東方繋華傷   作:albtraum

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全快の投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした………!!!!!




自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
と言う方のみ第百六十八話をお楽しみください!!


東方繋華傷 第百六十八話 二つの神は

 掘り返されたことで土臭さが周囲に充満している。固有の能力で動かしていた土が、ドーム状に囲っているわけだから当たり前だ。土がすっぽりと覆いかぶっていることで薄暗く、あまり見通しの効かない。

 その中で、命のやり取りを繰り返している異次元早苗の瞳だけが怪しく青色に光り、揺らめいている。薄暗くて見えずらいが、全身の筋肉を躍動させ、得物を薙ぎ払おうとしているのだ。三十センチほど離れた所に陣取り、地面に亀裂が生じる程に踏み込んだ。

 強化された身体から放たれる重撃は、私の頭部を叩き潰せるだろう。魔力干渉で体内を巡る魔力の流れを阻害されている。その際に食らう異次元早苗の攻撃力は、守矢神社で嫌と言う程に思い知らされた。

 防御の姿勢を取ろうとしても、間に合わない。魔力干渉で能力を扱うことができず、土を盛り上げて身を守ることすらもできない。動いて逃げようとすることもできず、私は殺されるのを待つだけとなってしまう。

 殺されたくない。死にたくない。やらなければならないことがあるのに、体がそれに付いていくことができないのだ。負けられない、こいつが死ぬまでは、死ねない。

 目を開き、死ぬ瞬間まで奴を睨みつけてやると思っていたが、異次元早苗が持つお祓い棒を目で追うことができず、頭部に叩き込まれた。

 激しい激痛と衝撃が体を打ち抜き、自分で作り上げた壁のところまで吹き飛ばされてしまった。頭部から嫌な音がし、頭だけ後方に吹き飛ばされたのかと思う程にぶつかった衝撃が強烈だ。

 吹き飛ばされ、奴の干渉領域から逃れた瞬間から、再度身体が魔力強化されたのだろう。衝突で死ぬことはなかった。首が飛んでいないのも、無くなっているはずの四肢があると勘違いしているわけではなく、殴られた頭部に手を伸ばし、触れている感覚がある事から実感できた。

 打撲だが、お祓い棒での摩擦で皮膚が裂けたのだろう。触れた指に僅かに粘性がある液体が付着した。血が溢れ出して来ており、頬にだらりと垂れさがっていく。

「っ……!」

 頭の中に痛みを発生させる物体が詰め込まれているのだろうか。一時的はなく、永続的に痛みが残りそうで、死んでしまった方が楽と感じる痛みだ。だが、痛みが生じているのを感じている時点で、何かがおかしい。

 異次元早苗の殺気、確実に私を殺すつもりだったはずなのに、なぜ私は未だに生きて居られているのだろうか。奴に手加減する理由は無いはずで、攻撃を食らうインパクトの瞬間に、頭が弾けていてもおかしくはなかった。あまりにも頭痛が酷く、吐き気が込み上げてきた。

 今の一撃で、私を殺し切れなかったことは、異次元早苗でも予想外だったようで、えずく私とお祓い棒を交互に見下ろしている。自分の武器が壊れたのかと思ったようだ。

 私の執着に近い復讐心が通じたのだろうか。殴られる前に私がいた位置に、パラパラと上から土が落ちてくる。

 それに誘導されて視線だけ上に向けると、異次元早苗が放ったスペルカードの影響で、土の耐久性能が大幅に低下していたのだろう。一部がごっそりと剥がれ落ちて異次元早苗の攻撃を邪魔したのだ。

「運のいい…!」

 これで終わりだと完全に油断していた異次元早苗は、完全に追撃が出遅れた。戦闘が続くことが分かっている際に、緊張しっぱなしでは集中力や身体が持たない。緊張の中に弛緩を取り入れることで長時間の戦闘を可能にしている。

 しかし、今回は戦闘を続行させるのではなく、戦闘が終わる弛緩だったため、反応が遅れたのだ。

 執念だろうが、運だろうが、なんだっていい。この状況を使わない理由は無い。周囲の土に魔力を通わせ、この巫女から離れるために後方に私が通れる大きさの穴を開けた。

 それまでに異次元咲夜も再度の攻撃を仕掛けるだけの時間はあったが、距離が離れていたことで、後方に跳躍していた私の鼻先をお祓い棒が掠るにとどまった。

 余波に当てられたのか、鼻元に熱を感じた。呼吸をしようとすると、若干の息苦しさがあるのは鼻の粘膜から血が滲み、鼻道を塞いでしまったからだろう。口の中に血が混じる。

 粘性のある垂れて来た血液を手の甲で拭いつつ、着地と同時に周囲の地面に魔力を流し込む。最初に作り上げた程の巨躯を作り上げることは、残りの魔力量的に無理だ。

 先ほどよりも小さくはなるが、自分の身を守るためには土で防御を固めなければならない。周囲の土をかき集め、周りに盛り上げようとするが、異次元早苗のスペルカードで半壊した山から、奴がこちらに跳躍する。

 私が形成していた土の山全体に亀裂が生じ、崩壊が広がっている。そのまま巻き込まれて圧死してくれれば楽だが、そんなあるわけのない妄想を期待して時間をつぶすわけにはいかない。

 落下してくる土を潜り抜けながら、突進してくる異次元早苗の速度が思ったよりも早い。魔力の一部を分散させ、三角形の円柱突起を作り出す。ヒビとは異なる亀裂が生じると、ぐばっと大きく二股に割れた。

 装飾等を施す暇がなく、かなり不格好になってしまっているが、二股に割けたそれは生物を模して造られた頭部だ。自分の身体よりも大きく開く口を持つと言われたら、最初に思い浮かぶのは蛇だろう。

 人を頭から飲み込める大きさはありそうな、蛇を象る土の人形が異次元早苗を左右から襲いかかる。人間を引き裂けるだけの威力を兼ね備えているが、魔力干渉の前ではただの土へと還ってしまう。

