのがその証拠だろう。

 先ほどの、心臓を締め付けられるような威圧感がない。彼女が私たちに敵意を全く向けていないことは、私にでもわかっているから、聖やご主人たちもそうなのだろう。しかし、警戒心を解けないのは、彼女自身が醸し出す雰囲気のせいだ。

 彼女自身は気が付いていないのだろうか。自分が、以前とは全く異なる気配を漂わせていると。

 一度でも異次元の者を見て、その雰囲気や気配を視覚から聴覚、嗅覚に至る全ての五感で幅広く感じれば、庭に立つ今の魔女はそれに近い。異様な佇まいであることを読み取れるだろう。

「冷たいな…私が何かしたって言うのか?」

「ええ、しています」

 端的に、淡々と魔女に回答を述べる聖に対し、悲しそうな色を少し覗かせるが、我々の態度は変わらない。

「じゃあなんだぜ、危ない目に合いそうになったから怒ってるのか?すまなかったな、次はもっと早くに殺しておくよ」

「いえ、私は怒る怒らない以前に、ただの殺人鬼を見逃すつもりがないだけです」

「……へ?」

 聖が言い放ったことが、自分に当てはまっていると魔女は一瞬理解できていなかった様子を見せる。きょとんと首をかしげている彼女に、魔法が使える僧侶は不意打ち気味に拳を叩き込んだ。

 五メートルもあった距離を、一瞬で聖は詰め寄った。私は攻撃をするだろうとわかっていたのにもかかわらず、走り出すモーションが早すぎて読み取れなかった。そもそも戦うつもりのなかった魔女ならば更にだろう。

 避ける動作を全くせず、魔女はその顔面に真正面から拳を出迎えた。攻撃を受けた頭部が後退し、それに続いて首から下の胴体が引っ張られる形でついていく。

「あがっ……!?」

 短い潰れてくぐもった声を残し、魔女の体は後方へ派手にぶっ飛んでいく。ダンっと背中を地面に打ちつけてバウンドし、庭の中央付近にある装飾用の岩石に衝突した。

 先が先鋭に尖った部分や目立った凹凸のない岩石に、赤色の個体の混じった塗料を塗りつけた。真っ赤な流動体を滲みだす、肉体の一部には黄色い髪の毛が数本生えており、頭を打ちつけたようだ。

 殴られた時点で死んでいてもおかしくない魔女は、軌道を変えても止まることができず、地面を滑走するように転がっていき、妙蓮寺を囲い込む外壁へ激突する。

 削り出された岩で作られた壁は、木材で作られた物よりは頑丈であるはずなのだが、魔女が叩きつけられた途端に、放射状の亀裂を出現させる。

 背中から突っ込んだ魔女は、岩に抉られた頭部から出血を起こしている。頭部から垂れていく血液が眉や目を縫って落ちて行き、血の涙を流しているように彼女を彩った。

 背中から外壁に突っ込んだ魔女は、ぐらりとその身を傾かせると、横に倒れ込む。聖が殴ってから五秒、十秒と時間が経過していくが、それっきり動かなくなってしまう。

「聖…何を考えているんだ。どう見てもやり過ぎだ」

「そうですね」

 私が非を責めるが、とうの彼女はどこ吹く風でこちらに向き直ろうとする素振りすら見せない。

「長である君が人を殺めた時点で、ここで掲げている毘沙門天が偽りの物になる。そのぐらいわかっているだろう?感情に振り回されるな。数百年もご主人が頑張ってきたことを無碍にするつもりか?」

 後方からではグラデーションのかかった髪に隠れ、なんとなくの表情すらも読み取れない。だが、ここで静止しなければあの女性が原形を留めなくなるまで、攻撃しそうな勢いだ。

