それでもええで!
という方のみ第百五十話をお楽しみください!
思い込みというのは恐ろしいものだ。目の前にあるはずの事実が見えなくなり、信じがたい虚構に踊らされることになる。
人に限らず知性ある者は自分の目で観察し、聴覚を持ってして聞き取り、肌で醸し出される雰囲気を感じとって、それらの感覚を統括する脳で、起きている事実の真偽を自分で割り出さなければならない。
私の場合、過去の写真や彼女の行動を見て、実際に起こったことから真実を見出すことができた。最初は信じがたかったが、なんだか嫌に事実がすんなりと自分の中に入り込んできて、今までが塗り固められた嘘に踊らされていたのだとすぐに理解できた。
これまで見落としていただけで、探せばゴロゴロとヒントは出てきただろう。それでも彼女が残したパンくずから読み解か無ければ、あの魔女が敵だと思ったままでいただろう。
今の自分であれば、彼女は絶対に敵ではないと言い切れるが、スキマの妖怪や河童たち、鬼たちはそうもいかない。魔女はこちら側の人間だが、敵だと強く思い込んでしまっている妖怪たちの考えをひっくり返すのは難しい。
魔女が抵抗した末だろう。天狗からは怪我人も出ており、敵だという意志が強く特に丸め込むことは難しかった。
そこで頭の回転が速い紫がいち早く理解し、私が説得している途中から手助けしてくれた。そのかいあって渋々ではあるが、写真や戦っていた状況から敵ではないということで、丸く収めることができた。
彼女の事を忘れさせられているということは、彼女の事について覚えていられるのが困ると考えたからだろう。それは、奴らが欲しがっている力の何かしらの鍵となりえることを示唆している。
奴らの目的を止めるためにも、我々が介入してあの魔女を手助けしなければならない。力を合わせて戦わなければ勝てないのだ。
連中が来る入り口である太陽の畑の守りを固め、防衛線に徹するという作戦はなくなり、当初の予定通り聖たちに任せることにした。
天狗たちからここが突破されたらどうするという批判的な意見もあった。当然そういった考えが出てくるのは当たり前で、ほとんどの戦力を異次元に持ち込んでいるため、聖たちが倒されてしまえばこちら側の幻想郷に抵抗する手段がない。
しかし、防衛戦など取らなければならない時点で、こちら側が不利な状況に陥っていることを向こうに教えているようなもので、立てこもりという最後の手段は破滅の先延ばしにしかならない。
我々が自らの知恵を絞り、行動を起こして場をかき乱さなければ、その近しい未来は確実に現実となるだろう。それを覆すためには、前に出て奴らと戦うしかない。
全員で向こうに乗り込む意思を固め、戦争を起こしている隣の世界に入り込んだ。相変わらず死の匂いが漂う世界だったが、異変にはすぐに気が付いた。
土や地面の一部が剥がれ、空中に浮き上がっている。山があった方向に広がっている溶岩から蒸気や蜃気楼が発生し、噴煙のようなものを上げている。
自分たちの世界に戻っている間に、この世界に何があったのだろうか。見れば見るほどおかしなことが起こっている。実際に調査しなければわからないが、おそらくはあの魔女がかかわっているだろう。
あれだけ広範囲で、見たこともない現象が起こっているのだから、疑いようはない。彼女が持つ魔力はそういうことができる。
あの周囲で戦闘が行われているのはそうなのだが、溶岩の海と全ての物体が浮いている空間。どちらに魔女がいるのだろうか。
どちらが先で、どちらが後なのかにもよるが、もう移動している可能性もある。実際に、骨にまで響く重々しい地響きが、時折鳴り響いている。
もしかしたら異次元霊夢らが求めている、力とやらが奪われてしまっている可能性もあるのではないか。そんな雰囲気を河童たちが醸し出すが、そうなったら猶更引くわけにはいかない。
こんな世界を滅ぼせるであろう力を振るえる化け物となった連中を、自分たちの世界に入り込ませてはいけないのだ。
