それでもええで!
と言う方のみ第百七十一話をお楽しみください!
宿敵の顔。目の前にいた肉親を殺し、家族同然だったメイドを殺した異次元咲夜の顔が眼前に映る。今すぐに喉を掻き切り、背骨をへし折り、胴体と頭を切り離してやりたい。が、その主導権を握っているのは誰であろう異次元咲夜だ。
この場は遠くで動けなくなっている美鈴でも、私でもなく。異次元咲夜が全てを支配していた。奴のさじ加減で私たちの命は簡単に潰えてしまう。
奴の握る銀ナイフが突き進む。私の心臓を貫かんと容赦なく切っ先が皮膚に突き立てられる直前。青い淡青色の火花が盛大に散った。
私の攻撃が間に合い、異次元咲夜の銀ナイフを弾き、強化に使われていた魔力が消費されて結晶を咲かせたわけでは無い。爪はナイフを弾く段階に移っておらず、レーヴァテインも柄すらできていない。
ならば何が魔力の結晶を発する原因になったのか。異次元咲夜も私もわかっていなかった。ただ一つ言えるのは、美鈴でも私でも奴でもない第三者がここに介入してきたのだ。
骨を砕き、心臓を貫く予定だった切っ先は、骨を突き進もうと捩じり込むような動きを見せるが、皮膚よりも一センチ手前の空間で、何かに遮られて進めずに立ち往生している。
どんなに歴戦の戦闘者でも、見えない位置からの参戦には気が付くことができなかったのだろう。体を私と同様に硬直させ、なぜ切先が進まないと困惑を示していた。
その硬直から最初に抜け出したのは、異次元咲夜だった。私も確実に刺されたと思い込み、刺さっていないと理解するのに時間がかかってしまったのだ。しかし、抜け出した後の動きが速かったのは意外にも私だった。
おそらくだが、ここで止めを刺せるという確信があり、そういった状況を頭を切り替え、欲を切り捨てることができず、小さな未練として動きの緩慢さが生まれたのだろう。
レーヴァテインを作っていたのでは間に合わない。爪を立て、異次元咲夜へ向けて手を薙ぎ払った。この戦闘においてほぼ初めて、奴に直接的な攻撃を食らわせられただろう。
首元から頬にかけ、四本の爪が皮と肉を切り裂いた。組織と血管を損傷し、切り裂かれた部分から血液が溢れ出す。負わされた切り傷からすれば小さすぎる創痕だが、反撃の一歩だ。
自分の攻撃が通らなかっただけではなく、怪我を負わされたことで動揺が残っていたのだろう。魔力を手のひらに集め、炎剣を作り出しても異次元咲夜が後退する様子を見せなかった。
そのまま焼き、切り殺そうとレーヴァテインを頭部へ振り抜くが、得物を当てるのには遅すぎた。下半身に力を込め、攻撃よりも一歩早く異次元咲夜が後方に下がってしまう。
髪や鼻先を捉えることもできなかったが、私の体勢を整えるだけの時間を稼ぐことはできるだろう。指先にこびり付いた血を振り落とし、レーヴァテインを構え直した。
炎剣は、特急で作ったことで所々に荒が目立つ。曖昧に燃える刀にさらに魔力を送り、形状を固定化して凝縮させて見慣れた形へと作り変える。
そうしているうちに、異次元咲夜は体勢を整えたようで、離れた位置で自分が突き刺したはずの銀ナイフに目を落としている。得物におかしな部分が無いか、探しているのだろう。しばらく見つめても見当たらなかったのか、疑問が残ったままであるが、捨てて新しいナイフを作り出している。
「いったい、何をしたんですか?」
数百の世界を潰してきた異次元咲夜でも、遮るものが無かったのにナイフを突き立てられなかったのは初めての現象だったらしい。出し抜いてやったと得意げに種明かしをしてやりたいが、私も理解できていないため無視を決め込むことにした。
動揺を悟られてはならない。むしろ、できて当たり前だと奴に警戒させ、こちらに行う攻撃の手を緩めさせる。何が起こったのかを少しでも整理しようとするが、先に答えがやってきた。
『フランドール…。聞こえてるわね…?』
淡々と話すこの声には聞き覚えがあった。数百、数千、数万はくだらない冊数の魔導書を管理する魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。あらゆる属性の魔法を操る人物だ。
