自由気ままに好き勝手にやっております!
それでもええで!
という方のみ第百五十五話をお楽しみください!
数々の戦闘音が森中からこだましており、木々を反響する影響で特定の誰かを狙って、音の発生場所を探ることは難しい。
「霊夢、どうする?」
「…どうするもこうするも、あいつと戦うには手当たり次第に探していくしかないし……とりあえず、向こうに行きましょう」
彼女が走りながら指をさす方向に視線を向けると、森の中に太陽が舞い降りているように、紅葉色の光で照らされている。
雲の間から日の光が差し込んでくる光芒と同じ形で炎の光が木々に隠れ、尾を引くように光の筋が合間から伸びている。
横に長く光源が続いているが、その中で黒い影が揺れ動いているのが薄っすらと見えた気がする。誰かが戦っているのは間違いなく、私たちは即座にその方向に走った。
走る速度が遅かったのだろう。霊夢が走っている途中で私の手を掴むと強く引かれ、速度を急激に上げていく。魔女と巫女では運動能力に埋められないほどの差がある。
私が転んでしまわぬように抱え上げてくれた。人間一人分の重量がかさんでしまうが、手を引いたり走るのを任せる方が遅い。霊夢がさらに加速し、炎が揺らめく戦場へと向かう。
近づくごとに誰かが得物を交える戦闘音が耳に届くが、確実に異次元霊夢ではない。その場所からと思われる、せめぎ合う音には金属が混じっている。異次元の巫女と奴に挑んで行った華扇は、武器を使用していない。
異次元妖夢か、異次元咲夜だと推測できる。異次元妖夢は誰が戦っているのかは分からないが、異次元咲夜だとしたらフランドールらであるだろう。
そして、これだけの範囲に炎を拡散できるとしたら、フランドールである可能性が色濃い。薙ぎ払うもの全てを焼き切り、蒸発させるあの炎剣が使用されればこれだけの火事にもなる。
前方での戦闘が激化していく。数十メートルも距離が離れているが、激しさがここまで伝わってきている。木々や草を燃やしている炎とは違って、一際強い光源が高速で動いている。
フランドールの炎剣や周囲の光に反射してか、得物が小さなオレンジ色の輝きを放つ。それが複数見えていることから、やはり異次元咲夜の銀ナイフであることは確実だ。
最終目標である異次元霊夢ではないため、フランドールらに任せて探しに行った方がいいだろう。レミリアの仇でもあり、邪魔はされたくないはずだ。
「霊夢、あれまずくないか…!?」
しかし、やられそうになっているのを見過ごすわけにはいかない。事情がどうとかではなく、友人が死ぬところなどもう見たくないのだ。
目の前で咲夜と早苗、妖夢、鈴仙、他にも数人殺された。誰もが知らない仲ではなく、事切れた姿を見るたびに、胸が締め付けられる思いだった。知らない仲の人間だろうとなかろうと、誰かが死ぬのはもうたくさんだ。
「…ええ、わかってるわ!フランドールをお願い」
吹き飛ばされるフランドールに、異次元咲夜が銀ナイフを複数投擲している。吸血鬼の回復力は非常に高いが、当たり所によっては致命傷にもなりえる。
「ああ!」
返事に合わせ、霊夢が私の事を空中に放り投げた。走りながら地面に降ろされるよりも、そのまま飛んでいけるため走るよりもずっと早い。
美鈴を受け止めるのは難しいが、小柄なフランドールならなんとかなる。減速など一切せず、こちらに吹き飛んでくる吸血鬼に後方から飛びついた。
後方から接近したことで、フランドールに敵だと勘違いされることを危惧したが、異次元咲夜に意識を全て向けていたのか、振り返ってレーヴァテインで切り裂かれることはなかった。
背中を受け止められたフランドールの身体が硬直し、こちらに向けて反撃を行いそうな勢いだったが、自らに飛んでくる銀ナイフを処理するので手いっぱいだったようだ。
炎で撃ち落とせなかった銀ナイフが十数本、フランドールと彼女に飛びついている私に向かってきている。
左手で掴んだフランドールの身体を横にずらしながら、魔力を溜めた右手を前に突き出した。魔力をエネルギー弾へと変換し、即座にぶっ放した。淡青色の弾幕が放たれるとほぼ同時に、前方方向に向かって弾けた。
銀ナイフはかなり近くまで接近されていた為、少し飛ばしてから破裂させたのでは、扇状に広がる爆発のエネルギーで全ての得物を撃ち落とせない。