重力が働いていなさそうな地域に向かってみるとしよう。方向を定めようとした時、別方向から聞いたこともない爆発音が幻想郷中に轟いた。
「なんだ!?」
耳の良い白狼天狗がいち早く反応し、爆発音が響いた方向に向きなおった。ほんのわずかな時間目を離した隙に、比較的平坦な地形が続いていたはずの森に炎が吹き荒れる。
遠目から見れば、爆発が起きたと一目でわかるのだが、普通の爆発ではない。ゆったりと炎が広がっているのだ。幻想郷ではほとんど入ってこない知識だが、この場所に天体や宇宙について詳しい者がいれば、それが超新星爆発による炎だと驚愕しただろう。
「…何、あれ……」
神々しくも綺麗な赤青二色の炎が半径数百メートル程、一定の大きさまで膨れ上がると、その大きさを維持したまま膨張が停滞する。
明らかに地球上での炎の広がりや燃え方ではないが、あらゆることが可能な彼女のやることに今更驚かない。
半球状に広がり浮いている炎の内側に植生している木々だけじゃなく、建物や生物に至るまで平等に炎が襲い掛かっている。
あそこに、魔女がいるのだろうか。博麗の巫女だってあの中で生き残るのは難しい。だが、あの魔女なら大丈夫だろう。何度も怪我をしているのを見て、おそらく死なないわけではないはずだが、根拠もなくそう思っていた。
魔女が殺され、巫女が力を奪ったという考えはない。願望などの願いとは違う。長年の感が彼女は生きていると言っている。
とりあえず開けた場所に出ようと歩を進めていると、どこからか連続的な乾いた破裂音が聞こえてきた。幻想郷に住んでいれば、狩猟や妖怪退治で銃声を聞くことがあったが、それと似ている。
ただ、射撃の速度は圧倒的に遠くから聞こえてくる銃声の方が速い。これだけ連射速度が速い銃など想像もつかないが、河童たちは街で死んでいた者で全員ではなかったようだ。
思ったよりも銃声は遠くない。だが、山を反響して方向がつかめない。どこからだろうかと周りを見回していると、炎色反応を示す金属が発砲で発火し、光を放って燃えながら飛んでいく曳光弾が数発空中に向かって飛んでいく。
それに続いて、通常の弾丸らしき飛行物が目標に向けて数十発も放たれていく。空中に向けられているため、目標は天狗たちだろうか。
弾丸が飛んでいく先は木々の影になって見えなくなってしまうが、攻撃されたことで射撃されている人物が、景色の切れ目から現れて射出地点に向かって視界を横切った。
白を主体とする色なのは予想通りだが、黒や赤の服の色彩が足りない気がする。遠くというのと、動きが速いことではっきりと目でとらえたわけではないが、嫌に大きくなかっただろうか。
人型ではあったが、人間とはかけ離れた容姿をしていたように見えた気がする。新手の妖怪と考えられたが、あれだけ人型から離れたのは見たことが無い。平行世界ではあるが、世界観に大した差異はないはずだ。
先の白い魔物が、あの魔女に関係している事を考え、木々の影に向かって消えていった奴を追うことにしよう。
私の向かいたい方向を察したようで、不安そうな天狗たちが歩み始めた。初めてこちら側に来た時よりも、だいぶ戦力が削がれているのだから当たり前か。星熊勇儀に伊吹萃香のどちらも、永遠亭にて療養中だ。
弓の名手である永琳も彼女たち二人だけでなく、先の戦闘で出た負傷者の治療を行っていることで今は不在だ。決して弱くはないが、天狗や河童、下級から中級の鬼では戦力に若干の不安を覚えるのは確かだ。
吸血鬼もいるが、彼女たちは自分たちの目的のために力を温存している。いざとなれば戦ってくれるだろうが、それまでは援護程度しかやってはくれないだろう。
仙人である華扇もいるが、彼女も今までの戦いではかなり大人しく、大きな戦力としてカウントしていいのかがわからない。
周りを警戒しつつ歩みを進めているが、射撃音は一向に止まることはない。それどころか激しさを増していく。心成しか射撃音が段々と近づいてきている気がした。
