東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十一話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百五十一話 擬物

 誰がどう見ても、どちらが速かったなど明白だっただろう。どんなに特別な人間であろうと、人間が人間であることには変わらない。どこまでも規格外の化け物の拳は、博麗の巫女が振り抜くお祓い棒の速度を大きく上回っていた。

 一歩も二歩も、化け物の素早さは先を行っており、徒歩の人間と自動車ぐらいの差はあっただろう。巫女の攻撃が放たれるよりも遥か手前で、華奢な体に拳が撃ち込まれ、全身の骨が砕けて肉塊になる。

 タンパク質の塊に服がまとわりついていても、元が誰なのかはわからなくなる。それほどの攻撃を博麗の巫女が受けるとこの場にいる全員、攻撃を行っている本人ですら思っていた。

 鋭い打撃音が響き渡った。吹き飛んだのは何十年も幻想郷を守り続けていたただの人間。ではなく、身長が倍以上もあり、体重は数百キロはくだらない化け物の方だった。

 誰もが予想だにしていなかったのは、説明するまでもないだろう。懐に潜り込んで放たれた打撃に煽られ、化け物の身体が見た目に見合わないほど軽やかに後方へと吹き飛んだ。

 皆の脳内で予期していた道をたどらず、博麗の巫女は何の外傷も受けずに生き延びた。これを運が良かったと、胸を撫でおろす人物はいない。化け物が頭部の形状を固定化させた途端に、突き出そうとしていた拳が急停止したのだ。

 そこから、博麗の巫女がお祓い棒を振り抜くまで、コンマの時間が存在していたはずだ。たったそれだけの時間だが、化け物からすれば人間一人を死に誘うのには多すぎる。

 長い時間をドブに捨ててまで、化け物が攻撃を放棄した訳は皆にはわからない。疑問が湯水のごとく脳内にあふれ出し、思考が追い付かなかった。

 だが、これまで何度も戦闘を繰り広げていた彼女たちは、すぐに切り替える。顔面から大きく亀裂を広げる化け物が、破片を大量にまき散らして吹き飛んだ様子から、巡る思考が一致した。これはチャンスだ。

 今までは攻撃を受けたとしても、亀裂が生じた部分は数秒で修復されていた。しかし、私が何か特別なことをしたわけではないというのに地面を転がり、ノロノロと起き上がった化け物の傷が治っていない。

 治癒が行われていないだけではなく、化け物が動こうとするごとに亀裂は広がり、壊れやすそうな外骨格はその見た目通りに剥がれていく。

 亀裂の奥から白い体液が滲み、傷を修復しようとする素振りすらない。攻撃に効果が見込めると確信して最初に動いたのは、遠距離武器を持つ河童たちだった。

 大口径の銃口から放たれる散弾銃を次々に構え、射線上に誰もいないことを確認し、一斉に引き金を引いた。火薬の甲高い破裂音が重なり、人の動体視力ではもはや捉えることのできない速度で、散弾は化け物に撃ち込まれた。

 明らかに、巫女が攻撃するよりも前とは、戦況が異なる。今までは水に物体を落としたように弾丸が溶け込んでいたが、頭部から広がる亀裂を銃創がさらに大きく広げていく。

 真っ赤な瞳にも当たったらしく、鮮血を弾けさせて大きく仰け反った。河童たちは射撃の手を止めず、ポンプアクションで次々と薬室に弾丸を送り込んでいく。チャンスだと仲間の装填時間を考慮せず連射したため、ほぼ全員が同時に弾切れを起こす。

「装填!」

 バックパックからショットシェルを取り出し、銃に一つずつ込めていく中で、攻撃が途切れるのは好ましくない。間髪入れず、飛行能力に長けている天狗が通り過ぎざまに太刀で斬撃を食らわせた。

