東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百六十四話をお楽しみください!!






最近スローペース過ぎるので、次回からもう少し展開を早くしていこうと思います。
幽香の過去だけでここまで話数を使うとは……


東方繋華傷 第百六十四話 残雪

「きゃああああああああああああああああああっ!!」

 一緒に遊んでいた女の子の甲高い絶叫が、耳が痛くなるほどの静寂を打ち破る。その声を合図にして、先ほどの閑静が嘘のように喧騒に包まれた。

 彼女の叫び声は、壁にもたれかかる男の子へと向けられたものだ。なぜ、そんなに叫んでいるのか全く理解できなかったのは、彼を正面からしか見えていなかったからだ。

 もし、もっと近くに寄るか、回り込んでいれば彼の体の後ろ半分が、ぺしゃんこに潰れている事に気が付けただろう。目は開きっぱなしで、呼吸をしている様子がない。身動ぎ一つしないところまで観察し、ようやく何かおかしいと察した。

 私に記憶がない事を聞いて来た女の子の悲鳴は、惨状のショックから咄嗟に出ていた。長い叫び声の間に、惨状を作り上げた私に向けた物へと変わっていくのが、声色から何となくつかめた。

「……へ…?」

 あの男の子よりも腕は細く、身長も体格も一回り以上違う彼を吹き飛ばしたという実感がわかない。どう考えても、物理的に不可能だ。

 頭では理解しているというのに、彼を突き飛ばしたという感触が手の平に残り、嫌になるほどこの手でやったのだと主張を続ける。思考が現実に起こっている事のギャップについていけていない。

 何が起こっているのかわからない、そんな困惑を浮かべているであろう私を、腫物を扱うかのように子供だけでなく、大人までもが距離を置く。私を囲んでいる人たちに、さっきまでの子供が遊んでいる様子を微笑ましく見守る目線はない。

 パニックで様々な感情が瞳から伺えるが、それらに共通している大部分は恐怖だ。少女の絶叫を境に逃げ出す者、慌てふためいてどうしたらいいのかわからない者、座り込んでしまう者が行き交い、たった数秒で大通りはパニックに陥った。

「妖怪だっ!!逃げろ!!」

「誰か!博麗神社に行くんだ!!」

 広い街と言っても、所詮は千数百人程度だ。今は小さな混乱だが、これが長く続けば町全体にまで広がり、街の機能が著しく低下して機能不全を起こすことだろう。

 怒号や悲鳴が飛び交い、情報過多で誰が誰に何を叫んでいるのかも分からない喧騒に包まれるが、何一つ耳に入ってくることはない。茫然と自分の手の平を見つめ続けることしかできない。

 妖怪?私は妖怪なの?おじさんが言っていた怖い存在なの?私は人間じゃないの?わからない。どうしてそんなに怖い顔で私を見るの。わからない。どうしたらいいのかわからない。

 ふと顔を上げると、叫んでいた女の子は目の前で知り合いを殺された恐怖からか、泣きながら地面に座り込んでしまっている。街に入るよりも前にあった、これからどうすればいいという不安以上に、自分の事がさらにわからなくなった恐怖が私にも押し寄せた。

 私の手を握ってくれたこの子に、また不安を解消してもらいたかったのだろうか。不安定な足取りで近づいていくと、近づくごとに彼女の表情が涙や鼻汁でぐしゃぐしゃに崩れていく。

「わ、私は……人間じゃないの……?人間……だよね…?」

 人間だと言ってくれと、縋りつくように女の子に問うが、帰ってくるのは泣きじゃくる嗚咽だけだ。お願いだから、私は人間だと言って。お願いだから。

 悲痛な思いや叫びを嘲笑うかのように、私に向けて怒号が発せられた。鳴き声を上げている女の子からではなく、見えない後方からだ。

「この汚らわしい妖怪が!」

 まだ答えを聞いていないのに、通行人の一人でしかなかった大人の男が、握った木槌で私を薙ぎ払う。金づちなどの片手で扱えるというよりも、杭を打ち込むための両手で扱わなければならない大きなハンマーであったため、私は受け止められずに吹き飛ばされた。

 腕に直接的な痛みが生じ、脇腹や背中にまで衝撃の鈍痛が走り抜ける。話しかけていた女の子以外の事は一切頭になく、近づかれている事すら気が付かなかった。例え、気が付いていたとしても受け身や防御する方法を知らないため、当たっていたことには変わりない。

