それでもええで!
と言う方のみ第百七十四話をお楽しみください!
振りかぶった拳が異次元咲夜の銀ナイフに叩き込まれた。金属音を奏でながら、得物に含まれる魔力が使い果たされ、ナイフ全体に亀裂が広がる。
耐久性能が落ちていた銀ナイフは柄を残して砕け、得物としての体を成さない。それを察していた異次元咲夜はすぐさま新しい得物を作り出すが、その頃には次の攻撃が目の前にまで迫っている。時間をかけないで作り出した銀ナイフなど、最早脅威ではない。獲物ごと奴の左手の骨を粉砕する。
今発動しているスペルカードは、回転すればするほどに加速し、その分だけ威力が増す。じきに武器の生成すらも追い抜く速度となるだろう。
「せぇぇぇい!」
花火のように、金属片と淡青色の火花が弾ける。続いて右手に握られた得物を粉砕し、回転しながら続いて蹴りを放つ。右手で受けた内に左手を修復したようで、銀ナイフを構えて攻撃を迎え入れている。
同時並行で銀ナイフを生成していたようで、先ほどの鈍らとは違ってそれなりの強度を持っていそうだ。正面からやり合うのではなく受け流す形で得物を使用し、速度の乗った蹴りをいなしていく。
ただ。本物の肉体ではなく、それに近しい物質で作られた人形に近い腕では、勝手が違うらしい。いなそうとした得物を横から抉り、生成した得物を数秒も経たぬうちに鈍ら同様の姿へと変えさせた。
完璧にいなして私が回転するうちに切り裂くか、逃げることができれば、奴にも生き残る可能性はあっただろう。まだ、まだまだ速度は上がっていく。回転運動は最高速度に達していない。
回転しながら攻撃を放ち、得物を砕いていく。異次元咲夜に反撃に翻る暇はない。回転速度が上がるが、同時に威力も天井知らずに上がっていくため、いつしか防御に徹することしかできなくなっているようだ。お前の矛では、私の盾を貫けない事を思い知らせてやる。
拳が銀ナイフをなぞると魔力の塵が爆ぜる。火花や金属片が同時に舞わない事から、異次元咲夜は私の拳をいなしきったようだ。
大きな隙だ。私は大ぶりの一撃を放ち、いくら回転速度が上がっていたとしても、得物が生きていれば攻撃に出ることもできるだろう。または、スペルカードから逃げるか選択肢が奴にはあるが、そのどちらも遂行することは不可能だ。
威力が上がっている事で、攻撃が来るとわかっていても上半身を後ろへ仰け反らせる威力を持っている。その状況では反撃に出ることは難しい。
例え、銀ナイフが使用できる状況でも、回転で体が高速で動いている今は、投擲で当てることは困難だろう。それに加えて片腕を失っている事で、軸が定まらず振り回されるような回転でもあるため、狙いは付けられない。
逃げようにも私は進みながら攻撃を放っているため、無理な体勢から中途半端に逃げようものなら、拳か蹴りの餌食となる。今の速度であれば、退避する途中で捉えられるだろう。
どうやっても異次元咲夜はこの連打からは逃げることはできない。私が注意すべきは奴ががむしゃらに突っ込んできた時のカウンターだ。回転運動で止まれない分だけ、私へのダメージは想像を絶するだろう。
しかし、逃げることが難しく、反撃に出ることもできない攻撃速度になっている段階でカウンターが飛んでくる可能性は低い。奴ががむしゃらに行動を起こさなければならなかったのは、私がスペルカードを発動した直後だったのだ。
回転速度が上昇した分だけ打撃の感覚も短くなっていく中で、防戦一方の異次元咲夜はいよいよ武器の生成が間に合わなくなって来ている。
もっとだ。奴の息の根を止めるのには、この程度では足りない。立ち直れなくなるほどの強打をもっと早く、もっと強く。竜巻のような、目にも止まらぬ連撃を呼吸する暇すらも与えずに放ち続ける。
「りゃああああっ!!」
