東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百四十八話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百四十八話 創造

 宇宙空間に漂っているというのは、こういうことを言うのだろう。魔力で姿勢制御や出力による移動ができなければ、まともに行動することなどできない。

 常にジェットコースタに乗っている浮遊感はすぐに慣れることはできない。こうした感覚に弱ければ、吐き気をも要していただろう。

 異次元霊夢の周囲を取り囲んでいるのは、大量の岩石と土の塊だ。化け物に殴り落されたことで、母なる大地に抱擁を迫られていた。

 浮いている岩石を上へと蹴り飛ばし、視線を確保した。化け物の位置を探ろうとしたが、視界の中から情報を理解するよりも早く、体が反射的に動き出した。身体の筋肉と魔力を使用し、斜めに飛び出した。

 間髪入れず、異次元霊夢がいた位置に化け物が落下し、ボーリングの球よりも一回りも二回りも大きい拳が、地面にぶち込まれる。

 自分が出せる速度の中では、かなりのスピードで跳躍したはずだった。だが、化け物が放ったパンチによる拡散した礫の方が早く、顔や体に飛び散った。大きい物体のみをお祓い棒でたたき割り、当たってもダメージがほぼ無い小さな石などはすべて無視する。

 稲妻模様を光らせずとも、破壊的な被害を及ぼす化け物の攻撃は、一撃一撃が大量の爆弾を一度に起爆させたのと変わらない。大量の岩石が飛び散る中心で、奴は空中に逃げた異次元霊夢へと視線を映らせる。

 あれだけ怒りをむき出しにして、思考など回っていなさそうだがいるが、一直線に巫女に向かえば異次元紫の迎撃に合うことを理解しているらしく、浮かぶ巨木や岩を足場に、縦横無尽に飛び回る。

 一トン以上は体重がありそうだというのに、その俊敏さはカラス天狗や吸血鬼に匹敵する。目の端で捉えるのがやっとだが、捉えられている。追いつけないわけではない。

 化け物と同じく、木々や岩石を足場に異次元霊夢も一か所にとどまらず、移動を開始する。彼女が過ごして来た二十年という短い歳月の間で、一度として無重力の空間に置かれたことはないが、この短時間で慣れてきているらしい。同等とまではいかないが、メイドたちでは追えない速度で飛び回っていく。

 巫女がどれだけ早く移動しようとも、化け物の方が一枚上手のようだ。追いつき、攻撃を仕掛けてくるがすんでのところで横に飛びのいて避けた。

 通り過ぎていった化け物の背後を取り、追跡を開始する。札を数枚取り出し、攻撃を仕掛けようとした。

 巨体を巫女が追う形で岩石に足を付いた途端に、岩石に散布されていた魔力の作用により、爆発を起こした。嫌に諦めよく通り過ぎていったと思っていたが、罠を仕込んでいたらしい。

 近くであれば、爆弾が爆ぜたのと変わらないだろうが、離れた位置にいる異次元咲夜達からは全貌が見えている。全長が五メートルを超える岩石が、鋭い棘を持つウニ似た形で四方八方に、先鋭で巨大な針が引き延ばされる。

 巫女が串刺しになり、脳や心臓、中枢神経など大事な器官をミンチにされなかったのは、ただ彼女の勘が鋭く、運がよかっただけだ。即座に距離を置いたことで、棘が鼻先を掠める。

 軌道を変えた異次元霊夢に向け、化け物が方向転換した。巫女を叩き潰そうとしているのか、後ろ側に振りかぶった腕の一部が鎖へと変形した。腕よりも先にある手は球状に巨大化すると、複数の太い棘が生える。

 漫画などの描写や空で光る星のイメージに酷似する星球が、ジャラジャラと金属音を鳴らす十メートルを超える鎖に導かれ、巫女へと振り下ろされた。

 そのままでは、人間台のひき肉が出来上がったことだろう。しかし、追撃が来ることをスキマの妖怪が予想していないわけがない。

 空中を俊敏に移動していた博麗の巫女の後方に、人が通れるサイズのスキマが開いた。巫女がくぐると同時に閉じられ、鉄球が巫女の後方に漂っていた木々や岩石を粉々に破壊した。

