東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十九話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百七十九話 趨向

 針妙丸が参戦したことで形勢が大きく傾き、こちらが有利に事が運ぶかに思われたが、世の中はそんなに甘くないようだ。

 打ち出の小槌で強化された異次元正邪に、私と打ち出の小槌を持つ針妙丸が一緒に戦うのは、同じ土俵に上がっただけと言える。

 依然厳しい状態だが、手数が増えるという意味では、こちらが有利になり得る。だが、異次元正邪が扱っている打ち出の小槌の強化度合いは、こちらとは比にならない。

 最初の会話から、異次元針妙丸は無事ではないだろう、生きているかすらも怪しい。どれだけの代償を支払わせたのかわからないが、それだけの強化がなされていると考えるとまだこちらが劣勢である。

 それでも、四の五の言ってはいられない。せっかく針妙丸が助けてくれて、力を貸してくれているのだから死に物狂いで戦う他ない。

「姫…」

「どうしたの?正邪」

 針妙丸はこちらに顔を向けず、異次元正邪を見たまま呟いた。握った打ち出の小槌に魔力を注ぎ、いつでも能力を発動できるようにしている。

「姫も知っての通り…接近戦が苦手なので、接近しての戦いはどうしても頼ることになりますが、お願いしてもいいでしょうか?」

 私の戦力は固有の能力に依存してしまっている。殴る、蹴るなどの身体操作に才能が一切ないため、私よりも動ける彼女に頼った方が戦闘が有利に進む。

 しかし、彼女に戦ってほしくないというのが本音だ。命の危険が無いように元の世界にいて欲しかったが、ここに来た以上は彼女も覚悟があっての事だろう。今から引き返すのは不可能だ。

 出来るなら決着を早々に付けたいのだが、能力を持っている以上、そう簡単に首を差し出してはくれないだろう。

「いいよ、正邪に任せる方が逆に心もとないからね」

「そう…ですね」

 言ってくれる。確かにその通りだが、こうもはっきり言われると来るものがある。まあ、そんなことは今はどうでもいいか。

 全ての接近戦を彼女に任せるのはハイリスクで、負担も大きい。私からも攻撃を行うつもりだが、針妙丸の邪魔にならないように気を付けなければならない。共に戦うのは実に二年以上ぶりで、上手く息を合わせられるかが問題となってくる。

 どうするかと私が攻めあぐねていると、先に動いたのは針妙丸だった。妖精よりも小柄な彼女は、後手に回らないようにしたかったのだろう。先に動き、先手を打つ。

 私が持てば小槌だが、彼女の身長からするとかなり大きな得物となる木槌に、魔力を注ぎ込む。

 小槌が当たるであろう遥か手前で、針妙丸が得物を薙ぎ払う。願いが聞き入れられ、打ち出の小槌の魔力で強化され弾幕が、文字通りに打ち出された。

 淡青色に光っていた魔力が消費され、残りカスが弾ける。それらの間を生成された輝く弾幕が突き進み、異次元正邪へと向かう。奴の腕を吹き飛ばしたのはこの弾幕なのだろう。かなりの魔力を兼ね備えていそうな弾幕だが、当たらなければ意味がない。

 速度と威力を十分に兼ね備えているが、ひっくり返す程度の能力をもつ天邪鬼相手であれば、奇襲以外で弾幕の仕様は控えた方がいいだろう。私がやったように進行方向をひっくり返され、自ら放った攻撃を食らうことになる。

 それに、今のは誰がどう見ても弾幕を放つ動作だった。針妙丸が弾幕を放ってから異次元正邪にひっくり返されるまでが速く、再度ひっくり返すのが間に合わない。

 針妙丸もそれは百も承知だったのだろう。光り輝く弾幕を跳躍で飛び込め、打ち出の小槌へ再度魔力を送り込んでいる。何年も一緒に過ごし、逆様異変後に一番長く私を追っていたことで、こちらのやり方を熟知している。

 針妙丸に飛び越えられた弾幕は、目標もなく私たちの後方に生えていた木を消し飛ばした。あれだけの威力があれば、打ち出の小槌で強化された異次元正邪を粉々に吹き飛ばすことができるだろう。肝心なのは、当てられるかどうかだ。