「あぐっ!?」

 男の子に突き飛ばされたが、そんなものは比較にならない衝撃に体が宙を舞う。無重力も束の間で、綺麗な夕暮れが見えていたと思うと、乾いた黄土色の地面に転がり込んだ。

 おなかを何かで貫かれたと勘違いしそうになる衝撃は、地面に落ちたせいだ。落ちた時にまともに受け身など取れるわけがない。そんな器用さがあるのであれば、木槌を振られた時点でできている。

 腹部に重たい鈍痛が響き、それは一生取れないのではないかと思う程にギリギリと痛みを発していたが、転んだ時と同じく不思議とすぐに収まった。

「私は、私は人間じゃないの?」

 さっきまで一緒に話していた、触れたりした、遊んだりした。同じ人として一緒にいたはずなのに、扱いや対応が急激に変化した。それについていけず、敵意を向けられているのに、そんなことを聞いてしまっていた。

「お前が人間なはずないだろ、この化け物!!」

 男性は当たり散らす様に私に叫び、木槌を振り上げた。さっきと同様の大ぶりな攻撃は、横に薙ぎ払って吹き飛ばすのではなく、私の頭を叩き潰そうとしている。幼い容姿だから、自分でも行けると思ったのだろう。

 すぐに痛みが引くとしても、殴られるのが大丈夫というわけではない。泣いてしまう程の痛みなんて耐えられない。

 嫌だ。怖い。止めて。知らなかった。私が、人間じゃないなんて、こんな風になってしまうなんて、知らなかった、わからなかった。

 木槌から身を守ろうと手を掲げるが、それごと頭に叩き込まれた。ぐしゃっと、皮膚や筋肉などの組織が潰される音が聞こえた気がする。それと同時に神経を通じて耐え難い激痛が傷から迸る。

「っ!?あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 吹き飛ばされたときは訳が分かっていなかった。そのお陰で一部の痛みを緩和していたのかもしれない。真正面から吹き飛ばされずに殴られた指と頭部が、泣き喚いてしまう程の激しい痛みに襲われる。手を抱え、体を丸めて蹲ってしまう。

 首が折れなかったのは、当たり所がよかったのだろう。それでも駆け抜けた衝撃が痛みに切り替わっていくのには、折れてそのまま死んでしまった方が楽だったと思えた。

 見えている視界の半分が真っ赤に染まっていく。なにか体に異常事態が起きているのかと思ったが、頭部から出血していると分かったのは、頭から垂れて来た血液が口に入ったからだ。

 鉄臭い、なんとも言えぬ血の味が口の中に広がった。自分から血が出ている、怪我をしているということが理解できると、それでまた私も村人たちと同様にパニックを起こしてしまう。

 これ以上血が出たら死んでしまうのではないかと、不安や心配から身を守ろうとする行動を無意識的に行った。また木槌を振り下ろそうとしている男性の前に手を掲げ、やめてと静止を叫ぼうとした。

 声が出なかったのは、叫ぶよりも先にハンマーが頭に当たっていたからではない。異様な光景に声を出すことも、頭がパニックになっていたことも脳からすっぽ抜けてしまっていた。

 殴られた衝撃で折れ曲がっていた指が、ゆっくりと元の形へと戻っていく。私が指を曲げていたのをまっすぐに伸ばしたわけではなく、骨格上不可能な方向に曲がっていたのが戻っていく。

「こんなことが人間にできるもんか!潔く死ね化け物!」

 男性が再び私の頭を叩き潰そうと、木槌を振り上げた。またあの痛みが来る。嫌だ、嫌だ、嫌だ!嫌だ!!

「止めて、やめてぇえええええ!」

 自分の身を守ろうとした時、体の奥底から四肢の抹消に向け、熱い物が急速に広がっていく。それは波のように私の感情に呼応して強くなり、その時の最高潮に達すると自分の中で何かが起動した気がした。

 自分の中で膨れ上がった物が周囲に拡散すると、私の呼びかけに反応し、地面から何かが飛び出した。両手を広げても足りない程に長い縄状の長細い物体が地面から空に向けて伸びたと思うと、くねくねと揺らめかせる。

 夕暮れ時であるため、オレンジ色の光で照らされて色がよくわからなかったが、紐状の物体は緑色だ。丁度、目が覚めた場所に群生していた花の蔓に近い色をしている。

 予期しない場所から、予期しないタイミングで、予期しない速度で植物が急成長を遂げたのは、私よりも知識や経験が豊富な村人たちでも見たことが無いらしく、自分たちを囲む植物に唖然と見上げてしまっている。