 スキマは化け物の後方に入り口が開通しており、奥から出現した巫女が腕から星球につながる鎖を断ち切った。真っ赤な火花を散らし、粉々に砕け散る。

 重力に引かれることの無くなった金属の破片は、ふわふわと四方に散っていく。片腕の重量が丸ごと消え失せたことで、化け物が身体のバランスを大きく崩した。

 動けなくなっている今が攻撃のチャンスだ。そのまま化け物を攻撃するのではなく、魔力で足場を形成し、奴の周囲を高速で飛び回る。

 周りの各所、力を最大限に発揮できる位置に、高出力の魔力を籠めた札を配置していく。それらは三から四枚で一組とし、化け物の周囲を取り囲ませる。

 奴を中心に異次元霊夢が発生させることのできる、最大の結界を構成させるために飛び回った。バランスを崩した化け物が、魔力を足場にして立ち直った時、自分の周りに大量の札が配置されて居うることに気が付いた。

「封…!」

 巫女の命令とほぼ同時に、先代から受け継いだ中で最強の魔力防御壁と封印の結界を形成した。普通の妖怪であれば、魔力が続く限り永遠に閉じ込められることができるだろう。そこらの野良でなくても、鬼や神でさえも数時間から数日は閉じ込めることができるはずだ。

 しかし、化け物相手では十数秒でも高望みだ。一秒かそれ以下がいいところだ。目標を囲んでいる札の円は二重構造を取っており、内側にある札が鎖状に結び付くと中心に居る巨人を縛り上げる。

 それと同時並行で、鎖の封印ごと化け物を魔力防御壁で覆いこむ。奴を封印できるわけではないことは、先の理論からわかるだろう。真の目的がこれではなく、過程に過ぎない。

 防御壁はわざと大きめに配置してある。大きくし過ぎれば魔力の密度が分散して破られやすくなるが、スキマの妖怪が狙いやすくなるからだ。

 重力の存在下よりも、アクロバティックに移動する化け物を捉えるのは難しい。それが、固定砲台のような物であれば猶更だ。

 一秒でも時間を稼げれば、あとは異次元紫がどうにかする。予定通り魔力防御壁の内部にスキマが開き、内部に残っていたであろう化け物が放ったエネルギー弾が全て発射された。

 封印はエネルギー弾の直撃で破壊され、魔力防御壁は弾幕の余波に煽られただけで木端微塵に弾け飛ぶ。

 十発程度の弾幕は、全て角度が調節されており、化け物に正確に撃ち込まれていく。陶器質の肌に亀裂が生じ、全身へと広がっていく。傷を治す暇など与えられず、次々と被弾していく。

 咢を開き、化け物が絶叫を零した。肌や肉体が崩壊し、中身の一部が露出する。砕けて根元から毟り取れ、腕の生えていた肩から魔女の華奢な小さな手が露わとなった。

 異次元霊夢達から逃げようとしているのか、外界に晒された手は、化け物の体内に沈んでしまう。だが、その中からあの魔女は移動することはできず、魔女を引きずり出せるのは時間の問題だろう。

 化け物の尾や片腕は千切れ、足も亀裂で埋め尽くされると砕けて破片が霧散する。逃げようとしても、五体の半分を失っている状態であれば、奴も逃げることは難しいだろう。

 魔力で制御しようにも、移動しようとしたその瞬間に最高速度を出せるわけではない。体の各所へと負った傷にも魔力が分配されるため、速度はわずかに低下する。それに加え、重力が存在せず、踏ん張りの利かないこの空間では速力低下は明瞭となるだろう。

 スキマの妖怪も、このチャンスを見す見す逃すわけがない。残りのエネルギー弾も全て、魔力制御で逃げられる前に化け物へと叩き込んだ。

 全身に亀裂が広がると、化け物の身体はその形状を維持し続けることができず、あれだけ苦戦したのが嘘のようにあっさりと弾けた。

 細かな破片がバラバラに飛び散る中央で、命を取り逃がしたあの魔女が浮かんでいる。一度、化け物の体は粒子状に散在していたが、身体や服に影響はないのか化け物になる前と後で変わらない。

 破片に隠れ、魔女の体が縮んで見えたが、そうではない。羊水に浮かぶ胎児や、寝ている猫と同じく体を丸めているのだ。

 化け物の体だった破片は粉々になっても尚、魔女を守ろうとしているのだろうか。周囲を取り囲んで滞留している。この状況がいつまで続くのかわからないが、とどめを刺すのであれば今しかないだろう。

