東方繋華傷   作:albtraum

158 / 203
自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十八話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百五十八話 龍神

 お馴染みの、音や光の発声する要因の無い世界。温度も常に一定で、二十四時間三百六十五日変わることはない。外が冬だろうと夏だろうと、寒くも熱くもない温度が続く。能力で操作しない限りは、これが変わることはないだろう。

 能力で作り出された世界であるため、当然このスキマ世界は無限に続くわけではない。周囲が黒一色で染め上げられているから、どこまでも永遠と続いているように見える。

 とある地点を決め、そこを中心に球状に形成されている世界。遠くには少女が二人戦っている。どちらの手にも刀が握られているが、片方の人物の服装を見ると刀を振るうようには見えない。

 異次元妖夢と異次元紫をスキマの中に押し込んだ時、手助けに来てくれたのが彼女で心配になった。簡単に切り殺されてしまうのではないかと。私の予想はいい意味で裏切られたが、遠い昔の記憶から、これが偶然ではなく必然的であったことを思い出した。

 話をした様子から、彼女は覚えていないのだろう。それを思い出すことはできなかったとしても、能力の性質を理解し得れば、大妖精が負ける道理がない。

 今まで様々な人種や妖怪の能力を見てきたが、異次元妖夢と戦う、今は小さな妖精以上に攻撃的な能力を見たことが無い。

 逃走もそうだが、火力面に関しても非常に高く、彼女がその気にさえなれば誰も捕まえられず、誰も逃げられない。どれだけ能力が優れていたとしても、彼女の前ではほとんど意味のない物に成り下がるだろう。

 私の能力でさえ、本気の彼女には有効的な決定打にはならない。むしろ、相性が悪いぐらいだ。

 今の博麗の巫女では、勘が鋭い分だけいい勝負はするだろうが、勝利に至ることはないだろう。

 大妖精に唯一届いた牙がある。思い出そうとすれば顔や声、風景までも頭の中で昨日の事のように思い出せる。数百年前、世界を博麗第結界で覆った時に初めて幻想郷を守る責務を担った人物。初代博麗の巫女だ。

 異次元の者でさえ、彼女に指一本でも触れることはできないだろう。連中にそれだけの戦力であれば不利な状況を覆せるだろうが、総力戦である現在だが、そういった人物は見られない。

 こちらが有利であるが、後は大妖精が能力の使い方を思い出すだけだ。彼女が覚えていないのは妖精が生き返る際に、殺される前の記憶を一部無くしてしまうからだろう。

 私が投げかけた言葉の影響だろうか。大妖精の纏う雰囲気が僅かに変化していく。いや、私が言葉を投げかけたからではなく、初代巫女が戦った時と状況が似ているからだ。

 それを感じ取った異次元妖夢に、何が起こっていると少々動揺が見られた。口角が上がっているのは変わらないが、歯ごたえの無かった敵から、自分が死ぬ可能性のある敵へと昇華しそうであることを肌で感じている。

 大妖精が戦い方を思い出すのが先か、異次元妖夢が大妖精の首を刎ねるのが先か。どちらにも可能性があり、行く末は彼女らの戦い方で決まるだろう。

 私は、彼女たちから意識を逸らし、目の前の敵に注意を向けることにした。大妖精が復讐に憤怒を燃やすのと同じく、私も殺された人物の仇を打たなければならない。

「あなたには……私の家族が随分とお世話になったわ」

 私の目的を伝えると、この場にある全ての物と同様に、ふわふわと浮かぶ異次元紫は鼻で笑い飛ばし、ワザとらしく笑って見せた。

「あぁ、あの式神どものことねぇ。あなたの事だと勘違いした連中を殺すのは、随分と楽しかったわぁ。あなたにも見せてあげたかったわねぇ」

 私には死体からしか情報を集めるしかなかったが、どれだけ長時間苦しめられたのだろうか。血まみれで、全身に大きいのから小さいのまで、切り傷や打撲痕が散在していた。五分や十分でできる物ではなく、数時間もの間拷問に近いことをされていたのだろう。