蹴りで銀ナイフを粉々に割り、異次元咲夜の上半身を大きく仰け反らせた。これまでに繰り出した攻撃の中で一番大きな隙を晒しており、異次元咲夜の鉄壁とも言えたガードが限界に達している事を示唆している。
できうる限り高速で回転し、仰け反りから立ち直っていない異次元咲夜へ、低い位置から上へ拳を突き上げた。奴の防御をすり抜け、脇腹へようやく致命の一撃を叩き込む。
数度の攻防で激しく動き回っているため、探知を妨害する魔力は多少晴れてはいるが、それでも奴を認識することはできない。奴がどんな顔をしているかなどはわからないが、残る数回の攻撃全てぶちかまし、このまま押し通す。
感触から、肋骨を銀ナイフ以上に粉々にしたのは言うまでもない。砕けた破片で内臓がズタズタに裂けてくれれば話は早い。そうならなかったのは、仰け反った体勢から、完璧に立ち直る前だというのに体を捻って衝撃を逃がされたからだ。
攻撃を器用に逃がしたとしても、骨を折るほどの衝撃が体を駆け抜けた事実は変わらない。回転する短い時間で立て直せるダメージではない。残る攻撃は三回、次は奴の体を貫いてやる。
最高速度に達して最大の威力となった拳を、奴の顔へ叩き込んでやる。当たり所がよければ、片道切符であの世まで特急で送りつけることができるだろう。
一撃で命を刈り取る威力を兼ね備えたとしても、そこまで簡単に事が進まないのは嫌と言う程に思い知らされている。殺気から勝負を決めに来ていると察した異次元咲夜は、案の定防御の体勢へ移行している。
体勢はある程度崩れてはいるが、生成したであろう銀ナイフを拳と自分の間に滑り込ませ、防御の姿勢を取った。その鈍らごと、憎たらしい顔を貫いてやる。
「はあああっ!!」
最高速度、最高の威力を兼ね備えた拳を叩き込む。青色の魔力の塵のみが弾け、周囲に飛散した。
拳が銀ナイフに触れた瞬間に違和感を覚え、コンマ数秒後には違和感が間違いではなかったことを察した。奴の銀ナイフが、恐ろしい程に硬い。
威力の三割ほどは受け流されたが、残りの七割は衝撃として得物に伝わったはずなのに、奴の銀ナイフが砕けることはない。衝撃のエネルギーが砕かれることに使われず、周りへ拳圧として拡散した。
待機が揺るがされ、放射状に広がれば周囲を満たしていた魔力も、生産し続けている出元もまとめて吹き飛ばすことになる。
視界が一気に開けた。ずっとノイズがかかっていた魔力のマップが頭の中に入ってくる。これまで使っていた銀ナイフと、見た目はほとんど同じ形をしているのに異常な耐久性能を見せたのは、奴が時間をかけて作り出したからではない。
奴が持ち出したのは能力で作り出した劣化版ではなく、オリジナルの銀ナイフだ。これまでであれば、受け流しでさえも銀ナイフを砕くか抉っていたが、今回はむしろ私の拳に痛みを生じさせた。
自分の中で焦りが膨らみ始めたのを感じる。私が今発動しているスペルカードは、威力の最高潮を迎えていると言っても過言ではない。魔力で作り出したものならば容易に砕けるが、オリジナルであった場合は破壊に至らない。という事は、スペルカード終了時に奴を地面に沈めなければ、十中八九反撃でやられることになる。
逆を言えば、奴がオリジナルを出さなければならないところまで追いつめられているとなるが、この土壇場では私と異次元咲夜の勝敗を一気に決めかねない。
残る打撃は二回。振り子のように全体重と身体のしなりを使い、威力を高めた拳を送り出そうとした時、膝ががっくりと折れた。
「っ…!?」
あと一歩分だけ回転し、奴のところへ進むことができない。気が付かないうちに攻撃を受け、回路を壊されたのかと思ったが、違う。
動かないのは、脚だけではない。拳を振り抜こうとしていた腕やしなりを生み出す背筋などの筋肉までもが動いてくれないのだ。異次元咲夜に時を止められたわけでもなく、消耗していた肉体が、瞬間的に火力を出すスペルカードに耐えられなかったのだ。
