それでもええで!
という方のみ第百四十九話をお楽しみください!
天狗たちは茫然と巨人を見上げる。輝く物体を手の平で出現させ、逆光で正確に目で捉えることはできないが、恐ろしいことが起こることだけは察していた。
詳しく何が起こっているのか、一部の頭の回転が速い天狗でも理解することはできない。それどころかこれが現実なのか、疑っている者もいる。
核融合を操る程度の能力を持つ、霊烏路空が疑似的に発生させる太陽に似たフレアとは似ても似つかない。
彼女の能力はあくまでも核融合によってエネルギーを取り出し、スペルカードや攻撃に使用するのであって、太陽に形を寄せていても、その物を作り出すわけではない。偽物と比べればその重厚感に、眼を奪われたことだろう。
手のひらに乗る大きさで、十数センチと小さい炎の球体は、煌々と輝きを放つ。これだけ小さなサイズだったとしても、本物の太陽であれば数十メートルの距離にいる天狗など、瞬時に蒸発させることもできるはずだ。
超重力が働き、なかなか動き出すことのできない天狗たちも、自分たちがどんな規格の敵と戦おうとしているのか理解し始めた。手のひらに太陽を召喚できるほどの化け物など、初めから勝負になるはずがない。
五体が残っている者は走り、負傷した者は這いずってでも化け物から逃れようとした。必死に奴から逃げようとしているが、十数メートル差も数百メートルの差も、この際には関係がない。
オレンジ色に眩い光を放つ太陽を、大きな鉤爪で握り潰した。手のひらにある火球は、完全に化け物の制御下にあった。安定していた火球が不安定化させられ、星の終わりを迎えさせる。
音もなく、小さな太陽は四方八方に炎を広げて超新星爆発した。数千度、数万度にも達する爆発の炎と熱は、周囲で這いずる天狗たちに容赦なく襲い掛かる。
悲鳴を上げる暇も、熱を感じることもない。化け物に近かったカラス天狗や白狼天狗たちは、肉片も灰や炭を残すこともなく瞬時に蒸発する。
恐怖はあっただろうが、そうやって死んだ者はまだましだろう。神経が痛覚情報を脳に送り込む前に、体そのものがなくなっているのだから。
むしろ、逃げられた者たちの方が悲惨な目に会うこととなった。周囲の木々が熱で発火を始める中で、走っているカラス天狗たちに炎が遅れて到達する。
悲鳴を上げ、胸を膨らませて息を取り込もうとした彼女たちの口内、気道、肺内部を数千度の炎が焼却し、外だけでなく内側からも身体を焼け焦がす。
徐々に足が動かなくなっていくのを感じたことだろう。その頃には眼球も沸騰し、潰れて見えなくなっていたが、もし目が見えていたとしたら、自分の体が炭化していくのを目の当たりにしたはずだ。
焼かれる痛みに耐えきれず倒れた天狗、どうにかして走ろうとした天狗。どちらも同様に身体の芯まで焼け焦がされ、元が生物だったとは想像できない炭のオブジェとして大地に佇んだ。
足の速い白狼天狗は化け物からわずかな時間で数百メートルも離れ、作り出された太陽による超新星爆発の足の遅い炎から逃れ切った者が多かった。身体を半分ほど焼かれた者もいるが、あの化け物から十数人でも逃げ切れたのであれば、大きな功績と言えるだろう。
しかし、天狗たちは星の終わりに発生するのが、爆発の炎だけではないことを知らなかった。強力で、どれだけ巨大な生物であろうが死滅させることのできる放射線が、知らず知らずのうちに彼女たちを蝕んでいく。
逃げ切れたと胸を撫でおろすのもつかの間。半身を焼かれて重度の火傷を負っている白狼天狗が、突然苦しみだした。嘔吐を繰り返し、明らかに炎以外の物が原因で事切れた。
残っていた白狼天狗たちは困惑を示していたが、初めに死んだ白狼天狗と同様に、多少の差異はあるが苦しみだした。
全身の皮膚が高温にさらされたように焼けただれ、全身のあらゆる組織が障害されているのを感じる。魔力の修復程度では追いつかず、あちこちで膨れ上がる水膨れに恐怖した。
何が起こっているのかまるで理解できない白狼天狗は、一人、また一人と地面に臥して動かなくなった。あれだけ生き残っていた白狼天狗は、あっさりと全滅した。一番化け物から距離を取ることができていた白狼天狗も、同じく最後の最後まで苦しみ息を引き取った。
かつてないほどの速さと範囲で山火事が広がっていき、残っていた妖怪を巻き込んで飲み込む。遠目から見たその光景は、まるで炎の津波だ。
ゆったりとしてはいるが、放っておけば幻想郷全土に広がってしまいそうなほど勢いが弱まることはなさそうだったが、目視で一キロか二キロ程度は広がったところで、魔力制御によって炎の動きが不自然に停滞する。
これだけの規模をたった一度の攻撃で燃やし尽くすことができる人物は、この幻想郷にはいないはずだ。炎を扱う人物は数人思い当たるが、不老不死の死にたがりも、地底の核融合を扱う者もここまでの事はできなかった。
