それでもええで!
という方のみ第百五十四話をお楽しみください!
片腕が包帯でできている仙人が魔女の制止も聞かずに、突っ込んでいったのを引き金にして、博麗の巫女と魔女が動き出した。
しかし、あらゆるものに干渉する異次元早苗に迎撃された。攻撃を干渉され、主力である霊夢と魔女が後方に連れていかれてしまった。
二人の安否を確認する暇はない。彼女たちがいなくなったからと言って、帰ってくるまで私たちも奴らも待てるわけがない。それぞれの人物たちが狙っている異次元の者たちに攻撃を開始する。
この手で奴をどう殺すのか、ずっと考えていた。殺された家族の無念を、怒りを、復讐心を胸に抱き、異次元咲夜と戦えることを喜んだ。血が沸騰したように滾り、ひんやりと冷たいはずの体が人間以上にまで熱を纏う。
ターゲットに交わす言葉はない。開戦の幕が開かれるのも、法螺貝を高々と鳴り響かせるのも、我々が行う。奴らには一切の主導権を握らせない。
「レーヴァテイン」
魔力を炎の形状で抽出し凝縮した、おおよそ刀とは言えない炎の得物を瞬時に生成する。レミリアの作り出していたゲイボルグと比べ、造形は不格好であるが威力は引けを取らない。
炎剣から発せられたオレンジ色の光が、薄暗かった森の中を太陽の代わりに光で照らしだした。皆がその光や間接的に生み出された熱に目を細めた瞬間に、地面を抉る脚力で跳躍する。
到達までは瞬く間であるが、時の流れが私たちよりも早い異次元咲夜は、この攻撃に即座に反応して見せた。剣の刺突を銀ナイフで側面から撫で、はじき飛ばした。
炎の刀が上空に向かって回転しながらとんでいく、私の身長と変わらない長さがある刀が近くの木へと突き刺さった。剣が三十センチほど抉りこむと、得物が放っている熱により出火し出す。放っておけばこの森全体に広がるほどの火災が発生することだろう。
普段なら、急いで消火活動をするだろうが、そんな些細ともいえることに意識を向けている者はいない。
もし、居たとしたら注意力を無関係なところに割いている分だけ、奴らに対する洞察力を欠いていることになる。死亡する確率が高まることだろう。
幸いにも、私の炎剣を目で追い、ボンヤリと眺めている者はいない。自分に関係ない方向に飛んでいくと分かったそばから意識の外へとはじき出した。
本物の銀ナイフで、得物に触れていた時間がほんのわずかだったとしても、銀ナイフに伝わった熱量は膨大で、赤く白熱するのを通り越して、ごぼごぼと泡を立てて沸騰し、金属が溶解していく。
手に残る半分溶けた柄などに未練は無く、そこらに投げ捨てると同時に魔力で銀ナイフを両手に作り出す。
触れられ斬られた場所が炭化、または蒸発してしまう程の高温である新たに作り上げた炎の剣を、異次元咲夜は焦ることなく冷静に捌いている。鋼の剣だろうが、炎の剣だろうが、触れてはならないのは変わらない。
彼女からすれば通常よりも対処が少々厄介であるが、戦う大筋は変わらない。熱で変形した銀ナイフを交えるごとに捨て、交戦を激化させていく。
魔力を使えるとはいえただの人間が吸血鬼相手に善戦している。いや、むしろ異次元咲夜の方が私の事を押しているだろう。初めは前進をすることができたが、炎の剣の扱いに慣れ始めたようだ。斬撃を弾き、いなし、かわしていく。
能力が二つ使用できるとは言え、異次元咲夜はどこまで行ってもただの人間だ。こいつに家族を殺された身として、私としてもここで退くわけにはいかない。
下がろうとしていたのを踏ん張り、上半身を傾けて首を斬り落とそうとしていた銀ナイフを避けた。退くわけにはいかないのであれば、前進あるのみだ。
一切後退することなく、更なる追撃をしようとしていた異次元咲夜の銀ナイフにレーヴァテインを薙ぎ払い、半歩ほど奴を退けさせる。
熱で溶け、歪んだ影響で銀ナイフの切れ味は大幅に低下しているはずだが、異次元咲夜は白熱した得物を握り続ける。
はじき返してから一呼吸の間も開けず、レーヴァテインを振り子のように反対側から異次元咲夜へと叩きつける。両者とも引かず、火の粉を散らすレーヴァテインの熱に目を細めるが、奴の瞳は私を切り裂き、抉り取ろうと画策している。
