それでもええで!
という方のみ第百六十六話をお楽しみください!
空気が張り詰めているのは、異次元霊夢が放っている殺意が、霊夢にではなく私に向けられているからそう感じるのだろう。
今までであれば、霊夢を殺せば私が暴走して彼女たちの目的に近づくはずであるが、その様子がない事から、異次元霊夢は目的を放棄しているようだ。
一回目に暴走した段階で、私を殺せなかった。それで続行不可能と判断し、他の誰かに力を奪われるぐらいならば殺そうとしている。今までのように、殺さないように手加減されている感覚で戦えば、真っ先に殺されてしまうだろう。
「……」
油断なく構えているが、これがどれだけ異次元霊夢に通用するだろうか。後ろに華扇と幽香がいるが、彼女たちを守りながら戦うことはまず不可能だ。彼女たちが殺されぬよう、この場所から奴を引き離さなければならない。
そう思って手先に魔力を溜めていこうとすると、異次元霊夢が握る拳の指の間から、いつの間にか妖怪退治用の針が覗いていた。いつから取り出していたのか、右手に握る針に注意が向かった。
それを利用したのか、お祓い棒を握る左手を薙ぎ払い、隠し持っていた針をこちらに向けて投擲する。右手ばかりに注目が行き、反応が遅れてしまう。
魔力で強化されているようで、一瞬で針が私の元へと到達する。三本の針は私の急所目掛け、一寸の狂いもなく投げられており、奴の殺意の高さが伺えた。
手のひらを向けて魔力を放出し、全ては無理でも針をいくつか撃ち落とそうとするが、それよりも早く霊夢の方向から同じ形をした針が垂直に突き刺さった。甲高い金属音がつんざくと、異次元霊夢の投擲物を正確に全て撃ち落とす。
周囲から戦闘音が鳴り響いているが、その中でもはっきりと金属音が奏でられる。薄暗い森の中に目が慣れていたせいで、弾けた火花がやたらと明るく感じ、軽くであるが眩暈が起こりかけた。
目の前で火花が弾けたことと、金属の針が目の前まで迫ってきたことで反射的に目を閉じてしまう。異次元霊夢が投げると同時に腰を落としていたが、瞳を閉じきる前に跳躍しようと前かがみになっているが見えた。
針を撃ち落とすために魔力を放出しようとしていたが、それをそのまま異次元霊夢への牽制に転用し、エネルギー弾を放出した。最初から異次元霊夢に当てられることは期待していないため、数メートル前進の後に弾けさせた。
前方にだけ爆発の衝撃が向かうようプログラムされた弾幕が、水中から顔を覗かせた気泡のように破裂すると、今か今かと役割を待っていた中身が衝撃波となって前方に飛び出した。
本来ならば視界にとらえることのできない透明な壁であり矛は、地面の砂を舞い上げる程度では終わらせず、シャベルで掘り返すとしたら一日で終わらないであろう範囲で地面を捲り上げていく。
空間が歪み、衝撃波に土が混じると壁に見えていた物が、今度は波に姿を変えた。全体像が見えやすくなったことでより避け易くはなってしまった。
直線的に来られるよりも、迂回した方がまだ時間はかかる。コンマの差であるが、それだけの間があれば、霊夢が後れを取ることはない。
乾いた木製の打撃音。肉体に打撃が叩き込まれる音ではなく、同じ形をした物体同士が打ち合わさった音。
お互いの挨拶は済ませたようだ。火花が消えた後の見通しが効くようになった中で、何度得物を交えたかわからない二人の姿が映る。
コンマの差であるが霊夢が少し遅れているように見える。辛うじて今は追い付いてはいるが、あと数度お祓い棒を交えれば、異次元霊夢の攻撃を食らうことになるだろう。
手先に魔力を溜め、異次元霊夢にレーザーを二度放ち、その遅延を相殺する。一発は喉に向け、もう一発は胴体を狙った。喉元を狙ったレーザーは体を傾けたことでかわされ、胴体を狙ったものはお祓い棒で掻き消されてしまう。
当たらなくとも異次元霊夢の行動を阻害できる。行動の遅れが生じるのは、今度は異次元霊夢だ。霊夢のお祓い棒を二度かわし、後方に大きく跳躍する。
