東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十話をお楽しみください。


東方繋華傷 第百七十五話 下には下

「………」

 音の無い世界が音で溢れている。細い棒状の物を振るい、空気の流れる音。金属同士が打ち合わさる耳を劈く金属音。魔力による爆発等で体の芯まで響きそうな重低音が響き渡る。

 音や衝撃などが、無音や無風だった世界に響き渡る。これまでにない変化がスキマ内に起こっているが、耳を覆わなければならない程の爆音ではない。

 紫さんが作り出したこの場所はかなり広いらしい。反響の様子が無く、音が減衰して消失しているのだろう。そうでなければ皆、反響に重なる反響で鼓膜がどうにかなってしまっていただろう。

 それだけではない。遠くで何かが現れたようで、これまでとはまた違った異質な気配がする。それを発しているのは、どんな世界にいたのかは知らないが、正常と思える世界で生きて来た私からすると想像がつかない。

 あんな、見るに堪えないグロテスクな見た目をしており、気色の悪さが際立っているが気の抜けない相手であるだろう。あの迫力はそこらの魔物ではない。もっと位の高い生物だろう。

 百十数メートルも離れているが、これまでならあの龍のような者の気迫に、震えて動くことすらできなくなっていただろう。私が骨の髄まで恐怖していないからと言って、あの化け物が弱いわけではない。本能がざわついており、化け物が野に放たれればそれだけで世界が壊滅するとわかるそんなレベルだ。

 紫さんは大丈夫だろうか、あんな化け物と異次元紫を同時に相手にしなければならない。自然災害とまともに戦うようなものだが、あの人なら恐らく大丈夫だろう。他人の心配よりも、自分の心配をしなければならない。

 あらゆるものを豆腐のように切断する観楼剣を持ち、複数の能力を所有する異次元妖夢。向こうも、こちらも、悪魔じみた力を持つ連中を相手にしなければならないのだから。

 紫さんは、私の能力がもっと攻撃的だと言っていた。なぜそんなことを言いきれるのだろうか。疑問が浮かぶが、彼女の言葉を聞いた時に、根拠もなく妙に納得している自分がいた。

 心臓が口から飛び出してしまうのではないかと思う程に拍動しており、緊張しているはずなのに脳内はこれ以上無い程に冷静でいるのも、疑問を呼ぶ。

 こんな感覚に陥るのは初めてだ。自分が自分ではなくなっていく。そう感じずにはいられない位に、私の思考はここ数百年で一番冴えている。

 前にも、こんなことがあったような気がすると思っていたが、私の記憶の中にそれは無い。生まれてからの年数など数えてはいないが、数百年は経過していると思われるが、こんな殺し合いをするような場面はなかった。

 いや、表面上はそう見えるだけだ。私たち妖精は、何らかの理由で死んだとき、その周辺の出来事を忘れてしまう。忘れてしまう理由はわからないけれど、自分の精神を守るためかもしれない。

 本来、死は生物における最後の事象だ。一方通行のはずであるが、私たち妖精はそれに逆らって戻ってくる。死の先を知ってしまっているのだ。普通の人間とそう変わらない精神力しか持ち合わせていないため、先を覚えてしまっていれば当然ながら精神が持たない。

 向こう側の忘れなければならない物と、大事な記憶を同時に少しずつ失っていき、私たちは今の状態へとゆっくりとなっていったと考えられる。

 死ぬ直前の消えた記憶は戻せないと思われる。記憶が可逆的に戻ったのでは、そのたびに精神崩壊してしまう。だから、今更私がどう戦っていたかを記憶から探ることはできない。

 紫さんの言い方から、昔の記憶が消える前の私はもっと攻撃的に能力を使っていたという事になるが、移動や回避以外に能力の使い道が思い浮かばない。

 しかし、戦い方を変えなければ、異次元妖夢の命を取ることはできない。これまでの戦闘で、瞬間移動しながら観楼剣で切り付けたりしてきたが、刀を振ったことの無い私では、どんなに先出しで攻撃したとしても、異次元妖夢に追いつかれてしまう。