「……ごふっ…!」
気が付けば、体温は生物としてギリギリの温度まで上昇していた。体温だけではなく、心拍数や血圧は人間であれば、等の昔に死んでいてもおかしくはない所まで上昇している。
加えてこれまで誤魔化していたダメージがついに顔を覗かせる。込み上げた血液を押し返すことができず、そのまま吐きだした。膝が笑い、立っているのもままならなくなり、そのまま倒れてしまいそうだ。
攻防で長い事呼吸をしていなかったせいで、息の仕方を忘れてしまったのだろうか。息を吐き切り、吸う事しかできないはずなのに胸を膨らませて空気を取り入れることができない。
「っ……っつ…!!」
無理が総じて引き攣った筋肉を弛緩させようと、魔力を送り込もうとしたところで、後方から異次元咲夜がゆっくりと歩み寄ってくる。
「あと何回攻撃をできたかは存じませんが、そのうちの一回でも当てることができれば、こうして立っていられたのは逆だったかもしれませんが、お前はその程度なんですよ」
異次元咲夜は嗤い、胸を押さえて倒れかけている私に囁きかける。そんな至近距離に仇がいるのに、私は動けずに倒れないように体を支えるので精一杯になっていた。
「ふっ……くっ……っ…!!」
拳も持ち上がらず、力を込めた腕がブルブルと震える。異次元咲夜も私が限界だという事を察し、持っていたオリジナルの銀ナイフを逆手に持ち変えた。
「盾では、矛を殺せない。よくわかりましたか?」
そう言って異次元咲夜は銀ナイフを私に振り下ろした。左鎖骨に切っ先を添え、少し力を込めると皮膚を突き破って抉り込む。身体を強化していたとしても、刃を止めるには至らない。
「っ……ぐっ……!?」
ゆっくりと異次元咲夜は銀ナイフを沈めていく。あと、数センチでも刃を進ませれば、切っ先が動脈を傷つけ、残った血液を吐き出して出血死することだろう。
こんな奴の笑い顔が、最後に見る光景だなんて、悪夢だ。喉を鳴らして笑い、残りの数センチを一気に突き刺そうとした奴の表情が見えた。そこには強敵と相まみえた楽しみや、殺したという驕りが無い。これまでには無い、表情が含まれていた。
能力を二つ持ち、あらゆる世界の人間を殺してきた異次元咲夜には無縁とも思えるその表情は、ようやく殺した。そういう安堵が含まれていた。
「っ…!」
脚から力を抜いて私は倒れ込むように腰を落とし、奴の銀ナイフを肩から引き抜いた。鮮血がこびり付く得物が露出し、一時の安全を確保した。
私が逃げたことで、異次元咲夜は追って銀ナイフを振り下ろそうとするが、その内に大きく胸一杯に息を吸い込み、全身に酸素を行きわたらせる。
何を諦めていたんだ。どれだけ化け物じみていたとしても、奴だって人間だ。どれだけ能力で傷を埋めようが、ダメージは蓄積されている。
また、仲間を殺されたいのか。怒れ、怒れ!怒れ!!脳裏に焼き付いた殺された仲間たちの姿を今一度思い出せ。
「はああああああああああああっ!!」
これで終わったと完全に油断していた異次元咲夜の握る銀ナイフを跳ね除け、顔に拳を叩き込んだ。頭蓋が歪み、頬骨を砕く。感触や魔力の流れから片目を潰しているが、能力ですぐさま修復されていく。
限界が何だ、限界を限界で塗りつぶせ。奴が大勢を崩した隙に、さらにもう一度大きく呼吸を行った。
十分な量の酸素を取り込むことはできたが、二度の呼吸ではたかがしれ、心拍数が高い状況では呼吸をしている感じがしない。
さらに攻撃を叩き込もうとした瞬間、異次元咲夜も私に止めを刺そうと強力で大量の魔力を発生させた。スペルカードを使うつもりだ。
カードを銀ナイフで叩き切り、回路を抽出してスペルカードを完全に発動させた。この至近距離であるためか、殺人ドールや夜霧の幻影殺人鬼などの遠距離攻撃ではなさそうだ。
大量の銀ナイフを召喚するために、周囲への魔力の散布が無い。代わりに腕や持っている銀ナイフと言った身体に強力な魔力が集中している。
