それでもええで!
という方のみ第百四十六話をお楽しみください!
暴風、台風、竜巻。地震や噴火。町や国を揺るがす天候変動や、地形を破壊するような災害を提示しても、体長がたった三メートル程度の化け物を上回るものはないだろう。
外の世界に存在する、数十キロの町を爆発で薙ぎ払い、放射能で数百キロの領土がある国を、汚染する兵器があるらしい。一度に何万人、何百万人もの人間を瞬く間のうちに死に至らしめ、恒久的な苦しみを与える核兵器でさえ、この化け物を上回ることはない。
奴が地面を踏みしめるごとに発生する地鳴りは、異次元霊夢らの残っている短い命がさらに短くなることを示す、さながらカウントダウンだ。
ズシン、ズシンと、重い歩みを止めることの無い化け物は、戦車や装甲車などと例えてもそんなものでは形容できず、見合っていない。
現代に存在するどんな武器も、兵器も奴の前では鉄くずと変わらず、無力な存在だ。それを戦闘の開始直後数秒で、嫌というほどに思い知らされることとなる。
守矢の巫女があらゆるものに干渉する程度の能力で化け物へと接近し、お祓い棒を叩き込む。異次元妖夢の斬撃を弾き、叩き折って見せた化け物が嘘のように打撃をその身に受ける。化け物の頭や腕が大きく陥没し、白い液体を激しく飛び散らせた。
中身を飛び散らせ、致命傷になりえそうなダメージを与えられても、今までと同様に化け物の傷は瞬時に修復してしまう。ゴボッと体液が溢れて露出した中身と混ざり合うと、陶器に似たのっぺりとした皮膚に覆われる。
そこらの妖怪でも当たれば全身の骨が粉砕し、ズタズタに体を引き裂かれそうな拳が異次元早苗に向かう。あらゆるものに干渉する物の中には、化け物も含まれているようだ。
拳が直撃する直前に、握られた拳が溶鉱炉で溶ける金属の如く溶解する。干渉受けた化け物の腕は当たることなく通過し、巫女とメイドの追撃を許す。
メイドが時を停止させて化け物に一気に接近し、手の平よりも大きい真っ赤な眼球へと、両手に持った銀ナイフを抉りこませた。
異次元妖夢の観楼剣を折った時に見せた、あの強度がなくなっている。強力な魔力の流れを感じた時にしかやらないのか、それとも一度使うとそう何度も使うことができないのかはわからないが、全力で動けるうちに蹴りをつけなければならない。
メイドが続けて化け物の全身を高速で移動しながら切り裂き、異次元早苗がお祓い棒を化け物の顔面へと叩き込む。一度目以上に打撃に力を加えたようで、頭部が後方へと大きく仰け反り、地面へと倒れこみそうになる。
そこに一気に畳みかけようとするが、後ろへ傾いていく化け物の体が流動化して手や脚、尻尾、頭の境界が曖昧になっていく。
倒れこむのに持ち上がっていた片足と、後方に傾いていた頭が腕へ。尻尾と地面に残っていた足が足として。腕が頭となり、尾となる。
時間にすれば一秒にも満たない短時間で、崩れていた姿勢が攻撃体勢へと移り変わる。倒れていく段階で、追撃をしようとしていた異次元早苗に向け、拳が振り抜かれる。
先と同じ光景に、異次元早苗はそんなもの食らうかと余裕の笑みを浮かべるが、表情を顔に貼り付けたまま、後方に吹き飛ぶことになった。
血反吐を吐き、上から振り下ろされた攻撃によってすぐに地面に叩きつけられる。この程度で収まるはずがないのは、異次元妖夢の時にわかっていることだ。
勾配な角度で地面に衝突した異次元早苗は、巨大なドリルを兼ね備えた掘削機だ。土砂をまき散らし、十メートルは深さがありそうな大穴を穿った。
まき散らされる土や石に埋もれぬよう、異次元霊夢は大きく後方へと回避する。穴の最下層には異次元早苗がいるのだろうが、石や土に埋もれて姿が見えない。
彼女はこの十年間、第二の能力で悠々と戦ってきた。そのせいで以前よりも、非常に打たれ弱くなっている。生存はかなり絶望的に思える。
空中にいた異次元咲夜が、化け物の追撃を食らう前に退避を図る。空中に逃げようとしたメイドに化け物は腕を伸ばすが、時を止めたらしく、掴み取る寸前に姿が消えた。