 聖はおっとりしていて、感情の起伏が少なさそうに見える。しかし、魔女を匿った時もそうだが、何かしらきっかけがあるとその振り幅が非常に大きくなる。

 普段から奥底にある感情のふり幅が小さいせいで、感情が高ぶった時に聖はそれに強く左右されやすい。

「………。そんなつもりはありませんから、安心してください」

 先ほどの、重みのある威圧的な口調や声色から、少しだけ普段の柔らかい調子に戻っているが、予断は許さないだろう。いつ走り出すかわからない。

 そう思いつつ、庭の奥で倒れている魔女を死なせないようにするにはどうするか。それを頭をフル回転させて構想を練っていると、聖越しに倒れ込んでいた金髪の女性が体を起こした。

「…!?」

 聖がどれだけの力で彼女を殴ったのかは知らないが、途中で岩石にぶつかっても、壁に亀裂を生じさせるだけの余勢を残していた。我々が食らったとしても、あと一時間は受けたダメージに打ちひしがれ、上半身を起こすことすらままならなかっただろう。

 それに対して魔女は、体を起こして立ち上がろうとしたが、バランスを崩して前のめりに倒れ込みそうになっている。頭部から流れ落ちている血液が、額や頬などからしたたり落ちていく。

 唇や口、鼻腔内も殴られた影響で出血しているようで、手の甲で拭う動作をすると、真っ赤な鮮血がべっとりと塗り込まれている。

「か……あぁっ……!」

 衝撃が頭の中を反響して頭痛を患っているのか、片手で頭部を押さえ込んでいる魔女が、声にならない声を漏らす。そうしている間も出血は継続しており、死なせないために手当てを早くしなければならない。

 そんな気持ちが半分あるが、残りの半分が巻き込まれるかもしれないリスクを考えると、今飛び込むのは得策ではないかもしれない。

 多少なりとも聖は冷静になりはしたが、魔女の方は殴られたせいで頭に血が上っている可能性もある。

「なん…だ……ってん…だぜ……畜生…!」

 頭部から出血している魔女は、痛みに呻きながらも、攻撃を加えて来た聖に言い放つ。戦うつもりのなかった彼女は、まともに拳の一撃を受け止めた影響が足腰に出ている。膝がカクカクと笑っていて、まともに立つことなどできないだろう。

「わからないのですか?貴方を殴った理由は、さっき言ったはずですよ?」

「……殺人鬼…?私が…?……お前の…目は……どこ…に…つい…てんだ…!あいつらの…方が、よっぽど…殺人…鬼…だぜ」

 息を切らしているわけではないが、頭痛で考えが纏まらないのか。ぽつりぽつりと分割して反論を返して来る。

「確かに、そう言ったところもあると思います。でも、妖怪だろうと自分と同じ形をした者を、何の躊躇もなく死に至らしめてしまう人間を殺人鬼と呼んでも、差し支えないと思いませんか?」

「殺すか…殺されるかの世界で……そんな、甘っちょろい事なんて…言ってられないんだぜ…!……異変に介入してこなかった……何も失っていないお前と私じゃあ、立場も境遇も、違うんだよ…!綺麗ごと抜かしてんじゃねえぜ」

 ダラダラと出血が続いている頭部を押さえたまま、魔女は次の攻撃準備ができている聖に言い放つ。これだけのことをされているというのに、彼女は未だに私達へ敵意の一つもむけていない。

「なるほど、少しでも考え直すつもりはないわけですね?」

 それに相反して聖は、負傷している魔女へ敵意に近い感情を湧き上がらせる。口を挟んでも、私では止められないかもしれない。

 押し潰そうとする威圧的な敵意を、噴火によって地表に溢れ出す溶岩のように迸らせる聖に、ご主人たちが退きそうになってしまっている。

「ああ、友人を殺されて…恋人までイカれた巫女に殺させるわけにはいかないんでな」

 これだけの敵意を向けられているというのに、なにか逃げるだけの算段があるのか。魔女は臆せずに食って掛かる。

「…貴方がそうなっているのは、それなりに理由があるのでしょう」

 二人の会話を中断させようと、どう口を挟むか考えていたが、思ったよりも聖は冷静だったようだ。魔女に諭すように言葉をかけ始める。

「…殺人鬼と呼ばれるような状態にならなければ、自我を保てなかったのでしょう。ですが、貴方がそうなっているのは、決して恋人のためではなく……自分の、復讐を果たすためでしょう?」

