東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百四十二話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百四十二話 偽りの綻び

 意識を失っていた私が、覚醒に伴って始めに感じたのは、吐き気をも要しそうになるほどの頭痛だった。頭部を抱えてのけ反り、頭皮を掻き毟って少しでもその痛みを和らげたい衝動に襲われる。

 この常に産生され続けている痛みはまるで、研がれて切れ味の高い棘がびっしりと付いた撒菱が、ゴロゴロと転がって脳内を常時損傷しているようだ。。そう言われても否定できない強烈な痛みに、うめき声を漏らしかけた。

 気道を通る気流が発声を促す前に、眠って処理能力が極度に低下した脳が、ギリギリで喉を引き締めて声を出すのを堪えた。曇りがかっていたが、朧げに自分が病人の様に、横たわる状況に陥っている理由を思い出した。

 異次元影狼と異次元赤蛮奇。白狼天狗並みに身体能力が高い人狼と、草刈り鎌を使う首を飛ばせるろくろ首。中々に手ごわい二人には、かなりの抵抗を受けた。戦いながら移動していたらしく、最終的に妙蓮寺へとたどり着いていた。

 二人を殺して立ち去ろうとした私に、聖は攻撃を加えて来た。その理由は何だったか、思考に没入しようとした時にそれが中断される。芯まで乾ききった、棒状の物をへし折ったような、軽い破砕音がやたらと大きく聞こえてきたのだ。

 周囲に私以外の第三者がいると察しが付く呼吸音が一つ、一定の間隔で繰り返されている。それと対照的に、木が燃えることで内部に残った僅かな水分が弾ける音が、不規則的に聞こえてくる。

 瞼を開かずに瞳だけを乾いた音の方向へと向けると、光源から発生するオレンジ色の光が、瞼越しに網膜に飛び込んできた。どうやらベットではなく、布団に寝かせられているようだ。

 いくら耳に集中して物音を聞き取ろうとしても、薪や部屋にいる人物以外には、特に聞こえてくるものは無い。聖たちに掴まってからどれだけの時間が経過したかわからないが、生かされたという事は何かしらに利用するつもりだろうか。

 そうだとすれば、見張っている人物が一人というのは不用心過ぎる。私を一人で止められる人物としているのであれば、聖や一輪、雲山と言ったところだろうか。

 気絶している間に時間が経過し、こちら側へと霊夢らが帰ってきているのであれば、霊夢や他の鬼たちが見張っている可能性がある。

 薄っすらと瞳を開け、焚火の先に座っている人物に目を向けるが、立ち上る薪の炎に遮られて詳しく見えない。先ほど半分にへし折った木の枝を、小さく揺らめく炎の中へと放り込んでいる。

 燃えている木の上を、乾いた木が転がる乾いた心地のいい音を奏でる。脳が働かず、座っている人物が誰なのかを割り出すことができなかったが、真剣な様子で何かを見下ろしている。

 瞼が開かず、半分となっている視界に見える部屋の中の様子が、予想と全く異なっていることで、次は戸惑いが生じた。

 ここがどこなのか、正確に知る必要があり、更なる情報収集を始めた。視線だけを上に向けると、構造的に一軒家の天井が見える。

 古びて腐りかけた天井の様子から、やはりこの場所が妙蓮寺でない事を仄めかしている。あそこで匿われた時に見た天井とは違う。蜘蛛の巣が張り、ネズミが顔を覗かせているこの家はまるで幽霊屋敷だ。

 鼻での呼吸を意識し、鼻腔から来る情報を収集する。木の枝が焼ける焦げ臭い匂いに混じり、木の腐ったカビの匂いと埃のむっとする匂いが掛け合わさって、強烈な異臭となっている。更には、生臭い香りも加算されて息が詰まりそうだ。

「っ…」

 あまりに慣れなさすぎる匂いに、咳き込んでしまいそうになってしまう。我慢したかったが息が漏れ、燃える炎の先に居る人物が顔を上げた。

「ん…?起きましたか」

 その声には聞き覚えがあった。自信ありげな特徴的な口調から、一番最近の異変で、取り逃がしてしまっていた天邪鬼だった気がする。

 顔を傾けて、両目でしっかりと座っている人物を見ると、やはり間違ってはいなかったようだ。

 揺らめく炎に遮られてはっきりとは見えなかったが、手のひらサイズの紙のような物をポケットに納めた。

 熱気で揺らめく陽炎越しに、私の顔を覗き込んでくる。頭部には二本の短いツノが生え、黒い髪の中に一部赤い髪が混じった二枚舌の鬼がいた。なぜが頬にはガーゼが張られ、腕には包帯が巻かれている。