反響してしまっているが、鼓膜を刺激する音圧が高まってきている。河童たちとの遭遇も考えていると、響いていた銃声が徐々に鳴りやんでいく。標的を殺したのか、それとも殺されたのか。
その場面を見ていない私には予想するしかできないが、河童たちにとって良い状況だったとは考えにくい。なぜなら、目標が倒れたことで射撃が止まった風には聞こえなかった。射撃音が重なっていることから、銃器は複数あったのはわかる。
それらが同時に止まるのではなく、弾丸が尽きていくことで徐々に発砲音がしなくなっていったことが根拠だ。
すべてが当たっていたわけではないだろうが、あれだけの鉛の弾幕をものともしない 奴など、想像できない。
それらと接敵することを考えると、早く魔女と合流した方が良さそうだ。周りを経過しながら進んでいた一向の歩みを早め、森を抜けることを最優先だ。
しばらく歩いていると、単発的な銃声が数度鳴り響く。鼬の最後っ屁や苦し紛れの抵抗に聞こえ、やはり河童たちが敵を殺し切れずに逆に殺されたと考えられた。
歩みを進めてから程なくし、木々の枝をへし折りながら片手に小さな拳銃を保持した河童が私たちの前に現れた。私たちの世界の河童ではない。
最初にこの世界に来た時と、連れ帰った人数は同じで、はぐれた者がいたとは考えられない。二度目もこの短時間で迷子になって、新たな怪我を負ったと説明するのには無理がある。
手に持つ拳銃にどれだけの弾丸が装填されているかはわからないが、白狼天狗の盾で防ぐことは難しいはずだ。こちらと同じく戦闘態勢に入った異次元の河童が銃口をこちらに向けるが、引き金が引かれる様子はない。
様々な種族が入り混じるこの集団を、驚愕の目つきで睨んでいる。戦争が起こっているこちらでは、契約を結んで敵対しない種族もいるだろうが、ほとんどの種族が敵対しており、ここまで混じることは前代未聞であるはずだからだろう。
そこに巫女がいること自体もおかしく、こちらのいかれた巫女でないことが分かったようで、引き金から指を放すとボロボロで呼吸するのも辛そうな河童は銃口を下げた。
現れた河童と会話した時、彼女がいかれているようには見えなかった。話の通じそうな人物であったが、それが逆に不気味であった。
後ろから撃たれないように、ここで倒しておいた方がいいだろうか。そんなことを考え、袖口に仕込んである妖怪退治用の針に指を延ばそうとした直後、彼女が聞き捨てならない事を言う。
あれが来る前に帰った方がいい、ボロボロの河童は確かにそう言った。あれとは何のことを刺しているのか。彼女たちを襲った奴だということは想像つくが、先の化け物だとするとそいつが何なのかが気になる。
こちら側の巫女が力をすでに手に入れてしまっているのか、それとも、あの魔女が生み出したものなのか。それとも、まったく別の勢力が出てきているのか。
それを問うよりも前に、上空から何かが落下してきた。空気の抵抗などなさそうに、魔力操作によって普通ではありえない速度で、異次元河童の倍以上も巨大な化け物が着地した。
強い太陽光で照らされていた乾いた地面が、衝撃を逃がすことができずに亀裂を生じさせ、私たちも巻き込む形で衝撃に煽られる。
距離が離れており、尻もちをついたり倒れるところまではいかなくても、地面がめくり返ったことで踏ん張りがきかない。ただの着地がこれだけの被害を生むこいつこそが、河童たちを全滅させた張本人だと気配から察した。
出現した真っ白な化け物が何者なのか図ることができない。現在確認されているどの種族にも属さず、どう分類していいのだろうか。新種の妖怪であったとしても、規格外すぎて我々の手には負えないだろう。
真後ろに着地された河童は、衝撃に充てられて反応が目に見て遅れている。人間以下と思える反応速度は、蠅でも止まってしまいそうだ。それだけ遅ければ化け物が掴むなど朝飯前だ。
悲鳴を上げながらも抵抗しようとする行動が見られ、体を掴む化け物の手を振り払おうとしているが、ピクリとも押し返せる様子は見られない。