 暴走が静まったことにより、体を覆っていたガワが剝がれたわけではない。無理やり引き剝がしたことで、魔女の体に内包されている強大な魔力はそっくりそのまま残っているはずだ。

 殺し、彼女の中にある魔力を取り込めば、長寿や単純な力だけではない。物理法則にまで手を延ばすことができる。異次元霊夢は目を閉じたまま浮遊し、動き出す様子を見せない魔女へ、お祓い棒と妖怪退治の針を掲げた。

 メイドが銀時計を構え、時を制止させようとしている。だが、今の異次元咲夜であれば、完全に止まるまでにはわずかながらに時間差がある。制止する前に魔女を殺すことは簡単である。

 魔力で加速し、高質化させた魔力の足場を蹴り、魔女へ到達する。三十センチも長さがある針を閉じた瞳に捩じり込むと、眼球が潰されて内部に貯留している硝子体が漏れ出した。

 組織と眼球内部に広がっていた血管が障害され、透明の液体とまじりあった血液が目からあふれ出た。薄い頭蓋骨を砕き進み、骨で覆われて守られている脳を串刺しにする。

 それだけでは終わらない。強化された腕力に物を言わせ、二キロはある神経細胞やタンパク質の塊である脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

 その手に躊躇というものはない。魔女が目を閉じたまま抵抗することの無いのをいいことに、大脳や小脳、間脳や脳髄に至るまで、境界や境が分からなくなるほど巫女はミンチに仕立て上げる。

 完全に活動を停止させるため、お祓い棒で肉体強化のされていない魔女の頭部と心臓部を叩き潰し、喜びに頬を緩める。

 噴き出した返り血を浴びながら、彼女はさらに打撃を加えていく。その後方ではメイドの絶叫が聞こえてくる。いくら静止しようが、巫女が辞めるわけがない。むしろ、打撃の手を早め、力を他人に奪われる様を見ていろと攻撃を続ける。

 僅か数秒の間に十数回の攻撃が魔女の体に繰り出され、最後の一撃では、頭部は元の原型を完全に失っていた。真っ赤な血液が、落ちることなく周囲に飛び散った。

 殺した。そう確信できる手応えが、魔女の顔面や胸部、腹部を叩き潰したお祓い棒から確かに伝わってくる。

 様々な世界線で戦い、殺し続けた異次元霊夢の目から見ても、内側からあふれ出した中身が本物であると断言できた。

 随分と手こずらせてくれたが、さあ、行き場を失った膨大な量の魔力がそろそろ拡散するはずである。魔力を取り込むことができれば、巫女は待ちに待った力を手に入れられる。

 歓喜に身を震わせて悦に浸り、驕った。邪魔をしていた奴ら全員、特に向こう側の博麗の巫女は念入りに殺してやろう。彼女を守ろうとしたこの力で。

 どうやって生き残った連中を惨たらしく苦しめ、あの世に送れるかということしか頭の中にはない。勝利を成し得た異次元霊夢の耳に、ようやく後方で負け犬の遠吠えを奏でていたメイドの声が届いた。

「そいつは、まだ死んでな……!」

 聞こえてきていたのは、異次元霊夢の予想していた物とは大きくかけ離れていた。改めて魔女の死体を見直そうとした巫女の体に、小さな衝撃と反比例する激しい激痛が走り抜ける。

 二秒程度の時間を、丸々思考に費やしたとしても、痛みと驚愕で巫女の脳は理解に至らなかった。

「かっ…あっぁ……!?」

 自分の腹部が、後方から抉りこんできた何かに貫かれていた。それに目を落としても尚、博麗の巫女は化け物に刺されたのだと受け入れたくなかった。自分は確実に殺した。生きているわけがないと思いたかったのだ。

 穿たれ、腹部にぽっかりと空洞が開いている。そう巫女に起こったことを表現できるが、これは比喩ではない。

 本当に何かが刺さったようにトンネルができているのだ。異次元霊夢の腹部には穴を開けた物体が刺さっていてもおかしくはないというのに、まったく視界に映ってこない。

 巫女の体が見えない力で誘導され、上方へと持ち上げられていく。不自然な動きを演出している原因が、異次元霊夢の後方で出現し始める。見ていても全く違和感のない景色が揺らいだと思うと、徐々に白い巨体の輪郭が露わとなっていく。

