東方繋華傷   作:albtraum

143 / 203
自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百四十三話をお楽しみください!!


東方繋華傷 第百四十三話 氷解

 可燃物である木が燃焼現象によって酸素と反応する。光と熱を激しく放出する発熱反応は、木の内部に残った水分を蒸発させ、時折乾いた破裂音を生じさせた。

 本日は木々をなびかせるほどの風は流れていないらしく、木々が揺らめくざわついた物音が周からはしない。あまりにも静かで、周囲には何もない一軒家にでもいるようだ。

 立て付けの悪そうなドア、木の板で雑に塞がれた窓の隙間から、我々がいる家の周りが森など自然が豊かに群生している場所であることを証明する、うっそうと茂る木々が覗いている。

 薪が段々と燃え尽きてきたようだ。正邪が生活するうえで、必要最低限の荷物しか置かれていない部屋の中を照らす炎が揺らめき、勢いが弱まっていく。

 そんな気にもとめられない些細なことが起こっている囲炉裏を挟み、頭部から二本のツノが生える正邪と私は睨み合っていた。

 どちらの手にも半分ほど食べられ、背骨や中骨がむき出しとなっている魚の丸焼きが握られている。彼女が食べ始めようとしないのは、隠し通さなければならない事があり、私はひた隠しにされてきた真実を暴こうとしているからだ。

 初めはのぞき見をするつもりはなかったが、それのおかげで正邪が逃げずに、異次元正邪と戦うと確信できる理由を得られるかもしれない。

「写真を見る用途は一つとは限らないではないですか。私をこのような状況へ陥らせた針妙丸に対して、憎しみを募らせている可能性だってあります」

「それならなんでそんなにきれいに残ってるんだ?傷もなければ皺もない。だいぶ大切に使ってるんだな」

 憎しみや怒りを向けているのであれば、苛立ちで握り潰したり引き裂いていても不思議ではなく、写真が残っていること自体でそれが嘘だとわかる。

「最近の紙は頑丈ですからね。多少雑な扱いをしても形は綺麗に残ります」

「適当なことを抜かすな、限度ってものがあるだろ。雑な扱いをしてるくせに、色あせてもなければ、辺縁がボロボロにもなっていない。憎しみの対象であるなら、そこまで大事にするなんてありえないだろ」

 見たままの感想を述べると、彼女は口を噤んだ。それをしてしまえば、自分が図星を突かれていると大々的に表現しているのと相違なく、正邪はすぐに抗弁を垂れ様とする。

 開かれた口から言語が発せられることは無い。否定して嘘で塗り固めようとしても、安い嘘では今の私を言いくるめることができないことを理解しているのだ。

 嘘を付いても騙しきれない理由など、一つしかない。騙そうとしている目標が、嘘を嘘と言える理由を持っているからだ。

 行動による本心は、いくら塗り替えることができる言葉の嘘でも染めることはできない。本心である部分を見られてしまっていればなおさらだ。

「……」

 しかし、なぜこんなに奴は針妙丸との関係性を否定したがるのか。それを考えるのには、輝針城異変まで時間を戻らせる必要がある。

 輝針城異変では異変が解決されようとした時、正邪は針妙丸を裏切り、切り捨てた。以前であれば、針妙丸の絶望する顔がみたかったから出て来たのかと思ったが、今では不自然に思える。

 使い捨てる程度のどうでもいい人物であるならば、自分の中でどのような顔をするのかの想像を膨らませるだけで終わるだろう。

 自分の悪名が知れ渡るリスクを負ってまで、わざわざ出てくる理由としては少し弱い。小賢しく頭の回る正邪であれば裏切ったと宣言するよりも、彼女を中心に異変を起こしていたとしていた方が都合はいいはずだ。

 いくら正邪が主犯格と言っても、打ち出の小槌を使えるのは小人だけだ。正邪が特に罰せられるということは無いと思われる。口達者な正邪のことだ、針妙丸が何を言おうが、上手く言い逃れるだろう。

 そうして、自分が居た形跡など残さず煙のように消え、罪を着せることに確実に成功したはずだ。そうしなかったのは、自分が私たちの前に出て行かなければならないだけの理由がある。