 もっと別の方法で刀を使っていくしかないが、あの反応速度を見せる異次元妖夢相手に当てられる自信は無い。使えないのであれば、攻撃する際のブラフとして扱うしかないだろう。

「…」

 持っている物だけを瞬間移動させることができれば戦いやすい物だが、能力を使用すれば自分と持っている物を強制的に移動してしまう。

 しかし、紫さんの言い草から能力で何かをするのではなく、能力事態の強さを言っているようだった。使い方が想像できない。

 異次元妖夢は紫さんたちと、巨大なスキマの奥から現れた龍から目をそらすとこちらへ定めた。銃に狙いを付けられたように、殺気が私に集中する。

 異次元妖夢や観楼剣を握られた手からではなく、その隣から感じる気がした。奥の景色に同化し、そこにある物に気が付かなかった。境界を操る程度の能力を使ってスキマを作り出していたのだろう。

 太陽など光源となる物が無い、一定の光度で満たされた空間であることが仇となった。反射するほどの強い光が放たれておらず、突きの形で進んでいたこともあり、柄や鍔が隙間から顔を覗かせるまで気が付かなかった。

 一メートル以上の長さがある刃の分だけ反応速度に遅れが生じ、高速射出された観楼剣をまともに受けることとなる。不格好に構えていた刀をすり抜け、左肩に根元まで抉り込んだ。高速で撃ちだされた物体を受け止めるだけの筋力量は無く、後方へ吹き飛ばされた。

「屈辱的ですね。こんなのが私の相手に務まると考えられているとは」

 異次元妖夢はそう呟きながら、吹き飛ばされた私に追いつくスピードで跳躍してくる。早く立て直さなければ、あいつの薙ぎ払いで決着がついてしまう。

 奴の方向に目を向け、その後方に焦点を合わせた。奴が刀を振るのを待たず瞬間移動を使用した。意識が途切れるような感覚がし、異次元妖夢の姿が目の前から消えた。

 前方から向かってきていた殺気が後方に移動している。一度距離を離し、体勢を立て直そうとするが、背中にじんわりと痛みが走る。奴の後ろに回り込んだはずなのに、なぜ背中に斬られた痛みがある。

 混乱に支配され、移動するのを忘れていた私に、異次元妖夢が語りかけてくる。振り返らずとも、奴が笑っているのがわかる。

「そう何回も能力を見せられれば、視線から場所を割り出すことは簡単ですよ」

「っ……!」

 血液が出ているのだろう。切られたと思える部分に熱い物が広がっていく。しかも、一か所ではない。この短時間で二回得物を振るったようで、肩甲骨の辺りと、臀部の辺りに痛みが生じる。

 奴に見えないように、顔を正面に向けたまま視線だけ別方向に向け、瞬間移動を使用した。奴からは見えない位置、最初に紫さんが放ったいくつもの部屋に分割され、連結されている乗り物の中の景色が視界の中に映し出される。

 とりあえず、体勢を立て直すために退くのは成功した。今のうちに、肩に刺さった刀を引き抜かなければならない。突き刺さっているであろう観楼剣に手を伸ばすが、肩には刺さってお折らず、抉られた傷だけが残っている。

 重力の概念が無い世界であるため体重が感じられにくく、視線を向けるまで気が付かなかった。どくどくと溢れる血液を、魔力で何とか止血しようとするが、あまり効果は望めなさそうだ。

 上下逆さまに飛んできていたようで、肉を綺麗に断ち切ってくれたのは運がよかった。肉を引き千切る形で斬られていたら、出血はもっと酷かったはずだから。

 肩から漏れる血が手に纏わりつく。それを振り落とすと、鋼色の車体の一部に血の斑点が出来上がる。この出血量は、そう長くは戦えないかもしれない。

 いや、諦めちゃだめだ。できるだけの事をして、少しでも時間を稼ぐんだ。胸元のリボンを解き、肩の傷を縛る。

 そこまで長いリボンではなかったが、傷口を余裕で覆える長さはあった。端を右手で掴み、その逆側を歯で噛んで力一杯締め付け、止血を行う。黄色かったリボンが数秒と立たずに赤へと変わっていく。