 これがあり得ない現象であることは、村人たちの目にも、私の目にも映っていた。どうしたらいいのかわからなくなっていたのだろう、数秒が経過しても村人たちが動き出すことはない。

 例え、その数秒を使って走り出していたとしても、巻き込まれるのには変わりなかったはずだ。

 地面から延びた蔓は天に向かって伸びているだけだったが、数秒たってようやく逃げなければならないと動き出した村人たちに反応し、天に上るだけとは異なる動きを示す。

 鞭のように体をくねらせると老若男女問わず、次々と巻き付いて軽々と人々を持ち上げていく。

 さながら、釣りで水の中から魚が引っ張り出されていくようでもある。その中に一緒に遊んでいた子供がいるのは、私が人間ではなかったショックで、動けなかったのだろう。

 幼い子にも関係なく平等に、魔の手は伸びて容赦なく掴む。大量の植物は複雑に絡みあい、どの蔓が誰に巻き付いているのかもわからなくなっていく。

 何が起こっているのか全く分からない私が狼狽えていると、困惑や恐怖が混じった悲鳴を上げていた村人たちの声が、苦痛を伴う絶叫に変わっていく。

 どうして、なんでそんなに苦しそうなのかわからないでいると、彼女たちを縛り上げている蔓がギチッと嫌な音を立てる。たゆんでいた蔓が、琴や三味線の弦のようにピンと張りつめているのが目に入った。

「あっ……ああっ…!」

 巻き付いた蔓が、村人たちに、友達だった子たちに何をしようとしているのか、考えなくても簡単にわかることだろう。腕や脚、頭など、体のさまざまな場所に巻き付いた蔓が皮膚にめり込んでいき、血が滲み始めている。

 蜘蛛の巣状に張り巡らされた蔓に引っ張られ、力に耐えきれなくなったそばから関節が脱臼し、腕や脚が異常なほどに胴体から延びていく。首は太い骨関節であるため、耐えられているが、時間の問題だろう。

 脱臼によって骨格が支えることができいないため、体を引き留めているのが肉体だけとなるが、凄まじい力に数秒と待たずに筋肉や皮膚が断裂し、引き千切られた。

 様々な悲鳴が混じり、不協和音の合唱を奏でる。頭がおかしくなりそうだ。友達だった、人間だった物がそこら中に散らばり、血だまりで地面を彩っていく。それだけにはとどまらず、蔓が巻き付いたまま持ち上げられている肉体から滲み、したたり落ちる血液で血の雨が降り注ぐ。

 言葉が出ない。青々とした蔓が、どす黒い血液で染め上げられる様子を最後まで見ることなど、できない。血と人間の肉体で飾られる蔓は、もはやこの世の光景とは思えない凄惨な植物へと成り果てている。

 植物が成長を始めた範囲外にいた村人たちはその光景を見て、更に混乱が加速していく。混乱は混乱を招き、冷静だったものにまで伝搬し、落ち着きを失っていく。周囲の情報伝達能力は完全に失っており、さっき誰かを呼べと言っていたが、それに向けて動いている者はいないだろう。

 恐怖で頭が回っていなかった私は、自分も殺されると思い、この場から逃げ出していた。敵意を向けられるのが怖い。あの植物が怖い。逃げないと、とにかくここじゃないどこかに逃げないと。

 血で濡れている植物の合間を抜け、人ごみの少ない方向に向かう。恐怖と混乱で頭が回っていなかったが、そのことだけは頭の中にあった。

 後方からは村人たちの声が聞こえる。パニックに陥っていなかった、ハンマーで私を殴ってこようとした人と同じ、こんな状況でも動ける少数の人間が何かを叫んでいる。

「逃げたぞ!追え!」

 騒ぎを聞きつけ、今来たばかりで今の光景を見ていなかった者だろうか。それとも自警団のようなもので、戦わなければならない立場の人間なのだろうか。

 人ごみであの惨状が見えていなくても、血まみれな私の姿を見て何か起こったのだと村人たちは私を避けていく。早く街の外に出ないと、また、植物に襲われる前に。

 大通りの人混みが多く、裏路地へと曲がろうとした時、裏路地から曲がってきた人物に正面からぶつかってしまう。誰かが来ることなど一切考えていなかったことと、相手が私よりも重い事で、避けることもできず突き飛ばされてしまった。