攻防はたった一度では終わらない。重たい斬撃音が絶え間なく森の中にこだまし、炎が燃え盛る乾いた破裂音と重撃が繰り返された。
魔力で溶けた分を修復しながら使用しているのだろうか、段々と銀ナイフを投げ捨てることが少なくなってきたように感じる。銀ナイフを一から作るよりも直した方が効率がいいことに気が付いたようだ。
奴が修復しているのもそうだが、得物を破壊できなくなっているのは、認めるしかないが奴の技術力が非常に高いからだ。戦闘を主に咲夜へ任せていたツケだろう。
数度得物を叩きつけ合い、鍔迫り合いへと縺れ込む。熱で銀ナイフを溶かしていくが、溶かしたそばから修復されてしまい、焼き切ることができない。
睨んでいる私と対照的に、異次元咲夜はグッと私に顔を近づけてくると、舌を出して笑って見せる。安い挑発であるが、怒りを溜めていた分だけ、血管が切れそうになった。
怒りに身を任せて、顔を近づけている異次元咲夜を焼き殺してやらなければならない。腕力で奴をはじき返し、大きく踏み込んで振りかぶった炎の剣を頭に叩き込んだ。
冷静さを欠いた私は、レーヴァテインが空振りに終わった瞬間に我に返る。大ぶりの攻撃を誘われ、まんまとそれに乗ってしまった。
私と同様に前進していた異次元咲夜が加速し、上から振り下ろされたレーヴァテインの内側に入り込まれた。レーヴァテインを掴んでいた右手首を、異次元咲夜が右手で掴んだ。腕を捻り上げられ、武器を取り落とした。武器が地面に刺さると同時に、肩から指先にかけてまで腕が一直線になり、大きな弱点となる関節に蹴りを叩き込まれた。
内側からであれば、腕を曲げて衝撃を逃がすが、どうやっても曲げられない関節を反対からへし折られてしまう。
痛みはほとんど魔力で遮断されているが、それでも骨が折れた激痛は耐えがたい。五百年間痛みとはかけ離れていた生活をしていたのも大きいだろう。
順手に持たれた銀ナイフを、異次元咲夜が逆手に持ち変え、首を掻き切ろうと腕を捻り上げたまま私へと振り下ろす。
刃が皮膚を切り裂く数歩前に、外側から敵意が異次元咲夜へと嚙みついた。蛇のように纏わりつく敵意が下から突き上げられ、金属であるはずの銀ナイフが柄だけを残して根元から叩き折れた。
蹴られた衝撃でナイフが振動し、金属の砕かれた残響が耳に付く。私とも、異次元咲夜とも違う色の髪が眼前でなびく。緑色の戦闘服に対し、対称に近い色素である吸い込まれそうな緋色の髪が特徴的な門番が、狭い異次元咲夜との間に滑り込み、刃を折ったようだ。
異次元咲夜よりも身長が高いはずの美鈴は、構えのモーションに入っていると、奴よりも頭一つ分も小さい。目の前に陣取る門番に押される形で私は後方に下がり、攻撃体勢の彼女は右手で握る拳を奴に叩き込んだ。
片手で繰り出される拳を、作り出した銀ナイフで冷静に防御して捌いていく。すぐさま状況に順応して見せる奴は、美鈴の正拳突きを三度も打たせず、反撃に翻る。
首を掻き切る斬撃を、美鈴はしゃがみ込むことで影も捉えさせず、地を滑る払い蹴りで異次元咲夜の足を薙ぎ払った。
蹴った感触は申し分なく、異次元咲夜の身体が宙を舞う。そのまま追撃を繰り出そうとするが奴の動きが異様な加速を見せ、突き出した拳が中空で伸び切ってしまう。
時を操る能力で、攻撃のタイミングをずらされた。味方に居れば非常に頼もしい限りであるが、敵に居ればこれほど厄介な能力もないだろう。
「妹様、大丈夫ですか?」
異次元咲夜が離れたが、それでは足りないと判断したのか美鈴は私の元まで下がると、こちらを見ずに安否の確認をする。
「ええ」
生命力自体もそうだが、体の再生能力が他の妖怪と比べて高い。そして、関節とはいえ骨を折られただけの軽傷だったことで、ほとんど怪我は治っている。
痛みは未だに続いているが、もうじき気にならなくなっていくはずだ。取り落としてしまっていたレーヴァテインは魔力を使い果たしたようで、完全に消えてしまっている。
刃が突き刺さっていた位置には、レーヴァテインからの延焼で土や草が焼け焦げ、パチパチと火が上がっている。
消さなければじきにこの火は広がるだろうが、火の気の一つや二つ、これから繰り広げられる戦いの中で気にしていられない。大気と草木が焼ける匂いが充満していたが、温い風が私たちの間をゆっくりと吹き抜けて新鮮な空気を運んでくる。風に煽られ、隣に立つ美鈴の左腕から下がる裾がパタパタとなびいた。