 針妙丸ばかりに攻撃させていては、奴の攻撃も彼女にばかり集中してしまう。拳を握り、跳躍しようとした異次元正邪の進行方向をひっくり返した。

 後方に下がらせ、一時的に奴から私へ注意を向けさせられる。後ろに下がっていくであろう異次元正邪の方向に弾幕を偏差的に重ねて追撃しようとするが、どういう形であれ、私が干渉してくるのを読んでいたのだろう。

 拳を構えて飛び出そうとした異次元正邪は前方にではなく、後方に跳躍したようで、奴の予定通りに前進を許してしまった。

 握った拳が身長が半分しかない針妙丸へ叩きつけられた。例え針妙丸が打ち出の小槌をフル活用して受けたとしても身長差と体重差で、吹き飛ばされる未来は変わらなかっただろう。

 得物と拳がぶつかった瞬間に、針妙丸の体が後方にぶっ飛んでいく。その急加速ぶりに、目の端で捉えるのがやっとだ。視線を彼女の方に向けるが、既に鬱蒼と茂る木々に紛れてしまっている。

 針妙丸が飛ばされていく方向をひっくり返され、更なる追撃を浴びる前に異次元正邪へ弾幕をぶっ放した。注意がこちらに向けさせられればそれでいいと思っていたが、私の方向へ向き直ると飛びかかって来た。

 放った弾幕は能力を使うまでもなかったらしく、横に体を傾けてかわし、こちらへ跳躍する。足止めのつもりで弾幕を放った瞬間、一瞬にして見えていた景色が変わった。

 場所を入れ替えられたのだとすぐに察することはできたが、異次元正邪と針妙丸、どちらと入れ替わったのか判断に迷う。

 周囲を見回そうとした時、目に入る景色がひっくり返される前と後で、そこまで差異が無い事に気が付いた。変わっている所と言えば、数メートル程前進しているように見える。

 奴め、ただ入れ替わっただけなら、異次元正邪と向き合ってる形となるため、すぐさま対応できただろう。だが、自分と私の位置をひっくり返すだけでなく、私の向いている方向を更にひっくり返したらしい。

 間に合うかどうか厳しい所だが、何もしないよりはずっといい。後先考えずに横に飛びのくと、私が立っていた位置を放った弾幕が通過した。

 振り返り、奴の攻撃に備えようとするが、私の腹部と肩を貫通性能の高い弾幕が貫いた。二つの螺旋状に回転する弾幕は、服や皮膚を易々と貫き、皮下組織や筋肉に多大な損傷を与える。

「うっ……ぐっ…!?」

 散弾銃やエネルギー弾のように、面で攻撃するのではなく貫通力に特化させた弾幕だったことで、吹き飛ぶに至らなかったが、迎撃する姿勢は崩れた。

 この能力の弱い所が出てしまった。条件やひっくり返す物によっても変わってくるが、他の物、他の者に干渉するときには基本的に視界に入っていなければならないのだ。

 見ていなかったとしても、認識していればひっくり返すことはできるが、それは一度その物体を見ていればの話だ。見ていないところで発生した物体は当然ながらひっくり返す程度の能力で選択することはできない。

 視界外または、意識外からの攻撃をするしかないが、打ち出の小槌で強化された身体能力により、アグレッシブに動く異次元正邪の意識と視界外に移動するのは困難を極める。

 立て直そうとした私のすぐ目の前に、作用反作用の力をどちらも利用し、加速した異次元正邪が迫った。迎撃の準備など、二手も三手も後れを取っている。何もできないでいる私に、何かをしようとしているが、何でもできるだろう。これだけ動けずにいるのだ、できない事の方が少ない。

 異次元正邪が私の肩を掴み、吹き飛ばないように押さえつけると、腹部に拳を叩き込んで来た。抵抗する間もなく、衝撃が体を突き抜ける。体がくの字に曲がり、上体が前に倒れ込む。