 光の屈折で姿を隠していたのであれば、異次元霊夢も気が付いていただろう。姿は見えなくても物体はそこにあるわけで、飛んで行っていた物体に衝突する音などから察知できたはずだ。

 しかし、化け物が現れた途端に、その辺りにあった小石や土などが全て弾かれた。鋭い尾で刺した段階ですら奴の実体が存在していなかった。殺気は、メイドや剣士から放たれており、それに隠れて薄らいでしまっていたようだ。

 光の屈折もなしに姿を物理的に消し去り、魔力的や感覚的にも察知ができなくなっている。そんな奴を、どうやって殺せばいいんだ。動揺が行動に現れ、メイドたちは戦力の大部分を担っている、博麗の巫女を助けようと走り出すことができない。

 むしろ、ここまでの事を引き起こしておいて、逃げ出そうとすらも考え始めている者もいる。

 余計なことを考えている彼女たちを、時間は待ってはくれない。化け物は巫女を掲げ、鋭い爪を突き立てようと構えた。あらゆる生物を裂き殺す鉤爪は、人間程度であれば魔力を扱えたとしても軽く撫でただけで五枚に卸される。

 遅れてメイドたちが走り出そうとしたときにはもう遅い。振りかぶられた手が鋭い尾に貫かれている巫女へと振り下ろされた。

 振りぬかれた鉤爪が肉体を切り裂いたらしく、真っ白な爪に赤黒い鮮血がこびり付き、湾曲した先端に人間の腕がぶら下がる。あの状態で数メートルはある腕と鉤爪から、片腕だけの損害で逃げ切れたとは考えにくい。

 メイドの予想通り、巫女が腹部を貫いた尾を破壊して逃げたわけではない。死角で開いていたスキマから異次元紫が飛び出し、異次元霊夢を助け出したのだ。

 代償は大きく、傘を持っていた右腕が丸ごと引きちぎられた。傘がひしゃげているのは、防御に使用したからだろう。それが無ければ、スキマの妖怪はさらに多くの身体を失っていたはずだ。

 苦痛に顔を歪ませながらも、スキマの妖怪はこの物理法則を失っている周囲の空間から逃げ出そうと、異次元霊夢を抱えたまま新たに出現させたスキマの中へと入り込んでいく。

 化け物は即座に掴みかかろうとするが、既に二人はスキマの中に体を押し込み、正常な地域へと消えていく。

 あの何もない空間へと逃げ込んだのかと化け物は思ったのか、五本の鋭利な鉤爪で何もない中空を切り裂くと、異次元紫とは形の異なるスキマを開いた。

 化け物が余裕をもって通れるほどに大きなスキマが開かれるが、その場所に異次元霊夢達の姿はない。スキマ内部ではなく別の場所に移動したのだ。

 今度こそ化け物は異次元霊夢達の場所へ向かうつもりなのか、もう一度空間を切り裂こうとした化け物の首が切断された。奴の動きが一時的に停止し、斬撃に遅れて頭部がずり落ちる。

 熟し過ぎた果実が収穫されることなく落ちたように、柔らかい頭部が何の器官も見当たらないただの白濁液をまき散らして破裂した。それが広がり切るよりも前に、首の一部が膨れると即座に頭が形成された。

 再生直後では化け物は微動だにせず動きを見せなかったが、後方に回り込んでいた剣士の方向へと顔を傾けた。奴の項から淡青色の淡い光が発生する。

 タトゥーを思わせる全身に広がる紋章が、光になぞられていく。光が向かう先は両手と頭部の三方向だ。焦ることには焦るが、ああなってしまえばもう誰にも止められない。

 腕一つでは物理的なただの破壊。五体の内、二方向では法則への介入。両腕と顔の三方向であれば、今度は何ができる。

 異次元霊夢と紫がいなくなり、残った三人は額から冷や汗を流す。誰も予想がつかず、両手の光がゆっくりと頭部へと向かい、集約していく化け物を見ている事しかできない。

 腕の光が弱まった分だけ頭部の光が増し、増強していく。頭に広がる稲妻模様の光が最大まで強まると、化け物は顎が外れそうになるまで大きく下顎を開いた。

 始まった。三人の緊張感が高まり、ほとんど意味をなすことはないだろうが、各々の武器を掲げた。限界まで広げられた口の奥に何かが見え始める。

 今までの現象とは明らかに異なる。破壊や改変など破壊的だったが、今回のは静かすぎた。化け物は、今度は破壊ではなく創造しているのだ。

 人間や動物が嘔吐するのに似ている。化け物が大きく体を震わせ、喉の奥からあふれ出していた物体を吐き出した。白い粘液まみれであったピンク色をした肉の塊は、外気に晒されていくと徐々に黒みを増していく。

