東方繋華傷   作:albtraum

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それでもええで!
と言う方のみ第百七十二話をお楽しみください!!!


東方繋華傷 第百七十二話 幽微な能力

 敵を炎で焼き殺したと思っていた。しかし、あらゆる物体を生み出す能力で、炎に晒されている皮膚を、焼け爛れたそばから置き換えていたのだろう。

 だから、あれだけの火力で長時間炎に焼かれても、異次元咲夜は無傷に近い形で起き上がり、私にナイフを突き立てることができた。

 何もなければそれで終わっていた。パチュリーの使い魔もナイフで掻き消され、武器を奪われ、自分が死にゆき様を眺めている事しかできなかった。

 しかし、彼女が直前で助けてくれた。血のように赤い髪が風でなびく。背中は直視できない程にズタズタで、ここまで来れただけでも壮絶たる激痛に苛まされている事だろう。

 その状態で動いただけでなく、奴のナイフが私に刺さる直前に叩き折った。何か流れが変わってきている事を、私は何となく感じていた。

 たかが一度の攻撃を防いだ。奴はたかがと言うが、されど防いだ。異次元咲夜は美鈴が銀ナイフを砕いたことを軽視しているようだ。ただ運がよかったと考えている今の内が、奴への付け入る隙だ。

 美鈴が異次元咲夜の攻撃を防げたのは偶然ではない。必然だと私は思っている。正直な話、目が見えている段階でも彼女にそれをするだけの実力はなかった。それを目が見えていないのにやってのけたのは、偶然で片づけるのには少々無理がある。

 我々の攻防に慣れている異次元咲夜の得物を破壊するのは、今やレーヴァテインを以てしても数度振らなければならず、それでも熱による変形程度だ。美鈴も以前は拳を数度交えなければ破壊できないでいたため、それを一撃で破壊できたのも私が偶然ではないと考える要因の一つだ。

 何が起こっているのだろうか。確実に私の範疇を超えたことが起こっている。私から見れば、美鈴は普通に走るよりも、後ろ向きに走った方が速い。それに等しい事をやっているのだ。

 しかし、そうなるとおかしい話だ。何がどうなれば目が見えている時よりも、見えていない時の方が善戦できているのだろうか。

 

 

 否。

 これまでに目が見えていた者が急に視力を失ったのに、それ以前と同様かそれ以上のパフォーマンスで動けるわけがない。

 これが例え、時を操るメイドだろうが、剣技を扱う剣士だろうが、幻想郷を守る博麗の巫女だろうが、戦闘能力の著しい低下に例外は無い。そこに、当然ながら美鈴も含まれる。が、今の状態では含まれていた。である。

 もし、美鈴が自分の悪い部分を顧みず、咲夜と手合わせしたことを思い出すこともなく、自分の身一つで意固地に固執して戦おうとしていれば、先の挙げた例の一覧に名前を連ねていただろう。

 そして、頼りにしている視界を失い、体中は切り裂かれて血まみれ。自分の無力さに打ちひしがれ、片腕を失った時の様に戦意を喪失し、そのまま出血多量で死に至っていてもおかしくはなかった。

 そうならなかったのは、一概に美鈴の能力のおかげだった。それは、最後の戦いに興じるための気力を美鈴に与えただけではない。自分の命をつなげるために、炎で背中の切り裂かれた傷を焼き塞ぐだけの精神力をももたらしたのだ。

 視力のある生物は軒並みそれに頼って生きている。嗅覚に優れる犬でさえ、視力は感覚情報の七割は占める。聴覚と嗅覚がそれほど良くない人間であれば、犬以上に視覚に依存することになるだろう。

 そんな中で美鈴だけが視力を失っても、同等かそれ以上で行動できるのは、むしろ視力を失ったおかげともいえる。

 彼女の能力は、視力がある内では絶対に伸びることが無かった、気が付くかどうかもわからない物であった。

 英断だったのは、視力の代わりを聴力で補うのではなく、能力で補ったことだ。普通なら視力の次に情報感覚を占める聴力に頼りたくなるものだ。

 それを蹴ってまで能力に拘ったのは咲夜との会話もあるが、聴力に頼っての戦闘などたかが知れていると自分でも理解しているからだ。それならば、能力にかけるしかなかったのだろう。