「くっ…うぅっ…!!」

 締め付けた際に出血部から鈍い痛みが走るが、歯を食いしばり、何とか耐え抜いた。この位で根など上げらていられない。チルノちゃんたちは、もっと苦しい思いをしたんだから。

 戦闘に戻ろうと、傍らに置いていた古い血で濡れた観楼剣に手を伸ばそうとするが、触れようとする直前に刀と指の間に位置する床や壁から火花が生じた。瞬間に目の前に炎の花が咲き、その光量に目が眩みそうになる。

 それでも異次元妖夢の攻撃だと即座に頭を切り替え、延ばしかけていた手を引っ込めて武器を諦めた。逃げようと身を翻すが、車両を両断してできた隙間から現れた奴に、引っ込めていた腕を掴まれた。

 このまま瞬間移動では逃げられない。奴も一緒に移動するだけで、切り殺される未来は変わらない。逃げ込んでいた車両から引きずり出され、すぐさま刀を突き立てられると思った。だが、胸ぐらを掴まれると投げ飛ばされた。

 首に意識を向けていなかったら、頭が後方に吹っ飛んでいってもおかしくはない勢いだった。遠心力を付け、投げられた先には巨大な建物がある。狙ったのか飛んでいく方向には窓があり、止まらずにそこへ突っ込んだ。

 もともと亀裂の入っている窓であるため、ほぼほぼ抵抗など無く突き抜けて床に転がり込んだ。見た目から、外の世界の建物だと思っていたが、中も見たことの無い金属製の机がたくさん並べられている。

 壊れかけのガラスでは投げられた勢いをほとんど殺すことができず、机の上に落ちる形で転がり込み、運動エネルギーと自重で叩き潰した。その後も、急に止まれるはずがなく、たくさん並べられている机を弾き飛ばしながら壁に衝突し、ようやく止まった。

 背中や腕、脚など様々な部分をぶつけながら減速したため、体の節々が痛む。このまま転がって痛みが消えていくのを待っていたいが、その頃には死んでいる。強烈な殺気に誘発され、痛む傷を無視してよろけながらも横へ飛びのいた。

 これまでにあまり戦闘に参加せず、敵意などに鈍感な私が殺気を感じるのだから、相当な物だろう。逆に鈍感でよかったのかもしれない、敏感に感じ取り過ぎても私は畏怖して動けなかったと思う。

 間一髪と言っていい。飛びのいた直後、私が背中を打ち付けていた壁や転がって来た床や机に亀裂が生じる。亀裂は天井にまで及び、そこを境目にして建物が左右に別れた。

 よく見れば不規則に走るヒビとは一目瞭然で違い、それが斬撃であると理解するのにしばらく時間がかかった。車両を切断するのはまだ想像ができたが、十数メートルはくだらない建物をまるごと切り倒すのは想像がつかなかった。

 よろけながら飛びのいたところに、異次元妖夢の観楼剣が高速で向かってくる。窓を突き破り、顔の真横に耳を劈く金属音を響かせながら突き刺さった。刃に自分の瞳が映る程に近い。窓に浅い角度で抉り込んだことで、角度が僅かにずれたのか。数センチずれていれば、脳髄を垂れ流すところだった。

 更に体を串刺しにしようと観楼剣を飛ばしてくるが、焦点はその奥に合わせている。顔の横に刺さっている刀の刃を掴みながら瞬間移動を使用した。

 場面が一瞬にして切り替わり、奴の射出する観楼剣の雨から逃れた。仁王立ちで小さなスキマから観楼剣を飛ばしている異次元妖夢へ、持ってきた観楼剣を投げつけた。

 槍投げや手裏剣と言った形で敵にダメージを与えられる投げ方ができない。見よう見まねで投げたが刀はバランスを失い、錐もみ状態であらぬ方向へ飛んでいく。

「攻撃のつもりですか?」

 異次元妖夢は嘲り、こちらへ跳躍した。奴には視線で瞬間移動する場所がバレてしまう。奴に顔が見えていない時でないとだめだ。後方へ下がりながら弾幕を放つが、なんの足止めにもなりはしない。