「そんなわけ……」

 魔女はそう呟こうとするが、何か思い当たるふしがったのだろう。聖に何も言い返すことができなくなり、開いていた口が一文字に閉じた。

「仮に、復讐に成功したとしましょう。おめでとうございます…貴方が邪魔者を手に掛けたことで、お二人の邪魔をする者は居なくなりました。……貴方は、その血で汚れた手で、恋人のことを抱きしめられますか?」

「…………っ……!!」

 魔女の痛いところを突く聖の発言に、彼女は察してしまったのだろう。彼女は悲しそうな、僅かに悔しそうな表情を垣間見せた。かと思うと、頭を押さえていた手を放し、フリーにしていたもう片方の手に、ゆっくりと目を落とした。

 一部、自身の物が混ざり込んではいるが、手首や前腕から指先にかけて、べっとりと塗り込まれた血液が瞳に映っているだろう。血の大部分が他者を出血させ、こびり付いたものだ。

 彼女の恋人がどういった人物なのか、私にはわからない。しかし、魔女の言葉から今のところは生きているのだろう。恋人が望んでいるのかいないのかで話は変わってくるが、反応から見るに異次元の者側ではなく、こちら側の道徳観を持っているのだろう。

 普通の道徳観を持った恋人を守るためではなく、道徳観が欠如し、復讐心から何人もの人間を殺めて来たその手で、触れられるだろうか。手をつなげるだろうか。抱きしめられるだろうか。無理だろう。

 元は普通の倫理観や道徳観を兼ね備えている魔女は、遅かれ早かれこれには気が付いたはずだ。

「誇れるでしょうか、及んできた行為を。分かち合えるでしょうか、歩んできた道を」

 そこに更に、聖は畳みかけていく。もう気が付いてしまっている魔女へ、彼女にしては強い言葉を語っていく。

「……だまれ…」

 手を見下ろしていた魔女は顔を俯かせ、かすれた声を絞り出す。苛立ちや怒りに近い感情が一滴加わっているのか、声色が微妙に震えている。

 一連の戦闘は終わったはずだったが、新たな火種が燻り、煙を上げ始めている。いつそれが炎に変わるかわからず、緊張した顔つきが継続している。

「二人は思考と向き合い、考えることになるでしょう。感情に苛まされ、苦悩することになるでしょう。自分たちが立っているのが、残虐に殺された者たちが積み重なる、血潮が降り注ぐ偽りの平和であることに気が付いたとき、苦悩は痛みに変わることでしょう」

 人を殺めたことには変わりないが、お互いを守るため、生きるためだったならば、まだ、分かち合って罪を償うために歩調を合わせ、支え合って生きていくことができただろう。

 しかし、そうもいかない。彼女は、互いのためではなく復讐の炎に身を投げてしまっている。歩調も歩幅も恋人と大きく異なり、その歪に歪んでしまった歯車では、時間という流れを一緒に進行していくことは不可能だろう。

「…だまれよ…!」

「もう一度聞きます。考え直すつもりはないのですね?このまま進めば、貴方も、貴方が大切にしている人間も、この異変ではなく、後の穏やかな暮らしで身を滅ぼして…最悪な終結を迎えることは目に見えています。手遅れになる前に、引き返しなさい」

「黙れって……言ってんだろうが!!」

 耐え切れなくなった魔女は怒号と共に拳を握り、カラカラに乾いた地面へ振り下ろす。その細い腕からは、想像が及びもつかない威力の打撃が繰り出される。亀裂が生じるのは勿論のこと、衝撃に土壌に密接している手を中心に、一部の地面が捲りあがって湿った地中の土を外気に露出していく。

 魔女を中心に円状に広がっていく衝撃は、地震のような揺れを妙蓮寺や立っている私たちに、大小様々な影響を与える。

 木材が組んで作られている妙蓮寺全体が、木材同士の擦過音や木自体の歪みから来る軋む物音を立て、小刻みな揺れに晒される。寺が建築されてからかなりの年数が経過しており、崩れないかが心配になって来るが、柔軟性に長けている木製の建築物は効率的に揺れの振動を逃がし、たった一度ではあるが驚異的な衝撃から耐えきった。