 停止して動くことが無くなった蛇のオブジェクトを、異次元早苗はお祓い棒で叩き壊しながら更に躍進を続ける。左右どちらの蛇も頭部を叩き壊され、胴体から再度頭部を生やす前に通り過ぎてしまった。

 私から反撃の様子が無い事から、異次元早苗は私の頭を叩き潰そうとかなり大ぶりな動作が伺える。大怪我を負い、あまり動けない私だからできることだろう。

 異次元早苗の大きな動作から、上から得物を振り下ろそうとして来ているのは丸わかりだ。どう来るかわかっていれば、どうとでもなる。

 素早い。一秒でも私が遅ければ頭を叩き潰されていたが、お祓い棒を叩き込まれる直前に、私を飲み込む形で巨大な顎が現れた。

 上下からくる顎に挟み込まれ、自分の体を包んだ時と同じように視界が遮断され、私の身を守る。口が閉じた際の抱合の衝撃ではなく、打撃の衝撃で蛇の頭全体が大きく揺れ動く。

「危ない……!」

 奴に掘り進められる前に蛇の胴体を形成しながら、私はその奥へと移動する。さっきよりもこのドームの中は狭く、ピンポイントで攻撃を食らわせられたら一撃でこの場所まで到達されてしまう。

 デメリットが大きいが、その分メリットが無いわけではない。さっきは巨体であったために身動きが取れず、狙い撃ちにあってしまった。この蛇の形態ならば、先ほどよりは機動力に優れている。スペルカードを撃たれたとしても、逃げることも可能になるだろう。

 異次元早苗から距離を取り、ゆっくりと動きながら奴を観察する。楽しそうだと小さく笑う異次元早苗へ、鎌首をもたげて威嚇する。動物のような声は出ないが、口を開けた際に、摩擦や犇めきによる重々しく猛々しい唸り声となる。

 魔力を蛇の口内へ集中させ、炎をチラつかせた。脅しで終わるわけがなく、大量の弾幕と共に、淡青色の炎を異次元早苗へと吐き出した。小さな町程度なら、半分以上焼き払えるであろう火力だ。

 首を持ち上げたことで角度が付き、上から撃ち下ろすことになる。普段とは違う大きさ、形であるせいで制御がなかなか難しく、異次元早苗がいる場所のかなり手前に炎は着弾してしまう。

 だが、弾幕と違って魔力の炎は、当たったそばから魔力を使い果たして弾けることはなく、膨れ上がって着弾点から四方にゆっくりと炎が膨れ上がって行く。

 笑い、その炎を掻き消しながら前進しようとした異次元早苗だが、その足を止めることになる。炎から発せられる光に違和感があったのだろう。踏みとどまり、お祓い棒を薙ぎ払った異次元早苗の脇腹に、小さな穴が開いた。

 小指が入るか入らないか。その程度の穴であり、大したダメージではないだろう。しかし、それでも多少の衝撃はあったようで、ガクンと異次元早苗の体が僅かに後退する。

「っ…!?」

 その場に居続けるのではなく、咄嗟の判断で更に後方へと跳躍したのは経験から来るものだろうか。奴がいた場所へ礫の嵐が舞い落ち、地形をズタズタに破壊する。

「っち…!」

 舌打ちをしつつ、異次元早苗の逃げていく先へ、偏差的に炎と石礫を放っていく。だが、蛇が向く首の角度から軌道を読まれ、変則的に動く異次元早苗を捉えることができない。

 博麗の巫女ほどに勘は鋭くないにしても、生存的本能があるのだろう。いくつか放っていた石礫を一発しか当てられなかった。今までの、全く攻撃を与えられていなかった状況からすれば、大きな前進と言えるだろうが、自分の手の内を一つ潰してしまったことになる。

 奴にはもう二度と同じ手は通用しない。それがわかっているのに、仕留め切れなかったのは、焦りが先行して石礫を濃い密度で放てなかったからだ。

「っ……くそっ…」

 歯噛みし、エナメル質の歯と歯がすり合わさり、ギリッとくぐもった擦過音を立てる。落ち着けと自分に言い聞かせ、周囲から集める土の量を倍へ増やし、礫の拡散範囲を一気に広めた。

 密度自体は薄くなってしまうが、異次元早苗を捉えて足を止めさせることができればあとは魔力の炎、もしくは石礫でダメージを負わせられる。目に留まらぬ速さで撃ちだされる礫を、異次元早苗は物理干渉で掻い潜る。

 物理の弾幕が異次元早苗を捉えたと同時に、奴を囲むようにして小さくあるが、蛇の首を形成させる。口を開いた状態で作られた偶像は、私が入り込んでいる巨大な蛇のように動き出すわけではない。口に淡青色の光をチラつかせると、炎を吐き出して周囲にまき散らした。

 奴は物理の干渉領域を作り出していた。周囲を囲う炎には対処できないなずだが、干渉領域の性質を変えたようだ。炎が遮られ、領域の中へ石の弾丸が入り込むが、それをすべてお祓い棒で叩き落していく。炎の光で礫の影が見えるのか、正確に叩き壊されてしまう。

 炎の中をかき分け、こちらに向けて跳躍したらしい。常に揺れ動く炎に一瞬だけ不自然に穴が開き、掻い潜ってきた異次元早苗の姿が現れる。自分に到達する石礫を砕きながら突き進み、こちらへと弾幕を放った。

 バスケットボール台の大きな弾幕が、私が隠れている蛇の頭部へ直進するが、猟銃から放たれる散弾のような弾幕が当たらないわけがない。

 異次元早苗の弾幕を複数の礫が貫くと同時に、中に仕込んでいただろう爆発性の魔力がその性質を発現する。

 私が放っていた弾幕は、強力な爆発の影響をもろに受けた。爆発の瞬間に発生した衝撃波が、強化された礫を破壊し、側面に衝撃を受けた礫は軌道を逸らされた。

 雑に土をかき集めただけの蛇にも影響が及び、衝撃波に晒された積み込まれた雑多な土が、ボロボロと原型を失って落ちていく。

 頭部が瓦解し、視力を失った。すぐに再生成しようとするも肌がざわつき、そんなことをしている場合ではなく、自分のみを守らなければならない事に気がついた。異次元早苗がスペルカードを使おうとしている。