中空を巨大な手が掴むと、メイドがいた位置に残っていた複数の銀ナイフが化け物の手に突き刺さる。指や手の甲を貫通しており、手を見下ろしていた奴は、恨めしそうに異次元咲夜を睨みつけながら低い顫動音を鳴らす。
手や頭に刺さっていた銀ナイフが、ズブリと化け物の体の中に溶け込んでいく。重心をわずかに下げると、距離を離れた位置に出現したメイドへと向かって走り出す。
花の妖怪が蔓を伸ばし、走り出した化け物の正面に大量の花の化け物を生み出すが、足止めにもならず蹴散らされた。20メートルは距離があったはずだが、たった数歩で到達すると、手の形状を五本の指から巨大な刃渡りが十メートルにもなる刀へと変形させる。
体の体積を減らすことなく、質量保存の法則を無視してどこからともなく湧いて出てきた液体が手を覆い、人間を切り裂くのには無駄すぎるほどに大きな刀身を作り出す。
一見したところ、そこまで切れ味があるようには見えないが、刃先が花の化け物に触れた途端にスッパリと切断された。観楼剣に匹敵する切れ味を秘めているらしい。
花を踏みつぶし、蹴り飛ばしてメイドの元へ到達した化け物は、地面が陥没するほどの脚力で踏ん張り、横に刀を薙ぎ払った。
風圧だけで異次元咲夜がいた位置から、後方数百メートルに渡って地面がむき出しになり、一部は抉り取られて吹き飛んでいく。そこにメイドの切り裂かれた姿はない。
再度時を止め、先の斬撃から逃げおおせたようだ。今の攻撃で倒壊し、山となっている瓦礫の上に立って銀ナイフを手元で弄んでいる。
今度はメイドの方が攻撃に移ろうとしたとき、化け物の体に異変が生じる。全身に張り巡らせられている稲妻状の模様が、項から左手の部分にかけて淡青色に淡く輝き出した。
項の中枢側から指先の抹消に向かって光は進んでいき、稲妻状の模様から漏れる光が指先まで到達すると、ここにいる人間全員の魔力を掛け合わせても、化け物が発生させる魔力量に到達することはない。
量もさることながら、質も今まで戦ってきたどの巫女、妖怪を大きく上回り世界が、次元が違うことを痛感する。手のひらを上に向け、胸の前で掲げる化け物の手に、青白い炎が出現する。
大きさは、ボーリングの玉や大きいスイカ程度はありそうだ。炎だと思っていたその球体はただの魔力の塊で、大きく揺らめいて炎のように見えていた。
レーザーでも撃つつもりなのだろうか。あれだけの魔力が込められていたら、どれだけの範囲を薙ぎ払えるかわからない。大量の札を取り出して防御の体勢を整えようとしていると、化け物がその球体を握り潰した。
固まっていた魔力が破壊されたことで、一気に空気中へと拡散する。個体から気体へと物質が変わっていくと、その体積は数倍、数十倍に膨れ上がる。それが様々なプログラムされた魔力であれば、拡散率はさらに上がるだろう。
化け物が潰した魔力の球体を中心に、魔力が全方位に広がっていく。魔力が幻想郷の隅々にまで瞬時に行き届いたと言えば、その速度が天狗の比ではないことが容易にわかるはずだ。
そこから何が起こるのか。様子を伺おうとしていた異次元霊夢の視線の先から、あの化け物は姿を消した。最初の瞬間移動とは、全く違う。この感覚は、メイドが時を操った時と同じ物だ。
一体どこに行ったのだと、周りを見回そうとすると、数々の剣劇が起こったであろう痕跡が、時間を空けて地面や瓦礫の埋もれる山に刻まれていく。
一部の地面が陥没し、瓦礫の山が地面ごと抉り砕かれる。何かしらの攻撃を当てたか当てられたかしたらしく、付近で数度の激しい破裂音が響き渡る。その衝撃だけでも顔に受ければ息が詰まるほどの風圧を持っている。
小さな小石や砂程度であれば、数十メートルも飛んでいくことになるだろう。吹き荒れる暴風から顔を遮り、化け物が通ったと思わしき爪痕を視線でたどっていくと、今しがた崩れたばかりの建物の上で、奴は立っている。
おそらく烈火のごとく、凄まじく激しい戦闘が繰り広げられていたのだろう。ところどころに残る戦闘痕と、化け物の体に突き刺さる大量の切り傷や銀ナイフから察せるところだ。