 いっその事、逃げることにのみ集中した方がまだ時間が稼げたのではないだろうか。それほどまでに奴の移動する速度は速い。奴に当たるであろう軌道を飛んでいた弾幕は一つ残らず切り裂かれ、塵となって消えていく。

 弾幕の密度を上げ、異次元妖夢を吹き飛ばす算段を立てるが、それらごと伸ばしていた右手の薬指を根元から小指ごと観楼剣で抉り切られた。

 骨など抵抗にならず、熱したナイフをバターに食い込ませているようだ。一切減速することなく、刀は振りきられた。得物が肉体を進んでいく様は比喩だったが、本当に数百度に熱した武器を手に押し付けられているように熱い。

 切られたのが嘘なのではないかと思える程に切り口が綺麗だったが、血が滲み、ズレ落ちたことで現実を突きつけられる。それでも弾幕を撃ち続けなければならず、魔力を送り込むが弾幕を形成することなく、魔力の塵が霧散していく。

「くっ……!!」

 痛みから来る呻き、こんな時に攻撃が不発に陥る自分の不甲斐なさを叱咤する呻きが漏れる。これから弾幕を撃とうにも、切られる方が速い。ならば、瞬間移動で刃の届かない位置まで逃げる。

 異次元妖夢の後方、数十メートル先に瞳の焦点を合わせようとするが、伸ばしていた血まみれの手を異次元妖夢の手が触れ、掴まれた。

 瞬間移動で逃げる最後の手段を失い、奴が気まぐれで手を離すことが無い限り、私の生存は絶望的となる。弾幕で抵抗しようが、腕を切り落とされて終わりだ。死が目の前に至り、首に手をかけている。

 私にも残っていた本能がざわめき、奴から逃れようと一心不乱に抵抗しようとするが、眼前に立たれれば見上げる程に大きい異次元妖夢の手を振りほどくことなど不可能だ。

 振りほどこうとした私の手を、逆に異次元妖夢に引き寄せられた。手に握られた刀で斬ってくるだろうと予想していたが、それに反する行動に私は自分でもわかる程に反応が遅れた。

「なっ…!?」

 斬るでも、殴るでも、蹴るでもなく、異次元妖夢は私の事を抱き寄せた。逃がさないつもりか、チルノちゃん達がしてくれたような優しいハグには程遠い。それでも胸元で視線を遮られ、瞬間移動が使えない。

 これまでの戦いで体温が上がっている私とは違い、半分死んでいるに等しい異次元妖夢の体温はぞっとするほどに低くい。奴はこれまでの戦いで、全身に血を浴びながら戦っていた。そのイメージ通りに、庭師からは濃い血肉の匂いがする。

 友人が垂れ流した血液や肉片、臓物とその中身がぐちゃぐちゃに混ざり込んだ、あの地獄と言っても遜色のない光景が脳裏を過ぎった。

「あなたに復讐などできません。諦めたらどうですか?」

 そう言いながら異次元妖夢は、私の背中から生える羽根に手を伸ばす。羽にも神経が通っているため奴に触られた感覚があるが、ただ触れるのではなく羽根を掴まれた。

 抱き寄せられて背中を晒している状態では異次元妖夢を振り払えない。握り込まれた途端に羽根の骨はあっけなく砕け、半ばからぐったりと垂れさがる。捻り潰された細胞から神経を伝わり、脳に激痛の情報が送り込まれる。

