東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ、第百四十七話をお楽しみください!!


東方繋華傷 第百四十七話 殃禍蚕食

 広大な世界から見れば、幻想郷など地図にも映らないような小さな箱庭だ。それでも、今まで体験したことの無い地響きが隔絶された世界の端から端、地底や冥界に至るまで轟いた。

 何が起こっているのかを察して隠れる者、音の方向へと向かおうとする者、茫然としている者がいるが、どれも行っている行動を中断することになる。

 音よりも一足遅く、轟音の原因が各所に残命している者たちへと到達する。至近距離で、爆発が起こったように感じてしまう程の衝撃が駆け抜けていき、かつ、それが持続した。

 足腰が強くても、バランス感覚に長けていても、その地震に抗うことができず、倒れこんだことだろう。年季の入った洞窟や建物の中であれば、倒壊に巻き込まれて生き埋めになり、地盤が弱まった山々では至る所で地滑りが発生する。被害を受けなかった人物の方が少なかったはずだ。

 それはそうだろう。幻想郷だけでなく、これは外界にまで及んでいる。幻想郷に蓋をしている貧弱な結界程度では、化け物の力を抑え込むことなど不可能だ。

 世界という途方もない大きさの箱庭でさえ、魔力の波長や衝撃波の勢いをそぐことができず、他次元にまで影響が生じていった。

 他の平行世界でも衝撃波が原因不明の地震を促し、魔力によって天候や法則、概念に多大な被害を被らせたはずだ。

 あらゆる災害の引き金となった中心人物は、たった一度の攻撃に煽られたことによる、煮えたぎった沼の前に佇んでいた。ある意味では正しくもあるが、沼という表現は正しくはない。真っ白な蒸気を上げ、気泡が膨らんでは弾けて波打っているそれは、全て溶けた岩石で形成されている。

 地球の中心、活火山内部で常に起こっている地球の活動だが、人為的にこれだけの範囲と量に至らしめたのは、過去から未来にかけて、この化け物だけだろう。

 大量の白い蒸気の殆どは、山を形成していた岩石だった物だ。煙の高さは数キロの高度にまで達し、妖怪妖精の軍勢に参加していなかった者たちを圧巻する。

 魔力の剣を受けなかった周りの山は、余波で地面をめくり上げられ、木々をすべて吹き飛ばされている。攻撃の前後で一回りも二回りも小さくなっているように見えた。

 凄まじくはあるが、異次元紫にスキマで助けられた異次元霊夢は疑問を浮かべる。妖怪だけでなく、山を丸ごと蒸発させるほどの攻撃で、なぜ幻想郷が崩壊していないのかと。

 結界は人間や妖怪からすれば強力で、鬼でさえも破ることはできない。その程度の博麗大結界など、化け物からすればガラスに等しいはずだ。

「……」

 体勢を整える間に、異次元霊夢は思考を深く落とす。これだけの損害を出したというのに、魔力の剣が幻想郷内部に留まっていたのは、化け物が力をセーブしたのもあるだろう。が、大部分は怒りが幻想郷内に存在する生物に向いているからだと思われた。

 幻想郷内部の人間には理由がありすぎるが、外の世界の人を吹き飛ばす理由がない。理性が働いているのかわからないが、今回はそれに助けられた。

 化け物がその気になれば、地球そのものを破壊するなど容易いはずだからだ。攻撃は外に影響が出ない範囲で行われるのだろうが、それでもこういった攻撃を搔い潜り、奴に接近しなければならない。

 今のところ、化け物に対して致命傷やダメージを与えられた気がしない。突破口が全く見当たらず、奴をどう殺していいのかがわからない。

 戦力の低減をさせないためか、魔力の剣で吹き飛ばされる寸前に、異次元霊夢以外の三人も異次元紫は回収していたようだ。境界を操って彼女たちの脳内に侵入し、ダメージに耐えきれず、失神している三人を強制的に覚醒させていく。

「ぐっ………っ…!」

 メイドが一番最初に気絶から覚醒し、次に脳内に送り込まれるダメージ情報に、顔を歪ませる。銀ナイフはすでに抜いてあり、斬痕を即座に魔力で回復を図る。残りの二人も異次元霊夢らと同じく魔力で体を治癒させていく。