その過程でも奴に反撃する隙を与えない。レーザーとエネルギー弾を交互に放ち、追撃する。レーザは何かを焼き貫く間もなく掻き消され、エネルギー弾は人を数百メートルも吹き飛ばす威力を持つはずだが、レーザーと同様に何の反動もなさそうに掻き消された。
ダメージはなくとも、霊夢が到達するまでの時間を稼ぐことは簡単だ。異次元霊夢に立て直す暇を与えず、万全で突っ込む彼女を送り込む。
そこらの妖怪ならば、数秒で肩が付くだろう。目で追うのがやっとの連撃が繰り広げられる。異次元霊夢は直前まで私の弾幕に対処していたとは思えない。
まるでガソリンを入れたエンジンだ。魔力の爆発的なエネルギーが続く限り激しく稼働し、力の限り活動を続ける。今まで見たことないぐらい素早く、力強く動く霊夢を単騎戦なら凌駕した。
しかし、ここまでの力の差があるのに、この短時間で決着がついていないところを見ると、異次元霊夢も攻め切れていないのがわかる。霊夢が本気で戦っているのもあるだろうが、この面倒な援護者がいるからだろう。
肩を並べて戦うのは十数日とはいえ久々で、彼女には私に対する記憶が欠如している。それに加えて見たことが無い速度で動く霊夢だが、どこまで踏み込み、どう攻撃し、どう守るのか、動きの流れまでもが、手に取るように分かった。
今まで一人で戦い、感じていた歪さが解消されていく。ぐちゃぐちゃに並べていたパズルのピースを、正確に形を合わせていくようだ。
霊夢の動きに合わせ、レーザーを放つ。ただそれだけだ。攻撃の際に霊夢の体が右に傾き、彼女の左わき腹を通してレーザーを放つ。地を這うように前進する霊夢の肩越しに異次元霊夢の頭部を狙う。
コンマの時間でも放つのが速くても遅くても、霊夢の体を貫いてしまう。逆に、霊夢の動きが遅くても、弾幕が貫いてしまうだろう。霊夢は勘が大きいだろうが、お互いがお互いを知り尽くしているからできる芸当だ。
しかし、常に最高速度で体を動かせば、身体の負荷は大きく、こんな戦い方は五分と持たない。動きに緩急をつけ、休ませることで長期の格闘を可能にしている。
記憶がなくとも少しの勘が働き、残りは体が覚えているのだろう。お互いが付ける体の緩急も読み取れ、片方の隙を補っている。そうして生まれる間髪入れぬ立て続けの攻撃は、異次元霊夢の息をつかせる間も与えない。
針に糸を通すような精密な行動だというのに、寸分の狂いもなく我々は攻撃をこなしていき、気づけば異次元霊夢から来る反撃の数は少なくなり、身を守ることしかできなくなっていた。
「くっ…そっ…!」
明らかに苛立っている奴に対し、霊夢は氷のように冷静に対処する。目にも止まらぬ二連撃を放つが、衝撃を上手い事受け流した異次元霊夢が反撃に躍り出る。大ぶりの薙ぎ払いだが、攻撃直後で逃げ切れなかった彼女は、お祓い棒で奴と同じように衝撃を逃がして受け流す。
霊夢は完璧に受け流したように見えたが、彼女の背中が十数センチ後退し、丸め込んだ。ダメージを相殺しきれていないのだ。二人の少し後ろで援護していたが、彼女が持ち直す時間を簡単に掻き消されるレーザーだけでは稼ぎ切れない。
手先の魔力をレーザーへと変換し、それと同時にエネルギー弾を霊夢に当たらない角度で放とうとするが、異次元霊夢の行動はお祓い棒を振る事ではなかった。
懐に手を伸ばし、束ねられた札束に見える大量の博麗の札を引き抜いた。厚みから五十枚はありそうで、それだけの枚数で何をするつもりなのか想像がつかなかったが、奴の行動はいたってシンプルだ。
込められていく異次元霊夢の魔力には爆発性の性質が含まれており、ここら一帯を吹き飛ばすつもりなのだ。これだけの枚数であれば、一枚当たりの魔力量は少なく、爆発の威力は大したことは無いが、広範囲で複数の爆発を受けるとなれば話は変わってくる。
ここにはまだ華扇と幽香がいる。二人も当然巻き込むように異次元霊夢は札をまき散らすことだろう。守りに入らざるを得ない私たちを自分から引き剥がし、状況を一度リセットするつもりだ。
「…魔理沙!」
霊夢の反応は非常に速い。爆発する性質を彼女は感じ取れないはずだが、攻撃を仕掛けようとしている当人並みの速度で対処を開始する。彼女は後方の華扇たちがいる方向へ飛びのくと同時に、私の事も突き飛ばした。