 せめて自分の周りにある土を強化しようとするが、目の前にある土が瓦解と同時に、淡青色に光る魔力の波に吹き飛ばされた。蛇の比較的後端の位置にいたため、体の各所に魔力で斬撃を食らうだけにとどまったが、奴と近い位置に居たら体が斬り刻まれていただろう。

 まだ、異次元早苗はスペルカードの硬直で動けないだろう。そのうちに吹き飛ばされた分の土をかき集めようとした時、奴が土をかき集めている途中の私の元に飛び込んできた。

「なっ…!?」

 スペルカードが終わった直後だというのに、なぜこんなに早く動けるのか。いや、自分で動いて来たのではなく、奴は直前に移動しながらスペルカードを使用していた。それを使って距離を縮めていただけに過ぎない。

「くっ…!」

 あると思い込んでいた時間が無かったのは、こちらからすると非常に大きい。発動させていた固有の能力で体の周囲に土を集めていたが、異次元早苗は私が自分の身を守ろうとしているのを確認すると、一気に距離を詰めてくる。

 ならば、奴の考えとは逆の事をしてやろう。集めた土をできうる限り凝縮し、できうる限り早い速度で異次元早苗へと撃ち出した。

 身を守るためだと思っていた異次元早苗は完全に油断していたようだ。防御すること前提で動いていた奴は、魔力干渉をしていたようだ。干渉領域を通り過ぎ、奴の胸へと土塊を叩き込む。

 ほとんど攻撃体勢に入っていたというのに、それでも異次元早苗は反応した。身を逸らしてかわそうとしたが、避けきれずに尖った弾丸が胸へと直撃した。魔力干渉により、弾丸の強化が打ち消され、貫通するほどまでの耐久性能が無くなってしまい、奴を吹き飛ばす程度で終わってしまう。

 しかし、この戦いで一番手ごたえのある一撃を食らわせられた。強化越しにも奴の苦悶の表情が見て取れた。倒すのには程遠いが、これはそれの一歩目だ。

「……そう簡単にやられるわけにはいかないよ」

 また身を守ろうと周囲に魔力を流して土をかき集めようとするが、先の戦闘で魔力を使い過ぎた。貯蔵していた分をほぼほぼ使い果たしてしまったようだ。これからは無駄に弾幕を張ることも難しくなってくるだろう。

 先ほどの蛇並みの大きさも作るのが難しい。少し小さくなってしまうが、致し方ない。それでも五メートルか六メートルはある巨体だ。ある程度なら奴の攻撃に耐えられることだろう。

 私の立っている位置の両脇に巨大な鉤爪が形成される。三股に別れており、先には人間の身体を貫くのには大きすぎる鋭爪が備え付けられている。犬や猫とは違うその足は猛禽類の物だ。

 私が入る胴体部は4から5メートル程度で、蛇と比べるとかなり小さく見えるが、たたんでいた翼を左右に大きく広げると、幅が十メートルにもなる。消費する魔力量が少ない割に、奴には大きく見えることだろう。

 だが、見かけだけでは奴と渡り合うことはできない。大きく広げた巨大な翼に魔力を送り込む。羽の一枚一枚を再現することはできないが、羽根とするところを礫として撃ちだすことはできる。

 羽ばたく動作で異次元早苗へ向け、礫を薙ぎ払う。強化された弾丸が、土を薙ぎ払う。空爆でもされているかのようだ。全てを薙ぎ払い、吹き飛ばす威力があるが、砂煙が舞う爆心地の中央には涼しい顔をした異次元早苗が佇んでいる。

 攻撃方法が魔力によるものから物理的なものに切り替わったことで、奴にも私が魔力切れであることが知れたことだろう。こちらの内情を知らせることは、諸刃の剣であるが、わざとそれを出すことで、奴の油断を誘う。

 二度目、鷹に似た巨像が羽を大きく広げ、異次元早苗へ向けて石礫を再度叩き込もうとするが、一度目の段階から、走る動作に移っていた奴は既にお祓い棒の射程内にまで距離を詰めている。

 巨体である分だけ動きが遅いせいもあるが、周囲から大量の土をかき集めなければならないのもあり、その分だけ異次元早苗が接近する時間を作ってしまった。

 二度の打撃。殴られた部分から電流が四方に拡散したように亀裂が生じ、能力でかき集められた土の防壁は、魔力が打ち消されて瓦解していく。先より壁が薄く、すぐに内部が露出してしまう。

 更なる追撃を加えようと、巫女は得物を構えるが、踏み出そうとする足がピタリと止まる。気が付いたことだろう。自分が空っぽの人形に向かっていたことに。

 一度目の攻撃時、奴の目が砂煙で防がれているうちに地面を液状化させ、そこに潜り込んだのだ。

 とはいえ、異次元早苗は正確に私の位置を探れなくとも、土の中に隠れていることはすぐにわかることだろう。

 空っぽの人形に釘付けになっているうちに、後方の地面の中から飛び出した。魔力で無理やり確保した視界ではなく、肉眼で正確な位置を確認すると同時に魔力を注ぎ込んだ弾幕をぶっ放す。

 これまで物理的な弾幕を多く放っていたことが功を奏し、数発の弾幕が物理干渉領域を通過して異次元早苗を貫いた。連射し、できるだけ奴に数発の弾幕を叩き込むことに成功するが、殆どの弾幕を遅れて切り替えた魔力干渉によって防がれた。