 その結果が今を招いた。彼女はこれまでに視力だった部分を全て能力に補わせることで、これまでにない感覚に身を包まれていた。

 彼女の能力は気を扱う程度の能力に間違いはない。気を扱うとは魔力を扱うと同意義であり、他の魔法や時間、剣術などを司る能力と違って華が無い。しかし、それ故に汎用性が非常に高い能力と言える。

 気を扱う程度の能力は、魔力を扱う能力。もっと噛み砕いて説明すれば、魔力を使うことに特に特化した能力。

 魔理沙ほどの扱いはできずとも、一部分にのみ集中すればそれに近い精度で用いることができるだろう。弾幕、体術、防御、移動、治療、あらゆることに美鈴は使える。

 五つの例を挙げたが、彼女が使用しているのはこのどれにも当てはまらない。弾幕は、体術を使う美鈴には必要はない。

 防御力は、いくら魔力を扱う能力を持っていたとしても、ナイフを弾くほどに強化はできないため必要性があまりない。素早さを上げたとしても、目の見えない今の段階では使いこなすことは非常に難しい。

 治療に回そうにも、背中に数十の切り傷があり、更に荒療治で肉体を焼くことで塞いでいる。問題ないレベルにまで回復させるのには、通常よりも二倍の回復力があったとしても、現存する魔力を全て注ぎこんでやっとだろう。これも、特化して使う理由に至らない。

 そうなれば体術が選ばれそうだが、戦える力を手に入れただけで、戦うための土俵に昇れていない。

 彼女が選択したのは、魔力による探知だ。視力を補うために聴力を魔力で伸ばしたわけではなく、魔力を探知する第六感に近い魔力の流れを感知する部分に特化させた。

 彼女は自分を中心に魔力の流れから、マップを形成する。エコロケーションのように周りに魔力を飛ばし、帰ってきた魔力の時差等から周囲に何があり、それらがどこに配置しているのかを探るのではない。

 魔力を扱う人間は勿論だが、ただの能力を持たない人間にも多少の魔力と言うのは存在している。生物のカテゴリーに含まれる者は質の強弱、量の多少はあるが、必ず持っている。

 魔力を持つというのは、植物も例外ではない。大地から微量の魔力を吸い上げ、蓄える。それらを人間などの動物が取り込んで消費する。魔力を使えないただの動物に、食物に含まれる魔力を全て取り込むだけの吸収効率は無いため、それが土壌に帰される。簡単に説明したが、大まかな魔力のサイクルはこんな形となる。

 地球は生きているというが、それは比喩ではないことがわかる。それを感知することで美鈴は魔力の流れを感じ、目が見えていた時以上に周りがよく見えている。

 周囲の物にぶつかることもなく、脚を躓いて倒れることもなく、異次元咲夜に接近することができたのはこのためだ。

 今の美鈴には、目が見えていた時とは比べ物にならない量の情報を感じている。周囲に意識を向ければ、視力だけでは到底得られることのできない情報で満たされていた。

 燃やされた植物は、使い果たされた微弱で消える直前の魔力が巡る。生きている植物は全身に水分や養分を運ぼうと土壌から吸い上げ、そのまま末梢の葉っぱへと魔力の力と物理的な構造を使って吸収していく。

 葉っぱの表面からは、光合成により生じる酸素と水蒸気が気孔から噴出される。魔力を使用して行われるその小さな動きすらも、手に取るように美鈴の頭の中に入っていく。

 大量の魔力を能力につぎ込んでいるため、かなりの精度で探知することができている。顕微鏡でようやく観察することができる現象すらも、感じることができているという事は、人間台にすればわからない情報の方が少なくなってくることだろう。

 人間のあらゆる部分に魔力は循環している。重要な器官、奴が重きを置いている部分には、魔力は集中している。

 まずは肺と心臓。肺は効率的に酸素を血中に溶け込ませるため、集中しているのだろう。心臓は全身に血液を運ぶポンプだ。人間を優に超える運動を行うため、心臓がついてこれなければ話にならないからだ。

 奴の体内で特に強く魔力が分布されているのはその二つだが、その他にも血管や骨、筋肉等にも魔力は駆け巡っている。

 呼吸一つでも筋肉や骨、横隔膜、脳の一部の機能が使われており、それら周囲で魔力の流れが加速する。手を握ったり開いたり、顔を横に傾けるのでするのでさえも、周囲にある筋肉の一部が弛緩や収縮を行っている。

