それでもええで!
という方のみ第百六十五話をお楽しみください!!!
見た目は普通の人と大差ないのに、醸し出す雰囲気は二十代のそれではない。彼女が持つイメージが死神や鬼、悪魔と移り変わる。
「私に、近づかないで……!」
私に近づいて来ようとする巫女の女性に、私はあらん限りで叫んだ。いくら雰囲気に一線があったとしても、人間は人間に変わりない。簡単に小突けば死に、私に取り憑いている植物の妖怪に縛り、引き千切られて殺されてしまうだろう。
それに、私だって人間じゃない。何かの拍子に、殺してしまうかもしれない。これ以上、私のせいで誰かが死ぬなんて、耐えられない。
「あなたも死んじゃう…!殺しちゃうかもしれない!…だから、近づかないで!」
こちらに来ようとしていた巫女が、立ち止まる。村の人から何があったのか聞いているはずで、その危険性から思いとどまってくれたのだろうか。
見つかってしまったため、一目の付かない場所に移動しようとすると、巫女がいた方から声が聞こえて来た。話しかけて来たのかと思ったが、耳をすませばそうではないことが分かった。押し殺して笑う声が聞こえてくる。
「人の心配じゃなくて、自分の心配をしたらどうかしら?…ちなみに言っておくけど、ここではあんたは殺す立場じゃなくて、殺される立場よ」
気が付くと、巫女の姿が消えていた。まるで狐や狸に騙されていたのだと思う程に、綺麗さっぱり女性の姿が消え去っていた。
「…!?」
今のが幻術や幻覚ではないことは、彼女の居た位置の花が踏み潰されて折れている事からわかる。だが、それならどうやって彼女は姿を消したのだろうか。
何度も瞬きし、目をこすり、少しでも巫女が移動した軌跡を追おうとするが、目の端にもとまらない。周りを見回して、範囲を広げようとした直後、ぞっと全身の毛が逆立ち防衛本能が働いた。死だ。死が後ろにいる。
指を一本でも動かそうものなら、その瞬間に命を刈り取られる。いや、間違えた。動かそうが動かさなくても、奴が私の命を奪い取るのは変わらない。
後ろを振り返る予備動作をするよりも早く、後頭部に今まで受けたことの無い衝撃と激痛が駆け抜ける。
方向感覚が働かなくなり、吹き飛ばされた視界の中で見えた景色は、三日月に足が並んでいた。どう吹き飛んでいたのかわからないが、肩から地面に落ち込み、転がって花を撒き散らす。
2回ほど三日月を見た後に、ようやく私は地面に突っ伏した。たった一度の攻撃で、立ち上がる気力も逃げるための気勢も、全て削ぎ落とされたように体に力が入らない。大人が木槌を使ったとしても、ここまでのダメージが入る事はなかった。
巫女服の女性よりも力のある人物が振るった攻撃を受けたはずなのに、そんな物は蚊に刺された程度であったのだ。体を持ち上げられない、ぐったりと花の絨毯にうずまり、女性が近づく足音を聞いている事しかできない。
「村の人みたいに、私を騙せると思ってるのかしら?」
私の背中を踏みつけ、凛とした冷ややかな声で巫女が呟いた。体重がかけられ、骨が軋む。肺が圧迫され、呼吸がままならなくなっていく。
「ち…が……だま……し…た……訳じゃ…!」
「へえ、騙したわけじゃないのね…その割には二回に分けて人を殺してたみたいだけど?間違って大勢の人を殺しちゃったって?冗談きついわよ?」
踏んでいた足を巫女が離し、脇腹に向けて蹴りを入れられた。拘束が解かれると同時に呼吸を行おうとしていたが、そこに蹴りが入り込んだせいでまともに息を吸い込むことができない。
「あぐっ…!?」
うつ伏せから仰向けに転がり、見下ろしてくる月明かりで影になっている巫女の冷たい視線と交差する。私を生物と思っていない。そこらを飛び回っている鬱陶しい虫か、それ以下だろう。
脇腹の痛みに耐え、咳き込んでいる私に次の攻撃をしてくることは無いが、攻撃するための準備として巫女がこちらに手を伸ばしてくる。見た目は華奢な腕や手なのに、ナイフを向けられているのと変わらない。