 身長は私の倍もあり、体重差がかなりある男性に突き飛ばされてしまった。地面に尻もちをついてしまったが、ここから離れなければならない事しか頭にない私は、謝りもせずに走り抜けようとした。

「その血はどうしたんだ!?大丈夫か!?」

 この声には聞き覚えがあった。ほかの人と違って心配しているのは、わたしをこの村に連れてきてくれたあのおじさんの声だ。頼れる人もない中で、彼に会えたのには安堵が込み上げるが、傷つけてしまうことを考えると不安が込み上げる。

「わ、わたし、私は……」

 人間かどうかを聞こうとしたが、そんなものを聞かなくても、答えは先ほど散々聞いたばかりだった。口に出そうとしていた言葉を飲み込み、差し出してくれている手を掴まずに立ち上がろうとしていると、私が走ってきた方向から眉を吊り上げた男が数人、棍棒など武器を持って走ってきている。

 起き上がる準備が一切整っていない私に、男性の一人が肩に蹴りを入れてきた。木槌で殴られた時とは弱い衝撃だが、それでも体は衝撃から逃げることができない。再度倒れ込んだ私に、蹴った人物か追ってきていた人物かわからないが、棍棒で背中を殴りつけた。

「あうっ!?」

 鈍い痛みに自然と悲鳴が口から漏れてしまった。痛みがいつまでもズキズキと主張し、収まるまで縮こまっていたい。しかし、彼らが待ってくれるわけもなく、棍棒が振るわれて腕に痛みが走る。

「止めろ、止めろ!気でも狂ったのか!?こんな小さい子に武器を振るうなんて!」

 おじさんが私の間に割って入ってくれた。安堵が込み上げてくるが、彼ら人間は自分と違う者を極度に恐れ、嫌う。それを短時間で嫌というほどに思い知らされているというのに、何を期待してしまっていたのだろうか。

 身寄りのない私には、おじさんしか頼れる人物はいなかった。助けて欲しかった。何が何だかわからないのを、わかってほしかった。罪を償いきれるわもなく、許されるわけもなかったが、謝りたかった。

 誰のかもわからない血液を浴びている私は、緊張で喉に張り付いて動かしにくい舌を必死に動かし、活舌が悪くとも言葉を伝えようとするが、周りの大人たちにそれは遮られてしまう。

「そっちこそ正気か!?こいつは妖怪だぞ!」

 何を言われても反論しようとして、大きく息を吸い込んでいたが、それが言葉として吐き出されることはなかった。彼の呼吸が乱れ、明らかに動揺しているようだった。

 自分たちの邪魔をする者がいなくなったことで、早く退治しなければならないと、一人が腰にぶら下げていた刀を鞘から引き抜き、私を切りつけてくる。

 腕に熱湯でもかけられたような熱を感じた直後、今までの痛みとは比べ物にならない、目の前に星がチラつきそうになるほどの激痛が走る。

「あっ…!?あああああああああああああああああ!?」

 私が先ほどまでいた方向を見て、唖然とした表情を浮かべるおじさんたちが何かを話しているが、自分の事で精いっぱいで、何を話しているかなど聞き取る余裕は一切ない。

 切られた左手を右手で押さえようとすると、手の平や指にヌルっと液体状のものがこびり付いた。私が付き飛ばして殺してしまった、男の子と全く同じ色の体液に濡れている。

 地面に滴るほどに漏れ出ている血液を見て、ぞっと鳥肌が立つ。こんなに血が出てたら、このまま死んじゃうかもしれない。怖い。怖いよ。

「痛い…!…痛いよ……!!死んじゃうよぉ……!」

 痛みとそれを超える恐怖に耐えかね、ついに瞳に涙が溜まり始めてしまう。瞳から溢れてくると、ボロボロと熱い物が頬を伝って落ちていく。

 また切られるかもしれない。それがわかっていても、腕を抱えて血が出ていくのを押さえることしかできない。木槌の時と違って痛みが引くことができず、血が出続けているのも腕を押さえ続ける要因の一つだ。

「何が死んじゃうだ、妖怪がこの程度で死ぬか!」

 切りつけて来た男がまた私を切ろうと刀を振り上げるが、その前におじさんが歩み出てくると、振り下ろすことができずに苛立った表情で刀を降ろした。

 妖怪だと分かっていて邪魔しているのかと、無理やりどかそうとしているが、おじさんはそれよりも早く私に手を延ばすと、胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。