 想像を絶するであろう、家族への行為を思い出すと、私の表情が険しくなっていく。それに反比例して、異次元紫の顔が嬉しそうに変わっていく。

「さあぁ、殺せるなら殺してみてくれるかしらぁ?」

 挑発が重なり、怒りで私の魔力が荒々しくなっていくのに対し、嬉しそうなのに奴の魔力は常に荒れ狂って、常時続いている。

 魔力の波長を見ずに、顔だけを見ていると油断していると騙されそうになる。表情を隠し、心の奥底で怒っているのでは無いのだろう。度重なるこれまでの戦闘で彼女自身の心を壊し、それが普通となってしまった。などと、どうでもいい事を推測していたが、それを思考から追い出した。

 余計なことを頭を使っている時間はない。何を仕掛けてくるかわからない奴に攻撃をされる前に、私から動き出した。

 腰を落とし、あからさまにこれからそちらに向かうという姿勢を見せていたが、飛びのいたのは前方ではなく横方向だ。自分の方向に私が向かってこなかった理由は、即座に察したことだろう。

 私が浮かんでいた位置の後方一メートルほどの所に、異次元紫からは見えない大きさでスキマを開いておいた。横に飛びのいたと同時に錆がちらほら見える鉄パイプと金属のロットを射出した。

 重力の影響がない分だけ、直線的に飛んでくれる。スキマ内での戦闘には慣れていないことで、気持ち高めに攻撃を放ってしまった。

 散弾銃から放たれる散弾のように、大量の鉄パイプが異次元紫へと飛んでいく。不意打ちで攻撃したつもりだったが、魔理沙の強力な弾幕でも簡単に受け止められる特殊な傘で受け止められた。

「あなたが相手にするのは私ではないからぁ、頑張ってねぇ」

 防御に身を置く奴はそう呟くと、貫通することなく傘に止められたパイプとロットは弾き落とした。追撃をされる前に間髪入れず、異次元紫が開いたスキマを形成した。

 一メートルや二メートル程度の小さなスキマではない。五十メートルを優に超える巨大すぎる物だ。作ろうと思えばどれだけ大きくても作れるが、作ったことが無いために巨大な空間の入り口に目を奪われた。

「っ…!」

 これだけ巨大な入り口を作り出すのに、考えられる目的は二つ。一つはスキマ内部の物を一度に吐き出し、大量の射出物で私たちを叩くため。もう一つはそのサイズのスキマでなければ、通すことができないほどに大きい物だということ。

 個人的には二つ目の可能性は考えられない。一つ目であれば、物量で私たちを押し切れるし、大量の物体を飲み込んできたスキマの中身をちょっと出したぐらいで、戦闘に支障があるとは思えない。

 それでも二つ目であった場合には、何が来るのか想像がつかない。建物などの構造物になるだろうが、攻撃をするために使用できる構造になっていない為、途中で空中分解する。一つ目とやっていることは変わらず、わざわざ建物が飛んでくるとは考えられない。

 例え、スピードに耐えられる物だったとしても、射出される物体はかなり技術が進歩した時代のものとなる。ビルなどの建物とすると今度はスキマが小さすぎる。

 大量の物体を津波のように放ってくるだろうと予想し、身構えているとその穴からは何かが射出されることはない。一秒、二秒と時間が経つが、何も飛んでこなかった。

「…?」

 何か良からぬことをしようとしている事だけは想像つき、油断なく構えていると異質な空気に身を包まれた。生まれてから千数百年も生きているが、こんな雰囲気を肌で感じたのは初めてだった。

「………なにが…?」

 それに対し、異次元紫は笑みを崩すことはない。その中にある物を自慢するように、奴はその巨大なスキマを見上げた。私が正面方向に警戒しているため、後方から攻撃をしようとしていることも視野に入れ始めた時、それは現れた。

 

 物ではなく、者だ。

 

 私が両手を広げても足りない程に大きな手が、スキマの奥から覗いた。音もなく動く手は、口を開けているスキマの右下末端に添えられ、輪郭を掴んだ。

 人間の手とはかけ離れている。大きさが大部分だが、色も、形も、醸し出す気配も。何もかもが人間だけではなく、あらゆる生物をどこかに置いてきたと言わざるを得ない。そんな容姿をしている。