 私の考えが正しければ、彼女は、彼女なりに考えた。そして、彼女なりのやり方で針妙丸の信用や地位を見事に守り切った。天邪鬼という種族を逆手にって。

 馬鹿が付くほどの正直者であれば、裏に自分がいることを軽く仄めかすだけで、針妙丸を被害者にできる。うまいやり方だ。

 そして、正邪はそれを守り続けるために、嘘を付き続けているのだ。解せないのは、なぜそんなに回りくどいやり方をしたのかだ。こんな自分を陥れるようなことをせずとも、異変の解決後も針妙丸と一緒にいることはできただろう。

 無駄な選択に思われるが、異変を解決する側であった私と異変を起こす側である正邪で考え方が異なる。その時の状況から、そうせざるを得なかったのだろう。

 正邪の言葉を思い出す。悪であるならば悪に、正義であるならば正義に心を置かなければ、最後の最後まで走り切れないか。今ならその言葉も、重みが変わって来る。

 大した奴だ。前回の異変から随分と時間が経過している。その間に助ける対象者に恨まれようが、憎まれようが、未だに走り続けている。悪に居続ける正邪の覚悟があり、針妙丸に対する思いれがある。

 それだけ針妙丸を慕っているのであれば、それに危険を及ぼそうとする異次元の連中は、排除の対象となるだろう。異次元正邪は正邪に任せておける。

「正邪よ。お前も大概に不器用な奴だな」

「不器用?私がですか?」

 私が魚を食みながら呟くと正邪がじろりと睨んでくるが、無視して囲炉裏の弱まった炎に目を落とした。

「ああ、こんな両方が笑えないやり方しかできなかったお前にぴったりだぜ」

「何を言っているんですか?意味の分からない事を言わないでください。私が針妙丸を裏切ったのは自分のためですよ。それに、写真をボロボロにしなかったことだって、私が恨みを忘れない為に自制を効かせていただけです」

 どうやら私がいるうちは、針妙丸との関係をひた隠しにするつもりらしい。私にそれをしても意味がないため、右から左へと聞き流す。

「意味なら正邪が一番わかってるだろ?自分に嘘は付けないぜ。……お前言ったよな?似た境遇の者同士で助け合おうって」

 多少の違いはあるが、霊夢らから逃げることになり、敵対している彼女たちのために戦うという点では共通する。

「口から出まかせに決まってるじゃないですか。嘘と本当が分からなくなったようですね?」

 正邪は鼻で笑って私のいう事を小ばかにするが、否定的なタイでも、天邪鬼である彼女が本心で協力しようと言っていたという裏付けとなる。

「そうやって揺さぶりをかけてる時点で、必死に体裁を取り繕うとしているのがわかるぜ」

「そんなのお前の思考回路では、ですよね?それを私に当てはめないでください」

 やっぱりこいつは不器用な奴だ。針妙丸の話が絡んだ途端に口数が増えている。ムキになり、嘘を付くことすらも忘れている。

「はいはい、そんなことはどうでもいい。向こうの正邪と戦ってくれれば文句はないぜ」

 串に刺さっていた魚を食い切り、可食部ではないヒレや背骨を薪の中へと放り込んだ。高温に晒された有機物は、みるみるうちに真っ黒に変色していく。

「……まあ、そこについては利害が一致しますからね」

「そうだな…。とりあえず、向こうの正邪はお前に任せる………。それと、正直にならないと針妙丸に嫌われちまうぜ?」

 正邪が何かを言おうと口を開くが、何かを言われる前に囲炉裏の木枠に串を置き、立ち上がった。

「ごちそうさん」

 針妙丸が住む輝針城へ、異変が終わった後に何度か足を運んだことがある。酷い裏切られ方をしていたため、大丈夫かどうかの様子見だった。アポを取ることなどできず、半分は忍び込む形だったが、たまたま入ってしまった部屋を思い出す。

