東方繋華傷   作:albtraum

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遅くなってしまい、申し訳ありません!

自由気ままに好き勝手にやっております。


それでもええで!
と言う方のみ第百六十九話をお楽しみください!!


東方繋華傷 第百六十九話 捲土重来

 咲夜さん。あなたがいなくなってから、あなたがいた存在の大きさを知りました。何から何まで、あなたに勝る者はこの紅魔館にいない。

 何をするのも早く、気の配りがよくできている。私は門番だったから、そう言ったことはしてこなかった。だから、あなたがいなくなったことで、どれだけの事をしていたのかを思い知らされた。

 妹様に紅茶を出すのでさえ茶葉の場所から、器具の使い方、お湯の適温や蒸らし方、持ち運びから、出す動作、妹様が好む砂糖の量まで、何から何まで私にはわからない。

 門を守ることが仕事であり、私がやるべき部分ではなかったが、今さらながら咲夜さんに少しでも教わっておけばよかったと思うのにそう時間はいらなかった。

 紅魔館に残った数少ない妖精メイド達も、それをひしひしと感じたことだろう。彼女がどれだけの業務を一人でこなしていたのかを。

 そして、戦闘面においても、お嬢様や妹様に肩を並べて戦うことができるのは、彼女だけだろう。私では到底及ばない観察眼を持つ咲夜さんは、妹様と一緒に戦ったことはなくとも、息を合わせることができただろう。

 500年もの長い間、地下に閉じ込められていたフランドール様が外に出て、少しは交流が増えた。話しや遊ぶ機会は多くなってきたが、それでも戦う事はあまりなかった。

 ただでさえ片腕を失って戦闘能力が落ちているというのに、異次元咲夜と戦わなければならないというだけでも、かなりのハンデを負ってしまっている。

 しかし、今はもっと別の問題がある。妹様と息を合わせることができるか、戦えるか、異次元咲夜を殺せるか。それらもそうだが、まずは生き残れるかどうかだ。

 緊張感が漂う。異次元咲夜も時を操る程度の能力を封じられたことで、いつものペースで戦闘を行えないようだ。こちらの出方を伺っている様子だ。

 あの魔女には感謝しなければならないな。時を操る程度の能力のせいで、いくら登ろうとも超えられないであろう壁が崩れ、僅かにだが希望の光が差し込んできた。

 直接的な戦闘では敗色がチラつくが、メンタル面から行くと奴はかなり動揺している事だろう。あらゆる物体を生み出せる程度の能力を持ってはいるが、基本的に戦闘に大きく影響してくるのは、時を操る程度の能力だ。

 動揺している今が一番異次元咲夜を殺す上ではまたとない機会だ。ごちゃごちゃと余計なことを考える前に、私は私がやるべきことをやるまでだ。

 純粋な格闘技では恐らくこちらが有利だが、百戦錬磨の異次元咲夜相手にどれだけ戦えるだろうか。片腕一本では軌道を見てから叩き落していくのでは間に合わなくなる。私もこれまでの経験をフルに出し切って戦わなければならない。

 私には打撃しか武器が無い。両腕があるならまだしも、片腕だけであれば異次元咲夜を仕留め切るのは難しい。となれば、奴を仕留めるのは主に任せるしかない。

 戦いの要となる妹様の前に陣取り、直接攻撃を受けさせないように腰を大きく落として構えた。

 踏みしめ、地面に靴を抉り込ませると耐久性能が低い土に亀裂が生じ、派手に割れた。私が本格的に戦闘へと移行していき、いつでも異次元咲夜へ攻撃を行える段階で、妹様も後方で準備を整えた。

 炎の剣を手の平から生み出し、構えという構えは無いが柄と思われる部分を握り、陽炎が揺らめく得物の切先で地面を撫でた。剣から炎が延焼したらしく、草が燻ぶり、地面には焦げ跡が濃く残る。

 足を広げて構え、腰を落としている私の身長は、妹様と大差ないぐらいまで低くなっている。異次元咲夜に悟られぬよう、妹様は顔をこちらに寄せると小さな声で語りかけて来た。

「そっちに合わせるわ。……それと、上に気を付けて」

 本来なら戦闘の経験が圧倒的に多い私が、妹様に合わせるべきである。それを伝えようとするが、既に妹様は私から離れて彼女がやり易いであろう位置に陣取ってしまってしまった。