 手と表したが、それが本当に手なのかもわからない。手の甲やスキマの奥に伸びる腕の外側が、毛が逆立っているように見えるが、それが毛なのか鱗なのかもわからない。ゆらゆらと揺らめくそれらは毛や鱗ではなく、体の一部なのだろう。

 指自体の輪郭も朧気なのは、溶けているように見えるのか、それとも体液が溢れ出ているのだろうか。距離が離れているせいでわからないが、気色が悪い事だけはわかった。

 こいつをそこから先に出してはならないと本能が囁き、それに従ってスキマの端を掴んでいる手に攻撃を開始しようとした直後、今度は中央寄りの上側を右下末端と同じ形状の手が掴んだ。

 一度目とは違い、早い動きで掴んだことでスキマとの接触音が聞こえてくる。奴の姿の全容が見えず、何がこちらに来ようとしているのかわからない緊張感に襲われる。

 目標が二つになったことで、スキマを複数出して攻撃を分散させようとしたが、狙う目標が増えた。さらに一つ、腕が上面側のスキマの縁に現れ、更にスキマを広げようと掴んだ。

 こちらには人間とかけ離れた姿をしている化け物は存在しない。であるために、腕が二本以上もあるとは思いもしていなかった。そうなると想像しているよりも、恐ろしい姿である。ただそれだけが予想できた。どれだけ醜く異形な化け物がスキマの奥から現れるのか、受け入れたくはない。

 三本だった手が四本、五本、六本。急速に数を増やしていく。その様子は、体が大きすぎるからスキマの幅を広げようとしているというよりは、閉めさせないようにこじ開けているようだ。

 大量の手にスキマの輪郭が覆われたころ、それが姿を現した。魔理沙だったあの白い化け物はかなり気色の悪い姿だと思っていたが、あいつがかわいく見えてきた。

 空間に浮かぶ割れ目の奥から、スキマの縁を掴んでいる大量の手の主が姿をゆっくりと現した。黒に近い色をしているのか背景に同化しているが、怪しく赤く光る眼だけは見えていた。

 一つや二つではない。数十、数百にもなる目が、存在している。最初はバラバラに配置されて見えたが、二つの横に並んだ瞳を一つのグループとして、不規則的に散らばっている。

 鎌首をもたげ、頭部と思わしき大量の目が並ぶ身体をスキマの間に押し込み、こちら側へ乗り出した。息をするのも忘れてその様子を眺めていると、ずっと隙間からこちら側に漏れ出ていた空気が私の元に到達する。

 これほどまでに密度の濃い、生臭い匂いを嗅いだのは初めてだ。それに加えて腐臭も交じり、強烈さが相乗効果で高まっていく。

 幻想郷外の世界を含めて、これほどまでに吐き気を伴う匂いが強い場所は、そうそう無い。

 口ごと鼻元を押さえて匂いを遮断しようとするが、指の間から空気はするりとすり抜け、いつまでも纏わりついてくる。新鮮な空気を器官に取り入れたいが、このスキマ世界全体にこの匂いは広がってしまっている事だろう。

 背けていた顔を化け物の方向へ向けたが、その悍ましい容姿は、言葉を失わせるのには十分だった。

 こちら側に顔を覗かせた化け物の頭部には、眼球が二つずつで並んでいるのは、スキマをくぐる前と後では変わらない。だが、奴のスキマの中は私と違って一定の光度を保っていないのか、薄暗い。そのせいで見えていなかったようだ。

 光にさらされると、頭部は蕾に似た形状をしているようだった。ただ、目が二つずつで並んでいるだけならばよかったが、眼球は頭を彩るパーツの一部であり、化け物頭部には大量の人間の顔が存在した。

 それぞれの顔には表情があり、どれも喜怒哀楽が極端に表現されている。似た表情はあっても、顔の形に一緒の物はない。

 大量の表情を見ていると、どの顔も一つだけ他のと一致する特徴があるのに気が付いた。

 目や眉の動きで表情の大部分を捉えていたが、口元の感情に対する表現がなかったのは、どれもが大きく口を開いているからだ。意味もなく大口を開けているわけではなく、口の奥から這い出てきた腕が伸び、スキマの辺縁を掴んでいた手につながっているのだ。