 綺麗に整理されているというか、質素で生活感があまりない部屋。必要最低限の家具が並んでいた。日用品のサイズや室内の面積は小人が扱うとしたら大きすぎ、私たちの様な普通の人間が生活するのにはちょうどいい物だった。

 小人が住むのにはぴったりな針妙丸の部屋には、整理されて物が溢れているわけではなかった。であるため、先の広い部屋が物置代わりやサブの部屋として使うのはあまり考えられない。

 だからと言って客間であるという大きさでもなければ、客をもてなすレイアウトでもなかった。

 異変から数か月経過している段階で、数度そこに訪れたが、いつ行っても部屋には埃が積もっていることは無かった。針妙丸の部屋とそこ以外にある数多くの個室には、掃除された形跡すらなかったというのに。

 輝針城に行っていた当時は、針妙丸が使っているのだと思っていたが、あそこはおそらく正邪が使っていた部屋だったのだろう。

 机の上にはいつも写真建てが置かれたままだったのを思い出す。丁度、正邪が持っている写真が収まりそうなサイズだったはずだ。

 なぜ写真立てだけが残っているのか疑問だった覚えがあり、部屋の間取り以上に鮮明に覚えている。

 なぜ使っていないくせに掃除し、清潔さを保っているのか。針妙丸は待っているのだろう、正邪が帰って来るのを。

 嘘つきな天邪鬼になぜそれほどまでに思い入れがあるのかはわからないが、彼女なりに何かあるのは明白だ。でなければ、裏切った正邪に一緒に投降しようと持ち掛けることは無いはずだ。

 正邪は針妙丸のためを思い、針妙丸は正邪のためを思った。その結果が輝針城異変の最後を飾った。正邪は全ての罪を被って逃走者となり、針妙丸は帰って来ることのない天邪鬼を待つ待ち人となった。

 二人の内情を利用するようで悪いが、正邪にも帰ってこなければならない理由が出来れば、戦い方が変わり、勝率も変わってくることだろう。

「任せたぜ」

 

 程なくし、魔女が居なくなった一室で写真を見下ろす天邪鬼は、映る少女を愛おしそうに眺めた。

 

 

「…くそっ!!」

 他の者たちが周りにいる中で、天邪鬼に対する鬱憤を吐き出した。あのバカ、事の重大さがわかっていない。あの魔女は確実に重要な情報源に為り得え、立ち位置も変わった可能性がある。

 パチュリーが一本のナイフから解析した、魔力を特殊な扱いをできる彼女を引き入れることができたら、どれだけの戦力になった事か。損失は計り知れない。

 逃げ回る正邪を追い、数度お祓い棒による打撃を与えた。ひっくり返され、そのどの攻撃も奴を致命傷に至らせることができなかった。

 弱い自分に腹が立ち、歯噛みが止まらない。お祓い棒を持つ手に力がこもり、砕けてしまいそうな、軋む音が生ずる。

「れ、霊夢さん」

 私の気迫に押されてか、恐る恐る天狗が後ろから声をかけて来る。声が震えている様子からそれが如実に出ている。自分のミスだというのに、他の者に気を使わせてしまい、申し訳が無くなった。

「…大丈夫、申し訳なかったわね…」

 振り返り、声をかけて来た女性の天狗に謝罪をしようとするが、こちらを見ている彼女の目や表情が、私の苛立ちに対する恐怖や不安でない事を感じる。

 この先どうすればいいのかわからない。歩むはずだった航路が消え、行く手を阻まれた天狗は、打開策が消失したことに対する恐怖を募らせたのだ。

 自分や家族、恋人が異次元霊夢らに殺される光景が脳裏をよぎったのか、彼女が握る得物の先端が小刻みに揺れている。

 恐怖は伝搬する。人間よりも遥かに回転の速い脳でそれを察し、士気が大幅に削がれる前に、手はまだあることを示さなければならない。

「…急いで妙蓮寺まで戻るわよ!…魔女はあれだけの怪我を負ったから、しばらくは動けないはず。そのうちに準備を整えて他の連中がこっちに入って来る前に、太陽の畑の守りを固めて、侵入者を各個撃破するわ」

