東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十七話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百五十七話 追窮

 音が発生する要因がない。ただただ無音の空間が広がっている。気象現象による空気の流れで風が巻き起こることはなく、日常の中で有り触れた風音すらない。

 あまりにも静かな場所過ぎたのだろう。先ほどまでの喧騒に慣れていたせいで、あるはずのない騒音が鼓膜に残っている。

 世界中でここまで静かな場所は、ここぐらいだ。そう思える程に、耳を澄ましても何も聞こえてこない。

 しかし、音がないからと言って何もないわけではない。この空間は、溢れんばかりに物で溢れている。身近な物から見慣れない物、手のひらに乗る小さい物から、両手を広げても足りないぐらいに大きい物。建物よりも巨大な物体まで存在しているようだ。

 この場所に地面はなく、全ての物体がふわふわと浮いている。私も例外なく浮かんでおり、入ってきた体の向きから上下等を決めていたが、この空間に左右上下前後の概念はなさそうだ。まるで無重力の宇宙空間に放り出されたようだった。

 太陽から隔絶された空間で光が発生するはずがないのに、この場所には一定の光度がある。どれだけの距離が離れているのかわからないが、様々な物体が浮かぶ世界の背景が真っ暗で、手元すらも見えなくなるほどの暗黒に包まれそうな印象を受ける。

 実際には数百メートル離れた位置にある物体も、視界に収められることからやはり光が存在するので間違いはなさそうだ。

 この場にいる誰もがそんなことに目を向けていない。さっきはこの空間には音がないとしたが、人為的にではなく自然に発生する音がないという意味であった。

 自分以外の呼吸音が存在しており、その数は三つ。方向は真横と正面に二つ。私以外の三人がこの特殊な空間が何なのかを探っていないところを見るに、この場所に慣れているのだと思う。

 表情の柔らかさから、向こうの二人に緊張や困惑の様子は見られず、戦いに集中しなければならないからと余裕がないわけでもなさそうだ。そう考えると、私以外の全員この場所に慣れているとする方が妥当だ。

 しかし、このメンツの中に放り込まれると、場違いにもほどがあるように感じてしまうのは私だけではないはずだ。向こうにいる人物と、私のすぐ横にいる人物、どの人物も大物だ。

 すぐ隣にいるのは、私たちの世界にいるスキマ妖怪。紫さんだ。いつも日傘を手に持っていたはずだが、今は何も持っておらず物腰柔らかそうだった表情は険しい。

 それは相手も変わらない。目元に傷のある紫さんと全く同じ顔をした異次元紫も、眉間に皺を寄せて額に汗を浮かべている。その隣には、見たことも話したこともあまりない、妖夢さんが立っている。

 最初はこちら側を裏切ったのかと思ったが、喉元に痛々しい古傷が広がっていることから、私たち側の人間ではないことが分かった。

 そんな大妖怪と幻想郷でも屈指の剣士の中に、ただの妖精が混じって戦うなど、場にそぐわないだろう。紫さんの表情からも、私では戦力として心もとないのが読み取れる。

 私もそう思う。あの人たちと対等に渡り合えるはずがない。たとえ負けるとしても、私は絶対に退けない。チルノちゃんたちの仇を取らなければ、親友に顔向けできない。

 私の決意が紫さんに伝わってくれたのだろうか。私に帰れと、元の世界に戻れと言うことはない。汗をかいている異次元紫と、異次元妖夢が戦闘体勢に移っていく。

 一方は傘を握り、もう片方は鞘から刀を抜刀した。気迫が、あの時の殺気が私たちに向けられ、怖気そうになった。手が震え、決意が揺らぎそうになる。

 駄目だ。逃げるな、お前は親友を斬り刻み、楽しそうに、それは楽しそうに惨殺した異次元妖夢を許すのか。ここで尻尾を巻いて逃げてしまえば、許したと同義となる。

 チルノちゃんやルーミアちゃん、リグルちゃん、小傘さん、私たちを助けてくれたこの世界のナズーリンさん。あの人たちがどう思うかではない、彼女たちが復讐を望んでいるかどうかもどうでもいい。私が、復讐したいかどうか。

 当然ながらしたい。復讐したくないわけがない。目の前で友人を楽しそうに切り殺された恨みは、簡単に消える物ではなく、時間を空けたことでより一層復讐心は煮え滾って爆発寸前になっている。

