それでもええで!
という方のみ第百五十二話をお楽しみください!
長い間、暴走している間中ずっと悪夢をずっと見ていた。酷い頭痛がする。頭の中で鐘が鳴り響いているようで、気分が悪くなってきた。吐くことで改善される体調不良ではなく、この頭痛を取り除かない限りは永遠と続くだろう。
薄暗い森の中で疲れ果てた体を引きずりながら、頭を抱えていた。痛みが次第に治まっているように感じたが、吐き気の方に気を取られていたようだ。胃が収縮するのを感じ、嘔吐感が最高潮に達する。
「うぶっ…うぅ…!?」
胃の内部から、ないはずの内容物を押し出そうとしているが、当然ながら出てくるものは何もない。何度か胃の攣縮を繰り返し、ようやく吐き気が収まった。
吐こうとしたことで、多少は気分が改善された気がする。しかし、ズキズキとうざったいぐらいに続く頭痛だけは収まることはないが、この痛みはあの時と同じだ。
記憶を思い出す、または思い出したときと同じ物。今回については、後者だ。暴走によってあらゆる枷が外され、今まで脳が思い出すのを拒否していた、過去の記憶が掘り起こされた。深い深いトラウマになっており、記憶を探ろうとすると収まりかけていた吐き気が再発する。
「っ……!」
嘔吐しようとするのを抑え込み、暴走する直前や暴走後の事に意識を向けた。何が起こったのか少し整理しなければ。
私の力は、ストレスや蟠る負の感情を抱くことで強くなっている。今の状況や暴走中に思い出した過去の記憶から、理解することができた。連中はこれを利用し、霊夢を殺したというストレスを与え、力を独り歩きさせて暴走させた。
私が力を操って成長しているということを考慮せず、彼女たちの想像を遥かに超えて暴れまわったらしい。暴走中の事はよく覚えていないが、妖怪たちを消し飛ばしたりしたことは記憶にある。
朧気な記憶の中で唯一鮮明に覚えているのは、霊夢が生きていたことだ。奴らがどうやって霊夢の死体を用意したのかは、魔力に意識を向けていなかったから今からでは知ることもできないが、異次元霊夢たちに一杯食わされた。
ほぼほぼ奴らの作戦は成功していたが、誤算があるとすれば、私が思っている以上に霊夢の存在がデカかったということだろう。その分だけ、力が強大なものになる。
力が強大であるが故に、十年前の暴走時に施錠して忘れさせていた記憶も蘇ってしまった。封印していたせいで、風化することなく残った記憶がフラッシュバックし、私の頭痛の種となる。
頭痛が起きない範囲で覚えているのは、血と臓物がそこら中に落ちている事だ。なんの臓器かは考えない方がいいだろう。結界で町の中に閉じ込めた張本人は、縛り上げた私の前に村人を二人蹴り出した。
彼女は血と脂でまみれたナイフを一本掲げ、私を見下ろした。彼女は言葉を発することはないが、何度も繰り返してきたことだ。どちらを生かしたいか、または、どちらを殺したいか。
「嫌だ……嫌だ……!やめてくれよ…!」
幼い自分の声を鮮明に思い出す。その私に対して、博麗の巫女はただ笑うだけだった。答えることはなかった、答えられなかったが、どうしたって奴は蹴り出された人を惨たらしく殺した。広い街だったために、何人も、何十人も、何百人も。何時間もかけて、苦しみもがかせ、苦痛の産声を上げさせた。
苦痛を最大限に味合わせ、絶叫を上げさせ、恐怖を植え付ける。私に多大なストレスをかけさせ、力を暴走させようとしたのだ。
私の前に出され、殺されていくことで、私に何かあるのだとそのうち村人たちも気が付き始める。大人から子供、男から女にかけて幾人もが私を蔑み罵倒し、恨みを残して処理されていった。侮辱をされることで、さらに私のせいであるということを実感させられ、村人とは別の方向で苦痛を与えられる。
顔を背けることも、目を塞ぐことも許されなかった私は、恐怖と苦痛に歪められた村人たちの顔を今なら鮮明に思い出せる。映像が脳裏に焼き付き、つい口ずさんでしまう好きな歌のように、彼や彼女たちの悲鳴が頭の奥で歌を奏でる。
これだけでも暴走してしまいそうなほどのストレスだが、これまでの経験や陥った状況で精神が多少なりとも成長していたらしい。暴走することはない。
「…はぁ…はぁ…」
よたよたと歩き、地面に座り込んだ。極度の疲労で、足が鉛のように重たい。帰れと言って帰るかは分からないが、また戦闘に霊夢達が巻き込まれる前に戦わなければならないのに、なかなか足を動かすことができない。
