東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百六十一話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百六十一話 正と邪

 荒廃し、あらゆる場所で戦闘ばかり起こる世界になってから、私は体格に恵まれなかったと思わなかった日はない。何をするのにもこの小さい体は不便でならない。

 荷物を持つのにも制限が大きくあり、木の実も何かしら道具を使わなければ簡単にとることはできず、自分の身だって守ることは容易ではない。力関係は鍛えればどうとでもなっただろうが、身長の低さはどうにもならなかった。

 この体格でなければ、私が戦えれば、皆が殺された時もっと状況は違っていただろう。そう考えると余計にやるせなかった。水蜜や一輪、小傘の誰かが死なずに済んだかもしれない。

 そうやって自分の事を罵ってきたが、今回ばかりはこの身長の低さに救われることとなった。

 頭部から延びる髪は腰のあたりにまで達し、頭頂部から毛先に行くにしたがって色が黄色から紫へと変色している。目の前にいる女性が振り向きざまに攻撃を繰り出してきた。

 頭二つ分以上も身長が離れているおかげで、身体強化が施された奴の正拳突きは頭に掠ることもなく空振りに終わった。当たった事を考えると、原型が残ることはなさそうな威力の拳から、信じられない向かい風が発生し、髪や片側しかない耳が煽られた。

 そのまま後ろに倒れてしまいそうになるが、殆どない腹筋で前かがみに踏ん張り、切れ味に物を言わせて刀を振り下ろした。

 振り下ろすのに技術など無い。力を込めることが難しい、適当にくっつけられただけの右手と右足では見よう見まねすらもできない。今の私にできることは刃を敵に向け、体重を乗せて叩き切ることだけだ。

 指先に何かが当たった感覚がする。何年も、何十年も、この刀を使用していないため、感覚で何を切ったのかなどわかるわけがない。切れ味が良すぎて何を切ったのかすらもわからないが、金属の類ではないだろう。

 もっと柔らかい、有機性の生体物だ。それは目の前にいる聖である以外にはないだろう。どこに当たったかは分からないが、これは最初で最後の私の攻撃となるだろう。

 何かを切断したのか、それとも指先を切っ先が掠めただけなのかはわからない。であるが、自分にダメージを与えた存在に、聖は大きく飛びのいた。

 聖の飛びのいた余波だけで後方に吹き飛ばされそうになった。片足だけでは耐えきれず、後ろにしりもちをついてしまう。早く立ち治らなければならないが、片足片手では難し過ぎる。

「あら、どこかで野垂れ死んだか、殺されたと思っていましたが…生きていたんですね、ナズーリン……心底驚きましたよ」

 聖は本当に驚いている。瞳孔が開き、驚いている事を示しているが、すぐにどうでもいいと目つきを変えた。私に怒りの矛先を向け、十年前と同じように私を睨みつける。

「…」

 十年前のようにはいかない。ただ怯えるだけだった、あの時とは訳が違う。聖を睨み返した。

 皮肉な話だ。聖と戦うのに、白玉楼の庭師と対峙してあの光景を見ていなければ、私はまともに立っている事すらできなかったなんて。剣士のあの目を見た後なら、尻込みせずに立っていられる。

 聖も人間からかけ離れた目をしているが、妖夢はそれ以上だった。だからと言って私が奴に対して抱く恐怖が消えることはない。刀を握る左手が震え、先端が小刻みに揺れている。

「だろうね…私だってこの十年間を、生きて来れられるなんて思ってもいなかったさ。……そんなことより、君はずいぶんと変わったな」

 私が生きて来た十年間。特に最後の方は、あの子たちの犠牲で成り立っている。私に止めが刺されなかったのは、リグルが妖夢を外へと誘いだしてくれたからだ。炎がっ燃え広がる家の中で、地面に転がる手と足の切断面を合わせ、どうにかくっつけたことを思い出す。