 ここで燻ぶらせる必要はない。導火線に火をつけ、その先にある爆弾まで延焼させ、怒りを爆発させろ。奴らに対する恐怖心が薄らいでいき、後ろに下がりそうになっていた身体は、逆に連中の方向に向かって進みだす。

「っ…大妖精!?」

 一人で突き進み始めた私を、後方にいた紫さんが手を伸ばして止めた。前へと進もうとした私の体が急停止するが、慣性に従ってぐぐっと前に出そうになった。

 意識を紫さんに向けたせいで、前方方向に対する注意力が分散してしまった。気が付くと十メートルほど先に浮かんでいた異次元妖夢の姿が消え失せ、目の前に現れていた。

「っ!?」

 息を飲んだのは、私だけではない。私の手を引いていた紫さんもいきなり目の前に現れた異次元妖夢に、驚愕を隠せない。いつも異変で戦っているイメージがあったが、それでも今のには驚かせられたようだ。

 驚いた様子から、私を意図的に助けようとしたのではないのだろう。たまたま助ける形になったが、それに救われた。紫さんが私の肩を掴んで止めてくれていなければ、今頃は周囲にある物体と同じように、頭と体は目的や理由もなくただ浮いていたことだろう。

 異次元妖夢が二度目の斬撃を放つ直前、我に返った私は能力を使用し、瞬間移動を発動させる。どこにでも行けるような能力であれば、とても使いやすい能力だったと思う。視線を向けている方向にしか瞬間移動することができず、こちらを向いている敵二人の後方に移動した。

 私の能力は、移動する際に選別することができず、この異変が始まってからは使い勝手が悪いと思っていた。私の体に触れているならば、自分の意思とは関係なく一緒に移動する対象としてしまう。

 無機物であろうが、生物だろうが、味方だろうが、敵だろうが関係ない。今回はそれに救われた。もし、自分と一緒に行く者を選別しなければならなかったとしたら、紫さんを置いてくることになっていた。

 自分でどうにかしたと思うけど、二回目の斬撃は私ごと肩を掴んでいた紫さんを叩き切っていただろう。

 紫さんは私の瞬間移動を体験したのは初めてのようで、体を硬直させているが、大部分の理由は私の能力ではなく異次元妖夢の斬撃によるものだろう。

 視界内には敵がいない。後方に振り返ると異次元妖夢と異次元紫も丁度振り返ったところだった。厄介であるが、大したことはないと思っているようで、剣士の顔に余裕の表情が滲んだ。

「…っ…」

 歯噛みして怒りに身を任せたくなるが、紫さんの落ち着き払った声に怒りが爆発する直前で踏みとどまった。一度犯したミスを二度も踏んではならない。

「落ち着きなさいな、あいつらを殺したいって気持ちは痛いほどわかるわ。でも、ここでは抑えなさい。感情に任せたまま戦って勝てる相手じゃないわ」

「………。はい…」

 怒りを飲み込み、向かっていこうとしていた体を自分の意思で止めた。庭師の様子から、作戦を立てている時間はあまりなさそうだが、何か秘策があるのなら聞いておいて方がいいだろう。

 そう思いながら、先ほど切断されなかった首元におもむろに手を延ばすと、僅かに粘り気のある液体に触れた。

「?」

 指で液体を救い上げて目の前に掲げると、指先には真っ赤な血液がこびり付いていた。何か物体が当たる感覚はしなかったはずだが、気が付かないうちにもう殺されていないか不安になった。

 いつまで待っても首の小さな切創が広がっていく様子はなく、斬撃の影響は首の皮一枚までで食い止められている。

 刀の切先が掠ったとも感じなかったのは、異次元妖夢の得物を薙ぎ払う速度が速かっただけではく、刀の切れ味が良すぎたんだ。

 切れ味がよいのもさることながら、痛みを感じさせないほどの剣術であるとは、どれだけの人物をこれから相手にしようとしているのか、思い知らされる。

「冷静になるのはいいですが…どうやって奴らを殺すのか…作戦はあるんですか?」

「作戦なんて言えるようなものはないわ」

 彼女も私と同じく、行き当たりばったりだったのだろう。私とは比べ物にならないほどに知能が高く、どんなことでも先を見通すスキマ妖怪からしたら、らしくないことを言っている。

 この空間は、たぶん紫さんの境界を操る程度の能力で生み出された物だ。私たちがいる元の世界には存在しない、平行世界に近い概念で作られた境界。意識を向けると、そこら中から紫さんの魔力の流れを感じる。