冬でもないのに背中に氷柱を突っ込まれたようで、そこからくる悪寒に身を震わせた。村人の時とこうも恐怖に差があるのは、彼女が向けているのが敵意ではないからだろう。初めて向けられた殺意に、恐怖で逃げることも忘れ、延ばされる手を黙って見ていた。
死が迫る恐怖に体が拒否反応を示しているのか、体の奥底がまた燃えるように熱くなる。あたかもそれを引き金にしたのか、周囲の地面を突き破って植物が急成長して現れた。
巫女の注意が私に向いているうちに、取り憑いている妖怪が手を延ばして来ている女性に襲い掛かる。十数本の植物が手足に絡まり、天高く持ち上げられるだろう。その先は村と同じになる。
そう思っていたが、巫女に向かって蔓を延ばしていた植物が、縛り上げるよりもずっと前に半ばから引き千切られ、地面に伏していく。ずっとなんの植物かわかっていなかったが、それらは花だったようだ。少なからず花が好きであるため、ショックを隠し切れない。
引きちぎられたことで花弁が散り、少量ながらも花吹雪となる。そんな左右に揺らめいて落ちていく雨を、鬱陶しそうにしながら落ちきるのを待たずに、再度こちらに手を伸ばしてくる。宙を舞う花弁が無くなったころ、私は首を掴まれて空中に掲げられていた。
「どうだったかしら?人間を騙してた気分は。さぞ楽しかったでしょう?自分を信用していた人間が、嘘だと気づいた時の表情はあなたたちにとっては好物ですものね?」
決めつけられている。そうではないのに、弁論もできない。一緒に遊んでいた彼女たちを、私を信用してくれたおじさんを、周りで見ていた人を巻き込んでしまって、悲しかった。泣きたかった。同じように恐怖した。
「そんなことない!」
そう言いたかったのに、首を締め上げられているせいで言葉を発せられない。言い返せないのが悔しい。振りほどこうとしても、私の力では巫女の手を振りほどくことができない。私のように、妖怪なのではないかと思えてくる。
このまま絞め殺される。もしくは、首の骨を握り潰されそうだ。巫女の腕を殴ってでも解かせようとするが、それよりも早く巫女の握っていた木の棒が顔に叩き込まれた。
最初に殴り飛ばされた時と同じく、後方に吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。来ると分かっていたことで、一度目と違って動けなくなることはなかったが、慣れない痛みに涙が溢れてくる。
「うっ…くっ…」
「弱い者いじめなんて言わないわよね?人を殺せるだけ、あんたは弱い物じゃない」
攻撃で口の中が切れたらしく、鉄の味が広がった。鈍い痛みは私がまだ生きていることを実感させてくれるが、伴う痛みに涙が溢れてしまってどうしようもない。
袖で涙を拭おうとするが、足音も立てずに接近していた巫女に顔を掴まれ、仰向けになる形で後頭部を地面に打ち付けられた。口の痛みを塗りつぶす後頭部からの鈍い痛みと衝撃に、目の前に星がチラついた。
視界を遮る星と巫女の指の間から、何かが鋼色の細い物体が見えた気がした。そちらに焦点を合わせたいが、意識が揺らいでいるせいで焦点が定まらない。
十秒ほど時間をかけ、ゆっくりとその物体に焦点を合わせていく。私の頭を地面に押し付けている方とは逆の手で握られたのは、十数センチはある大きな針だ。
当然ながら先端は鋭く尖り、皮膚ならば簡単に貫いてしまうだろう。それを脅すように構えているが、どう使うのかは今までの行動から考えるまでもない。
「人を殺すのを二回に分けて、随分と楽しそうだったみたいね?」
握られた針も、刺されれば激痛を伴うことになり、恐ろしい存在だ。しかし、そう呟いた微笑む巫女の方が恐怖心を煽り、一瞬たりとも目を離せない。
舌が喉に張り付き、縫われているように動かせない。訳を話したいのに、声を出した途端にそれを頭に抉りこまれそうだ。