ならば好都合。手の届くこの至近距離は、私の距離だ。奴がスペルカードの宣言をする前に何をしてくるかわかっているため、一気に距離を詰めた。
攻撃方法をわかっていたとしても、今回は体がついて行かなかった。奴がスペルカードを発動するまでに追いつき、スペルカードごと奴を打ち砕くことが理想だったが、発動に間に合わせるのが精いっぱいだった。
「傷魂『ソウルスカルプチュア』」
異次元咲夜が両手の銀ナイフで大量の斬撃を繰り出してくる。速度は異次元咲夜の方が圧倒的に速いが、事前に行動がわかることで五分五分だ。
銀ナイフから魔力の斬撃が放たれ、私の拳と当たって弾けていく。正面から打ち合えば拳を覆う魔力を剥がされてしまうが、刃の時と同様に刃に対して拳の角度を変え、一方的に魔力の斬撃を砕いていく。
二回、三回と拳を振るい、異次元咲夜の斬撃を防いでいく。全身の筋肉を躍動させ、進みながら奴の斬撃を撃ち落とす。一度受けた技であるが、背を向けていたことと能力を使用する前であった事で、初めて受けるのと変わらない。
それも相まってか斬撃がすり抜け、胸を切り裂かれた。数十回にも上る回数切り裂くため一撃一撃は軽いが、そう何度も食らってはいられない。
奴のスペルカード時には、自分の時に起きた身体の限界は期待できず、無理やり掻き分けて進まなければならない。奴の斬撃を確実に処理していくが、数度攻防を交え、再び斬撃が拳をすり抜けて肩を切り裂いた。
「くっ…!」
あとまともに動ける時間はそうない。それだけでも十分な向かい風だというのに、斬撃でさらに風は加勢していく。私の体が短い休みではどうにもならず、早々に限界を迎えたのかと思ったが、そうではなく、奴が動きに乗って加速しているのだ。
拮抗していた攻防のバランスが崩れ、奴の攻撃を撃ち落とす拳が追い付かなくなってきた。三回異次元咲夜の斬撃を撃ち落とすが、四回目の魔力の斬撃に腹部を切り裂かれる。
奴がスペルカードを発動した時点で、私に逃げる足は残っていなかった。打ち合いは必須だったが、守るだけではだめだ。攻撃に転じなければ残った体力をじりじりと吐き出すことになる。
弾きながら進み、ナイフを振るう異次元咲夜へと前進する。私が斬り刻まれて倒れるのが速いか、奴のスペルカードを切り抜けるのが速いか。どちらかと言えば、前者の方が確率が高い。
奴の攻撃頻度がさらに上昇していき、三回は弾けていた攻撃も、二回しか撃ち落とすことができなくなっている。
血まみれで命の危機を本能が察し、全力で警笛を上げているが無視し、被弾覚悟で前進を続ける。細かな傷など、いくらでも異次元咲夜へとくれてやる。代わりに、お前の魂を寄越せ。
捨て身に近い前進、命を削るような連打。首や心臓など、主要な臓器が集中している部位への斬撃を避け、大きく前進し、奴を貫ける射程圏内へやっとの思いで入り込んだ。
私の腕が届く距離となれば、当然ながら異次元咲夜が振るっている銀ナイフが余裕で届く距離だ。奴はオリジナルの銀ナイフを使用しているため、作り出した得物とは勝手が違う。これまでの感覚で戦えば唯一の武器を失いかねない。
しかし、このスペルカードを止めるという部分にのみ焦点を当てれば、魔力の斬撃を処理すること以上に容易である。
作り出していた銀ナイフは、魔力の波が強い部分を狙ったとしても、数回で使い物にならなくなっていた。
それは、武器が僅かに変形したり砕けているという事であろう。そこに打撃のエネルギーが使われていた為に、奴の腕を武器越しに折ることができなかったが、オリジナルを出してきたことで条件が揃った。
簡単には変形しない銀ナイフと、これまでの攻防で腕を丸ごと作り変え、柔軟性を損なっている今の異次元咲夜にならできる。