時間がなく多少乱暴ではあるが、この程度なら余裕で対応できる。魔力の作用で突き飛ばされたスピードを維持しながら二人の元へと到達する。その過程でこちら側に魔力の作用で向かってくる札をエネルギー弾とレーザーで撃ち落とす。
奴め、直線的に向かえば私のエネルギー弾で迎撃されるのは必須。弧を描かせたり、下から這うようにしたり、左右に展開し、一度の攻撃でまとめて撃ち落とされないように対策している。
霊夢の進行を阻害せぬよう弾幕を張るが、両手で数えられる程度しか撃ち落とせなかった。二人の頭上を越えて後方の地面に降り立つと、私たちを囲む形で数枚で一組の札が四方に配置された。
霊夢が幽香たちを助ける際にも使った、防御陣だ。その時よりも魔力が込められ、かなり強靭な防御壁になるだろう。
しかし、いくら守りが堅くても霊夢が入れなかったり、札が内部へ侵入してしまえば全く意味のない物になってしまうだろう。
一足先に結界内に到着した私を追って霊夢は後退しているが、飛んできている札は人間台の重い物でないため、回り道をしても彼女に追いついてしまいそうだ。
「展開」
まだ結界の内側に入り込んでいないが、彼女は札に結界の形成命令を与える。その速度はかなりゆっくりに設定してあるが、霊夢が入り込めるか入り込めないかギリギリだ。そうでもしないと、結界の内部に札が入り込めてしまうのだろう。
飛行する霊夢の横を札が複数枚追い越そうとするが、私の弾幕が半分を撃ち落とし、残りを幽香の花が握り潰す。
結界は足元から徐々に形成されていき、肩や首のあたりを通り過ぎる。自分と離れた場所に影響を及ぼせる幽香と違い、自分から弾幕を放たなければならない私は、結界に遮れてこれ以上の援護はできなくなってしまう。
霊夢も霊夢で、迎撃に集中してしまえば飛行の速度は落ち、結界内部に入り込むことができなくなる。天井にまで形成が到達したが、霊夢がまだ少し離れているため焦りが募る。
この結界をすり抜ける性質の魔力でレーザーを放てばいいだろうが、以前ほど魔力の質が高くないため、結界に影響を与える可能性がある。飛行する霊夢の援護ができず、指を咥えて見ている事しかできない。
「くそっ…幽香、頼む!」
「わかってるわよ。まったく、私が巫女を助けるなんてね」
幽香はうなづき、小さくため息をつくと霊夢が通り過ぎた地点に植物のカーテンを作り出し、札の進行を止める。負傷し、魔力をあまり能力に回せなかったことが原因か、カーテンの密度が薄く、通り抜けてしまう札の方が多い。
札の方が軽い分だけ速度が出る。いくら撃ち落としたとしても次から次へと追い上げ、霊夢に追いついてしまうが、結界内部に入り込むまでもう少しだ。
閉じきるまでの残りの幅は、数十センチ程度だ。移動に魔力を回せたことで少し余裕で入ることができそうだが、撃ち落とせない分だけ札までもが結界を潜り抜けてしまいそうだ。
上から見れば横幅と奥行きが五メートルはある結界だ。花がつぼみを閉じるようにゆっくりと結界が生成されていくため、幽香の花も途中から援護ができなくなってしまう。
霊夢が結界の縁に到達する前に、できるだけ撃ち落としたが、それでも数多くの札が途中の迎撃をすり抜けてしまう。大量の魔力を使ってか、遠隔操作しているらしく、蔓で捕まえにくいのもそのためだろう。
自分を追い越していく札を無視し、自分の周囲にある札を霊夢が針や札を投擲して撃ち落とした。構築していく結界の間をすり抜けてこようとした札をこちらで撃ち抜き、あと三十センチほどとなった隙間を睨む。
先ほどまでは少し余裕があったが、札の対処に回ったことで一気にそれが無くなった。彼女が入れるかどうかかなり際どい。
それは霊夢もわかっているはずだが、表情はいつもと変わらない。なぜそんなに冷静でいられるのか、焦った表情を浮かべているであろう私も見習いたいぐらいだ。
霊夢を追っている札の集団に向け、手のひらを向けた。彼女が進むことだけに集中してくれれば、入り込まれたとしても被害は少数で済む。