巫女が発する殺意に完全に飲まれ、怖気づいてしまっている。ガタガタ震えながら、違うことを伝えるために必死に顔を振ろうとしているが、巫女には伝わらない。
「これも楽しんで」
巫女は持っている針を顔にではなく、胸に添えた。中央よりも左寄りに向けられており、丁度心臓の真上に位置する。
未だに頭を押さえられ、針の先端が見えないのも恐怖を助長する。針を握る手に腕を伸ばし、せめて刺されないようにするための抵抗を起こすが、腕力は彼女の方が圧倒的に上である。
押しているはずなのに、彼女がこちらに針を落とすスピードが変わらない。一センチ、二センチと下がっていき、胸元の服に先端が当たったと思わしき感触がする。
あと数ミリでもこちらに進めば、皮膚に突き刺さる。服に当たってから残りの道のりを、彼女はわざわざゆっくりと進めていく。
私がどんなに力を込めても、彼女の押し込むスピードは一切変わらない。ついに、針先が私の皮膚に触れた。何か硬い物が当たっている気がするが、先が細すぎて金属の冷たさは伝わってこない。伝わってくるのは身を裂く激しい激痛。
医療器具のように、多少の痛みを和らげる機構など施されている訳もなく、先から急に太くなっている針により、傷口を広げられ、更に痛みは加速する。
「あっ…がっ…!?やめ……!!」
肉を突き進む異物の感触耐えられずに叫ぶが、巫女は針を捩じり込むことを止めることはない。胸骨に針先が到達し、骨を砕きながら緩徐に進み続ける。
「あぐっ…!?あああああああっ…!?うあああああああああああああああああああああ!?」
叫んだとしても何の意味もないが、もはや叫ぶことしか私には残されていない。あと少しで骨を貫通し、その裏側にある心臓に到達してしまう。
もっと早く心臓に突き刺すことができるはずなのにそれをしないのは、街で人を殺した私に最大の苦しみを与えるためだ。
常に収縮と弛緩を繰り返している心臓に、ゆっくりと鋭利な金属が突き刺さるのを想像しただけで吐きそうだった。それで終わりではなく、内部の圧力に耐えきれなくなった心筋が裂け、その間から大量の血液が外へと飛び出すことだろう。
場所にもよるが心臓に掛かる圧力は非常に高く、針を刺されてから引き抜かれれば、文字通り血の雨が降ることになる。その最後の一手を、巫女が打とうと手に力を込めよとするのが見て分かった。
ここからではどうやっても、逃げられない。死んだ。そう確信し、あまりの恐怖で目を閉じて現実から目を離した。これ以上ないぐらいに強く目を瞑っていたが、金属が胸の奥に一気に抉り込む違和感を感じない。
「……」
私が現実から目をそむくのを良しとせず、目を開けるのを待っているのかと思った。目を閉じてから束の間、胸にあった激痛と違和感が消えた。
違和感が消える僅か前に、針が引き抜かれた感触が胸から伝わってくる。押し込む理由は数多くあるが、引き抜く理由はないはずなのに、どういう風の吹き回しなのか。
「……っ…」
薄っすらと片目だけ開くと、私を殺そうとしていた巫女の顔が映り込む。微笑んでいたはずだが眉は顰められ、眉間には皺が寄っている。僅かに上がっていた口角は下がり、目が細まっている事で怒りを表している。
しかし、怒りを向けられている対象は私ではなく、その隣に立っている女性にだ。紫を主体とした洋服を身に着けており、片手には夜だというのに日傘を握っている。
傘を持っている手とは逆の手で、針を握っている巫女の腕を引かせている。助けてくれたのだろうか。血が滲んで漏れ出した胸を押さえ、這いずりながら彼女たちから遠ざかる。
「邪魔しないでくれるかしら?」
その言葉から、二人が普段からいがみ合って戦い合う間柄でないことがわかってしまった。巫女の手を握っている人は、私を助けたいわけではないのだ。私にはわからない、他の理由があるのだ。