 あの魔女のようにはいかない。傷が塞がっていく速度は、カタツムリやナメクジ並みに遅い。このままでは、奴が幻想郷を破壊し尽くしたころに治療が終わりそうだ。

「霊夢……、あの化け物を殺す方法は思いつきませんか?」

 特に酷い腹部の刺し傷を押さえながら、メイドが巫女へと質問を投げかける。奇跡的に五体満足ではあるが、満身創痍でこれ以上戦えるのだろうか。

「…」

 それを異次元霊夢は無言で返答を返した。殺し方など何の見当もついておらず、歯噛みする。メイドはそれもそうかと、小さくため息をつく。しかし、どうするのか、どれだけ頭を捻っても化け物に勝てるビジョンが見当たらない。

 なにか、ないだろうか。どうにかしてあの皮膚を引っぺがさなければ、あの魔女の首を掻き切り、心臓を潰すことができない。

 うんうんと唸っていると、異質な空気がどこからともなく彼女たちを取り囲む。外とは離隔されたこのスキマは常に安定しており、紫が何もしなければ何の現象も起こるはずのない世界だが、あの化け物の殺気が五人の間にネットリと渦巻いたのだ。

「っ…!?」

 一番驚いているのは、スキマの妖怪だ。ここは、彼女の世界。彼女だけの世界のはずだった。出すも入れるも彼女次第で、どのような形であってもここに侵入できる者はいない。ただ一人を除いては。

 五本の鉤爪が出現したかと思うと、空間を斜めに切り裂いて消えていく。勢いよく切り開かれた隙間から、眩しい太陽光が差し込んでくる。

 逆光で姿をはっきりとみることができなかったが、化け物の片腕が複数のリング形状になっていた。それぞれが得物を構えようとするよりも早く、巨大な手錠に似た十数個のリングが五人の手や脚、胴体を捕えた。奴ならば理論上は可能であると分かっていたが、いざ目の前でやられると動けないものだ。

 自分の能力で作り出された世界は、異次元紫が一番よく理解して把握している。一早く反応し、切り開かれたスキマを閉じようと境界を操るが、化け物に無理やりこじ開けられたその部分は、彼女の制御下に置かれていない。

 スキマが閉じる際にその間にある物体は、硬かろうが柔らかろうがどんな物だろうと切断される。それを狙ってのことだろうが、制御できていない物を簡単には閉じることはできない。

 怪我や予想外の事態にそれぞれの反応が遅れ、スキマの中から引きずり出された。そのまま化け物は巫女たちを地面に叩きつける算段だったのだろうが、そこまでスキを見せる彼女たちではない。

 自分たちと化け物をつなぐ鎖を、全員がそれぞれの得物で砕き断ち、拘束から即座に逃れる。前衛ではなく、後方で支援をすることに特化している異次元紫は、自分の立ち位置を理解している。そのまま新たにスキマを開くとそのまま中へと消えていき、離れた場所へと移動する。

 空中に足場を作り、身体能力に長けている異次元妖夢が反撃に移る。肩から鎖に変化している化け物の腕を根元から切断し、頭部に観楼剣を抉りこませた。濃密な魔力の流れが彼女から感じる。

 スペルカードを発動するつもりだ。奴は外界からの刺激、特にスペルカードでの攻撃に敏感だ。異次元妖夢一度目に発動したスペルカードでは、刀剣を折るほどにまでに陶器質の外骨格は強靭な防御力を誇った。

 今回の、化け物の体の中に刀をぶち込んだ状態でスペルカードを発動すれば、ダメージを与えられるかもしれないと、庭師なりに考えたらしい。

 空中に魔力で足場を作り、体勢の土台を固めた。あとはスペルカードに従って振りぬくだけだったというのに、異次元妖夢は刺した観楼剣をピクリとも動かすことができない。

 プログラムされた動作が、薙ぎ払う刀を固定されたことで崩壊し、高出力の魔力が霧状に霧散する。

 予定とは異なる形でスペルカードから解放され、剣士の硬直は通常よりも倍以上も長い。時間にすれば一秒もないはずだが、その一秒は異次元妖夢にとっては一時間にも等しいだろう。

 化け物の体が流動化し、一足早く行動に移る。化け物は巨体では至近距離にいる者を攻撃しにくいらしい。接近したのが功を奏し、攻撃を受けなかった庭師はそのまま刀を引き抜いてとうざかろうとしたが、万力で締め付けられているように抜くことができない。