先の暴走で、大量の魔力を消費してしまった。足を含めて全身の筋肉に作用させて誤魔化すことに魔力を使っていられない。
座り込んでしまったここから、立ち上がれるかどうかも怪しいところだ。食料を詰め込んでいたバックの中に手を延ばすが、いつの間にか落としてしまったようで、見当たらない。
魔力も体力も枯渇し、干乾びそうだ。周りを見回しても、木の実も山菜も、キノコの一つも見当たらない。天狗たちが収穫してしまったのか、野生の動物が食べてしまったのか。どちらにせよ、胃に収められる食物はなさそうだ。
無いなら、あるものでどうにかするしかない。座り込んだ足元にある青々と茂る雑草に手を伸ばし、力が全く籠らない指で葉を掴んだ。
疲労から握力を働かせることができなかったが、数枚の葉っぱを千切ることはできた。普通の人ならこんなものを口にはしないだろうが、今は背に腹は代えられない。
新芽なら山菜と同じく柔らかいのかもわからないが、人間が食べる品種改良がなされている野菜とは違い、強烈な青臭さが鼻から抜けていく。
口に入れたはいいが、嚙み砕くことができない。吐き出したい衝動に駆られるが、噛まずに数枚の雑草を無理やり飲み込んだ。
取り込むと、瞬く間に雑草が分解され、魔力へと変換する。しかし、ここらの鬱蒼としている木々に影響を持っていかれているのだろうか、やせ細った植物では得られる量よりも分解する魔力量の方が多い。これでは枯渇が進んでしまう。
食べる予定だった雑草を捨て、何か食べれるものを探しに行こうとした時、後方から誰かが歩いてくる。肩越しに振り返ると、木々の間から特定はできないが人影は見える。
足音の間隔や影の輪郭から霊夢でないことはわかるが、また私を狙う敵だろうか。足に力を籠めようとするが、木々の間から現れた人物に唖然とした。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるけど、大丈夫かしら?」
この森の中では、さすがに日傘は閉じている。ピンク色の傘に、特徴的な緑色の髪。瞳と同色の赤いチェックの上着とスカートを履き、胸元には黄色いリボンが結ばれている。
私の記憶違いでなければ、彼女がここにいるわけがない。幻覚でも見ているのかと、目をこすってからもう一度彼女の方向を見るが、立つ人物は変わらない。
「……」
幽香が話しかけてくるが、死んだと思っていた彼女が歩いて出てきたことに驚きすぎて、言葉を返すことができず思考が停止してしまう。
「人がせっかく話しかけてやってるのに、無視とはずいぶんと舐められたものね……。挨拶ぐらいしたらどうかしら魔理沙」
にわかには信じられないが、百歩譲って生きていたとしても、なぜ私の事を知っているのだろうか。異次元霊夢の術で、紫を除く全員が私関する記憶を塗りつぶされているはずだ。
魔力の流れから、異次元幽香ではないことがわかるのだが、霊夢が殺されたと思わされた時と同じで、また騙されているのではないかと勘ぐってしまう。
しかし、親密な人物ではない幽香でやる必要はないだろう。霊夢でやった後なら特に、私が警戒するのは火を見るよりも明らかだ。こいつは、本物の幽香だろう。
「私の記憶では……お前は胸を刺されて、心臓をくり抜かれて死んだと記憶していたんだがな?」
「何も知らなかったあなたたちとは違って、私は対策のしようがあっただけよ」
対策も何も、体から一番大切な器官を抉り取られていたように見えたが、いくら花の妖怪と言えども、あれで生きていたと一口で済ませるのは少々無理がないだろうか。
疑うような目つきで見ていたのが幽香にも伝わったようで、小さくため息をつくと仕方がないと傘を持っていない左手を胸元に運んだ。
シャツのボタンをいくつか外し、服を少しだけはだけさせる。シャツの間から覗く幽香の胸元には、痛々しい十数センチの創傷痕が残っている。
「これでどうかしら?」
異次元幽香が幽香に成り代わる利点はなく、認めるしかない。だが、どうしても生きていられるのか、まったくわからない。
「心臓を取られて生きてる妖怪なんて聞いたことないぜ…化け物だな」
「人を化け物扱いなんて、いい度胸じゃない」
ボタンを付けなおしている幽香が目を細める。異変が始まる前なら、弾幕ごっこでボコボコにされていたもおかしくないやり取りだが、そんな状況でないことは彼女もわかっている。
「け、喧嘩は今じゃなくてもいいだろ?それよりも、なんで私の事を覚えているんだ?」