強力なエネルギー弾から放たれた爆発の余波に当てられ、まっすぐこちらに向かっていた銀ナイフが先端から潰れて砕け散る。
大量の銀ナイフが金属片へと成り果て、エネルギー弾の余波に薙ぎ払われて四方に散っていく。吹き飛ばされていたフランドールを後ろから止めようとしていたが、相殺しきれずに後方に流れていき、身体がゆっくりと地面に向かって移動していく。
垂直に近い角度で落ちていき、地面に着地した。小さいとはいえ人一人分の体重にバランスを崩しかけるが、空中の時点で無理な体勢ではなかったためすぐさま立て直した。
霊夢の方では、私よりも危なげなく美鈴に向かっていた銀ナイフを、お祓い棒で全てはたき落とした。
金属が砕け散る残響が耳に残り、やがては消えていく。その長くはないが、けっして短くもない時間が経過しても戦闘が再開されることはない。
異次元咲夜が即座に攻撃に移らないのは、フランドール達を殺害して私から力を奪う目的を、フランドール達を無視して私の持つ力をもぎ取る目的に切り替えようとしているのだろう。
私を再度暴走させるのには、霊夢を殺すのが一番手っ取り早い。異次元咲夜の眼光が霊夢に向けられようとしている。奴は時を操れるため、その気になれば私が追い付くことは難しい。捉えられなくなる前に、動かなければならない。
腕や腹部に突き刺さっている銀ナイフを、自分で引き抜いている吸血鬼から手を放し、霊夢にばかり敵意が集中してしまわぬように、立ち上がってこちらも存在感をちらつかせる。
敵が倍に増えて異次元咲夜にとっては好ましくない状況であるが、同時に、目標が自分の射程内に自ら入ってきたことを考えると、五分五分だろう。
吸血鬼に銀のナイフは弱点であるため、傷の治りがただの切り傷よりも明らかに遅いが、弱点を斬り刻まれたわけではなく、大きな問題ではないだろう。
「…」
冷静沈着に自分から銀ナイフを引き抜くフランドールの様子だが、異変前と比べると別人のように変わっている。何があったのかは分からないが、変わっているのは性格だけでなく、魔力もだ。
ふらつきながらも私に続き、立ち上がったフランドールはゆっくりと塞がっていく傷から目を離してメイドを睨みつける。
「礼はする……」
歯切れの悪い口調だ。異次元咲夜が仇であるため、あまり介入してほしくないのだろう。元から邪魔をするつもりはないのだが、私たちの行動が彼女たちにとって邪魔になるかもしれないのには目を瞑ってもらいたい。
そもそも、時を操る異次元咲夜が、私たちを逃がしてくれるのかもわからない。今回は行き当たりばったりで行動したため、逃げる手段も用意していない。
裏の事情はひとまず置いといて、礼をしてくれたフランドールに返答した。
「ありがとよ…。それより………、お前のことはフランドールって呼べばいいのか?それともレミリアか?」
様々な性質の魔力が彼女の中で渦巻いている。時間をかけていけば、複数あるそれぞれの性質が何なのかを調べることができるだろうが、今はそんな時間はない。
しかし、探った中で、混ざり合う性質に二つだけ馴染みのある性質があった。フランドールが主軸にあるのは勿論だが、レミリアの性質が薄っすらと影に見えた気がする。
「…」
すぐには答えようとしないが、あり得りだろうか。一つの体にそれぞれ異なる魔力が存在するなど。私が香林から貰った、一時的に能力の底上げをする煙草とはわけが違う。短時間だが他者の魔力を取り込むことで、二人分の魔力を保持しているのではなく、フランドールの中で他者の魔力が共存しているのだ。
「フランドールに決まっているでしょう」
ようやく傷が塞がり、魔力で作り出した炎剣を携えるフランドールが私にため息交じりに呟いた。前なら並んでいても似ても似つかなかった姿だが、今は恐ろしいほどに後ろ姿が似ている。
姉妹なのだから容姿が似ているのは当たり前だが、その存在感までもがレミリアを連想する。そこに彼女がいるように。
「それもそうだな」
私はエネルギー弾を照射直前で保持したまま、異次元咲夜を睨みつける。片腕を失った美鈴と霊夢も体勢を整えたようで、得物を握る手に力が籠っている。