 振り返り、弾幕を撃ち続ける私に飛びかかろうとするが、背後からの気配に跳躍しようと踏み込んだ足を止めることになる。鳥の形をした入れ物が能力で動き出す。

 異次元早苗に開けられた穴を大きく広げ、食虫植物の様に左右から異次元早苗を包み込む。大量の土や岩で叩き潰そうとするが、土の厚みが足りなかったらしく、弾幕で内側から破壊され逃げられてしまう。

 弾幕で破壊したというよりは、爆発性の魔力で吹き飛ばした感じだ。外へと跳躍した異次元早苗へ、半分以上が潰れて崩れかかっている鷹の翼を薙ぎ払い、大量の礫を空中にいる奴へと繰り出した。

 無理やり動かしたことと、重量のバランスが崩れたことで、鷹の贋造が大きく崩壊していく。それに含まれる魔力と周囲の魔力で壊れる人形を修復し、飛ばした分の大量の土と岩を補充する。

 もう一度翼を広げ、土の弾幕を放つよりも早く、高質化した魔力で空中を闊歩し、土で身を隠していない私の元へ突撃する。土を盛り上げるスピードややり方を予想されてしまっていたようだ。

 盛り上げて壁とした障害物を、逆に利用されてしまった。土を足場に急接近され、弾幕を張るよりも圧倒的早く私の横を通過し、通り過ぎざまに片足を叩き潰された。骨がへし折れ、肉が引き裂かれる。

「くっ…ああっ!?」

 体が半回転し、頭から地面に落下した。強化していたことで、自重で自分の首が折れることはなかったが、起き上がってすらいない私のすぐ傍ら。延ばそうと思えば届く距離に異次元早苗が佇んだ。

 激痛で涙が溢れてきそうだったが、泣いている時間も、痛みに叫び散らしている時間もなかった。歯を食いしばり、今まさにお祓い棒を掲げて振り下ろそうとする奴に、効かないと分かっている攻撃を仕掛けるしかない。

 周囲の土を盛り上げて棘状構造を取らせ、奴をハチの巣にしようとするが、物理干渉が働き、数十センチ手前でそれ以上進むことができなくなってしまう。

 異次元早苗が移動することなく、お祓い棒で棘を破壊しようとお祓い棒を振るう中で気が付いた。奴の足元、物理干渉領域内であるはずなのに、私の意識通りに動いている。

 これは、奴も知らなかったことだろう。私の能力だから、できることだ。物理干渉領域が展開している時は、物理は防がれて入れるのは魔力だけだ。奴のバリアは異物をはじき出すフィルターと言うよりも壁に近い。内側に入ってしまえば、鉄壁も意味がなくなる。

 地面を踏みしめる足元の魔力を操り、異次元早苗のバランスを崩してやった。前のめりに倒れ込んだ奴の頭部へ、小さな蛇が口を開けて待ち構えた。

 奴が展開する領域内に納めなければならず、巨大なものは作れない。頭を飲み込むのがやっとのサイズだが、物を食む咬合力は動物のそれを超えている。

 自分の干渉する程度の能力を過信し過ぎていたのだろう。やたらと異次元早苗の反応する速度が遅い。蛇の開いている口には凝縮した土や石がずらりと並んで牙を模しており、バランスを崩した異次元早苗はそこへと落ちていく。

 頭を叩き潰そうと、開いた蛇の口を奴の頭部を挟む形で閉じた。万力など比べ物にならず、人間の力では到底発揮できない咬合力に、骨に亀裂が入り、砕けていく音が響き渡る。

 肉が裂け、骨が粉砕する異音。あの子と同じ声だからだろうか。激痛による絶叫に、自分の身が割かれるような感覚に陥った。耳を塞ぎ、声を遮ろうとした時、今までとは違う音が聞こえて来た。

 骨が砕けて、食いちぎられるのではない。肉を引き裂く、柔軟性のある繊維を断裂させる身の毛のよだつ音へと変わっていく。

 足を折られて倒れていたのを立て直し、起き上がろうとすると、異次元早苗が噛まれていた顔を蛇の口から離したところだった。皮を引き剥がすことで逃れたのだ。表情はわからないが、怒っているのだけはわかる。

 口の構造的に下から牙を食い込ませる形となり、顔の下側が被害が大きい。顎が砕けて歪み、下顎全体の皮が引き裂かれている。皮と一緒に一部肉も剥がされたのだろう。真赤に濡れ、割れた骨が露出している。

 顔の半分が引き裂かれて剥がされ、片目も噛まれた圧力に潰されたようだ。血の涙がこぼれるが、剥き出しになっている筋肉や敗れた血管から出て来た血液に交じってどちらかもわからない。

「よくも………やって…くれましたねえええええええええ!!」

 剥き出しにせずとも露出したままの歯を食いしばり怒号を上げた。顎が砕かれている事で滑舌が悪く、本当にそう言っているかは定かではない。一瞬で別人に生まれ変わった異次元早苗が服に血を滴らせながら跳躍し、お祓い棒を薙ぎ払う。

 怒りに身を任せた攻撃だ。単調であるが故に身を守るのは容易であり、横から修復しておいた巨大な鳥の土偶に礫を放たたせる。鳥を大きく動かしていたことで、攻撃する予備動作から軌道は読まれてしまうだろう。

 やつが物理干渉を展開したのを確認した。拳台のそれは密度が高く飛散するため、走って身を晒している異次元早苗は、物理干渉を解くことができないはずだ。

 礫が異次元早苗に到達すると同時に、私は蛇に放たたせていたのと同じ、炎に似せた高温の魔力を放出した。放射状に広がる淡青色の炎は、巫女を容易に飲み込める大きさへと拡散していく。

 魔力を少し費やして温度を上げていたことから、辛うじて残っている草や木々に引火し、夕焼けのようなオレンジ色の炎をチラつかせた。見えている範囲が真っ青に染まり、視界障害に陥っているが、今までとは違う手ごたえを感じていた。

 視界が青一色に染まって異次元早苗が見えないが、手ごたえを感じられた理由は、奴が悲鳴を上げられたからだ。弾幕で撃ち抜かれる瞬間的なダメージというよりは、持続的に炎で焼かれる絶叫だ。