 大嘘つきで人を騙すことに何の抵抗も覚えない、誰からの信用もないお尋ね者に、見張りを任せるとは思えない。それに、霊夢と手を取り合ってこいつが協力することなど、天地がひっくり返ってもないだろう。

「………どういう状況なんだ…?」

 それでも、ここに居るのはこいつだけであるため、尋ねるしかない。聖や霊夢達ではなく、なぜ、鬼人正邪がここに居て私を見張っているのかを。

「この心優しい私が、せっかく助けてあげたというのに……。…もう少し喜んだらどうですか?」

 息をするように嘘を吐く天邪鬼が、言っている事が本当かどうかわからない。それが顔に出てしまったようで、訝し気な目で見る私に、彼女は肩をすくめて見せた。

「何が優しいだ。神妙丸を騙して裏切ったくそ野郎が、わざわざ私を助けるだなんてありえない。どうせ、利用価値があるとか思ったんだろ?」

 私が冷たくあしらうと、正邪は口角をゆっくりと持ち上げ、目を細める。ほんの数ミリだけ歯を上下に持ち上げ、間から舌をベロリと覗かせると、あの時の様にあざ笑う。

 神妙丸を騙し、彼女に現実を突きつけた時と似た表情に苛立ちを隠せず、殴りたい衝動に駆られるが、飲み込んだ。

「いえいえ、そんなことは無いですよ。もっと別な私的な理由です」

「ああそうかよ。どの道、悪党なんかに手を貸すつもりはないぜ」

 大雑把であるが、頭に包帯が巻かれている事に今更ながらに気が付いた。自分でやった覚えなど当然なく、聖たちがやってくれるわけがないとすれば、こいつが私に手当をしてくれたようだ。

 しかし、私にはあまり必要のない代物だ。ダメージは残っても傷はほとんど残らない。頭部に巻かれた真新しい血まみれの包帯を剥ぎ取り、傍らに雑にまとめて置いた。

 鬼人正邪はその包帯を何かに再利用するつもりなのか、炎に当たらないように体を傾けて手に取った。あぐらをかいて座っている足元に手繰り寄せ、血がこびり付いている布を丁寧に巻き取っていく。

「まあ、それについてはどうでもいいです。しかし、私が悪党であるなら…お前を客観的に見て、誰が正義の味方であるとしてくれますかね」

 私が殺していなくとも、周りからみれば咲夜と早苗を殺したことになっている。あれだけの実力者が殺されれば、流石のお尋ね者でもそう言った情報は耳にしているようだ。

「……」

 どこまでが本心で、どこからが虚偽であるのかが私には読み取ることができない。口から出まかせの可能性が高いが、それに反論することができない自分が居た。

 いくらこちら側の人間で居ようとしても、敵対しているのであれば異次元の者とそう変わらないだろう。一文字に口を噤んだ私に、正邪は語りかけてくる。

「まあ、私の話を聞かなくてもいいですが…。……聞いておいた方が身のためではあるでしょうね…正義の味方であり続け、私を否定するかはお前の自由ですが、似た境遇の者同士で協力した方が効率的だとは思いませんか?」

 こいつと私のどこに、似た境遇なんかがあるのだろうか。望んで自分から敵になったお前と、なりたくてなったわけではない私を一緒にするな。そう反論しようとした時、天邪鬼が聞き逃せない一言を呟いた。

「どうするか、今決めてください。霧雨魔理沙」

 聞き間違いではない。言えるはずのない名前を一言一句外すことなく、囲炉裏を挟んで反対側に座っている正邪は言い放った。

「っ!」

 私の名前を知っている理由はいくつかある。一つは紫の様にスキマの中に居て、記憶を改ざんする異次元霊夢の術から逃れた可能性だ。しかし、これは非常に考えにくい、正邪はそう言った能力を保有していなかったはずだ。