 収縮する際には魔力が使われて加速し、弛緩時には魔力のゆったりとした流れを感じる。そこから、奴が何をしようとしているのかは、武術で身体を使うことに長けた美鈴からすれば想像するのは実に容易いだろう。

「……」

 フランドールの魔力が下半身の筋肉に集まると、後方に飛びのいた。距離を離したところで、指や手の平の辺りに魔力が集中し、剣を象った魔力の炎が揺らめく炎剣を作り出す。美鈴がやられそうになった時に割って入るためだろう。

 しかし、フランドールが割って入らなければならない状況など、それこそ終わりだ。そうならないようにするためか、美鈴は気合を入れるために深く息を吐き、構えに入る。

 それと同時進行で異次元咲夜も構えに入る。敵の全身に満ち満ちる魔力から、重心を落として構えに入ったのだと美鈴は魔力の情報からわかる。ここまでは特に特出することは無い。問題は次だ。

 異次元咲夜の腕と指先に魔力が集中していく。こちらに跳躍してくるのであれば、脚に集中するはずであるため、それが無いところを見ると、美鈴に投擲するつもりだ。

 美鈴が聴力を頼りに戦っていると思っているのだろう。そこから動くことなく銀ナイフを投擲した。確実に当てるため、物体として固有の能力で固定された魔力の塊だった物が、回転させることなく魔力制御にて直進していく。

 美鈴が耳に頼っていれば、恐らくはこれで決着がついていただろう。強化しているとはいえ、元が人間とそう変わりない聴力では、風とナイフが空を切る音を聞き分けすることができない。おそらく、奴が動いたであろう服を擦る音も、草木の音に紛れて聞き取れることはなかったはずだ。

 今回の銀ナイフは、奴からしても試しの一撃なのだろう。美鈴がどれだけ音を聞き分けられているのかの。しかし、一本しか投げないのは、数が増えて攻撃を気取られるのを嫌ったのもある。が、この攻撃は試しであり、これで終わらせるという意味でもあるのだ。

 それほどまでに精度の高い投擲だった。至近距離で放たれる弓や弾丸のように、ほぼほぼ直線だ。軸ずれによる空気抵抗の増加もほぼ無く、飛翔音が抑えられている。

 頭部の、それも眉間を狙った投擲は、速度や銀ナイフの重さから来る威力によって、切先は脳の奥にまで到達することだろう。

 角度から呼吸や体温調節など生命維持に大きくかかわる脳幹には当たらないが、脳を抉り込むように斬られれば、いくら妖怪と言えども意識の喪失は免れない。

 美鈴は目が見えていないのが嘘のように、最小限の動きで銀ナイフを後方へ見送った。その動きは一分の無駄もない。

 耳のすぐ横を物体が通過する気配がするだろうが、乱されず余計なことに気を回さない。美鈴は全神経を固有の能力へ集中させ、感知の精度を維持し続ける。

 魔力の流れから異次元咲夜の位置を特定し、目を潰された美鈴はあたかも目が見えているように、糸で誘導されていくように宿敵の方向に吸い寄せられ、片腕一本で激しい戦闘を繰り広げる。

 ただの人間がその間に割って入ろうものなら、二人にその意思がなかったとしても、人間に命はなかっただろう。傍目から見れば、その戦闘の激しさは博麗の巫女を連想する。人間が行う戦闘、妖怪が繰り広げる戦闘。後者でさえも、美鈴たちの戦いは一つレベルが違うと言えた。

 レミリアよりは過ごした時間は短い。だが、少し暮らせば、少し手合わせする様子を見れば、手合わせをすれば当人の力量は測れるものだ。だが、その自分が思っていた采配の上を行く美鈴の戦いには、フランドールは圧巻と言うざるを得なかった。

 ほかの平行世界にでさえ自分の能力に、自分が持つ固有の能力の資質に気が付く紅 美鈴はそれほど多くは無い。異次元咲夜の様子から、数百はある世界を潰してきたとしても、そうそう相まみえる事が無かったとすると、気が付くこと自体がかなり稀と言える。