そのまま掴んだ河童を握り潰そうとした化け物は、そこでこちらの存在に気が付いた。真っ赤で充血した目をぎょろりと動かして顔を上げた。
瞳から血が零れだしそうな化け物が何なのか、一瞬のうちにどうでもよくなってしまう。どうにかしなければならないと、感が脳に訴えかける。それは私だけでなく、より獣に近い妖怪たちも感じたようだ。
私がやられたらそれこそ終わりだと考えているのか、盾持ちの天狗たちが交戦する意向を見せ、すぐさま化け物の正面に陣取った。
背の高い彼女たちに前線に出たことで視界が塞がれる。天狗たちが前に出て、他の妖怪が各々できることをしている中で、巫女が何もしないわけにはいかない。
スキマ妖怪の方に目を向けると、彼女も気が付いたようだ。私のやりたいことを遅れながらに察したようで、足元にスキマを開いてくれた。
体を支えていた地面がなくなったことで、重力に引かれて大きな口を開いているスキマの中へと落下した。彼女が持つ無限に続いているように見えるあの空間につながっているわけではない。
皆が気を引いてくれているうちに、咆哮を上げている化け物の後方へと降り立った。地面に足が着く直前にお祓い棒を振るって、ゆらゆらと蠢く長い尾を叩き潰す。
お祓い棒から伝わってくる振動は、ただの妖怪であれば致命傷を与えられたであろう手ごたえを示している。どのような構造かはわからないが、白い肉体が潰れるかと思ったが、陶器のように亀裂を生じさせ、ボロボロに砕けていく。
半ばから叩き割れて先はどこかに飛んでいき、柔らかそうな皮膚とは思えない、硬い亀裂が根元にまで到達する。手ごたえがあっても、効果があるかどうかは微妙だ。
ここに来るよりも、前に戦っていた河童たちとの戦闘の跡は見られない。銃創が残らないほどの再生能力を考えると、出方や様子を見ている暇はない。このまま押し切る。
化け物は攻撃した人物を特定するために、振り返ろうとしている。向きを骨格から割り出し、動きに合わせて移動して死角の中にとどまり続けた。
その間にも攻撃する手は緩めず、後方から頭部や背中、腕や脚を重点的に攻撃する。今までに体験したことが無いほど外骨格は強固で、お祓い棒を握る右手が殴った衝撃に痺れる。
それでも化け物にダメージを与えられていないわけではなく、皮膚上を亀裂が大きく広がり、破片が一部こそげ落ちていく。
森を一つ焼き払い、山を消し飛ばし、法則を捻じ曲げられるであろう化け物の割に、なぜか動きが鈍い。私を視界にとらえることができず、通り過ぎた方を睨んでは後方からの攻撃を無防備に受けている。
動きの素早さが強さとイコールであるわけではないが、この化け物からはあの光景を作り出すだけの力を感じない。こいつのほかに、もっと強力な化け物がいるのだろうか。
最悪を想定し、早いところなんとかしてあの魔女と合流しなければならない。十数回目、化け物の後頭部に打撃を叩き込んだ。
破片が大きく弾け、化け物の体が大きくよろめいた。私に注意が向かないようにするためか、鬼たちの中で萃香ほどではないが腕っぷしに自信のある者たちが、化け物に走り寄って同じく攻撃を繰り出した。
化け物は正面から攻撃を繰り出されているというのに、身動きを取ることが無い。そのまま腹部や胸に打撃を加えられ、外骨格に亀裂を生じさせていく。皮膚に亀裂が発生するのは、化け物にとっては大した問題ではないようだ。
こいつが弾丸などの弾幕がほぼ効かないのは、異次元河童たちの交戦で情報を得られている。遠距離がだめならば接近戦しかない。大した問題になりえないのであれば、問題になるほどの損害を与えるしかないだろう。
河童を掴む腕を叩き割り、吹き飛ばした。戦闘を続行する精神を保つためにも、誰かの悲痛な絶叫など聞いていられない。彼女には早々に退場してもらおう。
片腕をなくした化け物が次はどう動くかを予測し、死角へ回り込む準備をしようとするが、奴からは何の行動も起こらない。身をかがめて移動しようとした体勢のまま、攻撃に映るまで数秒も時間を無駄にしてしまう。