先の攻防で少なからず銀ナイフの耐久性能が削られていたようだ。真っすぐに見えていたが、彼女が修復を得物に施すと歪みが改善され、新品同様となる。
「失礼かもしれませんが妹様、冷静に行きましょう。確実に仕留めるために」
「いや、ありがとう…助かったわ」
感情のままに暴れるのは前の私だ。今は皆を率いる立場に居なければならず、主であるならば、部下が不安にならないように常に冷静でいなければならない。
溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるのは、今ではない。また、横溢するこの感情も奴に誘発させられ、振り回されるものではない。
憤激するのにも、仕方や異次元咲夜への向け方というものがあるだろう。ゴボゴボと沸騰しそうになっている高温の溶岩を、感情という炎から遠ざけた。
自分の感情を御するのは容易ではないが、抑えに抑え、鎮火させた。しかし、完全に消火してしまうことはない。いつでも火の粉を噴き上げて炎を躍らせられるように、火種を燻ぶらせておいた。
感情の代わりに闘志の炎を燃やし、高ぶり過ぎていた戦闘態勢を万全な段階まで引き下げた。血管内を通り、指の先まで広がる毛細血管で運ばれる、煮え滾っていた血液が暫くぶりに温度を取り戻した。
冷静さを欠くな。脳を本能や闘争のままに働かせるのではなく、思考で脳を回転させるのだ。あらゆる隙も逃すことなく、奴の命を刈り取るのだ。重心を大きく落とし残った右手を油断なく構えている美鈴の隣に佇んだ。
「武術に長けている分だけ、美鈴の方が奴と戦いやすいと思う。前線を任せても大丈夫かしら?」
実際の戦闘経験があるというのは、埋めることはできない差となるだろう。私はもちろんだが、館内を巡回することしかさせていなかった妖精メイドには任せられない。
「もちろんです。任せてください…こう見えて体は頑丈なので」
片腕を失っているが、こうしてここで戦っている所から、頑丈なのはそうだろう。だが、彼女に任せたのはそんな理由ではない。紅魔館への襲撃時、門での戦闘からお姉さまが殺されるまで、休むことなく戦闘をしていたのが美鈴だ。奴に対する戦闘の経験は、紅魔館内では随一と言っていいだろう。
一緒に戦ったことなど皆無で、阿吽の呼吸で動きを合わせられるわけがないが、後方から彼女の動きを多少は見ていた。その少ない情報と、これから戦う情報から、予測しながら戦わなければならない。
右手の拳に高質化した魔力を施し、簡易的ではあるが拳の保護をする。私はレーヴァテインを改めて構え、お互いに戦闘準備を整えた。
ほんの数センチ、美鈴がさらに腰を落とした途端、残像を残して走り出す。瞬間的な速度は吸血鬼を上回り、十メートルほど離れていた異次元咲夜の元に、たった一度の瞬きの間に到達する。
異次元咲夜が繰り出した初手の斬撃を、側面からの攻撃で砕き折る。両手に銀ナイフを持つ奴の方が攻撃の回転率は高いが、攻撃のフェイントや回避に専念し、斬撃を可能な限り避けていく。
避けきれない攻撃は、高質化した魔力で覆った拳で迎え撃つ。役目を終えた魔力が、拳と刃が交わるたびに弾け飛ぶ。結晶の輝きなどに目を向けず、異次元咲夜と攻防を繰り広げる。
横に大きく薙ぎ払う蹴りを、加速する異次元咲夜が後方に下がって避けていく。奴に追いつこうと、跳躍するために下半身へ力を集中させようとしていると、夕焼けのようなオレンジ色一色に周囲が染まり上がる。
魔力で凝縮していた炎剣の炎を開放し、照射機として炎を撃ち出した。辺り一面を焼却する火力を誇り、ただの人間一人を焼き殺すには過剰すぎるが、異次元咲夜相手であれば足りないぐらいだ。
その証拠に、自分の目の前に大量の銀ナイフを生み出し、壁として身代わりに使った。しかし、どんなにきれいに慣れべても物体の間に隙間は生じ、炎は確実に異次元咲夜へと向かう。
ナイフの間を通っていく分だけ、炎の速力が格段に低下し、異次元咲夜にまんまと逃げられてしまう。