 バランス感覚の良い者は微動だにせず、私の様な運動神経に欠片も恵まれなかった者は、揺れに足を取られ、尻餅をついた。

 感情を揺さぶられてむき出しにしているが、私達からすれば、聖の言っている内容は怒る程の物ではない。しかし、そう思っているのは、私たちはどう頑張っても当事者という立場に居ないからだ。彼女が激高しているのは、そこや彼女を否定する部分だと思われる。

「…お前に………お前に何がわかる!!この戦争は、弾幕勝負で勝敗を決めてた今までとは違う!!ぬるま湯にしか浸かってないお前の理論じゃあ、生きてはいけないんだよ!!」

「ええ、そうだと思いますよ。死人が出ている時点でそれは強く感じます。ですが、復讐と戦いはまた別物です。……この異変で不殺を突き通すのは難しいでしょう。だからこそ、生きるために復讐以外で戦う理由が必要なのです。

 倫理に基づき、異変を勝利に導かなければ、それは本当の意味での勝利にはなり得ません。恨みや憎悪、復讐の感情に身を任せてしまうのは、理由を持った向こうの方々以上に、得られるものは何もありません」

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。この言葉は非常によく聞く言葉だ。怪物と戦う時、自分自身も怪物にならないように気を付けなければならない。聖はこれが言いたいのだろう。

「…」

 しかし、あれだけ聖は魔女に対して敵意が丸出しだったというのに、こうも長々と会話を続けている。殺しはしないだろうが彼女を気絶でも失神でもさせ、博麗の巫女に引き渡すことなど、今なら造作もないだろう。他に目的があるのだろうか。

「うるさい!…もう、遅いんだよ…!」

「いいえ、自分を見直すのに襲いも早いもありません。やったかやらないか…ただそれだけです」

 聖は魔女を殴った手にこびり付く、乾いて凝固が始まる血液を拭い取る。感情を高ぶらせ、拳を地面に接触させる彼女の方へと近づいていく。

「今から考え直そうが直さまいが、向こうの世界はどこまで行っても掃き溜めのクソに変わりはないんだよ!!…奴らと同じになっても、それ以下になっても…そうしなきゃ勝てねえ!…理由なんざ、何の役にも立たないウジ虫以下のゴミ同然だ!」

 額や口元から血を流しているが、そんなことには気にもとめない。魔女は溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、毒を吐き続ける。

「復讐がどうだの、戦い方がどうだの言ってるそういうお前はどうなんだよ!!傍観してるだけで何もしないだろうが!…何もせず、見殺しにするのだって…殺しとなんら変わらない!!」

 心の内を吐き捨てる魔女は、喉が張り裂けそうなほどに声をあら上げて叫ぶ。その彼女の言葉に、聖は耳を傾けたまま見据えている。

「そもそも、ドッペルゲンガーが出た時点で、出所を伏せるなんてことをせずにお前らだって戦ったら…結果が違ってきた可能性だってある!!…咲夜が…早苗が…妖夢が…レミリア達が殺されずに済んだかもしれないじゃないか!!戦うことを放棄した分際で、後から出て来てごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!偽善者があああああああああああああっ!!!」

 感情の赴くままに魔女は絶叫する。肺胞内に存在していた空気が、肺胞が圧縮し始めたことで外へと押し出され、それが絶叫の種となる。

 喉から迸らせていた彼女の感情は、突如として停止する。魔女自身が口を噤んだり、叫ぶのをやめた途切れ方とは違う。吐き出せるだけの空気が無くなり、声量が弱まったとも違う。

 口を塞がれ、声を出すことができなくなった。そんな印象を受けたが、それに近い。魔法で身体能力を極限まで強化した聖が、我々に鬱憤をぶつける魔女の顔面に再度拳を叩きつけたのだ。