そもそも、前者については矛盾するが、どちらもこの世にはいない。妖怪にも、当然だが人間にもできないことが起こっているとするならば、あれは皆が追い求める力で間違いないだろう。
辛うじて我々が駐屯していた基地に被害はなかったが、直接的な戦闘を行っていないのに、半ば諦めてしまっていた。こんな災害そのもの、もしくはそれ以上の存在と渡り合えるわけがない。
「……」
この世界とは不釣り合いな金属のフレームで組まれ、魔力をガソリンとして稼働するエンジンが積まれた車のドアを開け放った。
数百年も生きれば様々なことを経験し、驚くことの方が少なくなってくるが、世界というのはやはり広い。なんの言葉も出てこなくなることもある物だ。
周りと比べて一歩も二歩も技術的に先を行っていた。にとりほどではないが技術者の端くれであり、化学には多少の自信があった。しかし、 今は亡き彼女にもおそらくは説明することはできないだろう。
山だった場所、街だった場所、荒れ地だった場所は原型がない。変な薬をやっているのではないかと、数日から十数分前までの自分の行動を思い返す。
問題は全くない。これだけおかしな世界になり、堕ちるところまで堕ちても、そこまで落ちぶれてはいない。のだが、いくら瞬きしても目をこすっても、空を当たり前のように岩石や土、木々が舞う。妖怪が蔓延っていた山が丸ごと消し飛び、溶解した岩石の海が広がる世界が変わるわけではない。
世界から隔離された箱庭であるため、元々ファンタジーなイメージがあったが、それどころではない。いくらSFチックだと言っても限度がある。
最初に突撃していった戦闘機は全て墜落し、音信不通であるため全員が死んでいると思って間違いないだろう。先ほどから、他の車両に乗っている天狗が小型の無線機で連絡を取ろうとしているが、まったくの無反応。返ってくるのはただの雑音だけだ。
「駄目だ、誰ともつながらない」
何度も通信のボタンを押し、マイクに向かって話しかけていた河童の一人が車の窓を開け、ため息交じりに呟いた。その声に張りがないところを見ると、もしかしたら友人が向かっていたのかもしれない。
他の野良妖怪たちが突撃するところに、河童を何人か忍び込ませていたはずだが、そちらとの連絡も不通だ。通信機が壊れてその者たちと連絡ができないのだと判断するのは、願望に近いだろう。
「もう一度やってみて」
車両の中で通信用の大きい設備をいじっていた河童に伝えると、半ば諦めているが了解と呟き、通信の作業へと戻る。
周波数を変え、一応こちらからも連絡を入れてみることにしたが、耳障りなノイズだけが無線機から発せられる。
「こちらK3…K2応答せよ」
発信ボタンを押しながら簡潔に内容を話し、受信モードに切り替えるが、仲間のノイズ交じりの応答が無線機のスピーカーから生じることはない。
「K2応答せよ」
もう一度通信を試みるが、結果は一度目と同じだ。最終戦を迎えている段階で、この戦力低下は非常に手痛い。にとりが死に、ほとんどの兵器を失った。
今あるのは銃座付きの車両四台に、各自の武器といくつかの弾倉。手榴弾は全員で合わせて二個か三個。圧倒的に火力が足りていない。戦車が一両でもあれば心強いものだが、稼働させられる搭乗員は数日前に全員死んだ。
積み。だろうか。
魔力での操作があまり上手ではない河童がここまで生き残れていたのは、近代兵器などの開発、使用によって他と一線を画していたからだ。
それでも、鬼や巫女達が相手であれば負けることもあり、数が多いのを利用して物量作戦で押し通していたことが今になって響いている。
戦闘機が落とされるよりも前に、にとりが死んだ時点で我々は、力を奪う争奪戦の舞台から降りせざるを得ない状況にいる。どうしたものかと顎に手を添えて考えていると、部下というよりも友人に近い者たちからの視線が集まる。
こういった状況には慣れていない。この中で階級が一番上だから、この小さな部隊を率いているだけで、実力でのし上がっているわけでもない。判断はいつも上に仰いでおり、自分でどうするかを決めたことはほとんどない。
幻想郷と呼んでいいのかわからない世界を見渡し、非常に長く熟考する。種の存続がかかった判断をしなければならず、自分たちを生かすも殺すも私の指令一つで決まる。
天狗の館があった森は全体が炎で包まれており、あちら側も戦力が河童並みに低下していると思われる。
森から離れる形で十数人、カラス天狗が飛んでいるのが見えた。同盟を結んではいるが、残っているカラス天狗と全員で戦ったとしても、勝利をつかみ取ることは不可能だ。
この十年という期間を捨てることになるが、ここは生き残ることを優先しよう。目先の力に目が眩み、河童という種を途絶えさせてはならない。