 片足、片腕、片耳の無い私が聖にそんなことを言っても説得力は無いが、彼女は見た目以上に中身も随分と変わっている。

「あなたに言われたくはないのですが」

「いいや、私が言いたいのは内面の方だ。よくもまあ、そこまで醜くなれたものだね。他人を殺してでもそんなに生き延びることに執着するなんて、醜悪にもほどがあるよ」

 両腕にタトゥーが彫られた聖にそう呟くが、どこ吹く風だ。十年前のように、私の言うことなど右から左に流れて一秒すら奴の頭の中に留まっていない。これが十年前と同じ人物であるとは思えない、別人に成り代わられているのではないかとさえ思えてくる。

「私が醜いですか?酷いことを言いますね…ここの世界ではこの程度はあくびが出てしまうぐらいに普通も普通、中の上ぐらいですよ。なんせ、世界が変わってしまったのですから」

 ニコニコと笑いながら、聖は天を仰いで世界はこんなにも変わったのだと豪語する。間違った持論を述べ、それがさも正解のように振舞っている。そちらの限定された角度から見れば、世界は変わったように見えるだろうが、大きな間違いだ。

「馬鹿か。世界が分かったんじゃなくて、君が変わったんだ。どれだけ不条理で滅茶苦茶なことが起ころうが、世界の在り方は今も昔も変わらない……変わったのは私たちだ」

「何を言ってるんですか、こんなにも私たちが世界を変えてしまったというのに、世界そのものが変わっていないだなんて…ちゃんと現実は見えていますか?」

 なぜ私が心配されているのかわからない、余計なお世話だ。

「そっちこそ、夢を見ていないで目を覚ませ。世界の何が変わったというんだ。風の吹き方が変わったのか?太陽が昇らない日は無いだろう?それとも、自分たちの生き方を変えたから世界もそれにあわせて変わったというのかい?数百年生きて来たが、そんなことはあるわけないだろう。元から世界は理不尽だ」

 世界が私たちに合わせて性質を変えることはない。常に一定で、私たちの感情やその時の状況によって、理不尽さや幸福を感じるに過ぎない。それを自分たちの力で世界を変えていると考えるのは、浅はかだ。

「まあ、それはどうでもいいです。私の邪魔をしてきたということは…あの時のように、どう死にたいかは聞かなくてもよさそうですね」

「まあそうだね…君をあそこに行かせないために…行かせたとしても手遅れにさせるために出てきたわけだからね」

 私の持った刀から、聞かなくてもわかるだろう。しかし、どうあがいても聖に一太刀食らわせられることができるとは思えない。元から運動神経がなかったが、足を切断された後からは更に運動能力の低下が顕著だ。戦うどころではない、ただ蹂躙されて抵抗する間もない気がしてきた。

「あなたを殺す前に、一つ聞きたいことがあるのですが」

 私からも聞きたいことがあったが、先を越されてしまった。話し終えたと同時に殺される可能性があるがここは譲ってやるとしよう。

「どこに隠れていたんですか?そこの雑魚を殺した時、あなたの気配はしなかったはずなのですが?」

「さあね、随分と急いでいたようだし、君が見落としただけだろ」

 適当な理由を付けて適当にあしらうが、聖は納得がいく説明ではないらしい。私も逆の立場であれば納得しないだろうが、奴に説明する気など毛頭ない。

 聖が重心を下げて攻撃体勢に入ろうとしているが、その前に聞いておきたいことが一つあったことを思い出す。

「私も、君に一つ聞きたいことがあったのを思い出した」

 霧雨魔理沙には異変に対しての情報収集はしていないと言ったが、ご主人の安否を確かめるため、時折だが命蓮寺を探っていた。

 私たちを最低な形で裏切った人で、私たちが殺されているのを見ても助けに入ろうともしなかった。戦争が起こった比較的初めの方は彼女を恨んだこともあったが、腐っても私のご主人だ。

 仲間が殺されていくのを、黙ってみていた彼女には言いたいことは、それこそ星の数ほどある。しかし、あの時は私たちを裏切らなければならなかった、そんな状況だったと信じたいところもある。