 数度に渡って、深く長い斬痕を身体に刻んでいく。カラス天狗に遅れ、大太刀を構えた白狼天狗が切断されかけていた、人間の胴体ほどもある太い片腕を胴体から切り離す。

「ガアアアアアアアアアアアアッ!?」

 どんな技も受け流し、ダメージをまるで与えられた様子が全くなく、敗色が強くなっていた私たちの攻撃が、初めて化け物に効果を見せている。皆の握る得物に力が籠る。

 白狼天狗が更なる攻撃を仕掛けようとするが、化け物は大きく後方に飛びのき、我々から距離を取った。

 このままではやられると化け物は考えたのか、跳躍してここから逃げようとしている。今回たまたま弱点を突くことができ、奴にダメージを負わせられているだけなのかもしれない。後々、奴と再戦するのだけはごめんだ。

 大きく腰を落とし、あとは下半身のバネを使って跳躍するだけの化け物に向かって突撃するが、距離を置かれた分だけ離れてしまっている。間に合わせるのには、時間が足りない。

 できるだけ早く動き、化け物にお祓い棒を叩き込もうとするが、奴の方が速い。足を延ばして跳躍しようとした時、地面を踏みしめる足周囲で異変が生じる。

 植物の芽が息吹き、急成長していくのだ。何十もの芽が成長を魔力で促進されることで、数センチが十数メートルにも伸び、化け物の残った腕や飛ぼうとした足に絡みつく。

 異次元幽香が周囲にいるのかと、魔力の流れに意識を向けるが、彼女の荒々しい波長ではない。しかし、こちら側の彼女は、異次元霊夢らが初めて姿を現したときに殺されたはずだ。

 訳が分からなくなるが、走る私の邪魔にならないように花が咲いていくことから、異次元ではない可能性が大きくなっていく。

 化け物が自分に絡まる蔓を引き裂き、引き抜いて拘束から逃れた。絶え間なく成長し、伸び続ける植物だが、根元からやられれば成長する分だけ拘束に空白ができる。

 今度こそ跳躍しようとした化け物の足を、炎の大剣が抉りこむ。大量に咲く花の影からいつの間にか接近し、フランドールが突き刺したのだ。

 振り払おうとする間もない。煉獄の炎を爆発させ、化け物の片足を塵も残さず焼き切った。炎が膨れ上がり、周囲の植物ごと焼却してしまうが、拘束の役割を最大限に果たしたため、幽香が怒らない事以外は問題はないだろう。

 片足を失った化け物だが、それでも移動を諦めていない。残った足や腕を使って逃げようとしている。巫女が到達するまで時間を稼ぐため、もう一人が上空からピンク色の軌跡を描いて攻撃を加えた。

 倒れまいと踏ん張っていた、もう片方の足に狙いを定めたようだ。重力を味方につけ、落下の衝撃で踏み潰した。鬼が振るう破壊に近しいものがあり、接近している足から衝撃が骨の髄にまで到達する。

 これまで戦闘に消極的だった、片腕に鎖付きの枷がはめられている仙人はピンク色の髪をなびかせ、包帯が巻かれた右腕を振りかぶる。潰すだけでは止まらないと踏んだのか、残っていた足を完膚なきまでに粉砕した。

 攻撃が終わると同時に二人は飛びのき、行動がままならなくなった化け物だけが残された。呆気ないように見えるが、ようやく長い道のりを経て到達する。斬痕と銃創まみれの体と、千切れかけの片腕で上体を持ち上げていた巨人に向け、お祓い棒を再び叩き込んだ。

 フランドールの焼却や華扇のストンプに巻き込まれず、化け物に巻き付いたままだった草花の茎や蔓が打撃によって引き裂かれ、化け物を後方へと吹き飛ばした。

 一度地面に衝突するが、化け物には足の鉤爪はなく、止まることなどできない。数本木々を砕き、なぎ倒したところでぶっ飛ばされた巨人の動きが停止する。

 初めは死んだように動かなかったが、今にもバラバラに砕け散ってしまいそうに見える奴は、あちこちから陶器質の肌を零し、ゆっくりと残った片腕で上体を持ち上げた。

 怒りではない。なんの感情も読み取れない咆哮を化け物は上げた。それに雄々しさなど微塵もなく、生命が事切れる最後の断末魔だ。

 化け物の崩壊が始まり、尾が原型をなくして地面に散らばった。外骨格だけではなく、体の奥深くにまで亀裂は及んでいく。

 胴体の一部が剥がれ落ち、もろく砕け散った。無機質的な質感であるのに、生物的に蠢いていた化け物の身体が、見た目にそぐわない無機物に切り替わる。金切り声が途切れ、崩壊に拍車がかかる。