異次元咲夜に目を向けるが、特に変わった様子はない。パチュリーの声が聞こえていないのだろうか。
視線を周りに向ければパチュリーの居場所がバレるかもしれないため、聴力に意識を向け居場所を探るが、半径30から40メートル以内に彼女と思わしき息遣いは聞こえてこない。
『探しても私はそこにいないわ…。当然でしょう…?』
白黒の魔女の説明をされた時の事を思い出した。彼女は確か喘息持ちだったはずだ。こんな場所に来たら、それだけで悪化して戦うどころの話ではなくなるだろう。集中して魔法を使える場所となれば、彼女は紅魔館から動いていないのだろう。
「そう。それより、さっきのはパチュリーのおかげかしら?」
異次元咲夜には聞こえないよう、話している事を悟られぬように口元を拭うふりをして小声で言葉を発した。
『ええ、プロテクターみたいなもの…。体の表面を覆うごく狭い範囲しか守ることはできないけど…、高質化した魔力よりは防御力は高い…。斬撃は一度程度なら弾くことはできると思うわ…』
奴の斬撃を食らってこの魔法が解けるごとにかけ直してはくれるだろうが、この戦略もそう長くは通じない。いずれパチュリーが遠距離から援護していることがバレるだろう。
援護込みでも圧倒されるようになってしまえばそれこそ終わりだ。その前に、肩を付けなければならない。
おそらく今回もパチュリーは炎の蝶々をこちらに飛ばしているのだろう。周囲を炎で染め上げているため、かなりのカモフラージュ率を期待できる。
こちらが危ない時には攻撃でも援護してくれるだろうが、彼女と共闘することになるとは思わなかった。
レミリアはパチュリーにとって大切な友人であるため、異次元咲夜と戦う際に何かしらの方法で復讐を果たすと思っていたが、こういった形で戦ってくれるのであれば、こちらとしては追い風となり、目標に近づくことができる。
「援護は任せたわ」
『ええ…』
パチュリーがここに使い魔を飛ばしている事を魔力で悟らせぬよう、レーヴァテインに魔力を込めて炎を放出させ、探知の網を搔き乱した。私が消し飛ばしてしまったら元も子もないため、きちんと使い魔の位置は把握している。
炎を放出しながら構え、異次元咲夜へ向けて跳躍した。私が何かしらの防御する術を持っていたとしても、戦うのには変わらない。銀ナイフを作り出すとこちらに向けて投擲してくる。
炎を放出したままレーヴァテインを薙ぎ払い、金属の刃を溶かし切る。周囲に生えていた木々ごと切断し、燃やし尽くす。
体勢を崩しそうになるが、魔力で無理やり戻した。奴に最短距離で突っ込むのに、今しがた炎を放出した空間を通ろうとするが、呼吸を行うのを躊躇する程に熱く、息を止めて炎で溶解させられた金属の雨が降る空間を通過した。
時差を設け、銀ナイフを投擲したようだ。複数本の刃が同時に目の前に迫るが、スペルカード使用時の、土砂降りのような得物の雨に比べれば、どうってことは無い。
一部をレーヴァテインで掻き消し、残りを魔力強化した爪で叩き落した。空中で、それも銀ナイフを叩き落した後なら、私を迎撃して打ち負かすことができるだろう。
だが、異次元咲夜はそれを見送り、自分の元に私が到達するのを流暢に待っている。奴からは炎剣が見えないように垂直に構え、魔力を送り込む。
派手に炎が放出して奴に気取られぬよう、レーヴァテインの射程を大幅に引き延ばす。得物を迎撃した火の粉が舞う空間を通過し、異次元咲夜の遥か手前に着地した。そのまま飛びかかるように見せかけて腰を僅かに落とすが、腕や腰の筋肉を最大限に使用し、炎剣を薙ぎ払う。
あらゆる物体を一閃に焼き切る斬撃。人間の動体視力では目の端にすら捉えることができないだろうが、この狂人はかわすことなく攻撃に攻撃を合わせて来た。
銀ナイフで神速で振られたレーヴァテインを掻き消したのだ。だが、驚くことではない。時の能力に依存しているとはいえ、別の世界の自分とと戦うときには、同じ能力で対抗されるため等倍で戦うしかないからだ。