「いいじゃない。幻想郷のバランス管理もあなたの仕事だけど、最近は狩り過ぎよ。人が妖怪の怖さを忘れてしまうわ」
訳の分からないことを新たに現れた女性が言っている。巫女の手が私の顔から離れ、紙の付いたまっすぐな木の棒を握り直す。注意が外れ、二人がいがみ合っている間に、私は花畑の奥に見える森に向かって走り出していた。
「あっ…!」
走り出すと巫女の方が、逃がしてしまったことに対する本意ない声を漏らす。この生きた心地のしない場所から遠ざかれるのであれば、もう何でもよかった。
巫女が傘を持ったもう一人に説得されたのか、追ってくることはなかった。だが、二人が見えなくなっても、走り、走り続け、気が付くと鬱蒼と木々や草木が生い茂る森の奥底にいた。
樹海と大差ないような、薄暗く、見通しも悪い、方角すらもわからない場所に来てしまった。迷い、遭難していると結論を出すまでに一分もいらなかった。湿気が高く、嫌な汗が額から流れる。
今までなら泣きながら森の中を彷徨っていただろうが、巫女に殺されかけた経験をしたばかりで、あれよりはましだと考えている自分がいた。楽観的とは少し違うが、落ち着いていられるだけの余裕があった。
息を整えている間に、酸素が足りていない頭の中でこれからどうするかを考える。しかし、何も浮かんでこない。どう頑張って頭を捻っても、どうしていいかのわからない。世界を全く知らない私には、どう動いていいのかわからない。
何もわかっていない中でも、一つ言えるのは、誰かを頼りにするのはやめた方がいいという事だ。特に、人間は。
人間は噓つきだ。私は、楽しんで人を殺してなんかいない。ほかの人と同じく怖かった、殺されるかと思って必死に逃げていた。なのに、彼らは私が違う者だから、人間じゃないから陥れ、殺そうとした。
そんな卑劣な事をする連中なんかには、近づきたくもない。でも、私と同じ妖怪でもそれは例外ではない。おじさんが私に見せた疑う行動から、妖怪は私のように人と同じ姿の者もいると思われた。同じように考えて行動しているのであれば、人間のように利己的に他者を陥れる思考を持っている事だろう。
騙されるぐらいなら、裏切られるぐらいなら、どんなに苦しくても、辛くても、一人でいる方がずっといい。
何をしていいのかはわからない。どうしていくかも決まっていない。行き当たりばったりだが、まずはここに居を構えていこう。安心して、安全に過ごせるところを。
そう考えていると、誰かがそこにいたのか、風で草木がなびいたのかわからないが、木々の擦れる大きな音がした。巫女の事がトラウマとしてしっかりと刻み込まれているせいで、恐怖がぶり返す。
敵意をその方面に剝き出しにしたとき、またあの感覚に襲われる。体が軽くなり、体の奥底で火山が噴火したように、芯の奥底から発熱する。いつも咄嗟の事で全く頭が回っていなかったが、これは何だろうかと思っていると足元から苔や土を押しのけて人々をつるし上げ、引き裂いた植物が姿を現した。
「ひっ…いやああああああああああああああああああああ!!」
周りにあの時のように人はいない。次こそは自分がターゲットになっているだろう。向いていた方面に多く出現しているが周りからも発芽しており、逃げ道がない。
一気に動くことができなくなった私は、最後の抵抗で声を絞り出した。だが、叫んで目を閉じようとしていたが、一向に植物が私を殺そうと動くことはない。
「……へ…?」
首をかしげているが、いつまで経ってもうねる植物は私を絞め殺すことはない。それどころか、音のした方向から私を守るような配置で生えてきているように見えた。試しに近くに生えていた植物を地面から引き抜くが、抵抗する様子を見せない。
見る見るうちに枯れていき、青々としていた蔓や茎はやせ細る。なんの植物かわかっていなかったが、その先には花弁が開いており、花であることに気が付いた。