 もう一つの理由は、ここに居る正邪がこちら側ではない可能性だ。異次元赤蛮奇達を追って向こうの博麗神社についたとき、スキマは開いたままだった。かなり前になるが、訪れた時にはそんなものは無かった。いつから開いていたかわからないが、その時に入り込まれた可能性は否定できない。

 体にかけられていた古びた布団を足で蹴飛ばし、足や腕の筋肉を働かせて反動で体を転がした。奴から距離を置きつつ、戦闘体勢を即座に整えた。

 いきなり跳ね起きた私に困惑した様子を見せたが、すぐにいつもの人を小ばかにしているような表情に戻る。

 霊夢達の記憶が改ざんされてから、私は名前を名乗ったことは無い。なぜ知っているのかという疑問を追及されると反論ができないため、紫が漏らすこともないはずだ。それが間違いないのは、私をボコボコにした聖たちも私の名前を呼ばなかった。

 能力で術の改ざんを受けないことは難しく、名前が漏れていないことを考えると、記憶を改ざんを受けていない向こう側の正邪である可能性が出て来る。

 手のひらを奴へと向け、いつでもレーザーを撃てるようにしておくが、明らかな敵意を前にしても、能力を放とうとする魔力の流れが感じられない。

 寝ていた時に鼻腔を刺激した匂いの一つである、生臭さの原因となっていた物を掲げた。棒状で、料理に使われる金属製の串を指でつまんており、そこには蛇行する形で捌かれた魚が串刺しにされている。

「前に一度戦ったことがあるのに、私の波長が以前と変わらないことが分からないのですか?流石は私を取り逃がすだけのことはありますね」

 正邪は皮肉を冷たく言い放ちながら、魚が串刺しにされている串を囲炉裏の積もった灰の部分に突き刺した。

 わかっていたさ。奴の言う通り、波長を探ってみても輝針城異変の時と全く分からないのだが、どうしても腑に落ちない。霊夢らでさえ記憶の改ざんを避けることができず、紫はただ運が良かっただけだった。なのに、なぜこいつが改ざんされる前の記憶を保っていられたのだろうか。

「……お前の言う通り、確かにこの戦争が始まる前と魔力の波長は変わらないぜ。だが、どうやってあれから逃れることができたんだ?神や半神人、月人、人間、あらゆる妖怪に至るまで、性別や種族に関係なく改ざんされてる」

「私の能力を考えれば単純なことです。ただひっくり返しただけですよ」

 以前に神妙丸が正邪の能力がどう言った物なのか、説明されたことを思い出す。彼女の能力は、コインの裏表みたいなものだと言っていた。

 忘れている、もしくは改ざんされているという部分をひっくり返したとすれば、異次元霊夢に弄られていた部分が正常に戻るという訳か。

「……」

「信用できないと言った顔ですね。」

 手を下げて攻撃態勢を解除できても、彼女のいう事を鵜呑みにできない不信感は消えない。天邪鬼であるという部分や、神妙丸を騙していた過去が拭いきれないからだ。

 正邪も怪我をしているという事は、助けてくれたことには変わらない。その部分だけは感謝しておくことにしよう。

「当たり前だ。信用しろっていう方が難しいぜ」

 世知辛いですね。と言いたげにふてぶてしい顔をした後、薪から上がる炎でじっくりと炙っている魚に目を落とす。表面に火が通り始めているのか、捌かれて開かれている腹の中から脂が滲んでいる。

「まあ、どうでもいいです。お前があいつらに勝ってさえくれれば、私は何も言うことはありません」

 串の角度や炎との絶様な距離を調節し、二本の串が倒れてないように、再度積もっている灰に固定する。若干だが、炎の上端から発生する上昇気流に乗って、魚が焼ける香ばしいにおいが漂って来る。

 そう言えば、最後に食事を取ったのはいつだったか。食欲がそそられる匂いだけで、いや応なしに唾液腺から唾液が溢れてきそうだ。空腹を自覚すると体は正直で、腹の虫が暴れ出す。

 緊張感が僅かに漂う一室の中に、ぐうっ。と間抜けな胃の収縮音が鳴る。正邪の顔が見る見るうちに、厭らしく笑う顔に変化していく。もうすぐでできるから座って待てと促された。