基地からここまで出張ってきたが、このままとんぼ返りすることになりそうだ。そう結論を出していた表情から、周りの者が批判的な顔をするが、そうなるのも無理はない。
これまでの月日を全てドブに捨てるのと変わらないのだから。これはどちらを選択しても、どちらがいいとも言えない。これまで戦ってきた同志たちの意思や願い無念を抱き、玉砕覚悟で戦えたのであれば本望でもあるだろう。
しかし、死ぬと分かって立ち向かうのは勇気や仲間を守りたい思いなどではない。無謀や自暴自棄だろう。儚さや美しさはあっても、本質はただの自己満足だ。
部隊を率いる者として、死ぬと分かっていながらも仲間を突撃させる選択肢は取りたくはないが、この状況では意味の全くない無謀の突撃が正義となり、相反する考えを持っている私が悪となってしまう。
下の暴走を止めるために、上がしっかりと皆をまとめなければならない。これが実力での部隊長であれば、皆は恨みながらも従ってくれただろう。YESかNO以外に、第三の選択肢がないか必死に考えた。
答えを出そうと考えていると、隣に止まっていた車両の銃座に座る河童が、重機関銃のハンドル部分を握りこむと、部隊全員に声が届くように大声で叫んだ。
「上から何か来るぞ!!」
コッキングレバーを勢いよく後退させ、薬室に弾丸を装填する。銃を上空に向けて傾け、その目標が何なのか我々が目視で確認する前に射撃を開始した。
けたたましい火薬の発火音が鳴り響き、音速の倍以上のスピードまで加速された小さな弾丸が、空から来訪してきていた者をハチの巣にする。
弾丸の軌道から、来ている人物の方向を察したらしい。天井の一部が円形にくり抜かれ、そこに固定されている銃座の後ろに座る河童が、グリップを握って次々に次弾を装填していく。
時間差はあったが、車両と同じ4門の銃座全てが空中にいる者を狙い撃つ。車内へと戻り、遅れて車内から上空を見上げると、一目でそれが人間でないことが分かった。
色も、大きさも、妖怪であるかどうかすらも怪しい。忘れられた物体が最後に流れ着く幻想郷でも類を見ない巨大な異物が、弾丸の雨をものともせずに落下してくる。
「今すぐ出して!」
車の運転手に、鉛の弾幕がどういった効果が出るかを確認せず、エンジンを始動させる。アクセルを踏み込ませ、重たい車体を前方に急発進させると後方に向かって体に重力を感じた。
戦闘が始まる前は駆動が喧しかったエンジン音が、フルオートで連射される発砲音に掻き消され、連絡用と消音用のヘットフォンを付けていなければ自分の声すらも聞こえないだろう。
全身が真っ白で、筋肉粒々の化け物は、落下のエネルギーを最大限に生かし、車両の一つに落下した。他の三両は動き出すのが一歩遅く、その中でも一番発進が遅かった車両が狙われた。
ヘットフォン越しに、金属がひしゃげる不快な音と、潰れたことによる金属通しの擦過音が鼓膜に届く。あれだけの巨体が落下してくればそれだけの威力になるだろうが、数十メートル離れたというのに、サスペンションが効いている動く車の中でさえも落下の衝撃が伝わってきた。
「撃ち続けて牽制するんだ!」
後方に銃座を反転させ、車両を踏み潰した異次元の化け物に射手は弾丸を送り続ける。ベルト状につながっている弾薬は、1帯で百十数発。連射速度的にそろそろ撃ちきり、装填に入るはずだ。
どれだけ早くやっても二十秒はかかる。それまでは、こっちで時間を稼ぐしかないだろう。手持ちの小銃のチャージングハンドルを引き、こちらも装填を済ませた。
不意に銃座の射撃音が途絶えるが、予想よりも早い。絶え間なく撃ち続けたとしても、訓練ではもう少し射撃は長かったはずだ。
後ろを振り返るよりも前に、むっとする金属の濃い香りが車内に漂った。肩越しに振り返ると、銃座に立っていた人物の姿が見えない。
視線を泳がせようとしていると、射手だったであろう河童の下半身が床に転がり、血痕を広げているのが見えた。確認するまでもなく、あの化け物がやったのだ。
四十メートル以上は離れていたはずだが、車両を潰した白い化け物は移動することなく、銃座にいた射手の上半身をもぎ取ったようだ。
どうやったのかと確認している暇はない。これだけ離れているのに、奴にとっては射程内であるようだ。
「このままあいつから離れながら戦うから、運転は任せた」
運転手にそう伝え、補給係やほかの乗組員よりも先に、真っ赤な血がこびり付く銃座に着いた。ほかの連中がすぐに銃座に向かわなかったのは、戦いに行くんだという闘志の炎が、食いちぎられた仲間の死体で沈下されてしまったからだろう。
補給してくれるかも怪しい。弾薬箱の中に手を伸ばし、弾帯を一つ取り出した。それを持ちながら銃座に着き、訓練と同様の手順で手早く重機関銃に弾丸を装填する。