 日差しに照らされる地面の一部に、聖が踏ん張ったと思われる足跡の形跡と残像だけが残され、本人は片膝をつく魔女に一方的な攻撃を加えた。

 骨が砕けるような、陥没するような。肉体が潰される大気を揺るがす打撃音が、振り下ろされた一撃よりもワンテンポ遅れて耳の鼓膜に拾い上げる。

 体格差というのは筋肉量の多さを意味し、そこから引き出される総合的なエネルギー量も増加する。私よりも三十センチ以上は身長が高い聖の全体重がかけられた強打は、魔女の身体を後方へ移動するのを誘発させ、亀裂の生じた壁へ崩壊の止めを刺した。

 無法則的に広がりを見せていた多数の割れ目は、辛うじて均衡を保っていた。そよ風や人がギリギリ感じ取れる程度の、か弱い自然現象で崩れてしまいそうな壁は、その閾値を大きく上回る衝撃に見舞われて瓦解する。

 その造形を保ったまま数分間も維持し続けた壁に、称賛でも送ってやりたかったが、脆いガラス細工のように細かい瓦礫となって妙蓮寺の外へと飛び散った。

 重量がない物や重さがあったとしても、魔女が衝突した衝撃を比較的受け取らなかった破片は壁の近くに転がり、衝突部に近ければ近い程に、壁から離れた地面を回り回る彼女の上や周囲に散らばっていく。

 仰向けで倒れ込んだ魔女の胸や腹部の上に、壁の一部だった瓦礫がいくつか重なる。大地の上に大の字で横たわっていた魔女は、驚いたことに制御の利かない上体を持ち上げ、立ち上がろうとしている。

「ぐっ………っああ……!!」

 顔を押さえ、打撃を受けた場所をどうにか痛みを柔らげようとしているが、頭部に受けた脳震盪のダメージはそう簡単に抜けることは無い。

 下半身に来ているようで、腰を上げようとした魔女が足をもつれさせ、尻餅をついた。唇や口内が損傷した出血でダラダラと血液が垂れ流され、薄汚れていた洋服が更に血みどろに染まっていく。

 顔の半分以上が赤色に染まる魔女は、足を振るえさせて数十秒の時間をかけてようやく立ち上がろうとする。

 千鳥足になり、腰を上げるのがやっとのようだ。その魔女の胸倉を掴み、腹部に拳をお見舞いする。

 体が衝撃で持ち上がり、腹部が背中側へ引っ込み、くの字に折り曲がる。その身体が元に戻る前に、今度は頭部に拳が叩き込まれ、大きくのけ反った。目を剥き、悲鳴を上げることもできずに魔女は悶絶した。

 意識的な色をしていた瞳が、朧げで虚ろな物へと変わっていく。顔色を青ざめさせていく魔女は、聖が手を放すと体を前に傾かせていく。

 聖の胸元に顔をうずめたと思うと、膝から力が抜けていき、ズルズルとその体を伝って地面に倒れ込んだ。

 誰がどう見ても、普通の倒れ方ではない。前のめりに倒れている力の抜けた人形は、そのまま死んでしまいそうに見えるほど、ピクリとも動かない。

 もともと血色が悪く白い肌をしている魔女だが、今はそれ以上に血の気が引き、死体みたいだ。その彼女を聖は黙って見下ろしている。

「そこまでだ、聖」

 聖に続いて日差しが降り注ぐ庭の外壁近くまで移動していた私は、次に何か行動を起こされる前に彼女を呼び止める。

「ええ、分かっていますよ」

 そう言って聖が振り返ると、いつもの表情に戻っていた。先ほどの怒っている雰囲気や失望したと言いたげな顔つきは無くなり、いつもよりもほんの少しだけ悩んでいるようにも見える。

 普段からあまり妙蓮寺で過ごしていない私が聖に、そう言った雰囲気を感じ取ったわけであるため、一緒に過ごす時間の長いご主人たちは強烈に違和感を覚えただろう。

「どうしたんですか?なんでそんな顔をしているんですか?」

 フードを被っていて服の風通りが悪い一輪は、額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、振り返った聖に問いかけた。