結界に穴が開くかもしれないが、彼女を助けるために弾幕を撃とうとするが、飛行する霊夢と瞳が合う。今はその時ではないと、訴えられている気がした。
彼女が持っていた一枚の札に爆発の性質を持った魔力を流し込み、投げるでもなくその場に離した。霊夢と同じ速度で動いていたが、紙媒体は空気の抵抗を受けやすく、即座に失速してひらりと舞い落ちる。
「爆」
自分に爆発の炎が及ばない位置に達した時点で、霊夢が札に命令を与え、起爆する。札に含まれていた爆発の性質を持った魔力が発揮され、淡青色の炎を噴き出して爆発を起こす。
それにより一部の札に含まれている魔力回路が破壊され、ただの紙切れへと成り下がる。異次元霊夢にとっては由々しい事態だが、こちらにとっては本当の意味で追い風となる。爆風を利用し、加速した霊夢はある程度の余裕を持って結界内部へと転がり込む。
魔力の炎が消失した空間を残りの札が通過し、未だに塞がっていない結界の間に到達するが、霊夢と同時でなければ対処は簡単だ。結界に影響を与えない性質を持ったレーザーで札を撃ち抜き、結界内部から押し出した。
レーザーで炙られてはいるが、ガラスのような薄い結界の膜が閉じきると同時に、異次元霊夢が起爆命令を下したのだろう。淡青色の閃光を漏らして数十枚の札が同時に爆発した。一枚一枚は大した光量ではないが、束となっているためかなりの光源となる。
爆発音も折り重なり、鼓膜を揺るがす轟音へと昇華する。爆音もそうだが、生み出される衝撃と閃光も相まって、いくつかある感覚機能が不能に陥った。
僅かな時間であるが目が眩み、耳鳴りに苛まされる。衝撃で耳の平衡器官がやられたのか、重力方向が分からなくなり、膝をつきそうになった。
「くっ…」
しばらく続くのであれば大きな問題となるが、平衡感覚はすぐに戻り、結界内部を見回した。霊夢は私と違ってすぐに行動していたらしく、異次元霊夢が居た方向の結界の際に移動している。
幽香と華扇は立ち上がる体力もないのか、地面に座ったまま霊夢と同じ方向を睨んでいる。私も同じく見るが、爆発で舞い上がった砂塵で塞がれ、得られる情報が殆どない。
周りを見回し、異次元霊夢が横に回り込んでいないか警戒するが、砂煙が色濃く舞っている以上は、自分の足で結界の外に行かなければ難しいだろう。
今のうちに息を整えようと呼吸を繰り返していると、焦げ臭さが鼻につく。爆発の炎で大気が焼かれたのだろうが、結構強烈に匂う。爆発は殆ど結界が防いだからここまで匂いが入ることはないはずだが。
そう思いながら霊夢が入ってきた位置を見上げると、大きな亀裂が結界の上面に走り、一部は崩壊して魔力の膜が剥がれ落ちて結晶化していく。
異次元霊夢の投げた札は、結界の上面に覆いかぶさるように向かってくるのが多かったが、結界を崩壊させる程だっただろうか。
正面や側面も同様に札の枚数は多かったはずだが、それでも多少の亀裂を生じさせるだけで、一部分が剥がれ落ちるような損傷は見当たらない。
特に結界の崩壊が激しいのは、私が札を撃ち抜くためにレーザーを放ったあたりだ。やはり、以前ほど魔力の質は無いらしく、影響を及ぼしてしまっている。
砂煙がパラパラと舞い落ちてくる。来るのであれば、一番損傷している上からだろうか。周囲の警戒を三人に任せ、上を警戒する。砂塵と木々の間から太陽の淡い光が漏れてくることで、何か物体があれば影になる。上空にはそれらしきものは見られない。
それでも警戒を続けていると、私がいる場所の丁度後方から何か物音がする。見通しが悪い状態で、異次元霊夢の居場所がわからない今はそれに非常に敏感だ。私は勿論のこと、霊夢も含めて全員が音の発生した方向に向き直る。
一番後方にいた私が奴に近くなるため、いつでもレーザーを放てる状態で待ち構えた。砂塵は人影を写すほど晴れてはおらず、いきなり来られたら対応しきれるだろうか。
結界に影響を与えたとしても、先制で異次元霊夢を撃ち抜こうとするが、何の疑問も持っていなかった音の質感に違和感を覚えた。異次元霊夢が着地した音や、地面を踏みしめた音にしては軽すぎる。