痩せた植物は段々と茶色くなっていくと、最後は青色の結晶となって宙に霧散して消えていく。こいつは私に取りついている妖怪ではなかったのか。
よくよく考えると、この花が私の周りを囲って人を殺している時、私は身の危険を感じていることが多かった気がする。木槌で殴られていたり、首を絞められていた。
そこで私は合点がいってしまった。殺されなかったのではなく、殺されるわけがなかったのだと。私から見れば別の妖怪が殺しているようにしか見えなかったが、人間からすれば花が私を守っているように見えただろう。
だとしても、そんなことはどうでもよかった。ここにある事実は、この花たちが私を守ってくれていたことだけ。あちらがやってきたからこちらがやるしかなかった。正当防衛でやってしまったのだ、私は、私は悪くない。
罪悪感が拭いきれない。あの人たちの顔が脳裏から離れない。正当防衛だと、自分にその言葉を刷り込ませ、少しでもそれらからの逃げ道を繕った。
地面が近い。黄色に近い土は、近すぎて目で焦点を合わせることができない。植物を育てるのには向かない程にカラカラであるのは、皮膚から伝わってくる触感と、吐息が吹きかかっただけで砂塵が舞う様子からわかる。
自分が倒されていると自覚するのに、数秒を要した。何があったのか、それすら思い出すことができないでいた。倒した相手は幻想郷で最強を謳われる博麗の巫女だが、この私が打ち負けるだけでなく、失神させられるとは屈辱だ。
それに、夢見も最悪と言わざるを得ない。こんな、思い出すだけでも目覚めの悪くなる夢をここまで丁寧に思い出すなんて、自分の死期を悟って走馬灯を見ているみたいね。
「くっ………」
重い体を起こすと腕がぶるぶると震え、体力が底をつきかけている事を示している。どこで倒されたのかはわからないが、気絶していたことで緊張感が途切れてしまっている。先ほどまで私を突き動かしていた怒りが鎮火してしまい、再燃焼には時間を要することだろう。
どうして、今頃になってこんなのを思い出すのだろうか。数百年前の、自分でも忘れかかっていた記憶だ。戦闘に意識を戻さなければならないのに、思考はウサギを追うアリスのように夢の続きを追っている。
あれから、自分の行いを正当化しようとしている事に気が付くのには、しばらく時間がかかった覚えがある。
周りからの関わりを断とうとしているのに、私を恐れた村人たちが凝りずに何度も攻撃を仕掛けてきたことで、人間嫌いが更に加速した。
それだけには留まらず、そこらの妖怪と比べて、私の力は小さいころから強力だったようで、それを利用しようとするものが後を絶たなかった。
人間も、同族である妖怪も、信用することができなくなり、自分以外の誰かが鬱陶しく、どちらにも厭悪を向けるようになるまで、そこまで時間は必要なかった。
それに比べて信用できるのは、花だけだった。花は良い。裏切ることもなく、きちんと手入れをしてあげれば、それに答えて美しく、綺麗に咲き誇ってくれる。
依存していると言われればそうだろう。心のよりどころは、ここ数百年はあらゆる季節の花たちだけだった。
話は戻り、いくつかの季節を超え、私も今と変わらないまでに成長した。討伐しようとする、屈強な男で構成された部隊を何度目か容赦なく全滅させた。我が子のように愛おしく、手塩にかけて育てて手入れをしてきた花を踏み荒らした人間に、生きる価値など無い。
逃げた者も含めて全員あの世へ送り、大人数の死人が出たことで、あの夜私を殺しに来た巫女が重い腰を上げて私の元に来た。なぜか彼女にはあの頃のキレはなく、苦戦を強いられながらも、何とか追い返した。
そうして、私は束の間の平穏を手に入れた。それから数年の月日が流れ、前の巫女が死んだのか、博麗の権利を手放したのかは知らないが、博麗が次の世代に受け継がれて切り替わった。