 咄嗟に次の指令を出したことで、恐怖が別の感情で希釈され、塗りつぶされる。緊急性を高め、他のことに頭を回らなくさせる。

 だが、これは長くはもたない。賢い彼女たちはそのうち気が付いてくることだろう。狭い箱庭である幻想郷では、太陽の畑にあるスキマの亀裂周辺が最初で最後の防衛ラインだ。そこを総動員で守らなければならない状況など、最終手段であることに。

「戻る必要はないわ」

 私の後方には誰も居なかったはずだが、追跡で息をあら上げている天狗達の気配に勝る、落ち着いた声が聞こえてくる。

 十数年の付き合いがある私は、突発的に現れる彼女の口調や声色に慣れてしまっている。特に驚くこともなく後ろを振り返ると、スキマから歩み出て来た紫が立っている。日陰の中でもさしている傘を閉じることは無い。

 いきなり出現した紫に対し、得物を構えようとする白狼天狗や鴉天狗がいたが、匂いや容姿からこちら側の人間であることをわかり、肩を落として警戒を解いていく。

「けが人は全員永遠亭に送ったから、霊夢の言う通りに動ける者は、一度準備を整えてから太陽の畑に集まるわよ。向こうとこっちの世界では時間の流れが違って、向こうの方が速いわ。移動は全てスキマで行うわ」

 彼女の後方で、縦に置かれたラグビーボール状の形をしている開いたスキマが、音を立てずにゆっくりと閉じていく。一度特定の場所につなげているスキマを、新たに別の場所へと接続させるには、能力を解除して再度つなげ直さなければならない。

 今度は紫の隣に、彼女が通って来たのと同様の大きさがあるスキマが開かれた。つながっている先から入って来る光が、網膜に景色を映し出す。

「二十分後に迎えに行くから、それまでに準備して置いて」

 ここに居るのは天狗達だけであるため、大した時間はかからないだろう。だが、他にも河童達や聖たち、鬼の輸送もある。後の者たちがつっかえないよう、早足にそのスキマを潜った。

 薄暗い森の中から明るい庭先に出てくると、その眩しさに目を細めた。凶悪的なその日差しの強さに、目の奥がジクりと痛む。お祓い棒を握っていない反対の手で、頭上から降り注いでいる日光を遮り、眩暈を感じる鮮烈な光を緩和する。

 ほんの数時間程度だが、向こうの異常な世界に居た。常に気が張り詰められた状態で、こちらに戻ってきたとしても、息をつく暇もなく魔女と天邪鬼を追っていた。

 買い物や他の異変の時には、もっと神社を開けたこともあったというのに、今は数日ぶりに帰って来たと感じるほどに、時間が経過しているように感じた。

 肩から力が抜け、安堵の息が漏れる。神社の見慣れた景色を見て、ようやくこちら側に帰ってこれたと実感した。重たい鉛などで作成された金属の足かせを、足首に括り付けられたように遅い足取りで自宅へと向かう。

 二十分も時間があれば、戦闘の準備などすぐに済ませられるが、これからどれだけの時間戦いが続くかわからない。休みは、休めるうちに取っておくとしよう。

 縁側に寄りかかり、靴を脱いで体を持ち上げた。重い体を引きずって自室へと向かう。締め切られた障子を横にスライドして開き、部屋の中へと足を運んだ。

 自分の家の匂いというのは感じにくい物であるが、数時間もの間、家とはかけ離れた場所の空気を吸っていたからだろう。ピンとこないが、外とはまた違った匂いを鼻腔が嗅ぎ取った。

 誰だったかは覚えていないが、よくここに来る人物には、私の匂いがすると言われた覚えがある。今感じているのが私自身の匂いなのか、それとも家特有の匂いなのかはわからないが、すぐに慣れて感じることも無くなるだろう。

 消費した札や妖怪退治用の針を補充しなければならず、それが保管してあるはずのタンスへと向かう。

 上半分は観音開きの扉で、下半分が引き出しとなっている。札や針は引き出しの中に入っている。取っ手を握って手前に引くと、棚の内部には数百枚はありそうな、作り置きされている札が重ねておいてある。赤いインクで呪文が書き記された紙を、今までの異変ならば持って行かない量を持ち出した。