 しかし、稀と言ってもゼロではなく、確率を謳おうにもこの世界にはどれだけの平行世界があるかなど、一つの世界に属する生物である限り想像がつかない。

 ただ一つ言えるのは、自分の両手両足、誰かの両手両足を借りたとしても、総数の1万分の1にも見たい無いだろう。それだけの世界があれば、美鈴のように能力に気が付くこともあるはずだ。

 とは言えその殆どは武術を使う前からか、使いながら能力に気が付いた美鈴であると思われる。武術を極め、能力など眼中にもなくなった段階で、自分の能力に気が付く者など、そうはいない。

 例え、目を向けて能力を開拓しようとしても、今回のような特殊な状況下になければ、能力を使いこなすどころか、発動している事を感じ取れるかどうかも怪しい。

 百歩譲って、能力に気が付いて固有の能力を使って戦っている門番がいたとしても、ここの美鈴にはかなわないだろう。

 攻撃や防御、行動力などを気を扱う程度の能力で更に強化したとしても、一言で言うなれば中途半端となってしまう。器用貧乏では、一つの事に全集中を注ぐ者には勝てない。

 そして、能力に気が付く者は少数派であると言ったが、ここの美鈴ほどの精度で能力を発揮した人物となれば、彼女を置いて他にはいないと思われる。

 闇夜の魚釣りと言うべきか、一寸先もわからぬ闇。平行世界を含め、先駆者の居ない誰も到達したことの無い高みへ彼女は進む。

 未知の領域に足を踏み込むその足取りに、一抹の不安も無い。彼女はやり遂げる、使いこなすことができなければ、こちらが負ける。ただそれだけだ。

 盲目の闘士は闇夜を振り払った。

 

 

 最初に仕掛けたのは異次元咲夜だ。銀ナイフをほぼ無音で投擲したが、掠ることもなくいなし、目の見ない美鈴は来るのを待つのではなく、自分から進んで異次元咲夜へと挑みかかる。

 聴力を頼りにしていると考えている異次元咲夜からすれば、かなり正確に自分の位置に到達する私へ、気味の悪さを感じているようだ。表情筋に使われる魔力の流れから、眉間に皺をよせ、口元をへの字に曲げている。

 奴が構える銀ナイフを正拳突きにて叩き割る。拳が当たった事で銀ナイフの魔力が使われ、魔力の結晶が弾けているのではない。魔力の流れは、ナイフの形状を一部保ったまま形が崩れていくため、砕けているのに間違いはない。

 出血は最大限押さえているとはいえ、時間が無い事には変わりない。本来ならばするべきではないが、異次元咲夜が銀ナイフを振るいながら後退した分だけ、私はそれにピタリとくっついて前進した。

 これまでならば、深追いした時点でこちらがやられていただろうが、異次元咲夜が私の能力を把握できていないのと、能力を無理やり行使している今ならば恐ろしくはない。

 奴が振るう銀ナイフを確実に破壊し、作り直させることで反撃する隙を一切与えない。防御、攻撃どちらに使ったとしても砕けることから、奴にとっては非常に戦いにくいことこの上なさそうだ。

 それを表す様に奴の口元が歪み、歯をむき出しにしている。楽しくて笑っているのではなく、自分が押されている事と何が起こっているのかわからない驚愕が入り混じっている。

 奴は自分が二本の腕で戦っているはずなのに、私に後れを取っているのが信じられないようだ。それもそうだろう、全快時でさえも同等程度で、怪我を負っているというのにここに来て自分を超えてくると誰が予想できる。

 しかし、実際にはスピードの関係性はほとんど変わっていない。むしろ、こちらの方が遅い。その状況下で戦うだけでなく奴を押せているのには、やはり能力がかかわる。

 これまでは、奴の初動を見てから動きを予想し、自分の行動に移していた。フェイント等もあり、どうしても自分の行動が後手に回ってしまうことが多かった。

 今は、そうはならない。筋肉や骨格に向かう魔力量、集中する量によって次の攻撃を読み取りやすい。

 目から得られる情報よりも圧倒的に正確であり、何よりも早い。これまでの動き出してからではなく、異次元咲夜が動き出す前にこちらは動き出せる。三手も遅かった行動を一手まで短縮できれば、スピードで後れを取っていたとしても奴を圧倒できる。