 あれだけまっすぐ、ひた向きに命蓮寺を切り盛りしていたご主人が、簡単に積み上げたものを手放した。間違っていることがあれば感情を高ぶらせて激昂することは度々あった。そんな彼女が、手のひらを返したように聖に賛同したのはなんだか納得がいかなかったのだ。

 話がそれてしまったが、本題はここからだ。私が聖に声をかけた理由はこれではない。いつも移動する際には二人は一緒に行動していた。それなのに、今日に限ってはなぜご主人は聖と共に行動をしていないのだろうか。

 これが最後の大きな戦いであることは聖もわかっているだろう。総力戦となる最終決戦で、仲間を連れて歩かないわけがない。出し惜しみは敗北を意味することぐらい分かっているはずだ。なのに、なぜご主人を置いて来たのだろうか。

「ご主人はどうした?」

 私が質問を投げかけると、聖はなぜか嗤った。奴の反応から、何か嫌な予感が込み上げてくる。普段はロクに働くことの無い第六感が、今は最大限に働きかけている気がする。

「さあ…星はどこに居ると思いますか?」

 何だろうか。こんな時に意味ありげに問いかけるのは、含みのある言い方や口調をしているからだろう。そして、見せびらかす様に掲げられたタトゥーに答えがあるのだろうか。そこに何が記されているのかは、魔術を学んでいない私には知る由もない。

「さあね、ここにいないってことは…命蓮寺に居るか、ここに向かっているか…そんな所かな?」

 もう一つの第三の答えも考えた。口には出さなかったが複数ある回答の中で一番可能性が高いだろう。できれば挙げた二つのどちらかであることを望むが、世の中はそんなに甘くはないようだ。

「どちらも不正解です」

 その二つが否定されたということは、残る選択肢はそう多くは無いだろう。そうなれば彼女が生きている確率は、死んでいる可能性と反比例して地に落ちる。

「彼女なら、ここにいるじゃないですか」

 聖の後ろにでも隠れているのとも考えたが、私は一番初めに切りかかる際、後ろから切り付けている。彼女の影に隠れているのはあり得ない。向かってきている最中かどうかは、聖の来ていた方向に視線を向ければわかることだ。

 周囲にご主人と思われる人影はなく、命蓮寺のある方向からも誰かが走ってきたり、聖のように跳躍してきている影はない。当然、私の後方からも誰かが歩み寄ってくる足音がしていない。

「……まさか…」

「気が付きましたか?どこに使ったのかはわかりませんが、ここにいますよ?」

 聖の言う“ここ”とは周囲ではなく、奴の腕に彫られている入れ墨の事を指しているようだ。このどうしようもない魔女は、自ら堕ちるところまで堕ちてしまった。僧侶の格好をし、寺に住むのはもはや冒涜とも言える。

 普段から鼠たちの情報で、聖が訓練をしていないのはわかっていた。力を奪い合い、生き残りをかけた生存競争だというのに、なぜ這い上がる様子を見せないのかと思っていたが、もっと手軽な方法を模索していたのだ。

 倫理の欠如した世界では、禁忌に手を延ばさないわけがないか。そして、聖が手にかけた人物はご主人だけに留まることは無いだろう。聖に騙され、助けを求めた者がどれだけいるかわからないが、自分の力を底上げするために軒並み殺されたはずだ。

 そうなると余計に、聖を霧雨魔理沙たちの所に行かせるわけにはいかなくなってきた。今でもめちゃくちゃだが、あの戦地がさらに混沌と化す。戦いのバランスを、根底から崩しかねない。

 昔もかなり強い部類に入っていただろうが、その比ではない事を頭の中に入れておかなければならない。入れた所でどうにもならないが。

「人間の血肉を……墨に入れて入れ墨を彫ったのか」

「その通りです…血肉を濃縮するのには苦労しました」

 聖は正解だと小さく拍手を私に送ってくれる。これほどまでにうれしくない声援は初めてだ。どれだけの人間や妖怪がいたかはわからないが、不運としか言いようがない。

 血肉を濃縮する過程は想像したくは無いが、命蓮寺は血の海になっている事だろう。グロテスクな方法で常識や倫理を逸脱することだが、力を強めるとしては効率のいいやり方だ。