そして、首元を鷲掴みされているメイドが、死んでいるようにぐったりと肢体を投げ出して動くことはない。胸がわずかに動いているのは、目を凝らしてようやく確認できるが、宙に吊られている現状から、死闘を制したのは化け物だった。
静止した時の中で、化け物が異次元咲夜と交戦したことは疑いの余地はない。だが、その事実がこの場にいる全員に、戦慄を走らせた。息をするのも忘れ、化け物たちを見上げる。
あの化け物、それぞれが持つ固有の能力に合わせて戦っている。干渉されない魔力、時を操る魔力。弱点であったり対応できるものであれば、異次元霊夢達は非常に不利な状況と言える。
全身が血まみれで、体中あちこちに鉤爪で斬り裂かれた斬痕が残る。腕や脚に残る掻き傷からダラダラと赤黒い血液が溢れ、腹部からは小腸か大腸かわからない、細長い臓器が零れている。
掴まれた異次元咲夜はゴボッと口から血を吐きだした。一度飛び出た内臓は、出た部分の重量に引かれ、彼女の足元まで引っ張り出された。
もう死んでいてもおかしくないメイドを確実に殺すつもりらしく、握り潰そうと徐々に力が籠っていく。骨格が歪み始めたのか、ミシミシと嫌な音を立て始めた。
ここでメイドを失うのは、大きな戦力の低下に繋がり、敗北への一手となるのに等しい。防御に使おうとしていた数枚の札を、針で突き刺して固定し、化け物へと投擲する。
魔力制御の賜物でもあるが、回転して制御を失うことなく直進し、大きな頭に突き刺さる。札に込められた魔力がプログラム通りに起動し、爆発を起こした。青色の炎が膨れ上がり、化け物の頭部を吹き飛ばした。
爆発の方向を調節していたおかげでメイドには被害が及ばず、化け物のみに爆発を与えることができた。のっぺりと陶器のような材質に似た肌に亀裂が入り、衝撃から頭部が丸ごと引きちぎれて吹き飛んだ。
大きく仰け反り、異次元早苗が殴りつけた時と同様に一度体が流動化すると、体勢を整えた状態で再形成される。それによって手が尻尾に変化し、異次元咲夜を取り落とす。
煩雑に地面に落とされ、瓦礫の上を転がり落ちていく。壁や屋根の一部に隠れて姿が見えなくなるが、まだ息があることを期待するしかない。
気絶または失神から自力で覚醒し、自分で何とかしてもらわなければ手が回らない。彼女たちを一から十まで介護してやるほど、こちらには余裕などは無いからだ。
私が手を出したことで、化け物の気がこちらに向いた。そちら側の博麗の巫女を異次元霊夢が殺したと思っているらしく、メイドや庭師以上に殺意が高まっていく。
繰り返す顫動音が荒々しく高まり、冬でもないのに濃い蒸気が小さく開く口元から漏れていく。化け物が大きく重心を落とすと、大量の瓦礫を後方に吹き飛ばして跳躍する。これだけでも、異次元霊夢が起こした爆発以上に、周囲へ甚大な被害を与えている。
こちら側へと化け物が向かってくることは事前の行動でわかり切っていた。花の妖怪が固有の能力を発動させ、花の化け物と伸ばした蔓や花の茎で巨大なカーテンを作り出す。
メイドの時以上に、密度が濃くなっていることは、丁寧に一つ一つ数えていかなくても一見しただけでわかる。そこまでしても、化け物を一秒でも抑えることができただろうか。
爪を薙いで腕を振るっただけで、大抵の花の化け物や蔓は切り裂かれ、屈していく。運よく体に巻き付けたとしても、その巨体を引き留める要因にはなりやしない。半ばから千切れるか、根っこ事地面から引き抜かれるか。のどちらかにしかならない。
異次元幽香が、能力で作成した花の化け物や蔓が稼いだ一秒を使い、傘を向ける。齧り付かれれば、一瞬でミンチにされる牙をむき出しにした化け物へ、標準を合わせた。
戦闘開始から数分と立たずに相当な手練れである三人に、再起不能レベルの重傷を負わせた鉤爪を突き立てられる寸前、化け物へとレーザーを放った。