「っ…あああああああああああああ!?」

 これまでの余裕な笑い声や嘲る失笑が聞こえてくることはない。頭に血が上り、反応が大幅に遅れたのだろう。絶叫が長く続き、異次元早苗が膝をつく音が耳に届く。

 注ぎ込んでいた魔力を途切れさせ、炎を鎮火させた。淡青色の揺らめく炎が拡散しながら消えていき、焼けて煙を上げる草木と地面の温度によって立ち昇る陽炎が残った。

 草木だけでなく、地面まで真っ黒に焦げている。その中には周囲と同様に、体の大部分が焼け焦げた異次元早苗が膝をついて座り込んでいた。

 人間だったら治療を施しても手遅れだろう。服もかなり焼けて穴が開き、かなりの面積が焼け落ちてしまっている。

 鮮やかな緑色だった髪の毛も頭皮が剥き出しになる程に焼け、一部は焦げて炭化してしまっている。小さく異次元早苗の体が痙攣しているのは、重度の火傷による激痛から来るものだろう。

 片足が折れて、皮膚が裂けて断裂した筋肉が露出している所もあるため、立ち上がるのに数十秒を有した。魔力で神経を一部寸断し、周囲の筋肉を強化しているおかげで、なんとか立ち上がった。

 弾幕で貫かれ、出血している腹部や肩を押さえながら、膝をついていた異次元早苗の前に佇んだ。さっきとは立場が逆だ。

「私は、お前の様に下品じゃない……苦しまないようにしてあげるよ」

 能力で人間を丸ごとの見込めるサイズの蛇を作り出し、異次元早苗を食い殺そうとした。身を守ろうとした名残か、手が顔を覆うとする。手の移動によって残っている垂れ下がった髪の毛が、風に吹かれて揺れた。

 ゆっくりと揺れたことで、髪の毛の間から異次元早苗の瞳が目に映った。奴の濃い青色の瞳には諦める。または、死を受け入れると言った感情は含まれていない。あるのは勝利を、目的を成そうとする執念だけだ。

「っ!!?」

 奴の目は、全く死んでいない。体の三割以上を焼け焦がされ、顔面の骨を噛み砕かれても尚、奴の戦意は削がれていない。

 時間にしたら一秒もないだろう。奴を叩き潰すために作り出していた蛇に飲み込ませようとしたが、奴の方が二歩も早かった。倒れていたはずなのに、私に飛びかかるほどの跳躍力を見せる。

 ほとんど動作が見えなかった。飛びかかられたことに気が付くのにも少々時間がかかった。衝撃で空中へ吹き飛ばされてしまう。空中で、しかも飛びかかってくることを想定していなかった私は、咄嗟の対応をすることができない。

 前方では異次元早苗の横たわっていた空間を、土で象られた蛇が飲み込み、地面へと溶けて消えていく。

 無防備に吹き飛ばされた私に、奴は追撃を重ねた。一瞬だけ魔力で足場を作り、踏ん張りを付けて打撃の威力を高めたらしい。防御態勢に移ることができなかった私の胸へ、お祓い棒を叩き込んだ。

 強化されていたはずなのに、奴のお祓い棒が胸を捉えた途端にそこを中心にして亀裂が生じる。胸骨が粉砕し、そこから背骨にまで伸びる肋骨にまで至った。

 体が柔らかかった事と、地に足を付けて踏ん張っていなかったことが幸いした。そうでなければ殴られたインパクトの瞬間に心臓を叩き潰されるか、背骨まで亀裂が到達して微動だにすることもできなくなっていただろう。

 異次元早苗に吹き飛ばされ、背中を地面に打ち付けて地面を激しく転がった。体勢を僅かに変えるだけで、打撃以上の激痛が肋骨周囲から発せられる。息を吸うのだけでもやっとの状況では、痛みだけで失神しそうだ。

 焼かれた痛みもあるだろうが、筋肉が炎の熱で変性して少し動くだけでも異次元早苗も全身に激痛を味わっている事だろう。地面に着地すると同時に、攻撃を更に仕掛けてきそうだったが動く気配がない。

 どちらも虫の息だ。泥沼と言う他ない。剥がされた皮膚は炎で一部が焼けたとしても、塞がれていない血管が残っているようで、未だに血は流れている。

 息を整えているのか荒々しく呼吸を繰り返している。二十数本ある歯がずらりと並び、その間を行き来する音がする。

 奴が動かずに呼吸をすることに専念しているのは、次の一手に備えているからだ。私も遅れを取ってはならない。肋骨が折られて呼吸が殆どできないが、浅く小さく何度も何度も低量の酸素を取り込んだ。

 脳は息苦しさを二酸化炭素の量で把握する。浅く繰り返す過換気は、血中の二酸化炭素をより多く排泄するため、取り込んだ酸素の量は異次元早苗よりも少なくとも、息苦しさを拭い取る事はできた。

 異次元早苗の荒々しい呼吸が落ち着き、私も準備が整った頃だ。打ち合わせをしたわけではないというのに、ほぼ同時に各々がスペルカードを起動していた。

 残り少ない魔力をふんだんに使い、スペルカードに大量の魔力を流し込む。少し動いただけで胸部に激しい電流のような激痛が走る。痛みを緩和する事に魔力を流していられない私は、歯を食いしばって痛みに耐え、回路抽出のためにカードを握り潰す。

 賭けや勘に近いが、奴の放ってくるスペルカードは大方予想が付く。あとは、それに合わせてスペルカードを放つだけだ。奴も作られていたカードを握りつぶした。状況に合わせて作り出した物ではない。私はそれを一度見ていて、目に焼き付いている。余程のことがあろうが、外さない。