 この世界が物で溢れているのは、紫さんが幻想郷内や外の世界で集めた物を、この境界世界に押し込んでいるのだろう。でなければここまで物が散乱しているということはないはずだ。

 スキマの中から物を引っ張り出してくるはずだが、そのスキマ世界の中でも、紫さんはスキマを生み出すことができるのだろうか。悪い言い方をすると紫さんの戦闘能力は、私の瞬間移動のように良くも悪くも境界を操る程度の能力に依存している。

 作戦など無いと言っていたが、いくら手がなかったとしても丸腰で復讐したい者の前にのこのこと出ていくとは考えられない。戦うための手立てぐらいは用意しているだろう。

 何の打つ手もない。私と同じ復讐の匂いがする紫さんは、ただ闇雲に自暴自棄になって飛び込んだ訳ではないのは表情から何となくわかった。

 どういった手立てがあるのかは分からないが、紫さんは彼女なりの戦い方があるだろう。それに任せるとしよう。私の血痕が切先のほんの少しついた刀を、異次元妖夢が構えに移っていく。

 お互いがどう動くかの相談をしている場合ではなくなってしまう。何か戦闘に使えそうなものが近くに漂っていないか、見回そうとした。

 この空間は紫さんにとって、いくつかある物を貯蔵するポケットの一つでしかないのだろう。心配する必要などなかったようで、紫さんはすぐ近くに私の倍以上もある巨大な隙間を作り出す。

 その中から見たこともない巨大な金属製の物体が出てくる。ソーセージのように縦列で連結して並ぶそれは、見た目からは何の用途で使われるのか全く想像ができない。辛うじて乗り物であることは、物体の下部に車輪がついている事で察しがついた。

 幻想郷の内外を自由に行き来できる紫さんが持ってきたということは、外の世界にある乗り物なのだろう。動いている所が想像できず、本来の用途ではないのだろうが、あれだけ大きなものが当たれば妖怪だってひとたまりもないはずだ。

 異次元紫と異次元妖夢、どちらにも当たる軌道で放たれたが、異次元紫は横に大きく飛びのいて軌道から外れ、異次元妖夢は呆れたことに正面から向かっていく。持った観楼剣で鑢のように、放たれた物体をガリガリと抉り切った。

 異次元妖夢が目の前の物体に夢中になっているうちに、後ろから攻撃を入れられる。異次元紫も回避に専念しており、反撃に移ることは難しいだろう。瞬間移動で目星をつけておいた、攻撃に使う武器の元に移動した。

 目測を誤らず、その刀の前にぴったりと現れることができた。フワフワと何かに吊られているように浮き上がる刀に視点を合わせる。遠目では錆などは特にみられない切れ味の良さそうな刀だと思ったが、いざ近づいてみると錆ではなく血で汚れている。

 黒ずんだ部分が広範囲に広がっており、一見すると錆と見分けが付かない。だが、錆が均一に広がっているのではなく、一か所に固まっていたり、水の筋のようなものが見えるため血がこびり付いていると判断した。

 誰を切った刀かは考えず、それを使うことだけを考えよう。刀を握りこむと得物をほとんど使ったことが無いせいか、無機質な刀を持つのは違和感があった。

 使いやすさや戦いやすさは非常に重要だが、何よりも戦争であるならば、戦うことができなければなんの意味もなくなる。瞬間移動に全ての戦闘能力が備わっている私は、それを利用し戦い方を模索しなければならない。

 スキマの中であるため、刀の重量は感じないが、振る際には自分の腕力が無ければならない為、振り回す際には注意が必要だろう。

 外と中、どちらで作られた方なのかはわからないが、人間が作った鈍らでは、素人な私の太刀筋では簡単に折れてしまうかもしれない。その不安は拭えないが、未だに巨大な物体を斬り刻んでいる異次元妖夢の方向に目を向けた。

 斬撃を繰り出し、連結された物体を未だに刻んでいる。その後方に焦点を合わせ、能力を発動した。世界の景色がさほど変わらない為、いつもより瞬間移動をした直後のラグは少ない。乗り物を切り裂いている異次元妖夢に向け、名もわからぬ刀を振り下ろした。