 これから言おうにも、異次元咲夜にどちらを主軸で戦っていくのか、どういう戦いの流れなのかを教えてしまうため、口を噤むしかない。

 しかし、それよりも上に気を付けてとは何だろうか。まるでお嬢様のような事を言う。それはそのままの意味なのか、それとも何かの隠語だろうか。それに対することがあったかどうか考えるが、特に思い浮かぶ記憶はない。私が忘れてしまっているだけだろうか。

 もう少し深く考えたいが、思考にばかり費やす時間はあまりない。あの魔女が離れてから、そんなに時間は経っていないが、魔女は十分かそこらで倒せと言っていた。それ以上では異次元咲夜が時の能力を使えるようになってしまうと。

 妹様や異次元咲夜の出方を見た方がいいのかもしれないが、もとより私は戦う事しかできない。余計なことに思考を回さず、奴を殺すことだけを考えることにする。

 下半身に魔力を集中させ、筋肉の弛緩と収縮から生み出されるバネを強化した。構えの時点で踏み割っていた土を、後方へ吹き飛ばしながら疾走する。

 十数メートル離れている異次元咲夜へと一瞬で到達する。左腕をなくしている事で、途中で転びそうになったが、筋肉でバランスを無理やり引き戻し、拳を握りながら突っ込んだ。

 奴は銀ナイフで戦うため、それに拳を打ち合わせればいくら妖怪でもズタズタに切り裂かれてしまう。武器を失うのは死ぬのと同意義である。

 拳を高質化した魔力で覆い、両手に銀ナイフを握る異次元咲夜へと叩きつけた。金属音に似た、拳の打撃音が響く。奴の強固なガードを崩すには至らない。

 衝撃も銀ナイフから腕、肩、背中へと順々に受け流していき、数十メートルは吹き飛ばされてもおかしくはなかった正拳突きに耐えきった。

 淡青色の火花が散り、まだ延ばす余力のある右腕が完全に停止する。片腕では両手で受け止める奴との筋力差で、それ以上突き出すことはできなさそうだ。

 斬撃が来る前に、攻撃を受け止められた銀ナイフから拳を放し、半歩後方へ下がりながら反撃を受ける大勢を整えた。

 案の定、拳を離した途端に防御に使った銀ナイフをこちらへと繰り出した。向かってくる金属の得物を、奴から離れ過ぎずに紙一枚で受け流し、こちらも追撃に躍りでる。

 片腕しかないため、攻撃の回転率は非常に悪いが、一撃一撃に重点を置いて攻撃しているため、受け止めた異次元咲夜も反動を受け流し切れず、すぐさま反撃に移れないでいる。

 奴は今のところ、時間を使用しない戦闘に慣れていない様子だ。普段なら戦いを有利にするためにこちらの時間を遅らせ、自分の時間を僅かに加速させるが、それができない事で後手に回っているようだ。

 奴が慣れるまでにどれだけダメージを負わせられるかで、勝敗が決まると言っても過言ではないだろう。上から叩き切ろうとしてきた異次元咲夜の銀ナイフへ拳を叩き込み、斬撃を相殺する。

 正面から殴り合い、拳を覆う魔力を剥がされてしまえば、唯一の武器を切り裂かれることになる。足技で戦う事もできないことは無いが、不利な状況に拍車がかかってしまう。

 であるため、正面から殴り合っているように見せかけ、拳の入射角を銀ナイフに対して斜めに叩き込むことで、刃の側面で打ち合う形となる。削がれていく高質化した魔力を最小限に抑え、継続的な戦闘を可能にした。

 打撃と斬撃のインパクトの瞬間、お互いに使用している魔力が使われ、淡青色の火花が勢いよく迸る。見た目は派手に削られているように見えるが、刃は表面を撫でる程度で、拳に到達することはない。

 体格差からの筋肉量によって、魔力強化があったとしても片手であれば、私が有利だろう。魔力の質の違いで多少誤差はあるだろうが、それでも大きな差が開くことは無いだろう。

 異次元咲夜の斬撃を高質化した魔力で滑らせることで受け流し、すぐさま反撃へと移る。左手一本では攻防を両立させることが難しく、奴へ打撃が当たる直前に、もう反対の手に握られている銀ナイフで受け止められてしまう。