私の策はただ早く振るだけではない。私の策はここからだ。銀ナイフを構える異次元咲夜へ反撃を仕掛ける。
奴へ叩き込んだレーヴァテインは言わば囮だ。掻き消されたレーヴァテインの後方に、もう一本のレーヴァテインが隠されている。掻き消したことで炎が視界を覆い、奴はより視認できなくなっているはずだ。
弾幕と同様に魔力の命令により、もう一本のレーヴァテインは独りでに得物を構える異次元咲夜へと向かっていく。いくら反応速度が速いメイドだとしても、いきなり目の前に現れた炎剣には反応できないだろう。
こちらの次の攻撃に備えているが、遅れて炎剣に気が付いたのか奴の動きには非常に緩慢で、そのままでは時の能力でも使わなければ間に合わないだろう。
私が振ってもいないのにレーヴァテインが襲い掛かってきたのには、やはり反応できなかったようだ。炎に巻き込まれ、上半身と下半身が体の切断マジックを行っているように、奴の身体は綺麗に切り裂かれた。
「———————っ!?」
出血は一瞬にして止血され、残った身体は上も下も関係なくレーヴァテインの炎に焼かれ、黒ずんで炭となっていく。悲鳴を上げる暇はない。上半身は地面に落ちて砕け、下半身は膝をつくと崩れて炭の山を形成した。
「……」
一秒、二秒と時間が経過するが、崩れ落ちた炭が起き上がってくることは無い。あれだけの強敵の最後は、あまりにも呆気のない物だった。
勝った。奴は私の二つ目の刃に反応することすらできず、切り裂かれて燃やし尽くされた。二人の仇を取り、勝利を収めたはずなのに、何か違和感がある。
最後、迎撃するつもりがなかったように感じた。私に首を差し出せと言っていたことから、奴らにも遊んでいたり、手を抜いている暇はないはずなのだ。
私は奴を殺す作戦を立てているのだが、これに対応できない程、奴は弱くはないはずなのだ。何かがおかしい。そう思った私は一つの金属音を聞いた。
遠くで発せられたものではなく、右側頭部周囲の超至近距離から激しい金属音が鳴り響く。パチュリーのかけてくれた防壁が作用し、火花を散らしながら見慣れた銀ナイフが弾かれ、柄から地面へ落下した。
「…っ!?」
違和感の正体を突き止めようと、完全に思考に没入していたことで気が付くことができなかった。すぐさまレーヴァテインを構えようとするが、それよりも続々と向かってきている銀ナイフの方が速い。
パチュリーはこの状況を使い魔を通してみてくれているだろうが、彼女は喘息持ちで連続的に魔法を使用することができない。最後の戦いとあって対策はしていると思われるが、防壁を壊されてから数秒で再度張り直すのは難しいだろう。
横に大きく飛びのき、投擲された得物から逃れた。奴の投擲した武器をかわした段階で今のは多少無理をしてでも全て受けきり、ナイフを叩き落した方がよかった事に気が付いた。
受けなければ、異次元咲夜に私は即座に防壁を張れず、自分の意思でそれをやっていない可能性まで浮上させてしまう。どちらも、遅かれ早かれきずかれていただろうが、少々早かったと言えるだろう。
「っ!」
それよりも、手ごたえはあったはずなのに、なぜ生きている。飛びのく間にそれだけが頭の中を循環する。掻き消されるのをこの目で見たのに、平然と現れた異次元咲夜に動揺を隠せない。
何があったのかと考えようとした時、奴がしていたことを思い出す。傷を皮膚とよく似たものを使って塞いでいたことを。
自分と同じ形をした人形を用意し、自分はその死角に入って後方へ下がる。普通なら成功する確率は低かっただろうが、一本目の炎剣を破壊したことで大量の炎が放出され、奴の姿を捉えにくくなっていたのも成功する要因の一つだろう。
どちらにとっても、レーヴァテインを破壊された炎は視界の妨げになったようだ。
そして、反応が悪かったのは、作り出した瓜二つの人形に突き進もうとする魔力でプログラムしていたからだと思われる。
銀ナイフが飛んできた方向に目を向けると、異次元咲夜が木々の間から現れた。今度は間違いなさそうだ。そこで炭になっているぎこちなく動いていた人形とは違い、動きの違和感がない。