「うっ……ああああああっ…!!!」

 悲鳴を上げる私をよそに、奴はもう一方の羽にも手を伸ばしていく。喉を鳴らして笑う異次元妖夢は、容赦なくもう一方の羽も毟り取っていく。羽根を背中につないでいた筋繊維を、無理やり引きちぎられる痛みは想像を絶する。

「このまま、絞め殺してあげましょうか?」

 異次元妖夢の雰囲気が少しだけ変わった気がすると、抱きしめる力がどんどん強まる。人間が出せるであろう力を簡単に超え、そこそこの妖怪ですら絞め殺せる腕力を見せる。どこにそんな力を隠していたのだろうか、奴の表情からまだまだ本気で締め付けているわけではないのが伝わってくる。

 早く抜け出さないといけないのに、頭がその段階に移っていない。骨が軋み、筋肉が締め付けられる。圧迫される肺や心臓などの内臓が悲鳴を上げるが、情報の渦にもみくちゃにされて完全に飲み込まれている。

 脳が痺れる、思考能力を激痛に奪われる。雑音のような情報の波が一気に押し寄せ、濁流で私の思考をぐちゃぐちゃに遅らせていく。しかし、情報過多の原因となっているのは、痛みではなくなっていた。

 痛みを圧倒するほどの記憶情報が押し寄せる。身に覚えのない大量の記憶と、多大な知識。ただの人間なら、動けるようになるまで数時間を要していたかもしれないが、記憶や知識は妙に私に馴染んでおり、一呼吸の間に全ての情報を整理して飲み込むに至った。

 紫さんの言っていたことは正しかった。私の能力は逃げることではなく、戦う事に使える。攻防が一体の能力と言える。

「………」

 ギチギチと体が締め付けられていく。骨が砕け、内臓が潰れる寸前に、鬼のような力を発揮する異次元妖夢の腕を振り払った。強靭強固な剣士の腕が、肘から正反対に折れている。

 ぽっきりと反対に折れているわけではない。ぐにゃぐにゃに曲がり、捩じれている。骨の原型など残っていない。異次元妖夢は立て直す暇もなく、次の私の攻撃をその身に受ける。

 奴の身体は強化されているはずだが、驚くほど柔らかく感じた。水に手を付け込むのとそう変わらず、私の腕は腹部を易々と貫く。異次元妖夢は貫かれても状況を理解できていないようで、動きが止まっている。

 腕を引き抜くと同時に、奴の顔をも貫こうとするが殺気に促され、爪が突き刺さる直前に、顔を傾けてかわされた。予定が狂ったが、大した問題ではない。即座に後頭部を掴み、私が吹き飛ばされていた巨大な建物に向けて吹き飛ばした。

 両腕を再生させるに至っていない異次元妖夢は受け身を取ることができず、外装の柱と思わしき部分に衝突し、磔となる。

「かはっ……!?」

 予定外と言いたげな、異次元妖夢の表情は攻撃を受けた際の反応の遅れから本物である。とはいえ今は攻撃されて派手に血を吐いているが、切断させた腕を治した事から致命傷には成り得ない。

 身体を再生させる間もなく意識を奪うか、再生させる肉片すらも残さないようにしなければならない。燃やしたりなどの能力が無い私にとってこの作業は、骨が折れそうだ。

 でも、いつの物とも知れない記憶が正しければ、こいつを殺すことは不可能じゃない。あとは、記憶の情報を私がどれだけ使いこなせるかにかかっている。

 貫かれた腹部の傷やへし折られた両腕の骨を能力で修復し、小さなスキマから観楼剣を抜刀した。失った得物を補充して、体勢を整える。構える形は同じだが、私を見る目は今までとは全く違う。

 こんな私の事でも、異次元妖夢は自分と同等かそれ以上の強敵と認識してくれたようだ。慢心と油断が無くなり、私の首を討ち取ることに全身全霊を注ぐ。そんな気迫を感じさせた。

 瞬間移動で先制を取ろうとしたが、奴から先に動いてくれた。叩きつけられた壁を足場に、こちらへ飛びかかって来た。半分壊れかけていたとはいえ、跳躍力は柱を叩き折るほどだ。