 咄嗟に得物を手放してしまえれば良かったが、これまでの戦いでかなりの数の観楼剣を失っていたことで、武器がなくなることを危惧したのだろう。放すのがわずかに遅れた。

 刀を捨てることができなかったことと、化け物の頭部に根元まで差し込んでいたことが重なり、溶けていた体の一部が、刀剣を握っていた剣士の手までせりあがって巻き付いた。

 振り払いを試みるも、化け物の体勢が流動化の前後で違う。腕に巻き付いている部分が、手指の形状へと変わっていく。外観が固定化され、透き通った陶器質になる。

 逃がさないためか、異次元妖夢の腕を掴む化け物の握力が高まっているらしい。刀を振るうことなど難しそうな細い腕が、軟弱な枝のようにぐちゃぐちゃにへし折れて行く。

「あっ…がああああああっ!?」

 絶叫する異次元妖夢が地面に叩きつけられ、ぐしゃりと中身を弾けだして潰れる。彼女が妹紅の能力を持っていなければ、ここで死んでいただろう。地面が割れ、陥没する。

 ひしゃげた腕から左手を放し、手と同様に大きな鉤爪が生える足で剣士を踏み潰した。化け物は目標を異次元霊夢らに絞り、真っ赤な血液のこびり付く左手で拳を握りこむと、彼女たちの方向へ向けた。

 手の甲が一部盛り上がり、拳が向く方向に円柱形上で突き出される。中は空洞で、何かを射出する機構であることは容易に想像できた。機械でありそうな形をしているが、無機質な感じは一切なく、生物的な曲線を描いている。

 銃口と言っても過言ではない、穴の奥に魔力の光が覗いた。太陽の光に負けぬ、淡青色の濃い魔力の弾丸が射撃される。魔力で操作されているようで、二十メートルは離れている異次元霊夢達の数メートル手前まで来ると、独りでに爆ぜた。

 化け物の力が数十センチの弾丸の幅で終わるはずがなく、それを骨の髄まで教え込まれていた目標達は、十数メートルも余分に退いた。それでも退避が甘かったようで、遅れた異次元早苗や異次元紫がわずかに爆風に煽られる。

 魔女が放っていた時と比べて数十倍は威力の高いエネルギー弾は、弾けると空間を大きく歪ませ、地表の土から岩までを数メートルの深さで根こそぎ吹き飛ばしていく。

 エネルギー弾が破裂した位置から数百メートルは衝撃波の影響が続き、まき散らされる土砂と暴風はその倍以上の範囲で被害を拡大させる。

 大きく回避していたことで、巻き込まれなかった異次元霊夢の背中を冷汗が流れた。腕や脚の稲妻模様が光った時に強力な攻撃が来ていたが、今回はそれが無くてもこれだけの威力を発揮している。

 こんなものを受けて、よくもまあ生きている物だと感心している場合ではない。化け物からすれば、なんてことはないただの攻撃で甚大と言える被害が出ている。こんなものを連射されるなど、たまったものではない。

 飛びのいた体勢から着地し、針を数本取り出した異次元霊夢へ向け、化け物が跳躍した。十数センチもある銃口が目の前に突き付けられる。魔力の結晶が穴の奥で瞬き、高出力の弾丸が射出された。

「くっ!?」

 射撃よりも一足早く身を翻し、全てを叩き潰して破壊するエネルギー弾が巫女の居なくなった位置に遅れて着弾した。爆発音も爆発の範囲も小さいが、向きを完璧に制御されていることで、鉄塊程度であればぺしゃんこにできる以上の威力が備わっている。

 人間に当たれば影も形も残らない。巨大で見えない釘打ち機が作動でもしたように見える。底のが数十メートルにもなるであろう、深い大穴が形成された。

 射線と衝撃から脱した異次元霊夢は、銃口のある左手をお祓い棒で跳ね上げさせ、懐へと入り込んだ。強力な打撃を見舞うため、全身を魔力で強化する。

 地面に 亀裂が走るほどの脚力で跳躍し、避ける素振りの無い化け物の腹部へと打撃を数度叩き込む。異次元霊夢が両手を広げてようやく同じ長さになるほど巨大な胴体に、二、三十センチはくだらない大きさの穴が開いた。

 ぽっ かりとトンネルが出来上がり、スキのできていが、化け物に追撃などしない。液体のような見た目の体組織は、破壊されたその時から修復が始まっている。

 下手にこの状態の化け物へと攻撃を撃ち込もうとすれば、異次元妖夢と同じ轍を踏むこととなるだろう。わきの下や動く尾っぽを潜り抜け、奴の射程外へと逃れる。

 空中で振り返ろうとした異次元霊夢は、自分の化け物に対する認識が甘かったと思い込まされる。せいぜい三メートル程しかなさそうに見えた尾は倍以上の長さに伸び、頭部を引き裂く軌道で薙ぎ払われた。