「あなたはどうするのかしら?ここにのこのこ来たりして、あいつからはそう簡単には逃げられないわよ?」
「まあ、だろうな。でも、あいつの能力だって万能じゃない。付け入るスキぐらいはあるだろう?」
「あるといいわね」
私と長く会話をするつもりはないらしいが、私もそろそろ話をする余裕がなくなってきた。異次元咲夜が魔力で銀ナイフを作り出していくのだ。
数本の銀ナイフが作り終えられていない段階で、異次元咲夜が上空へ向けて放り投げた。木漏れ日の光を反射し、刃がキラキラと光る得物を警戒し、意識の大部分がナイフに向けられようとした時、奴の方向で時を操る魔力が増幅した。
「や……べぇ……!!」
奴が時を止めるまでに霊夢の元にたどり着けるわけもないが、わき目も振らず二十メートル以上離れている彼女の方へと駆け出していた。
空中に放り投げた銀ナイフにも、こちらや霊夢に向かう魔力が含まれている。そちらに意識がいきそうだが、異次元咲夜からスペルカードの性質を感じ取った。
時が止まるだけならまだいい。そこに銀ナイフを配置されるのも城跡であるが、スペルカードは話が別だ。それも、強力なスペルカードとなれば洒落にならない。
スペルカードは言わずもがな倒すための、いわゆる必殺技である。そられは多岐にわたり、あらゆる状況で使いこなさなければならない。近、中、遠距離のそれぞれに対応した技があり、傷害を負わせるもの、自分好みのフィールドへ周囲を変化させる物、確実に倒す隙を作るためのスペルカードまで存在する。
今回使用されたのは、そのどれでもない。殺すスペルカードだ。戦っているのだから、殺す技なのは当たり前だと思うだろう。だが、異次元咲夜と私が戦っていた時でも、殺さないように手加減されていたのを、今になって実感した。
彼女は私が思っていた以上に、冷静に戦っていたようだ。吐き気を催すような憎悪が、奴と以前に交戦していた時よりも増悪している。
走り出した足が二歩も行かぬうちに異次元咲夜が加速し、世界の速度が対照的に鈍足になっていく。等倍の世界であれば、スペルカード発動の阻止ができる可能性があったが、静止した時の中ではそれをやられると打つ手がない。
エネルギー弾から魔力をレーザーへと変換し、異次元咲夜へと照射するが、強力な魔力が増幅していったかと思うと、奴の姿が幻覚だったと思えるほどに綺麗さっぱり消え去った。
そして、そのレーザーが当たるか当たらないかの位置に、異次元咲夜が発動したと思われるスペルカードが展開されていた。含まれているスペルカードの性質は、私が以前の戦いで食らったことのある物だ。
このスペルカードは、全方向のあらゆる角度から対象に銀ナイフが襲い掛かる凶悪な物だ。最初の一撃を食らえば残りのすべてを身に受けることになる、殺意たっぷりな技である。
しかし、逆を言えば同時に放たれているわけではなく、時差を付けて放たれているため、銀ナイフの追跡能力を超える速度で移動する物体には非常に弱い。一発当たらなければ、残りも当たることはない。
だが、今回は発動条件が違う。いくら霊夢が人間離れした強さを持っていても、逃走も、迎撃も、守備も一切準備ができていない彼女では、360°全方位から同時に襲い掛かる銀ナイフを撃ち落とすのは不可能だろう。
時間の停止した中でスペルカードが放たれれば、異次元咲夜から僅かに離れた瞬間に銀ナイフは停止する。時間差で放たれていた物が同じ条件で止まってしまうため、同時の攻撃になり、より凶悪なスペルカードへ変貌する。
自分をののしっても罵り切れない。これから四方八方に広がっていく銀ナイフを撃ち落とす唯一の術を、焦って今しがた放ってしまった。ここから魔力を再度凝縮させて変換させるまで、空中に浮き上がり、魔力の作用で四方に広がりつつあるナイフは待ってはくれない。
しなる弓から打ち出された矢を超える速度で、銀ナイフは赤い軌跡を残して高速で広がっていく。木が密生する森の中で、得物が一本も木々に刺さっていないところを見ると、時を止めている間に時間をかけてこの地形にあったスペルカードを作成したのだろう。
「霊夢!!」