 通常の訓練からすれば、能力の上昇はけた違いだが、人間一人の犠牲よりも数多くの人間を詰め込んだ方が当然能力の上がり幅は広がる。それを墨に混ぜ込み、術式として使用すれば強力な力が得られる。

 聖はもう常軌を逸している。奴はもう、精神的にも、肉体的にも、人間の皮をかぶった化け物だ。こんな化け物を相手にしなければならないなんて、私も中々に不運な役回りだ。

「さあ、私を絶対に殺せないと分かりましたね?逃げてもいいですが、死ぬのには変わりません…命乞いでもしますか?」

「いや、逃げないし…命乞いもしない」

 奴に恐怖を気取られぬよう、しっかりとした口調で言ったはずだが、重圧に耐えきれずに震えてしまっているのが自分でも分かった。それでも、ハッキリと奴がやっていることが間違いだと告げた。

「上がやらかした馬鹿は、下が尻を拭かなければならない」

 刀を構え、油断なく聖を睨みつけているが、いくら警戒したとしても私は抵抗する間もなく奴に蹂躙されるだろう。しかし、ただ死ぬつもりもない。

 

 

 

 胸を大きく膨らませ、肺一杯に空気を取り込んで深呼吸をする。緊張しているわけではないが、高ぶる気持ちを落ち付かせた。世界が混乱しているのであれば、そこにスパイスを一滴垂らし、更なる混乱を招きたい。その欲を鎮めるため、さらにもう一度深呼吸を重ねた。

 閉鎖された広くも狭くも見える世界で数百、数千にもなる生物が死に絶えていった。死した魂の入れ物は、9割以上が野生動物に捕食されることなく、微生物の働きによって腐り堕ちることになった。

 結界で閉ざされた幻想郷では、広い目で見れば密室と変わらず、腐敗の匂いが全土に広がった。花畑も、山も、地底も、冥界も、天界に至るまで等しく鼻について仕方のない死臭が染み渡った。

 最初の内は気になって仕方がなかったが、広い幻想郷の空気が混ざり合い、匂いが希釈されたのかもしれないが、私たちがそれに慣れてしまったのかもしれない。今では魔力を使って意識をしなければ、幻想郷全体に広がる腐敗臭を捉えることはできない。

 これだけ終わった幻想郷など、世界に二つとないだろう。街で栄えていた社会文明は完全に後退し、復興には百年単位で時間がかかるはずだ。

 まあ、力さえ手に入ればこんな世界に用はない。さっさと別の世界に移って、日陰を歩いていた人生から日向へと躍り出てやろう。あの力は、博麗の巫女であったとしても、止めることができないのは確認済みだ。ほかの世界を悉くを壊してやろう。

 暴走は止まってしまったようだが、私の力であれば再度暴走状態に戻すことは簡単だ。私の何でもひっくり返す程度の能力であればね。

 私の能力は暴走していない状態から、暴走状態へとひっくり返す。それによって霧雨魔理沙を暴走させ、再度力を奪うタイミングを伺う。最大のチャンスを引き出すのにうってつけではあるが、最大の弱点でもある。

 このひっくり返す程度の能力があったとしても、この長い年月を生き残るのは難しかっただろう。それを殺されずに生かされていた理由は、私が奴らのセカンドプランだったからだ。

 一つ目のプランがうまくいかなかった時を想定し、保険として生かされていた。ひっくり返す程度の能力で暴走させる、奴らの考えていたプランと同じ方法で力を手に入れようとしているため、私が姿を見せれば博麗の巫女達はこぞって力を手に入れるための準備を始めるだろう。