 あれだけ空気がピリピリしていたのに、それを自分で制御できない部分で壊してしまい、少し恥ずかしい。誤魔化すことや取り繕うことはできないが、おとなしく従うことにした。

「私としては喜ばしい事ですが、変わりましたね。魔女と言える戦い方とは、随分とかけ離れていますが」

 聖にもそう言われたことを思い出す。以前の記憶を保持したままであるならば、それを感じるのはなおさらだろう。

 聖に諭され、頭に血が上ってしまった。自分でも身勝手なことを言っていると今では自覚しているが、あれが本心ではある。しかし、拒絶しがたい正論である。

 私は、自分自身が気が付かないうちに、己の欲望を満たすためだけの復讐心に身を染めていたのだろうか。霊夢のためという、心にもない偽善で自らを騙し、欺いていただけなのだろうか。

 今まで殺してきた異次元早苗や、異次元咲夜、異次元アリス、異次元勇儀、さっきの二人を殺していた時を思い出した。手にかけていたその瞬間は考えもしていなかったが、今になってその時の心情を思い出すと、聖の言葉が嫌に私の中に響いてくる。

 復讐は何も生まないという、先人の言葉はあながち間違いではないと思い知らされる。人を殺すことに達成感など感じることはおかしいが、霊夢がこれで死から遠ざかることによる安堵や、人を殺したことによるやるせなさや切なさも込み上げてくることは無く、空っぽの空虚が私を支配していた。

「そうかな…?」

 そう呟くことが精一杯だった。話を流すことも、否定することもできなかった。肯定もできず、意味のない返答を返すことになった。

 正邪はあの殺し方から、私が復讐によって人を殺していたという事を理解しているのだろう。そして、今の返答により私が黒から白へと引き寄せられ、悪と正義の狭間で感情が揺れ動いているのを察したらしく、小さく鼻で笑った。

 聖が言った事に対し、それが何だと切り捨てることができない部分から、それは如実に出ている。正論が嫌に頭の中を反復し、最善だと思っていた行動を否定する。この、血で汚れきっている手では、私は霊夢の手を取ることも触れることもできない。

 人としてやってはならない一線を越えてしまった私は、彼女と一緒に過ごす資格すらもないのだ。

「……」

 目を落としていた両手で、私は自分の顔を塞ぎ、うなだれた。深く、長い溜息を零していると、正邪が口を開いた。

「お前の…今いる立ち位置が、最も危険ですよ」

「……?」

 うつむいていた顔を上げ、囲炉裏を見下ろしている正邪は、瞳に炎のオレンジ色が映っている。折れていない、長い木の枝で薪を突いて空気の通り道を変え、炎を調節する。

「思考が完全な悪にあるわけでもなければ、だからと言って正義側にあるわけでもない。ですよね?」

 反論の余地もない程に、それが真実だった。奴らを殺すことに何の罪悪感も、後悔も浮かんでいなかった。自分が殺人鬼だと言われた時も、ピンと来なかった。

 だが、気が付いてしまった。自分の行いを誇れないことに。歩んできた道は血みどろで、誰からの共感も得られないことに。例え勝利をおさめられたとしても、復讐に染まった道化と分かち合うことなどできはせず、私は、程なくして死ぬことになるだろう。

「……ああ」

「中途半端なんですよ。悪でもなく、正義でもない。自分の行いが悪いと自覚してしまい、さらに正義でもないと気が付いてしまいました。どちらにも属さない、属せないその場所では、いざという時に自分がどう行動するかの決断がつけられません。はっきりと言って、鈍らの刀以下の存在ですよ」

 それもそうかもしれない。今までなら、自分でも気が付かないうちに育てており、誰かのためという偽りの目的に隠された私憤に突き動かされ、戦えただろう。しかし、今はどうだろうか。

 戦う理由がすり替わっていることに気が付いた今は、精神的動揺を押さえ込むことができない。自分の中で柱だと思っていた物は存在せず、そこには少なくとも柱と呼べるに値しない代物がそそり立っていた。ああそうかと、すぐに切り替えることなどできるだろうか。