 私が現れた瞬間に漏れる、その空間にあった分の空気を押し出す小さなくぐもった破裂音を聞かれてしまったのだろう。

 異次元妖夢は、見たこともない反応速度を持って振り返った。私の予想では気づきはしても、こちらに振り返るまではいかないと考えていた。

 予想を大きく裏切った異次元妖夢は振り返ると同時に、私が振り下ろしていた刀に観楼剣を重ねて刃を受け止めた。金属が打ち合わさって起こる火花と、魔力の結晶が弾ける。コンマにも満たない短い時間だけ光を迸らせ、元から見えていた奴の顔をくっきりと映し出す。

 得物を叩き合わせた金属音に、金属でできた乗り物が軋む音が耳に届いた。音と変わらない速度で振動が刀身から柄、握る手と順番に伝わり、前腕全体が刀を落とさない程度に痺れた。

 今まで切り裂かれていた乗り物が切り裂かれなくなったことで突き進み、切断されて開いた前面部から内部に飲み込まれた。

 乗り物内部は両側に長い座席が並び、一度に多くの人が座って運ぶことができるような構造になっている。天井からは輪っかの付いた紐が座席に並行してぶら下がっている。

 天井からぶら下がっている輪っかの用途に気が付く前に、戦闘に引き戻される。異次元妖夢は驚いたように目を見開いており、怯んでいるのかと勘違いした私は斬り進もうと刀を押し込もうとするが、力を込めた刀は人間が認識できない短い長さでさえも前進できていない。

 どれだけ力を込めても押し込めないのは、体格からの筋肉量で圧倒されているのが大きい。私よりも頭一つ分も身長が高い異次元妖夢を力で抑え込むのは難しいだろう。一度退こうとすると、後退する身体よりも延ばされてきた腕の方が何倍も速い。

 胸ぐらを掴まれると振りほどく間もなく、全身の筋肉を流動させて筋肉を最大限に使用された攻撃で投げ飛ばされた。

 飛んできている電車の内部に向けて投げ飛ばされた。車両と車両は扉でつながれているらしく、向かって来るのと向かって行くので予想以上に早く、金属製の扉へと背中から突っ込んだ。

 頭から突っ込んでいたら、これで終わっていただろう。背中でも相当な痛みで背骨が折れそうだったが、致命傷に至るダメージを受けなかったのは、扉の耐久性がさほどなかったのも一つだろう。

 私がぶつかった途端に中間からひしゃげ、溶接されていた壁から剥がれ飛んだ。投げられた勢いの一部が削がれたようで、急激に失速して床に転がり込む。

 車両の動きと反対の動きで突っ込んだために余計に転がることになり、数十メートル先にあるもう一つの扉にまで突っ込むことになった。転がっていたことや扉一枚で動きを押さえていたことで二枚目の扉を破壊せずに済んだ。

「くっ……痛っ……!」

 扉をぶち破った痛みが遅れてやってきた。背中を中心に体の各所から激痛が伝わってきた。普段の生活をしていたら二日か三日は寝込んでしまいそうであるが、今は一秒たりとも休めない。

 歯を食いしばりながら顔を上げようとしていると、全身の毛という毛が逆立ち、異次元妖夢から殺気を向けられていることを感じる。顔を上げて異次元妖夢に焦点を合わせると、鞘に観楼剣を収めた剣士が電車以上の速さで突っ込んできた。

「っ!!?」

 場所は問わずに瞬間移動を使い、刃先が首を掻き切る直前に黒い煙を残して私の姿が消え失せたことだろう。刀が霧散していく煙に切れ目を入れ、有機体の切断に至らない。

 意識が途切れるのに似た感覚の後に、観楼剣を構えていた異次元妖夢の姿が視界内から消える。前方にあった殺気が後方に移り、瞬間移動で奴の後方に移動することに成功した。電車内部にまだいることから、異次元妖夢のすぐ後方にほとんど時間差なく出現したのだろう。

 後方では切り裂かれたらと思うと、寒気のする金属音が響き渡る。背中をぶつけていた扉が切断されたようだ。異次元妖夢の事だ、空気を押し出すくぐもった破裂音を聞きつけ、こちらの存在に気付いている事だろう。

 乗り物の内部に一度降り立ち、打ち出されている物体の慣性が体に働いていたが、瞬間移動後もそれが維持されることは知らなかった。現れた直後に電車のスピードに体が引き戻される感覚はしない。

 それならば好都合だ。全身の筋肉を使い、異次元妖夢と背合わせに現れる前から決めていた動きを取った。

 全力で振り返りながら、手に持った刀を後方に向かって薙ぎ払う。刀を振るうための筋肉が発達しておらず、魔力で強化していても刀が嫌に重く感じるが、それに負けていられない。