フェイントではない。河童や天狗たちの集団の方向を見据える化け物が真っ赤な目を細めると、胸を大きく膨らませ、再度咆哮を上げた。
空気が歪むほどの音圧に、攻撃に参加していた鬼たちはもちろん、私も非常に短期間ながらも見当識の失調を引き起こす。
耳を塞がなければ鼓膜をやられる。両手で耳を押さえるので精いっぱいだった私たちは、化け物を天狗たちの方向へと逃がしてしまう。
十数メートルの距離を取っていたとしても、化け物の咆哮は河童や天狗たちを怯ませるのには十分すぎる。頭を押さえる者や膝をつく者までおり、即座に迎撃できる人物はいない。
彼女たちも立て直そうとしているが、化け物の方が足が速い。広く展開している集団へ到達する直前、彼女たちの更に後方から一人の人物が飛び上がる。
小柄で幼い見た目の彼女は、背中から通常の翼とは異なった、宝石に見える鉱物がぶら下がっている。金髪で真っ赤な瞳が特徴的な吸血鬼は、飛び上がったまま中空に手を延ばすと、瞬時に炎の大剣を生成した。
赤い炎に照らし出され、周囲が夕焼けのオレンジ色に染まる。槍などのように投擲することが目的の武器ではないが、掲げた刀剣を化け物に向けて投げつけた。
走る化け物の胸に回転する剣が貫いた。外骨格の一部を融解させ、突き刺さると同時に凝縮された炎が拡散する。爆発に近い炎の放出は、巨体を飲み込んで内側から焼却していく。
目や動体視力が特別高くなくても、炎が化け物を包み込むよりも早く、身体のところどころにあった亀裂が大きく広がり、ガラスのように砕け散るのを捕えた。
砕けた化け物の破片は重力に従わず、いくつかのまとまりに分かれて粒子が独りでに飛行する。風が巻き起こっているわけではなく、奴の魔力操作によって浮遊しているのだ。
空中で粒子が全てまとまっていくが、小さな粒の集合体で一見したところ化け物とは程遠い形態だ。どういった形になるか予想がつかなかったが、高温で金属を溶かしたようにスライム状に粒子が溶け出すと巨大な流動体となって、化け物の姿に戻った。
そこに元のダメージはなく、のっぺりとした透き通った陶器質の肌に戻っている。着地の衝撃で地面が割れ、カラス天狗が持つ刀と変わらない大きさの鉤爪が地面を抉る。
「囲め!」
様々な種族が入り混じり、各々の得物を中央に君臨する未知の化け物のへと向ける。銃口や刃先、拳など形は様々だが一致した目的で向けられている。
化け物は苛立っているのか、元々怒っているように見えた表情にさらに怒気を含ませ、怒りをあらわにしている。しかし、そこには何か複雑そうな物が垣間見えた気がした。
化け物に次の行動に移らせる前に、鬼たちが走り出す。吸血鬼や白狼天狗ほどの素早さがあるわけではないが、化け物が動くことはない。
同時に化け物が複数の方向から拳に穿たれるが、外部から見てもまるでダメージになっているようには見えない。
穴から広がる亀裂は、内側からあふれ出した白濁色の体液で埋まり、ヒビの大きさや規模によって治る速さは異なる。それでも十秒程度で亀裂はすべて修復してしまう。
倒すことはできずとも、できるだけ化け物の事を足止めし、魔力を消費させようとしている。低から中位の鬼と言えど、そこから放たれる攻撃力は絶大だ。
埒が明かないと勝負に急いだ化け物の正面に立つ鬼が、スペルカードを起動した。一気にダメージを与えようと高出力の魔力を、身体に巡らせる。
鬼が踏ん張りを効かせている一部の地面が陥没し、プログラム通りに構えを取り、魔力を練り上げた彼女は、最大まで強化された拳を化け物の胸へと叩き込んだ。
今までの手応えの無さから、化け物の体が大きくひしゃげて弾け飛ぶぐらいにはなりそうだったが、十数センチ上体を後ろに仰け反らせただけで、鬼のスペルカードが終わりを告げる。
周囲に群がる鬼たちを化け物は尾を一薙ぎし、吹き飛ばした。戦闘不能まではいかないが、地面を転がり仲間に衝突し、しばらく動くことができなさそうだ。
天狗の腕力を大幅に上回る鬼のスペルカードが、何の効果も与えられなかったことが彼女たちに少なからず衝撃を走らせ、化け物に向かおうとしていた足を地面に縫い付けた。