他の三両から弾丸が発射されているため、無傷に見える化け物に多少なりの牽制は与えているはずだ。敵からの攻撃を考えずに装填を進める。
弾帯をセットし、カバーを閉じてコッキングレバーを手前に引いて射撃できる段階に銃を持ち込んだ。かなり小さくなっている化け物に向け、標準を合わせて射撃を行おうとした所で化け物が跳躍し、戦闘機の数倍は出ていそうな速度で突っ込んできた。
豆粒程度だった化け物の体は瞬時に見違えるほどに大きく映り、その速度に銃座に座る我々を唖然とさせる。
「右に避けろ!!」
気迫に飲まれてはならないと引きつり、上ずった声で運転手に向けて大きく叫んだ。一呼吸遅れて車体が右側へと向かって急旋回する。
化け物の握っていた拳が、自信の体長と同じ大きさもある巨大な鉄球へと変化し、肩から手頸にかけては頑丈な鎖へと変わっていく。
非常に原始的な武器に変形した化け物の腕は、一番先頭を走るこの車両に向けて振り下ろされた。
腕を振り下ろしてから、鎖、鉄球へと推進力が伝わっていき、車両と同じく1テンポ遅れて鉄球が地面に叩きこまれる。
一部装甲が持っていかれたが、直撃して中身ごと潰されることはなかった。余波に充てられ、一トンはくだらない車両がおもちゃの車のように横転させられる。
前方に進むエネルギーよりも破壊力があったようで、車は進むべきではない方向で何度も転がり、十数回目でようやく止まった。
重心によって車の下部が地面の方向を向いて止まったが、二度と発進させることはできないだろう。エンジンは外れかけ、タイヤは潰れ、外装はベコベコに凹み、ガラスはすべて砕け散っている。
車が転がっていた方向に私は投げ出されたが、ギリギリ潰されずにひしゃげた車体が地面を滑り、舞い上げた砂ぼこりに咳き込んだ。
地面に落下した衝撃が強すぎて、体が言うことを聞かずになかなか力を入れることができない。回復するまでそのままで居ようとしていると、車の反対側から仲間が車を降りるのが、潰れたタイヤで持ち上がている車体越しに見える。
どうやら運転手や補給係などは生きていたようだ。私が死んだと思って、他の連中と合流しようとしているのだろうか。痛みで回らない頭で考えていると、連続的な射撃音が聞こえてくる。
「囲め!!撃ち殺せ!!」
これまで、火薬で打ち出す鉛玉が効かなかった生物はいない。鬼でさえ仰け反り、多少の血を流した。だから、仲間たちは今回も効果があるはずだと思っているようだ。
鋭い破裂音が連続的に耳に届き、残っている河童たちが各々の小銃や銃座で、すぐ近くへと降り立った化け物へと向けて連射しているようだ。
弱い鬼程度であれば、十数人の射撃で撃ち殺すことはできただろう。鉄球を振り下ろす直前に見えた化け物の身体には、一切の弾痕が残っていなかった。まだ、星熊勇儀や伊吹萃香の方が反応を示してくれるだろう。
撤退を促そうとするが、投げ出された際にどこかへと行ってしまったらしい。両耳を圧迫していたヘットフォンがなくなっている。銃を連射し、化け物を撃ち殺そうとしている彼女達に声が届くことはないだろう。
それをやめさせようにも、立ち上がることすらもできていない。連射力の高い銃であるため、数十秒で数百発の弾丸は放っただろう。空薬莢が地面を転がり、ぶつかり合う小気味いい金属音が発砲音に重なって聞こえる。
射撃の音とは異なる爆発音が数度するのは、彼女たちが残っていた手榴弾をふんだんに使っている。爆発で舞い上げられた土や石が地面に落ちていくのを境に、弾丸を射出する音が聞こえてこなくなっていく。数十秒もあれば、少なかった弾丸を全て撃ち尽くすことは難しくはない。
小銃が、銃座の機関銃が硝煙を漏らしたまま沈黙していく。供給される弾丸がなくなったことで、空薬莢が排出されるエジェクションポートが開いたまま、ボルトストップかかった。弾丸が入った弾倉を装填しなければ、この武器はただの鉄の塊に成り下がる。
すぐに装填される音や、発砲音がしないところからほぼ全員の弾丸が尽きたのだろう。化け物が倒れたわけではない。そんな音は聞こえてこないし、河童たちの歓喜舞い上がる歓声が聞こえてこないことが何よりだ。
弾丸がなくなったから、ナイフなどの肉弾戦を挑もうとする者はいない。弾丸で殺せると思っていた化け物に、ほとんどの効果を得られなかったからだろう。
ようやく起き上がれるようになってきた体を起こそうとしたところで、化け物を攻撃していた河童たちの悲鳴が聞こえてきた。
どれだけ悲痛な叫びを上げようと、理性が通じなさそうな化け物は止まらない。ここから見ることはできないが、十数人いた河童たちは、最後の発声を次々に途切れさせていく。わずかに発せられた声も、残らずに空虚な空に消えていく。