魔力で本物の物体を作り出すことのできる能力とは、本当に面倒だ。魔力のままであれば、炎に晒して瞬時に魔力の結晶にさせることができただろう。加速しているとはいえ、面で攻める炎からは逃げ切れなかったはずだ。
こいつを早く殺してしまいたいという欲が先行してしまいそうだが、焦る必要はない。焦りは思考の幅を狭めさせ、狭まった思考では奴らの落とすヒントを見落とす確率が高くなる。
炎の燃焼で周囲の酸素濃度が低度に低下してしまっているが、通常よりも肺を大きく膨らませ、 加熱されて乾いた空気を取り込んだ。肺から血液中に溶け出した酸素が脳に運ばれ、活動の糧となった。
「妹様、すみません…もう少し奴を引き留められていれば…」
「焦らなくてもいい。確実にあいつを追い込めればいいだけだから」
むしろ、彼女は片腕でよくやっている。短期間とはいえ、異次元咲夜との戦闘を互角になし得ているのだ。
問題なのはここからで、数度それぞれの得物を交えたことで異次元咲夜が美鈴の動きに慣れ始めるころである。戦うのであれば短期戦が好ましいが、時を操る能力を持っていることを考えると簡単なことではないだろう。
レーヴァテインから発生した炎の影響で、広範囲に炎が広がっている。異次元咲夜の位置がわからなかったが、オレンジ色に光を反射する銀ナイフを構え、猛スピードで突っ込んでくる。弾丸のような速度から、自分自身の時間を加速させているのだろう。
厄介な敵だが、唯一の救いと言えば、奴がやたらと時間を停止させないところだ。あれをされるとこちらには打つ手はない。
最初は一つだった反射光が、複数に分裂した。奴が魔力で銀ナイフを作り出し、連続的に投擲したのだ。まっすぐにこちらに向かうナイフを、魔力で出力を上げさせたレーヴァテインで薙ぎ払う。
溶解して液状に変化し、空気の抵抗によって液体化した金属が地面に次々と落ちていく。陽炎が揺らめく高温の空気の中を高速で突っ切り、銀ナイフを掲げる異次元咲夜が到達する。
得物を薙ぎ払うが、そんな見え透いた攻撃など、私が避けるまでもないようだ。異次元咲夜の前へ美鈴が割りこみ、魔力で覆われた拳を叩き込んだ。
一度目は銀ナイフを相殺し、異次元咲夜が二度目の攻撃を仕掛ける前に、素早く美鈴が拳を振り抜いた。
拳が異次元咲夜の顔面を捉えたと視覚情報が錯覚を起こした。異次元咲夜が一瞬ブレたと思うと、振りぬかれた拳に当たるか当たらないか、すれすれの位置に出現した。
右腕が伸び切り、異次元咲夜の鼻先で握られた拳が停止する。当たらなかったことが悔やまれるほどに美鈴の放った拳圧は強烈で、突発的な暴風が巻き起こる。奴の髪を後方になびかせ、服の布をはためかせる。
伸び切った右腕を美鈴が引き戻そうとした時、腹が立つくらいオレンジ色に輝いて主張していた異次元咲夜の握っていた銀ナイフが見当たらない。
いつ投擲されたのか見えなかったが、時を止めたと推測できるブレた時に投げつけたのだろう。時を止めているのであれば、どこからだろうと投げることができる。周囲を警戒しようとするが、血液に対して関連のある吸血鬼でなくても、それの存在に気付いただろう。
鋭い鼻孔をくすぐるのは、我々にとっては食料である血の匂いだ。甘く、芳ばしい香りは殺し合いの最中でなければ、それに惹かれて食事を嗜んでいたかもしれない。
生物の三大欲求であるはずの食欲を押しのけてまで、戦闘の意欲が爆発的に沸き上がったのは、私の前に立っていた美鈴のうめき声によってだ。
苦痛がこちらにまで伝わってきそうな声を漏らす美鈴の体が、ガクンと頭一つ分以上落ち込んだ。背が低く、彼女の背中で見えていなかったが、高さが変わったことで彼女に起きていることが即座に視界に映った。
脚に一本、腹部に一本ずつ銀ナイフが突き刺さり、身体を支えている下半身の力が抜けてしまったのはそのせいだろう。それだけでは終わらず、左肩と喉にも刃渡り十五センチはある得物が柄まで抉りこんでいる。
「美鈴!」
異次元咲夜に追撃をさせじと門番の前に身を晒し、新たに生み出した銀ナイフを掲げる異次元咲夜に向け、レーヴァテインを薙ぎ払う。魔力の調節で炎剣の長さは調節でき、数メートル先にいる標的を薙ぎ払う。
レーヴァテインの射程もさることながら、炎によって瞬時に金属を溶解させる威力は当たればひとたまりもないが、奴にとっては当たらなければただの炎を帯びる得物と変わらないのだろう。