「知らないわよ。気が付いたらあなたの事を誰も覚えていないんだから」
紫が記憶を書き換えられていなかったのは理解できるが、今回については納得がいかない。しかし、魔力の波長から偽物ではない。頭を悩ませていると、幽香が話を切り上げた。
「まあいいわ。それで、どうするつもりかしら?せっかく霊夢と一緒に戦うチャンスだったっていうのに棒に振ったってことは、何かしらの考えがあるのよね?」
無かったと言ったら怒るだろうか。巻き込みたくないなどと言っている段階ではないことはわかっているが、どうしても彼女の安全を考えると手を取ることができなかった。
「……。私が決着を付けなきゃならないんだ………お前たちの世界に逃げ込んで、ずっと背けてきたツケを払わなきゃならない」
「そう、一人でやりたいっていうのなら止めはしないけど、そんな調子でよく大口が叩けるわね」
彼女が来るときにずっと蹲ったまま動こうとせず、今も幽香がわざわざ回り込んできて話している。動けない怪我をしていないのは、私の周りをぐるりと半周したからわかっているだろう。
となれば、極度の疲労で私が動けないのだと結論付けたらしい。正解だ。彼女が食料を持っているようには見えないが、魔力回復のために聞いてみるとしよう。
「じゃあ、何か食えるもん持ってないか?腹が減って死にそうだぜ」
私がそう伝えると呆れた顔をしている。長期戦になることは想像できるのだから、その位確保しておけと言いたげだ。していたが無くしたのだ。
「食べれるものなんて持ってないわよ。……でも、ヒマワリの種ならあるわよ?」
食用のヒマワリの種はあることにはあるが、観賞用のヒマワリの種でも大丈夫なのだろうか。でも、種は非常に栄養が高いと言われている。ここらの雑草を食うよりはずっとましだろう。数十から百はありそうな種を全て受け取った。
「いたたくぜ」
「ええ、まずは皮を剥いてから…」
食べ方を教えようとしたのだろうが、幽香がやり方を説明する前に殻ごと口の中に放り込み、ボリボリと歯と顎の力で噛み砕く。
この際だから味や食べられる部位などは二の次だ。できるだけ多くの魔力を得るために、硬い殻ごと種を嚥下した。体内に取り込まれた即持つは即座に変換され、魔力として全身に広がっていく。
栄養価が高いだけはあり、見た目以上に魔力を摂取することができた。ないよりはましだが、まったく心もとない。力が弱まっていれば猶更だ。
霊夢が死んでいなかったという事実によって、たまりにたまっていたストレスが消え失せた。そのお陰で再度暴走する心配はないが、暴走する前と比べるとかなり力が減衰してしまっているようだ。
今からではどう頑張っても力の底上げをすることはできない、というかしたくはない。異次元霊夢ら五人を相手にするのであれば、やった方がいいのだろうが方法がない。
痛みを与えるのは回復することを考えると現実的ではなく、罵倒等もストレスを与えることを前提とし、本気で言っていないことをわかってしまっているため、選択肢から消える。
この二つが消えた時点で、他のどんな方法も力の底上げに使用することができないだろう。もし、私の力が上昇したり、再度暴走することがあるのは霊夢に何かあった時だけだと思われる。
だから、異次元霊夢が狙うのは霊夢達のはずだ。攻撃される前に、奴らを叩かなければならない。霊夢の事だ、あれで引き下がるとは思えない。接敵してしまう前に戦わなければならない。
「幽香、お前はこれからどうするんだ?私は戦いに行くつもりだが」
「決めてないわ」
淡々と彼女は言い放つ。正直なところ一緒に戦ってくれれば心強いのだが、幽香を巻き込んでしまうことは忍びない。
「そうか…なら…霊夢達のところに寄って、帰れって言ってくれないか?」
「嫌よ」
どこに向かうつもりなのかはわからないが、私の頼みを断りながら森の中へと歩いていく。その背中に声をかけようとしたが、つっかえてうまく声が出せなかった。
「…あっ……」
私の声は聞こえていただろうが、幽香もやりたいことがあるのだろう。振り返ることなく森の中に歩いて行ってしまう。助けてという言葉一つすらも言えない。散々迷惑をかけ、これ以上彼女たちに頼り、殺されたことを考えると恐ろしくて言葉を発せなかった。
霊夢はああ言ってくれて、記憶が戻った時に怒られるかもしれないが、それでも私はリスクを負いたくはなかった。
彼女がくれた種のおかげで、魔力が少し回復した。連中が求める力は暴走する前と比べて半減してしまっているが、勝てるだろうか。