「開海『モーゼの奇跡』!」

「蛙狩『蛙は口故に蛇に呑まるる』!」

 同時にスペルカードを発動。異次元早苗の姿がブレたと思うと、その動きをするとわかっていたとしても、目で追えない速度で上空へ飛翔していく。

 賭けは、私が勝った。米粒よりも小さな異次元早苗の上昇が止まり、最高高度に達した直後、異次元早苗の姿が上昇の時と同様に見えない速度で下降を開始した。

 目には見えない速度だとしても、軌道がわかっていればそこへスペルカードを重ねるだけだ。直径が五メートルになるだろう目の前の地面が円形に盛り上がると、先ほどの不格好で雑な蛇とは違い、彫りこまれた銅像のような蛇へと変わり、豪速で落下してくる異次元早苗へ向かって大きく口を開き、首を伸ばして正面から食いついた。

 異次元早苗の干渉する能力がある以上は、奴にダメージを期待することはできない。人間どころか、あらゆる建物を噛み砕く咬合力を持つこのスペルカードでも貫くことはできない。だが、数百トンはくだらない重量差でスペルカードを相殺してやる。

 落下する獲物を、へびが捉えた。流石の異次元早苗のスペルカードだったとしても、あれだけの図体を貫通することはできなかったようだ。そのまま潰してやる。回路通りの動きを蛇が行おうとした瞬間だった。

 蛇の胴体が形作られ、上空へと伸びていこうとした胴体とその周囲の地面に、亀裂とは違う割れ目が生じた。

 作られた蛇が異次元早苗から放出された魔力により、一瞬にして回路ごと全身が半分に割られた。内側からの爆発により、数十メートルは伸びていた蛇が弾けて大量の土砂を空中へとまき散らす。

 呆気に取られている時間は無い。私の能力で操られていない土がゆっくりと落ちてくる合間を、スペルカードの硬直が解けた異次元早苗が高速で降下してくる。

 スペルカードを破壊された際の硬直は、普通にスペルカードを終えた時の比ではない。年寄りと大差ない反応速度でしか動き出すことができず、奴の接近を許した。

 重力を味方につけた異次元早苗のお祓い棒は、ギリギリでガードに滑り込んだ右腕を粉砕し、肩からねじ切った。切断する用途でない得物から考えると、どれほどの威力があったのか考えもつかない。

 地面に降り立つ異次元早苗の体が、ゆっくり、ゆっくりと傾いていく。力尽きたのかと勘違いしてしまいそうだが、周りの景色まで一緒に傾いて行っている。自分が倒れているのだと気が付くのに、地面へ倒れ込むまで時間を要した。

 足から力が抜け、身体を支えきれなくなった。倒れる前、倒れていく過程、倒れた後でさえも右腕から痛みが伝達されてこない。感じてはいるのだろうが、感覚が麻痺して痛みと言う痛みが感じられなかった。いよいよ死期が近づいてきているのだろうか。

 右腕が付いていた場所に手を伸ばすと、肩より先が無くなっていた。傷口に触れても、指先に血液の水気しか感じられず、痛みなど沸き上がることはない。そこからもどれだけ重症なのか伺えた。

「ようやく、くたばりそう……ここまでよくもやってくれましたね」

 歯の隙間から舌が見える異次元早苗が、私を覗き込みながら呟いた。くたばれ、そう呟き、風前の灯火と変わらない私に、止めを刺そうとお祓い棒を構えた。

 奴は望んだだろう。家族を殺された者が仇を取れず、無念に死んでいく。その悔しさ、不甲斐なさに歪む顔を。

 唇や頬の肉が無くともわかる。奴が痛みの中でも笑っている事が。さあ、早くその表情を見せろと、掲げたお祓い棒を握る手に力が籠る。

 だが、私が浮かべる表情を見て、嗤っていた異次元早苗の表情が凍り付いた。この絶体絶命の状況で、笑っていたからだろう。

 なぜ笑っていると奴には理解できないようだ。それはそうだろう。この場所が一番最適なのだ。異次元早苗を殺すのに。

 奴に察知される前に周囲の地面を液状化させ、注意をそちらに向かせた。湿った地面が液体の様に形が崩れると、水に90%は沈む人間の特性から液体化した地面に私は沈み込む。

 異次元早苗はそれが攻撃だと思ったのだろう。魔力干渉領域を展開し、液状化して沈み込む私を残して地上へ居続ける。

 頭を叩き割ろうとしたお祓い棒を握る腕が、私を包み込んだ液体に接近すると、振動や水に近い性質を持たせていた魔力が干渉され、ただの地面へと戻っていった。

 何をするつもりだとを見回す異次元早苗は自分がすでに手遅れであることに気が付いただろう。

 自分を囲む形で半球状に土が盛り上がっていき、閉じ込められそうになった段階でようやく異次元早苗は空に向かって跳躍する。

 この場所から、捕食者の口内と大差ない位置から逃げようとしていたが、下に注意を向けていた分だけ反応が遅れた。外の世界と隔絶され、一歩遅れて壁へと到達した。

 それでも異次元早苗には余裕の表情が消えない。蛇に食われかけた時の様に、内側から吹き飛ばすつもりなのだろう。

 奴の手元が光ると同時に、爆発性の弾幕が壁に向けて放たれた。魔力をかなり含んでいるようで、強力な爆発が巻き起こった。淡青色の閃光が瞬くが、頑丈な壁をぶち抜くことができなかったようで、爆発で発生した光以外に光源が発生することはない。

「っち…!なら、もう一度!」

 再度、異次元早苗が弾幕を放とうとするが、それをさせる私ではない。空中にいる異次元早苗潰すため、外壁を内側に向けて分厚く土を盛っていく。

 内部にわずかな魔力を散布させ、魔力干渉によって異次元早苗がいる位置がぽっかり穴が開くことで居場所は把握している。それに比べて異次元早苗は、今し方発生させた爆発の炎に目が眩んで、中で何が起こっているかわかっていない事だろう。

 音でもバレることは無いだろう。既に五、六メートルは壁の厚みがあるはずであるが、それでも外にまで聞こえる爆音に、強化されていたとしてもしばらくは音は聞こえないはずだ。