 身を乗り出してきたことで、奴の胸部も向こう側から露出した。人間でいえば胸部の位置に、肋骨と思わしき骨が数本剥き出しになっているのが見える。

 スキマの辺縁を掴む手が溶けているように見えると先ほど表現したが、どうやらそれは間違いだったようで、奴の体が腐りかけて皮が剥がれ、内側の筋肉や皮下組織が露出している事でそう見えていたらしい。

 肋骨が剥き出しなのも、胸部と思わしき部位の腐る速度が速いのか、皮膚の一部が剥がれ落ちてしまったようだ。全貌がはっきりしないうちから動くのは得策ではなく、出方を伺っていると、化け物の胸部が小さく振るえる。

 何をするつもりなのかいつでも動けるように構えていると、辛うじてつながっていた皮や肉を引き裂き、千切りながら骨が左右に開いた。

 近いもので表現するのであれば、口であるだろうか。中の内臓を守る形で体内に埋まっているはずの肋骨が、外に剥き出しになっていくのは、標的とされる私に牙を剥いているようだった。

 内部が剥き出しになったことで、開いた牙の間から中身が零れることを想像していたが、思っていた物が収まっていない。一番守りが強固であるため、心臓などがあるかと思われたところには、他の物がぶら下がっている。

 大きい物から小さい物まで、大小不同の袋がいくつもぶら下がっている。数十センチ程度から数メートルに及ぶものまである。それが何なのか私にわかるわけがないが、ロクでもない物であることは確実だろう。

 奴が完全に体をこちら側に移動させたが、蛇や竜と言えば想像がつきやすいだろう。頭から尻尾の先まで、長さを図れば数百メートルはあるはずだ。太古に存在していたという恐竜でさえも、全長の十分の一も到達しないだろう。

 巨大で、見た目も相まって恐ろしく迫力のある化け物だが、異次元紫が使役しているわけではないのだろう。いつの間にか奴の姿が消えている。飼っているのであれば、一緒になって私に攻撃してくるはずだ。

 どこかの平行世界に訪れた際にそこから攫ってきたのか、討伐ができずにスキマ内に留置することで直接的な戦闘を避けたと考えられる。

 自分の目標をさっさと片付けてしまいたいところだが、奴もろともこの化け物に食い殺されるのはごめんだ。先に龍の方を殺す他ないだろう。

 しかし、直視に耐えないビジュアルをしている。腐竜というべきだろうか。全身腐りかけで、所々骨が露出している部分が見えた。頭部に集中している人間の口から生えている腕にも、身体と同様に腐敗が及んでいる。

 普通の生物ならとっくに死んでいる状態だが、この化け物にとってはこれが普通なのだろう。生臭いのが主だったが、その内段々と腐敗臭の方が強くなっていく。この状態で幻想郷に戻りたくはない。

「……」

 観察すると奴に口は見当たらず、咆哮などで耳を傷める心配はなさそうだ。牙をむき出しにした唯一口に見える肋骨は、ゆっくりであるが左右に開いたり閉じたりの動きをしている。

 奴がどのタイミングで来るかを図っていると、まるで咆哮を上げる予備動作のように、頭部を後方に擡げた。胸から声を出すにも、声帯がなかったはずだ。叫び声が出ることが前提で構えていると、もう一つ口があったことを失念していた。

 頭部に並ぶ人面の口だ。腕が生えて塞がれているから除外していたが、表情豊かで口を大きく顔は、更に口を開き切る。皮が限界を迎え、引き裂かれてもお構いなしだ。

 口が開かれ切ったころ、化け物が咆哮を上げた。人面のあらゆる感情、あらゆる年齢層の絶叫が発せられる。一つ一つ聞けば大したことはないのだろうが、それらが交じり合い、この世の物とは思えない悍ましい絶叫へと昇華した。

 奴らが殺せなかったのか、異次元紫が単独で捕まえてきたのかは私にはわからないが、一人と一匹を同時に相手にしなければならない。一人で戦うことができるだろうか。いや、戦うしかないのだ。