魔力もほとんど底をつき、力も半減。勝利への可能性が遠のいていくのを感じる。異次元咲夜や妖夢を倒すのにも、魔力をふんだんに使った。
力と魔力以外に、彼女たちに与えているハンデはもう一つある。同じように戦うことが不可能なのだ。連中はイカれていて、腐っていてもプロだ。同じ轍を二度も踏むことはないだろう。
前回でも死力を尽くしてようやく勝利をもぎ取ったというのに、今度はあれ以上を求められ、かつ別の戦力ともなると、泣きたくなってくる状況だ。
決めていた決意が揺らぎそうになる。駄目だと振り払おうとしたが、振り払おうことができなかった。奴らは同じ轍を踏まないのに、私が踏んでいたら状況は悪化していく一方だ。
経験を積んで強くなっている異次元の連中に対して、こちらが全く戦略を変えなければ敗北が足を速める。連中と対等かそれ以上に立ちまわるのには、どう考えても霊夢達の手が必要になる。
考えを改めた方がいいだろうか。霊夢の手を取らなかった手前ではあるが、手を取り合って一緒に戦った方がいいのは考えるまでもないだろう。
どう考えても、私の残った魔力で五人を同時に葬るのは無理がある。例え、彼女たちが負傷していることを差し引いても、変わることはない。
完全に積みだ。私一人では、どうやってもこの状況をひっくりかえすことはできず、魔力も体力も圧倒的に足りない。
「……」
異次元霊夢達を倒すのには、霊夢達の力が必要であることは歴然である。もうすでに霊夢を巻き込みたくはないなどと言っている時期は、過ぎてしまっていた。彼女たちの協力を得なければならないところまで状況は来ており、もはや協力無しでは首が回らない。
「くそっ…」
自分の弱さに腹が立ち、悪態をついた。しかし、私に迷っている時間は残されていない。霊夢達のところに異次元霊夢らが向かう前に、合流しなければならない。
霊夢達と離れてからだいぶ時間が経過し、移動もした。彼女たちも動いているのが予想されるため、居場所を探らなければならない。
電波の性質を魔力に加え、自分を中心に全方向に向けて放った。魔力の粒子一つ一つに地面にぶつかったらこちらに戻ってくるプログラムを組み、電波が通過した物体の情報をもとに周囲のマップを形成する。
周囲には木々があるのはそうだが、数百メートルほど離れた位置に霊夢らと思われる動物の集団が存在する。まだ森の中だ。
その他にも、敵と思われる生体反応が幻想郷の各所に分散している。思ったよりも敵が残っているが、敵意があるのかまでこれで測ることはできない。
「くっ……っ…」
重たく、震える足を力ませ、数十キロの身体を持ち上げた。残り少ない魔力を使い、戦闘準備を開始する。数百メートル離れた場所にいる幽香以外に、数人の集団がすぐ後方に存在を確認できた。
ここまで何とか生き抜いた動物も考えたが、向かってきている数は五つ。異次元霊夢らの数と一致し、魔力の情報からも四足歩行ではなく二足歩行だ。
走ってきている連中の足音が、森の中に反響していても四足歩行の慌ただしさはない。まっすぐこちらに向かってきている様子から、狙いは霊夢達ではない。
再度暴走させるために霊夢達を狙うかと思っていたが、奴らの目的は私だったようだ。弱体化していることは知らないだろうが、私を制圧してから霊夢達のところに向かうのだろう。
また、奴らの思い通りに事が進んでしまう。後の祭りだが、あの時に霊夢の手を取っておけば、もっといい状況で連中を向かい撃てたはずだ。
悔やんでも仕方がない。手のひらに魔力を集中させ、魔力をレーザーへと変換した。振り向きざまに、木々の間から現れた異次元霊夢らに向けて弾幕を薙ぎ払う。
木々である程度遮られているが、木漏れ日を超える光量のあるレーザーが異次元霊夢達に向かって薙ぎ払われ、大気と木々を焼け焦がす。
異次元妖夢がレーザーの下を掻い潜り、異次元霊夢が熱線の上を飛び越える。異次元早苗は干渉する能力でレーザーを撃ち消した。異次元咲夜は向かってくるつもりがないのか、樹木の後ろに突っ立ったままだ。
異次元霊夢はともかく、残りの三人のところには生み出したケロべロスを置いてきたはずだが、一人も食い殺されることなくピンピンしている。
追加で多少のダメージはあっても、暴走時で与えた私の攻撃以外に負傷が見られず、動揺が走る。
驚きは思考を鈍らせる。異次元妖夢が十数メートルの距離を、レーザーを撃ち切る前に走り抜け、観楼剣の柄頭で私の腹部を殴りつけた。