 筋肉を激しく収縮または伸展させ、頭を狙う尻尾を避けるのには過剰と言える程に身をかがませた。でなければ尻尾を振った余波に巻き込まれ、それだけでも首が飛ぶ。

 伸縮自在の尻尾を元の長さへと戻し、化け物が左手の銃口をこちらへと突き付けながら向きなおる。すでに穴の奥が淡く光っており、射撃の準備は万端だ。

 あれを受けることはできない。放って射線が決まった時点で、左右か空中の三方向へ走り出そう。ぐっと腰を据えて身構えていると、予定通りにエネルギー弾を放出した。

「…っ…!」

 どれだけ速く走ろうが、飛ぼうが、逃げ切れぬように化け物は数発の弾丸を横なぎに連射する。爆ぜた時の衝撃で地面を巻き込みつつ、適度に空もカバーできる角度に撃ち込まれ、空中に逃げる選択肢が消えた。

 一番最初の射撃では正確にこちらを狙っていたため、衝撃波の半径分だけ逃げればよかったが、直径の長さは飛び抜けることは難しい。今回は空中に衝撃の大部分が集中しているため、地上を走って避けた方が生き残れる確率が上がるだろう。

 魔力で強化し、走り出す異次元霊夢へと悲報が舞い込む。化け物は徹底的に巫女に狙いを定めたようで、一際強い輝きを銃口から発すると、エネルギー弾を散弾状に同時に放出した。

 無理だ。彼女の働かなくなっている脳でも即座にその判断を下せた。ちっぽけな人間一人を殺すのに、やり過ぎなほど弾丸は大量にバラまかれた。いつ爆発するかわからない弾丸の合間を縫って、進むことなどできない。

 あらゆるどの方向に向かっても、それは自殺行為と何ら変わらない。何をしても無意味であったが、本能的な反射だろうか。腕で身を守る動作をするが、一秒後には防御に使われた肉体ごと消し飛ばされ、体は一片の肉片すらも残らない。

 目を閉じようとした巫女から離れた位置、エネルギー弾の前に真っ黒い線が横向きに突然空中に出現する。一切の光を反射していないことを示す、真っ黒なその物体は上下に楕円状で大きく広がった。異次元紫のスキマだ。

 奥行きの見えない空間に、十数発のエネルギー弾が飛び込んで消えていく。スキマが出現した位置が、散弾が広がり切る前の化け物寄りだったことで弾丸がより多く飲み込まれ、爆風によって肉塊にされることはなかった。

 それでも荒れ狂う風で視界を奪われぬよう、顔を手で塞いでいると、巫女に当たるはずだった弾丸が消えていったスキマが閉じ、化け物が第二射を放とうとしている姿が見えた。

 稲妻模様が項から腕にかけて淡く光っており、剣という企画に収めるとしたら、強大過ぎる魔力の放射と同等の攻撃が来るはずだ。先は妖怪たちに的が絞られていたが、今回は我々に向いている。

 奴の射撃体勢が整う前に、懐に飛び込まなければ世界ごと存在を消し飛ばされる。地面を踏みしめ、スキマが閉じた先に佇む化け物へと走り出す。保守的に行動してしまっていた自分を叱咤したい。

 何かあった時のために、距離を取っていたことが裏目に出てしまうとは。十数メートルがやたらと長く感じる。全身の筋肉を最大限に使い、大幅に人間が出せる速度を超えて移動しても、銃口の奥に光が生じ始めている化け物の攻撃に間に合わないことを肌で感じる。

 例え、異次元紫が巫女のことをスキマで移動させようとしても、移動中かもしくは移動先を特定し、殺さんと力を振るうはずだ。

 冷汗が異次元霊夢の背中を伝った。はるか上空のこことはかけ離れた場所に位置する月に逃げようとも、地底に逃げ込もうとも化け物の攻撃は、余裕でそこにいる生物ごと全てを薙ぎ払うことだろう。

 そうさせないために、走る脚により力を籠めようとするが、どんなに早く足を動かしても自分が向かっている死が消え失せることはない。

 どうにかして時間を稼ぐため、針を取りだそうとすると、化け物のすぐ横で異次元紫のスキマが開いた。人間台の大きなものが通るのには小さいが、攻撃で物を通すのであれば十分な大きさで化け物に狙いを定める。

 スキマの奥から出現したのは、化け物が放ったエネルギー弾の一つだ。高速で飛来し、右肩へと着弾する。中に詰まっていた魔力が弾け、その分だけ衝撃が生まれる。数十メートルの穴を形成するほどの威力があったはずだが、化け物は大きく体勢を崩す程度で終わった。