「ぐっ…苦し…!?……や……めっ…!?」

「お前…!俺を騙したのか…!?」

 胸ぐらを掴まれて持ち上げられ、襟が閉まって息が苦しい。弁解したくても、締め上げられたせいで声を出すことができない。違う、騙していない。そんなつもりはなかったと伝えたいが、何もしゃべらない私を見ておじさんが段々とヒートアップして顔を真っ赤にさせていく。

「くっ…あっ……!……ち………がっ………!」

 いくら否定しようとしても、言葉が発せられなければ全く意味のない。振りほどくことも忘れ、どうにか声を出そうとする私に、おじさんは更に罵倒などを重ねていく。

「このクソ妖怪!よくも、よくも俺の前で子供を殺したな…!」

 胸ぐらを掴んでいた手を緩めたと思うと、両手を首元に回し、力の限り締め付けて来た。胸ぐらを掴まれていた時以上に気道が閉まり、息を漏らすことすらもできなくなっていく。

「殺してやる!この人を食い物にする醜い化け物め!!死ね…!死ね!」

 頭に血が上り、村へ私を案内してくれた時のおじさんは、影も形もない。歯をむき出しにし、鬼の形相で睨みつけてくるのは、子供の私からすれば恐怖でしかない。

「………や……………め………………」

 わかってもらうことなど不可能だが、それでも必死に言葉を伝えようとしても、その努力が報われることはない。血が滞留し、常に循環し続ける脳内の酸素が極度に減少し、意識に多大な影響を及ぼし始めた。眠気に似た靄が脳を曇らせる。司令塔である脳がやられれば、視覚にまでその作用が及び、端から白い光に覆われていく。

 弁解しようという思考的な行動は、意識が阻害されている状況では本能に勝ることはできない。生き残りたい、死にたくない。どうにかしてこの場所から逃げ出さないと、そういった原始的な欲求に支配されていく。

「…………っ……ああああああああっ!!」

 薄れていく意識の中で、あらゆる思考が阻害されて行き、最後に残ったのは生きたいという思いだけだ。体の奥底から熱い物が込み上げ、体が急に軽くなった。がむしゃらに振った腕がおじさんの腕に当たると、乾いた木の枝を曲げるように逆向きにへし折れた。

 何が起こっているのかわかっていない、そんな表情のおじさんがそこにいたが、痛みが脳に送り込まれるよりも早いタイミングであの植物が現れ、自警団の人物らとおじさんたちをまとめて吊るし上げていく。

「誰がだずげ…!!?」

 誰がそう叫んでいるのか、誰の悲鳴なのか見当もつかない。

 それどころではなく、私たちの周りを囲んでいた見物人たちの一部も巻き込んで縛り上げる。また、あの地獄が作られてしまう。

「だ……だめ……!だめ!」

 地面から生えて来た植物の一つを掴み、引き抜こうとするが、繊維が絡んで形成されている植物を引き抜くことすらできない。

 力いっぱい引いているはずなのに、蔓はびくともしない。そして、気が付くと周囲では私を罵倒する叫びや助けを乞う言葉で賑わっていたが、悲鳴と苦痛の絶叫がけたたましく響いていた。

 私の真上に吊るされている、最後の最後まで私にあらゆる罵倒を吐きかけていたおじさんも、例外なく引き裂かれた。綺麗やかわいいとは程遠い、悪魔や魔王が好みそうな花が出来上がる。

 蔓は植物だが、花弁は人体の一部でできている。恐怖しか感じない。人の一部だった花弁から滴ってくる血液が、頬や服に落ちる。人の形をした私よりも、この花の方がよっぽど化け物に見えた。

 この植物に意識があるのかはわからないが、二度も周りの人間を全員殺したのに、なぜ私を生かしておくのだろうか。そんな疑問が浮かびそうになるが、すぐさま恐怖に塗りつぶされ、どこかへと行ってしまった。

 この妖怪の気まぐれで、奇跡的に今のところ生きている。でも、その気まぐれが何度も続くことは無いだろう。また植物が襲い掛かってくれば、私も死んでしまう。

 地面から伸び、上空で人々を千切っている蔓の間を抜け、惨憺たる花畑から抜け出した。周りに人が多数いたはずだが、半分は蔓に巻き込まれて死んでしまったのだろう。そこら中に死体を掲げる花が咲いている。

 恐怖で足が竦み、前に進むことができなくなりそうだ。しかし、私を弄んでどう苦しめるのかを楽しんでいるように、植物は付いて来て人間を殺した。これ以上ここに居たら町の人を巻き込んでしまう。どっちみち足が竦もうが、折れようが、この町からでなければならない。