 私にはできなかった。心のひっかがりとして、いつまでも私の中の矛盾を説いてくる。今まで真っ黒な道を来た私が、今更真っ白な道に戻ろうなど、できるはずがない。しかし、我儘にも戻りたがっている、人として戻りたいと言っている自分がいる。

「……」

「私らが死なない為にも、死んでもらっては困ります。あまり時間は無いですが、決めることですね。どちら側で歩を進めるか……。こちら側を歩むつもりでいるならば、歓迎しましょう」

 辛うじて残った理性が、いくら日陰から日向へと行こうと手を引いていても、その道を行く選択はできないだろう。これまで行ってきた私の行いが、否定する。

 聖は自分の行いを認め、改心すればやり直しはできる言ったが、そんな都合のいいことは無いだろう。いくら見た目を綺麗に整えようが、漂ってくる香りをフローラルにしようが、血みどろの道であることには変わりない。

 私がいくら頑張ろうが、日陰から日向へとこの身を躍らせることはできない。私に残された道は一つしかなく、それを選択する以外でこの戦争を終わらせることはできないだろう。

 どうせどれだけ頑張ろうが、私は日の当たる表の人間になることはできない。何人も人を殺しているのだから、初めから天邪鬼側だ。そもそも、選ぶ権利などは無かったのだ。

「やけくそ気味に認めるのと、自身の意志で決意するのとでは、大きな違いです。でなければ、最後の最後まで走り続けることができなくなります」

 私の表情から考えている事を読み取ったのだろうか。半ばやけくそで認めようとしていた所で、その思考が停止する。

「わかってるさ、そのぐらい……」

 わかっていなかった。図星を突かれたことで、咄嗟に嘘を吐いてしまった。小さすぎる幼稚な嘘では、嘘でまみれている天邪鬼でなくても簡単に見破れることだろう。その証拠に、正邪はワザとらしくやれやれとため息を零すと、また無言に戻った。

 今はよくても、戦いに見舞われれば嫌でもその決断を下さなければならない。あれこれといろいろと考えているが、自分としては先延ばしにしたい問題なのだろう。現実逃避で別のことが頭の中を過っていく。

 先ほど戦闘を行ったあの二人。何のためにこちら側に来ようとしていたのだろうか。誰かに促され、こちら側に来ていたようだが、殺してしまったために目的がつかめない。

「……」

 薪の炎を管理する天邪鬼は、傍らに積んである細い木の枝の一本に手を伸ばした。囲炉裏の中央で燃えている木材の一部が灰となり、勢いが僅かに弱まっている篝火へと放り込んだ。

 押し黙った私と炎の調節をしている正邪の間に、狭い室内を何度も乾いた音が反響する。山彦は跳ね返るごとに徐々に弱くなっていき、最後には鼓膜で拾うことができない程の残響音となって行く。炎が揺らめく僅かな音と息遣い以外は、ほぼ無音に陥った。

「………。私はあまり知らないんだが、神妙丸と長年一緒に居たお前なら、赤蛮奇や影狼のことは知ってるか?」

 魚がジュウジュウと遠赤外線に焼かれるいい音をさせ始めた頃に、ずっと無言だった正邪に問いかけると、予想していなかった私の問いに少し考え込む。

 異次元影狼達と戦った時の事を思い出す。規模が不明の新たな第三勢力が出現したとしていいのか、私たちが交戦しているどこかの組織に所属している可能性を考えた方がいいのか。少し意見を聞いてみることにした。

 異次元影狼らと接敵した時、異次元影狼だったか赤蛮奇は、あいつらではなくあいつと言っていた。

 組織をまとめる頭がおらず、複数人の誰しもが頭になりえるような、異次元霊夢らとは違い、一人が頭として組織に所属していると思われる。

 異次元側の永遠亭や地霊殿は既に存在していない為、除外される。妙蓮寺もおそらくは除外してもいいだろう。

 異次元ナズーリンは寺の住人である妖怪が数に殺されたと言っていた。信用たる家族同然の者たちを殺すほどなのに、後に部外者を取り込むだろうか。そもそも、そんなことをする人物の元に、人が集まるとは思えない。