化け物になる前の、霧雨魔理沙がよく使っていた極太のレーザーによく似た攻撃だ。身長が三メートルを超え、それに見合った体格を持つ化け物でさえも一回り大きく飲み込んだ。傘の先端である石付きから照射された弾幕は、とどまることを知らない。前方数キロ先の山の斜面にまで到達し、木々を焼け焦がして発火させ、地面を溶解させる。
人間が数百人束になっても、全員が炭と化すだろう。そんな強力な弾幕であったが、化け物の動きを封じ込め、押し返すだけの威力ではなかったようだ。なんのダメージも負っていない化け物の腕が、弾幕をかき分けて出現する。
弾幕勝負でも扱える特注品であり、ちょっとやそっとの攻撃では折れない代物だ。場合によっては、異次元妖夢の観楼剣をも受けることができるだろうが、化け物の爪は真っ二つに掻き切った。
鉤爪の先端は小さく丸まっており、その部分が異次元幽香の腕に抉りこむと、切り裂くのではなく肩から右腕を引き千切った。
女性の中では筋肉質な異次元幽香の腕と肩をつなぐ筋繊維が、音を立てて断裂していく。半分に裂けた傘と腕がバラバラに吹き飛び、ガラクタは瓦礫に埋もれて見えなくなる。花の妖怪の腕は、壁に衝突するとその衝撃に耐えきれず、潰れて標本のように張り付いている。
「くっ……そっ…!!」
能力を使用して化け物を縛り上げようとするが、蔓が成長する前に接近された。鬼に次いで、スキマの妖怪と同じ程度に身長は高いが、化け物との差は歴然で大人と子供だ。
自分の死期を悟ってしまったのだろうか。蛇と蛙の関係が成り立っている異次元幽香は、指を一本すらも動かすことができなくなった。
初めて、彼女は恐怖や絶望の織り交ざる表情を顔面に張り付かせた。化け物が振り回した尻尾が腹部に直撃すると、いなすこともできずに切断された。
「があっ!?」
流石は幻想郷でトップクラスの妖怪だ。腹部から上半身と下半身を断ち切られ、上半身に残る小腸や大腸が地面にぶちまけられても死なないようだ。いや、死ねないのだ。
重力によって、瓦礫の上へと落ちていくはずだった花の妖怪は、化け物に胸の辺りを掴まれて持ち上げられる。
今までは状況を優位にしていた生命力が完全に裏目に出て、異次元幽香に苦痛をもたらす存在となっている。簡単に意識を失って、死ぬことができていたならば、どれだけ楽だっただろうか。
自重に耐えきれず、血管等でつながっている重たい臓器が、腹部にできた空洞から顔を覗かせ、耐えきれなかった物は剥がれて落ちていく。大量出血に加えて下半身分の血液が全てなくなっているのにも関わらず、不幸にも異次元幽香は生きていた。
背中まで覆う形で握っている化け物の手に力が籠っていく。レーザーを撃った直後から、後方に回避していた異次元霊夢も、今度は手助けに入ることができない。
札を投げようにも、針を投げようにも動作に入っておらず、今から投げるとしたら遅すぎる。走って近づくなど、論外だ。
異次元幽香が絶叫しようとしたとき、彼女の喉が大きく膨らみ、口からは得体のしれない物体が溢れ出る。血液で元の色が分からないが、何かしらの臓器であることは考えなくてもわかる。
化け物が花の妖怪を握りこんだのだ。救出が間に合わなかったらどうなるのか、彼女が身をもって実演して見せた。惨殺を目の当たりにし、博麗の巫女は言葉が出ない。
切断面や弾けた皮膚から血液を垂れ流し、潰れた躯と化している異次元幽香を化け物は投げ捨てた。ひしゃげた上半身しか体の残っていない妖怪は地面を転がり、異次元霊夢の前で停止する。
生命の核である心臓を身体ごと潰されたことで、妖怪はほとんど抵抗することができずに絶命している。次はお前だ。化け物はそう比喩して、歯をむき出しにして吐息を漏らし、血の付いた手を払う。
白とは対照的ともいえる目が覚める紅色が、攻撃色を表しているようだ。真っ赤に染まる左手を掲げようと、化け物が腕を上げる。項から再度、抹消に向かって魔力の輝きが出現する。
あれは駄目だ。一度、異次元咲夜がやられるところを見せられている事で、異次元霊夢の動きは俊敏だった。光が指の先まで伸び切る前にお祓い棒を握り、化け物へと跳躍する。