 

 そこから先をあまり覚えていない。どの道を通ったのか、どれだけ時間をかけたのか、何を目標に走っていたのか一切わからず、気が付くとあの花畑の中で座っていた。

「っ……」

 日は完全に落ちきっており、空には欠けた月が浮かんでいる。地面は昼間の熱がまだ残っていて、座っているお尻から熱を感じる。そこまで時間が経っていないのだろう。

 ボーっとしていて忘れていたが、切られた腕の事を思い出した。あれだけ血が出ていて、死んでしまうとまで思っていたが、今では全く痛みがない。

 緊張によるアドレナリンから、痛みを感じていないのとは違う。切られた部分に指を這わせるが、切られた痕が指先に当たることはない。それどころか、患部に触れたことによる痛みすらないのだ。

 感触だけでなく、目で斬られた場所を見ると、そこに斬られたであろう血の痕跡だけが残っている。塞がっているだけかと思ったが、試しに指で血痕を擦ってみると乾いた血が剥がれ落ち、肌色の皮膚が露出する。

 これが、街の人たちが言っていた私が妖怪という所以だろうか。でも、そんなものはどうでもよくなってしまった。それが分かったって、私の存在が変わるわけがないのだ。

 花畑の中に寝転がり、花たちに囲まれて目を閉じた。花の良い香りが鼻孔を付き、私を落ち着かせた。あの、村にいた時の植物は怖いが、同じ種類の物でも、花は荒む私の心を和ませてくれているようだった。

 落ち着けば落ち着くほど、状況を頭が整理しようとして、自分が今どれだけ絶望的な状況に立たされているのかを再確認させてくる。こうして現実逃避をしている間だけは、現実を忘れていたいのに。

 予想以上に冷静な脳に現実に向き直され、現実から目を離したい思考とのギャップが溝を深め、どうしたらいいのかわからない私は、自然と涙をこぼしていた。辛すぎる事実に耐えられなかった。

 泣いて、泣いて、泣いて。何十分も何時間も泣いて、あらゆる感情を涙で吐き出した私は泣き疲れて、運動とは違う疲労感に誘われるままに眠りに落ちる。

 意識のなかった私には時間の経過はわからない。それでも、眠りについてから数十分が経過したころ、不意に覚醒して目を覚ますこととなる。

 身を裂かれるような鋭い気配。敵意を向けて来た、村の人達とは比較にならない重厚な敵意に、一瞬で眠りから覚醒させられた。身の危険を本能で悟り、飛び起きて周囲を見回した。

 周りを見ても、誰もいない。月明かりもあって広い花畑であるため、誰かが近づいてきていればすぐにわかるはずなのに、誰もこちらに向かってきていない。だとしても気配はするため、探すことはやめられない。

 姿が見えなくても、敵意からここに来ようとしている人物は、村の人達と同じく私を攻撃しようとしている事だけはわかる。

 村での出来事がフラッシュバックする。おじさんたちを殺したあの妖怪が、まだ私を見張っているとしたら、こちらに向かっている人たちを傷つけてしまう。それに巻き込まれて、私も殺されるかもしれない。

 あの地獄はもう見たくない。あの地獄を味合わせられたくない。探している人物たちに見つからないように逃げようとするが、もう、見つかっていた。

 私の予想しない方向、上空から人の形をした何かが落下してくると、白く美しく咲き誇る花たちを踏み潰しながら着地する。あれだけ高い位置から落ちたのに、不思議と着地する音は聞こえてこない。

 雲一つない月明かりが照らす夜だから見えるが、村の人達とはまた違った着物を着た人物だ。味気ない着物ではなく、白と赤色で構成された巫女服を着た女性。

 皆が口をそろえて巫女を呼べと言ってたが、この人のことを言っていたのだろうか。この人がどれだけ凄いのかはわからないけど、私と人間では力に大きな差があることを思い知らされた。この人もあの妖怪に巻き込まれて殺されてしまう。

 ゆっくりと立ち上がる巫女の女性には表情がなく、感情を読み取ることができないが、雰囲気や気配だけは村の人間とはまるで違う。

 研ぎ澄まされたナイフのように、眼光も醸し出す気配も鋭い。私を睨みつける瞳は狩られる側ではなく、狩る者の目をしていた。

 




次の投稿は9/11の予定です!!
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