 時間を稼げたことには稼げ、化け物までの残り数メートルを余裕を持って走り切ることができる。しかし、そんな些細なことに意識を向けている異次元霊夢ではなかった。

 今までと確実に異なる現象が、化け物に起きていた。どんな攻撃を受けても、液体状になってダメージを与えられていなかった。それがどうしたわけか、肌の質感にイメージ通りの亀裂が生じた。

 そこから液体が漏れ、いつも通りに傷が修復されるかに思えたが、いつまで経ってもそれは起こらない。放射状に亀裂が走った皮膚の一部が剥がれ落ち、地面に当たって砕けた。

 異次元早苗が持つあらゆるものに干渉する程度の能力は、自らが放つ攻撃は干渉できない。それと同じように、他からの攻撃に強くても自分の攻撃に耐性はできにくいらしい。

 まるで本物の陶器にしか見えない皮膚は、ゆっくりと徐々に修復していくが、明らかに体の再生が遅い。あれを全身に広げさせることができれば、あの皮を剝ぐことができるだろうか。そして、中身を殺せる。

 一筋の光が異次元霊夢らへと注がれ、勝利の女神が微笑んだと彼女たちは確信した。異次元紫は確か、まだまだ化け物のエネルギー弾を保有していたはずだ。あれを全て叩き込むことができれば、可能性はあるはずだ。

「紫ぃ!」

 異次元霊夢が後方で支援しているスキマ妖怪に、さらなる支援を要請するが、いち早く化け物に攻撃を返すことが効果的であることを理解していた異次元紫は、化け物にさらにエネルギー弾を撃ち返していく。

 腕や脚、尻尾、胸、腹部に当たるごとに、化け物の身体に亀裂が生じていく。亀裂と亀裂が重なったり、同じ場所へ二度も食らうと身体を構成する体組織が破壊され、ボロボロと陶器質の皮膚がこそげ落ちた。

 行ける。負傷しているのはこちらも同じであるが、勝ちに近づくことができれば、その活力で痛みを忘れて活動することができる。全身に亀裂が広がる化け物へと接近し、お祓い棒を叩き込まなければならない。

 ズシンと小さな地響きを立て、化け物が膝をついた。奴が初めて見せた弱みだ。全身に広がりつつある亀裂から、白い破片がパラパラと零れている。あと一歩で、文字通り化けの皮を剥がすことができる。

 どうやら考えていることは、どの人間も同じだったようだ。ほかの方向からも巫女やメイド、剣士がそれぞれの得物を握り、エネルギー弾で怯んでいる化け物へと畳みかける。

 それぞれの得物を化け物へと叩き込んだその時に、四人全員が気が付いたことだろう。奴の身体が液状化していた時よりも、得物から伝わってくる手応えが薄いことに。

 広がっていた亀裂が全身に広がり、ガラス細工を叩いたように細かく砕け落ちていく。数センチから数ミリの小さな粒子が地面に落ちる前に、何かに引き寄せられて空中に飛散していく。

 あと一歩というところで、化け物が自分の意思で体を砕き、粒子状化させた。破片と粒子の合間を得物が通り抜け、予想よりも手ごたえがないことで立ち直るまでに時間を要してしまう。

 まさか手応えがないとは思いにもよらなかったらしく、あらゆる方向から突っ込んでいた巫女やメイド同士で得物や体がぶつかりかけた。粒子が移動するわずかな風の流れから、奴が向かった方向に向きなおると、丁度空中で体勢を整えた化け物が体を生成しきったところだった。

 亀裂はすべて消えており、新品同様ののっぺりとした質感へと戻ってしまっている。空中で元に戻った化け物は、腹に響く振動を起こして着地する。土をまき散らして大地を踏みしめ、鉤爪の伸びる手を握りしめた。

 怒りで更に力が膨張しているのか、化け物の腕の筋肉が膨張して膨れ上がる。地面を殴りつけた奴を中心に、小規模の地震が起こるがそれで身じろぎをする異次元霊夢らではない。

 怒りや憎しみで化け物が燃え上がる中で、巫女たち側は喜びや歓喜に打ちひしがれている。先ほどまでは敗色が濃厚で、力の差から勝てる可能性など微塵も存在していなかった。

 しかし、異次元紫の一手で状況は大きく動いた。化け物が自分の攻撃に晒されたとしても、効果が無いのであれば即座に修復すればいいはずであるのに、奴は彼女たちから距離を置いた。自分にとってそれが弱点であると明言している。