干渉してこないのであれば、私にはどうでもいい事だ。いつものように、その季節に合った花の種を植え、水をかけてやる。もう芽が出ている花は美しく花弁を開き、生を全うできるように、できうる限りの手入れを施す。
私にとって、幸せだった時間は急速に過ぎていった。場所を移動しながら、数百年かけて一年中花を育てられる環境の整う、現在でいうところの太陽の畑を見つけた。人間では到底手入れしきれないであろう、規模の花畑を作り、数年は何の変化もなく平穏に過ごした。
そんな中で、日常を壊す者たちが現れた。最初は気のせいだと思っていたが、花が一部無くなっていたり、踏まれて折れているのを見て、何者かが来ているのを知った。
私の大事な花をこんなことするとは、どこの馬鹿だ。博麗の巫女でも殺せず、痺れを切らした村人たちが、嫌がらせを仕掛けてきているのだろうか。しかし、これまでに何人も村人が殺されているのを目の当たりにしているはずで、村人だとは考えにくい。
自分なりに分析していたが、結果はすぐに向こうから来た。予想は当たっており、畑を一部荒らしていたのは人間ではなかった。
鬼に匹敵する私の力を妬んだり、傍若無人さから恨みを買って嫌がらせを受けていれば、報復しやすいのだが、花を引っこ抜いているのはどうやら子供の妖精のようだ。
見えているのは二人だ。どちらも十歳前後の子供で、花を引っこ抜いて掲げている方が見た通り元気な様子だ。もう一人は花を持っている女の子に静止を促しているが、聞こえていなさそうだ。
元気な方は青色の服を着ており、背中には大きな結晶の羽を生やしている。もう一人の止めている方も青色の服を着ているが、緑色の髪の毛から違いが判る。
見たところあの二人には悪意がなさそうだが、悪意を持っていない分だけ質が悪い。追い出しにくくはあるが、いつも通りに追い返すとしよう。
自分の中では手を抜かずに、恐怖を植え付けるように追い返したはずだったのだが、数日も経つとまた花が引き抜かれていたり、踏みつけられた跡が多数見られた。
金輪際この花畑には近づかないと思っていたのに、なぜだろうか。あれだけの事をされたのになぜまたこの場所にこれるのだろう。
踏み荒らされた花を植え替え、元通りとはいかなくとも近い形で再現した。次に会ったらただでは済まさなかったが、それでも彼女たちは時に人数を増やして畑で遊ぶことを止めなかった。
そこまで多い頻度で畑を荒らしに来ているわけではなかったが、それでも、花を踏み荒らされるのには我慢ならず、非常に鬱陶しかった。私は畑の中でしか活動しないため、会うたびに追い出していたが、活発に遊んでいる彼女たちは広くそれなりに障害物のある遊び場を手放すことはない。
どうにかして入らないようにしてやりたいが、空を飛んでくる彼女たちを止めることができない。だが、こうしたやり取りを数年も繰り返すと、彼女たちを無理やり追い出す回数が減った。
私が諦めたわけではなく、彼女たちが花畑を荒らすことが少なくなってきたからだ。 私が見つけるごとにしばき倒していたことが功を奏し、遊び方に気を付けるようになったのだろう。
花を引っこ抜いたり、踏み荒らすことが少なくなって悩みの種はなくなったが、そもそもの話、妖精たちがこの場所に来るという根本的な問題を解決していない。誰かが自分の近くにいることが耐えられない私からすれば、それもストレスの種となる。
しかし、なぜだろうか。最初は他の妖怪や人間たちと同じように、妖精の彼女たちを追いだしていたはずだが、今は遊んでいる姿を見ても追い出す気になれない。
それをいいことに、彼女たちの遊ぶ範囲が着々と広まっているのは少し腹立たしいが、他の妖怪連中と比べて怒りが湧いてこないが不思議だった。
その疑問に気付くのにしばらく時間がかかったが、何回目か彼女たちが遊んでいる時、私は気が付いた。鬼ごっこをしている彼女たちの様子を見て、楽しそうでうらやましいと感じている自分がいた。