 特に、頭部が内部から何かがせり出てくるように砕け、白色とは正反対の真っ黒な物体がズルりと零れ出る。卵の殻を破り、雛が外界に這い出てくるようだ。

 鬼の攻撃時、身体のあちこちに大穴が形成されていた。同時にいくつもの穴が穿たれることもあり、とても中身がいるようには見えなかった。こちらの攻撃に合わせて、本体は化け物の体の中を移動していたのだろうか。

 異次元の河童たちをものの数分で全滅させた化け物を操るのが、どんな異形の姿をしているか想像が膨らんでいたが、我々とそう変わらない人型で人間のように見えた。地面に倒れ込んだまま動く様子を見せない人物の上に、ただのオブジェと化していた化け物が倒れ込んだ。

 上半身を支えていた腕が砕け、地面や倒れ込んでいる人物に胴体が落下すると、食器に使われる陶器よりも脆く壊れていく。遠目では死んでいるのと変わらない程に動かなかった人物が、ようやく動きを見せた。

「げほっ……ごほっ…!」

 重々しい重病人のような咳が、化け物だった破片の下から聞こえてくる。体が揺れるごとに、巨人の中から出てきた人物の上から陶器様の破片が落ちていく。

 息を止めていたのか、咳から呼吸が開始されている。長時間休みもなく、高度な運動をしていたのと変わらない息切れだ。警戒して静まり返っている周囲に、その呼吸音だけが反響している。

 荒々しく、肩で呼吸を繰り返す。酸素を求めて喘ぐのが最初は誰なのかは全く分かっていなかったが、覆いかぶさっていた化け物の破片が塵となって消えていき、ようやくそこで気が付いた。

 金髪の鮮やかな髪は整えられているとは言えず、服も幾多の戦闘があったことが匂うボロボロさだ。踝まで隠れる長く、黒いスカートに白いエプロンは神社のタンスにあった魔女の服とよく酷似している。

 体を起こし、彼女は顔を上げた。思考がはっきりしないのかボンヤリとしており、見慣れた表情ではないが、何度も相まみえたあの魔女で間違いない。写真と比べると表情は陰り、荒んでいるのがよくわかる。

 化け物から出てきた本人ですら、何が起こっているのかわからないのか。困惑した様子で呼吸を繰り返し、周囲を見回している。その彼女に、私は迷うことなく歩みを進めた。

「霊夢さん!」

 仲間を瀕死の重傷に追いやられた文は、そいつに近づいちゃだめだと私を呼び止める。様々な証拠が出てこようが、この魔女はこちら側にはなりえない。この一言に、彼女の思いが滲んでいる。

 それでも、私は歩みを止めることはない。皆がどれだけ畏怖や敵意の感情を彼女に向けようが、魔女のあんな顔はもう見たくはない。神社に現れた時のあの泣きそうな表情は、今でも脳裏に焼きついている。

 項垂れる魔女の目の前に歩み寄り、こちらを見ようともしない女性を見下ろした。時折咳き込むが、呼吸はだいぶ整ってきたようで、荒々しく喘いでいたのは緩和している。

 魔女に行動を起こされる前に叩いてしまおうとしたのだろうか、刀を構えようとした白狼天狗の気配を察知した。妖怪退治用の針を袖の中で握り、振り向きざまに投擲する。

 人間が辛うじて耳にできる小さな音を立て、針は空気を切り裂きながら飛んでいく。刀を構える本人ではなく、刀を狙ったため、鋭い金属音が鳴り響く。その刺激的な雑音が足止めとなり、同じ行動に映ろうとしていた者たちをその場に留めさせた。