 鬼は異次元萃香と勇儀で牛耳っていた為、あいつという個人を指す言葉にはならないはずだ。

 どんな状況であったとしても、あの世界を十年も生き延びているような異次元影狼らを、震え上がらせられる人物でなければならない。

 野良の妖怪、妖精はまずありえないだろう。そいつらに二人を従えさせるほどの知力や、戦闘能力があるとは思えない。

 花の妖怪は異次元霊夢側に付き、あいつ、には含まれない。異次元アリスはこの手で殺した。

 あと考えられるのは、天狗や河童達だ。連中は人間と同じく縦社会で、上に立つ者はいることにはいるが、異次元影狼達を従えさせられるかは謎であり、受け入れることもするかと言われれば疑問である。

 縦社会で上下のつながりが強い分、その集団の中だけで組織をまとめたがる傾向がある。よそ者ではある二人を、部下や使い捨ての駒としても使うことは無いだろう。

 そこまで来ると、残っている人物は少なくなってくる。例えば、目の前にいる天邪鬼などが挙げられる。

「さあ…あまり関わっていなかったので、人物像までは私も詳しくは知りません。でも、針名丸が仲良くしていたのは覚えていますね」

 ある程度の人物像を知れなかったのは残念だが、こいつの言う事があまりあてにならないから、参考程度と思っていたがそれも叶わないようだ。

「そうか、仲がいいのは私も知ってたから…もしかしたら向こう側の針名丸が生きているかもしれないと思ったから、聞いてみたんだが…」

「……そうですね…関係としては、部下とか主従関係というよりは、友人という枠ではありました。こっち側では特に仲がいいだとか、そう言った事は無かったと思います」

 こちらと全く同じ性格であるとは限らない。異変の前後で豹変している人物は多いからな。しかし、少なからず以前と変わらないと思われる人物も数人いて、こちら側とあまり変わらないことから、針名丸の性格も変わらないと仮定する。

 すると、命令を下す関係ではないから針名丸が率いる第三勢力という線は、薄くなるだろうか。そう考えていると即座に否定される。

「ですが、それは彼女一人であればの話です。私程度でも博麗の巫女から逃げ延びれます。向こうの環境がどれだけ過酷かは知りませんが、おそらく向こう側の私も生き残っている事でしょう。そいつの入れ知恵があれば、分かりません」

 輝針城異変の時と同様に、表舞台には針妙丸を出しておき、裏で彼女を操っている状態であれば、頭が一人になる。異次元影狼があいつと個人を刺したのも頷ける。

「向こうの針妙丸が、あの二人を送り付けて来たのだとしたら、私としては違和感があります」

 一呼吸間をあけてから天邪鬼は続けて言った。先ほどのぽつりぽつりと話すのとは違い、饒舌に言葉を発していく。

「向こう側とこちら側でどれだけ性格に差異があるのかはわかりませんが、針妙丸は馬鹿が付くほど純粋な子ですので、誰かを送り付けて先制を取ったり、回りくどい作戦を建てる狡猾さはありません。

 元の性格が異なったり、時間の経過で変わることはあると思いますが、一方かもしくは、両方が生きている可能性は十分にあると思います」

 針妙丸が一人か、どちらも生きているか、正邪が生きているか。友人関係があちら側でも同じであるならば、助けることを条件に傘下に下ることを要求することもあるだろう。

 最初からそのつもりではいるだろうが、私はもしかしたら奴が戦争に加わりやすくする大義名分を作ってしまったのかもしれないな。

「もし、向こうの正邪が生きていた場合、こちらとしては痛手だ。状況をひっくり返すことぐらい、奴には朝飯前だからな。…同じ能力を持つ物同士、倒せる可能性が高くなる。お前が倒すことはできないか?」

「私が異変解決の手伝いをしろっていうんですか?冗談言わないでくださいよ」

 冗談ではないのだが、まともに取り合おうとしない正邪は、退屈そうな表情を浮かべたまま、魚が焼けるのを待っている。

「冗談じゃないぜ。…お前も死にたくはないんだろ?向こうの正邪は絶対に無視できる存在じゃない。この戦争を始めた向こうの霊夢を倒す確率を少しでも上げたいんなら、お前も手を貸せ」