そのうちに先とは見違えるほど俊敏に動き出し、次々と河童やカラス天狗を足や手を使って薙ぎ払い、疾走していく。鉛と魔力の弾幕は、当たったそばから吸収され、足止めにもなりはしない。
天狗たちの斬撃も、熱したナイフでバターを切るように通り抜けていく。鬼は体を使って突撃し、盾持ちの白狼天狗は盾で化け物を止めようとするが、生物の馬力が違う。跳ね飛ばされ、子供のように吹き飛ばされていく。
そんな中で、化け物が尻尾を薙ぎ払うではなく、突き刺す形で天狗たちの集団へと向かわせる。身長の数倍は伸びている鋭い尾は、先ほどまでの身体能力を考えると何人が貫かれ、体を抉られるのか予想がつかない。
私は魔力で身体強化を施し、化け物に向けて跳躍する。お祓い棒を掲げ、尾が伸び切る前に通り過ぎざまに数度の打撃を加えた。頭が潰れ、再生した腕や脇腹の陶器質の肌と肉が一緒に崩れ落ちるが、怯んだ程度で攻撃をやめる様子はない。
妖怪であっても致命傷になる攻撃だったはずだが、こちらには目もくれない化け物は、一心不乱に尾を引き延ばすと白狼天狗の一人を貫き、皆に見せつけるようにその人物を掲げ挙げる。
紅葉の模様が描かれた盾を貫通し、白狼天狗の一人が腹部を貫かれて持ち上げられた。助けなければならないと私が跳躍するよりも前に、いち早くカラス天狗の一人が反応する。
「椛!」
焦りと彼女を失う恐怖から、叫ばれた声はもはや悲鳴に近い。腹部を貫かれて吐血する椛に、太刀を掲げた文が瞬く間のうちに接近する。
異次元妖夢戦で片翼を失ったというのに、飛行速度に衰えは見られず、文の太刀は化け物の尾を切断した。奴の身体には亀裂が生じず、液体を斬った手ごたえを彼女は感じたことだろう。
切断に至らなかった化け物は、どうにか逃げ出そうとしている椛に向けて鉤爪が並ぶ手を構える。魔力で強化された先鋭で、観楼剣など比べ物にならない切れ味を誇る爪は、本当に切れないものなど存在しないだろう。
他の天狗らが椛を掴み、体を尾から引き抜かせようとしているが、体内で曲がりくねっているのか、尾の一部に返しが付いているのか、外せないようだ。
掲げられた鉤爪が振り下ろされると、焦りだけが募る中で、濃密な魔力が発生する。文が手のひらサイズのカードを握り潰し、プログラムされたスペルカードの回路を抽出する。
「旋符『紅葉扇風』!」
紅葉の団扇に能力で風をまとわせ、化け物に向けて大きく横なぎに薙ぎ払う。放たれた魔力が空気を巻き込んで渦を巻く。
小さな渦は空気をより取り込み、巨大化していく。急成長した螺旋状に回転する竜巻は、化け物に向けて直進する。その道中にいる妖怪たちが数人巻き込まれたが、直撃した者はおらず怪我と言える損害はほぼ無い。
竜巻の中は縦横無尽に鎌鼬が発生し、内部にいる者を斬り刻む。流石というべきか、化け物を余裕で飲み込む大きさがあるというのに、腹部を貫かれている椛は竜巻に巻き込まれていない。
白狼天狗を引き裂こうとしていた鉤爪が前腕ごと吹き飛び、内部にいる化け物斬り刻む。切られるごとに化け物の外骨格が剥がされているらしく、周囲に白色の破片が散らばっていく。
尻尾も数十回にもなる鎌鼬の斬撃により、腕と同様に尻尾が切断される。尾が切り離され、竜巻の風で椛が投げ出された。
空中で椛は立ち直ると、地面へ転がり落ちた。貫かれた腹部を押さえ、起き上がれない様子から、多大なダメージを負ったようだ。刺さっていた尾は、形状の維持ができなくなったのか、細かな破片となって崩壊していく。
「椛!」
片翼を羽ばたかせ、手で押さえることのできない血液が滴る白狼天狗のそばに降り立った。白装束の服にじんわりと血液が広がっていき、布が水分を保水しうる量を簡単に超えてしまう。零れる血の量が増え、彼女の倒れている周囲に血の池ができていく。
腹部を貫かれた際に、主要な血管をやられたようだ。距離があり、素人目だがこの出血の速さは妖怪だとしても重傷だろう。すぐに治療を施さなければ、人の捜索に特に秀でた能力を持つ彼女を失うことになる。