少しでも防御していたはずだが以前の防御力はなく、体がくの字に曲がって崩れ落ちそうになった。異次元早苗が異次元霊夢よりも先に到達し、消えかけていたレーザーを徹底的に打ち消し、額をお祓い棒で殴りつけられた。
顔が大きく跳ね、天を仰ぐ。仰け反った上体を魔力強化もままならない体では立て直すことができない。そのまま倒れ込もうとした私に、異次元霊夢がまだだと到達する。
反撃に移る意識など無かった。倒れ込まないように、何かを掴もうとばたつかせていた腕を異次元霊夢にお祓い棒で殴られた。
容赦のない攻撃は右腕の前腕に直撃し、骨折とは思えない肉体が潰れる異音が高々と鳴り響く。腕が曲がってはいけない方向に折れ曲がってしまう。
「っ…!!!ああっ…!?」
打撃を受けた部分が青紫色に変色し、捩じれた皮膚を突き破り、粉々に砕かれた骨片が外界に露出する。白色の骨は数秒も待たずに鮮血に染まり上がる。
痛みに気を取られ、仰け反りから上体を起こすことができず、倒れ込んだ。尻もちをつき、関節が一つ増えた腕に目を落として唖然としている私に、異次元霊夢は再びお祓い棒を振るった。
頭蓋骨が叩き割られなかったのが不思議な打撃が叩き込まれた。衝撃で脳が脳脊髄液とシェイクされていないか心配になってくるほどで、脳震盪が起こりそうだ。
後方に吹き飛ばされ、地面を転がる。片腕を失っただけで体のバランスをとることができず、受け身を取らずにされるがまま地面を回りまわる。
ようやく体が止まったと息をつく間など無い。できるだけ早く起き上がり、異次元霊夢らの方向に向きなおる。森景色である緑色の草木が映らず、赤と白の布が視界いっぱいに広がった。
接近されていると知覚が速いか、お祓い棒が叩き込まれるのが先か。答えは後者だ。下から薙ぎ払われたお祓い棒が顎を捕え、私の顔面をかち上げた。
「がっ!?」
できるだけ避けようとしたが、顎先に叩き込まれる。舌を出していたら切断されていただろう。衝撃で歯茎から血が滲み、口の中に鉄臭い香りが充満する。衝撃は口だけでは収まらず、身体全てを統括する脳にまで及ぶ。
脳が揺らされ脳震盪を引き起こし、平衡感覚や身体操作に多大な障害が起こる。膝ががくがくと笑い、立ち続けることができない。
意識がはっきりしているというのに、震える足は踏ん張ることができず、後ろに倒れ込んでしまう。魔力強化をしていて、攻撃を避けていたためこれだけで済んでいるが、まともに食らっていたら意識を失っていたかもしれない。
魔力操作で倒れそうになる体を浮き上がらせて後方に下がった。魔力の作用で体が重力に逆らおうとした直後、異次元霊夢の蹴りが頭部に到達する。
「くっ…!?」
間髪入れず、頭部と蹴りの間に左手を滑り込ませた。手がクッションになったことで、手加減の無い膝蹴りは私の意識を刈り取るほどではない。ただ、指の骨が数本へし折られた音がする。
指の骨が折れた音に交じり、頭蓋の歪む音が不安を掻き立てる。鈍い痛みが前頭部から後頭部まで駆け抜けていき、蹴りの運動エネルギーが体に移る。そのままゆっくりと異次元霊夢から離れていこうとしているが、それを奴を許さない。
魔力量の少なさから、中途半端にしか魔力操作ができていなかったことが裏目に出た。異次元霊夢が魔力での加速し、吹き飛ばした私に追いついた。
胸ぐらを掴まれ、すぐ下の地面に叩き落とされた。重い衝撃が背中から発生し、肋骨の歪みが生じて息が詰まる。
呼吸が整うまで数秒を要するが、異次元霊夢がその間悠長に待っているわけがない。その証拠に肩を踏みつける奴が、お祓い棒を振り下ろそうとしているのだ。
抵抗の表れか、お祓い棒を掲げる異次元霊夢に向け、魔力からレーザーへと変換された弾幕を向ける。
手のひらを向けられた異次元霊夢は、極めて冷静にそれを対処する。顔を狙っていたお祓い棒の軌道を傾け、持ち上げていた腕を叩き落した。
それだけでも肩が外れてしまいそうになる衝撃だ。ボロボロで今にも倒れてしまいそうな容姿だが、それでもこれだけの攻撃力を発揮できるのは魔力を持っているか持っていないかの差だろうか。
魔力から変換したまま維持しようとしていた手の平のレーザーが、形状を維持し続けることができず、塵となって霧散していく。回復させておいた分も使い果たし、魔力が尽きてしまう。
落とされた腕を持ち上げるよりも早く、靴で二の腕を踏み抜かれた。靴底の硬い感触が皮膚に伝わってくる。魔力強化された力では人間の皮膚などひとたまりもなく、踏まれた二の腕から血が滲みだす。