 刃が攻防で耐久性能が低くなっていたのだろう。銀ナイフに亀裂が生じると、木っ端みじんに叩き割れ、拳が異次元咲夜の胸に叩き込まれた。衝撃をある程度逃がしたのだろう。手ごたえがあまり感じられない。

 だが、多少のダメージは通ったらしく、ダメージを悟られないようにぐっと我慢して堪えている。そのまま畳みかけようとするが、後方に異次元咲夜は跳躍すると、自分の得意な方法で戦闘を再開させた。

 柄しか残っていない銀ナイフを捨てながら残っていた、刃が摩耗しきっている得物をこちらへと投擲した。狙いは正確で、私が頭を傾けなければ、脳に到達することはなくとも、刺さるダメージはあったことだろう。

 私が手を出せない遠距離に切り替えたのは、利口なことだ。だが、今回の戦闘においてはそう悪い事ではない。私が得意とする、吐息がかかりそうなほどの接近戦を、できないと言っているようなものだからだ。

 これまでの経験があったとしても、異次元咲夜の戦闘能力はやはり時の能力に大きく依存している。直接戦う事を避ける奴とは違い、体術を突き詰めた私はいつも通り戦えばいい。

 銀ナイフを魔力で新たに作り出すと切る時とは違い、刃の方を持っている。予想通り、遠距離攻撃を持続するようだ。ナイフを投げて戦うにしては距離を置いている気がするのは、時間を稼ぐためなのだろう。

 おそらくだが、奴にバレてしまっているのだ。自分の時を操る程度の能力を封じているのには時間制限があることに。当然と言えば当然だ。あの魔女とはいえ何かするのには魔力が必要であり、無尽蔵に魔力も湧いて出てくることはない。

 霊夢さんがあの魔女に魔力を分け与えている所は、連中にも見られてしまっている。どちらも万全とはいえない状況であり、こちらに回せる魔力もたかが知れている。となれば、その回路を形成している魔力が枯渇し、維持できなくなるのを待てばいいだけと考えているのだろう。

 その通りだが、奴にばかり攻撃させ続けるばかりではない。投擲された複数本の銀ナイフを、拳を使うことなく避け、距離を更におこうとする異次元咲夜へと前進する。

 バランスが悪い私は、異次元咲夜に追いつくことは難しいが、カラス天狗に匹敵する速度を持ち合わせる吸血鬼の走力からは逃れられない。

 オレンジ色の炎が凝縮されたような炎剣、レーヴァテインが異次元咲夜を横から襲い掛かる。反撃されることを予定に入れていない。そんな特攻じみたフランドール様の攻撃は、異次元咲夜がしゃがむことでかわされてしまう。

 奴の周りに自生していた木々が焼き切られ、当たると同時に弾けた火の粉によって延焼し、瞬く間に炎に包まれた。

 羽ばたいて空気を押し出す機構になっていない翼を使ったのかは定かではないが、空中で向きを急転換すると、後方にいる異次元咲夜が追撃で投げた銀ナイフを溶かし斬る。

 炎が凝縮された炎剣で直接切ったわけではなく、剣から炎を放出することで、正確に撃ち落とす技術がないフランドール様でも迎撃できたようだ。

 火炎放射器で周囲を薙ぎ払ったように、薙ぎ払った先は火の海と化しているが、その中に人型の物体はいない。切り裂かれて落ちて来た樹木の上部が薪となって燃え行く炎に拍車がかかる。

 広がる炎に巻き込まれぬよう、木々の合間を移動し、空中に浮遊するフランドール様へと別方向から奴が反撃する。広がる炎に視界を塞がれ、反応が遅れたようだ。

 そこらの武器であれば、切られたとしても吸血鬼の回復力ですぐさま傷は塞がっていく。だが、奴が持っているのは吸血鬼を殺すことに特化している銀製のナイフだ。普通の武器なら大したことがなかったとしても、場所によっては致命傷を負うことになる。

 レーヴァテインを引き戻し、防御しようとしているが、空中にいるせいで格好の的だ。地に足を付いている時以上に身動きが取れないだろう。戦闘技術がロクな戦闘経験のない妹様に受けきれない。