標的は当然ながら霊夢だ。彼女も札を取り出し、結界を張ろうとしているが、広がった銀ナイフが霊夢を中心にして同時に戻る。札に魔力を吹き込み、周囲に配置する時間はない。例え、配置できたとしても、隣にいる美鈴も一緒に包み込むとなると、一辺当たりの魔力凝縮率が下がり、より破壊されやすくなる。
「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」
霊夢の居る方向へ走り出そうとしていた私の耳元で、異次元咲夜が放ったスペルカードの名称が囁かれた。
「っ…!!?」
これほど近くに接近されているのに、フランドールが攻撃を加える気配がない。一体どうしたのだと後方に振り返るよりも先に、彼女の呻く絞り出した悲鳴が耳に届いた。
姿は見えないが、身体に複数の銀ナイフを叩き込まれているのは、安易に想像ができた。すぐ隣に立たれているが、今の私には霊夢と同様に攻撃をする体勢にない。彼女を守ることを優先しなければならない。
手先で凝縮した魔力を、霊夢の居る方向に向け、エネルギー弾として射撃しようとした。衝撃波の速度は蠅のように遅く、彼女が全身を貫かれた後で周囲の空間を薙ぎ払うことになるだろう。だが、あらゆる方向に広がるため、私たちの居る側からも銀ナイフは向かっていくはずだ。
それに放った衝撃波をぶつけてやれば、一部でも撃ち落とし、霊夢の生存確率が上がる。今は正面に向いている視界に映らないが、この辺りを通るナイフがあるのは魔力の性質からわかっている。何もない空中へ向けてエネルギー弾を放った。
溜めていた弾幕を放とうとした時、正面から異次元咲夜が投擲したと思われる銀ナイフが、弾幕を貫通して手のひらに突き刺さった。形状を破壊されたエネルギー弾は集約させる間もなく霧散してしまう。目の前を通過していくスペルカードをみすみす見逃した。
「霊夢…霊夢―!!」
彼女と美鈴の姿が、大量の銀ナイフに隠れて塞がれていく。死ぬ。今度こそ、霊夢が死んでしまう。痛みを感じていてもおかしくないはずなのに、得物が突き刺さっている手から刺すような痛みが流れてこない。そんなことが些細な現象として、脳が処理してしまったのだろう。
私の絶叫は彼女に届いたのだろうか。恨めしそうに、悔しそうに顔を歪めるのが見えた気がした。異次元咲夜は、放とうとしていた弾幕を掻き消すこと以外、攻撃を加えてくることはない。
無力な自分を恨むんだなと、私の邪魔をすることなく、今まさに串刺しになろうとしている霊夢の元に走らせた。そうすることで、より自分の無能さを味合わせて、再度暴走を誘発させることができる。その通りだ。
足りない。彼女の元に行くのに、助けるのに、時間が足りない。あと一秒でも時間が存在していれば、結果は大きく変わっていただろう。
鋼の鳥かごが段々と小さくなっていく。こんなにあっさり終わってしまうなど、認めない。認めたくない。もう少し、もう少しだけ時間を。
咲夜の扱う、時を操る程度の能力の性質を持った魔力を使えば、いくらかの時間を稼ぐことができるだろう。ストレスで多少は力が強まっているかもしれないが、弱まっている今の段階では魔力で作り出せる性質に対する純度を高められず、中途半端にしか時間を操作できない。
それに加え、すぐ後方で異次元咲夜が私が何か余計なことをしないか目を光らせると同時に、暴走を引き起こして力を爆発的に開放する瞬間を狙っている。
その状況下では、私が自分の時を加速させれば異次元咲夜は世界の時間を加速させ、相殺してしまうのは目に見えている。どうする、どうしたらいい。
思考を巡らせろ、考えろ、考え抜け。しかし、焦りに焦った頭の中では、どのプランを立てようが、後方で微笑んでいる異次元咲夜の能力に遮られてしまう。どうしたら、奴の能力を出し抜けるだろうか。
どう頑張っても、時間を確保するのには時の加速が必須であるが、何をしようとも異次元咲夜の存在がチラついて邪魔をする。奴の能力が邪魔だ、奴の、能力が。
霊夢が死んでしまうという現実を受け入れられず、感情のままに絶叫する。現実逃避で頭が空っぽになろうとした時、能力が何だったのかを改めて思い出した。
森の木々、幹から枝分かれする枝が風に吹かれ、葉っぱが擦れあってざわざわと音を立てる。その音によく耳を済ませれば、枝の軋む音と共に颯々たる風が木々や枝の間を通る音まで聞こえてくる。