 色が変わっていくだけではない。柔らかく、何の形もない脈打つただの肉の塊だった物体は、何かの生物へと変貌していく。

 化け物とは違い、体の表面は柔らかそうでありながら、剛毛な毛が覆っていく。形態が縦長ではなく横長に伸びていき、四足歩行に移り変わった。身長は低めに見えるが、立ち上がれば化け物の半分ほどはいくだろうか。獣は、目標と同様にこの地球上で存在しない未知の生物へとなり果てていく。

 大きさは、化け物の半分程度で終わりではなく、さらに急激に膨張していく。化け物以上に巨大化し、あっという間に見上げる高さに変貌する。爪は化け物以上に大きく、強靭であることが見ただけでもわかる。体を支える筋肉質な四本の脚は、一本だけでも化け物の胴体と同じぐらいはありそうだ。

 牙は人間の頭になら、原型を失う程の大穴を穿つことができそうだ。鼻や口が前方にせり出ているのは、犬に似ているからだろう。いや、どちらかと言えばオオカミに近いかもしれない。

 血走り、爛々と黄色の色彩が映える眼球が六つ、ギョロリと三人を見下ろした。侮蔑の眼光を向け、歯茎をむき出しにする三つの口から低い唸り声を漏らす。

 幻想郷のどこを探そうが、こんな凶悪な生物は見つけることはできないだろう。神話や物語の中にしか存在しない生物が、腐敗し破壊の限りを尽くされた大地に足を下ろす。

 地獄の番犬、ケロべロスだ。

 尻尾は毛で覆われたモノではなく、爬虫類特有の生臭そうな鱗が皮膚に敷き詰められている。十数メートルは長さのある尾の末端には、自分よりも大きな物体を飲み込むとされる蛇の頭が真っ赤な舌を出し、獲物となる三人を威嚇している。

 化け物が自分の体の一部を切り離し、増殖させたようにも見えたがそれは違う。このケロべロスは化け物から作られたのだが、まったく別の生物だ。

 紅魔館のメイドは驚愕していた。物理法則を無視することは難しい。固有の能力であれば可能であるのはそうだが、固有の能力だったとしてもかなり限定される。

 他にも使えるだろうが、メイドであれば武器の生成。守矢神社の巫女であれば周囲への干渉などだ。

 生物を生み出しているのに近い異次元幽々子は、元の体に魂を還らせているだけで、生み出すとは異なる。花の妖怪が、花の化け物を作り出していたが、あんなのは異次元アリスの上海と変わらない。魔力制御された只の人形だ。

「……」

 化け物とケロべロスは魔力を探ると波長が異なっており、これが示すのは生み出された地獄の番犬は完全に独立し、自分で思考し、動くことのできる本物の生物ということだ。

 我々よりも技術が数歩先を行く外の世界ですら、一つの細胞を作り出すことさえできていない。第二の固有の能力でさえも、生物を生み出す能力は存在していない。そこから、化け物がやったことがどれだけの事なのかわかるだろう。

 その化け物が、ケロべロスが完全に形態の変化を終えた段階で、鋭い鉤爪を持つ爪を剣士たち三人に向ける。飼い主の動きに反応し、ケロべロスの頭がそちらの方へと傾いた。指が向けられた方向へと瞳を泳がせ、標的として彼女たちを補足する。

 三つの首につけられた、頑丈そうな金属製の首輪から垂れる重々しい鎖が、ケロべロスの動きに合わせてじゃらりと音を鳴らす。重力の影響を受けていないように見え、魔力で形成した足場を伝って化け物以上の振動や地響きを鳴らし、神話の狼がゆっくりと前進する。