 だが、一回か二回の攻防を行うだけの時間があれば、二人の元へにたどり着ける。異次元咲夜の前に身体を滑り込ませ、握られていた銀ナイフを拳を叩き込んだ。青と赤の閃光が弾けると、亀裂が生じて得物が砕け散った。

 妹様への刺突をどうにか叩き落し、同時に反撃へと行動を切り替える。伸ばした腕を引き戻し、銀ナイフを作ろうとしている異次元咲夜へと拳を叩き込んだ。

「っち…!」

 手の平へ集まっていた淡青色の粒子を掻き消しながら突き進み、異次元咲夜の顔面を叩き潰そうとするが、この戦いはそんなにうまくいくほど甘っちょろくはない。

 顔を傾けながら、銀ナイフを作ろうとしていた手とは逆の手で私の腕を掴み、投げ技を行おうとしているが、身を屈めながら異次元咲夜へと接近した。

 手首を掴んでいる異次元咲夜の手を、手首の柔軟性と護身術を使って振り解くと同時に逆に掴み、背負い投げで地面へと叩きつけた。派手に地面に落ちたように見えたが、手応えがほとんどない。

 直前に受け身をとって衝撃を逃されてしまったようだ。追撃で踏み潰そうとするが、手を振り解かれ、至近距離から銀ナイフを投擲された。無理な体勢のはずだが、得物の回転を読んで私の頭に刺さるように調整している。

 追撃の体勢だったことで咄嗟に避けることができなかった。目に突き刺さる直前に、先鋭な爪が指先から延びる小さな手が視界を遮ると、甲高い金属音を響かせながら得物を弾いた。

 火花が小さく弾け、目が眩んだ隙に異次元咲夜には逃げられてしまった。転がり、飛び跳ねて逃げる奴の腹部には血がにじむ跡が少しずつ広がっており、重傷そうであるがそれを感じさせない軽快さだ。

「あ、ありがとうございます……手は大丈夫ですか?」

「ええ、問題ない……こっちこそ助かったわ」

 銀ナイフを新たに作り直した異次元咲夜に向きなおり、フランドール様は静かに呟いた。短くやり取りし、彼女はすぐに異次元咲夜へと得物を構えて突き進みだした。

 急いでならないのは私も妹様も重々承知しているはずだが、勝ちに急いでしまっているのは今の攻防から、奴がこの短時間で戦闘に慣れ始めているのを察したからだ。

 妹様はぐるりと迂回して進むようであるため、気を引くために続いて直線的に異次元咲夜へと向かった。私が放った渾身の背負い投げが受け身を取られて受け流されたのは、ただの偶然ではない。

 百戦錬磨の狂人が、少しずつ慣れてきているのだ。長期間時の能力に頼っていた分だけ、もう少し遅いかと思っていたが、奴の適応能力は私たちとは比べ物にならないようだ。

 異次元咲夜が投擲してくる得物を木々の陰を移動しながら走り寄り、強化された拳を叩き込む。周囲で起こっている爆発音に負けない、金属音が混じった打撃音が木霊する。それに合わせ、赤と青のコントラストが効いている綺麗な結晶が弾けては消えていく。

 さっきまで、遠距離から時間を稼いで自分の時が操れるようになるまで戦おうとしていたが、私の進撃に合わせて後退する様子が無いのは、先の攻防でその必要が無いと判断したからだろう。

 馬鹿にされている。完全に舐められている。叩き込んだ拳を更に突き進ませ、奴が握る銀ナイフを粉々に砕く。このまま掴み技に切り替えるか、そのまま殴り込むか選択肢があるが、深追いは禁物だ。

 延ばした腕をすぐさま引き戻すが、その判断が功を奏した。戻す腕よりも突き進ませる奴の得物の方が速い。隠し持っていた刃物を、私の頭部へ目掛けて刺突してくる。すんでのところでナイフを手の甲で受けながし、払いのけた。