数歩も逃げる暇はなく、自分を含めずに最後の一人は化け物に掴まれて掲げ挙げられているようで、離せと叫ぶ声の位置が高くなっていく。
見てはならない。顔を覗かせてはいけない。そうわかっているのに、ホルターに残っていた拳銃を引き抜きながら、壊れた車を支えにして立ち上がった。
「くっ……っ……」
肋骨の一部が折れているらしく、体を起こしただけで芯まで響くような疼痛に襲われた。胸を押さえ、痛みが引くまで待とうとしたところで短い絶叫が掴まれた河童から漏れた。
口や砕けた骨が貫いた皮膚から、ボタボタと血液が漏れている。身体から力が抜け、がくんと部下が上体をのけ反らせた。
体を大きく曲げたことにより、生気を失った部下の上半身が千切れて地面に落ちた。これほどの握力だが、この化け物はこの程度ではないはずだ。
「っ……!」
目の前で仲間を握り潰され、上半身と下半身が断裂した光景にショックを受けたのか。無意識のうちに息を漏らしてしまっていた。
耳がいい獣にすら聞こえない小さな音だったはずだ。耳や鼓膜といった器官が見当たらない化け物は、未だに大きな射撃音がすぐ後方の森で反響して聞こえているのに、人の吐息を聞き分けたようだ。
携えられた巨大な真っ赤な瞳と目が合った。いや、目が合いかけそうなところで顔を背け、目的など無くこの場所からただ遠ざかろうとしていた。
手に握っていた拳銃を向けることも、殺された仲間の無念を晴らすことなど頭には無い。ただただ、生き残りたい。それだけの生存本能が彼女を突き動かしたのだ。
もっと魔力制御の訓練をしておくべきだった。うまく魔力調節できず、傷の修復や神経を伝ってくる痛み情報をカットすることができない。ただ乱暴に魔力をつぎ込み、稼働する機械ばかり作っていた代償だ。
「ぐっ……!」
肋骨から伝わってくる疼痛が、足を踏み出すごとに増していく。今すぐ走るのをやめたい。歩を止めて楽になりたい。
だが、ここでやめれば生命を絶たれてしまう。逃げだした行為が全く意味がなく、死ぬ運命が変わらなかったとしても、この程度の痛みで逃げれる可能性が1%でもあるのなら、やめるわけにはいかない。
骨が折れている影響が移動に多大に出てる。体全体のバランスが崩れていることで、たった数メートル走っただけで息が切れ、足が上がらなくなってきている。
低い唸り声を上げる化け物が、掴んでいた下半身しか残っていない同僚の死体をこちらに向けて投げつけた。
避けようにも、横に飛びのこうとすれば、胸から全身にかけて電流のような激痛が走り、その行動をキャンセルされてしまう。もつれ、倒れ込みそうになるのを必死にこらえようとした時、化け物と自分の間に存在していた壊れた車両が突っ込んできた。
投げられた河童の肉体は車両と衝突したときに爆ぜ、一部の肉片がフレームにこびり付いている。体が半分で重量が軽くなっていたとしても、投擲による運動エネルギーはすさまじく、頑丈な金属の骨格を歪ませ、数百キロはある鉄の塊を吹き飛ばす。
転がり、移動する先にいる生物を全てミンチにするであろう車が、妖怪といえど身体強化もろくに施されていない河童の体を、引き裂こうとした寸前だった。
焼けていない森野方面に走っていたため、瑞々しく立派に成長した木々が車の前に躍り出る。数本の木が半ばからへし折られ、木片に変えられていく様子は粉砕機に押し込まれていくようだ。
複数の木々と地面との摩擦で勢いが削ぎ落されていたらしい。原型もなくなるほどに潰れていた車体が木片を飛び散らせ、人間の胴体よりも太い幹へとめり込んだ。そこから貫通することはなく、砕けた木と金属のこすれる音を不気味に奏でさせ、急停止した。
できうる限り全力で走っていなければ、木の代わりに自分の体がそうなっていたと考えると、ぞっとする。運よく今回は当たらなかったが、あの化け物はどれだけこちらを狙ってくるだろうか。殺したと確認するまで襲ってくるのであれば、私の命はそう長らえない。
「っ…くっ………痛…!」
絶望だと悲観的になる暇を痛みは与えない。肺で空気を取り込み、脳が糖分や酸素を消費して思考できうる間は、生き延びて、戦うチャンスを待つ。痛みを闘志に変え、ゆっくりと深く呼吸する。
「はぁ………はぁ………」
亀裂が入り、折れている脇腹にできるだけ負担がかからぬように呼吸をしていると、ひしゃげた車体越しにあの化け物が大口を開け、咆哮を漏らす。
肌や鼓膜が空気の振動でビリビリと震え、威圧感に圧倒される。逃げようとしても足が動かず、地面に釘やネジで固定されてしまったと錯覚した。
化け物が重心を低くし、走り出そうとしている。頭ではわかっているのに、身体が動こうとしてくれない。頭の中ではわかっているつもりでも、あの、死すらも感じてしまう咆哮に脳がパニックを起こしているのだろう。