 大妖精が来てくれなければ、私は異次元紫と異次元妖夢を相手取るつもりだった。それが一人から一匹に変わっただけだ。図体がデカくなった分だけ、攻撃は当てやすいだろう。

 奴から魔力の流れは感じはするが、あれだけの図体で素早い動きをするとは思えない。油断はできないが、異次元紫に逃げられる前に殺さなければならない。

 さあ、何を使えば数百メートルの龍を叩き潰すことができるだろうか。スキマの中には何でもある。小さい物から順々に試していくとしよう。

 

 

 

 目指さなければならない目的はない。息を切らしながら、歩いているのと変わらない速さで荒野を駆ける。運動と夏の気温が合わさって、額から汗が滴り落ちる。背中や胸元など関係なく、下着から上着にかけて汗でぐっしょりと濡れてしまっている。

 体力も限界に近く、進み続けていた足を止めた。本当ならば、森に入ってから休憩を取りたかったが、途中で休憩を入れなければどこかで倒れてしまいそうだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 荒々しく喘いで酸素を肺に取り込んでいく。ずっと走っていただけに酸素消耗が激しく、消費した分が補充され、酸素が染み渡っていった。

 酸素を補ったとしても、筋肉に溜まった疲労はすぐに消えていくわけがなく、ずっしりと鉛のような重さが足に残った。止まったのは間違いだっただろうか、次に走り出すのが非常に億劫になりそうだ。

 前かがみで膝に手を置き、上体を支えて呼吸を整える。下に顔を向けていると鼻先や顎から、塩分が含まれる透明の汗がしたたり落ちていく。痩せて乾いた大地に、数滴分の小さな染みを作った。

 この場所は空からも地上からも見晴らしがきく場所であり、早く移動したいところだが、その前に自分の装備を見直さなければならない。後方を振り返っても追手の影は見えず、私が抜け出してきた森が二キロほど先にある。

 追手がいないことを目視で確認し、身に着けている装備を見下ろした。幻想郷には似合わない近代の装備品がベルト等で着けられている。肩には軍用ナイフが残っており、これだけでもしばらくサバイバル生活を送っていけるだろう。

 しかし、ナイフ一本では自分の身を守るのには、心もとない。ライフルは戦闘で取り落とし、どこかへと行ってしまった。辛うじて弾倉は残っているが、本体が無ければ無用の長物だ。

 基地に帰れば予備の銃器はあるだろうが、それまでに襲われたらひとたまりもない。魔力を上手く扱えない河童が、これまで生き残れたのは他にはない科学技術を発展させたからだ。近代兵器に非常に依存しているため、それを取り上げられれば抵抗する間もないだろう。

 腰のホルスターに仕舞われている拳銃を取り出した。弾倉は、先の戦闘で落としてしまったようで、空の物さえない。どれだけ弾が装填されているのかを確認するため、上部のスライドを後方に引いた。

 金属の小気味いい音が響き、排莢口から弾頭のセットされた薬莢が勢いよく飛び出した。それを地面に落ちる前にキャッチし、排莢口から次の装填される弾丸が見えるため覗き込むと、そこには弾倉のせり上がってきた底面しかない。

 次弾がなく、この一発で最後のようだ。射撃の腕が絶望するほどに下手であるため、人間を一発で仕留められるわけがなく、それが魔力を使える人間となればもっとだろう。

 霧雨魔理沙が暴走を起こしたことで、妖怪連中の活動が一番活発となっている。基地に戻るまで誰とも会わないなどあり得るだろうか。

「………。」

 それでも、戻るしかない。後の事は、この戦争を生き残ってから考えよう。生存に余計なことを考えていると、死ぬことになるだろう。

 ここから基地までは数キロある。先ほど化け物に襲われた位置から二キロか三キロは来たが、折り返し地点にも到達していない。

 骨が折れている状態で、何キロという距離を移動しなければならない。そのことが非常に憂鬱であるが、自分の生死がかかっている事で手を抜くことはできない。

 深呼吸を繰り返し、緊張と走っている疲労から高鳴る心臓を落ち着かせた。上がった体温が下がることはなかなかなく汗は止まらないが、長時間ここに留まるわけにはいかない。

 弾がなくなった状態でスライドを後退させていた為、拳銃内部に組み込まれているスライドストップが機能し、後退したまま止まっている。上部の排莢口から、弾丸が射撃直前に収まる薬室に最後の一発を押し込み、スライドを前進させて装填を済ませた。