 化け物が放ったエネルギー弾は、スキマに隠れていて正確な数は把握できていないが、周囲を通り過ぎていった弾丸の密度から、あと十数発は残っているだろうと推測できた。

 魔女から変化したこの化け物を、殺せる確率は半々といったところだが、0だったことを考えると50%もあれば十分高すぎる。異次元紫からの援護もあるだろうと想定し、博麗の巫女は大きく大胆に動く。

 巫女が到達するまでに再度、数発のエネルギー弾が化け物へと撃ち込まれるはずだ。防ぐことの難しい攻撃で、自らの攻撃をキャンセルされるリスクがある以上は、化け物も強力な攻撃をそう仕掛けてくることはないと思われる。

 巫女や剣士の迎撃に、左腕を巨大な大剣へと変形させようとした化け物だが、後方で開かれたスキマを察知すると、横へ大きく飛びのいた。射線上には化け物以外に巫女たちがおり、標的を失ったことでスキマからエネルギー弾が発射されること無く閉じる。

 ゆく先々に異次元紫のスキマが出現し、煩わしく思ったのか、上空へと跳躍した。常に動き続ける標的に、開いた瞬間からその向きが固定されるスキマで、撃ち落とすことは非常に困難を極める。玉の汗を滝のように流す異次元紫はそれを難なくやってのけた。

 偏差でスキマを開き、空中を進んでいく化け物に狙いを定め、奴が放ったエネルギー弾を射出する。タイミングは時計が刻む時間ほどに正確で、上昇していく化け物を空中で叩き落した。

 小さく弾けたエネルギー弾に煽られ、化け物は錐揉み状態で落下が始まる。着地する場所を見定め、異次元紫は再度スキマをその場所へ標準を絞って開くが、化け物は魔力の作用で浮き上がって立て直すと、別の地点へと着地する。

 胸に当たったのか、放射状に亀裂が胸から腕や脚、首の方へと広がっており、やはりその傷は修復が遅いらしい。同じ皮膚の素材でできている体液で亀裂の隙間を埋め、ゆっくりと再生させていく。

 その過程で、化け物は項から腕にかけて青白い光を稲妻模様に沿って輝かせていく。逆転が目の前に迫っていた異次元霊夢達の表情が変わる。

 勝利に向かって伸び、握りかけていた指の隙間から、それは儚くもすり抜けていく。今までとやっている事は変わらないが、新たな現象が確認される。

 今までは片腕ずつしか稲妻模様を光らせていなかったが、今回は両手が輝いている。片手や両手でどんな違いがあるのかはわからないが、ロクでもない事なのは異次元霊夢にもわかった。

 これまで以上の攻撃が来ることが予想できる。おそらくであるが、腕や脚に含ませることができる魔力には、上限があるのだろう。そうであった場合、単純に考えていいかは定かではないが、二倍の威力を誇る力が振るわれることになる。そこまで行くと、もう、どうなるのかが全く予想することができない。

 あれに猛威を振るわせてはならない。本能的にそう感じ取った異次元紫が、化け物の後方にスキマを開くが、薙ぎ払われた尾によって掻き消された。強力な魔力が化け物の指先に向かって進み、猶予は十秒もないだろう。

 ゆっくりと抹消に進む魔力のスピードから逆算し、奴へ接近して攻撃の阻害を行うことは可能であり、十分な時間があると言える。

 魔力で全身の筋肉を強化し、移動時による魔力の放出にも費やした。十数メートル離れていた化け物にたった数秒で到達する。先に到着していたメイドと一緒に、奴の体へ得物を数度叩き込んだ。

 一歩先に切り込んでいた異次元咲夜の事を、よく見ておくべきだった。後になればどうしようもない事実に、感情に焦燥が舞い込んでくる。慌てて急停止したメイドに、背中から衝突してしまう。

 まったく動く様子の見せなかった化け物の体に、得物が完璧に叩き込まれたと確信していたが、そこには何もなかったかのようにお祓い棒がすり抜けたのだ。

 奴が体を粒子状に変化させたのではない。不自然な風の流れや、破片の動きがみられない。本当に、最初からそこに化け物は居なかったのだ。

 この現象には覚えがあった。あの魔女が得意とする光の魔法が、応用して使われていた屈折現象によって、本物の奴がいる座標を狂わされた。一体いつから光の屈折が行われていたのかはわからなず、困惑するがそんな暇がないことを思い出す。