あの頃の、人間と遊んでいた時の自分と重ねてしまっていたのだろうか。それがわかってしまうと、楽しそうにしている彼女たちを追い返すことが余計にできなくなってしまっていた。
花を荒らした時には流石に怒りはしたが、それ以外では彼女たちに干渉することはしなかった。なぜだろうか。妖精たちが楽しそうに遊んでいるのを見ると、荒んでいた私の胸の内が和んでいる気がした。
他の誰かには口が裂けても言えないが、彼女たちが遊んでいるのを見ているだけで、それで十分だった。数年の年月が過ぎると、いつしか、その様子を見ているのが楽しみになっていた。
次はどんな遊びをするのか。同じ遊びだとしてもいつもと違う状況となり、彼女たちが遊んでいる姿は飽きずに見ていられた。
彼女たちにはそんな意図は無く、ただ楽しいからここにきているのだろう。それでも、こんなところにまで来てくれていることがうれしかった。
「…」
ここまで話して居ればわかるだろう。随分と前の話になるが、一番最初に太陽の畑で霊夢達と戦った時に、魔理沙に言われた誰か大事な者がいると言われた。そう、妖精たちだ。
以前なら妖精が人質に取られようが関係なかっただろうが、花たちと同じぐらい愛おしさが目覚めていた為、彼女たち見捨てる選択肢はなく、従わなければならなくなった。
命令されることが嫌いであったのと花を踏み荒らされ、あの子たちに暴力を振るった。あんなに元気で、陽気な声を上げて遊んでいた彼女たちが、絶望的な泣き声を零していたのは未だに耳に残っている。それだけは許せない。
彼女たちにあんな目に会わせた異次元霊夢に、復讐しなければならない。その意思はあるが、疲労に苛まされて上体を持ち上げるので精一杯だ。
太陽の畑で胸を貫かれ、心臓を握り潰された。いくら私程の妖怪でも、重要な器官を損なえば致命傷となって死に至る。死ぬ寸前に自分で作り出した植物の維管束をつなげ、魔力作用と血管周囲の筋肉で蠕動運動を再現し、どうにか血を巡らせている。
心臓が無くなり、通常とは異なる体の状態によって、疲労の蓄積が顕著だ。普段ならこの程度の戦闘など屁でもないはずなのに、手足が鉛のように重く感じる。
それでも、やらなければならない。自分の体に鞭を打ち、溶けた金属の中に沈んでいるような腕や脚に力を込めようとした。
うつ向いていた私の目の前に何かが落下してくる。人型で、血生臭い匂いを漂わせるのは、私と一緒に戦っていた仙人だ。気絶していた時間がわからないが、かなり長い間戦っていたのか、ボロボロで虫の息と言っていいだろう。
私は戦意を根こそぎ持っていかれ、華扇は気力があっても体が動かないようだ。体の各所から血液が流れ出ている事から、物理的に体を動かすことができないのだろう。
「くっ……あっ…ぐ……」
仰向けに倒れ、血反吐を吐く華扇の片足は折れ、残った腕も指が全ておかしな方向に曲がり、一部は千切れかかっている。顔も血まみれで、顔のパーツがどこにあるのかわからない程だ。
その倒れた仙人の胸を異次元霊夢が踏みにじる。呻き、殺されかかっている華扇はそれでも巫女に攻撃を行おうと敵意を向けるが、もはや巫女にとって仙人は脅威とは成り得ない。
袖の中から一枚のカードを取り出した。どんなスペルカードかわからないが、これで私と仙人を同時に殺そうとしているのをひしひしと感じる。濃密な魔力に殺意の高さがうかがえる。
数センチ膝を落とし、後方に跳躍すると大量の魔力を流し込んだ輝くカードを握り潰す。結晶化した紙が霧散し、空気中に消えていく。起動した回路が抽出され、スペルカードが完全に発動された。
「霊符『夢想封印』」
異次元霊夢の周囲に十数個になる球状の弾幕を展開し、私たちに向けてその弾幕を一斉に放った。あれらに含まれる爆発力は私たちの強化された四肢を捥ぎ、文字通り四散させることだろう。