「わかっちゃいましたか?」

 自身ではそう言った表情をしているつもりはなかったようで、指摘されると少し慌てふためく様子を見せた。気絶している魔女をその場に残し、聖は外壁付近にいる私たちの方へ歩いて来た。

「私から見てもそう見えますよ」

 見間違いではなかったと、一輪の隣に立っていたご主人が代わりに答え、聖の後方に倒れている魔女にチラリと視線を移す。

 先ほどの魔女と聖の会話から、どうしようとしているのかはおおよその予想はついている。私から発言しても先導力はないため、これからどうするのかを全員の前で話してもらうとしよう。ご主人が特に気にしているようだし。

「それはそうと聖、彼女は…そのままでいいのかい?……助けられた身としては、少々心苦しい」

「いいえ、少しの間妙蓮寺で保護します。魔女を博麗の巫女に引き渡す理由がなくなりましたから」

 攻撃を受けていた魔女以上に、聖の発言に対してご主人たちが目を見開いた。そのまま卒倒してしまいそうなほど、一気にご主人たちは怒りの頂点に達する。

「どういうことですか!?貴方はそんなに妙蓮寺を潰したいんですか!!?」

 聖が本当に最高責任者かどうかも怪しくなる勢いで、ご主人が詰め寄っている。その気持ちは大いにわかる。聖がいない間、切り盛りしていていた彼女は、ここを守りたい思いは人一倍強いはずだ。

 妙蓮寺では一度魔女を逃がしており、一度だけならば偶然である。しかし、二度目ともなるとそれは必然と思われ、最悪私たちが敵対される可能性が高い。それを考えれば、普通ならそんな思考には至らないはずなのだ。

 しかし、今回は前回とは違う。聖が提示した全く根拠のない理由なんかではない、魔女が発言した部分から逃がしてもいい裏付けがとれている。

「今度という今度は、許しませんからねえええっ!!」

 身内での戦闘にあと一歩で発展しそうになっているご主人を、呼び止めなければならなそうだ。両手の爪を立て、飛びかかろうとしている彼女の前に体を滑り込ませる。

「ご主人、待った」

 聖を掴みかかろうとしていたご主人の手は、身長差から私の頭にすら掠らない位置を通過していき、おっとりとした聖の肩に当たる直前に止まった。

 頭に血が上りかけていたが、身内を積極的に傷つけようとする気概のないご主人は、私が目の前に割って入ったことで、少々冷静さを取り戻したようだ。

「………。今度は、ちゃんとした理由?」

 また無茶なことを言い出すんじゃないかという、不安な目を向けられる。聖は、こういった時の説明というのが非常に下手だ。少しづつ掻い摘んで話していくとしよう。

「勿論。……前回の聖が出した理由は擁護する気が全く起きなかったけど。今回は、彼女を保護した方がいいと思う。…ご主人達は、魔女が言っていたこと覚えているかい?」

「魔女が…?」

 詳しくは覚えていないのだろう。目を泳がせて記憶を探り、聖と魔女の会話を思い出そうとしている。後ろにいる水蜜の方向は見ていないが、水蜜は思い出す必要が無いはずだ。おそらく、一度聞けば合点がいくのだろう。

「よく思い出してほしい。彼女の言ってる事、まるでこっち側の人間が話しそうな内容じゃなかったかい?」

 私がそう告げると、聖はうんうんと頷いている。彼女が感じた部分と、私が受けた印象はどうやら同じだったらしい。

 そうだろうなとは思っていたが、相違なかったことでここからは、探りを入れる様に慎重に話す必要ない。起こったことの事実を述べればいいだけだ。

 これだけでは、魔女を敵だと思い込んでしまっているご主人達は、当然ながら納得しない。焦る必要もないから、ゆっくりとその理由を伝えていくとしよう。二人ともバカではない、すぐに納得してくれることだろう。