 化け物の倍以上も巨大になった三つ首の狼から遠ざかろうと、メイドたちが小さく下がろうとした。半歩も足を進める前に獣の唸り声が大きくなり、それは咆哮へと変わった。

 あらゆる動物の数百倍もの大きさを誇る肺や声帯から放たれる遠吠えは、耳をつんざく爆音となる。慌てて耳を塞いでいなければ鼓膜が破れていた可能性すらあった。

 肺内部の空気を使い切り、荒々しい狼の遠吠えが途切れた。そこでようやく頭を両側から挟み込んでいた手を離すことが許された。

 今までは直立でいた狼が、ぐっと姿勢を地面を這うように低く下げた。足の前側にある四本の鉤爪と、後ろに隠れている狼爪で地面代わりにしている魔力の足場を削り、三人に向かって跳躍した。

 人間台の跳躍力を基準としてしまっている彼女たちには、数百キロから数トンに及ぶ筋繊維が生み出す瞬発力というのを軽視していた。反応する暇もなかった。目の端で捉えるのがやっとでも、体がそれについていけない。

 息が詰まるほどに強い、焼け焦げて乾いているケロべロスの息が三人を包み込む。頭が一つ噛みついたとしても、メイドたちを同時にかみ砕くのには十分すぎる。それが一度に三つ、地獄への片道切符を掲げていた。

 

 

 魔力の薙ぎ払いと無重力の影響を受けていない地域。鬱蒼とした森の中で、自然とは不釣り合いの金属音が響く。緑や茶色が主体の森の中ではよく目立つ、白い装束に身を包む人物たちが周囲を取り囲む。

 紅葉の模様が描かれている大きな盾に、逆の手には細い体では扱うことが難しそうな大太刀が握られている。地上にいるほぼ全員が白い髪を伸ばしており、頭部には動物の耳が生えている。

 空中では背中から真っ黒な翼を広げるカラス天狗が無数に飛び回り、いつ標的を切り刻もうかと、人間の数倍は高い動体視力を駆使して眺めている。

 数度の斬撃を握っていたお祓い棒ではじき返し、カラス天狗の一人を見せしめに捻り殺す。できるだけ苦しみが伝わるようにじわじわと殺したことで、休む暇もなく襲い掛かってきていた彼女たちの足が止まる。

「……っ……こんな時にぃ…!」

 白狼天狗の集団が取り囲み、逃げられないようにしているのは幻想郷を統べる巫女とスキマの妖怪だ。化け物から命からがら逃げた二人は、天狗たちのテリトリー内に降り立っていた。

 予想はしていた。このタイミングで来るだろうとは思っていた。だが、彼女たちはこうして戦っていることに、何の疑問も持たないのだろうか。法則を捻じ曲げ、全てを薙ぎ払う化け物の力を手に入れているのであれば、ここまで妖怪ごときに苦戦するはずがないと。

 霧雨魔理沙がこうして暴走していることは誰が見ても明白で、月からだって見えていそうだ。先ほど聞こえてきた咆哮から、まだ続いていることはわかっているはずなのに、どうして殺そうとしてくるのか異次元霊夢には理解できなかった。

 早くこの馬鹿どもを黙らせなければならない。異次元霊夢が焦る中、この暴走を抑えられていない事実に気が付いていない天狗たちは、思い知らされることになる。

 踏み潰していた雑草を更に地面にめり込ませ、一人の白狼天狗が走り出す。即座に反応した巫女に向け、大太刀を振りかぶる。散り散りになれば、天狗たちの思う壺になると分かっている巫女とスキマの妖怪は、その場から動くことなく迎撃態勢を整えた。

 その場にいる誰もが気が付かなかった。巫女たちに向かっている白狼天狗が急停止し、動かなくなるまでそれの存在を察知した者は居ない。目がいいカラス天狗も、鼻が利く白狼天狗もだ。見分け、嗅ぎ分けることなどできなかった。

 天狗たちと巫女以外に何かがいることに、白狼天狗の頭が独りでに潰れたことでようやく理解した。空中に何かがあることを示唆する血液が浮き、チタチタと水滴が地面に落ちていく。

 ゆっくり、ゆっくりと光の透過性が悪くなっていき、化け物の輪郭がぼんやりと浮き上がっていく。見慣れた光景に異次元霊夢らは狼狽えることはないが、他の妖怪たちは全く隠すことができず動揺で目を剥き、釘付けとなっている。

 この中で、奴が元霧雨魔理沙であると気が付いたのは何人いるだろうか。おそらく気が付けたのは一人か二人だろう。たとえ察することができ、伝えたとしてもパニックや動揺の方が伝搬の足が速く、混乱を塗りつぶして統制するだけの効果は発揮できないだろう。