 同じ棚の中に、三十センチは長さがある針が置かれている。異変が始まった辺りから長期戦を見越し、普段はやらないが手入れをしておいてよかった。綺麗に磨き上げられた針を、持てるだけ袖の中などに仕舞い込もうとするが、思い出す。

 向こうとこちらで季節に大した差はなく、数度に渡る戦闘でかなり汗をかいている。今からお風呂に入ることはできないが、せめて着替えておくか。

 巫女装束は観音開きの扉の中に入っている。引き出しを押し戻し、今度は上の扉に手を伸ばし、取っ手を手前に引いた。

 立て付けの悪い金属の擦れる音を響かせながら、木の扉が開いた。以前開けた時と変わらず、きっちりと畳まれた巫女服が数着並んでいる。

 そのうちの一枚に手を伸ばし、取り出した。他の洋服が重なっていたのを強引に取り出したせいで、巫女服の上に半分重なっていた白と黒の布でできた服が床に落ちてしまう。

 これからすぐに出るわけで、そのまま放置してもよかったが、特に理由もなく自然と私はその服に手を伸ばして拾い上げていた。

「…?」

 こんな服を持っていただろうか。落ちてくしゃくしゃになってしまい、全体像がつかめない服を片手に首をひねる。服から漂って来る匂いも、どことなく自分が身に着けている服とは違う、懐かしい香りがする。

 お祓い棒を傍らに置き、両手で見覚えのない服を広げると、その服の特徴を目や脳がしっかりととらえた。最初は理解ができず、数秒間もの長い間その服を眺め続けていた。

「…へ………?」

 私が行った行動は、ほぼ反射に近い。困惑という意味を最大限に含む吐息が、自然と口から漏れた。何度も瞬きをして視覚を一時的に遮断しても、手に持っている洋服が無くなったり、見間違いで別の物になっていることは無い。

 衣装タンスの中に綺麗にきちんと畳み込まれていたのは、何度も接敵し、その度に逃がしてしまっていたあの魔女の服だった。

 会うたびにボロボロで、新品の様に綺麗な状態で見たことはほとんどなかったが、特徴的な白と黒が主体で作り上げられた服は、紛れもなくあの女性が来ていた服で間違いない。

 これ以上ない程の驚愕が精神を支配した後は、落ち着きを取り戻しつつある脳が、驚きを生み出す原因となった根源に対しての疑問を浮かばせる。

 なぜだ。なんでこんなところから、彼女の服が出て来たのだろうか。咲夜と早苗を殺したとされる魔女を部屋の中へ侵入を許した覚えはなく、ありえないと断言出来た。

 私が家を空けたのは、異次元霊夢らがこちらの世界へと入り込んできた時と、向こうに出向いた時だ。それ以外では、こちら側に居続けるあの魔女を追跡している時だ。

 奴らと戦っている時に、魔女がこの神社へと入り込んだ可能性は考えにくい。奴らが来る時には必ず彼女も大きく動いていた。

 向こうの世界に行っていた時も、私たちが紅魔館につく前からあの魔女はあそこに居た。仮にこちらの攪乱目的で工作行為を行ってから向こうの紅魔館に向かったとしても、我々よりも先につくことは難しいだろう。

 途中で進行の経路を変えたとはいえ、ほぼ一直線に紅魔館へと向かっていた。戦闘が何度かあったが、大した時間は戦っていない。魔女が私たちに見つからないように大回りで森の中を進み、紅魔館で戦っていたとすると、時間が足りないように思える。

「……」

 よくよく思い返すと何時だったかは定かではないが、前回ここのタンスを開けた時に、既にこの服はあった筈だ。

 その時にもほとんど神社から出ておらず、ここに侵入する隙はなかったはずだった。あの魔女と最初に遭遇したのは、異次元霊夢と二度目接敵した時だった。奴は、何時からそこに居たのかわからない程、気が付くと目の前に立っていた。