 異次元咲夜の作りかけていた銀ナイフを根元から破壊し、完成した逆の手に握られた銀ナイフもガラス細工か飴細工のように砕き折る。

 今までにない大胆な立ち回りをしているのにもかかわらず、戦闘が始まってから一度も反撃を食らっていない。いい調子であるが、奴が慣れる前に戦いを終わらせたいところだ。

 奴が後退した分だけ、それ以上に前進した。戦いながら踏み込むが、奴が銀ナイフを振りにくい超接近戦を行う。砕いた銀ナイフの破片が顔などの肌に触れるぐらいと言えば、どれほどの近さで戦っているのかわかりやすいだろう。

 もう何度目かわからないが、異次元咲夜の銀ナイフを砕き折る。丸腰同然の奴へ拳を繰り出すが、ギリギリで避けられてしまう。私が攻撃する僅かな隙を狙い、雑に作り出した銀ナイフを私の胸に叩き込もうと振り回す。

 その動作は魔力の流れから事前に察知している。腕の筋肉への魔力集中から攻撃で、筋肉の部位から軌道を予想する。かがんだことで頭上をナイフが通過し、攻撃で隙を見せた異次元咲夜の脇腹へ、拳を叩き込んだ。

 魔力から、奴が身体をくの字に曲げたのが分かった。手の感触から、数本の肋骨に亀裂を生じさせることに成功したようだ。けれど、奴の能力の前では、物質を置き換えられて致命傷には成り得なかった。

 更なる追撃と行きたかったが、奴の周りに魔力が滞留すると体が浮き上がり、殴った衝撃を逆に利用されて後方へ逃げられてしまう。

 攻撃と思って、殴る準備しかしていなかったため、追うことができなかった。ここで仕留めてしまいたかったが、逃げられてしまったのは悔しさが残る。次があれば逃がさない。

 地面に着地した異次元咲夜へ走り出そうとするが、奴は殴られた腹部を押さえながら口を開き、何かを話している様子だ。

「…どう戦っているんですか………!」

 息がかかる接近戦をしていれば、嫌でも目に入ってくるだろう私の耳から血が流れ出ている事に。耳を切られたからではなく、その奥から血液は漏れ出ている。奴にやられたわけではなく、自分でやった。

 普通なら考えられない所業であるが、そうせざる得なかった。聴力の分も探知に回さなければ、異次元咲夜の動向を探れるまで精度を上げられなかったからだ。

 こうしてこれまでの部分を見返すとわかると思うが、今の私の耳は、以前のような機能を持っておらず、周囲から音を拾っていない。

 燃える炎や吹き抜ける風の音。砕けた銀ナイフや骨の破砕音。異次元咲夜がダメージに呻く声や妹様がこちらを案じる声すらも聞こえてこないのは、彼女が心配していないのではなく私の耳に届いていないからである。

 しかし、それでも異次元咲夜が言っている事がわかるのは、彼女がしゃべる吐息に含まれる魔力の流れを読んでいるからだ。漫画のように吹き出しを読むのではなく、言葉に含まれている性質を感じ取っていると言った方がいい。

 言霊。と呼ばれるものを一度は聞いたことがあるだろう。話した物事が本当になるという、昔から信じられている幻想的な事象だ。遠く感じる現象に聞こえるが、私たちはかなりの頻度でこれを行っている。

 人の言葉と言うのは、ただの人間だったとしてもかなり大きな影響力を持っている。地主が税を納めさせるために、農民から取り立てるのも少し違うが近しい物がある。それをしなければならないと、心情が働くのは言霊による少なからずの影響だ。

 魔力を持っている我々が言霊を使用している部分と言うのは、スペルカードだ。スペルカードをいちいち読み上げて放っているのは、単にルールで行っているのではない。これから放つ曖昧だった技を言霊によって固定化させ、威力を上げているのだ。

 話は少し逸れたが、簡潔にまとめれば吐息に含まれる魔力から言葉を特定している。

「さあ…」

 答え合わせなどするわけもなく、私は構えに入った。正面に映る人型の魔力の塊に向け、跳躍した。少しでも足を延ばせば地面に当たる高さを滑空し、振り下ろし気味に拳を異次元咲夜に繰り出した。