 露骨に嫌そうな表情をするが、こちらとしても引き下がるつもりはない。それに、奴としても悪い話ではないはずだ。

「まあ、近いうちに行動はしなければと思っていましたし、いいですよ」

 嫌にあっさりと引き受けたな。もう少しごねるかと思っていた。途中で逃げるつもりじゃないだろうな。疑り深く自分を見る私の目など、慣れているのだろう。すぐに察した正邪は口を開いた。

「さすがに逃げませんよ。私だって、自分のせいで死ぬことは避けたいですからね」

 口だけでは何とでも言える。こちらとしては、正邪が逃げないという確固たる理由がほしいところだ。

 それに異変に参加して戦うだけでなく、勝利してもらわなければならない。復讐など負の感情以外で、人が自分のために何かを成しえるのには、エネルギー不足と思われる。理由が生き残るという物であれば、なおさらだ。敵前逃亡する可能性が非常に高まる恐れがある。

 紫の様に、幻想郷のためという理由があり、自分がしなかったことによる、大切な物への明確な被害があった方が、より人は突き動かされる。

 正邪にそう言った人物、もしくは物などの対象があってくれれば話は早かったが、天邪鬼の挙句にお尋ね者となれば、こいつにそんな人物はいないだろう。

 あとは、こいつが天邪鬼という存在であること関係なく、自分の命が危ういことが分からない愚か者でない事を祈るばかりだ。

 魚の表面が薄っすらと焦げ、内臓が取り出された腹部の切れ目から、熱で溶けた脂肪が滴っている。焼きが頃合いに差し掛かって来た魚の串焼きを、正邪は囲炉裏から引き抜いた。

「私以上の戦いが残っていますし、精を付けてもらわないと困りますから、食べてください」

 こいつからの品を受け取りたくないという感情が、どこからともなく湧き出てくる。だが、私はそちら側だったと思い出す。

 香ばしい香りを漂わせ、焼き立ての白い湯気を上げる魚を、一拍の間を置いて差し出された串焼きを受け取った。

 既に魚の頭にかぶりつている正邪を横目に、焦げや焼けた木材の匂いが移り込んだ魚の皮に齧り付いた。滴っていた脂が舌の上で溶けていき、弾力がありつつほろほろと崩れていく魚の身を噛み砕くごとに、旨味がにじみ出て来る。

 久方ぶりだからだろうか。簡単であるが絶品な料理に、口元が自然と綻ぶのがわかる。小骨が多いのが気になるが、空腹には適わず、骨ごと噛み砕いた。

 半分ほどまで食べ進み、空腹感がある程度失せたところで頭が働き始めた。無心で食べつつ、あったことを頭の中で整理しようとした時、ここで起きた直後のことを思い出す。

 何を見ているかはわからなかったが、正邪はかなり真剣な様子で何かを見下ろしていた。ポケットに収まるサイズで、紙のように見えた覚えがある。

 私は、正邪がみていた物がどんなものなのか、少し気になった。いつもヘラヘラし、本心がわからない奴だが、あれだけ熱の入った表情をしていれば、何か思いれがあるのだと少なからず勘ぐってしまう。

 何か有利になりえることが記されているかもしれないという、下心的な部分が強かったことは否めないが、それでも、好奇心が傾いていたのも事実だ。

 光の魔法を発動した。瞳に入射してくる光の量や来る方向を調節し、数度屈折させる。目標である正邪は座り込み、焼けた魚を食んでいるためそう難しい作業ではない。

 屈折させた光が網膜で情報として処理され、脳に映像として飛び込んでくる。ポケット内部の光景が映し出され、そこには一枚の紙が押し込まれていた。

 手のひらに乗るサイズの紙媒体となれば、それがどんな用途に使われる物なのかは、大方の予想はつく。メモや手紙などだろうと。

 しかし、それらには当てはまらない物が入っていた。メモや手紙で使うとしたら厚すぎる頑丈な紙が使用されているそれは、写真と呼ばれる代物だった。

 何の変哲もなく、人が撮ったのか、妖怪が撮ったのかもわからない。そんな平凡かそれ以下の技術で撮影された写真は、酷い画質で現像されているが、そこに映し出されている人物は簡単に見分けられた。