時を止められたようで、レーヴァテインが炎で巻き込むずっと手前で異次元咲夜の姿が掻き消えた。体勢を整える暇など無く、腹部から鋭い痛みが発生する。痛みに慣れていない分だけ、体中を刀でなで斬りされているような激しい激痛に襲われた。
痛みの発生源を探るのが速いか、異次元咲夜の追撃が行われるのが速いか。腹部の辺りがじんわりと熱を帯び、切り裂かれる痛みの中に異物が体内に入り込んでいるのを感じる。
「ぐっ……!?」
歯を食い絞り、すぐ隣に佇む異次元咲夜にレーヴァテインを薙ぎ払おうとするが、レーヴァテインを握る手を掴まれた。崩れ落ちる美鈴の助けは期待できず、腕力に物を言わせて吹き飛ばしてやろうとするが、力を技で抑え込まれた。
奴の攻撃が素早く、何をされたかわからないうちに体が宙を舞い、頭を押さえられて地面に叩きつけられた。頭蓋がきしみ、後頭部から伝わってくる衝撃に目が飛び出そうだ。
私に危機が迫っていると、美鈴がロクに態勢も整えられていないが、すぐ傍らに立つ異次元咲夜へと飛びかかろうとしているが、彼女の胸に銀ナイフが瞬時に抉りこむ。
「かっ………!?」
脚はさらに前に突き進もうとしているが、上半身の方が動きについていけていない。身体のバランスを大きく崩し、倒れてしまいそうになるのを押さえ、膝をつく程度に留めた。それでも、多大なタイムロスであることは彼女も自覚しているのか、血が滲んで赤く染まる歯をむき出して耐え忍ぼうとしている。
レーヴァテインを取り落とし、即座に抵抗できなくなった私に、更なる追撃をしようとしている。魔力を凝縮させ、レーヴァテインを作り出そうとするが、慣れない痛みに集中力を削がれ、手先で炎剣を形成しようとしていた魔力が形状を変化できず、霧散していく。
キラキラと輝く小さな結晶が崩壊し、さらに細かくなって消えていく霧の中を異次元咲夜の靴がかき分け、腹部に突き刺さっていた銀ナイフを蹴り押した。半分ほどしか刺さっていなかった得物が、更に身体の奥へと抉りこませられた。
「あぐっ…ぁぁっ!?」
作り出したばかりで新品と変わらず、切れ味の高い刃が根元まで切り進んだ。身体が小柄なこともあり、ナイフが進む先にある内臓を切り裂きながら背中まであっさりと貫通してしまう。
「妹様…!」
美鈴は脚に刺さったままだった銀ナイフを引き抜き、異次元咲夜へと投擲した。能力を差し引き、体術だけであれば幻想郷では五本指に入る実力があるだろうが、飛び道具については転じて素人だ。
刃の回転を計算に入れておらず、投げ方も素人に毛が生えた程度だ。空中でナイフのバランスが崩れ、柄が異次元咲夜の方向を向いて飛んでいく。力をただ得物に伝えただけの投球は一切の脅威がない。
異次元咲夜はほとんど動いていないように見えたが、本当に動いていなかったかもしれない。頭部の横を銀ナイフを通過していってしまった。
ナイフのスローリングはこうやるんだと、異次元咲夜が美鈴に向けて銀ナイフを投擲した。特殊な技術で投擲しているのか、一切回転することの無い得物が直接門番に向かうのではなく、手前の地面に突き刺さる。
当然だが、ここで目測を誤ったと考える馬鹿はない。美鈴は下がることはせず、怪我をしていない足の脚力で、無理やり前方に大きく前進した。銀ナイフを踏み越え、通過する。通り過ぎた段階で、銀ナイフに含まれていた魔力が爆発を起こした。
気を操る程度の能力を保持している美鈴は、銀ナイフに溜められた強力な魔力の流れを察知していたようだ。背中で爆発を受け、それを次の一歩へのエネルギーとした。
脚を刺されていたが、骨にまで達していたのだろうか。短期間ではあるが足の自由が奪われているため、爆発の威力を移動の代用にしたのだ。
前進し、拳を握る右手で異次元咲夜の顔面を叩き潰す。左手がないことでバランスが悪く、攻撃のモーションが大きくなってしまう。だが、必要最低限に小さくまとめ、矢の如く迅速な一撃を放つ。
武術に長けた人物は数人いるが、片腕を失ってもこれだけのスピードと、モーションを崩すことなく攻撃を放てるのは幻想郷ではそういないだろう。