 十メートルは離れていたが、こちらに達する時間は刹那に等しい。本気の度合いが先とは全くの別だ。鬼だろうが神だろうが簡単に首を切断できる観楼剣を振りかぶる。

 これまでならば、攻撃をどう対処するのかで頭が一杯になり、まともに反撃することはほとんどできていなかった。この状況を生んでくれた異次元妖夢に感謝しなくてはならない。昔を思い出させてくれた。

 先ほど言った通り、通常ならば私たちは生き返った時点で、死ぬ前の事をかなり忘れてしまう。それは不可逆的で、絶対に戻らない。私だけが特別に記憶を引き継いでいるという事はあり得ないが、なぜ思い出すことができたのか。

 それは、昔の私が残してくれたからだ。博麗第結界が形成された直後は、お互いの倫理観は無いに等しい。妖怪や私たち妖精から見た人間、博麗の巫女から見た妖怪たち。どちらも殺すことが当たり前、殺し合う力にこそ価値があった時代だ。

 いや、それは言い過ぎたかもしれない。昔の私は断片的にしか記憶を残しておらず、そういった部分からしか世界の在り方を推測するしかできないため、かなり血みどろな印象を持ってしまっている。

 とは言え倫理観が今よりもかなり薄かったことは、記憶の中から読み取ることはできた。少なくとも、昔の私は博麗の巫女や結界の内側にはそのイメージを強く抱いている。妖怪や妖精たちが殺され、生き返る様を見て忘れることを私は危惧したのだろう。

 だから残したのだ、自らの記憶を”頭”にではなく”体”に。これまでに幾度となく祓われて殺されてきたが、身体を消し飛ばされることは無かった。故に、これまでの私が体に刻み残してきた記憶が残った。

 自分でさえも邪魔だと感じる、大きな翼。自分でも鬱陶しく感じることがあるならば、敵からすればいい的だ。だから昔の私は翼をトリガーに選んだのだろう。目を引く羽根が破壊されることで、記憶がよみがえるように。

 固有の能力の使い方を思い出しただけではまだ倒すには至らない。同じ土俵に上がった段階だ。

 筋肉による物理的な腕力の関係も、以前と何もかわらない。鍔迫り合いとなれば押し負けるのは私だし、殴り合いでも体格の差は埋められない。異次元妖夢を殺すには接近が必須であるが、掴み合いに勝負を持ち込まれれば、負けるのは確実に私である。

 接近戦において様々なハンデが付きまとい、能力の数でも大きく後れを取っているが、それらがあったとしても負ける気がしない。

 今まさに薙ぎ払われようとしている観楼剣を前に、私は瞬間移動をその場で使用する。視線の方向から、大きく場所を移動しないことはバレているだろう。視界から異次元妖夢の姿が消え、瞬間移動の最中へと移行する。

 いつもならこの意識が途切れるような感覚はかなり短いはずだが、能力を自分で調節したことで、通常よりも少し長い。真っ暗な海の底とも思える暗闇を感じる。

 異次元妖夢は私が現れる時間に合わせ、頭を切断する速度で観楼剣を振っていた。そのタイミングはほぼほぼ完璧だっただろうが、こちらが時間をずらしたことで、刀が通過した後に小さなくぐもった空気の破裂音と共に、消えていた体が現れた。

「…っ…!?」

 異次元妖夢の驚愕が目に映る。それはそうだろう、これまで私は能力を最低ラインでしか使っておらず、いきなりこれまでと違った形で使い始めれば、対応するのは難しい。

 そして、一つ間違っていたことがある。身長が変わらないため、異次元妖夢との筋力差は確かに埋まっていない。どこからともなく技術が湧いてくるはずもなく、腕力の使い方もわかってない。

 だが、そうなると辻褄が合わない部分がある。鬼と言えば大げさだが、それに近い力を発揮していた。それを振りほどいただけでなく、硬い身体を貫通させた。変わったのは筋力ではなく、それを強化する魔力の質だ。