「まず最初に、魔女は私たちの世界で行われている異変解決と同様の方法で戦っていた。という事はわかったと思う」

 ここについてはそれ以上でも以下でもない為、二人は軽く頷いた。

「そこから、以前の彼女は奴らの戦い方と毛色が違かったから、異次元の連中がいた世界に居た人間ではないと思う。少なくとも最近までは。

 ここから、二つのことが考えられた。一つ目は私たちがいた世界とも、今攻め込んできている世界とも違う世界の住人という可能性。自分の世界から異次元の者の世界に入り込んで、我々の世界に混じり込んで来た。つい最近までそう言った戦い方をしていたから、聖に指摘されて反論した。……もう一つは、私たちの世界に居た者の可能性」

 一つ目はともかく、二つ目上げた理由を肯定できず二人の眉間にしわが寄る。それはそうだ。あんな戦い方のできる魔女など、我々が認知していないわけがなく、ここの世界に居たのであればなぜ彼女のことを知らないのかと。

「君たちの言いたいことはわかる。でも、それならなぜ彼女は私たちの世界の内情を知っていたんだと思う?」

「内情を知っていたとな?」

 訝し気な表情をした、特定の決まった形となっていない雲山が、年を食った老人であるが、気迫のある大きな顔の形態をとり、聞き返して来る。

「ああ、ドッペルゲンガーとかね。あれは我々が勝手に名付けていただけで、その正体は異次元からの来訪者だった。本当かどうか審議も正確性もわからないが、巫女から聞いた話では、姿に違和感のある博麗の巫女にあまり近寄らず、話をした者もいないそうだ。それなのに、なぜ知っていたんだと思う?」

 自分たちの正体がばれれば、奇襲を仕掛けることは難しくなる。下手に大きく動く、会話などによる情報収集は避けるだろう。

「向こうの巫女たちが陽動で、見つからないようにずっと隠れて情報を集めてたとか?」

「いや、それは無い。あの容姿だ、少しでも情報を集めようとすれば必ず噂になるし、ドッペルゲンガーがささやかれ始めた直後に現れれば、当然の如く真っ先に疑われるだろうからね。

 それに、そこらの森にいる妖怪や妖精たちに聞こうにも、人と敵対関係にある妖怪たち側には、村で起こっている物事の情報は流れにくい。寺子屋、妙蓮寺、永遠亭、特に情報が速いのはここらだろうが、そこから情報を引き出すとなるとやっぱり目立ってしまう。

 魔女が現れたというのは、向こう側の博麗の巫女が出現してから数日後の話だ。ドッペルゲンガー現象が、向こう側の連中によって起こされているというのは、その時点で分かっている事だ。だから、その時点から情報を集めたとしたら、ドッペルゲンガーなんて言葉を知っているわけがないし、そもそも敵だと思われて情報なんか集まらない」

 この情報を引き出すとき、聖は強い言葉で魔女の感情を揺さぶっていた。宥めるような話し方と彼女にとっての痛い部分を付く言葉により、大きく起伏する感情に振り回され、考えなど纏まらなかっただろう。だから、先ほどの会話はかなり信用度が高い。

「さらに付け加えるとすると、ドッペルゲンガー現象がささやかれている段階で、おそらく彼女は我々と会ってる。聖が信頼できるとしている人物と一緒に、もしくは信頼できる人物として」

「…!」

 聖はそこまで考えていなかったようで、少し驚いたような表情を浮かべると、ご主人達と一緒になって私に耳を傾ける。

「聖…君は他の者に公言しないことを条件に、太陽の畑がある方向で何かがあったと伝えたよな。誰に言ったか覚えているかい?」

「………………。いいえ」

 数秒間、たっぷりと時間を使って記憶に思考を巡らせた。その後にはっきりとした口調で断言する。

 最近の傾向から、異変を起こした人物たちは殺されない。計画を潰された者たちはそのまま幻想郷の一員として生きていく。その組織から後々疎まれぬために、聖は出所を伏せることにした。

 信用たる人物にしか話さない、そんな大事な会話を誰に話したか覚えていないなど、絶対にありえない。何かされたと考えるのが妥当だ。

 だが、何かした人物があの魔女ではないことは確実だ。その会話の通り、博麗の巫女にまでその情報が伝わっており、我々が話したという事は広まっていなかった。

「変装したり姿を変化させていたとしても、敵であればまず博麗の巫女には情報が伝わることは無い。それが伝わっているという事は、聖が信用できる人物を知っていて、かつ、博麗の巫女の目を騙せるほどの幻術を展開できる人物という事になる。