「やはりそうですか。あの魔女、殺しておけばよかったです」
視線だけで周りを見るが、炎の使い魔は延焼する周囲の炎に紛れ、場所を特定できていないようだ。私がレーヴァテインを振り回しているため、搔き乱されて今は魔力の流れから場所を特定できていないが、時間の問題だ。
あと二回から三回程度しか猶予は無いだろう。多く見積もってであるため、一回から二回で位置を悟られる可能性が高い。いや、可能性が高いというよりも、そうであると考えた方がいい。
私の魔力で妨害したとしても、猶予はあと2回と言ったところ。パチュリーが再度防壁を這ってくれたが、これを活かさなければならない。
奴から攻撃を受ける前に、奴を戦闘不能へ追い込んでやらなければならない。翼を羽ばたかせて翼力を最大限に発揮し、最高速度で前方へ跳躍した。刀を背負うようにし、炎剣を横から薙ぎ払った。
こんな見え見えの攻撃、最初から当たることなど期待はしていない。私の目的は、スペルカードの発動だ。奴が前進せずに待ち構える、こういう時ぐらいしか使えるタイミングが無い。
私がレーヴァテインを薙ぎ払うと思っている異次元咲夜は射程から飛びのき、遅れて面倒だと舌打ちを零す。
隠し持っていた魔力を込めていないスペルカードを前へ放り、炎剣を叩き込む。鋼でできた得物であれば、間違いなくただ切断するだけで終わるだろうが、全てが魔力で構成されている剣であれば、それに含まれている魔力で回路を起動することもできる。
魔力の得物を使用している者ならではの発動方法だ。カードを燃やす直前に、レーヴァテインを構成する魔力の性質を停止させ、ただの魔力へと変換した。それらを全てカードに流し込み、スペルカードを起動させた。
遅れた異次元咲夜はその段階でようやくこちらへ向け、銀ナイフを投擲するが、回路を抽出する方が圧倒的に速い。ガラス細工と変わらない物体を叩き割り、抽出。スペルカードを発動させた。
「禁忌『フォーオブアカインド』」
魔力で構成される私の分身が三体現れた。そのうちの一人が異次元咲夜が投擲した銀ナイフを爪で叩き落す。久しぶりに使用したため、分身の操作がぎこちない。
当たることには当たったが、軌道を大きく変えることができず、頭に当たるはずだった銀ナイフが顔の横を回転しながら通り過ぎていく。
「…っち……また面倒なスペルカードを……」
投擲されたナイフが地面に落ちるよりも先に、小言をぼやく異次元咲夜へ向けて、姿形が全く同じ分身を送り込む。三方向からの同時攻撃。聞こえはいいが操るのは一人であるため、そのどれもが動きが単調となってしまっている。
だが、三方向からの同時攻撃を捌かなければならない異次元咲夜は、反撃する余裕がないようだ。私が持つレーヴァテインほどの火力は無いが、それぞれが炎剣を携えている。細いが木を切断できる程度の威力はある。
「っち……!!」
刺突や横と縦切りを、銀ナイフで器用に受け流していく。切り裂かれれば否応なしに動きに制限がかかる。動きが単調とはいえ数の暴力の恐ろしさは異次元咲夜もわかっているようで、行動は大胆そうに見えるが、慎重に攻撃を受け流していく。
両手に握る銀ナイフで三本のレーヴァテインを弾き、受け流し、時に叩き壊していく。これだけ刃を交えれば、私でも奴がどのタイミングで得物を壊そうとするのか、おおよその予想は付くようになってきた。
大量の火の粉をまき散らして掻き消されるが、即座にレーヴァテインを修復し、戦闘を続行させる。しかし、いつまでも奴の首を取るには至らない。
左右同時攻撃や後方からの襲撃、上空からの挟撃。異次元咲夜の隙をついているつもりだが、どうにもとらえきることができない。スペルカードで生み出した残りの三体を上手く扱えていない事他ならなず、これについてはすぐさまどうすることはできない問題だ。
解決することはできないが、すぐに改善することはできる。三体に分散させていた意識を一体に集中させ、残りの二体を囮や援護等に回す。単純なことだ。
異次元咲夜に切りかかり、鍔迫り合いとなっている二体の分身の動きがさらに悪くなっていく。だが、対称的に私が力を入れて操る分身の動きが機敏になった。