全身を魔力で強化し、瞬く間に三度の打撃を浴びせかける。全身を強化し、最大限に強力な連打を打ち出す。顔面や胸がひしゃげ、白い液体を弾けさせながら化け物の体が崩壊する。
これだけ派手に身体を弾けさせ、ダメージを負わせているようだが、異次元妖夢や異次元早苗が戦っている姿を見ていれば、これは攻撃になりえていない。
頭を殴った後に、胸や腹部を殴りつけたため体がくの字に折れ曲がる。原型を失っている化け物の顔が、異次元霊夢の前に曝け出される。
また、化け物の体の輪郭が歪になると、流動化が始まる。十数枚の札を懐から引き抜き、毀れて中身が露出して空洞となっている頭部に、それらをぶち込んだ。
化け物は札ごと、不透明な白い液体で体を包んでいく。形状が固定化され、皮膚が陶器の質感へと変化していく。そのタイミングで、札に含まれていた魔力を発動させる。
「爆!」
化け物の身体が数倍に膨らんだと思うと全身の皮膚に亀裂が生じ、内側からの圧力に耐えきれずに四散した。肉体とは言えない液体が四方八方に弾け飛ぶが、地面や至近距離にいた人物には一滴も降り注ぐことが無い。
胴体から離れた四肢や、中にいるはずの人物でさえも残っていない。暴走しているあの魔女ごと、化け物を吹き飛ばしているわけではないのが分かる。
周りを見回し、化け物がどこから出現するのか。探り当てようとしていると、滞っている空気にわずかながらに気流が生じる。振り返ろうとした異次元霊夢の目の前には、一本でも刺されば致命傷に至りそうな巨大な鉤爪が、露わとなっている。
それに恐怖や驚愕などの感情を思い浮かべるのに重なって、異次元霊夢の腹部に鈍く重苦しくなる電流が走った。体重が軽くなり、彼女は自分が持ち上げられているのだと、数秒たってようやく理解に至る。
「あっ……ぐっ!?」
鋭く、自分の腕の太さとそう変わらない大きな鉤爪が、三本も腹部を貫いているなど悟りたくもないだろう。巫女が化け物の爪から逃げ出そうとして身をよじるが、湾曲した鉤爪に簡単に抜けることができない。
「く……そ………っ…!!」
身を震わせ、異次元霊夢は真っ赤な血を口から零す。失神してしまいそうな激痛であるが、血で赤く染まる歯を食いしばって耐えている。鉤爪を掴み、体を後退させて引き抜こうとする巫女の表情が変わる。
自分の体に刺さっている鉤爪と、それが伸びている手に動きがあったのだ。今のまま化け物が少しでも指を捻れば、博麗の巫女は花の妖怪と同じように身体が裂けることだろう。
「こ……の……!!」
博麗の巫女がお祓い棒を振り上げようとしたところで、高速で何かが飛来する。先ほど吹き飛ばされて死んだかと思っていたが、妹紅の変化を拒絶する、老いることも死ぬこともない程度の能力によって、傷を修復した庭師が新たな観楼剣でスペルカードを発動する。
「断迷剣『瞑想斬』」
上空から落下しながらスペルカードを発動した庭師は、上段に構えた刀を振り下ろす。魔力に覆われた大太刀ほどの刀が、巫女を串刺しにしている腕を切断する。身体の高質化は、化け物が意識していなければできないのだろう。博麗の巫女に向けていて、上空から接近していた庭師に意識が向かなかったのだ。
やはり刃が通るときは、豆腐のように腕が柔らかい。硬直が溶けた異次元妖夢は、化け物に向かうのではなく、切断された白い腕と一緒に落ちてきた博麗の巫女を抱えて遠ざかる。
その二人を捕まえようと切断された腕を、化け物が延ばそうとすると。巨大な水泡が膨れ、人間や生物的な腕の基線を描くのではなく、無機質ないくつかの円形状を作り出す。
今までと違う腕の作りに気が付いたらしく、異次元妖夢が地面に着地しようとした頃に、化け物がこちらにリング形状の何かが露出している腕を振るった。
身体の半分程度の長さだったはずの腕が、十メートル以上も離れている二人へと襲い掛かる。細く三股に分かれ、化け物の意識下にあるそれらは三方向から同時に異次元霊夢と異次元妖夢を捕らえる。