爆発を前進の材料にすることは計算に入れていなかったのだろう。驚いた顔をしたが、それだけだ。私たちとは時の流れが違う異次元早苗は即座に対応して見せる。
美鈴の喉に刺さったまま、行動によって抜けかけていた銀ナイフを掌底で更に深く突き刺し、彼女の胸ぐらを掴む。そのまま後方に振り返り、背負い投げの要領で後方に投げ飛ばした。
そのまま空中を漂う美鈴に向け、銀ナイフを投げようとしている異次元咲夜に、至近距離から私が攻撃を開始する。レーヴァテインを作り出せば即座にバレてしまうため、そこらの刃物よりはずっと切れ味のある鋭爪で肉を切り裂く。
気配を消すことは難しいが、他に集中しているため、意識が分散して攻撃を加えられる可能性があると思ったが、そう簡単に上手くいく話はない。
伸ばした腕に作り出した銀ナイフを突き立てられ、顔面に肘打ちを叩き込まれた。強打の攻撃に顔が跳ね上がり、視界から異次元咲夜の姿を見失った。
予備動作も見られず、異次元咲夜の蹴りを回避することができず腹部に受け、後方へと吹き飛ばされた。景色が前方に流れていく中で、異次元咲夜の方向から鈍く白銀に光る輝きが瞬いた。
銀ナイフをこちらに射出するつもりだ。レーヴァテインを生成する暇もなく、加速されたナイフが空中にいる間に私に到達した。銀ナイフの軌跡は私だけではなく、美鈴の方向にも向かっている。
身体操作に長けた彼女であれば、ダメージは最小限に抑えられるだろう。こちらだけが攻撃を受け、のちの戦闘に支障をきたすわけにはいかない。
すぐさま並べられた大量の銀ナイフの対処へと思考を切り替えた。痛みに慣れていない分だけ、戦いに身を投じることが難しくなるのは、避けなければならない問題だ。
ここから魔力を練り上げ、高い精度でレーヴァテインに仕上げるのは間に合わない。魔力を練り上げるのは行うが、炎剣の形状に魔力を整形することなく高温の火炎を銀ナイフへ薙ぎ払う。
炎剣とは似ても似つかない放出された炎の爪は、私を切り裂き、突き刺さろうとする得物を悉く燃やし、溶かし尽くす。ある程度のナイフを溶かし、向かってきていた攻撃を全て撃ち落とした。
初めての試みで勝手がわからず、過剰に膨らんでいた炎が引き、オレンジ色に埋め尽くされていた視界が開けた。
叩き落していたと思っていた銀ナイフが、再度視界の中に現れた。脳が理解できず、困惑している。確かに銀ナイフは同時に全てが到達するわけではなかったが、その時間差も考慮して炎を放っていたはずだった。
視界の中で隠せる場所はないはずだ、銀ナイフの速度を加速させて炎が引いた時を狙った可能性もあるが、それにしては速度が一投目と変わらない気がする。唯一隠せる場所と言えば、最初に投擲されていた銀ナイフだろう。
第一波のナイフに隠された、銀ナイフの雨。そちらの対処しなければならないが、今の炎の一撃で体勢は大きく傾いており、魔力も再度練り上げるところからやらなければならない。
圧倒的に時間が足りない。高温の熱気の中を銀ナイフが悠々と迫ってくる。できうる限り全力で体勢と迎撃を整えようとするが、既に攻撃中である異次元咲夜の攻撃に追いつくことができない。
私は、自分の体に突き刺さる得物を、見下ろすことしかできない。どんな生物でも共通で弱点である頭部や心臓を狙った攻撃は、正確無比に突き進み続ける。
能力の使用では一本捌けるか捌けないか程度でしか撃ち落とすことはできないだろう。どれだけ戦いたくても、現実は無慈悲だ。指揮もとらず、戦いもせず、五百年もただただ気が触れたまま過ごしていた日々のツケが、今回ってきたのだ。
怖い。この世界には気を休められる暇がない。この数日間、まともに眠れた時などほとんどない。眠いはずなのにアドレナリンが出続けているせいで、眠気を感じることはない。なぜ私がこちら側に来てしまったのか、何度も何度も考えていた。
霊夢さん、咲夜さん、早苗さん、妖夢さん。いつも異変解決に駆り出ている人たちのような戦闘など、ただの一度も経験したことはない。
以前の異変で霊夢さんと戦ったこともあるが、あんなものは戦いなどとは言えない。私は全力だったが手加減され、私の生命に害がない程度に打ちのめされた。