奴の目的は押さえつけるだけではないらしい。異次元霊夢が足を数センチ持ち上げると、魔力強化された身体を最大限に使い、振り下ろした足で左腕をへし折った。魔力強化を施していないのであれば、右手の時よりも簡単だっただろう。
魔力で痛みの情報を遮断できず、腕をへし折られた激痛が脳に軽減されることなく情報として送り込まれた。耐えがたい痛みに、絶叫を上げることすらできなかった。
痛みを処理するので精一杯で、それも追い付いていない。意識が陰り始め、遠のこうとしている。一切の抵抗をすることができず、ボンヤリと天を仰いでいると異次元霊夢がしゃがみ、私の事を覗き込む。
「っ…あ……」
痛みに支配され、まともな言葉など出てこない。両腕の骨を折られ、身動き一つとれない私の首ものとに異次元霊夢が手を伸ばしてきた。
何が始まるのか、意識を手放しかけている頭で朧気な不安に駆られていると、両手がゆっくりと首を回り込む。抵抗できなくして霊夢達のところに連れていくつもりだろうか。
私が思い浮かべていた予想通りの行動をするかに思われたが、異次元霊夢は一向に私の事を持ち上げず、握る手に体重をかけ始める。
「う……あっ……かぁ…!?」
首を握る手にも握力が籠っていき、本格的に私の首を締め上げにかかる。外部からの圧迫で軌道が締め上げられ、心臓から脳に酸素等を送るための動脈が堰き止められる。
本格的に異次元霊夢が私の事を絞め上げた。朦朧とする意識の中だが、異次元霊夢が殺そうとさらに力を籠めようとしているのが、伝わってきた。
奴の目的が行動と表情から変わっている。奪取から、殺害へと。そんな理由などどうでもいいが、目的が切り替わっているのは無視できない要素だ。
どうにも抵抗できない状況であれば、それはもっとだ。もっと早く知れていれば立ち回りも変わっていただろうが、もはや手遅れだ。
魔力もつき、肉体的にも限界だ。両手を折られ、抵抗するすべも失った。あとは異次元霊夢が私の事を絞め殺すのを、私は特等席で見ていなければならない。
酸素が循環せず頭が回らない。息をしようと横隔膜や肋骨が働くが、気道が塞がれている今は外界から空気を取り込むことができない。
息を吸いたいと体は求め、どこにでもある酸素に食らいつこうとしているが、肺に送り込めなければ意味のない行為だ。全身が酸欠に陥り、徐々に体が土気色になっていく。
その頃にやってようやく異次元霊夢が、計画にない行動をとっているのだと異次元咲夜らが焦った様子で走り出した。
私の死ぬ理由が窒息だけとは限らない。首を絞めている異次元霊夢にわずかに残った意識を向けると、異次元咲夜達が自分の元に来る前に潰すつもりなのだろうか。魔力で最大まで身体強化を施した。
二十メートルも後方にいる異次元早苗らが、背骨ごと私の肉体を潰そうとしている異次元霊夢の元に追いつけるわけがない。異次元咲夜が時を止めようとしているが、意識して能力を使用するまでにタイムラグがあり、間に合うことはないだろう。
いいかもしれない。このまま、異次元霊夢が下そうとしている死に体を委ねてしまえば、この醜い戦争に終止符を打つことができる。これで、霊夢達も助かるんだと根拠のない自信で私は幕を閉じようとした。
閉じきる直前に、見覚えのない物が異次元霊夢の肩辺りで煌めいた。太陽の光に反射して白銀に見えたその物体は細長く、長さは十センチ程度だろう。先が尖っており、指で触れたら刺さってしまいそうだ。
濁っていく瞳と、模糊たる脳では、それが何なのかを記憶から探し当てるのに数秒を要した。私が記憶を探るのに使った数秒を、いつから刺さっていたかわかっていなさそうな異次元霊夢は、唖然として思考停止に充ててしまったようだ。
目を疑う爆速で急接近した霊夢が、遅れて怯んでいる異次元霊夢にお祓い棒を数度はたき込む。腹部と胸に一撃ずつ得物をめり込ませ、さらに続けて頭部にお祓い棒を振った。
強襲をかけられ最初の2撃は食らったが、顔に向かってきた攻撃を受け流し、後方に大きく下がった。
万力で締め付けられていたような拘束から解かれ、体が求めていた空気を胸いっぱいに取り込んだ。肺胞が膨らんで新鮮な空気が肺の隅々まで拡散し、全身を網羅している血管へと浸透していく。
心臓から酸素がたっぷり含まれた血液が隅々に運ばれ、一番最初に拘束解除の影響が出たのは脳だ。曇りがかっていた意識がクリアになっていくのを実感する。