右手に握られた銀ナイフを正面から拳で打ち抜いた。やはり得物は固く、砕くことはできなかったが、耐久性能が低い異次元咲夜の前腕がひしゃげたていく。ぐにゃりと曲がり、皮膚や筋肉としてる物質を引き裂いて、骨のようなものが飛び出した。
曲がりくねった異次元咲夜の腕から魔力の塵が漏れ、スペルカードの崩壊を示唆している。後は、奴の心臓を打ち抜くだけだ。
私の時もそうだったが、スペルカードを中断された際には、普通に終わった時よりも硬直時間は長くなる。私は、奴のような慢心はしない。
奴にかける言葉など無く半歩前進した。普通なら避けられるか、いなされるかで終わるであろう大振りの攻撃を奴の左胸へ放った。
間が悪い事に、次の攻撃を放っている途中だった左手の銀ナイフが、胸の前にあるが関係ない。それごと心臓を打ち抜いてやる。
銀ナイフの表面を拳が撫で、弾き落とした。次は心臓の番だ。奴が動けるようになる時間まで、まだまだたっぷりある。貫けないわけがない。
これだけ苦労し、私の命と引き換えに近い事をしたんだ。あんたにも地獄まで付き合ってもらう。お嬢様と、咲夜さんの怒りを拳に乗せ、異次元咲夜の胸を貫いた。
「ぐっ………ああああああああああっ!?」
魔力側の観点と、手の感触から、異次元咲夜の胸を貫けたことを感じた。胸から発生した魔力の乱れは全身へと広がっていく。明らかな致命傷だ。
「ごほっ…!!」
私以上の血液を吐き、喀血を催す。真赤な血液を咳き込み、水気の混じる溺れていくような呼吸を繰り返す。目は泳ぎ、瞳孔は開き切っている。文句なしに命を取った。
「いくら、あらゆる物質を作り出すとしても、心臓を貫かれれば…」
奴を殺した。そう確信していた思いは驚愕に溶け、天に昇って消えていく。異次元咲夜の乱れていた魔力が、正常な働きへと戻っていくのだ。あり得るはずがない、心臓を潰されて大丈夫な者など、妖怪だろが神だろうがいるはずがな—————。
「言いましたよね。盾で矛は殺せない」
直前に弾いた銀ナイフ、あれで拳の角度が僅かに変わり、心臓をギリギリで貫くに至らなかったのだ。今頃気が付いてももう遅いと、異次元咲夜が潰された腕を治し、胸を貫く私へ斬撃を繰り出そうとした。
「ええ、そうですね。私は盾であって矛ではないです」
腕を掻き切り、首を刎ねる。魔力で作り出したレプリカでさえできることだ。握っているオリジナルなら容易なことだろう。
「でも、矛の準備はできています」
私の言うことに異次元咲夜は遅れて理解を示し、勝ち誇っていた血相を変えた。自分や私以外の強力な魔力の流れを感じたからだ。離れた位置に陣取る妹様はカードを砕き、スペルカードを発動した。
「私ごとやってください!」
妹様は私から見て横方向に位置し、やろうと思えば異次元咲夜だけを打ち抜くこともできるだろうが、仲間を考慮してスペルカードを放てば威力は半減以上だ。彼女が放つであろうレーヴァテインは構造上薙ぎ払わなければ効果が薄い。当初の予定通り、奴諸共ここで果てる。
貫通している私の腕から逃げようとした異次元咲夜の体を掴み、逃げられないように拘束した。抵抗されるのは火を見るよりも明らかであるため、先手を打った。
「くっ……!?放せ!…死にぞこないと一緒に死ぬつもりはないんですよ!」
顔を切り付けられ、腹部に銀ナイフを突き立てられ、腕を搔っ捌かれる。それでも、残りのあらん限りの力を絞り出し、奴を離さない。肉を切らせて骨を断つだ。
首を切り裂かれ、大量出血を引き起こしている。だが、奴からすれば最早打つ手が無くなっていた。妹様がスペルカードを放つ最終段階へ移行したのだ。これからどう頑張っても、退避を邪魔している私を連れたまま逃げることは不可能だ。
「離せえええええええええええええええええっ!!」
異次元咲夜の絶叫が辺りに轟き、最後の抵抗に移るが、その悪足掻きに終止符が打たれた。