石が転がった。その位の音だった気がした。異次元霊夢ほどの実力者であれば、足音など立てずとも移動や着地ができるだろう。そもそもこの状況で、奴が石を蹴飛ばして自分の位置を知らせるヘマは絶対にしない。
「…陽動よ!」
霊夢の言葉が速いか、異次元霊夢の行動が速いか。今回は後者だ。札の爆発音よりは控えめでが、打撃として聞いたらそれと引けを取らない鳴動は、霊夢の居る後方向から私の居る方向に駆け抜ける。
ガラスが叩き割れた。そうとしか見えない稲妻状の亀裂が結界全体を覆い、大量の魔力が費やされて作られた防御陣はあっけなく崩壊する。破壊した人物は、それだけにとどまらず、割れた破片を押しのけ、異次元霊夢は脱兎のごとく私たちの間を駆け抜けた。
異次元霊夢が結界を破壊するだけで留めるわけがない。通り過ぎざまに一度ずつではあるが、私たちへお祓い棒の打撃を叩き込んで行った。
物音がした私の居る方向に気を取られていた幽香はそうだが、彼女に抱えられている華扇も奴の餌食となる。顔を正面や側面から殴られ、頭を大きく躍らせて持ち直すことなく二人は倒れていく。
受け身を取れる体力が無い二人が地面へ倒れ伏せる音は、いつもよりも大きく聞こえた。今ので意識を完全に刈り取られたのか、起き上がってくる気配がない。
一番異次元霊夢に近いはずの霊夢は、ギリギリで奴の思惑に気が付き、防御の体勢に入っていたことで直撃を免れるが、咄嗟の事で体を柔軟に動かせず、受けた衝撃を逃がすまでに時間がかかることだろう。
私が異次元霊夢から一番離れていて、反撃する機会が多かったはずだが、異次元霊夢の速度が予想を大きく上回った。レーザーを放とうと向けていた手を掴まれ、上空へと向けさせられた。
熱線が結界を形成していた一部や木々の枝を焼き切り、空に消えていく。逆の手でエネルギー弾を放とうとするが、お祓い棒を腹部に叩き込まれた。私よりも体格の良い幽香たちが吹っ飛ばされるほどの打撃は、腕を掴まれていなければ後方で地面の抱擁を受けることになっていただろう。
「あ…かっ……!?」
体が前かがみに折れ曲がり、喉を詰まらせて絞り出した声が漏れる。反撃のはの字もない体勢でいる私の顔に、異次元霊夢の手の平がかぶさる。そのまま奴は手を握り込むと、私を連れて前方に跳躍する。
何かに叩きつけられる前に、振りほどこうとするがもう遅い。浮遊感で内臓が浮き上がる感覚も束の間、潰れるような衝撃が体の中を突き抜ける。
木と異次元霊夢に挟まれ、衝撃が体の中を反響して往復していく。内臓一つ一つでフラフープを躍らせているようで、吐き気が込み上げた。
「ぐっ………!」
顔を握っていた手の平はいつの間にか離され、その代わりに前腕を首に押し付けられて気道を締め付けられる。異次元霊夢に言葉は無い。無言で私を木に縫い付け、絞め殺そうとした。
完全に殺すつもりである異次元霊夢に容赦の二文字はなく、脊椎を潰されてしまいそうになるが、博麗の巫女でなくともそのまま殺されることを許すわけがない。
レーザーでは当たらなければ何の害もないため、魔力をエネルギー弾として地面へ打ち込んだ。
この至近距離だ、奴に向ければ敵意を感知され腕をねじ切られるか、へし折られる事だろう。むやみに奴を攻撃するよりも、周囲から干渉させた方が奴を引き離すのであれば効果的なはずだ。
しかし、いつまで経ってもエネルギー弾が手から撃ちだされる気配がせず、撃とうとしていた手に違和感が生じる。火の上に手をかざしているように熱を感じたのだ。
熱から遅れ、左手の肘に皮膚が捩じられる感触が伝わってきた段階でようやく、私の腕が異次元霊夢に殴られ、へし折れている事が気のせいでないことを思い知らされた。
エネルギー弾に変換しようとしていた魔力ごと腕を破壊され、関節の機構が正常に働いているのであれば、一生拝むことの無い角度で跳ね上げられた。
捩じれた部分を境に腕が過剰なほど大きく反り、自分の一部ではなくなったとさえ思える。乾いてはいるが、外の空気を伝わってきた音と体内を伝ってきた音が折り重なって、骨がへし折られた重々しい音に聞こえる。骨の一部が皮膚を突き破って出現し、傷害を受けた組織から血液が滲みだす。