いつまでも鍔迫り合いをしていれば、切られてしまうため、二体の分身を奴ははじき返した。弾き飛ばされた二体の間に、特に操っている分身の体を押し込め、異次元咲夜の頭部にレーヴァテインを薙ぎ払う。
二体の分身を吹き飛ばした後、異次元咲夜は迎撃の準備がすでにできていたようで、薙ぎ払われたレーヴァテインを屈んで避けた。火の粉が舞い落ち、陽炎が立ち込める空中に残る斬撃跡を異次元咲夜の銀ナイフが通過する。
多少の傷なら修復できるが、魔力で形成されている関係上、切断されたり抉られるように斬られれば、直す間もなく分身は崩壊していってしまう。
どうあがいても魔力で形成される分身で避けるのは難しそうだ。ここは勿体ないが、早々に諦める
異次元咲夜に切りかかっていた分身から意識を残りの二体へ移す。吹き飛ばされ、後方へ仰け反り下がっていたうちの一人が、もう一人の腕を掴み、自分の元へ引き寄せさせた。
掴んでいた方から、掴まれた方へ意識を更に移す。足を縮め、引き寄せて来た分身の胸を足場に異次元咲夜へと跳躍した。
その短い時間の間に、異次元咲夜と対峙していた分身が切り裂かれ、バラバラになって地面に落下していく。頭部や両腕、上半身が上から順次落ちていき、地面にぶつかると砕けて結晶に戻っていった。
大量の結晶が霧散していく中を、第二の分身がレーヴァテインの炎を増加させながら突っ込んだ。分身にも集中して魔力を費やせば、人間の速度を大きく上回ることができる。
だが、得物が一本しかないとはいえ、二刀流の異次元咲夜に本体ですら追い付かれるのだ。分身であれば速度が追い抜かれることだろう。
奴に接近されぬよう、レーヴァテインのリーチを利用するがするが、素早い異次元咲夜はそれを掻い潜って分身へ急接近しようとしてくる。その素早さたるや、吸血鬼かと思える程だ。
それに対処し、分身を後方へ飛びのかせて牽制しながら炎剣を振り回す。何度も打ち合わせ、異次元霊夢を遠ざけようとするが、正確に攻撃を読んでいる異次元咲夜に纏わりつかれ、引き離せずにいる。
一本の得物ではやはりリーチがあろうとも、押さえきることは難しく、胸元を逆手に持った銀ナイフで掻き切られた。咄嗟に半歩後ろに下がったことで、根元まで抉り切られることはなかったが、損傷は大きい。
切れ目から魔力の使われた結晶が零れ、煙草をふかす際に先から昇る紫煙を思わせる。ギリギリ致命傷ではない。魔力を注ぎこんで傷を修復させるが、もう一撃食らえば直す間もなく崩壊してしまうだろう。
後方へ飛びのくのが速いか、奴が首を切り裂くのが速いか。下がった分身の速度を刺突が上回り、大穴を穿とうとした異次元咲夜の得物に横槍が入った。
当たる直前に銀ナイフがはじき返された。パチュリーの防御壁だ。守るべきは本体であるため、まさか分身に防御壁を使うとは思っていなかったのだろう。
異次元咲夜の反応が異様に遅いのは、それが予想外だったからだ。分身の首にナイフを突き立てようとする奴の後方から、最後の分身が切り殺そうとレーヴァテインを大ぶりに構え、突っ込んでいく。
これが狙いであり、分身のうちの一人を壊すために深追いしたのが罠にハマる一歩となった。例え、後方の分身に追いついて得物を受け流せたとしても、前方の分身が残っている。
「ちょこざい…!」
パチュリーと初めて共闘した割には、中々のコンビネーションだったと思う。だが、本当の仕上げはこれからだ。
奴にもパチュリーにもスペルカードを使用した作戦に見えるだろう。しかし、それらごとレーヴァテインでここら一帯を分身ごと焼き払うのが本当の目的だ。この挟み撃ちも保険に過ぎない。
これでパチュリーの居場所はバレてしまい、早々に使い魔を破壊されてしまうのはこちらとしては痛手だ。しかし、自分の身を削らなければ、歴戦の狂戦士は騙せない。
これは、奴を殺すための致し方ない出費である。
私がレーヴァテインを構え直した様子から、あくまで自分で戦うスタンスであるとパチュリーにも伝わったらしい。魔法を贅沢に使用したことが功を奏し、奴もこちらの狙いへ気を回している余裕もなくなったのだろう。銀ナイフを投擲してくる様子はない。