「…待機」

 勝手な行動をしないでと、威圧的に言い放つ。先の攻撃と合わさり、新たに動きを見せる者はいない。近づく足音は聞こえていたはずだが、反応を見せていなかった魔女は、私が声を発した途端に顔を上げた。

 彼女の顔を正面から真っ直ぐに、まともにまじまじと見たのは、自分の記憶からは初めてだ。血や飛び散った土で薄汚れているが、整った顔立ちから美人の分類に入るだろう。

 容姿は大人だがどことなく子供っぽさが残っているが、彼女が纏っている雰囲気はそれに似つかわしくない。荒々しく、どちらかと言えば異次元の世界の人間に近い。

 魔女は見上げ、私が見下ろし、瞳が交わった。彼女が最初に瞳に滲ませた色は、困惑や疑いが強かった。訝しげに眉がひそみ、探りこんでこちらを観察する。

 異次元霊夢か、そうでないか。確かめようとしているのだろうが、それにしても長すぎる。魔力の波長などですぐにわかりそうだが、十秒、二十秒と彼女は視線を逸らさずにじっと私を見据える。

 そして、自分の中で結論が出始めたのか、彼女の疑う視線がどんどん柔らかいものとなっていき、疑いが確信に変わるとついには顔を緩ませた。

 眼を細ませ、破顔した彼女に、今度はこちらが困惑することになる。喜び、歓喜というのとはちょっと違う。彼女の表情には、心の底から安堵しているのが色濃く出ている。

 瞳が潤み、涙が溜まっていく。溢れんばかりに溜まっていた物は、程なくしてゆっくりと頬を伝った。

 手の甲で涙を拭うが、どれだけ拭き取ろうとしても、留まることはない。次々と流れる涙やそこから作られる表情は、とても演技には見えない。

 彼女だけではなく、私の心境にも変化が現れる。魔女とここまで戦わずに近くにいることなど無かった。だからだろう。緊張感を途切れさせることができず、死が常に付きまとうこの世界でも、近くにいるだけで緊張が解れていくのだ。

 ずっと、欠けていたパズルのピースが埋まっていき、何かが足りないとずっと感じていた部分が、彼女で間違いなかったと改めて確信した。

 ずっと自分の横に空白を感じており、他の誰かがいることに違和感があった。それは戦いの最中でも変わらず、背中の風通りが嫌に良すぎていたと思っていた。

 紫でも、文でも、咲夜でも、早苗でも、妖夢でも、萃香でもない。何の違和感も、歪さもなく、名もわからない彼女は歪んで改変された心の穴を埋めてくれる。

 会話はなかった。それをする必要がないため、彼女に手を差し伸べた。周りからは動揺する声がちらほら聞こえるが、その姿勢が変わることはない。

 幾度と被害は受けたが、私たちが壊滅的打撃を受けなかったのは、ずっと彼女が守ってくれていたからだろう。こんなにボロボロになるまで、何もしていなかった自分に腹すらも立った。

 これからは一緒に戦いたい。彼女の隣で。私の差し出した手に、疲れ切っているのが拭えない表情の魔女が手を延ばそうとしたが、延ばされることはなかった。

「…どうして……?」

「私は…一緒には戦えない」

 ともに肩を並べ、戦うことができない理由などあるのだろうか。我々に攻撃してしまったことだろうか。椛に致命的になりえる攻撃をしたことは確かであるが、彼女はまだ死んではおらず、助けられる。

「ただの人殺しが、博麗の巫女の隣に立つ資格なんて…ないと思わないか?」

 私を助ける形で異次元早苗を撃ち殺し、異次元妖夢を殺した。戦闘に参加したタイミングが、偶然にも助けたように見えていたが、偶然が二回も続くわけがない。意図して私は助けられていた。