妹様の方向からはこれまでにない魔力の流れを感じる。周囲に霧散する魔力に、炎のような流れが感じられない。レーヴァテインで焼き殺されることを覚悟していたが、妹様は別なことをしようとしている。
構えを見せる彼女の姿勢には見覚えがあった。剣を振るうのとはかけ離れ、どちらかと言えば何か棒状の物を投擲する格好だ。その姿に、お嬢様の姿が重なる。
「神槍…」
顔の横で掲げていた妹様は、聞き慣れた言葉を発した。お嬢様のように見えたのは、気のせいではなかった。
「あれは、お嬢様の……」
周囲に霧散していた魔力が一気に手元へ集約し、瞬時に槍を形成する。目が潰れていて見えないが、その色はきっと目が醒めるような紅色なのだろう。
妹様の見様見真似の薄っぺらなものではない。魔力の流れから見る私からでも、その迫力に気圧されそうだ。
「『スピア・ザ・グングニル』」
妹様の腕力と、槍の前進する力が合わさり、十数メートル離れていたところから投擲された槍は、一瞬にして私たちの元へと到達する。
私は一切避けるつもりがなかったが、妹様は私もろとも異次元咲夜を殺すつもりはなかったらしい。刃で薙ぎ払うのではなく貫くため、薙ぎ払う面積が最低限である。これならば、私には当たることは無いだろう。
その詰めの甘さを投影したように、異次元咲夜の身体が後方へ下がり、頭部を貫くはずだったグングニルをかわした。
焼け焦げる匂いが鼻孔を擽り、物体が通過した暴風に襲われる。私と異次元咲夜の間を通過したグングニルは、横断したであろう魔力の帯だけを残して飛び去った。帯も次第に消え、遠くで聞こえる爆発音などが時折聞こえる静寂に包まれる。
「なっ……んで…!?」
しっかりと掴んでいたはずだった。指先にはまだ感覚があり、腕を切断されたわけではなさそうだった。異次元咲夜を見ると、胸元に新たな傷が見えた。致命傷にならないように自分の肉体を削ぎ落し、私の拘束から逃れたようだ。
恐ろしい、馬鹿げた程に強靭な精神力と執着心。自傷行為をしなければ生き残れない状況であっても、理性のために人はそれを中々することはできない。
例え、能力で身体の一部を代替えできるとしても、普通なら躊躇してしまう。ましてや、私の腕が原因であるならば、それを切り落とす選択もあったはずなのにだ。
奴は、私とは違った形で肉を切らせて骨を断ったのだ。私では最後まで戦いきれなかったため、妹様の攻撃が最後の手段だった。それをかわされ、打つ手を失った。
「うっ…!?」
スペルカード直後の硬直に見舞われた妹様に、異次元咲夜が銀ナイフを複数本投擲した。作り出したレプリカだが、吸血鬼に多大なダメージのある得物に、彼女も足が崩れ、膝をついていく。
投擲された物体をこちらが途中で打ち落とせればよかったが、首元からの出血が深刻な貧血を起こしていた。眩暈を起こした私は動きを止めただけでなく、膝をつくことになった。それだけでは収まらず、限界を超えていた体は、立ち続けようとする意思を無視し、立とうとする素振りすら見せずに地面へ倒れ伏せてしまった。
「美鈴!」
私の身を案じるというよりは、叱咤する妹様の声。ダメージからか、絞り出しているような形だ。意識を失いかけているからではなく、目の前に異次元咲夜がしゃがみ込んだからだろう。前のめりに倒れた背中に、銀ナイフを突き立てられた。
「ぐっ!!」
ぼやつく意識を鮮明へ引き戻された。胸に付けられ、付けた傷を能力で肉体に近い物質で戻した異次元咲夜は、嗤いながら私を見下ろした。
「また、目の前で主を殺されるのをそこで見ていてください。次はあなたです」
「や…め……て……!」
妹様が殺されてしまう。それを阻止しなければならない状況で、咄嗟に異次元咲夜の足に手を伸ばしていた。体の中で動かすことができたのはそれだけだった。だが、握力などほとんど残っておらず、振り払われるだけで簡単に解かれてしまうだろう。