 暴走状態に移行させたとしても、博麗の巫女達が一斉に霧雨魔理沙へと群がることになる。私が力を奪い取れる可能性が低くなってしまうため、その前にどれだけ私が混沌を持ち込めるかが鍵となるだろう。

 あの力を手に入れるために、待ちに待った。十年前の状態から、できることはそんなに多くは無いと思っていたが、私の想像していた力はいい意味で予想を裏切った。天と地がひっくり返っても驚かない。そんな力がこの世界で振るわれた。

 美しさすら感じるあの力を自分の物にできたらと思うと、楽しみで仕方がない。しかし、その前に障害を相手にしなければならないようだ。遠くから見た状況では、戦いの舞台はまだ混乱が足りていない。

 無秩序が更に浸潤し混沌が戦場を制した時でなければ、厄介な連中を相手にすることになる。場が大きく動くまで、こいつの相手でもしているとしよう。

 数百メートル前方には数々の弾幕が飛び交い、斬撃が繰り出されている血みどろの戦場が居を構えている。そこでは殺し、殺されの、どちらの世界が生き残るかをかけた戦争が開始されていた。

 胴体から首を刎ねられたり、内臓を地面にぶちまけるなど生命機能に障害が生じて息絶える者がおり、森にいる生物は時間の経過で徐々に人数を減少させていく。

 世界をかけた大きな勝負以外に、参戦している人物同士の小さな勝負が絶えず行われている。命のやり取りをしていれば殺されて死した者もいれば、その逆もいる。生きる妖怪または人間は生き残りをかけ、更なる殺し合いに身を投じている。

 命の星座が煌めき、瞬いては消えている。この世の地獄まで、あと一歩足りない戦場へ向かっている私と戦場の間に、その人物は立ち塞がった。

 森の奥から現れたその人物は、頭部に二本の小さな角が生えている。身長は目線の高さから同じ程度で、角を差し引いても身長は全く同じだ。足の開きや猫背気味の佇まいまで、姿見鏡の前に立っている感覚に陥る。

 ほとんど黒色だが、一部分だけ赤色メッシュの髪が目立つ。短髪に切られており、白色の服に、スカートの裾には赤と黒の矢印の模様が描かれている。

「やっと、見つけましたよ」

 そう呟く敵対者の発した声は自分と違うのだが、聞こえる声は間違いなく自分の声だと認識できた。

 しかし、驚きを隠せない。まさか別の世界と言えど、自分と同じ人物が乗り込んでくるとは思ってもいなかった。やはり天邪鬼と言えど、自分の命が惜しいのだろうか。

「まるで正義の味方みたいではないですか」

「これが正義の味方に見えますか?」

 正義を掲げる者なんかに見えるわけがない。そう呼ぶにはあまりにもみすぼらしいし、食べ物もあまり食べていないのか、痩せているように見える。私は他の世界に行ったことが無いため、自分以外に鬼人正邪を見たことは無いがこう言うものなのだろうか。

「正義の味方というのには少々無理があるかもしれませんが、ヒーローの手助けをする脇役ぽいですね」

「それについては、あながち間違いではないですかね。お前たちに勝たれると困りますから。命がかかっていれば、動かないわけにはいきません」

 ここには天邪鬼しかおらず、そんな綺麗な建前を掲げずとも、咎める者は誰もいない。自分可愛さに向かうのは誰だって同じであるため、本音でしゃべってもいいのだが、天邪鬼であるが故に本音を隠すのは変わらないのだろう。