 腕が弾かれている異次元咲夜へ正拳突きを叩き込もうとするが、払い飛ばしていない手には既に銀ナイフが握られているが、そんなものは関係ない。

 奴が振り下ろした銀ナイフを拳で叩き折り、新たに武器を作り出す異次元咲夜へ蹴りを放った。回し蹴りではなく、上半身を後方へ傾け、利き足の足裏全体を使う横蹴りだ。

 蹴りに向けて斬撃を放つが、通常の人間でも足の筋肉は腕の数倍はある。相殺しきれず、折れた銀ナイフと共に後方へと吹き飛ばされていく。

「ぐっ…!?」

 魔力操作でも、吹き飛ぶ自分の体を止めることができなかったのだろう。ある程度弱めたとしても、後方にある木を大きく揺らすほどの勢いで衝突した。

 衝撃を殺し切れなかったのか、動きを止めた異次元咲夜が手に持っていた得物の柄を取り落とす。紅魔館での戦いも含め、ようやくまともに一撃入れられた気がした。

 致命となることは無いが、ダメージを積み重ねさせ、じわじわと追いつめてやる。油断したのが運の尽きだ。

 離れてしまった異次元咲夜との距離を詰めようと、下半身へ力を集中させようとした直前、強力で濃密な魔力を奴の方向から感じる。防御の姿勢に移行しようとするが、魔力の源流がメイドではない事に気が付いた。

 奴らの荒々しさが無く、かつ、異次元咲夜がいる位置よりもずっと高い。大回りで奴の方向へ向かっていた妹様だ。スペルカードで仕留めに行っている。

 木々の葉で全体像を掴みずらいが、手には握り潰されたであろう、回路が抽出された後の結晶がまとわりついている。

 プログラム通りに、得物を薙ぎ払おうと大ぶりの構えを妹様が取る。軽く握ろうとする手のひらの中に魔力が集中したと思うと、炎となって吹き上がる。通常の武器として出しているレーヴァテインの比ではない。

「禁忌『レーヴァテイン』」

 伝説上のレーヴァテインでは、世界を丸ごと焼き尽くすことができるなどとされているらしい。魔力で放っている事でそこまでの威力は無いにしても、周囲を劫火で焼き尽くす様子は、それに遜色ないように見える。

 異次元咲夜を焼き殺すのには、十分以上だ。オレンジ色の凝縮された炎が剣先から噴き出しており、十数メートルはある得物だが、放射され続ける炎を合わせれば射程は倍以上あるだろう。

 異次元咲夜の銀ナイフを溶かすのに、広範囲を炎で焼いていたが、そんなものでは済まない。瞬きする間にスペルカードが薙ぎ払われた。一瞬の出来事で、斬撃の軌跡と思われる残像が網膜に映る。

 薙ぎ払われた炎の刀は、得物として見るのには無理がある。一番近い表現をするのであれば、炎の雨か壁と言った方が分かりやすいだろう。

 異次元咲夜を塵に変える威力がある炎剣は、獲物ごと周囲の物体を焼き尽くす。小さな草花は一瞬で灰へと昇華し、木や地面などは一部を消し飛ばされ、芯まで炎によって焦がされたことだろう。

 切先と呼べる位置が曖昧だが、剣の先から放射される炎は地表に着弾すると同時に、大きく膨れ上がってその体積を数十倍に膨れ上がらせる。

 ガソリンなどの燃料をまき、炎を近づけた様子に似ている。気化したガソリンに炎が引火し、液体の部分だけでなくその周囲にまで炎が拡散していくのだ。比較的小さな規模で見ていたが、今回はそれを広範囲で行っている。

 これまで妹様が使っていたレーヴァテインと同じ感覚で接近していれば、今頃は彼女たちの周りに生えていた木々と同じ運命を辿っていただろう。

 数十メートルの距離を炎から置いても、肌にはヒリヒリと熱を感じる。これ以上近づくのであれば、魔力で身を守るか木々を陰にしなければ、火傷してしまうだろう。

 あの火の海の中に居れば、これほどの熱だ。焼け死んでいてもおかしくはない。だが、油断は大敵だ。

 放っておけば幻想郷全体に広がっていきそうな炎を見守っていると、広がる足が遅くなり、広域化の限界に達する。煙を上げることもなく勢いが急激に弱まり、延焼して木などの物体で燃え続ける炎を残して、軒並みオレンジ色の熱源は消えていく。

 炎による温度差で陽炎が揺らめき、異次元咲夜が居た方向を正確に視認できない。熱された空気が上昇気流によって上空へと向かい、揺らめく空気が薄まったころ、奴がいた位置まで視線が漸く通った。