膝が笑い、後ろで手招きしているだけであった死神が、すぐ後ろまで移動し、肩に手を置いた。そんなものは存在していないはずなのに、そうしたと思わせるほどに死がすぐ近くに存在した。
死神に、首を斬られる。命を、持っていかれる。痛みを闘志に変えていたはずなのに、たった一度の咆哮で情けなく燃え尽きてしまっている。そんな恥じらいをも感じる暇がなかった。
そのまま棒立ちでいれば、鉤爪か鋭い牙で引き裂かれていたはずだ。その状況を狂わせたのは、耳に残る甲高い乾いた破裂音だ。
聞き慣れた銃声は化け物の動きを停止させ、パニックでどうしようもなくなっていた河童の思考をリセットし、正気に戻す。
すべてを見たわけではないが、あれだけ残虐なことをされていた河童の中で、生きていた者がいたらしい。
どれだけの怪我を負っているのかはわからないが、化け物がこちらに敵意を向けるほどには虫の息だったのだろう。音からして9mmではなく、もう少し口径のデカい銃から射出された弾丸が、化け物の背中に数回当たる。奴の体が小さく振るえ、走り出そうとしていた動きを中断した。
振り返るとあと数分も持つことはない、か細く光る命を虫けら同然に、鉤爪のある脚で踏み潰した。悲鳴はない。上げる暇を与えなかったのか、その前に力尽きていたのかはこちらでは図ることはできない。
ただ、化け物の動きや音から踏み潰したのは間違いないだろう。発砲した人物にその意思はなかっただろうが、稼いでくれた時間を無駄にはしない。
化け物が振り返り、踏み潰しているうちに走りながらバックパックから細長い円柱状の武器を取り出した。武器と言っても人を傷つけるものではなく、傷つける切っ掛けを作る物だ。
部屋や市街地で主に使用される携帯武器だ。前者の場合は突撃での制圧に使用され、後者では敵の注意をそらすことを目的とされている。
光と音を放って周囲の人物の視覚と聴覚を奪い、突発的かつ一時的に方向感覚を失う。動物であればどんな者にも効果があるだろう。化け物に効果があるとは思えないが、気をそらす目的には使えるだろう。
円柱は内側と外側があり、二重構造を取っている。内側に発火する機構と光と音を放つ物質が組み込まれている。外側は効率よく燃焼することのできるように、一定の間隔で小さな肉抜きの穴が開いている。
閃光手榴弾の頭には、リングとL字のレバーが付いている。片手でレバーごと閃光手榴弾を握りこみ、もう片方の手でリング、いわゆるピンに指を通した。
力任せにピンを引き抜き、後方で河童を踏み潰している化け物の方向へと投げつけた。リングを引き抜いたからすぐに爆発を起こすわけではなく、レバー部分が本体に収まっている間であれば爆発を起こすことはない。
それに、この閃光手榴弾はレバーが抜かれてから数秒後に燃焼が始まる構造であるため、レバーが抜けないようにすることで爆ぜるまでの時間を調節できる。
振り返り、化け物の足元に転がるよう弧を描く軌道で投げつけた。その過程で本体にくっついていたレバーが外れ、燃焼までのカウントダウンを始めた。
この時点で十数メートルは離れているが、森の中ということもあり反響で多少スタン効果がこちらにまで届く可能性がある。
走りながら破裂までの時間をカウントし、耳を塞いだ。瞬間的に太陽を大きく上回る光が手のひらサイズの円柱物から発せられ、眩むほどではないが木々のスキマを縫って、鋭い閃光がこちらにまで到達する。
耳を塞いだといいうのに、耳鳴りはしないまでもかなりの轟音が塞がれた鼓膜を震わせた。うまく化け物に牽制を与えることは出来ただろうか。地面をジグザグに走り、ここからでは奴の姿を視認することはできない。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
苦しく激しい自分の息遣いと、草木を踏みしめる足音だけが森の中に響く。百数十メートルは走っただろうが、もっと奴から離れなければならない。。
どうやって逃げ切れたと確定すればいいのかわからないが、奴の目に留まらないところまで行けばいいだろう。こんな取るに足らない、弱い河童一匹を執拗に追うということもないはずだ。
そう思っていると、右足に軽い衝撃が走る。殴られたり切り裂かれたとは違う。何かをはめ込まれたような感覚だ。
右足に目を落とすよりも前に、後方へと引っ張られた。肋骨が折れている影響で体勢が大きく崩れており、ちょっと力が加えられただけで体が地面へとへばり付く。
「うぐっ…!?」
胸を打ち付けた衝撃がいつもよりも強烈に体を走り、気を失ってしまいそうになる激痛を生む。痛みに耐えられず体を抱え込もうとしたところで、金属と金属が擦れあう重々しい音が鳴る。