 どれだけ量があっても、質が悪ければ大した威力は出せない。逆に量が少なくとも、質が高ければ目を見張る威力を出せる。私が持つ魔力の質は、筋力をそのままに異次元妖夢の身体を貫通するほどの威力となっていた。

 昔の私はよくやってくれた。思い出したのは記憶だけではなく、魔力の在り方すらも思い出した。本来なら自分の魔力の質を高めるのは、使って理解を深め、身体に魔力を順応させて練り上げなければならない。

 今の私にそんな時間は無いのだが、それをせずして一気に魔力の質を高めることができたのは、道筋が既に記憶の中で出来上がっていたからだ。

 異次元妖夢の胸に爪を立てる。掴まれていた腕を振り払い、身体を貫通させた時よりも柔らかい。骨を砕き、その奥にある臓器に手を伸ばす。力強く拍動するそれは、生きとし生きる万物に共通の弱点である。

 殺せる確信をもって心臓を爪で切り裂いてみたが、異次元妖夢の焦りの無さから致命傷になり得ないことを何となく察した。爪で引き裂き、握力で握り潰し、念のためにズタズタの心臓を奴の体から引き抜いた。

 弾力が非常に高く、頑丈な動脈がなかなか千切れないが、爪で引き裂いていた部分から心臓自体が裂けた。動脈にくっついている心室側を残し、上室側だけを引き抜いた。

 全身から戻って来た血液や、心臓の周りを覆っている心嚢液が混ざりあった液体が胸に空いた穴からダラダラと漏れ出すが、一向に異次元妖夢の意識が途切れる様子はない。

 魔力を扱えるとしても、これだけ意識を保っていられる時点でおかしい。それどころか、胸の傷が徐々に塞がっていく。あれだけの致命傷をこの短時間で修復できる妖怪など聞いたことが無い。

 幻想郷で上から数えた方が速い幽香さんだってこれだけの速さで傷を修復することは難しい。これが、不死の能力。想像以上に厄介になる。

 こちらがどれだけ致命傷を耐えようが、その能力を使っている限りは、絶対に殺すことができない。例え命に届くであろう攻撃を与えることができたとしても、死ぬまでの短い時間で能力を使用されれば、関係なしに回復してしまう。

 前に、異次元妖夢を殺した時は、異次元幽々子の介入があった。不死の能力を使っていなかったのか使っていたのかは定かではないが、死を司る人物の能力で殺された。私たちが直接手を下したわけではない。

 だから余計に想像ができない。奴をどうすれば殺せるのかを。一つ案を上げるとすれば、奴が能力を使っていない時に一瞬で命を刈り取るという方法だが、これは難しい。むしろ、不可能に近い。

 私はいつ異次元妖夢が不死の能力を使い、いつ別の能力を使っているのかがわからない。多少の雰囲気の差はあるのだが、霊夢さんと戦っている魔女のように、鋭敏に感じ取れれば話は早い。だが、私にはその嗅覚は無い。

 異次元妖夢相手に、一瞬で殺せるだけの攻撃を何回も当てることはできないだろう。賭けに近い形で、貴重な致命の一撃を消費するのは自分の首を絞めるのと同意義だ。

「…」

 ごちゃごちゃと難しい事を考えていたが。

「…なんか、面倒くさいな……」

 血液を胸から垂れ流す異次元妖夢がこちらに切りかかってこようとするが、奴が振りかぶったころには刃の内側へと私は飛び込んでいた。

 攻撃の回避だけが目的ではない。異次元妖夢の伸ばした腕に触れると同時に、瞬間移動を使用した。お馴染みの、意識が途切れるのに似た感覚がしたと思うと、目の前には先とは全くの別な景色が映る。眼前に現れたのは、灰色に近い色の壁だ。