 後方に振り返った瞬間、数トンにもなる巨大な鈍器で殴られたような衝撃が身体を撃ち抜いた。刀身同士が打ち合わさり、筋肉量で圧倒的に劣る私の腕が後退した。

 あらゆることで私が劣るのに、異次元妖夢のスピードについてこれたのは、奴が斬撃を繰り出している最中だったからだろう。でなければ、肩から脇腹にかけて刀が抉りこみ、両断されていただろう。

 しかし、押し戻され握った刀の峰が胸に押し付けられるほどであれば、切断はされなくとも肩に刀が抉りこむ。

 鋭く研磨された刀が抉りこむ感触は、なんとも耐え難い。再度、瞬間移動をして奴の斬撃から逃れようとするが、吹き飛ばされる方が速かった。

 異次元妖夢が振り抜いた衝撃で電車の窓を突き破り、外へと放り出された。重力の概念がないせいで、砕けたガラスや窓枠の金属製フレームが私と同じ速度で宙を舞う。

 自分だけ魔力の作用で急に止まれば、砕けたガラス片に体を傷つけるかもしれない。瞬間移動で避けよう。そう思っていたが、能力を使う直前で踏みとどまった。

 吹き飛ばした私以上の速度で異次元妖夢が跳躍したようで、肩越しに振り返った私に更なる斬撃を加えようとしている。

 この刀は人間の作った鈍らではないのだろうか。私にはどれも同じに見えるが、二度も異次元妖夢の振るう観楼剣を受け止めた。奴の刀と同等かそれ以上の刀だと思われる。

 その気になれば私はカラス天狗の文さんからだって逃げられる自信があった。試したことはないが、幻想郷の端から端にだって移動することができる。それだけの機動力があれば、異次元妖夢からだって逃げられるだろう。

 しかし、逃げてばかりいても状況が変化することはない。チルノちゃんの、みんなの仇を取るのには、戦わなければ勝利をもぎ取ることはできない。

 魔力で減速しつつ、私よりも速度のあるガラス片を見送り、飛び込んでくる異次元妖夢に向けて観楼剣を叩き込んだ。全身全霊で叩き込んだ攻撃は、重量差で半分振り回されるような形になるが、剣士の斬撃を受け止めるに至った。

 異次元妖夢の様子から、更なる連撃を繰り出そうとしてきているのがわかる。しかし、どう足掻いても刀の一太刀すら、私はまともに受け止めることはできないだろう。

 異次元妖夢の握る腕に力が籠り、観楼剣を振り回そうとしているのがわかる。能力を使用し、斬撃の範囲外へ逃げなければならない。

 刀越しであれば接触していても、瞬間移動に巻き込むことはない。能力を使用しようとするが、刀を握る力具合から異次元妖夢は私が連撃を受けるつもりはないと察したようだ。

 瞬間的であれば、カラス天狗の速度を超えただろう。握られた拳が重ねられている二本の刀をすり抜け、私の頬を捉えた。戦闘にあまり参戦してこなかったため、殴られることに慣れていない。

 衝撃が頭を駆け抜けていき、目の前に星がチラついた。急いで逃げなくてはならないのに、自分の身を守ろうとするが故に目を瞑ってしまっている。瞬間移動をすることができない。

 後ろに下がったことで、刀で押さえつけられていた拘束が解かれ、辛うじてまだ握っている刀を構えることができた。しかし、そんなものは異次元妖夢にとっては障害には成り得ないようで、次々と蹴りや拳が飛んでくる。

「あぐっ…がっ…あっ…!?」

 殴られるたびに口から悲鳴が漏れる。殴られるだけなのが幸いであるが、逆を言えば奴に遊ばれている。いつでも私を切り殺せるというのに、切り殺さないのはいたぶっているのだろう。

 薄っすらと目を目を開けると、異次元妖夢がこちらに腕を伸ばしている所だ。いつの間にか刀をどこかにしまったようで、どちらの手にも武器は握られていない。

 頭を掴まれ、顔を殴られたと思うと今度は腹部に蹴りを食らう。息をつく間もなく殴打が続けられる。口の中が血の味で埋め尽くされ、鼻孔も血の匂いで充満した。

 あまりの連撃に呼吸もままならず、脳が酸素を求めて処理能力が低下していくのを感じる。思考に陰りが見え、雲がかっていく。

「っ……あああああっ…!!」

 必死の抵抗だったのだろう。自分でも無意識のうちに、握ったままの刀を振っていた。ブオンと空気が押しのけられた音だけが聞こえてくる。かわされたのだというのは、目を開かなくたって分かる。