蛇のように見えた三本の腕は鎖の形状をしており、先端には手錠のリングに似た物が付いている。リングの一部には切れ目があり、そこから口を開けるように上下に開くと、二人の腕や首に嵌まり込んで捕えた。
化け物が腕を引き、一度後退していた二人を自分の元にまで引き寄せる。異次元霊夢は当然だが、異次元妖夢も踏ん張り切ることができず、手繰り寄せられることになった。
そのまま二人を食うつもりらしい。化け物は蛇の捕食のように、喉を膨らませると胴体よりも大きく口を開いた。
針地獄を連想する、大量の牙が並ぶ口には入るまいと魔力調節で抵抗するが、鎖を巻き取る力の方が圧倒的に強く、化け物へ向かう速度は変わらない。
その巨大な口で、巫女と庭師を食もうとした化け物の体勢が大きく崩れ、すんでのところで牙を回避した。
手錠と化け物をつなぐ鎖が切断され、腹部に素人目に見ても雑過ぎる縫合痕のあるメイドが割って入った。標的が体勢を崩しているうちに、今度こそ後退していく。
頭部が髪を含めて真っ赤に染まり、服のあちこちに血の染みを滲ませる異次元早苗が化け物の片足を打撃でへし折り、毟り取ったのだ。
支えていた片足がなくなった奴の体が傾いていき、地面に倒れこむ寸前に全身の皮膚が液体状に変化する。立っている時と同じ体勢で立ち直った化け物が見たのは、大量の弾幕だ。
針や札、魔力で作り出された弾幕が、異次元霊夢と異次元早苗によって撃ちだされる。異次元妖夢が観楼剣で空中を裂くと、斬撃の軌道が残り、そこから幾多の弾幕が放出される。
異次元咲夜は能力によって、通常ならば持ち歩くことのできない数百から千本もの銀ナイフを、次々と放っていく。
一発一発は大した威力ではない。人間やそこらの妖怪程度なら、数発で致命傷に至ると思われるが、化け物退治をするのであれば一押しも二押しも足りない。
それでも束になれば、あの化け物を押し返すだけの威力になる。今まで前進しかしてこなかった化け物の足が止まり、弾幕の物量によって押し返されていく。
だが、それも最初だけだ。押し寄せる大量の弾幕を撃ち込まれ、体勢を大きく崩したが、化け物はすぐに弾幕に対しての耐性をつける。
メイドによる銀ナイフ。巫女二人による妖怪退治用の針や札が、上体をわずかに仰け反っていた化け物に飛来する。先端が皮膚を貫き、亀裂を生じさせて抉りこむが、そのまま水面に落としたように体の中へと取り込まれていく。
これは魔力で形成された弾幕でさえも例外ではない。魔力の作用で、何かしらにぶつかれば魔力が放出され、消滅するはずであるが、無効化されているのだろう。
飛んでいった弾頭は、化け物の足のつま先から頭部のどこに当たろうとも、吸収されて体の中へと消えていく。
異次元霊夢達が、重要なそのことに気が付くことはない。なぜなら、彼女たちが放つ弾幕に派手さというものは全くないからだ。
密度を高め、八割から九割が正確に化け物へと向かっており、逃げ道を塞いだり視覚的に圧倒させる効果はない。殺傷能力的には通常の弾幕とは数段も違うが、代わりに視覚情報が圧倒的に不足する。
「まだ…まだ…!」
自分たちが押していると勘違いしている異次元霊夢らは、口端を緩ませてほくそ笑む。現代の戦場で、戦闘をする際には敵に弾丸を撃ち込む。銃の先端からマズルフラッシュと呼ばれる火薬の燃焼する炎が爆ぜるが、これの量が多いと射手が自分たちが優勢で、当たっていなかったとしても、敵を押していると錯覚するということがあるという。
これと全く同じことが異次元霊夢らにも起こっており、弾幕の合間からしか化け物の姿を確認することができない。撃ち初めに効果があったため、弾幕の密度を高めて続行した。
それが仇となった。
弾幕に含まれる魔力。それが放つ輝きにより、化け物の全身に広がっている模様が光りだしたのを、異次元霊夢達は見逃した。
自分たちの過ちに気が付いたのは、視覚的な模様による発光ではない。異次元咲夜との戦闘で見せた、馬鹿げたほど強力な魔力の流れを感じたからだ。