血液中に含まれる血球たちが総出で傷口を塞ごうと集まり、組織損傷で分泌される凝固因子たちが凝固作用を促進させる。瘡蓋と呼ばれる死んだ血液の塊を作ろうとするが、出血がそれを上回り、何も処置をしなければ血は私が死ぬまで出続けることだろう。
即座に魔力で傷の修復を促すが、暴走以前と比べると傷の治りは圧倒的に遅い。奴を引きはがすのであれば、何でもいい。魔力を炎として周囲に拡散させようとすると、私を木に押し付けている異次元霊夢の後方から霊夢が跳躍してきた。
私が注意を逸らすよりも早く、いつの間にか配置されていた札による結界が霊夢を囲んでしまう。霊夢と揃えば奴は太刀打ちができなくなるため、分断するつもりだ。
私に関する記憶を思い出せないようにし、対立させたのは非常に効果的だった。各個撃破であれば、太刀打ちできなくなるのはこちら側だ。早々に合流しなければならないが、腕力で劣る私は、抵抗はできても効果を見込めない。
かなり強固に結界を張ったようで、霊夢の攻撃で小さな亀裂を生じさせる程度だ。あれを出るのは少し時間がかかることだろう。それまで、奴に殺されないようにできうる限り抵抗を続けなければならない。
異次元霊夢に振り払われ、押し付けられていた木から横に蹴り倒された。脇腹に鈍い痛みが走り、地面に倒れ込もうと体が空中に投げだされた。この機会を逃さず、魔力で浮遊して遠ざかろうとするが、異次元霊夢の方が足が速い。
立て直そうとした頃には、既に私の元に接近しており、手のひらをかざされていた。衝撃の性質を含んだ魔力が凝縮され、弾幕としていつでも照射できる。
私のエネルギー弾に似せた攻撃であり、私に到達する前に爆発することは性質からわかっている。身を守ろうと胸の前に持ってきていた手の平から魔力の炎を放出し、エネルギー弾の魔力をできうる限り削っておくが、効果は薄い。
衝撃が解放されると同時に炎は掻き消され、炎の形状を保てなくなった魔力が結晶化するが、それごと私は吹き飛ばされることになる。発生した衝撃が全身をくまなく叩き、胸の前に手をかざしていなければ、空気の波に胸が潰されていたことだろう。
普通の日常生活ではまず体験することはない爆風は、肉叩きで全身をしこたま殴られているような激痛を伴った。自分が今どの方向を見て、どういった格好をしているのかもわからなうぐらい錐揉みし、激しく地面に転がり込む。
魔力で体を浮き上がらせながら立ち上がり、迎撃しようと折れていない手を、執念深い追撃者へ向けた。
体勢を整える時間を設けてくれるわけのない異次元霊夢は、攻撃しようとしながらも肺へのダメージで咳き込んでいた私に、吐息がかかる距離まで踏み込んで詰め寄り、胸と喉にお祓い棒を叩き込んだ。
「はっ…がぁっ…!?」
短時間でダメージを重ね過ぎた。体を支えていた足から力が抜け、がっくりと膝を地面についてしまう。胸を押さえ、魔力でダメージを軽減しようとしている私に、異次元霊夢の蹴りがさらに追加で叩き込まれた。
サッカーのボールと変わらない扱いで、再度無重力に近い浮遊感を味わうことになったのは言うまでもない。急速に流れていく景色だが、相棒の姿が目の端に一瞬だけ止まる。十数メートルほど離れていたが、それがさらに離れていく。数十メートルの距離となると豆粒位になってしまうが、ようやく異次元霊夢が張った結界を叩き壊したようだ。
私を攻撃しながら移動する異次元霊夢に追いつくのは、少々時間がいることだろう。それまでは、自分の身は自分で守らなければならない。
熱線の弾幕は当たることは無いが、着地までの時間を稼ぐことならできる。奴は最小限の動きでレーザーを避けていくが、0.1秒でも時間を稼げれば次の攻撃を放つことができる。
空中で体勢を整えて地面に着地するが、勢いを殺し切れず、転んで異次元霊夢に隙を見せぬよう、魔力で一度体を浮き上がらせた。
私を追って異次元霊夢が何の考えもなしに迫ってくるが、わずかな時間だけとはいえ私はただ地面に着地しただけではない。プログラムされた魔力を地面に浸透させておき、異次元霊夢の魔力に反応して攻撃を開始するようになっている。