「…紫!」
元の世界に戻り、椛を永琳に治療してもらわなければならないのは、紫も重々承知しているようで、能力でスキマを生み出そうとした直後、未だに暴風を巻き起こしていた竜巻が掻き消えた。
「くそっ……こんな時に…!」
文が悪態をつく傍らで、魔力制御化に置かれていた竜巻が消滅し、あらゆるものが斬り刻まれるはずの中央に、化け物が佇む。
大きく、軽い骨と骨が打ち合わさるような顫動音が響く。化け物の側面から妖怪退治用の針を投擲するが、ズブリと陶器質の肌に入り込むと、溶け込んでいく。
遠距離も効果がなく、打撃も効果が薄い。倒すことができないのであれば、形状が元に戻るまでの時間を稼ぐしかない。
私もスペルカードを起動しようとしたが、化け物の方が一歩早い。椛の周りに集まっていた天狗たちを押しのけ、吹き飛ばす。彼女を抱えて飛び去ろうとした文を、鎖状に変化させた腕で拘束し、投げ捨てる。
「椛…!逃げ…て……!!」
数百年生きた妖怪たちが、赤子同然だ。人間を超える圧倒的な脚力を持つ鬼でさえも、化け物の進行を止めることはできない。必死に椛を守ろうとする、文の悲痛な叫びが木々に反響してこだました。
執拗に椛を襲う化け物は拳を握り、彼女に向けて正拳突きを繰り出した。白狼天狗にいつものフットワークはないが、後方へ下がりながら穴の開いた盾で防御したことで、身体を叩き潰されることは防いだ。
あらゆる打撃や斬撃を受け止める強靭な盾が粉々に砕け、彼女は自分の身を守ることのできる唯一の手段を失った。
化け物が大きく前に踏み出し、椛が下がった分だけ距離を詰め、拳を握った左腕を構えた。下半身から上半身、全身の筋肉組織を流動させ、最大限の力を発揮させて叩き潰す気だ。
「…させない……!」
ハンマーのように上から拳が振り下ろされる寸前に、滑り込みで化け物と椛の間に体を押し込んだ。ただし、馬鹿正直に飛び込めば私が彼女の代わりに肉塊になるだけなのは明白で、時間を稼ぐことは忘れない。
後方から接近する際、魔力操作と身体強化で加速し、化け物の片足を叩き潰した。太ももが粉々に砕け散り、構えていた奴の体勢が大きく崩れた。
地面に倒れてから足を修復すると考えれば、椛を連れていくだけの時間は十分に稼げる。血まみれで、今にも死んでしまいそうな白狼天狗に手を延ばそうとした時、予定と違う気配を感じた。
肩越しに振り返ると、全身が流動化して足や動体の境目がなくなると、形状を変化させて手足を再生成した。なくなった足を補うため、尾と地面に着こうとした腕が足となり、バランスを崩して持ち上がっていた足と、傾いた頭が腕へと変化する。胸があったあたりと背中の一部がせせりだし、頭部と尾部を形作る。
椛への殺意だけが先行したらしく、腕の形状固定が速い。拳を握り、こちらに向かって振りぬこうと振りかぶる。まともに踏ん張りも効かせることのできなさそうだが、込められた殺気だけでも、人を殺すのには十分過ぎる威力を秘めていそうだ。
ただ一人の妖怪と、幻想郷の運命を左右する人物。どちらを優先するか、天秤の傾く方は想像に難くない。この状況で、どちらを優先しなければならないかなど、少し考えれば誰だってわかるだろう。
生き物の命を天秤にかけることをしたくなかった、または、彼女が可哀そうだったという偽善的な感情から無鉄砲に突き動かされたのではない。この化け物と顔を見合わせて戦わなければならない、そんな使命感に似た感情に支配されていた。
どんな生物でも肉塊に変えてしまいそうな、明らかに食らってはいけない拳を正面から迎え撃つ。切羽詰まった紫や鬼たち、フランドールの声をすべて無視し、お祓い棒を化け物へ振り抜いた。
脚や顔が遅れて固定化され、怒りを張り付かせる化け物の瞳に私の顔が反射する。お互いの吐息がかかりそうなほど接近し、コンマの時間差が生死を分けるだろう。
鈍足の得物と、俊敏な鉄拳が交差した。
次の投稿は2/27の予定です。