「ああ゛っ…かはっ…!!」
体が求めていた空気と一緒に、気道内ににじみ出た分泌液が肺に舞い込み、咳を誘発した。何度も咳を繰り返し、少しずつ体に新鮮な空気を馴染ませた。
混濁し、薄らいでいた視界が回復に向かう。ゆっくりと視界内に収まる物体に焦点が合わさっていく。
ぶれていた視界が収まり、私を心配そうに覗き込む霊夢の姿が映る。恰好や向きが異次元霊夢の姿に酷似して重なった。伸ばされた手に恐怖を覚えそうになったが、頬に触れた手や向けられる彼女の表情に恐怖感が薄らいだ。
異次元霊夢の冷たい手とは違い、彼女の手は指先に至るまでとても暖かく、凍り付いた私の心を溶かしていく。緊張していた体の筋肉が解れ、安堵の息が漏れた。
「…間に合った…大丈夫かしら?」
抱き起こしてくれた彼女は、地面に横たわる私をゆっくりと抱き起してくれると、そう言葉を投げかけてきた。
「あ、ああ」
安堵はしたが急に現れた霊夢に驚きを隠せず、曖昧な返答を返した。数百メートルは離れていたはずだが、肩を上下に揺らして呼吸している所から、魔力を使用して全力できたのだろう。
「…置いて行くなんて、酷いじゃない」
その私に向けて、霊夢は悲しそうな表情を浮かべると一言だけ語りかけてくる。たった一言だったが、返す言葉がなかった。
「……」
「…そんなに、信用できなかったかしら?……私を」
「ち、違う…」
そういうわけじゃなかった。しかし、傍から見れば私の行動は霊夢の言った通り、彼女を信用しておらず、背中を預けられないと言っているような物だった。
結局私は、霊夢のためと思って戦っていたが、自分のためにしか戦っていなかったのだろうか。自分の身勝手さに、霊夢の事を直視できなくなってしまう。
「…わかってる」
霊夢はそう言ってくれるが、こんな状況でも自己嫌悪に陥りそうで、顔を傾けて項垂れた。自分をののしるよりも前に、彼女が私の頬を両側から包み込むと顔を再度持ち上げさせられた。
「霊夢…」
「…言ったでしょう?あなたがこんな状況にならざるを得なかったのは、私たちにも責任がある。だから、一緒に戦わないといけないの」
決意が揺れ動く私と違い、覚悟を決めている霊夢は瞳を一切揺らすこともなく、見据えている。敵意や殺気を醸し出して威圧されているわけでもないのに、彼女の覚悟に気圧されていた。
「……で、でも…」
先ほどまでは霊夢に力を借りなければと考えていたが、いざ彼女を前にすると舌が喉の張り付いているように声が出なかった。
助けて欲しい。そう言えば、彼女は助けてくれるだろう。拒絶されることもなく、一緒に戦ってくれる。しかし、死を考えると動くことができなくなっていた。
ここまで来てしまえば、戦う以外の選択肢がないのはとっくにわかっている。言わないと。連中が動き出す前に。
背けていた瞳を彼女へと向けた。改めて彼女を見ると、決められた覚悟の中に不安が入り混じる。先ほど私が拒絶してしまったからだ、眉を潜めて私の回答を待っている。
言わなきゃ。
「れ…霊夢………」
まるで戦闘中のように、心拍が早くなっていくのを感じる。心臓がどうしようもないほどに力強く拍動していく。自分では制御できない部分が高ぶり、その緊張が彼女にも伝わっている。
お互いに緊張した顔つきで向き合わせ、私は彼女に言葉を発した。
「霊夢……手を、貸してくれ………私を、助けて…」
絞りだした声を聴き、霊夢は私と違って拒絶することなく力強くうなづいた。記憶がないはずなのに、彼女はいつものように優しく血まみれの私を抱き寄せてくれた。
「…当り前よ……!」
両手の骨が折れ、抱き返せないのが歯痒い。数年、数か月と会えなかったわけではないのに、随分と久方ぶりな気がして、涙が零れそうだった。
暖かい。篝火のように、常に光を照らしてくれる陽光のように、暖かく私の事を包み込んでくれる。異次元霊夢達がいなければ、体も意識も彼女に預けてしまいそうだった。
戦闘の中でこんな隙としか言えない事をしているのに、連中が襲い掛かってこないのは、異次元霊夢を彼女たちが牽制してくれているおかげだろう。
霊夢と一緒に、ここに飛び込んできた妖怪たちが、私たちを囲んでいる。一致団結して助けに来ているわけではないのは、彼女たちの顔から読み取れた。
畏怖や恐怖の入り混じる目を向ける者が大多数だが、一握りの人間だけは霊夢に似た敵意の無い瞳を向けていた。
そのうちの一人が、口をはさむ。