 そこには人型の遺体はなく、あるのは見知らぬ半球状の物体だけだ。揺らめいてわかりずらいが、一見したところ身長が百七十センチはくだらない異次元咲夜を覆うのには小さすぎるように見えるが、直径が六十センチはあるため身を屈めて縮こまれば入れるだろう。

 奴がそれだけ巨大な物体を持っていられたわけがなく、物体のつなぎ目等も見えないために人が作り出したものではなく、魔力で形成された物だと分かった。

 作り出したのは異次元咲夜以外ありえないが、奴も運がいい。焦りが先走ってしまったのか、妹様のスペルカード発動が一呼吸早かった。

 高度があったせいで剣自体が当たるのではなく、剣の先から放出される炎が異次元咲夜が閉じこもる球体に当たったのだろう。でなければ、あれごと真っ二つに切り裂かれて燃やされているはずだ。

 異次元咲夜がいた位置の周囲は薙ぎ払われ、木を除いて草木は一瞬で燃え尽き、炭と化している。薪となる物が無く、炎が鎮火した全ての物が黒色の地帯へ、私は跳躍した。

 いくら炎が消えたとしても、熱は少しの間その場に残る。拳と同じ要領で体を魔力で覆い、熱から身を守る。火が燃え盛る真っ赤な海を越え、異次元咲夜が逃げ込んでいる球体にまですぐさま到達する。

 呼吸を行えば残った熱で肺をやられることだろう。焼けることが無くとも、吸い込めるのは濃密な二酸化炭素だけだ。攻撃ばかり気にして酸欠になり、戦いを継続できなくなるのは愚策だ。唇をへの字に結んで開かず、右腕に最大限の力を込め、渾身の一撃を見舞った。

 一か所に魔力を集中させているのではなく、全方向に分散させている事で一部分が極端に強固であるわけではないのだろう。それか、妹様のスペルカードが上空から来るため、そちらに魔力を回していたかだ。

 側面を殴りつけると思ったよりも簡単に防壁が砕け、出ずに籠っていた異次元咲を拳が捉えた。球体の外から中は見えずらいが、その逆は考えられない。私の接近に気が付けなかったのは、妹様に注意が向いていたのだろう。

 異次元咲夜の肩に拳がめり込み、進行方向へ吹き飛ばした。殴り掛かった時と同様に、あっさりと砕けて奴も外へと放り出された。

 異次元咲夜がいた周辺の炎は消えていたが、消火地帯を囲む形で未だに草木は燃えている。その中に落ちて、焼け死んでくれればこちらとしては都合が良かったが、空中で身を翻す。

 最高高度を通り過ぎていた為、後は落ちるだけだったからだが、立て直して再浮遊すると燃え盛る位置から逃れた。熱波を通り過ぎた頃にこちらを振り返り、銀ナイフを投擲した。

 陽炎の影響を受け、距離感を図りにくくなるが、体を屈めて頭上を通り過ぎる得物を見送った。身を屈めるのと一緒に焼けた土を踏ん張り、さらに銀ナイフを投擲してこようとしている異次元咲夜へと跳躍した。

 空中に魔力で足場を形成し、直線だけでなく曲がりながら異次元咲夜へと接近する。こちらの動きに合わせ、投擲してきた銀ナイフは拳で弾き砕き、私を切ろうと得物を振るう異次元咲夜よりも早く、私の拳が奴の顔を打ち抜いた。

 頭蓋を砕くまではいかないが、亀裂を生じさせる程度にはダメージを負わせられたらしく、魔力越しだがその感触は間違いない。硬い物にひびが入る嫌な音が聞こえてくる。

 上から振り下ろした拳に押され、異次元咲夜の体が急激に落ち、燃えてはいない地帯に異次元咲夜の体が落下した。その上を通り過ぎ、奴に背を向けぬように振り向きざまに地面へ着地する。

 脚力を使い、靴を地面にめり込ませ、強力なブレーキをかけた。地面の上を滑り、長い時間かけて止まることを防いだおかげで、落下した異次元咲夜の半分特攻に近い刺突にも余裕で対処が間に合う。