三人の影に向かい、私は空中へ跳躍した。やはり保険をかけておいて正解だった。普通ならこんな攻撃は撃ち落されるか、迎撃されて自分のやりたい事をさせてもらえなかっただろう。
前後から襲い掛かるレーヴァテインを異次元咲夜は受け止め、二体を掻き消そうとした。だが、分身の肩越しに私が跳躍してきているのが目に入り、自分が術中にハマってしまっている事に気が付いたらしい。
「くそっ…!」
だが、気が付いたところでもう遅い。逃げ出そうとする異次元咲夜を攻撃を捨てて分身たちに腕や脚を掴ませた。魔力で構成されている事で、重量差は天と地の差がある。
突き飛ばされれば吹っ飛んでいくほどに分身は軽いが、魔力で構成されている事で力の有無は魔力次第。全ての力を踏ん張ることに集中させれば、人間一人をその場に釘付けにすることなど簡単だろう。
禁忌『レーヴァテイン』を放った時の様に、殻に籠ることも難しい。分身が自分を掴むほどに接近しており、分身ごと包み込むしかないが、そうすれば分身の独断場だ。殻の中で切り殺すでも、炎で焼き殺すでもどちらでもいい。
二人を切り壊してからではレーヴァテインの防御には間に合わない。一方の壁を作ったとしても、周囲から迫る熱と酸欠にやられる。
ついに異次元咲夜の八方を塞いだ。レーヴァテインへ魔力を送り込み、炎の巨剣へと変貌させる。自分の魔力の流れ以外に、もう一つの魔力の流れを感じた。使い魔に魔力を送り込んでスペルカードを発動したらしい。
彼女の声は聞こえないが、それがどんなスペルカードだったのかは見覚えがある。使い魔がいるであろう場所から不自然に炎が膨れ上がると、球状にまとまると異次元咲夜達の方向へ射出される。
私よりも後方から撃ちだされたことで、着弾には時間がかかる。私の炎が先に三人を包み込む。異次元咲夜は勿論、分身も炎に焼かれていく。外側から魔力を削がれ、奴を拘束していた分身は物の数秒で燃え尽きて消えていった。
このままでは逃げられてしまいそうだが、その頃には皮膚と皮下組織を焼き尽くし、皮膚下にある筋肉にまで熱傷は及んでいる事だろう。そうなれば動くことができず、あとは焼け死んでくれることだろう。
呼吸を行えば肺が焼かれ、目を開いても開かなくとも眼球の水分が蒸発し、筋肉は縮こまる。後は死を待つだけとなった異次元咲夜に、追加でパチュリーの火球が叩き込まれた。
凝縮されていた炎が解放され、レーヴァテインの放射される炎とは違った形で、爆発的に炎をまき散らす。炎が増したことで、辛うじて見えていた異次元咲夜の影が消え、爆発した炎がさらに増加し火柱を上げていく。
パチュリーのスペルカードが収まり、炎が落ち着いた。炎の勢いが弱くなっていくのは、時間にして十数秒程度だっただろう。魔力で烈火の如く燃え広がっていたが、それを使い果たし、後は周囲にある有機物を使い潰すだけとなる。
あらゆる物が焦げ、草木か死体かの判断が付きにくい。人型の物体を探そうとした時、パチュリーの使い魔が近くへ飛んできた。すぐ横に来ると、翼をはためかせて肩と同じ高さを維持している。
『やったわね。』
「ええ…そうね。ようやく……ようやくね…」
今度こそ、死んでくれたことだろう。先の様に、能力で作り出した分身に入れ替わる様子はなかった。
まだ奴の死体は確認していないが、あれだけ燃え盛る炎の中に叩き込んだのだ。死んでいる事だろう。ずっと張り巡らされていた緊張が途切れ、気が抜けてため息が漏れる。
『これで、咲夜もレミィも報われるかしら…』
「多分。そうだといいわね…」
故人のためにこの戦場に来ている者たちは、少なからず全員それを望んで戦っている事だろう。例え、望まれていなかったとしても。
まあ、報われる報われないについては仇討ちの後付けでしかない。彼女たちの死を受け入れるための、乗り越えるための。
復讐したことが正解かどうかは死んでから、裁かれる時にならなければわからない。
死んでからなどの、遠い先の事は今はどうでもいい。今は目先の事象を終わらせていかなければならないのだから。