 空気の流れも、爆発で起こった乱気流でわからなくなっているだろう。そのまま異次元早苗を押しつぶそうと、土をあらん限り半球状の山の中へと押し込んでいく。

 半径が五メートル程度では心もとなく、大量の土を更に周囲から集めた。異次元早苗は包み込まれる直前に気が付き、失念と油断がこれを招いたと後悔している事だろう。

 これまでの戦闘で、この辺りはかなり土地が低くなっている。さらにスペルカードを直前に使っていたことで、近い場所の陥没はかなり顕著だ。

 通常通り平地であれば、囲もうと空に手を伸ばす土の高度に達するまでは比較的早く、逃げることができていただろう。だが、包み込もうとする土の出発点と終着点の高度が高かったことと、異次元早苗の跳躍する位置が低かったことで、逃れることができなかったようだ。

 真っ暗で状況が読めず、魔力干渉領域を展開した状態で動く土が迫ってくればどうなるだろうか。物理とは違い、干渉を受けたそばからただの土へと還っていく。物理干渉とは違い、奴の攻撃範囲内へと土は転がり込む。

 何メートルも広範囲で干渉領域があるのであれば察知されていただろうが、奴が展開できる領域はせいぜい数十センチだ。生物の発揮できる反射神経などたかが知れる。

 一瞬で領域内は土で満たされ、物理領域に切り替えたとしても、元々中に入り込んでいる物体を押し出す効力はないことは既にわかっている。奴に、この状況をひっくり返す手立てはない。

 スペルカードを使おうにも、体勢がカードの回路通りに動かず、技の起動が難しいだろう。爆発性の弾幕で吹き飛ばそうにも、吹き飛ばし切れなかった場合には、その炎で自分が焼かれることになる。

 壁の厚さは、半径で十メートルにもなる。例え吹き飛ばせたとしても、一撃で全てを破壊し尽くすのは不可能だ。残っている場所から球体を修復し、最初に包まれた時と同じことが起こるだけだ。

 神経を通じ、球体内の音を拾った。物理干渉でそれ以上土が、自分の領域内に入り込まないようにしている異次元早苗の声が頭の中に情報として届いた。

「く…そっ……くそがああああああああああああっ!!」

 魔力で圧縮されている土が、崩れて空気が含まれると体積が増える。身動きが取れないらしく、先ほどの勝ち誇った余裕など欠片もない。絶体絶命の絶叫は、奴の打つ手がない事を大々的に博していた。

 暴れようにも、膨らんだ土を押しのけることができないようだ。口も塞がっているようで、叫ぶ声はくぐもって聞こえずらい。

 叫び散らしらしている様子から、異次元早苗が何かしようとしているのは間違いない。だが、彼女は何もできない。あの中でできるのは死を待つことだけだ。

 私は異次元早苗の様に、誰かの死を楽しむことはしない。だから、できるだけ早く殺してやるとしよう。だが、二人の様に無念を味わえ。

 物理干渉で押し潰そうと迫ってくる土を抑え込んでいる中で、ワザと異次元早苗っが分かりやすいように、領域に一番近い位置で魔力の流れを作ってやった。

 魔力で炎を作り、自分を焼くつもりだと早とちりした異次元早苗は、物理干渉を解くしかない。執念で生きることを優先しようとしている異次元早苗は、来ることの無い炎を止めようと魔力干渉を展開した。

 それと同時に、外から土が押し込められ、多少身をよじる程度には余裕があった隙間が消え、土に圧迫される。今のがフェイントだと気が付いたのは、潰されて死にかけた異次元早苗が物理干渉を展開してからだ。

 物理干渉に切り替えたのに、炎がいつまで経っても来ない事で、まんまと罠にはまったと唸り声をあげている。言葉を発することどころか、呼吸すらもままならなくなってきているらしい。

 炎を出せば、苦しさで物理干渉に戻した異次元早苗を殺すことはできただろうが、そうしなかったのはそこに回せるだけの余裕がなくなってきたからだ。

 奴がいる球体から少し離れた場所に、地面の中から浮かび上がって姿を出した。異次元早苗がいた位置には、一番最初に作り上げた巨体と同程度の大きさになっていく山がある。それを作り上げたことで、私の魔力は底をつきかけていた。

 底をつきかけたのは、魔力だけではない。血液もだ。数々の攻防で、かなり激しく酷く負傷してしまっている。千切れた腕からは絶えず血液が零れている。今は奴を抑え込めているが、外からくる圧力が無くなれば、奴は弾幕で周囲を吹き飛ばして逃げおおせることだろう。

 それだけは駄目だ。奴を生きて出させるわけにはいかない。私の目が黒いうちは、二度と奴の姿を拝まないようにする。

 少ない魔力をやりくりし、出血をできるだけ抑えさせる。主要な臓器にだけ血液を回し、直ちに生命に悪影響を及ぼさない臓器への供給をストップさせた。

 腕やほかの部位から、流れ出す血液が減っていくのが目に見えて分かる。腎臓や脾臓等の機能が落ちていき、それに反比例して心臓や肺、脳が強化されて活発になっていく。奴よりも、一秒でも長く生き残るんだ。

 奴も魔力で身体を強化し、一秒でも私よりも生きようと躍起になっている事だろう。半分が神だったとしても普通の人間であれば、とうの昔に死んでいてもおかしくはないはずだが、未だに異次元早苗は抵抗を示している。

 こういう時に限って、やたらと時間が経つのが遅い。私も余裕がなく、血だまりの中で傷口を押さえながら蹲った。ここからは、我慢比べだ。

「死ん…で…たまる…か……!!」

 異次元早苗が土で遮られてくぐもった声で叫ぶ。定かではないが、感触では既に手足が潰れているはずだが、それでも奴の執念は止まらないようだ。

 

 五分が経過しただろう。周囲で起こる爆発音やその他の戦闘音を聞き流しながら、できるだけ出血しないように、じっと動かずに蹲る。

 異次元早苗も、まだ、暴れる元気がある。

 