 そうでもして体にかかる負荷を分散させなければ、奴の拳が身体を貫いただろう。鈍痛が腹の底、骨の芯まで響き渡る。激痛で横隔膜が痙攣しているのか、息ができない。

「ふっ……ぐっ……ぁぁ!!?」

 針妙丸に傷を回復してもらったが、身体に残っていたダメージがぶり返したのか、脚に力が入らない。足どころの話ではなくなっており、全身から力が抜けていく。

 鳩尾に叩き込まれた拳は、一瞬にして私の意識を飛ばしかける。歯を食いしばり、意識をどうにか保とうとするが、脳を気絶や失神と言った無意識の領域が浸食を始めた。

 こっちは楽だ。身を任せれば、心地いい無意識に落ちていける。それらは、そうやって私の頭や首、脚や腕を掴んで引きずり込もうとする。

「っ………ふぐっ…!」

 ただ歯を食いしばるだけではだめだ。その力をそのまま、自分の腕へと移した。気付けで薄れた意識を、歯が皮膚に食い込む痛みで晴れさせる。荒治療にも程があるが、誘惑を振り切るのには十分だ。

 新たな激痛と血の味により、意識をここに留まらせたのはいいが、突き付けられるのは苦しい現実だ。これまでの攻防で胃に血液が溜まっていたのか、腹部への強打でせり上がって来た。

「うぶっ……」

 鉄臭い血液が口の中を満たし、体液の一部が喉の中に停滞するため、呼吸が苦しい。咳き込み、息を吸い込もうとしてもゴボゴボと音を漏らすだけで十分に酸素を取り込めない。

「正邪!」

 吹き飛ばされていた針妙丸が立て直したのか打ち出の小槌を掲げ、異次元正邪へ打ち出の小槌を叩き込もうとするが、振り下ろそうとした打ち出の小槌が目に見えて後退する。

 異次元正邪のひっくり返す程度の能力で、進行方向をひっくり返されてしまったようだ。得物が当たらなければ、奴を吹き飛ばすことができない。

 体勢を整えられておらず、奴の次なる一手も視界の中に収められていない。このままでは殺される。その思考が脳裏を過ぎった時、視界の端で小槌が願いを聞き入れたのが見えた。

 淡青色の塵が細かく弾け、彼女が小槌に吹き込んだ願いが現実となる。彼女の能力を忘れていた、願いを発動させるのに、わざわざ小槌で叩く必要はない。

 得物を振らなければ能力を発動できないと思わせていたが、針妙丸のフェイントだ。願いの先は私や異次元正邪ではなく、その足元に向けられたらしい。

 地面が振動するのを、靴越しに足で感じた。そう思った直後に亀裂が生じ、木の根が出現する。ただ出現したわけではなく、異次元正邪の方へ根を伸ばすと、足へ巻き付いた。

 咄嗟の出来事や予想外の出来事、初めて見る事象や自分の理解を超えた現象にこの能力は非常に弱い。一瞬何が起こったかわからなかったのだろう、自分の足に意思を持った木が巻き付き、身体を持ち上げても抵抗する素振りが見えなかったのは、振りほどき方や回避に頭が回らなかったのだろう。

 自分の手足で根っこを引き千切ろうとも魔力で強化され、繊維質で複数の根が絡まっている状態では、いくら打ち出の小槌で強化されていたとしても引き千切るのは難しかったようだ。

 それに、複数の根っこが絡まっているというのも抜け出せない理由だ。一つに見えていても複数個の独立した根っこを使っているようで、一本の根っこが締め付ける力をひっくり返したとしても、残りがカバーするため振りほどけないのだろう。

 異次元正邪に巻き付いた木の根は、がっちりと足を掴んで離さず、振り回した。しかし、それをしているだけではいずれ異次元正邪に逃げられてしまう。

 横にしか振り回していなかった向きを変え、異次元正邪を地面へ叩きつけた。彼女にしてはかなり攻撃的な方法であり、地面と衝突した天邪鬼は全身のあらゆる骨を砕き、内臓を破裂させる。

 頭から足の先、骨格として最も重要な脊椎に至るまで、例外なく粉砕していることだろう。異次元正邪の身体が通常では考えられない角度で仰け反り、口や鼻、目や耳などあらゆる穴という穴から出血を起こす。

 特に口からの出血が多く、内臓がかなりの出血を起こしているのは想像に難くはない。それでも、打ち出の小槌の力を余すことなく使う異次元正邪にはもう一歩、意識を断つには至らなかった。

 せっかくの致命傷に達する怪我だというのに、打ち出の小槌によって強化された魔力はやはり強力で、みるみるうちに回復していく。

 打ち出の小槌で発生させる願いは、効果の時間や効果の大きさによるが限度がある。代償を魔力で補える程度となれば、効果は短時間で強力に出るか、長時間で微弱な力となる。

 それに対し、異次元正邪は打ち出の小槌の力をずっと強力に使っている。打ち出の小槌のエネルギー自体も時間の経過で減衰していくはずだが、それを保てているのは使用者の命を代償にしたからだ。