 短くおかっぱに近い形で切られた、薄紫色の鮮やかな髪。赤紫色の丸い大きな瞳は幼い子供を連想する。もっちりと柔らかそうな頬は緩み、真っ白な歯をこちらに見せて純粋な子供の笑みを浮かべている。和服を着ているその少女は、針妙丸で間違いないだろう。

「………?」

 ある程度のことは許容できたが、予想外過ぎる出来事に思考が追い付かない。針妙丸を使い捨てるような奴が、なぜ彼女の写真を持っているのだろうか。

「どうかしましたか?」

 私が光の魔法を使って、ポケットの中身を盗み見していることなど露知らずの正邪は、頬張っていた魚を骨ごと咀嚼し、嚥下した。口元に付いた魚の脂を手の甲で拭うと、首をかしげている私に声をかけて来る。

「いや………」

 絞り出すように返答すると、正邪は再度食事へと勤しむ。骨にかじりつき、バリバリと噛み砕いている。私も不審に思われぬよう魚の身を口に含むが、頭の中は別のことで一杯になっていた。

 なにか、自分の中で正邪に対して生じた矛盾を解決しようとしているが、自分で考えてどうにかなるものではない。頭の上で浮かんでいる疑問符が、空気を注入され続ける風船よろしく、膨れ上がっているのを少なからず感じる。

 気のせいだったらそれでいいが、気のせいであることを確認しなければならず、私は正邪へと質問を投げかけることにした。

「正邪…そう言えば、使い捨ての駒みたいに扱ってた割には、針妙丸のこと随分と詳しいみたいだな」

「騙す側として、標的の性格を知ることはとても重要です。知れば知る程、騙すことが容易になりますから」

 ククッと喉を鳴らして笑い、誇らしげに持論を述べる。写真を見る前だったら殴りかかったかもしれないが、今はそれも情報として自分の中に取り入れた。

「騙して申し訳なかったとか、考え直したことはあるか?」

「全く、微塵もそんなことを考え直したことなどありませんが?」

 当たり前なことを言わないでください。そう言いたげに目を細めて雰囲気を漂わせると、淡々と言い放つ。

「じゃあ……なんで針妙丸の写真をあんなに眺めてたんだ?」

 正邪が提示する返答と、行動の矛盾について尋ねると、魚にかじりつこうとした彼女の表情が固まり、一瞬だけ動きが止まる。

 会話の流れから、次に来る私の回答を何通りか予想していただろう。だが、その斜め上を行く事を言い出したことで、正邪の思考がわずかに鈍り、返答に遅れる。

 いつものペースから乱された彼女が、見せた遅れや固まった表情は、先ほどの否定が嘘であることを肯定したような物だ。図星を突かれたと言ったところか。

 そして、針妙丸に対しての否定的な言葉が、嘘であったことが証明されたという事は、私たちの正邪に対する認識も、誤っている可能性が非常に高まって来る。

「………異変の時に見せた、絶望する表情を思い出すためにですよ」

 今になっては、苦し紛れの言い訳にしか聞こえないが、なぜここまで自信をもって言い訳だと言い切れるのか。正邪がこれを見越しての演技をしているか、私を欺いている可能性もある。

 しかし、覚醒直後に彼女を見た時、真剣な顔つきであの写真を見ていた。一人でいる時まで、天邪鬼でいる必要はない。性で常に誰かを騙しているとしても、その対象が居ないのであればなおさらだろう。

「そうであったのなら、なんであんなに真剣に大事そうに見てたんだよ。楽しい思い出を振り返っているなら、嗤う所だぜ」

 私を見ていた彼女の瞳孔が散大する。驚いているのだろう。自分が今まで隠していた部分を覗かれるという初めての経験に。

「見ていたんですか…。良い趣味してますね」

 表情は変えないだけでもあっぱれだが、自分で調節できない部分に答えが明確に浮き出ている。

「ああ、褒め言葉として受け取っとくぜ」

 皮肉を軽く受け流し、顔を俯かせていく正邪を見下ろした。私は今まで考えもしておらず、そこまで思考が至っていなかったが、彼女が偽りに塗り替えた輝針城異変の事実へと大きく一歩を踏み出した。

 これを誰かに言ったら、馬鹿にされるかもしれない。天邪鬼があり得ないと。しかし、今の私は確信をもって言える。

 正邪は、針妙丸を助けるために裏切った。

 




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