 巫女が本体を探し出そうとするよりも前に、通り抜けて後方に立っている化け物の体が大きく歪む。異次元霊夢から数メートル横に光の屈折によるものではない、本物の化け物が出現した。

 両腕の輝きは、どちらも手首にまで到達しており、あと数秒で手の甲から指まで稲妻模様が染まり切るだろう。踏ん張りを聞かせていたおかげで、すぐに化け物へ飛びかかることができない。

「くっ…!」

 袖の中から針を取り出そうにも体勢を整っておらず、投げつけることができない。異次元咲夜も斬撃を放った後で、切り替えが追い付いていない様子だ。

 異次元妖夢が数本の観楼剣を投げつけるが、飛んできたスピードのまま化け物の体に沈んでいく。弾幕と同じように吸収され、時間など稼いだうちにも入らない。

 化け物の模様が輝き切る直前。腕や頭、胸に数枚の札が魔力操作によって張り付いた。長方形の紙に、博麗とは異なる文字が書き込まれており、張り付くとほぼ同時に青い炎を膨れ上がらせ、巨体を包み込むほどの爆発を起こした。

 これで少しは立て直すまでの時間を稼げたはずだ。お祓い棒を握り、爆風を魔力で打ち消しながら炎に包みこまれる化け物へと突撃する。

 後方でスキマを操る異次元紫だが、彼女も巫女が間に合わないと焦ったらしく、上空に開いたスキマから落ちてくると、化け物へと攻撃を開始する。

 だが、化け物はそれを巫女たちにさせることはない。数倍に膨れていくはずの炎が急速に萎んでいき、煙が換気扇に飲みこまれていくように見えた。

 炎が晴れた化け物は、まったくダメージを負っている様子もなく、片足を十数センチ上げている。地面にあげた足を叩きつける事前動作だと察し、爆風を防いだ時と同様に魔力で体を保護した。

 衝撃波が生み出されるのは、今までの攻撃からわかっている。光は残り数センチで末梢にいきわたりそうになっており、吹き飛ばされている暇はない。魔力で体を保護し、攻撃に備えた。

 案の定、地面が波打つ衝撃と、空気中を駆け巡る衝撃波が発生した。体勢を崩さぬように魔力で体を浮遊させ、衝撃波を切り抜けようとした異次元霊夢は魔力を全て剝がされ、十数メートルも押し返された。

「うぐっ…!?」

 肺が潰れなかったのは、魔力の膜を胸の辺りに重点的に集めていたからだ。前進することができず、後方に吹き飛ばされ、胸部に吹き付ける暴風が少しでも軽減されたらしい。

 異次元霊夢は後方に、異次元紫は上空に吹き飛ばされた。背中を打ち付け、湿った土の露出する地面を何度も転がる。生きていてほとんど経験することの無いことに、一瞬どう対処していいのかわからなくなった。

 頭にこびり付く土を払い落とし、遅れながらも上体を起こした異次元霊夢は、光を放つ両腕を掲げ、手と手を握りこんでハンマーを作り出した化け物を見上げた。

 振り下ろされたら終わりだ。すぐさま動こうにも起き上がりかけている段階で、十数メートルの穴を埋めることは不可能だ。メイドも静止した時の中で化け物に殺されかけたことが頭をよぎったのか、時を止める様子がない。剣士も刀の投擲も斬撃も意味をなさず、動き出せないようだ。守矢の巫女も、最初の傷が痛むのか膝をついて恨めしそうに化け物を睨む。

 体が縫い付けられないように動かない巫女たちをよそに、化け物は地面に両手で握ったハンマーを振り下ろした。

 死ぬ。脳ではそうわかり切っていても、体が身を守ろうと防御の体勢に入り込む。濃密な魔力が拡散し、全てを巻き込んで消滅させる波が来る。

 消し飛ばされた妖怪と同じく、一片の肉片すらも残らない。目を閉じようとした巫女たちの間を、魔力の波が通り過ぎていく。体が弾けるのはいつだろうか、一秒、二秒と経過しても体が引き裂かれる痛みを感じない。痛みを感じる暇もないということだろうか。

 しかし、意識がしっかりと残っていることから、死んでいない。それ以前に、何も起こっていない。

 異次元霊夢達の間を、放出された魔力が通過していったのはその目で見たはずだが、身体に何かしらの障害が起こっている訳でもない。何が起きたのか、数秒が経過しても全く掴めぬままでいた。

 少なくとも、山を丸ごと消し飛ばしたこと以上の事が起こるはずだ。同じく困惑しているメイドたちも、顔を見合わせて首をかしげているが、何もないわけがない。化け物がこちらに牙をむく前に、羽のように軽くなっている体を起こした。