 私が魔女がこちら側の人間の可能性を示唆したのは、我々側に問題があるからだと考えたからだ。これほどまでに情報があるのに、知らないという矛盾がある。何らかの魔術や術式で我々の持つ記憶から、魔女を消すことが可能であるならば、全て辻褄があう」

「じゃあ、なぜ魔女は紅魔館のメイドとか、守矢神社の巫女を殺したのよ」

「ご主人は、殺しの現場を見たのか?」

 こっちの人間ならば、なぜ殺したのかと聞きたいのだろう。質問に質問で返すことになるが、そうすることで疑問が解ける。

「いや、でもそう聞いたよ?」

「聞いた…誰から?」

「博麗の巫女から聞いたはず」

 博麗の巫女から聞いたとなれば、真偽はかなり正しいはずだろう。しかし、物事を伝えるのに伝わる内容というのは、話し手の話し方や明け渡す情報量、聞き取り手の情報を拾い上げる部分、その人物の思考によって僅かに歪みが生じる。

「博麗の巫女曰く、彼女はその現場を見ていない。鴉天狗から情報を聞いたと言っていたから、私は情報元の人に聞いたんだけど、死んだメイドや巫女の下から立ち去る魔女の姿を見たと言っていた。情報元も直接手に掛けた場面には遭遇していない」

「つまり、殺したかどうかも怪しいと言いたいんですね?」

 一輪が投げかけて来た疑問の結論を言おうとしたところで、聖に先に言われてしまう。まあ、そう言いたかったからそれでいいとしよう。

「まあそうだ。……だから彼女はこちら側の人間である可能性が非常に高い」

「………じゃあ、もしあの魔女が私たちの世界に居た人だとして、どうするつもりなの?」

 先ほどまでの倒して引き渡すとは違って、彼女を引き渡せない状況となると複雑になって来る。博麗の巫女やスキマの妖怪をどうやって騙くらかすか、どれだけ考えて考え抜いても不可能という言葉が付いて回ってしまう。

「…………」

 どうするか。ご主人の言葉に、私や聖は押し黙ってしまう。博麗の巫女だけならまだしも、スキマの妖怪がいる。あいつは私なんかとは比べ物にならない程に頭が回る。ちょっとやそっとの嘘など、一刻の時間も経たずに見抜かれてしまう。

「……ありのままを話すのはダメなのか?」

 会話に参加してきていなかった水蜜が後ろから案を出してくるが、それが出来たらとっくの昔にやっている。例え博麗の巫女を納得させられても、メイドを殺されている紅魔館。ウサギを殺されている永遠亭の長達が黙っていないはずだ。最悪、説得する前に私たちごと八つ裂きにされかねない。

「無理だ、そう簡単なことじゃない。いくら魔女から聞いたと主張しても、どうしても主観的な感情が入ってしまうからね。それに一度逃がしてしまっている私達は、ぬえの意見で霊夢達を脅されて騙していたという事になっている。今回もそれじゃないかと、そこを突かれると私たちとしては非常に痛いところだ」

 以前のようにこっそりと匿おうにも、これだけの騒ぎだ。多くの妖怪妖精、人間達が魔女と異次元赤蛮奇らの戦闘を目にしている。知らぬ存ぜぬでは突き通せないだろう。

 どうやって博麗の巫女やスキマの妖怪たちに納得してもらえるか。うんうんと唸って頭を捻りに捻っていると外壁の方向から人の気配がする。

 こつっと靴が陶器でできている瓦に接触した音が聞こえてきた。魔女が突き破った方面ではない、参詣に訪れる人が必ずくぐる門の上に、博麗の巫女が佇んでいた。

 この状況が、彼女にはどう映るだろうか。彼女がどうとらえるかによって、魔女の処遇が決まることになるだろう。

 




次の投稿は10/10の予定です。

リアルが多忙なので、一週間跨ぎます。遅れて申し訳ございません!
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