右足首に目を向けると、鎖につながった錠が食い込んでおり、手で外すことは難しそうだ。鎖を目で追っていくと化け物がいるであろう方向に、伸びて森の入り口方面に向けて消えている。
どうにかして外せないか、胸の痛みに耐えつつ足に手を延ばそうとすると、足から延びる弛んだ鎖がピンと張りつめ、人間をかけ離れた腕力や脚力を使っても抵抗できない力がかかる。
このままではあの化け物の元まで連れていかれ、他の河童たちと同様に殺されてしまう。どうしていいか一瞬わからなくなるが、手に使っていなかった拳銃を持っていたのを思い出し、足元へと標準を向けた。
自分の足を誤って撃ち抜かぬよう、冷静にサイトを覗き込み、引き金を引いた。撃鉄が振り下ろされ、弾丸の後ろにある雷管を撃針が叩き、火薬が入っている弾丸内部に火花が炸裂した。即座に火薬へと引火し、小さな弾頭が銃口から発射された。
一度の発砲では、何の材質でできているかわからない錠を破壊するに至らない。グリップを握る手が痺れ、衝撃が肩へと抜けていく。肋骨に響くが、それに気を向けている暇はない。
金属と金属が衝突したことで火花が激しく咲き、視界の妨げとなるが標準は向けられている。構わず数度発砲した。
途中で右足に鈍い痛みが走るが、七度目の発砲で足に嵌められていた錠へとつながる鎖をようやく断ち切った。弾丸を弾いていた時とは違った甲高い金属音を鳴らし、鎖が外れた。
継続的に引き寄せられる力がなくなり、鎖だけが化け物がいる方向へと向かっていく。方向は化け物にばれているため、早く逃げなければならない。
体を起こし、走り出そうとすると右足に鈍い痛みが走る。鎖を撃ち抜く過程で、誤って自分の足を撃ち抜いてしまったようだ。骨には当たっておらず、肉を一部抉られただけだが、この痛みは確実に走力を削ぐだろう。
走りながら拳銃から弾倉を引き抜くと、そこに弾丸は収まっていない。発砲した後に弾倉に弾丸が無いことを知らせるスライドストップがかかっていないということは、薬室の中に装填されているので最後のようだ。
息を切らしながら走り、追撃が来ないかどうか後方を確認するが、化け物が飛んでくる様子はない。本体が来ずに鎖を延ばしてきたということは、化け物自信は動いていないのだろうか。
それならば、今のうちに距離を稼がなければならない。森の中を走り抜けていき、このまま化け物が標的をこちらから、別の人物へと向けてくれればいいが、楽観的に状況を考えてはならない。
息を切らして走っていると、木々の間から目立つ白い衣服を身に着ける人物たちがちらちらと見えた。一時的とはいえ、同盟を結んだ天狗たちだ。彼女たちの森が丸ごと焼き払われた光景は遠くから見ていたが、まさか生き残りと遭遇できるとは思わはなかった。
こちらは全滅してしまったため、助けを求めようと森の中を走り、彼女たちの前に身をさらす。助けてくれと言葉を発しようとしたが、予想と違った人物たちが映った。
ほとんどが大なり小なりの怪我をしているが、あの化け物と戦ったような重症者は見当たらない。
天狗たちがいると思っていたが、彼女達だけではない。自分以外全員死んだと思っていた河童。鬼、吸血鬼、仙人までもが仲良く集まっており、どこかへと向かっている。
そして、その中には博麗の巫女までがいた。この戦争を起こした張本人がいるというのに、なぜ仲間たちは戦わないのだろうか。
ほぼ反射的に博麗の巫女に向け、トリガーに指をかけた拳銃を構えた。元々は仲間に救助を求めて身をさらしたわけで、それだけの人数がいれば誰の目にもつく。様々な種族のいる集団全体が戦闘態勢へと入った。
銃や刀、拳が構えられ、一触即発な雰囲気が流れる。
「…っ!?」
そのまま、双方が動かずに時間が流れる。彼女たちがこの拳銃にどれだけ弾が装填されているかは知らないだろうが、どういったものかは知っているようで、こちらの出方を見ている。
その段階で彼女たちに対する違和感があった。こちら側の巫女であれば、私の存在を確認した時点で殺しに来そうなものだ。
それに、これだけ多勢に無勢だというのに、多少の損害を出しても殺そうとする気配が見られない。こちらの出方を見ているのは、私が危険な人物かどうかを見定めているのだろうか。
そんな道徳観を巫女が持っているとは思えない。しかし、実際にそれをされている。瞳には狂気が宿ってはおらず、どことなく柔らかそうな雰囲気が彼女にはある気がした。
お祓い棒を構える手に意識を向けると、手全体を覆う程の古傷は見られない。メイクで隠しているのは考えられない。こんなイカれた世界で、美容や容姿を気にする人物はほとんどいないからだ。
こいつらは、別の世界から来た連中だ。霧雨魔理沙が潜伏し、この戦争に不幸にも巻き込まれた不運な住人たち。
「………」