 そんな、誰かのために戦っていた魔女が人殺しだなんて、認めるわけにはいかない。彼女が頑張っていてくれたから、私の手が汚れなかっただけに過ぎない。

 私たちだって記憶を改変されていたとしても、彼女が手を下さなければならなくなる状況に陥らせた。それに加えて仲間を裏切るだけでは飽き足らず、殺そうとまでしたのだ。直接的ではないが、十分に罪人だ。

「…そんなことはないわ。それがまかり通るなら、あなたに全てを押し付けていた私たちにだって責任がある」

「責任なんてない。霊夢達は、ただ巻き込まれただけじゃないか……この世界に私が逃げ込まなければ、こうして戦うこともなかった……自分の尻は自分で拭かなきゃならない…だから元の世界に帰ってくれ…あとはこっちで何とかする」

 彼女の言うことも一理あるかもしれない。しかし、彼女が逃げた先が見つかるか見つからないかは、結果論に過ぎない。

 巻き込まれたと言えばそうだが、写真の年代から十年も前から私たちの世界に魔女は居た。それだけの年代一緒に過ごし、残っていた記録を見る限りは人間性的にも、彼女は部外者や助けるに値しない人物にはなりえない。

「あなたに全てを押し付けたのは私たちよ。それをわかった上で、あなたに押し付け続けるほど、ろくでなしじゃないわ。…それに」

 続けて彼女の同意を得ようと口を開こうとした時、誰かの怒号が間に割って入る。切羽詰まった声は普段の落ち着いて飄々とした声質とは異なり、声だけでは誰かを特定することができなかった。

「霊夢さん!そんなやつ放っておいてくださいよ!!」

 腹部から出血し続けている椛は一刻を争う状況であり、天狗たちにとっては大切な仲間だ。仲間とは言えない魔女の相手をしている暇など無いのだろう。

 しかし、状況を見れば彼女たちの取っている行動は、確実に破滅への歩幅を広げている。人命か、世界か。かけてはならない物同士を天秤にかけた選択を迫られた。

 魔女の手を取り、自分の二つの目的を果たして人命を捨てるか。魔女を一人で戦わせ、自分の目的を両方とも捨て、人命を救うか。

 どちらも、という選択肢はないだろう。今の私たちに分断できるだけの戦力はない。かけていられる時間は非常に短く、すぐに答えを出さなければならないのに、喉につっかえた様に言葉が詰まる。

 文たちの方向に振り返ろうとした直後、魔女はその選択肢を私が選ぶ前に、天狗たちに譲った。地面を揺るがす衝撃を残し、跳躍して上空に舞い上がると弧を描いて森の中へと消えていった。考えうる限り最悪の方向に状況が傾き始めているかもしれない。

 天狗たちは自分たちのために元の世界に帰りたがっている。私も私で世界のためと言ってはいるが、彼女を助けたいがために魔女の元に行こうとしている。

 今の私たちに、戦力を分断させる余裕はない。このままではあの子と戦えないばかりか、天狗たちとの間に溝が生まれる。これまでは何とか指示には従ってくれたが、私の無理な行動に付き合っている天狗たちはそろそろ限界が来ているはずだ。

 椛を助けようとしている者の中には、反感を覚えている者もいるだろう。どうするか悩んでいる私に対して、いらだちが募っているのだ。

 例え、人命を優先して帰り、もう一度ここに来たとしても、時間の経過で状況は悪くなる。ここで決めねば、どちらも失うことになるだろう。

 手遅れになる前に、あの魔女にもう一度会わなければならない。そう決断して、魔女が人間性を捨てない方向に傾けてくれた天秤を、無理やり反対に戻そうとする選択肢を取った。

 これもこれで、彼女の気持ちを踏みにじり、状況を拗らせる助力になるだろうが、世界が続いてくれる可能性は高くなる。恨まれ、天狗たちとの関係に亀裂が生じるであろう決断を決め、彼女たちの方向へ振り返った。

 椛を抱え、運ぼうとしている天狗たちや、どうするか判断を仰ごうとしている河童や下級の鬼たちが見える。吸血鬼や仙人たちは、私がどう判断するかで動きを決めるらしく、ただ黙ってこちらを見ている。