胸を膨らませ、周囲の空気を酸素を取り込むためにまとめて肺へと送り込んだ。軌道を通る見えない空気が、冬でもないのに酷く乾燥している。
遠くで未だに山全体を燃やしている炎の影響だろうか。それとも、敵討ちを果たそうとしている、小さな吸血鬼が使用するレーヴァテインのせいだろうか。
戦闘中で常に気を張っていなければならないのに、こんなどうでもいい事に意識を向けているのは現実から目を背けている証だ。
風上でしゃがみ込む女性は、こちらに背を向けたままだ。うな垂れる顔からは、隠れて彼女の表情を伺い知ることはできない。
流れていく風が黄色い魔女の解れそうな魔女の髪の毛をなびかせ、洋服のフリルをパタパタと舞わせている。こちらに背を向けている彼女が大事そうに抱えているのは、ほんの数舜前に、殺したと確信していた人物だ。
刹那と言っても過言ではない、人間が意識して知覚するのには短すぎる間に、状況が大きく傾いているのを感じていた。未だかつていない戦況に置かれている。
「……あ…?」
誰に向けたわけでもない、意味のない声が自然と漏れてしまった。声に出したつもりはなかった。吐いた吐息で声帯が揺らされ、声として出てしまったのだろうか。
いや、もしかしたら、本当に声が出ていたのかもしれない。そう思えるほどに、私は心の底から驚いてしまっていた。この十年間で数多の世界に乗り込み、自分と同じ容姿をした人物を何十人、何百人と殺してきた。
両手、両足を使ったとしても数えきれない戦闘の中で、当然ながら驚くような戦法を使い、出し抜かれそうになったことは幾度となくあった。しかし、同じ能力を持っている以上は出し抜くのにも限界がある。あらゆる戦法に対して培ってきた経験を活かし、多少違えども対応することはできているはずだった。
前回倒された時、生かさなければならない状況であったこともあるが、あれだけの事をできると予想していなかったのも敗北の一つである。
であるため、あらゆるところにまで神経を張り巡らせ、霧雨魔理沙のやること全てに目を光らせていたつもりだった。
魔力の流れを感じたのは覚えている。私のスペルカードを真似た時のように、時を操って博麗の巫女を助けるのかと思い、時の流れに意識を向けていたが、世界全体の時間が遅延することや霧雨魔理沙の時間が加速することは一切なかった。
時間の流れを変えていないというのに、目の前にいた霧雨魔理沙は大妖精のような煙も残さず、姿を掻き消した。瞬間移動をしたのだろうと思いたいが、唯一と言っていい可能性は否定できた。
瞬間移動なら、移動先の過程があるはずだ。博麗の巫女の元に現れ、刺さるはずだった銀ナイフを叩き落し、そばに立っていた美鈴も一緒に鋼の檻から助け出す。
どんなに素早く巫女達を助け出そうとも、時の流れに意識を向け、常にわずかであるが加速している私の目に救出する瞬間が一切映らないのはあり得ない。奴が時の加速や瞬間移動は、100%使っていないと断言できる。
しかし、そこを否定してしまうと、どうやってあの魔女が私に悟らせることなく巫女を助け出せた理由が、本当にわからなくなってしまう。自分の中で、焦りが生じているのを感じた。
力を手に入れられるはずだった土壇場で、魔女が思いもがけないことをしでかそうとしている。前回は私のスペルカードという性質の魔力で攻撃を再現し、全ての銀ナイフを正面から撃ち落とした。そこに攻撃を追加することでダメージを負わせ、奴は勝利をもぎ取った。
その時には、奴が自分の攻撃を再現していることは一目で察していた。しかし、攻撃をしないわけにはいかず、じり貧となって敗北した。
私に同じ手は通じない。だからもっと別な方法を取ってくるかと思っていたが、予想のはるか上を行く。自分の経験と照らし合わせても、トップに躍り出るほどのイレギュラーだ。
「何を、したのかしら…?」
私は座り博麗の巫女を抱える魔女を問いただしながら、抱えられている巫女に目を移す。驚いて体を硬直させているため、死んではいないようだ。
飛来していた銀ナイフは、あとコンマの時間もあれば博麗の巫女を貫いていただろう。ナイフの刺し傷が付いていない場所を探す方が難しい、そんな凄惨な死体が出来上がっていてもおかしくはなかったが、それだけ短い時間でどうやって助け出したのか。種と仕掛けしかないのに、謎が深まる。