 異次元咲夜は初動を見送り、迎撃することなく私の攻撃を横へ軸をずらして避ける。そこでも銀ナイフを失うような立ち回りはしない。

 刺突してくる異次元咲夜の銀ナイフを上体を軽く逸らしながらかわし、打ち上げる拳で武器を砕く。腹筋を使って逸らした上体を、元へと戻しながら異次元咲夜へ前進する。

 首を掻き切ろうと薙ぎ払われた銀ナイフを手刀で根元からへし折り、蹴りを脇腹に叩き込むが、すんでのところで刃を滑り込み、受け身を取られてしまった。

 作り出したばかりで強化する暇がなかったのか、いつも以上に簡単に砕けると、殺し切れなかった衝撃が異次元咲夜の脇腹に伝わり、横に吹き飛ばされていく。

「ぐっ…!?」

 吹き飛ばされ、隙を見せている異次元咲夜は魔力で足場を作り、私が追撃する前に跳躍した。急激に方向転換をすると、こちらに銀ナイフを数本投擲してきた。

 今更この程度の攻撃は脅威には成り得ない。一メートル程後ろに飛びのくと、私がいた位置に銀ナイフが突き立てられていく。魔力で浮遊を続ける異次元咲夜は後方に下がった私を追い、魔力で作り出したナイフを更に十数本も射出した。

 黙ってサボテンになるつもりはない。後方に下がったことで、後方にあったそれなりに育った木が私よりも前方に出た。異次元咲夜を吹き飛ばした時と同様に、樹木へ回し蹴りを叩きこんだ。

 木に斧を振るった時のように木片が飛び散り、異次元咲夜と銀ナイフに向かって半分折れかかっている樹木が吹き飛んだ。

 弓や鎌の刃の湾曲したカーブを思い浮かばせる程に木が大きく曲がっている。地中の根が、複雑に絡まるため木が動くか心配だったが、狙った通りに吹き飛んでくれた。

 異次元咲夜が投擲していた銀ナイフに丁度かぶる形で飛んでいき、攻撃を遮った。複数本の銀ナイフで止められる重量ではなく、そのままメイドのところまで突き進んでくれることだろう。

 そのうちに、私も次の一手の準備を始めた。下がっていた一メートルを今度は進み、地面に突き刺さっている異次元咲夜の得物を、奴がいるであろう場所へ蹴り飛ばした。

 蹴った瞬間にナイフと靴の間から魔力が弾けた。稲妻模様に切れ目が開き、亀裂が生じる。蹴りと蹴りが当たる部分を調節したが、当たり所が悪くひびが入ってしまったらしい。

 高速で回転し、亀裂で生じた破片をまき散らしながら、刃が木の幹を切断した異次元咲夜へ向かっていく。体を捻り、下から突き上げる斬撃ではじき返した。耐久性能が大幅に落ちていた蹴り飛ばした銀ナイフは砕け、異次元咲夜の握っていたナイフは得物として使えない程にぐにゃりと曲がっている。

 異次元咲夜は銀ナイフを即座に捨て、魔力で足場を作りだすとそこに着地した。地面まで降りるタイムラグを減らしたのだ。

 すると足に魔力の流れが集まっていく。最高潮に達すると同時に、筋肉が収縮と弛緩を見せ、常人を遥かに超えた強力な足のバネから迅速の跳躍が生み出される。

 大量の魔力の粒子が後方に弾け、異次元咲夜が弾丸の如く弾けだされた。魔力の流れを頼りにしているため、大胆な移動にばかり目が行きがちだが、奴の両手にはしっかりと銀ナイフが生成されているのは見逃さない。

 両方とも逆手に握られているが、用途はどちらも違う。片方は刺突、もう一つは薙ぎ払う斬撃だ。片腕ごとで筋肉に集まる魔力量の違いから、奴の攻撃を察知した。

 薙ぎ払いをいなしながら胸を貫く奴の刺突を正面から殴り合い、銀ナイフを一方的に叩き割る。ガラスのように銀ナイフを拳で貫き、根元である鍔へと打撃を加えた。

 正面からやり合い、衝撃があることが前提で撃ち込んだ私の打撃の方が一枚上手だ。銀ナイフの鍔ごと異次元咲夜の指の骨を叩き潰す。

 魔力の流れから、小指から中指にかけて砕けたようだ。流動する魔力が乱れ、強化等に使われていた魔力が散在していく。だが、固有の能力がかけられ、砕けた骨をそれに近い物体で修復していく。数秒後には性能は落ちても銀ナイフを振るうことができるところまで回復することだろう。