 化け物との戦闘で、椛を除いてさほど大きなけが人などは出ず、死傷者もいないのはこれからの戦いの勝敗に関わってきそうだが、この見たことがある景色に猛烈な違和感を覚えた。

 スパゲッティのように捩じれ曲がっていた状況や思考を脳が放棄し、違和感に対する謎を解明しようと急速に頭の回転数が上がっていく。

「…文、待って」

 紫にスキマを開かせようとしている文を呼び止めた。一刻を争う非常事態に余裕を取り繕うのも忘れ、こちらを睨みつける。

「なんですか!?…いい加減し似てくださいよ!あなたにとってはとるに足らない、妖怪の一人かもしれませんが、我々にとってはかけがえのない一人なんです。椛を見殺しにしろって言うんですか!?」

 文の言葉を引き金にして天狗を中心に下級の妖怪たちが、私に対して反感や敵意に近い負の感情を渦巻かせていくのを感じた。まずいと思いつつも、脳は冷静に話すべきことを組み立てていく。

「…見捨てろっていうことじゃないわ。ただ、助けていいのか、助けるべきなのかに少し疑問が残るの」

 同じ意味だと怒りが頂点に達しそうになり、椛を抱える文の顔が怒髪天を示して真っ赤に燃え上がる。しかし、彼女が何かを言おうとするよりも早く、続けて言葉を発する。

「…あれだけ弾丸を撃ち込まれても傷一つ残らず、バラバラに弾けても元に戻れる化け物。森で起こった爆発も、彼女の仕業だったと思う。森を一つ焼き払える彼女がここで私たちと戦ったのに、これしか被害が出てないのはおかしいと思わない?」

 見たところ、永琳の治療が必要そうなけが人は椛だけだ。ほかの者はなぎ倒されたりはしたが、せいぜい打撲程度で致命傷に至る怪我は負っていない。

「知りませんよ、そんなこと!あの魔女が、仲間だと思い込んでたから手を抜かれていただけじゃあないんですか!」

 あくまでも魔女がこちら側とは認めないようだ。しかし、文の強い言葉でもそう言ったことで私の考えを話しやすくなった。

「…仲間だと思っていたのなら猶更、なんで椛だけがこれだけの大怪我をしたんだと思う?」

「何が言いたいんですか…!人を馬鹿にしないでください!身内を疑うなんて、それこそ破滅に向かっているじゃないですか!」

 皆、口では言わないが、私が冷静な判断をできなくなっているのではないかと疑い始めた様子だ。博麗の巫女という肩書で、権力と武力を行使される前に、元の世界に戻った方がいいのではないかとこそこそと話している。

「…確かにそれもそうね。じゃあ、私の考えを否定するために、椛に何か質問してみてもらえないかしら、二人にしかわからないことを」

 文は怒りが続いてはいるが、そんなことで疑いが晴れるのであればと抱えている白狼天狗に質問を投げかけようとする。腹部を押さえたまま、肩を借りていた椛の顔は文の髪に半分ほど隠れてしまっていたが、表情がわずかに歪んだように見えた。

「椛…苦しいでしょうがすぐに運びますからね」

「は、はい……」

 顔が青ざめていくのは、出血のせいだろうか。それとも、不都合な質問を投げられる不安からだろうか。どちらにせよ結論はすぐに出る。

「じゃあ……この前の誕生日で私があげた物は何ですか?」

 彼女たちにしかわからない質問で、こちらで真偽を確かめることはできない。だが、それゆえに私の考えが間違っていなければ、その効果はどちらにも絶大だろう。

「……………っ……」

 彼女は答えない。何秒経っても、十数秒と時間が経っても、椛が文からもらったプレゼントが何だったのか。口が縫い合わせられているのかと思う程、声を発することはない。

「も……椛…?……どうしたんですか…?……そんなに、悩むことじゃないですよね…?」

 文が明らかに動揺を見せる。青ざめて質問に答えることの無い椛は、肩を借りていた文の事を突き飛ばした。この大怪我では、大した強さで押していないだろうが、文はよたよたと後ろに下がると、しりもちをついて座り込んでしまう。