 殆ど本能や、自己防衛に近い。こいつを生かしてはならないと、天狗たちが敵意を突如出現した化け物へと向けた。異次元霊夢と異次元紫を殺そうとしていた巨人は、目標の殺害を邪魔しようとする人物たちを、彼女たちと同じリストへと追加したことだろう。

 腕を軽く振るい、薙ぎ払っただけでカラス天狗が二人、肉片へと変貌する。原形をとどめている部分の方が少なく、防御に使った武器または防具も同様である。

「殺せ!…殺せ!!」

 焦りと動揺を行動で打ち消そうとしているのか、白狼天狗の一人が叫ぶ。それが鼓舞となり、化け物へと飛びつく者が数人いたが、結果は大して変わらない。鉤爪に引き裂かれ、体を丸ごと食いちぎられる。

 口の間から、赤黒い血液と肉片を唾液のように垂らす化け物が首をもたげ、天狗たちに鋭い眼光を向けるだけで彼女たちは尻込みし、握る武器が小刻みに震える。

 瞬く間に四人の同志が屠られ、闘志と恐怖が混沌と化している。この均衡が崩れれば、呆気なく彼女たちは無様にも逃げ出すことになっていただろう。

 どうするか、巫女が思考を巡らせていると、予想とは違う方向へと状況が進む。

 火薬による破裂音がその場にいる全員の鼓膜を叩き、全ての思考を停止させて白紙へと戻した。あらゆる人物の視線が音の方向へと向けられ、空中にいるカラス天狗を見上げた。

 天狗の中でも頭の回転が特に速い異次元文が、右手にL字の形をしている銃を片手に持ち、銃口を空に向けている。木の上に立つ彼女は、上にあげていた手を下ろした。

 手に持っていた銃は、手のひらサイズであるのにもかかわらず、口径はかなり大きそうだ。弾丸と思われる軌跡が残っているのは、その銃が誰かを傷つける目的で使用されないからだろう。

 信号弾だと思われる。基本的には自分の居場所を示す用途に使われるが、誰に示しているのかは大方予想が付く。持っている武器からわかる通り、天狗たちはあのような近代武器を作るほど、技術に長けているわけではない。どちらかと言えば河童だ。

 それなのに持っている理由は弱者同士で、裏で結託していたのだろう。霧雨魔理沙が基地に攻め込み、多大な損害を受けたと聞いていたが、化け物を殺せるだけの戦力があるとは思えない。

 そう思っていると、人工的な繰り返す重低音が空から響いてくる。この戦争で幾度となく聞いてきた、河童たちが使用する兵器のエンジン音だ。

 異次元にとりの飛び抜けた開発による、スラスターの噴射音ではないところで彼女が死に、残存的な兵力しかないことを物語る。

 十字型の飛行物が木々の合間から薄っすらと見える。後方に煙を吐き出しつつ前進している様子から、あれが重低音の主だと分かる。人が乗るとしたら小さすぎ、攻撃的な飛翔物だとしたら、大きい。

 空中でエンジン音が途切れたと思うと、その巨大な飛行物は落下を始める。姿勢制御などの魔力が含まれているらしく大きく曲がり、化け物の方向へと軌道修正した。

 空を見上げていた化け物の頭部に、数トンはくだらない全重量がのしかかる。雑草が広がる大地に亀裂が生じ、奴の姿勢が崩れていないところから潰されずに押し返そうとしているらしい。

 先に根を上げたのはミサイルの方だ。金属が大きくひしゃげ、中にたっぷりと詰まっていた火薬が雷管の発火により起爆した。

 鼓膜だけではない。全身を揺るがす轟音に煽られ、化け物から引き離されることとなる。爆発の近くに生えていた樹木の葉っぱは軒並み千切れ、幹が半ばからへし折れた。

 湿った土が多いため、砂煙が立つことはないが、火薬が燃焼された塵が周囲を浮遊し、若干の視界不良を起こす。しかし、それは些細なことで、爆音で聴力が一時的に機能せず、鼓膜が破れたかと錯覚した。

 火薬の爆発による熱気に肌を焼かれ、ほんのわずかな時間でも炎の中に生身をさらしたようだった。痛みや衝撃だけでも普通の人間を失神や気絶に追いやるだけの破壊力があるだろう。