 今は当たらなくてもいつかは当たる。諦めずに攻撃し続けるんだ。横殴りに振り回していた刀を、今度は逆側から薙ぎ払った。

 電車の中に突っ込んできた時も思ったが、異次元妖夢の瞬発力は凄まじく、刀身が身体を裂く位置であれば、一瞬でその内側に潜り込めるのだろう。刀を握っていた手を掴まれ、腹部に拳を再度叩き込まれた。

「うぐっ…!?」

 体がくの字におり曲がり、ついに体を起こしていられなくなってしまう。髪の毛を掴まれると何度目かわからない打撃に見舞われ、吹き飛ばされた。

 視界が暗転し、意識が急激に引き剥がされていく。意識が脳から完全に離れていこうとした時、急速に途切れかけた意識が引き戻された。

 私の力では絶対に意識を保てなかった。不自然な引き戻され方をしたことで、第三者からの介入があったのだろう。紫さんだろうか、衝撃が未だに頭の中を反響してボンヤリするが、朧げにそう思った。

 なんにせよ、助けて貰えたのは有難い。まだ戦える。手から零れ落ちそうになった刀の柄を握りしめ、踏ん張った。

 今の一撃で確実に、私の意識を絶ったと思っていたのだろう。異次元妖夢が目を見開いて驚いた表情をしている。今の内だ。

 瞬間移動で奴の後方へと移動する。日常生活で困ることはなかったため、考えたこともなかったが、移動の際に体の向きを変えられないのだろうか。奴に近づきたくとも正面に現れるのは危険であり、後方に移動したとしても、今回のように背中を向けた状態で現れてしまう。

 ここから振り返って攻撃となると、正面に立っているのと変わらない。振り返る時間を考えると、むしろ危険な気がする。

 全身の筋肉を緊張させ、振り返りながら刀を振るうと、異次元妖夢はこちらに振り返ってはいなかったが反応したらしい。背中に観楼剣を担ぐような形で構え、刀を受け止められた。

 そして、後方に移動することを読まれていたのか。受け止めた時点でそうすると決めていたのかは分からない。刃先で身体が切れないように、前を向いたまま後ろに飛びのいて急接近してくると、異次元妖夢の動きに合わせて刃と刃で火花が迸る。

 髪がかかるほどまで接近され、攻撃の最中で逃げられずにいると、横に薙ぎ払う形で振っていた刀を、はじき返された。激しい金属音がつんざき、接近された時以上の火花が散った。

 体勢を崩したのもあるが、眼前まで近づかれている事で咄嗟に視界をずらすことができず、瞬間移動ができなかった。異次元妖夢の体が半回転してこちらを見るように動くと、その運動を利用して肘打ちを脇腹に叩き込まれた。

 みしっと硬い骨が腹部に抉りこまれる。戦いの最中では、重心を低く構える異次元妖夢の攻撃は下から突き上げる形で繰り出され、体の前部から背中だけではなく衝撃が頭まで突き抜ける。

「うぐっ……!?」

 強烈な一撃に、抵抗しようとする意識を無視し、体が膝をつくようにして崩れ落ちた。あまりの激痛に、立ち続けることができない。殴られた部分から肘は離れたはずなのに、いつまでも電流を流し込まれているように熱を持っている。

「本当に馬鹿ですね」

 呼吸困難に陥りかけている私に、異次元妖夢が語りかける。慣れていないせいもあるだろうが、しゃがれて聞き取りずらい。それでも奴に馬鹿にされていることは伝わってきた。

「ただの妖精風情が、剣術で私に勝てるとでも思ってるんですか?」

 人に危害を加えようと考えたことはほとんどなく、武器だって手に取ったことなど、覚えている限りでは無い。そんな戦闘の素人が、怒りを原動力にしただけで勝てるわけがない。