 世界と人命をかけた選択など、最初から存在しなかったのだ。

「いい、所まで行ってたんですけどね…」

 私たちから距離を取った椛は、忌々しく顔を歪めながら舌打ちをする。今度、顔を青ざめさせたのは文の方だった。今までずっと仲間だと思っていた人物が、偽物と入れ替わっていたと考えると、そうなるのも仕方がないだろう。

 ある程度の心構えをしていたから大したダメージはないが、仲間だと思い、これから治療しようとしていた人物たちからすれば、深い不安と恐怖が舞い込んだことだろう。人間不信にまで陥ってもおかしくはない。

 血液が広がる腹部を押さえたまま、異次元椛はせり上がってきた血液を吐き捨てた。地面に体液が広がり、彼女の死期が近づいていることが想像できた。

「一つ聞きたいんですが、なんでそこまで確信を持てたんですか?…あいつが攻撃したぐらいじゃ、たまたまだとするのが普通だと思うのですが」

 それについては、前に異次元椛が怪我をして博麗神社に来たことを思い出したのだ。今の状況はその時と全く同じだ。当時は思考が至らなかったが、魔女の攻撃がどのようなものだったのかを忘れていた。

「…皆が神社に集まってるとき、あんたが魔女にやられたって来たのを覚えているかしら」

 どうだったのか、異次元椛が瞳を泳がせた。彼女にとっては完璧に椛を演じられたと思っているようで、怪訝そうな顔をしている。

「あなたはあの魔女に撃たれたって言ったわよね?あの子は弾幕にレーザーを使うわ」

「それが、どうしたって……」

 異次元椛が言葉を詰まらせた。私が何を言いたいのか、過去にとった行動の過ちに気が付いたようだ。彼女は徹底的にやるべきだった。

「熱線で射抜かれたのなら、出血はしない。あなたが撃たれたと言っていた傷には、焦げや焼き跡一つもなかった。矛盾すると思わないかしら?」

「っ……そんなことで…!」

 痛みの関係で自分の事を焼くことができず、中途半端に貫かれた傷だけつけたのが裏目に出た。もし、レーザー以外の攻撃で貫かれたとしたならば、撃たれたという言葉は矛盾するためやはり疑わしくなる。

 永琳に見てもらったが、触診だけでは何に貫かれたのかを特定するのには無理がある。酷い怪我だったということは聞いていたことで、偽物の可能性を完全に見落としていた。

 もし、文まで入れ替わられていたとしたら、こちら側の危険度が増す諸刃の剣のように見えるが、そこまでではない。暴走した魔女が椛以外を攻撃していないところからも、文がこちら側であることを示唆していたからだ。

「ま……待ってください…椛は……本物の…椛、は……どこに……!」

 生きている。という楽観的な考えを思い浮かんだものは誰もいない。入れ替わられたのが神社からと考えられるが、そこから数日は経過している。どこかに閉じ込められているのであれば、可能性はある。しかし、様々な世界を壊してきている彼女たちが、監禁で済ませるとは考えにくい。

 出てこられた時や、誰かに見つかった時を考えると、縛り上げて閉じ込めるよりも始末して埋めてしまった方が楽だろう。

 誰も文に言葉を投げかけない。気安く言葉などかけられない。顔を青ざめさせ、茫然としている彼女に向け、異次元椛は喉を鳴らして笑う。

 それが精いっぱいの強がりであり、嫌がらせであることは想像に難くないが、椛を奪われた文であれば精神に大きなダメージを負うことだろう。

「本物…?ああ、あいつなら…最後の最後まで…惨めたらしくもがいてたよ。……情けないったらありゃしない」

 ゴボッと喉の奥を膨らませると、今までにない量の血液を吐き出した。奴の死が近いのが視覚的にも伝わってくる。肌の色が土気色になっていき、瞳から生気が失っていく。

 いくら妖怪と言えども、これだけの長時間治療もせずに血液を垂れ流していれば、死は避けることができない。先ほどまでは妖怪たちが刺された場所を押さえていたことで、多少は緩和していたが、それがなくなった状況では腕が二本では止血は間に合わないだろう。