 意表を突かれ、とっさの反応が遅れた。彼女に敵意を向けようとすると同時に、何か背中がスースーとする寂しさを強烈に感じたことを思い出す。

 何か、嫌な予感がする。これまでに何度もあの魔女に対して思い浮かんだ感情や、何かが足りない喪失感。異次元霊夢が現れる前に感じたことは無く、出現してからも人肌が恋しくなる寂しさを知覚することは無かった。

 何かが、足りない。しかし、所持している物や世界で起こる現象が対象になっているわけではない。この寂しさは、もっと限定的に特定の個人を指している。誰かが足りない。

 肌だけではなく、感覚的にこれを自覚するようになったのは最近だった。思い返せば、あの魔女が目の前に現れた時を境に、それらの感情が芽生えるようになった。

 今まではずっと気のせいだと思い込んでいたが、神社に侵入された覚えもなければ、私が他の誰かから譲り受けた覚えもない。それなのにあるはずのない物が置いてあるのは、私が知り得ない所で持ち込まれた。

 記憶を探っているうちに、段々と有用な情報を思い出してきた。向こうの世界に行く前、準備を整えている段階で、すでに魔女の服はタンスの中に入っていた事が記憶の引き出しから引き出せた。

「……」

 二度目の襲撃以降、向こうの世界に入る直前まで武器の補充はしていなかったため、何時から入っているかは気が付けなかった。その間に魔女は重体で永遠亭に送られており、タンスの中にこの服を仕込むのは不可能だ。

 二度目の襲撃時、異次元霊夢と戦っている間に仕込んだとしても、なぜわざわざそれをやってから私の前に現れる必要があるのか。疑問である。自分を敵ではないと見せるのには、もっと違うやり方があった筈だ。

 自分の服を私のタンスの中にいれれば確かに疑問は生じるが、攪乱のためだろうとすぐにバレる。工作が工作と見破られては意味がない。どんなに頭を捻っても、我々をかく乱する以外に目的が思い浮かばないが、一番可能性がありそうな攪乱でさえ、無意味な行為だ。

「…」

 そもそも、これ自体に意味などないのかもしれない。顎に手を当てて考え込んでいる私は、別の視点から思考を巡らせる。

 しかし、意味がないとなると、なぜここなのかという矛盾が生じる。ここに元から置いてあってもおかしくなかったなど、ありえるだろうか。

 例えで上げるとするならば、彼女の服が私のタンスの中に、入っていてもおかしくない間柄だったとか。そんなバカげた考えが浮かぶが、なぜだか妙にしっくりくる。

 誰もこの神社に泊まりに来ていないというのに、布団が自分のモノとは別に出ていたことや、見覚えのない歯ブラシが洗面台に置いてあったことが、彼女を知らない仲ではなかったことを顕著にする。

 他の者の可能性も捨てきれないというのに、私はそれしか考えることができなくなっていた。初めてあの魔女と接敵した次の日、神社に現れたあの子の顔は、今でも忘れない。弱々しく泣き出しそうな、迷子にあった少女の様だった。

 十分の休みでお茶でも飲むつもりだったが、そんなことはとうの昔に頭から抜け落ちている。体は自然と、名前も知らぬ彼女の存在を探し集めるために動き出していた。

 自室はそう広い部屋ではない。人物一人の痕跡を探し出すのに、対して時間はいらなかった。普段は全く使わないアルバムに手を伸ばし、開くとそこには探していた女性が映っていた。

「…っ…!」

 服装や人相、髪型そして手の傷からあの魔女であることが確実となる。屈託のない笑顔で、傷のある手とは逆の手でピースを作り、私と一緒に写真に写っている。

 当然ながら私は魔女が現れてから、こんな写真を一緒に取る程に仲が良くなる間柄ではない。そこの短い期間なら。それよりも以前であれば、話は別だ。

 適当なページを開いたため、随分と昔の写真が出て来た。私も、彼女も、垢ぬける前の幼さが残り、今回の異変よりも数年前に撮影された物だと推測で来た。

 彼女が一人で映っている物もあれば、私と映っている物、咲夜たちを含めて三人や四人で映っている物もある。どの写真でも純粋な笑顔をこちらに向け、人を殺したりするようには見えない。