私の問いに答えず、魔女は巫女を抱き寄せたまま彼女の安否を確認している。
「言うと思うか?自分から種明かしを」
霊夢に一本のナイフも刺さっておらず、致命傷に至ってもいないことを確認し、ひとまず肩を落として安堵のため息を漏らした。戦闘の最中だというのに、背を向けたままでそれをするとはいい度胸だ。
持っていた銀ナイフを、魔女に抱えられたままの博麗の巫女へと投げつけた。手よりも一回り大きい得物は空気を切り裂く通過音を奏で、能力で加速されて向かっていく。
時を管理しているといっても過言ではない私の目の端にさえ、彼女の行動は捉えさせなかった。さっきは予想することができず、その早業を見逃してしまっていたが、今度は絶対に見逃さない。
時を操る程度の能力を行使し、世界の時間を遅延させた。ゆっくりと突き進む銀ナイフと、背を向けたままの魔女を睨みつける。
突き刺さらないことを前提にして銀ナイフを睨んでいると、瞬きをしていない筈だったのに、気が付けば銀ナイフは空中ではなく、叩き落されて地面に刃が突き刺さっていた。
「なっ………!?」
時を止められる側へ回る経験は初めてで、動揺を隠すことができない。あり得ないと脳で処理したいが、現実がそれを許さない。銀ナイフを弾いたのであれば攻撃の際に金属音が鳴り、不規則に偏極的に落下し、地面に突き刺さる過程が見えるはずだ。
音を聞くことも、落下していく過程も、地面に刺さる瞬間も、目の端に捉えることすらできなかった。時間の流れが、魔女と私で異なっているとしか説明ができない。
何をどうしようが、弾いた銀ナイフが吹き飛んでから地面に刺さるまで、私の目に映らないなどありえない。しかし、原理を説明することができず、困惑した。
一度ならず二度まで、私の操っている時の能力に、魔理沙が割りこんでくることはなく、時の流れは一切変わっていない。どうしてだ。どうやったらこんなことができるのだ。
「驚くことじゃあないぜ」
魔理沙はそこで言葉を切り、左手の親指と中指で物を摘まむように挟み、音を鳴らす前段階のまま、形を維持して手を胸の前に掲げた。
その魔女の隣では、博麗の巫女が何が起こっているのかわからない様子で狼狽えている。息をつく間もなく二度も時を止められている、私と同じ状態なのだろう。霊夢と一緒に助け出された美鈴も困惑しているが、続けて魔理沙は呟いた。
「時に介入できるのは、お前だけじゃない」
ふざけるな。何が時間への介入だ。時間の加速をできないのであれば、原理が不明のそれをされる前に巫女を殺してやる。
「不快ですね。……この世界は、私の世界です。…私だけの世界だ…!」
「ああ、その通りだ。その、加速された世界はお前のもんだぜ」
魔女の方向から魔力の流れを感じる。それが発動される前に、世界全体の時間を遅延させ、自分の時間だけを加速させた。揺らめく炎や風になびく木々の動きが緩慢になっていく。植物や無機物に限らず、魔女や巫女の戦闘態勢も、吸血鬼や門番も同様に立て直そうとする動作がゆっくりになっていく。落ちてきていた葉っぱさえも空中で静止し、世界が完全に停止した。
常に揺らめいて絶えず形を変えていく雲も、移動を続ける太陽含めて、再生中のビデオやDVDを止めた時のように動くことはない。
全てが停止しているため、音の発生源となりえる現象が起きず、防音室に放り込まれた気分だ。これまで激しい戦闘を繰り広げていたせいで、音のない状態だと静かすぎて耳鳴りがする。
魔力で銀ナイフを作り出し、彫像と変わらない霊夢と魔理沙の方へ歩いていく。普段なら聞こえもしない自分の呼吸音がやたらと大きく聞こえるが、それを掻き消す足音を鳴らして地面を踏みしめる。
私は自分を加速させることで時間の静止を実現させた。時間を操る私のフィルターに引っかからないということは、それ以外の方法でやっているのは明らかだ。
明らかであるが、その方法を読み解く糸口を全く見つけられていないが故に、私は介入され続けるということになる。