 狙いは心臓だ。体の中心、正中線をナイフの軌道からずらし、胸の前を通り過ぎた異次元咲夜の腕を、肘と膝で挟み込む。防御と攻撃が一体で、使いどころが限られるが技だ。

 だが、それ故に攻撃に徹している奴が防御に回れない。上下からの衝撃により、いくら肉体を強化していようとも骨は圧力に耐えきれず、折れたことだろう。

 ただ、亀裂が入って折れるだけではない。感触や打撃部からだらりと曲がる様子から、骨は粉々に粉砕したことだろう。いくら異次元咲夜と言えど、完治には数時間を要するはずだ。利き腕である右手を早々に潰せたのは大きい。

 このまま畳みかけてやる。挟み込んだ腕をそのまま薙ぎ払い、異次元咲夜の顔面を裏拳で殴る。感触がいつもよりも弱く感じるのは、奴が衝撃を少しでも受け流したからだ。だとしても、奴の油断のおかげで、こうして攻撃を与えられている。

 赤黒く変色していく右腕を引っ込め、異次元咲夜が後方へ大きく後退しようとするが、そこへ更に拳を送り込む。

 斬撃を送り出すだけの余裕がなかったのだろう。左手に作り出した銀ナイフの側面で攻撃を受け止められ、防がれてしまったが得物を破壊することには成功した。

 武器が無ければレーヴァテインを受け止められない。こちらを向く奴の後方に、素早く動く妹様の姿が見えるが、燃え盛る炎剣の影響で影が揺らめき、存在に気が付かれている事だろう。

 今更、後方の存在に気が付いたところで変わらないだろう。防御したばかりの残った腕で武器を作りながら振り返り、炎剣を受け止めて溶解する前に斬撃軌道上から逃げるなど、不可能だ。

 例えかわせたとしても、さらにこちらから打撃を叩き込む。頭の回転が速かろうが、時の能力を使えない以上は必ずどちらかには当たる。

 そう確信していたが、予想とは異なる動きを異次元咲夜が見せる。砕いて、ぐにゃりと曲がっていた腕がいつの間にかまっすぐに伸びていた。皮膚の色は赤黒いままだが、異質な折れ方はしておらず、まるで砕いたのが嘘のようだ。

 何が起こっているのかわからない。生み出す程度の能力で骨を作り出したのは想像に難くないが、巫女や魔女の情報では、異次元咲夜が生み出せるのはあくまで無機物だけのはずだ。

 生体物である骨を生み出すことはできない筈であるのに、異次元咲夜は今まさに切りかかろうとしている妹様に手を伸ばした。武器を作って構えるロスが無く、その動きは素早い。

 素手である異次元咲夜は、レーヴァテインを振ろうとしていた妹様の攻撃する内側に入り込み、腕と胸ぐらを掴んだ。殴るや斬ると言った行動をしなければ、次の行動は予想が付く。

 タイミングが悪く、妹様もレーヴァテインを振るうために踏み込む直前であったため、踏ん張ることができず、こちらへと向けて投げ飛ばされてしまった。

 何が起こっているのかわからず、動揺していた私は妹様を受け止め切れなかった。その場に力強く踏ん張り、居座ってしまったのだ。頭を即座に切り替え、妹様を抱えて後方に下がっていれば、これから起こることにこれほどの危殆を感じなかっただろう。

 スペルカードを使用するつもりだという、濃密な魔力が異次元咲夜の握るカードへと向かっていく。少しでも離れるため、妹様を抱えたまま後方に下がろうとするが、足止めを食らった。

 文字通り、足を地面に留められた。作り出した銀ナイフを踏む形で私の足へと突き刺し、貫通させて地面に刃を食い込ませた。刃の向きは私が進もうとしている方向に垂直となっている。逃げることができず、奴がカードを破壊するのを見ることしかできない。

 カードを壊すのに銀ナイフを振るい、レーヴァテインを食らわないようにするために、妹様ごと切り裂いた。

「うぐ…ぁぁぁっ!?」

 銀ナイフは吸血鬼に絶大な威力を誇る。叫ぶ彼女に反撃する余裕はない。回路が抽出され、スペルカードが発動された。

 私の切り替えが遅かったせいで、たった一つのミスのせいで、あれだけ有利に進んでいた戦いは、最早空の彼方に吹き飛んで戻ってくることはない。その後に待つのは、斬撃の嵐だ。