 不安は拭えないが、残りの4~5キロを移動しよう。普段なら数キロの移動など屁でもないのだが、車での移動ばかりで足腰が訛ってしまっただろうか。

 魔力で痛みを鈍感にさせつつ、再度走り出そうとした時だった。顔を上げた際に視界内に何かが写り込んだ。最初は小さく、米粒程度だった人型の影は、ものの数秒で自分よりも大きな影となる。

 空中を魔力で滑空していたその人物が砂塵や土をまき散らし、十数メートル先に着地した。まき散らした土がこちらにまで届きそうだ。服や顔に付きそうになるのも関係なく、ホルスターに仕舞いかけていた拳銃を降りてきた人物へと向けた。

 訓練を何十年も重ね、何百回と行ってきた。やはり訓練の成果というものは出るようで、ほぼ反射的に奴へ銃口を向けられた。着地場所をわざわざ私の元に選択したわけではないようで、銃を向ける私を見て驚いたような表情を向けた。

 不意を突こうとしたのも束の間、その表情は一瞬で消え失せた。雑魚を見る、見下した目つきへと変わっていく。スライド上部に付けられている突起、原始的な照準器越しに見る奴の姿は、数年ぶりとはいえだいぶ違って見えた。

 髪の毛は頭頂部が黄色で、毛先に向かっていくごとにグラデーションで紫になっている。長い髪は腰のあたりまで伸びており、毛先に手入れがなされていないらしく少し解れている。紫色に交じって毛先に赤色も存在するのは、髪質が変わったわけではないだろう。

 なぜそう思うのかは、立ち位置が大きく関係している。奴の居る場所が風上で、こちらが風下だ。見た目もそうだが、物理的にも雰囲気的にも血生臭い匂いがこびり付いている。

 両腕、特に右手が酷く、手首から肘の手前まで血肉に濡れいる。その両腕で何人の人間が犠牲になったのか、想像するだけで背筋に悪寒が走る。私もその一人になってしまう可能性が、このままでは非常に高い。

 染みついた血潮の匂いは、腕についている分だけではない。数時間以内に、人を殺したのだろう。それは一人や二人ではここまで染みつくことはないと思われ、かなりの人数がこの僧侶によって殺されたはずだ。

 そして、何が変わったか、一番は佇む聖の両腕だろう。タトゥが彫られているが、ただのタトゥではない。私からは変な模様や意味のない図形にしか見えないが、文字や模様が組み合わされて術式が発動するようになっているのだろう。

 身体強化は戦いの基本であり、全身に魔力を漲らせればそのタトゥにも魔力が通い、自動的に実死期が発動するようになっている。なんの術式が書かれているのか私にはわからないが、いつも使っていた巻物を持っていないところから、それが刻まれているのだろう

 聖は以前ならば、魔力強化のほかに身体強化の魔法を重ね掛けしていた。それでも音速を超える弾丸よりも早く動くのは、絶対に不可能だ。

 どれだけ弾丸が入っているかわからないうちは、奴だって下手に動けない。銃を構えたまま奴を睨みつけ、引き金に指を添えた。引き金には遊びがあり、トリガーに触れた途端に射撃されるわけではない。

 あと少しでも指を引けば、聖に向けて弾丸が発射される段階で指を止めた。ここで争う必要はない。私は逃げたいし、奴は霧雨魔理沙を捕まえるために戦地に向かいたいはずだ。

「河童のくせに一人でいるなんて、珍しいわね。どうしたのかしら?これから入信でもしたいかしら?」

 ふざけているのか、そんなわけがない。入信したから助けるなどと、ならないことは奴の目が言っている。

 仲間を引き連れていないところを見るに、おいて来たのだろう。そちらこそ一人でいるとは珍しい。

 奴と対峙したのは本当に久々で、十年前が最後だったはずだ。その時と比べて魔力の質が格段に上がっているのは、十年間訓練に明け暮れていたのだろうか。

 これに魔術による身体強化が合わされば、十数メートルの距離など、一秒もかからずに詰めてくるだろう。注意を一瞬でも緩めれば、そこを狙われて殺されてしまう。

 銃のサイト越しに睨む聖には、一切の焦りは見られない。戦うつもりが無いから銃を撃たれる心配がない、そこから来る余裕ではないのだろう。私を殺すから、撃たれる心配がない。ただそれだけだ。