私の世界に他者が踏み込むなど、腸が煮えくり返る思いだ。静止したまま私がいた場所を睨み続ける魔女を見下ろした。今すぐに銀ナイフで首を掻き切ってやりたいが、あまり近づきすぎれば、自分の時間に引き込んでしまう。
博麗の巫女や魔女に向け、大量の銀ナイフを配置する。360度あらゆる角度から銀ナイフが向かっていくようにするが、恐らくこれらが当たることはないだろう。
私とは異なっているとはいえ、時を止めるのであれば弱点も同じであるはずだ。トラップを配置し、静止した時の中で動く霧雨魔理沙に、ギリギリ致命傷にならないダメージを食らわせてやればいい。
しかし、私と同様のことをする以上は、弱点もある程度は把握している事だろう。罠に掛からせることができるのは、あとは自分の腕次第と言えるだろう。
時を止めて戦っていた時間は私の方が長い。経験の差から誘導ぐらいならできるだろう。ナイフが突きつけられたままの魔女たちから離れ、時の能力をゆっくりと解除していく。
静止した時が加速していくことで、空中に浮いていた銀ナイフが動き、刃の方向へ突き進み始めた。炎が揺らめき、銀ナイフが移動を始めればその先にいる人物たちも並行して生物的な動きを見せた。
やはり、銀ナイフが彼女たちを襲うよりも遥か手前で、魔女が指を鳴らしてしまいそうだ。これまでに幾度となく同じ能力を持っている人物と戦っていたが、同じ原理で時が止まっているため、あとは戦いのセンスや経験が物を言った。それが通じないとなると、少々厄介になりそうだ。
奴が時を操った時、何をされても驚かないように改めて気合を入れなおし、魔女を見据える。
完全に能力を解除しようとした時、私はとてつもないミスを犯していたことを思い出した。私のスペルカードや投擲した銀ナイフを魔女がかわした時、どうなっていただろうか。
霊夢を大事そうに抱えていたではないか。抱き寄せていたことに対して、博麗の巫女は驚きで体を硬直させていた。そして、その時に私は私と同じように、時を止められて移動させられていることに困惑していると思っていた。
その時点でおかしい事に気が付けなければならない。あの段階から銀ナイフを叩き落すのではなく、移動させて逃げたということは、霧雨魔理沙は静止した時の中であろうとも、私と違って関係なく人間に触れることができる。
その結論に居たろうとした瞬間。魔女の指がパチンと鳴らされた。小気味よい音が聞こえ、時間が止められたと感じることもない。
しかし、気が付くと見覚えのないダメージを負っていた。痛みの情報が神経を伝って脳に到達する前に、加えられていた衝撃が身体に食らいつき、空中に投げ出された。
宙に留まっていた銀ナイフが、全て地面に落下していた。刃が地面に突き刺さっていたり、柄から落ちたのだと予想できる銀ナイフはただ転がっている。
時の静止が解除されると同時に、止まっていた間に加えられた攻撃による衝撃が無ければ、葉っぱの揺れ方や炎の揺らめきの形が、前後でわずかに変わっている事に気が付けただろう。
受け身など取れるわけもない。いつもなら、攻撃される過程を視覚的に捉えており、どの方向から、どれだけの威力を秘めているのか予想がついているが、今回は前情報が全く得られなかったため無様に吹き飛ばされ、屈辱にも地面を転がる羽目になった。
「くっ……うぐっ…!」
奴が逃げてしまう前に、立ち上がらなければならない。うつ伏せの状態から腹部をかばいながら、ゆっくりと起き上がった。攻撃されたのとは別に、元からあった傷の痛みが強くなると、じわっと熱くなる。化け物に掻き切られた切創から、血が滲んでいるのだ。
腹部を押さえていた指に血がこびり付いている。軽く触れてみた感じでは化け物に引き裂かれた部分の縫い目は裂けてはいない。傷口が開いて出血しているだけのようだ。
腹部を押さえていた指から目を放し、こちらを見下ろしている魔女を見上げた。焦りはなく、だいぶ余裕のある表情をしている。
私の戦闘能力は時を操る程度の能力に依存しているのは、紛れもない事実だ。だがしかし、何年も戦ってきた経験値の差は埋めることはできない。舐めるなよ、小娘が。
魔力で銀ナイフを生成し、戦闘を続行する意向を見せる。たかだが能力を封じられただけで、私の牙は折れはしない。
次の投稿は5/15の予定です。