 人が作り出したとは思えない程に精巧にまっすぐ作られた物体は、少し頭を後ろに傾けると、私が両手を広げてやっと届くぐらい太い柱であることがわかる。遠目から見て分かっていたはずだが、予想以上に近くに現れたことで全貌がはっきりとせず、驚いてしまっていた。

 その柱には年月が経過した事で生じる古い亀裂は無かったのだが、今しがた発生した真新しい亀裂が走っていく。

 頑丈で、相当なことが無ければ壊れることがないであろう柱に、亀裂が生じると間を待たずして巨大化していく。ヒビが全体に広がると、崩壊は次の段階へ移る。

 内側に爆弾でも詰め込み、爆ぜさせたようだ。内側から柱が膨れ上がると、瓦礫を噴き出しながら瓦解する。

 コンクリートの柱はそれ単体で構成されているのではなく、中に鉄筋が組み込まれて強度を上げている。崩れていく柱の合間から曲がった鉄筋が見えるが問題はそこではなく、無機質な柱には似合わない、人の有機質な腕が生えている。

「がっ……!?」

 くぐもり、遮られたしゃがれた悲鳴は私が発したのではなく、異次元妖夢が漏らしたものだ。絞め殺される寸前に見せる、生物の鳴き声に似ている。絞り出したような、心が躍るあの声。

 普通なら、こんなに悠長にしている暇は無い。異次元妖夢の攻撃の内側とは言え、至近距離だ。懐に入られた際の剣術も存在するだろう。切られてもおかしくは無いが、異次元妖夢は柱に埋め込まれることを想定して刀を振っていない。もう少しだけ遊ぶ余裕がある。

 柱の瓦解が進み、中に埋め込んだ異次元妖夢の顔が見えた。鉄筋やコンクリートに締め付けられ、簡単には抜け出せないようだが、物理的干渉だけが出てこれない理由ではない。一番は何が起こっているのか全く理解できていないようだ。目を白黒させ、瞳を泳がせている。

 いい傾向。私の能力が大したことは無い、ただの逃げ回るだけの能力だと思っている人間が見せる表情。これで異次元妖夢は気が付いただろう、ただ逃げるだけの能力ではない事を。

 異次元妖夢が内側から柱を破壊して飛び出してくるが、その頃には私は後方に飛びのいている。奴の斬撃どころか、柱の破片にも当たらない。

「っ……くっ………あなたも、存外イかれていますね」

 異次元妖夢が訳の分からない事をほざき出した。どういう意図があるのだろうか、撹乱するためだとしたらお粗末な方法だ。友達を楽しそうに斬り刻んだこいつほどに、狂った奴はいないだろう。

 この時、異次元妖夢の吐息がかかる程に接近していれば、大妖精は気が付けたかもしれない。敵の瞳に移る自分の顔が、嗤っている事に。

 先ほどまでの怒りはどこへやら。怒髪天に達していた負の感情は、燻ぶる火種程も残っておらず、愉楽に包まれて犯されている。記憶を見た大妖精は気が付かない、嗤っている事に。気が付けない、楽しんでいる事に。

 最初に相まみえた時と、表情は全くの逆になっていた。異次元妖夢は緊張で口がへの字に引き攣り、大妖精は三日月のように口を裂いている。

 表情だけではなく瞳の動きや瞳が醸し出す色、雰囲気も全く異なる。太陽の畑で人質に取られた時や、チルノたちを斬り刻まれた時の彼女はそこにはいない。

 子供が新しいおもちゃを与えられたようだ。品定めをし、どう遊ぼうかを思考している。しかし、無垢な子供の純粋さなど微塵もない。憎悪に満ち満ちている瞳は、深淵の底と言っても過言ではない。ネジの外れた異次元妖夢だからこそ、まともに目を合わせられたようなものだ。

 魔力の質や能力の使い方など、記憶は今の大妖精に必要な物を授けてくれた。彼女には勝利する上では必須であったのだが、それで終わりという程においしい話は無い。これは開けてはならない、狂気を孕むパンドラの箱だった。

 




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