それほどまでに私は実力がないというのに、こんな戦うためのような世界に、なぜ来てしまったのだと再び後悔した。
一生涯で体験したことが無いほどの巨大な地震や、森を覆い尽くす炎、あらゆるものを嚙み砕いて燃やし尽くす番犬を見たせいで、さらに意気地なしになった気がした。
体全体の震えが止まらない。夏だというのに、緊張で指先が冷えてしまう。この震えを押さえようとして、私は小さく丸まってしまっていた。
一度張り付いてしまった恐怖は、簡単に拭いとることはできない。この世界にある物をなにも見たくなくなり、足を抱えて縮こまっていた腕に顔をうずくめた。
恐怖に支配され切っている体が全くいうことを聞いてくれない。戦闘に参加したわけではなく、ただ見ただけでこの様だなんて。
何十年、何百年と生きてきたはずだった。十分に生きてきたはずなのに、ただ一つ、死にたくないという感情が沸き上がる。それだけで子供のように震えてしまう。
「大丈夫だよ、ミスティアちゃん…大丈夫だから」
そう言って私の肩を優しく抱いてくれるのは、背中から半透明の翼を生やし、緑色の結ばれた髪を揺らす大妖精だ。
大ちゃんは怖くないのだろうか。私の肩に触れる彼女の手は、まったく震えていない。私が震えすぎているのかもしれないが、それにしても落ち着いていた。
なぜそんなに落ち着いていられるのだろうか。私は爆発音など戦闘する音が響き渡るごとに、体をびくつかせてより一層縮こまる。
「大丈夫…大丈夫…」
頭を撫でられ、不安と恐怖で過呼吸に陥りそうな私を、彼女は安心させようと抱き寄せてくれる。発育の良い、彼女の胸に包まれた。
柔らかく、どことなく石鹸の良い香りが漂う。暖かい人肌に触れ、投げかけてくれる優しい言葉に、徐々に落ち着きを取り戻せた。数分、十数分と時間をかけ、赤ちゃんをあやす様に宥められる。
「ご……ごめん………ありがとう、大ちゃん」
時間をかけたことで戦況が変わっているのか、先ほどの骨の髄にまで響く爆発などが聞こえなくなり、今は乾いた破裂音が連続で響いている。
「どういたしまして」
私を不安にさせない為か、お礼を言うと大ちゃんはニッと歯を見せて笑いかけてくれる。バクバクと拍動して煩かった心臓の音が、今では環境音の方が大きくて聞こえてこない。
実際に敵が出てこないと分からないが、怯えながらも移動ができるまで回復することはできた。それでもまだ、時折轟く戦闘音に体が反応してビクついてしまう。
どんな小さな音にも反応する様子に、大ちゃんが手を伸ばして優しく私の手を包み込んでくれた。落ち着いた彼女を前に、不安が僅かながらに解消されていく。
微々たるながら余裕が生まれ、握って貰っている大ちゃんの手に意識が映る。やっぱり震えていない。緊張で手汗をかいてもおらず、体温もそこまで高くはない。
なぜ、大ちゃんはそこまで落ち着いていられるのだろうか。私よりも数センチ背の高い彼女の事を見上げていると、視線を向けていることに気が付いて小さく笑いかけてくれた。
精神的に僅かながらに回復し、彼女に意識を向けられるちょっとの余裕が生まれていた私は、大ちゃんの笑みが少し引きつっているように見えた。
それは、恐怖や不安からくる、私が向けているであろう表情ではない気がした。分析紛いなことをしていたのも束の間、大ちゃんの手に引かれて歩き出した。
「だ…大ちゃん…どこに…行くの?」
現時点で安全を確保できているこの場所から移動するということで、不安と緊張で声が震えて上ずってしまった。
その私に対し、大ちゃんはは極めて落ち着き払った口調で、ゆっくりと目的を話した。
「ミスティアちゃんは先に帰ろ、私が送ってくよ」
大ちゃんはこちらを向かず、正面を向いたまま、不安を煽らないようにゆっくりと目的を話してくれた。
「大ちゃんは…どうするの?」
「私…?…私は………少し、やることがあるんだ」
やることって何だろう。幻想郷とは思えないほどに荒廃しきり、死が常に隣で手招きをしている。こんな世界で、用事があるなんて思えない。
「ま、まって……それって…」
いくら恐怖で頭の回転が遅くても、彼女がここの終末世界に残り、戦おうとしている事など考えなくても想像がついた。そんなのだめだ、私たちが思っている以上に、こちら側は残酷なのだ。