「くっ………っ…」

 勝てないと分かっているからって、ここで命乞いをするほど愚かではない。膝をつきながら、肘打ちで止まりかけていた呼吸を整えた。

「やる気みたいですね。どこからでもかかってきてください」

 切れない物はあんまりないと、豪語している観楼剣に耐えられる刀をもってしても、私を脅威と認識してい居ないらしく、構える姿勢を取ることなく自信満々に言い放つ。

 それなら、後ろから叩き切ってやる。これまでのように瞬間移動していれば絶対に当てることはできないが、瞬間移動に手を加えれば可能性が出てくる。

 戦闘を行って初めて自分の能力が扱いづらい物だと分かった。見えている範囲しか移動できないし、瞬間移動直前の体勢が非常に依存する。

 でも、方向転換をしながらだって使用できるはずだ。融通は利かずとも、能力にはあらゆる使い方があり、自分が気が付けていないだけで柔軟性が非常に高い物だ。

 真っ赤な舌で歯や唇を舌なめずりし、かかってこいと言わんばかりに両手を広げて見せる異次元妖夢へと攻撃を仕掛けた。

 でたらめであるだろうが刀を構え、異次元妖夢へと切りかかった。捨て身に近い形で飛び込み、お互いの射程へと入る直前に、奴の後方へ瞬間移動を行った。

 能力で体を反転させられるのは予想通りで、正面から向き合っていたはずだったが、異次元妖夢の背中が見える。切れる段階に移っているため、振り返る手間がない。今までの反応速度からして、奴の防御は間に合わないはずだ。

 体重を乗せて刃を異次元妖夢の背中に抉りこませようとしたが、観楼剣を持つ奴の刀には何にもついていなかったはずなのに、気が付くと赤黒く刃先に血がこびり付いていた。

「は…ぁ……がっ…!?」

 切られていた。異次元妖夢が振り返った瞬間は見えなかったはずなのに、胸元から血が溢れて白や水色の服をどす黒く染め上げた。

 考えられる可能性は一つしかなく、瞬間移動の直後に異次元妖夢が振り返って切ったのではなく、能力使用の寸前に斬られたのだ。どちらにしても、私の動体視力では捉えられていなかった。

 太刀筋や技術だとかそういったもの以前に、生物としてあまりにも差があり過ぎて、絶望せずにはいられないだろう。

「ほかの世界でもあなたとは戦ったことほとんどなく、初めてだったとしても…危害を加えるつもりのある攻撃とそうでない攻撃の見分け位は付きますよ?」

 攻撃する際に、あまりにも後方に回り込み過ぎて、最初の攻撃で襲ってくることはないと読まれてしまっていた。

「例え、私の防御を貫いて攻撃してきたとしましょう。それが当たったとして、それが何だというんですかね?」

 異次元妖夢はそう言うと、観楼剣を構えた。刃の向け方に素人目に見ても違和感があり、自分に向けられていないと察したころ、奴はあろうことか自分の腕を刀剣で切断した。

 非常に鋭すぎる切れ味で、何の抵抗もなく豆腐でも切っているような斬り具合で腕を落とした。

「……な…何して…!?」

 切られた胸の痛みなどどこかにスッとんで行ってしまう程に、奴の行動はぶっ飛んでいた。自分で自分の身体を傷つけるなど、普通の神経ではできない。

 奴が普通の神経ではなくなっている理由を、私は目の前で見せつけられた。ボタボタと真っ赤な鮮血が、切断面の血管から垂れていた。不意にそれが止まると、骨や肉体が切断面からせり上がり、切った先の肉体を形成していく。

「ひっ…!?」

 初めて見た肉体が再生する様子に身の毛がよだつ。しかし、それ以上に奴の再生能力に目を奪われた。私の怪我の治る速度から考えると、天と地ほどの差がある。

「あなたに殺せますか?私を」

 剣術以上に、彼女に自信がある理由はこれか。腕を捥いだ程度では、彼女にとって戦闘不能にはなることはない。だとしても、

「……いくら傷の治りが速くても…限界があるはずです」

 私がそう言うと、異次元妖夢は口を裂いて三日月のように嗤った。余裕の笑みは、私が攻撃を当てられないと思っているから来るものだろう。

 一部を除いて、どれだけ優れた再生能力を持っていたとしても、どんなに強力な妖怪だったとしても、頭は共通で弱点であることは変わらない。

 どうやってこの刀を異次元妖夢の頭に叩き込めばいいか、血の滲む胸を押さえて思考を巡らせていると、武器を握る奴が大きく後方に飛びのいた。

 有利な状況だというのに、それを捨てるようなことが何か起こったのか調べる前に、異次元妖夢の居た位置を高速で何かが通り過ぎていった。

 金属製で長い棒状のそれは、幻想郷では見たこともない物体であるが、確実に使用用途はこれではないことがわかる。

「大丈夫かしら?」

 気が付くと、スキマで移動してきた紫さんがふわりと現れた。私がやられそうだから見ていられずに割り込んできたのだろう。遠くで漂っている異次元紫に牽制を入れつつ、彼女は私の安否を確認する。