 隠すつもりもない重厚な殺気が、私に向けられている。聖に敵意を向けていないことを示したいが、武器を下げた途端に頭を叩き潰されるだろう。それだけは絶対にごめんだ。

 このまま先の跳躍で飛び去ってくれれば、どちらにとっても話は早い。照準を数ミリも動かさず、トリガーに指をかけたつつ聖に案を提示する。

「飛んできて、随分と急ぎみたいだけど…早く行かなくていいの?」

 もっともなことを呟き、奴にこの場をすぐに立ち去れと促すが、急ぐ様子の無い聖は右腕を開いたり閉じたりし、興味なさそうに私の話に耳を傾ける。

「ええ、問題ないです。あれだけの事が起こった後、結構時間が経ったはずですが…霊夢は私を殺しに来ない」

 あれだけの事とは、聖は顎をしゃくって化け物が魔力を薙ぎ払った跡地を刺した。数千年どころではなく、数万年も変わってこなかった地形が、化け物の一撃で岩盤が剥き出しになり、未だに煮え滾る溶岩の熱気と蒸気に覆われている。それに視線を向けたまま奴は続いて呟いた。

「もし、あれだけの力を奪えていたのなら、他の人間を倒すのに手こずるなんてありえない…必然的に霊夢がまだ力を奪えていない証拠となります」

「だからまだ大丈夫なんて、楽観的過ぎると思う。今こうしている瞬間に、力の奪い合いが起きてる。早く椅子取りゲームに早く参加しないと、座る椅子も用意されなくなる」

 確かにそうですねと呟くが、奴が動こうとする気配はまるでしない。意地でも私を殺していきたいのだろうか。おっとりとした表情をしているが、目の奥は全く笑っていない。どうしようもない奴に目を付けられてしまったものだ。

「でも、あなたを殺してから動いても、そんなに変わらないと思いませんか?」

 拳を開き、ゴキゴキ音を鳴らす。荒々しく発せられているだけだった殺気が、ナイフのように鋭く研ぎ澄まされ、私に向かって集中したのを感じた。自分一人だけが生き残り、生き続けなければならないという生存本能が嗅ぎ付けたのだろう。

 本能に誘発され、銃のグリップを握る指に力が籠った。トリガーをあと数ミリだけ引くだけだったため、銃が射撃の段階へと即座に移行する。

 スライド後端についている撃鉄が振り下ろされ、弾丸に撃針が叩き込まれた。複数の工程を踏み、薬莢内部に存在する火薬が雷管から弾けた火花によって爆発する。

 その衝撃力に当てられ、薬莢の先端に詰まっていた鉛の塊が高速で射出する。生物の数百倍の速度で移動する弾丸は、この場では聖すらも置いて行く速度だったが、発射に至るまでのわずかな時間で、動かれてしまっていたようだ。

 飛び込んできている奴に、弾丸が吸い込まれていく。しかし、こんな時に限って、いつもの恵まれない射撃能力に見舞われた。たった一発しかなかった弾丸は、狙っていた頭部や胴体に飛んで行ってくれなかった。

 肉体に当たれば鮮血が弾けるはずだが、その気配はまるでない。突っ込んでいる聖を掠り、弾丸は後方に消えていく。最後の弾丸が射撃されたことで、全ての脅威が失せた。

 奴からすれば、ただの人間と変わりないだろう。ナイフを引き抜く暇もなく、強化された左手に胸を貫かれた。

 不思議と痛みを感じなかったのは、痛みを感じる前に体のあらゆる機能が停止したからだろうか。

 




次の投稿は6/26の予定です!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。