「大ちゃん…!」
駄目だと静止しよとした時、景色が一変する。鬱蒼と木々が生い茂る森の中のはずだったが周囲に木々があるものの、拓けた場所に移動していた。大ちゃんが固有の能力を発動したのだ。どれだけこの能力を体験しても、慣れることはない。
紙芝居のように、場所が切り替わったことに思考が追い付かず、よろけてしまいそうになった。倒れそうになった私の事を、大ちゃんが引っ張り上げてくれた。
「大丈夫?」
「う、うん……それよりも…大ちゃん……戦いに行くつもりなの…?」
いつも通りに話せない。店に出ている時のハキハキとした口調など欠片もなく、情けなく弱弱しい声で彼女の目的を訪ねた。
「うん、戦わなくちゃいけないんだ」
誰かに言われたわけじゃなく、自分で決断した意思のある彼女は、口ごもることもなくそう私に言うと、引いてくれていた手を握ったまましっかりと私を見据える。
大ちゃんの瞳には決断に対する後悔はない。戦いを最後までやり遂げる覚悟が滲み出ている。こんな私では絶対に意思を変えることができないだろう。
でも、それでも私は彼女を止めたかった。一人では不安だから離れて欲しくない、彼女の能力が逃げられるのに適しているからといった理由からではない。
「嫌だよ……。大ちゃん…まで……死んじゃったら………私…私…!」
チルノちゃん、リグルちゃん、ルーミアちゃん、みんな殺された。悲しくて仕方なく、やり切れない。そんな中で大ちゃんまで失ってしまったら、そう思うと怖くて怖くてどうしようもない。
「大丈夫だよ、ミスティアちゃん」
「嘘だよ!大丈夫じゃないよ!」
彼女に当たり散らす様に、怒鳴ってしまった。感情がめちゃくちゃに高ぶり、自然と瞳に涙が溢れた。溜まった涙で目に入る光が屈折し、視界全体が歪んでいく。
いくら大ちゃんが便利な能力を持っていても、霊夢さんやスキマ妖怪のような強さを持っているわけじゃない。確かに回避に専念すれば、攻撃を受けることは限りなく低くなるだろう。
しかし、それは回避だけをしていればの話であって、攻撃に転じれば自分の攻撃力だけが頼りとなる。攻撃的な能力を保持していない大ちゃんが敵に勝てる可能性はかなり低いと思ったのだ。
「ごめんね…」
それは彼女も理解しているのだろうか。なぜ大丈夫なのかの証明をすることなく、ただ一言だけ謝った。大ちゃんはそれで死ぬことも厭わないのだろうか。
「ミスティアちゃん、私そろそろ行くね…。すぐそこにこの世界に来たスキマがあるから、それで戻ってね」
行かせたくないと思う私の心情とは関係なく、目の前から大ちゃんの気配が消えてしまう。顔を塞いで泣きじゃくっていた私が顔を上げると、黒色の小さな煙を残して姿が消え失せていた。
嗚呼、行っちゃった。行ってしまった。霧散して消えていく煙が風になびかれ、一片ほども見当たらなくなった。煙に匂いはなく、ただ世界の死臭が鼻孔をくすぐるだけだ。
なぜだろうか。大ちゃんはどうして戦えるんだろうか。自分よりも実力が上回っていることは明らかで、その上、奴らには人を殺すことになんの感情も躊躇もない。
大ちゃんが不利になるのは、確実と言えた。大ちゃんまで死んじゃったら、そう考えると、恐ろしくて足がすくんだ。なら、その確率を下げるためにと、自分が手助けに行くという選択を取ることができなかった。
怖い。あんな化け物と自分から相まみえるなんて、精神をおかしくしてしまいそうだった。しかし、自分の精神の弱さがどうしても歯痒かった。
彼女にある勇気や勇敢さが十分の一、百分の一でも私にあれば、ここにいるのが私じゃなくてチルノちゃんだったら。
そうすれば、大ちゃんだってもっと、もっと戦いやすかっただろう。こんな、意気地なしが、どうして異次元妖夢に切り殺されなかったのだろうか。
そうして、また勇気を振り絞ることができなかった私は、意味もなく生き残ってしまった。皆が、命の灯を煌めかせ、生死のやり取りをしているというのに、自分可愛さに楽な方へと流れてしまった。もう、誰にも顔向けできない。私は、本当に……。
次の投稿は4/24の予定でしたが、諸事情により誠に勝手ながら遅らせていただきます。
本当にもうしわけございません!
次の投稿は5/1の予定です!