「まあ、それで…私をどう止めるつもりですか?同じ能力を持つ者同士、小槌の力で強化された私の方が一枚も二枚も上手ですよ?」

 言われたとおりに意識を向ければ、私の魔力が彼女の貧弱なものと比べ、かなり強化されているだろう。

 幻想郷全体から見れば針妙丸の小槌で強化されたとはいえ、能力を入れても上位に食い込むことは難しい。だが、彼女一人を殺すぐらい造作もない。

「そうですね。ここで殺されるとしても、やめるわけにはいきません…お前たちの内、誰かしらが力を手に入れた時点で、逃げたとしても我々の死が確定しますから」

 保身に走ると思ったが、彼女は退くことなくそこに居続ける。たとえ逃げたとしても死ぬことが確定しているのであれば、戦って死んだ方がマシなのだろう。

 現場にはまだまだ混沌が足りていない。成熟するまでこの天邪鬼が生きてくるれるかはわからないが、遊んでやろう。

「それじゃあ、さっそく始めましょうか?」

 奴を殴り殺す準備は、話しながら済ませていた。身体能力を高め、攻撃に移ろうとした直後に、対峙している天邪鬼が話しかけてくる。

「一つ聞きたいのですが、小槌の能力で力を得て…それを使った針妙丸はどうしたんですか?」

 何を聞かれるのかと思ったが、そんなことか。世界が違うと言えど、彼女も小槌の使用方法や効果、代償等は知っているだろう。幻想郷で下の下にいた私が、中間ぐらいまで上り詰めるのには、それ相応の代償がいる。

 そっちの世界でも異変は起こしているだろうし、なぜそんなことをわざわざ聞くのだろうか。小槌のシステムを知っているのであれば、簡単に想像がつくと思うのだが、彼女はなぜがそう聞いて来た。

「そんなの元気にやっているに決まってるじゃないですか」

 彼女の安否など、取るに足らないどうでもいい事だろうし、適当に流すとしよう。心配をしているという建前であるだろうし。

「……そう、ですか…。やっぱりお前と戦わなきゃならないようですね」

 何が気に障ったのかわからない。もしかして私と同じで、針妙丸を騙して力を付けようとしていたのだろうか。私たちは目的を達成するのには何でも使い、どんなことでもする。ほかの世界にいる天邪鬼も、私とほとんど同じ思考を持つはずだ。

「できれば私は、向こうにつくまでは力を温存したいのですが、退くつもりはないのですね?」

「私は初めからそのつもりでここにいます」

 初めからそのつもりか、舐められたものだ。魔力の戦力差はまともに戦えば勝負にならないはずだ。何かをする様子のない天邪鬼に攻撃を開始しようとするが、その直前に再度奴が口を開く。

「二枚舌の天邪鬼が目的のために暴力を使い始めたら、本末転倒ではないですか?」

 また向こうの世界の私が、訳の分からないどうでもいいようなことを聞いてくる。戦力が物を言う世界であるのだから、事前に力を得ておくのは決して悪い事ではない。よくわからないルールに縛られ、力を得るチャンスを逃す方が阿保らしいだろう。

「そういった考えもあるかもしれませんが、何を持ってして本末転倒とするのですか?何かを疎かにした覚えはありませんが?」

「振るわれる力が嫌で力をひっくり返そうとしたのに、力を得て振るっていたのでは、やっていることが忌み嫌っていた連中と変わりません」

「それが目的だったのではないのですか?」

 虐げられる者が虐げる側に、虐げていた者が虐げられる側に入れ替われば、弱者だった連中が黙っているわけがない。そうなるのは、輝針城異変を計画した者がいる時点でわかり切っている事だろう。むしろそれ以外の目的があるのだろうか。

「私とあなたでは、思考回路も信念も違うようですね」

 心にもない事をよくもまあ、ここまでぺらぺらと話せるのか。思わず感心してしまった。それに信念ならあるさ。最後の最後までやり遂げるという信念が。

「いいや、なにも違いません。何を奢っているのでしょうか?ひっくり返した後に、世界がどうなるか想像つかなかったとは言わせませんよ?お前の掲げている信念なんて上っ面だけで、信念と呼べる代物ではないですね……それとも、偽りの信念に覆われた現実を直視できていないただの馬鹿なのですか?」