「お取込み中悪いですが、戦うにしても…あなたはどうするつもりですか。傷も治せていないじゃないですか」
魔力に目を向けた文がそう呟いた。ただの人間と変わらないぐらいの、魔力の流れしか感じられなかったはずだ。今の私はただのお荷物でしかなく、一緒に戦うこともできない。
「…それなら大丈夫」
周りに立つ仲間たちは全員が軽装で、何か食べる物を所持しているようには見えない。たとえあったとしても、大した量の魔力を回復させることはできないだろう。
霊夢も武器以外に持っている物はなさそうだが、彼女は私を回復させる術があるのだろうか。疑問に思っていると、私を抱き寄せていた霊夢は私に微笑んだ。
抱きしめていた手を頬に移動させ、ゆっくりと自分の顔をこちらに向かって傾かせる。元々近かった距離が、反応する間もなくゼロとなる。柔らかい唇が私の口をいつの間にか塞いでいた。
しっとりと濡れている彼女の唇は、これまでこんなに柔らかい物体に触れたことがあっただろうかと思わせるほどだった。砂煙が微妙に混じるが、霊夢の優しい香りが鼻孔をくすぐり、彼女と一緒にいるのだと強く実感できた。
「んうっ…!?」
咄嗟の事で、まったく反応ができなかった。私を含め、周りにいる文たちや遠くの異次元霊夢らも目を点にしたことだろう。
「れ、霊夢さん!?何を…!?」
こんな時に何をしているのかと、文が問いただそうとするが、霊夢の目的に気が付いたようだ。高密度で私に近い波長に設定された魔力が、口を通じて注がれる。一番手っ取り早く回復させる方法に出たらしい。
ヒマワリの種を幽香から貰った時のように、飲み込んだそばから自分の波長に完璧に変換され、密度の高い魔力が全身にいきわたる。
だらりと垂れさがっていた腕の骨が魔力の作用で接着され、短時間で砕かれた腕の骨を修復していく。
人間の腕とは思えないほどぐちゃぐちゃになっていた前腕の、飛び出た骨が戻り、裂けた皮膚が塞がっていく。
全盛期よりは圧倒的に遅いが、それでも、数十秒から数分で完治することだろう。ある程度の魔力を私に吹き込んでくれた霊夢は、私から唇を離した。
キスが目的ではなく手段であるため仕方がないが、酷く寂しく、酷く名残惜しかった。それでも、今は戦いに身を興じなければならない。
治りかけで、動かせばまだ鈍い痛みが腕だけでなく全身に広がっていくが、それでもこの手で彼女を抱きしめたかった。体を離しかけた霊夢の背中に手をまわし、今度は私が力強く、現実を確かめるように抱きしめた。
時間がないのはわかっている。もうじき奴らも痺れを切らして襲い掛かってくるはず。時間はないが、今だけはこうしていたかった。
「ありがとう、霊夢」
「…ええ、どういたしまして……。それより、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
ハグを終えた私の手に霊夢は手を延ばすと、優しく握ってくれた。驚いたが、私も握られた手を軽く握り返すと、彼女は嬉しそうに小さく笑った。
「なんだ?」
「…親しい仲ってことはわかるんだけど、あなたの名前をどうしても思い出せないの」
咄嗟に名乗ろうとしたが、未だに裏切り者がいる可能性を考えると、名前を名乗らない方がいいのだろうか。そんな疑問が頭をよぎるが、そんなことは霊夢達も重々承知のはず。何か見分ける方法があるのだろうか。
返答に迷った私に、霊夢の代わりに紫が説明をしてくれた。
「今の私たちの中に入れ替わりはないわ。大丈夫」
なぜそこまで自信をもって大丈夫と言えるのか、私にはわからないが、その言葉を信用するとしよう。
「私は、…霧雨魔理沙だぜ」
知っているはずの人間に、自己紹介をするのはなんだか変な感じがする。
「…霧雨、魔理沙…」
私の名を噛み締めるように言葉に出すが、少しぎこちなさがある。未だに異次元霊夢の術がかかったままなのが顕著にわかる。強力な術で恐ろしさを骨の髄まで味わったが、こうして協力できればなんてことはないだろう。
「…よろしくね、魔理沙。…あいつらを一緒に片づけましょう」
「ああ、よろしく頼むぜ。終わりにしよう」
準備が終わるまで律儀に待っていた異次元霊夢達に向き合い、二人で肩を並べて対峙した。忌々しそうに口角を下げる奴らと、私たちの敵意が交差する。
最終決戦だ。真の、進撃が始まった。
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