「へっ……?」

 化け物による数度の攻撃で、体はボロボロだ。そんな出血もしている状態で、軽快に体が起こせるはずがない。

 いや、体が軽くなっているように感じるのではなく、本当に軽くなっているのだ、物理的に。体に感じていた重量感は時を追うごとに消失していく。

 人生を謳歌する上で、地上にいる人類の99%が長い生涯を持ってしても体験することはない現象だ。寝ている時も、食事をしている時も、歩いている時も、戦っている時も、恋をしている時も、母親の子宮で育っている時も、死ぬ時ですら無自覚に感じ続けている物が完全に失われていく。

 大地に人や物を縫い付けておく重力という鎖から、初めて人類は地上で解き放たれた。地面に残る戦闘の痕跡がある場所は、他よりも耐久性の低下が顕著となる。化け物を除き、地面は奴を中心にして上空へと向けてゆっくり、ゆっくりと持ち上げられていく。

 散乱した瓦礫や舗装された道路部分が、バラバラになりながら持ち上がる。それに続いて、ボロボロと細かく土は解けていき、空に巨大な掃除機でもあるように吸い寄せられていく。

 巫女たちも例外ではない。横方向からの踏ん張りには強いが、上方向では足で踏ん張ることができない。大小不同の岩や土と一緒に、上昇していく。

 この現象が起こっているのは、市街地だった場所だけではない。数キロの広範囲で、重力の消失が起こっていた。

 大地に根を下ろす木々は、場合によっては妖怪の怪力すらも上回る強靭さを持っている。しかし、生物が生存する上で根本となる自然現象の一つが、突如としてなくなってしまえば、地中を伸びる根っこ程度では地面に縫い付けておくことはできなくなる。

 戦闘の障害を受けていなかった地域にまで無重力は及び、森の根が数十メートルの範囲で広がる固められた地盤も意味はない。大きな塊として、上空へと持ち上げられていく。

 奴ができるのは、物理的に物体を破壊することだけではない。我々では変えることのできない部類の物理法則でさえ、奴の前では組み替え、書き換え、捻じ曲げることのできるただのピースだ。

 世界が崩壊していく。法則を置き換える魔力に侵されなかった、離れた場所や特定の地域を除き、世界の殆どが地上と別れを告げて空に浮き上がっていく。

 どんなに頑丈でも、どんなに重くても、地面に縫い付けられていようが、重力の消えた世界は根こそぎ地上の物を掻っ攫った。重さも、大きさも、硬さも、生きているか死んでいるか、無機物か有機物かも関係ない。

 あらゆる物が浮き上がっていく光景は、幻想郷に住む住人ですら幻想的と感じ、悪夢を見ているようでまるで現実味がない。

 地上から数十メートルの高さに到達した巫女は、ボンヤリと世界を眺めた。物理的にも、概念的にも、結界で囲まれた領域は原型を失っている。地上の世界というカテゴリーに加えていいのか疑問が生まれるほどに。

 異次元霊夢の現実逃避も束の間、雷鳴や爆発の轟音と肩を並べる野太い喧騒が不意に発せられた。化け物が発した絶叫だと、あまりの声力に遅れて気が付いた。

 ようやく精神的に立ち直った異次元霊夢は、体勢を整えようと魔力操作をする。重力がなければ、どちらが上か下かなど基準がつけられないが、地上方面を下として体を反転させる。

 瓦礫や土の塊で姿が見えていなかったが、百数十メートルの範囲を破壊するほどの脚力で、化け物が跳躍する。

 空中に浮遊する岩石や数メートルはある大きな土の塊、巨木を足場に攻撃に転じれない速度と軌道で接近された。

 頭上から振り下ろされた拳が放たれる。奴は空中で踏ん張りを聞かせていなかったが、数十秒かけて浮かび上がっていた空から、地層が露出している大地に、はたき落とされるほどに強力な正拳突きだ。

 落ちる途中で細かな土などがクッションとなり、大したダメージにはならなかったが、咳き込んだ巫女が上空を見上げると、地上から見た空の景色は圧巻だった。こう表現しても、差し支えないだろう。

 重力を失ったことで空間が歪み、物体同士の摩擦で生じた霹靂が空を駆け巡っていく。千差万別の物体があらゆる高さで浮遊し、天候など消え失せた空を覆っている。

 

 世界の、終わりだ。

 




次の投稿は1/16日の予定です。
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