 というか、殺していないのだろう。咲夜も、早苗も。それは仲がよさそうに見えるこの写真から簡単にわかる。

 自分の中の違和感や疑問が解消されていくと、彼女に対する不信感や敵意が消えて行き、負の感情に埋もれていた別な感情が沸き上がって来る。魔女に対する煩悶だ。

 彼女はずっと私たちを、一人で守ろうとしていたのだ。奴らから痛めつけられようが、私達から痛めつけられようが、関係なく。そんなことに気が付かず、私たちは何をしてやれただろうか。

 誰かわかっていなかったが、私を助ける形で異次元早苗を狙撃したのも、異次元妖夢をあと一歩のところまで叩きのめしたのも彼女だ。そんな魔女を我々は敵だと罵り、あまつさえ攻撃を加えた。これ以上に、あの子の気持ちを無碍にしていた残酷な行為などあるだろうか。

「……っ…」

 敵を逃がした時には、自分の不甲斐なさに頭に来た。だが、今回はそんなものではない。呆れてものも言えず、自分に恨みに近い感情さえも抱いた。アルバムを握る手が怒りで振るえる。

 もう、疑う余地はない。これだけの精度で偽造など、簡単にできるものではない。たとえできたとしても、一枚か二枚がせいぜいだ。写真の色あせ具合、映っている人物の角度もまったくと言っていいほどに違和感が無い。

 魔力で偽造されているとするならば、魔力の流れを感じるはずだが、そんなものは写真から感じ取れない。

 そして何より、この写真が本物であると確信できたのは、撮影のされ方だ。一人で映っているのであれば、私は中央にいるはずだが、この画像ではきちんと魔女と私の間に中央が寄せられている。確実に彼女が私の横に居たと考えられた。

 他の人物の上に魔女の姿を重ね、偽造した可能性は先の理由から無い。映っている人物らの立ち位置も、付け足しのない自然体である。

 これは偽造された写真ではなく、本物で、実際に庭先や縁側であの魔女と私が撮影された物だと確信した。さっきは、写真を撮られた覚えがないと言ったが、厳密に言えば、撮影自体は行ったことは覚えている。彼女と撮った覚えがないのだ。

 その時のことを思い出そうとすると、曇りがかかったように隣に座っていた人物のことを思い出すことができない。しかし、その記憶をあざ笑う古い写真は、真実を記している。

 敵だと思っていたあの魔女は、こちら側の人間だったのか。彼女を追跡する際に浮かんでいた疑問が解消されていく。逃げるだけで、なぜ戦わないのか。戦わないのではなく、戦えなかったのだ。

 アルバムの過去から最近に向け、ページを捲っていく。一番新しい写真は記載されている日付から、数か月前の物だとわかった。

 二人で映っているのには変わらないが、昔と違う点が一つだけあった。数多くの写真を眺めていて、予感はしていたが確信に変わる。

 私と、魔女の距離感が少しずつ、少しずつだが縮まているのだ。彼女は私を含め、他の者と一緒に撮影されている時も笑っているが、二人だけで撮っている時は大人数の時と表情が違った。

 パッと見てもあまり変わらないのだが、なぜだか今の私はその微妙な違いを見分けることができた。客観的に見ても、魔女が私に他人とは違う感情を私に抱いているのが写真越しにも伝わって来る。それは、現像された画像に映っている私にも言えた事だった。

 ここまでわかれば、理由など必要なくなる。私は、あの魔女のところに行かなければならない。一緒に、隣に立って、戦わなければならない。

 紫は、二十分後に来ると言っていた。時計を確認すると、服を見つけてからまだ五分と時間は経っておらず、その待ち時間が煩わしい。焦りだけが募り、さっさと出立したい。

 紙と鉛筆を神社の中から足早にかき集め、紫にすぐに出発したことをメッセージとして残した。写真をアルバムから抜き取り、居ても立っても居られなくなった私は、博麗神社を後にした。

 




次の投稿は11/21の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。