花で防御壁を作り、弾幕を受け止めることはできず目の前に弾幕が到達した。ほぼ反射的に目を閉じ、爆発のダメージと体の一部が無くなった事による激痛から少しでも遠ざかろうとしていた。
目を閉じようとした直前、目の端に何かが写り込んだ気がした。それは見間違いではなかったらしく、目の前に透明な壁が形成された。
壁と言っても、ガラスのように薄い結界だ。脆弱を形にしたような防御壁では、異次元霊夢の放つ強力なスペルカードを受けきることなどできはしないだろう。
自分が死にそうだというのに、なぜか冷静に結界に対して考えを浮かべていたが、その予想通り三から四発は耐えていたが、私たちを囲う形で配置された札が攻撃の負荷に耐えきれず、黒く焼け焦げてその役割を全うしてしまう。
弾幕の爆発は、すぐ近くで削岩機が起動しているような衝撃で、それに耐えていた結界が限界を迎えると、亀裂が生じて結界の全面に瞬時に広がった。
五発目の弾幕で結界が完全に砕かれ、残りの十発の弾幕が私たちに襲い掛かろうとするが、順次飛んでくる弾幕を、後方から現れた霊夢が受け流した。
音もなく後方から現れた我らが巫女は、涼しい顔をして表情一つ変えずに、滑らかな動きで弾幕を捌く。
受け流しには精密な操作が必要となるはずだが、博麗の巫女からすれば朝飯前だ。宙を滑るように滑空する霊夢は、前進しながら数発の弾幕を危なげなく対処しきる。
地面に着地し、スペルカードの弾幕が突っ込んでくる角度や位置関係から、戦いやすい位置に陣取った。最後の数発も撃ち落とそうとお祓い棒を握り込もうとするが、横からの地面を抉らんとする衝撃波が弾幕を全て掻き消し、霊夢は構えを解いた。
異次元霊夢がスペルカード直後の硬直によって、地面に着地している様子を見ながら博麗の巫女が私たちに声をかける
「…あんたたちにも、理由があるだろうけど…その体じゃあ、無理でしょう?」
華扇も、私も口惜しいのだが、霊夢の言うとおりであり、戦闘の意欲を見せることができない。これ以上戦ったとしても私たちでは彼女たちの足手まといにしかならない。
「お前たちが細かくどうしたかったかはわからんが、最終的な目的はわかる。全て受け継いで戦うことはできないが、後は任せろ」
衝撃波を放った魔理沙が、抉られた地面を歩いて霊夢と合流し、異次元霊夢に向けて立ちはだかった。
二人が手を組んで一緒に戦うのであれば、成し遂げられなかった奴への復讐を任せられる。彼女達ならばきっと異次元霊夢を殺してくれるだろう。
ここにきてようやく、この二人が揃った。霊夢は言わずもがな幻想郷で最強の人物であるが、頭一つ抜けているだけで、歴代の巫女からすれば弱い方である。
異次元霊夢は萃香や遊戯でさえも、指一本触れることができずに倒されるであろう強さを誇る。こちらの世界でいえば、歴代の中でも初代博麗の巫女に匹敵する力を保持しており、霊夢を含めて我々からすれば次元が違う。
霊夢だけであれば、この戦いの勝敗見なくてもわかっていたが、ここに魔理沙が加わるだけで勝敗がどちらに付くかわからなくなるほどにまで飛躍する。
魔理沙は幻想郷の中で、上位に入る程度でトップ争いに食い込むほどではない。しかし、霊夢と一緒に過ごし、戦った時間は非常に長い。お互いの行動が手に取るようにわかるであろう二人が生み出すコンビネーションは、これまでに何人も打ち破ること敵わずに地面に伏した。
魔理沙も、霊夢も、一人で戦う姿は非常に心もとない、頼りないように見えた。他の異次元の奴らを倒すほどには強いのだろうが、脆く、危なっかしいイメージが拭えなかった。
今はそうは思わない。これほどまでに安心する背中は無い。こちらを向く余裕は無いだろうが、表情を見なくてもわかる。彼女たちには、一人で戦っていた時期に無かった自信が芽生えている。
彼女たちはこの幻想郷で唯一、異次元霊夢に届く最強の矛だ。
次の投稿は、9/25の予定です!