現在進行形で放っていた魔力的、物理的な弾幕が気が付くと全て搔き消されていた。化け物が時間を停止させたわけではない。理性など残っていない奴が、時間を停止させて弾幕を丁寧に一つずつ破壊していくわけがない。
ほぼ同時と行っても過言ではなかったが、ほんのわずかに化け物側とこちら側で、弾幕が消されるのに時間差があった。奴が何かをしたのだ。
化け物が何かをして魔力を放出したことにより、衝撃波が発生した。原形をとどめないほどに、魔力のプログラムごと弾幕が粉砕され、周りを取り囲んでいた巫女たちに到達する。
衝撃波だと思っていた物は、壁のように隙間なく埋め尽くされた弾幕だった。それも、化け物が新たに魔力で作り出したのではなく、メイドや巫女、剣士が化け物へと放っていた弾幕だ。
自分たちの攻撃が、そっくりそのまま返ってくる。これが一度に全ての弾幕ではなく、時間差を置けば確実に対処はできた。しかし、数十、数百丁のショットガンから同時に散弾を射撃された状況では、結界などいくら張っても足りることはない。
なけなしに張った結界は、ほとんど意味をなすことはなかった。弾幕を受け止められたのはせいぜい数発から十数発程度だ。物量という津波に、博麗の巫女でさえも飲み込まれた。
「―――――っ…!!」
誰もが、悲鳴を上げる暇もなかった。順序はあれど、行きつく先は皆同じだ。次々に意識を消失させ、残った最後の一人もそう長くは続かなかった。
河童の影響から逃れていた町は瓦礫すらも残らず、数百メートル四方に荒れ地が広がっているだけとなった。数キロ先の森の木々や地面には、魔力によって穿たれた穴や、突き刺さった銀ナイフが無数に存在する。
赤い舌をあの間から覗かせ、唇をなめずる。身体は高温なのか、荒々しく繰り返される吐息が白い蒸気を帯びる。模様をなぞる形で光っていた、淡い魔力の輝きが徐々に消えていく。復讐の鬼となっている化け物は標的を探そうと、首をもたげて周囲を見回す。
ほかの三人に比べれば、比較的近い位置に倒れているのは、最後の最後まで抵抗を続けていた異次元霊夢だ。体のあちこちに銀ナイフが刺さり、魔力弾の影響で痣や裂傷が多々見られる。
化け物は生きているか、死んでいるのか、観察して確かめるようなことはしない。一片の肉片すらも残すつもりはなく、彼女たちが放っていた弾幕のように、巫女を消し飛ばすつもりで歩み寄っていく。
一歩一歩の幅が広く、十数歩で着くだろう。あと十数秒で吹き消される蝋燭の火に、大きすぎる口が添えられた。あとは息を吐くだけだというのに、化け物の動きが停止する。
それだけでなく、メイドたちが倒れている方向とも違う方角へと顔を傾ける。遠くの森に何かが見える。地上から数十メートルの高さに、何やら雲に似た集合体が形成されていた。
衣玖が操る雷の、前段階で発生することがある雷雲に見えたが、灰鼠色一色であるはずの暗雲は、様々な色彩で彩られている。小さな色彩それぞれ一つ一つが、化け物を狙う妖怪や妖精である。
空に集まる連中が全てではなく、戦力を二つに分割したようだ。別方向からは地上のルートを通る部隊が、森の切れ目から出現する。どちらも数百人に達する人数で結成され、数で押し切るつもりだ。
異次元萃香のような、優れた統率者がいない妖精たちでは、この程度の計画を練るので精一杯だろう。物量で押し切れる程度の力であれば、異次元霊夢達が苦戦することはない。
計画の詰めが甘い妖精たちは、これだけのことができる化け物の力を見くびっていた。未だに化け物が顕在し、博麗の巫女たちが戦っていない状況を見て、少しでも頭が回れば、自分たちが束になっても敵わないと分かったことだろう。
巫女を早く殺したいというのに、それを邪魔する妖怪たちが自分の元に来るまで待つほど、化け物は気が長くはない。魔力の作用で意識を無理やり取り戻した異次元霊夢から、弱小の軍勢に標的を移す。
そのうちに、博麗の巫女は距離を取ろうとしている。全身に弾幕を受けた影響ですぐには動き出せない様子だ。手や足で地面を押し、這いずり逃げようとしているが、深々と刺さる銀ナイフに障害され、移動などままならない。