これを悟られず、かつ、異次元霊夢が大きく迂回しない程度の密度で弾幕をばらまいた。魔力を五分割し、それを水平に並べて同時に異次元霊夢へ照射する。
奴は身を翻すと空中に身を大きく曝け出す。隙だらけにしか見えないが、次の攻撃と、その次の攻撃をする段階に異次元霊夢は移行している。
奴の進行は予想通りとまではいかなかったが、設置したトラップの検知範囲内には留めることができた。異次元霊夢が接近すると同時ではなく、一秒程度の遅延効果も含めていた為、異次元霊夢を正面からではなく、後方から襲う形となる。
地面に広げて置いた魔力が異次元霊夢に反応し、彼女が飛んできている方向へ凝縮されて金属のように硬くなった、矢じりや棘状に変形させた土が後方から複数本向かっていく。
異次元霊夢に針が向かっているというよりは、雲丹のように全身のあらゆる場所に向けて伸びるため、面での制圧も期待できた。
正面からはさらに追加でレーザーを放ち、異次元霊夢を前後から挟み撃ちで攻撃を仕掛けた。完璧と言うのには過大評価過ぎるが、タイミングは概ね予定通りに行った。ここからかわせるものならかわしてみろ。
こちらからでは異次元霊夢の後方で広がっていく針の様子は見れないが、その身体に無数の風穴を開けることは予想できる。異次元霊夢は肩越しに後方を視認すると、私から背を向けて自分に当たる全ての棘をお祓い棒で叩き折る。
後頭部に目が付いていると疑いたくなる反応速度だ。攻撃に対する殺気か、針形成時の音で気が付いたのだろうが、気が付いてそれに対処するまでが速すぎる。科学的な人間の反応速度を超えていないだろうか。
そして、棘の攻撃と同時に、私が放っていたレーザーを再確認することなく、後ろを向いたまま放たれた複数本の熱線を、文字通り針を縫うようにすり抜けた。
一度の行動で、私が築いた二つの攻撃をいなした。そこにはやってやったという達成や嘲りなど無い。できることが普通なのだ。
私を中心にレーザーを放っているため、接近されればされるほど異次元霊夢が活動できる範囲は狭まる。前進の障害となる弾幕をお祓い棒で掻き消され、打撃が体を撃ち抜いた。
肉弾戦では赤子と大人だ。一方的な戦闘が繰り広げられ、血祭りにあげられる。転ばない速度で二回目着地し、地面との摩擦で止まりかけていた私を、異次元霊夢は止まることを許さない。霊夢から引き離すために、後方へ吹き飛ばした。
非常に強い横Gがかかり、倒れ込むまでに数秒を要した。途中で足を木に衝突し、もみくちゃになりながらおかしな体勢で地面に倒れ込むことになる。
「くっ…っ……うぁ…!」
殴られ、額に裂傷ができたのか、暖かい液体がダラリと零れ、眉毛やまつ毛で押さえきれなかった血液が目の中へと流れ込む。見えている視界の半分が赤く染まり、異次元霊夢がやたらと赤く見える。
急いで立ち上がらなけばならないが、腹部に鋭い裂かれる痛みが走ったと思うと、脚から力が抜けてしまう。
「うっ…!?」
痛みが生じた部分に視線を向けると、鼠色の金属が皮膚から十センチほど顔を覗かせ、傷と金属の間から血が溢れ出した。吹き飛ばされている間に、針を投げられていたらしい。押さえたまま顔を上げると、異次元霊夢が霊夢に接近されぬように、再度後方に結界を張り直している。
「さてぇ、どう料理してあげようかしらねぇ…?」
「…くっ……魔理沙ぁ!」
何重にも結界を敷き詰める異次元霊夢の結界は、霊夢でも破壊は困難らしく、私と合流するのにはもう少し時間がかかる彼女は歯噛みする。
「私だって……そんなに簡単にやられないぜ…これでも修羅場はいくつかくぐってきたつもりだからな…!」
潰された腕はようやく治ってくれた。その手で脇腹に刺さっていた針を引き抜き、同時に異次元霊夢へと投げつけた。彼女たちのように、まっすぐ飛ばすことができないため、回転して飛んでいく。
この行動は容易に読まれていたようだ。軽く頭を傾けただけでそれを交わし、結界を破壊し始めている霊夢に顔を向けることなく、こちらに突っ込んできた。