そんな危機迫る状況だったが、妹様の言葉が思考の中にしこりとして残って仕方がない。先ほどの叱咤する声は、まだ彼女に何か秘策がの起こされているように感じた。
一体何ができるのだろうか、あの絶好の瞬間を逃し、これから何かわなを仕掛けることは今の私にも妹様にもない。
諦めかけそうになった時、最初の言葉を思い出した。異次元咲夜と戦い始めて間もなく彼女が言った言葉、上に気を付けて。当時はまるで意味が分からず、今もわからない。その言葉を指しているように聞こえたのは、勘だろうか、願望だろうか。
どちらでもいい。この状況を打破してくれるのであれば、何でもいい。上から何か来るのであれば、私にできることはただ一つ。こいつの注意をギリギリまで下に向けさせることだ。この状況では、難しそうに見えるが、もう手は打った。
「……?」
立ち上がろうとした異次元咲夜は気が付いただろう、自分の手足が何か拘束されるようだと。気のせいにし、歩き出そうとするが、拘束は強まり一歩たりとも動けなくなっていく。
「何…が……!?」
紅魔館を訪れた時、地下室で私は何気なくこちら側の八意永琳が作ったであろう薬を取り上げた。痺れを起こす薬と言う、病人を治すつもりがあるのかわからない薬だったが、戻すのを忘れて持ってきてしまっていた。
保険のつもりで異次元咲夜の身体を貫いた時に瓶を砕いて中の液体を撒いて来たが、飲み薬故に効果が出るのに時間がかかったのだろう。
ここの土壇場に来て、奴の根っこが出た。お嬢様の時のように私をすぐに殺さず、妹様を狙った。私の苦しむ姿を見ようとする捻くれ、歪んだ思考。それが最後の最後に勝敗を分けた。
作られてから随分と長い時間が経過し、薬の用法も守っていない事で効果はそこまで大きくは無いだろうが、妹様が行おうとしている事をやるまでには効果は持続してくれるだろう。
そう思っていたが、妹様は動こうとしない。上空に飛び上がり、スペルカードを放つなどをしようとしないのは、もうすでにやっているからという事だろうか。
彼女のスペルカードと同じ名前の槍が神話にある。そこでのグングニルは、的を外すことはないそうだ。
能力の探知で自分を中心にマップを広げるが、グングニルは見当たらない。数十メートル、数百メートルとマップを広げ、ようやく上空から落下してくる槍を捉えた。
捉えはしたが、それを認識したころには神槍は異次元咲夜を貫いていた。槍自体の速度と重力加速度が合わさり、投げた直後よりも早く感じた。
大量の魔力を注ぎこんだだけはあり、中に含まれている魔力が膨れ上がる。魔力の放出は、巨大な爆発へと変貌する。
音が聞こえなかったのが功を奏し、耳を劈く轟音を聞くことはなかったが、発生する爆発の中心に近い位置に私はいる。殺すスペルカードである以上、生き残りは絶望的だ。
咲夜さん。こんな時、あなたならもっと上手くやれた。そう、強く思える。妹様に怪我を負わせることもなく、自分を人柱とすることもなかっただろう。自分を犠牲になることが前提の作戦など、三流以下の者がすることだ。
あなたを超えようとがむしゃらに戦った。妹様の力もあり、異次元咲夜を倒すに至った。ある意味では彼女を超えられただろうか、しかし、真の意味で彼女を超えることはできなかった。
グングニルに含まれていた魔力が一気に拡散され、異次元咲夜に着弾と同時に爆発に薙ぎ払われた。吹き飛ばされた衝撃にもみくちゃにされ、私の感覚が死んでいなければ、片足の感覚が無い気がする。私が広げている魔力のマップ外へ、切り離された体の一部が一瞬にして吹き飛んでいった。
脚だけではない、私自身も先ほどいた場所から何百メートルも衝撃の赴くままに吹き飛ばされることだろう。空中に投げ出されたのか、地面を転がったのか、それ等がわかる前に意識が途絶えた。
次の投稿は2/19の予定です。