「…そう言えば…美鈴は大丈夫かしら」
炎で囲み、異次元咲夜に襲われぬように守っていた美鈴の事を思い出した。奴のスペルカードで背中を斬り刻まれ、出血が酷そうだったが、生きていてくれているだろうか。
『大丈夫とは言い切れないけど、治癒の魔法はかけておいたから、多少なら余裕はあると思うわ』
「そう…」
口ぶり的に数十分は無理でも、数分なら問題は無いだろう。私はまだ、奴が死んだところを見ていない。その姿を見るまでは安心することはできない。
「あいつ、本当に死んだかどうか…確認を…」
しよう。そう言葉を続け、異次元咲夜が居た方向を向こうとした時、何かが目の前を通過した。身体能力だけでなく、動体視力も人間のそれを大きく上回る。だとしても、目の焦点が合わさるまでにはわずかながら時間がかかる。
ぼやけた物体のピントがはっきりとしていく。目の焦点が合い、飛翔してきた物体を正確に捉えると同時に、目に移り込んで来たのは異次元咲夜の銀ナイフだ。
私を外したのではない。パチュリーに援護をさせないために、彼女が作り出した使い魔を狙ったのだ。ナイフが突き刺さった使い魔は、形を維持させようとする気配すらなく、結晶となって消えていく。
不意打ちであったのと、完全い戦いが終わっていたと気を抜いていたことで、パチュリーは反応できなかったらしい。炎の使い魔が消えると、突き刺さった銀ナイフは地面へ向かっていき、金属の乾いた音を立てて落下した。
「………へ……っ…?」
目を向けた瞬間に、人影が火の海の中に佇んでいた。皮下組織を超えて筋肉が焼け爛れ、立つどころか倒れたままでも移動がままならないはずなのに、奴は立ち上がった。百歩譲って立てたとしても、得物を投げることなどできるはずだが、奴は攻撃を繰り出してきた。
ただの人間で、死ぬと分かっているはずなのに、奴は不死身なんじゃないか。そんな荒唐無稽な考えが浮かぶが、どんな人物だってこの光景を見れば少なからずそう思ってしまうことだろう。
肌が焦げていてもおかしくはない。肉が焼け落ち、欠損していてもおかしくないのに、奴は肌どころか、服すらも燃やされる前と変わらない。
「なっ……んで………生きて…!?」
私が動揺している隙に、異次元咲夜は歩を進める。炎の中を一直線に突き進み、無傷の姿のまま私に銀ナイフを叩き込む。何とかレーヴァテインではじき返すことができたが、動揺を投影したように構えはボロボロで、次の斬撃で胸を切り裂かれた。
心臓まで届くような軌道だったはずだが、鮮血の代わりに弾けたのは魔力を消費した際に発生する淡青色の魔力の塵だ。パチュリーが貼ってくれていた防御壁だ。
今の攻防を利用しない手は無いが、防御壁などあることが前提で異次元咲夜は動いていたらしい。レーヴァテインを握る手首に銀ナイフを抉り込ませた。腕を捻って武器を取り落とさせ、腹部へもう片方の手に握られた銀ナイフが突き立てられる。
「あっ……がっ…ぁ…!?」
切り裂かれた痛みよりも、弱点である銀が体に触れている事の焼ける激痛に悶え、崩れ落ちそうになる。奴を突き飛ばし、早く逃げたいが奴が逃がしてくれるはずもない。
半歩後ろに下がり、体に入り込んだ刃を引き抜くことには成功するが、紅く染まる銀ナイフは、再度私の体の中に納まろうと、こちらへ突き進む。
狙うのはやはり心臓だ。首などの動脈を狙っても死に得ない可能性を考慮したのかもしれないが、吸血鬼の殺し方をよく知っている彼女が一番確実だとよく知っているからだろう。
レーヴァテインを握っていた利き腕をやられたことで、左手の出だしが遅れた。飛びのく体勢も攻撃の体勢もできていない。どう転んでもナイフは私の心臓を貫く。
たった一つのミスで、あれだけ有利だった状況を覆された。せめてもの抵抗すら、抵抗と呼べる代物ではなく、作戦や保険を企てる暇もない。
完璧なる敗北が迫る。
詰めが甘かった。なぜ、ここで悠長に話をし、奴の死を確認しなかったのだ。後悔が津波の様に押し寄せる。叱咤してもしきれない。
「っ……くそ…!」