「…あんた……!」

 こちら側に居る連中はロクなのがいない。異次元椛の口を閉じさせようとするが、その必要がなくなった。白狼天狗の意識が混濁していくのが見て取れ、体ぐらついたと思うと、跪いて前のめりに倒れた。

 死んだふりを想定しなかったわけではないが、必要が無いほどに倒れた異次元椛は出血している。確認しなければならないのだが、大したことはしていないはずなのに極度に疲労感を感じていた。

 親密なつながりが無かったとはいえ、仲間だと思っていた人物に裏切られるのには、精神的なダメージが多少なりともある。それがもっと近しい関係であれば、ダメージは計り知れない。

 倒れた白狼天狗から目を離し、魔女が消えていった森の方向を眺めた。彼女が一人で戦おうとしているのは先の会話からわかる。一人で動き出してしまう前に探し出したいが、まずは辟易している仲間達を説得しなければならない。

「…………」

 青々とした空が雲で一部遮られ、陽光を零している。こんな世界でも綺麗だと感じる風景を眺め、息をつく。ショックを受け、精神的にも肉体的にもまいっている仲間たちを焚きつけなければならない。気が進まないな。

 大切だと思われる人物を殺させないために、他の人物を利用する。酷い話だと我ながら思う。椛が入れ替わられていたことや、魔女と私の会話を利用し、彼女たちの良心を刺激するのだから。

 彼女が今までやってくれたことを、今度は私がやらなければならない。

 

 

 薄暗い部屋の中央に、その人物は立っていた。口元では何かをぶつぶつと呟き、何か呪文のようなものを唱えている。

 外からけたたましい音が聞こえてくるが、その女性の耳には届いていない。全神経を集中して、ぶつぶつと言葉を発している。

 しばらく時間が経過し、絶えず唱えられていた発声が止まった。すると、軽い会釈ではなく両手を合わせ、長い時間をかけて祈りを捧げる。

 一人分の息遣いが部屋の中で渦巻いた。強烈な匂いが充満しているはずだが、鼻が馬鹿になっているのだろう。今では普通の空気と変わらない。

 そこで周りにも意識が向けられた。かつてない轟音が轟いており、戦況が大きく動いていると思われた。儀式のせいで出遅れてしまったが、まだ間に合うだろう。

 散っていった者たちの分まで、私が頑張らなければならない。意気込み、改めて部屋の外へと注意を向けた。

 障子が締め切られた部屋の中、夜明けからしばらく時間が経っているのか、障子越しに朧気に光が入り込んでいる。

 暗闇で足を止めることはなく、スムーズに戦地へ迎えることだろう。立っていた位置から移動し、外へと向かう。足で畳を踏むたびに、不快な水気のある音と不快とも心地よくもとれる触感が感覚器官に届く。

 赤い手で横開きの障子を開き、外に出た。数時間もずっと部屋の中に籠っていて、久方ぶりに外に出ると気分がいいものだ。大きく息を吸い込み、深呼吸をすると新鮮な空気が肺に舞い込んだ。

 部屋の中の空気が淀んでいたのだと実感する。外の風景を見た時以上に気分が晴れていく。新鮮な空気を取り込んだことで、力が全身にみなぎっていく気がする。

「ふぅ……」

 淀んだ空気と新鮮な空気が交じり合った息を吐き、大きく腰を落とした。足腰に力をため、新しく呼吸を行う前に空に向かって跳躍した。

 立っていた床を破壊することになったが、そんなことを気にはしない。どうせ戻ってくることはないのだ。

 上空数十メートルの景色が目に移り込むと、さらなる力を手に入れられるのだと高まっていく闘志に感化され、嗤った。

 




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