奴らでなければ、戦う意味もない。どうせ一発撃ったところで、連中にハチの巣にされるだけだ。ここは不戦で戦いを避けたい。
「あんたらは……向こうから来た人たちで…いいんだよね?」
話しているだけで胸が痛くなる。できるだけ負担を与えずに、ゆっくりと話した。銃口を彼女たちから地面へと下ろし、戦う意思がないことを示す。
「…ええ」
短く返答する。今までの戦いで、こちら側の人物を信用できないのだろう。警戒を解くことはない。連中が早とちりをして殺されぬように、手に持っていた拳銃をホルスターへと仕舞い、上からボタンで閉じた。
彼女たちと交渉する必要はなく、簡潔に注意を促した。
「帰る場所があるなら、さっさと…帰った方がいい。巻き込まれる前に」
「…もう、とっくに巻き込まれてる」
博麗の巫女は進む姿勢を崩すことはない。そこに強い意志を感じるが、今の段階では命取りとなる。
「それもそうか、でも、今までとはわけが違う。…それはあんたらも見えてないわけではないだろ?あれを」
顎をしゃくり、物理法則がおかしくなった世界を見るように促す。ここは昔から人の出入りが激しかった位置で、木々の密度が薄い。視界は塞がっているが、十分に見えることだろう。
重力を失い、森が一つ丸々焼き払われ、一方では溶岩の海が形成されている。魔力が扱える人物であれば、誰でも事の重大さが分かるはずだ。
「…そうね」
他の人物らが狼狽える中で、巫女だけは依然として態度を崩さない。馬鹿なだけなのだろうかと思ったが、そうではない。これだけの集まりをまとめているのだから、それ相応の人物のはずだ。
「…あなた、随分とまともそうに見えるけど、そう振舞っているだけかしら?」
どうやら、他の連中のように好戦的でないところから、狂気を隠して寝首を書こうとしているのではないかと思われているようだ。
「さあ、自分の精神鑑定はしたことが無いからわからない。まともか、そうでないか。どちらの世界を基準にするかでも大きく変わってくると思うが」
まともかどうかなど全く分からない。だが、まともでいられたのは力などどうでもいいと考えているからだろうか。ない力を欲し、巫女達の狂気に充てられて狂っていく河童たちを、ただただ横目に見ていたのを思い出す。それもある意味でおかしいのかもしれないが。
「…正直、あなたのような人が一番たちが悪い」
ひどい言われようだが、どちらとも取れないものほど、彼女たちにとって怖いものはない。本当にまともなのか、それとも化けの皮をかぶっているだけなのか。そんなことを考えるのであれば、狂っていることが一目でわかる人物の方がましだろう。
「それもそうだろうな。それよりも話を戻すが、あんたらはここに残るつもりなのか?」
「…ええ、助けなきゃならない人がいるから。邪魔するなら全員倒してやるわよ」
外の世界から来た彼女が助けなきゃならない人物。その世界と交流のあった霧雨魔理沙の事だろうか。そうであるならば棘の道になるだろう。
「いくら巫女と言えど、自分の力を…過信しない方がいい。…これはそういう次元じゃない……あれが来る前に、さっさと諦めて帰ることをお勧めするよ」
「…あれ?」
こちらに来たばかりで、巫女はまだあの化け物を見ていないのか。あれは、どう説明していいのかわからない。どう説明するか悩んでいると、事実は小説よりも奇なりという言葉を奴は体現してくれた。
空気を押しのけて進む音が聞こえた気がし、上空を見上げた。移る視線が落下してくる化け物と交わる。反応するよりも前に、奴が後方に着地した。
巨体の着地により地面が破壊され、衝撃が河童だけでなく巫女たちの位置にまで到達する。体が浮き上がり、倒れ込むほどではなかったことだけが幸いだ。
しかし、浮き上がっていようが、浮き上がっていなくとも化け物には関係がない。ホルスターから拳銃を抜くよりも早く、化け物の鉤爪が振り下ろされた。
切り刻まれることを察した河童が、甲高い悲鳴を上げる。身を守るように腕を掲げていた彼女を、化け物は巨大な手でつかみ取った。
地面を駆け抜ける衝撃に、巫女達はバランスを崩しかけたのはそうだが、いきなり目の前に現れた未知の化け物に度肝を抜かれ、動くこと自体を忘れていた。
河童を掴んだまま、化け物が真っ赤な双眼を目の前に群がる集団に向けた。低い顫動音顫動音が鳴り響き、顔を向けられている彼女たちは観察されているような気分に陥るだろう。
歯をむき出しにし、血のように赤い唾液を口から零す化け物は、大きく胸を膨らませて息を吸い込むと、服や髪がバタバタとなびくほど強力な咆哮を奏でた。
敵対心が前面に押し出されており、誰が見てもこの咆哮が友好的な挨拶には見えないだろう。
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