針が刺さっていた位置の奥は主要な大動脈が通っており、そこに当たった状態で引き抜けば出血多量で程なく私は死んでしまっていただろう。後方に吹き飛ばされながらであったため、投擲された針を多少ながらいなす形で軽減されたのだ。
だとしても傷口は血管に近く、臓器も周囲にある。針を投げつけた手とは逆の手に魔力を集中させ、引き絞り範囲を狭めた熱線で腹部の傷を焼いた。
血管や組織が塞がれ、出血は一瞬で止まるが、止血に時間を取った分だけ異次元霊夢には接近されている。当然ながら肉弾戦を挑んでくる奴の太刀筋は、私では対処できない。
ならば、接敵しなければいい。異次元霊夢の足元に向けて魔力を散布。攻撃かと思った奴は若干防御体勢に傾くが、意識が攻撃に防御が入り込んだため前進する足が僅かながら遅れが生じる。
それだけあれば、散布した魔力の効果を多大に受けるまでの時間を稼げたと言えるだろう。異次元霊夢にだけ効果のある重力の性質を加えていたことで、こちらに進もうとした奴の体の重心が大きく下降する。
魔力の質が低下していると言ったが、私も魔力の方向に引き寄せられる感覚があり、木々の葉や雑草が顕著にそちらへ向かって落ちていこうと傾いた。
エネルギー弾で結界を破壊しようと顔を上げると、周囲の景色が目に入る。見覚えのあるここは、私たちの世界から異次元霊夢らの世界に繋がっていたスキマの場所だ。少し開けた広場で、後方には私たちの世界に繋がる、スキマの性質が感じられた。
「っ……お前…!」
異次元霊夢の狙いに気が付いたかもしれない。異次元霊夢に吹き飛ばされていたが、偶然この場所にたどり着く物だろうか。どちらかと言うと誘導されたと言った方が、感覚的には近いかもしれない。
魔力をエネルギー弾に変換し、急いで結界に向けて放った。それよりも異次元霊夢の行動は一歩早かった。
弾幕を地面や周囲に向けて放ち、プログラムされた魔力を破壊する。重力の効果が弱まり、解放された奴にエネルギー弾を打ち払わた。弾幕が弾け、衝撃波が残らずに撃ち落とされてしまう。
「くっ…!」
奴が何をしようとしているのか、考えているわずかな時間が招いた結果だ。異次元霊夢は打ち払った後、そのまま接近してくる。
エネルギー弾の二射目など障害にさせることなく撃ち落とされ、お祓い棒で殴ることなく肩や首を掴み、私が思っていた通り後方のスキマに押し込まれた。
「うあっ!?」
今思えば、戦う前後で奴の殺意が弱まっている事に気が付いた。戦い始めたころは、すぐさま殺す予定だったのだろうが、私たちの連携が思ったよりも強敵になったため考えていたシナリオを変更したのだ。
奴の土壇場はここではない。わざわざ我々をこちらに誘導するという事は、奴には取って置きの策があるのだろう。
スキマの縁を掴んで出ようとするが、蹴り入れられてしまう。スキマを境に世界が一変し、のどかで落ち着いた雰囲気に包まれる。空は曇っているが、綺麗な花々が咲き誇っている。
スキマから出て来た私を迎え入れたのは、命蓮寺の面々だった。聖を代表にして私を囲み、すぐさま殴り掛かってきそうだ。
情報がこちらにまで届いていないと思っていたが、予想を反して彼女たちが敵意を向けてくることはない。
命蓮寺で私を蔑んで拳を叩き込んできた聖に、その時の表情は無い。拳の代わりに私を起こそうと開いた手の平が向けられている。彼女の手を掴み、起き上がりながらその場にいる全員に叫んだ。
「向こうの巫女が来るぞ!」
大量の魔力を弾幕へ変換し、全ての殺意をスキマに向ける私に触発され、その場にいる全員がスキマに弾幕を放とうと構える。
最初から来ることが分かっていた私以外、異次元霊夢の出現に間に合った者はいない。霊夢ならば間に合ったかもしれないと思うが、ここにいないことを悔やんでも仕方がない。構わず、私は弾幕をぶっ放す。
何がどうあれ、異次元霊夢はこちらでよからぬことをしようとしているのには変わらない。二人ならば押せていた状況を逆転できる手立てが何かはわからないが、こいつを殺してでも止めなければならない。
スキマを潜り抜けてくる異次元霊夢を、私は大量の弾幕で迎え入れた。
次の投稿は10/9の予定です。