「は…はい……大丈夫です」

 魔力を胸元に集中させていたおかげで、胸元の傷は完治とまではいかないが、血液の流出は抑えられた。固まった血液がこびり付く刀を握ったまま、紫さんに問題ないことを伝えた。

「そうは見えないわよ?…あなたなら攻撃を受けることは、そうそうないと思うのだけれど」

 紫さんはこんな戦いの素人である私に、何を期待しているのだろう。私が攻撃を食らわないなどあり得ない。確かに逃げることに専念すれば、異次元妖夢の攻撃を受けることはないと、自信を持って言える。

 今回はそれをしたくはない。逃げに専念してしまうと、いつまで経っても仇を果たすことができない。

「確かに逃げ続ければ攻撃は受けないと思いますが、それではあいつを倒せないです」

「いや、そうじゃなくて、普通に戦ってたとしてもよ」

 紫さんが訳の分からないことを言い出した。私がそんな大層なことができるわけがない。そんな実力はないし、能力にだって攻撃性は皆無だ。

 彼女の言っていることがわからず、頭に疑問符を浮かべていると、紫さんはそっか。とだけ呟いた。一呼吸の間を開けて、再度口を開く。

「あなたの能力はあなたが思ってる以上に攻撃的よ」

 今の今まで、瞬間移動で現れるまでに体の方向を変えられることを知らなかったが、それと同じで、私が見つけられていないことがあるのだろうか。

「それと、相手のペースに飲まれたら終わりよ。あなたのペースに相手を巻き込んで戦わないと」

 それが難しいのだ。攻撃するとなるとどうしても奴に接近しなければならない。そうなると奴が支配する間合いとなってしまう。

「……」

 しかし、紫さんは言った。私の能力はもっと攻撃的であると。私自身はそんな能力として使った覚えはないのだが、そこまで言う彼女の事を信用するのであれば、今のままの使い方では不十分なのだろう。

 どう戦えば、そのいわゆる攻撃的な使い方になるのだろうか。私にはまったく想像ができず、返答も忘れて考え込んでしまった。紫さんが遠くにいる異次元紫に向け、異次元妖夢に放ったのと同じ金属棒を連射する。

「難しいのはわかるけど、あなたには頑張ってもらいたい。あいつは私の友人の仇だから」

 友達が殺されるつらさは、よくわかる。自分の無力さや無能さ、その時やそれまでに何かできたのではないか。そんな意味のない後悔に押し潰されてしまいそうだった。

 その気持ちを味わっているはずなのに、一緒に戦わないということは、彼女にはそれ以上に優先しなければならないことがあるのだろうか。

 異次元紫と戦っていることから、その対象がスキマ妖怪であることは想像できた。できれば自分の手で肩を付けたいのだろうが、それが叶えることができず、少しだけ悔しそうな表情が垣間見えた。

 私は、紫さんのその気持ちも代弁して戦わなければならない。当然、自分の復讐心が前に来て、彼女の仇は後付けとなる。しかし、任されているのであれば、できないなどとは言っていられない。

「……。わかりました…やってみます」

 私が返答を返すと、紫さんはうんと小さくうなづき、スキマの中へと消えていった。また異次元紫と戦うのだろう。

 不安は残る。紫さんの言葉が、ただ私を鼓舞するための物であれば、結果は火を見るよりも明らかになるだろう。でも、戦意のためでも、本当に攻撃的な能力だったとしても、どちらにしろ今までの戦い方では負傷が重なってしまうだけだ。

 紫さんの言うとおり、なんでわざわざ相手の得意分野で私は戦っているのだろう。ここらで戦い方を変えていかなければ、新しい戦闘スタイルを開拓しなければ、私に勝利はない。

 刀にこびり付いた血を、異次元妖夢は振り払って落とした。奴は戦う状態が万全だというのに、私は自分の能力がどこまでできるのかを調べるところから始めなければならない。

 しかし不安はあまりない。なぜだろうか。記憶がないのだが、遠い昔に似たようなことがあったような気がした。




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