悪態をつくのが精いっぱい。打つ手を立てる間もない事はそれで察したらしい。勝ち誇る異次元咲夜は満面の笑みを浮かべ私にナイフを突き立てた。
本能が目を瞑ろうとするが、私はそれを抑え込んだ。刺し違えてでも殺すと、銀ナイフへ向かわせていた爪を異次元咲夜へと突き立てようとするが、その腕を掴まれ、最後の武器を取り上げられた。
「さようなら」
鋭い金属音を奏で、異次元咲夜が皮膚へ接触する数センチを押し込んだ。胸にわずかながらの衝撃を感じ、切りつけたタイミングを感じ取る。痛みの波が来るのを待ち構えた。
だが、神経を通じて発生した痛みが怒涛に押し寄せてこない。なぜかわからない。もしかしたら、もうすでに首が斬り落とされてしまっているのかもしれない。そう思える程だ。
パチュリーの防御壁が作動したのではない。銀ナイフを握る奴の腕がこちらに伸び、胸元に当たっている。その感触もあるのに、刺された痛みだけが無い。頭がバグりそうになる。
目の前にある、胸元に突き立てられている銀ナイフに目を落とすと、肌に当たっている部分から亀裂が生じている。切っ先が削がれ、先端が無くなっているのだ。
パチュリーの使い魔が、消える直前に魔術で折ったわけではなく、自分の爪が切り裂いたわけでもない。全く的外れな考えの中、その私の目の前に深紅の髪が舞い上がる。
「美鈴…!」
その背中は痛いたしく切り裂かれた痕が残っているが、出血が殆ど起こっていない。パチュリーが治療したからではない。そんな短時間で回復する傷ではなかったはずだ。答えは単純で、彼女が無理やりに出血を止めさせたのだ。周囲で燃え盛る炎を使って。
あの傷で動けば死は免れないだろうが、それを止血することでなるべく延長させる算段だろう。彼女の狙いはわかったが、一つの疑問が浮かぶ。
声からおおよその場所は特定できるだろうが、この場所に正確に接近し、奴の付きだす小さな銀ナイフに拳を当てた。まるで目が見えているかのような狙い良さだ。
だが、横顔から美鈴の眼はつぶれたままであることがわかる。そうなるとますますわからなくなってくが、金属音と宙を舞うかけた切先から、彼女の拳による銀ナイフの破壊は一目瞭然だった。
御託はいい。彼女は自分はまだ舞える、戦えるのだと私に訴えている。満身創痍で戦意を喪失していてもおかしくは無いが、その様子を見せず、砕けて刃のなくなった銀ナイフを私に突き立てていた異次元咲夜を追い払った。
二回、三回と左右に体をずらしながら我々から距離を取る。何が起こったと理解ができないようだが、私を殺す最後の一手を邪魔されたことで苛立っている。
すぐさま銀ナイフで殺してやりたい。そんな表情でいる異次元咲夜だが、それを即座に実行しないのは、目が見えない状況で音を頼りにして接近したとしても、正確過ぎる美鈴の迫撃に警戒しているのだ。
先の小さいとはいえ跳躍から、美鈴は居場所を把握しているはず。そうなれば馬鹿みたいに突っ込むのは愚策だと考えているのだろう。
「……くっ…!」
胸を刺される前に刺されていた腹部が痛み出した。急激に状況が変化したため意識が向かず、束の間痛みを忘れてしまっていた。
「フランドール様…ありがとうございます、ここからは私が前で戦います」
この短い時間でなにか彼女は思うことがあったのだろう。迷いが無いように見える。ずっと垣間見えていた頼りの無さを、今では感じない。
一皮剥けたというべきか。私の前に立つ彼女がどっしりと構える姿は、安定感があり、咲夜が隣にいるような安心感がある。
「これ以上、あなたの好きにはさせません……そして、首を差し出すのはあなたです」
あの会話は美鈴に聞こえたようだ。私に言ったことを異次元咲夜へ返し、挑発を仕掛ける。
「たかが一度、攻撃を防いだ程度で調子に乗るとは…浅はかですね…!」
対称的な二人が最後の決戦に挑む。敵を全て打ち滅ぼす異次元咲夜の矛と、紅魔館の者たちを守ってきた盾がぶつかる。
矛盾を御するのはどちらか一方である。
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