 河童たちがこんな隠し玉を持っていることに驚かせられたが、せいぜい人間に当て嵌められる程度だ。暴走している魔女を止めるに値しない。あれだけの爆発を食らったはずの化け物が、地鳴りを響かせて立ち昇る火薬の煙の中から姿を現した。

 爆発が地形を一部大きく変動させ、鬱蒼と茂っていた森の斜面に光を灯す。そこの中央にいる巨人はさぞ目立っている事だろう。河童たちの第二波が空中から往来する。

 音の低いエンジン音が複数聞こえてくると、爆弾と同じ方向から何かが飛んできたのが見えた。先ほど化け物に直撃した爆弾と同じ形をしており、河童が乗っているであろう羽ではなく本体の先端にはプロペラが付いている。

 編隊を組み、十数機の飛行機が佇む化け物へと向けて機銃掃射する。秒間で数十発もの鉛球を放ち、化け物に風穴を開けていく。

 逃げ遅れた天狗たちが数人まとめて撃ち殺されるが、空を飛ぶ河童たちには見えていないのだろう。掃射は十秒にも続いた。山の斜面に近づきすぎた飛行機は墜落しないように、機首を持ち上げて頭上を通過していく。

 地面や周囲の木々に拳台の穴が大量に空いている。兵器の恐ろしさが大地に刻まれている中で、自然の一部ではない化け物が依然として変わりなく立っている。

 その両手が輝いていることを目視した天狗たちは、茫然と見上げている事しかできない。地上の一部にかかっていた重力の法則を書き換えた時と同じく、手と手で握りこんでハンマーを作り出す。

 指先まで到達すると同時に地面に叩きつけるとため込んだ魔力が解放され、周囲に解き放たれる。地上にある物が空に飛び立ったり、体重を感じなくなったりすることはなかったが、数十メートル先を飛んで旋回しようとしていた戦闘機が、いきなり方向を変えて真っ逆さまに墜落していった。

 先とは逆で、恐ろしいほどに体が重い。体重が何倍にも増えたようで、強化していなければ手足を動かすのでさえも楽な作業ではない。

 地球の重力を基本としてあらゆる生物、物が作られているため、その規格を外れるほどに重力が加算されれば、揚力で自重を持ち上げることができずに飛行物は落下し、人は地面に這いつくばったまま動くことができなくなる。

 化け物が周囲を見回す。ここに来た本来の目的である巫女を探そうとしているが、真っ赤な瞳に異次元霊夢が移ることはない。天狗たちがパニックを起こしているうちに、異次元紫のスキマで逃げたらしい。

 また取り逃してしまった化け物は怒りに震え、蒸気の混じる吐息を漏らす。殺しに行こうと、重力の高まっているこの空間でも関係なく、いつも通りに歩み出した奴に向け、斬撃が繰り出された。

 重力が数倍になったとしても、魔力による身体強化で制限がありつつも動けるようになった白狼天狗の一人が、切りかかったのだ。そのまま化け物を放っておけば、わずかながらも生きながらえることはできただろう。

 力を奪いたいという強欲が、天狗たちの寿命を縮めることとなる。切りかかった白狼天狗は増大している重力に慣れず、着地で膝をついてしまう。

 踏ん張りを効かせ、足腰に力を入れて化け物から離れようとするが、真上から踏み潰され、叩かれた蠅のように内臓を飛び散らせて地面にへばり付いた。圧倒的戦力差に、抵抗する暇など微塵もない。

 虫けら同然に命の灯を踏みにじられた仲間を見て、他の妖怪たちもやってやると刀を握る手に力が籠るが、それらが振るわれることはない。

 両手と頭、長い尾の紋章が光り始めたのだ。察しのいい天狗は、何かが来ると即座に体勢を整え、頭の回らなかった者は隙だと化け物へと突撃していく。

 全身に広がっていた光は左手に集約し、輝きを増した。化け物は顔の前に掲げ、握り拳を開く。紋章の光以上に眩い光が指の間から漏れ、周囲で地面に這いつくばる天狗たちの目を奪う。

 光を放つ正円の物体は誰もが知る物で、これが無ければ地球が生まれることも、地球に生命が誕生することもなかっただろう。常に地上に光を注いでいるとされる、小さな太陽が浮かんでいた。

 これから、これがどうなるのか。どう使われるのかは、これまでの戦いから察しの悪い一部の天狗でも簡単に想像できることだろう。

 




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