「傷魂『ソウルスカルプチュア』」

 嵐、竜巻と表現するのはあくまでも比喩であるが、目の前に展開するスペルカードはそれを凌駕している気がした。瞬きする間に、片手では数えられない回数の斬撃に襲い掛かられる。

 風が私たちの体の隙間を縫って吹き込んでいくのと変わらない。絶え間なく吹き荒れる斬撃の速度は、人間が出せるスピードを大きく上回っている気がしたが、実際に持った得物の斬撃とそこから出される斬性の魔力で手数が増えているのだ。

 それが分かったとしても、それを受け止めるだけの技量も手数もない。片手で防げる攻撃などたかが知れ、全体の回数から見れば焼け石に水であるだろう。ならば、攻撃を捨てて防御に徹した方がずっとましだ。

 私に残された数少ない行動は、切られた妹様を抱きかかえたまま奴に背を向け、守ることだけだ。淡青色の細い斬撃の弾幕と、刃が牙を剥く。

 最初の一秒で私の背中は見るも憚られる悍ましい、恐ろしい様子になっている事だろう。魔降下した魔力で体を覆ったとしても、奴のスペルカードはいとも容易くガードを打ち破る。

 青い斬撃と硬質化した魔力が衝突し、青い花火が爆ぜる。魔力の結晶が弾けて綺麗に舞う中に、対照的な色合いを持つ真っ赤な色彩が見えたが、私の血だろうか。

 熱したナイフをバターに食い込ませるように、奴の銀ナイフが肉体を切り裂いていく。最初の一秒では斬られゆく感覚と激痛が残っていたが、次の一秒では麻痺し、激痛を残して感覚がなくなっていく。

 たった二秒で防御が間に合わず、どれだけ斬り刻まれているのかもうわからない。地面を掘り返し、穴を開ける掘削機の如く掘り進められ、その内胸を突き破ってナイフが現れてしまいそうだ。

 頭にも斬撃が叩き込まれ、項や顎に血液が伝い落ちる。首には余分に魔力を回していたおかげで、切断されることや頸動脈を断ち切られることはなかったが、それも時間の問題だ。

 至近距離でのスペルカードだが、外した際に攻撃を受けることを防ぐためだろう。スペルカードの効果時間は短く、私が細切れにされる前に奴の連撃に終止符が打たれた。

 数秒程度で全ての攻撃を打ちだし終え、その時点で受けた斬撃は両手どころか足の指を入れても足りないだろう。

 重いダメージをたった数秒で体に刻み込まれ、体が言うことを聞かず、膝を地面に付いた。激痛だ。あらゆる物体を巻き込んで押し流す津波の様に、交差して飛び交う情報を絡め、複雑怪奇で理解の範疇を超えた状態で脳に送り込まれた。

 情報処理が追い付かず、妹様を抱えたまましばらく思考を停止してしまう。辛うじて妹様には斬撃は到達していないため、すぐに距離を置くことができるだろう。残った欠片ほどの処理能力で彼女を離そうとした。

 抱えている腕を緩めようとした矢先、異次元咲夜の方が速い。後ろから異次元咲夜に顔を掴まれ横を向かせられた。

 顔が熱い。顔と言っても全体ではなく一部分だ。丁度、目と同じ高さな気がする。何をしているとそちらに思考を向ける間もなく、視界が一瞬のうちに暗転する。

 目を瞑ったわけではない。目を瞑ったとしても光の明暗は判断付くはずだが、それすらもわからない。塗り潰された暗黒は、一切の光が入る隙もなく、自分の手や抱えているはずの妹様すらも視界に入らない。

「美鈴!!」

 妹様の声だ。門番の仕事中によく居眠りをしていたが、それを叱咤する厳しい物ではなく、私の身を案じる絶叫だ。

 異次元咲夜にお嬢様が殺されてから比較的落ち着いた様子だったが、珍しく金切り声に近い叫び声が上がった。その様子と、自分の状態を照らしあわせ、回らない思考でも何が起こっているのかわかってしまった。

 私は、目を…。

 




次の投稿は、12/11の予定です。


ですが、最近リアルが多忙であるため、遅れる可能性があります。
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