 先ほど偽善を振りかぶっていた彼女は図星を付かれたのか、口を噤んで黙りこくってしまう。そこで反論できないのは、建前だからだろう。

「残念です。ほかの世界の私と会えたと思ったら、信念も何もないつまらない奴だったなんて」

 会話している意味のない人物だ。自分の中でそう結論付け、奴に向けてあからさまなっ殺意を向けた。戦争など起こっていそうにない世界の人間だから、敵意を向けられれば怯むかと思ったが、そういったのに慣れている天邪鬼には効果が薄く、そちらもやる気満々でこちらを見据えている。

 強化された拳から放つことのできる拳は、貧弱な天邪鬼程度なら粉砕できる。十数メートル先に佇む同じ姿の人間に向け、跳躍した。

 博麗の巫女など幻想郷のトップに君臨する人物らに比べたら、蠅が止まってしまう程に遅く見えるだろう。

 しかし、奴は腐っても天邪鬼で、死にたくないと行動している生への執着心が、ここまで乗り込んでくる程に非常に高い。拳を叩き込もうとした直前、ひっくり返す程度の能力が使用されたのを魔力の流れから感じ取れる。

 脳や内臓に掛かっていた重力の向きが一瞬にして反転したことで、ひっくり返されたとそう長くはない時間で察した。普通の人間であるならば対応するのは難しく、地面に倒れ伏していただろうが、私からすればこの状態は日常的である。

 重力方向と見ている景色の状態から、自分がどこを支点にして反転させられているのかを割り出した。

 異変が終わった後で、同じ天邪鬼なら逃亡者となっているだろう。そちらの世界にいる人間ならこれで撃退できていただろうが、同じ能力を使う者には決定打にかける。

 魔力で体を浮き上がらせながら天邪鬼に接近し、予定通りに拳を叩き付けた。あの肉体を叩き潰す感覚を再度味わえると思ったが、予想のタイミングよりも少し遅れて手先に衝撃が走る。

 拳が振り切られる直前に、天邪鬼が横に飛びのいたようだ。攻撃が空振り、天邪鬼の後方に生えていた木に大穴を開けてしまった。腕が回らないほどの巨木だが、一部を削られて樹木全体の重量を支えることができなくなった。大量の木の枝を同時に折ったとしても、ここまで骨に響く乾いた音を立てることはないだろう。

 ゆっくりと周りの小さな木々を巻き込みながら、十数メートルは下らない巨木が傾いて行く。砂埃と大量の樹葉を散らし、数秒かけて地面に倒れた。振動で足元が覚束なくなりそうだが、上下や左右が反転した状態でも問題なく動けるバランス感覚でやり過ごした。

 攻撃をかわした天邪鬼はというと、魔力で強化されていても運動能力は高くないらしく、紙一重に近いタイミングで避けたのだろう。滲む冷や汗を拭っている。

「これだけの戦力差がありますが、それでも戦いを続けるつもりですか?正邪、今なら同じ天邪鬼のよしみでラクーに殺してあげますよ?」

「元から逃がすつもりも、ラクに殺すつもりもお前にはないでしょう…?」

 同じ天邪鬼だから思考回路もお見通しか。自分と戦うのはそれなりに楽しみであったが、実際に戦ってみるとつまらない物だ。無様に命乞いをしてきたところを絶望させるのが楽しいというのに。

「お前の考え方は浅はかなんですよ」

 やり返すことも出来ない雑魚が何をほざいている。苦しませて殺してやろうと思っていたが、路線を変更だ。物理的にぐちゃぐちゃにするのは変わらないが、その前に奴のプライドを根本からへし折り、メンタル面でも壊してやらなければ気が済まない。

 私を怒らせるようなことを言った、お前の方が浅はかであったと思い知らせてやる。勢い余って殺してしまったら元も子もない、気分を落ち着かせよう。

「………。試してみてくださいよ。できる物ならね」

 一呼吸間を空け、すぐに飛び出さない程度には気持ちを落ち着かせた。しかし、思考は目まぐるしく廻り、奴をどう料理してやるかということしか巡っていない。

 力を手に入れる前に害虫駆除で社会貢献してやるとしよう。

 




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