 十分が経過した。本当に十分が経ったかはわからない。体感ではその位は過ぎているはずだ。血液が回らなくなったことで、手や足など末梢側の感覚が薄れて痺れて来た。心なしか、肌にも変色が伺える。

 異次元早苗は、まだ動けそうだ。

 

 十五分が経過した。手足の感覚は痺れを通り越して消え、血色の無い土気色の皮膚へと変わってきている。出血を最小限にしても、そろそろ体の中を循環する血液が少なくなってきたらしく、体を起こすどころか指すらも動かせない。

 異次元早苗は狭い空間で暴れ過ぎたようで、酸欠に陥り始めているらしく、荒々しく呼吸を繰り返すだけで大人しくなった。

 

 二十分が経過した。上手い事血液の流れを制御しても、流れ出る血を押さえることはできない。そろそろ出血量が洒落にならなくなってきた。頭や心臓、肺と肺周りの筋肉には酸素を循環させているが、それ以外では酸欠に陥り、真っ青で体温を失い始めた。

 戦闘で口の中も血まみれになっている。それらを食物として飲み込み、魔力へと変換して少しでも使える魔力を確保した。

 異次元早苗は叫ぶこともしなくなり、今では大人しく呼吸を続けている。

 

 二十五分が経過した。そろそろ、私も血液が足りなくなり、貧血と酸欠が重なってくらくらする。視界も暗みがかかり、音も遠い。周りで戦闘が起こっているのかもわからない。これだけの時間誰も周囲に来ないのは、もう戦争が終わってしまっているのかもしれない。

 異次元早苗も、脳に酸素が回っていないのか、虚ろな様子の息遣いが聞こえる。

 

 三十分が経過しただろうか、もう何分経過したかわからない。時折意識が途切れかけたり、猛烈な眠気に誘われそうになっている。寒い。どうしようもなく、寒い。体温調節が効かない。

 異次元早苗はどうなっただろうか。聴力に集中しても異次元早苗の息遣いが聞こえてこない。

 死んだのだろうか。そう思っていると、異次元早苗が言葉を聞き取れない叫び声をあげた。絶叫し、のた打ち回ろうとしている。受け入れられないのだろう。諦めきれないのだろう。奴の執念の強さは、ピンチで折れることはない。

 しかし、どれだけ強固な執念を持っていようが、その中から出る術がない事は異次元早苗もわかっているだろう。叫びながら暴れようとする様子は最後の悪足掻きだが、鼬の最後っ屁にもならない。

 

 そこから何秒経っただろうか。意識がはっきりせず、寒気に襲われ続ける。目を見開き、どうにか意識をつなごうとするが、少しでも気を緩めるとそのまま死と言う眠りについてしまうのを、朧げの意識の中でもしっかりと感じていた。

 唇を噛み、痛みで意識を保ち続けようとした。出血による貧血と、魔力制御で余計なところに血液と酸素を回していないせいか、食いきるほどに強い力で噛んでいるはずなのに、痛みを感じない。

 数分前までは胸が痛くて仕方なかったはずなのに、今ではそれすらも薄らいできてしまっている。私の死期も、もう目の前だ。

 奴はどうだろうか。耳に集中し、異次元早苗の具合を探った。

「あっ………か………ぁ…………あぁ……………」

 奴も私と同じく虫の息だが、未だに意識は残っている。息を引き取り、死ぬまでは私も能力を解くことはできない。残り少ない魔力を少しずつ使い、自分の意識をどうにかしてつなぐ。

「……………あ…………………………ぐ……………っ………………………………」

 異次元早苗の声が弱々しくなっていく。周りにある酸素を使い果たし、奴の意識が途切れるのも時間の問題だろう。意識が無くなれば、能力と言えど展開している干渉領域を張り続けることはできない。

 大きく開いていた私の目も、眠気が強くなっていくごとに閉じそうになっていく。後五分と私も持たないだろう。

 

 眠気と、無くなっていく手足の感覚と戦いながらしばらく時間が経った頃、ついにその時がやってきた。私の天寿も全うしそうだったが、狭い範囲から限られている酸素を供給しなければならない異次元早苗が先に力尽きることになる。

「………かっ………ああぁ…………………………………………………」

 張りのない、掠れた異次元早苗の声とも言えない吐息が漏れ、異次元早苗の意識が途切れたようだ。外から見て、土の球体の大きさはほとんど変わらなかったが、中では大きな変化が起こる。

 異次元早苗の意識が途切れたことで、干渉領域が消えたようだ。固有の能力で操られている土が奴を押しつぶさんと殺到し、プレス機の様に生身の体を押しつぶした。

 身体強化も消え、人間と変わらない耐久性能の異次元早苗が、数百トンにもなる土石の圧力に耐えられるわけがない。骨が折れる、砕かれる音。肉が張り裂け、中の血液が漏れ出す背筋の凍る音が耳に届いた。

 地形を変化させる程に激しく戦ったが、最後はあっけなく終わった。勝ったという達成感もなく、天を仰ぐ。これだけの損害は、負けているのと変わらない。

 終わった。ようやく、終わった。私の戦いは、終わった。今の私にあるのはそれだけだ。これからどうするや、どうやって帰るかなど頭の中には無い。これで私も、後は死にゆくだけだ。

 悲しいな。人生の最後が、こんな形で幕を閉じることになるなんて。

「………早…苗……………加………奈………………子……」

 声を出したつもりだったが、声帯から出されたのはかすれ音だけだった。自分でさえも、発した言葉を聞き取ることはできなかった。

 異次元早苗が発する荒々しい魔力の波長が消えていくことで、奴が本当に死んだと確定することができた。

 それ故に、奴よりも一秒でも長く生きなければならないという緊張があったが、ピンと張り巡らせられた糸が切れてしまう。迫っていた迎えが、容赦なく私の意識を刈り取った。

 

 




次の投稿は、11/20の予定でしたが、11/27に遅れます!申し訳ございません!!
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