この力を狙っていれば、誰であろうと殺す対象になりうる。怒号を上げて向かってきている妖怪たちの方向に、化け物は向き直った。怒りが込み上げてきているのか、真っ赤な歯茎が剝き出しになり、吊り上がった眼が細まる。
迎撃の段階へと移行していく化け物の口から、蒸気が漏れる。魔力の流れが非常に活発になり、項の辺りから魔力のチリが吹きこぼれる。
項から左手にかけて、人間では到底保有することのできない質と量の魔力が駆け巡る。メイドの時以上の魔力に、皮膚上を伸びている模様の光も強力だ。光を挟んで物の反対側には薄っすらと影が伸びている。
化け物が模様の輝く左手を掲げると、つぎ込まれていた魔力が一気に上空へと向けて放出された。その幅は巨大だと思っていた化け物でさえ、横に並べても数十体は収まるサイズだ。
魔力を放出した余波に充てられ、周囲の地形が大きく変動した。地面の土が根こそぎ抉り取られ、化け物から離れる形で吹き飛んでいく。
一番近くで光景を眺めていた異次元霊夢の目には、曇り空だった空に放出された魔力が、穴を開けたように見えた。幻想郷の空を覆っていた水蒸気の塊である雲が、蒸発して晴天へと息をつかぬ電光石火の速度で切り替わっていく。
近くで見ていた異次元霊夢からは全体像がつかめなかったが、化け物へと向かっていた妖怪たちには、その全貌がしっかりと網膜に焼き付いたことだろう。
天空にまで届く魔力の放射は、根元から段々と広まり、空へと昇っていく瀑布のようだ。魔力の塵が縦横無尽に放出され、それらが衝突しあうことで静電気が発生する。帯電した電気が放電し、雷霆となって道筋を描いていく。
この状況に当てはまる物体は、この地球上には存在しない。かなり譲歩し、強いて言うなれば、一番近いとなるのは刀などだろう。
他人に危害を加えるという点では接点があった。得物だということができるのは、掲げられたそれが振りかぶられたからだ。
これから起こることは、いくら弱い妖精妖怪の悪い頭脳でも、容易に想像することができただろう。なぜなら、これまでに感じたことの無い、自分の死期を感じたからだ。走馬灯を見た者もいるだろう。どちらにせよ、間違ってはいない。
彼女たちの感や予想が、正解していたことを理解できたか定かではないが、一瞬だ。人間が知覚できる速度を超えた瞬く間の内に、薙ぎ払われた魔力を受けた妖怪たちは、誰一人として生き残るものは居ない。
一閃。おおよそ、刀と言える代物ではない得物が薙ぎ払われた方向には、妖怪の影も形もない。地上から行こうが、空から行こうが化け物には関係がない。まとめて消し飛ばされ、彼女たちが存在していたという証拠は何一つ残らずに四散した。
人型の生物を消滅させただけで、化け物の攻撃は収まることはない。刹那の時間で世界が一変する。
土地が焦土化するなど生ぬるい。数百から数千トンはくだらない土壌や岩石のほとんどが、魔力や雷に暴露されて個体から気体へと昇華する。数百倍に体積が増加したことで、爆発的に大気が膨れ上がり、被害を受けなかった周囲の木々を風圧でなぎ倒す。
町だった場所から森までは数キロ離れていたが、威力は衰えなど見せない。折り重なって聳え立つ山々を、マジックのように跡形もなく消し去って見せた。そこに残存する物はなく、以前と形態の異なった、溶けた真っ赤な岩石の沼が広がっているだけだ。
真っ白で遠くの景色が見えなくなるほどの濃い蒸気が、森のあった方向で立ち昇る。幻想郷の5~4分の1に達する面積を吹き飛ばした化け物は、胸を大きく膨らませて咆哮を上げた。
野太く、肌や鼓膜にびりびりと声の振動を叩きつける。轟音は聞くもの全てに恐怖を植え付け、化け物の怒りを体現している。
これは序章だ。こいつの進撃は、幻想郷を破壊しつくすまで止まることはないだろう。
次の投稿は、1/2の予定ですが、遅れる可能性が高いと思われます。
その場合は、あとがきに書き込みます。