 追撃しようとする私に対し、異次元咲夜の足の筋肉に魔力の流れがある。蹴りに使う筋肉ではなさそうで、逃げるのが目的だ。魔力の集まる筋肉の部位から、逃げる方向を割り出し、後方へ飛びのいた異次元咲夜にピタリとついて拳を放った。

 生成された銀ナイフで迎え撃つが、妹様のレーヴァテインを受け止めていた時の防御力は見る影もなく粉砕し、胸部を打ち抜いた。

 肋骨を数本折るのでは足止めになりはしない。もっと、広い範囲で骨や臓器に障害を与えなければ、奴の勢いを削ぎ落せない。

 叩き込んだ拳を中心に胸骨から肋骨までを砕き、衝撃は心臓などの内臓をシェイクして潰す勢いがあった。並みの敵であればここで終わっていただろうが、今戦っているのは異次元咲夜だ。

 奴もこれまでの経緯から、私に銀ナイフを折られるのは織り込み済みだったようだ。砕けた肋骨や胸骨を、亀裂が生じたそばから修復し、攻撃による怯みを極力なくすつもりらしい。

 予想よりも隙が少なかったとしても、隙には変わりない。私もそう長くは戦っていられないため、ここで勝負を決めに行く。

 目を潰された際に、作っておいたスペルカードを起動する。魔力で形成しておいた基盤に魔力を注ぎ込み、スペルカードの型を作る。それを叩き割り、スペルカードを抽出した。

 胸元を押さえている異次元咲夜は、反撃の準備や逃亡の準備ができていない。一瞬たりとも時間を空けず、スペルカードを発動した。

 作っておいた通りに全身に魔力が駆け巡っていく。強力な体術に体が耐えられるよう、身体が強化されていくが、その大部分は下半身の足に集中していく。

「気符『地龍天龍脚』」

 下がる異次元咲夜に対し、私は大股で前進しながら右足を地面へと叩きつけた。魔力の一部が解放され、周囲のごく狭い範囲に衝撃として魔力の波が拡散する。

 地上で過ごしている以上、人の重心は常に地面に足を付いていることが前提となっている。それが崩されれば、いくら異次元咲夜と言えど、反応には時間がかかることだろう。

 今回のスペルカードにはなにも特別なことはしておらず、これまで数百にもなる私と戦ってきたことで、技ぐらいは知っているだろう。

 奴からすれば対処は容易であるだろうが、事前にダメージを受けていた事と初撃をまともに食らったことで、異次元咲夜はただのスペルカードで済ませることができない状態だ。

 一匹目の龍は、その名の通り地面から異次元咲夜に食らいついた。普通なら回避されて終わりだった攻撃は、奴の足をしっかりと捉えた。そして、スペルカードの名称からもわかる通り、これで終わりではない。龍はもう一匹いる。

 地面を強化した足で踏み込む蹴ったのは、奴を衝撃によって逃げるタイミングを阻害するだけが目的ではない。その反動を使って上空へと飛翔しながら異次元咲夜へ蹴りを放つのにも使われる。

 二匹目の天龍に当たる攻撃は、斜め上へ前進しながらの回し蹴りだ。大量の魔力を込めただけはあり、蹴りは片腕を失ってバランスの悪い私の重心からすれば、かなり精度の高い蹴りだろう。

 その威力たるや、異次元咲夜の近くに生えていた木を、軋ませて湾曲させる暇も与えずに両断させるものだった。

 蹴りを放ちながら前進したため、異次元咲夜の気配を自分から見て後方に感じる。スペルカードを放つ前と同じ地点に佇む異次元咲夜は、深く探りを入れずとも異常な状態へと陥っている。

「くっ…あああああああああああああああああああああ!!!」

 奴の足元へ、右腕が落下した。無造作に投げ捨てられたように転がる腕は、肩ごと私の蹴りで抉られたようだ。戦闘能力の大幅な低下が期待でき、着実に勝利へ歩を進めていることを実感した。

 この程度では終わらせない。戦闘が終わった後には骨も残させず、奴には地獄を見てもらう。

 




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