 それだけのエネルギーを持っているからだろう。普通なら即死または失神してもおかしくなかった異次元正邪が意識を保ち、常に余裕を崩さない。まだまだ力に余裕があるのか、それとも…。

 弾幕を放って追い打ちをかけるが、意識のある段階では意味がない。ひっくり返す程度の能力で弾幕がこちらへ向かってくる。

 帰って来た自分の弾幕をかわしながら、異次元正邪へ接近しようとするが、ひっくり返す程度の能力で体の進行方向も変えられ、押し返された。

「くっ…!」

 針妙丸がせっかく作ってくれた隙だというのに、奴に近づくことすら叶わない。こちらに注意を向かせ、圧倒的に私よりも火力のある針妙丸に叩いてもらう目論見だが、彼女は器用にひっくり返す程度の能力を潜り抜ける。

 私を追っている時間が長かったという事もあり、こちらのやり方をよく知っている。そして、その対処も。

 前方に行くのをひっくり返されるのなら、後方へ。左右の間隔を入れ替えられたとしたら、逆の順に足を動かし。手足の感覚を入れ替えられたのなら、手を動かすように。

 彼女は異次元正邪のひっくり返す程度の能力を器用に掻い潜っていく。その様子を異次元正邪が驚くほどにだ。

 私だってそうだ。異次元正邪や私は、敵に能力を仕掛けることはあるが、自分で食らうことはない。だから、私の対処が一歩も二歩も遅れてしまう。

 傷の修復が徐々に終わっていき、異次元正邪が全快へと向かっていく。このまま畳みかけられなければ、じりじりと押されていく一方となっていくだろう。少しでも回復する速度を遅らせるために、魔力の効果を逆転させる。

 傷の修復から、傷が広がっていく。だが、もっと複雑にひっくり返す程度の能力組み合わせなければ、簡単に戻されてしまう。これでは時間稼ぎにもなりはしない。

 針妙丸が到達するまで、もう少しかかる。叩きつけた直後ならわからないが、こちらを視認できている異次元正邪相手に、近づくのは至難の業だ。

 感覚をひっくり返されているのは認識することはできないが、物理的にひっくり返されてのならば、私が更にひっくり返して元へ戻してやる。

 ひっくり返す程度の能力を複数かけられ、身体をどう動かしていいのかわからなくなっているはずなのに、針妙丸は進撃を続け、異次元正邪の元へあと数歩という所まで到達した。

 だが、それと同時に異次元正邪の回復も終了してしまっている。魔力で横たわっていた体を浮き上がらせ、立ち上がると迫る針妙丸と対峙した。

 笑う異次元正邪へ、願いを込めた打ち出の小槌を叩きつける。奴はひっくり返す程度の能力を使えなかったというよりも、あえて使わなかったように見える。

 自分と私たちの立場をわからせるためだろうか、針妙丸の打ち出の小槌を腕で受け止めると、願いにより奴の左腕が丸々吹き飛んだ。

 弾け、血肉をまき散らす異次元正邪は、痛みと言う情報を脳へ送る電気信号の方向を、ひっくり返したのか痛がる様子を見せない。小槌でぶっ叩いた後の針妙丸は胸ぐらを掴まれ、再生した左手でぶん殴られた。

 私がひっくり返すのを読んでいたのか、拳は後退することなく針妙丸に当たってしまう。体重が私たちの半分以下しかない。強化された拳に、彼女は吹き飛ばされてしまう。

 針妙丸の援護のため間に割って入るが、奴に食らった攻撃が未だに尾を引いているのか、私の攻撃はやたらと遅い。

 拳をすんでのところで避けられるが、皮膚に掠りすらしない。その代わり、お返しだとばかりに顔へ拳を叩き込まれた。ひっくり返すのが僅かに遅れ、上から殴られた拳の威力に地へ叩きつけれた。

 お互いに体重を乗せての攻撃をしていた為、威力が倍増しているのだろう、もう少し地面が柔らかければめり込むような勢いで叩きつけられた。

 一部の衝撃を反転させることに成功はしたが、これまでのダメージもあったのだろう、すぐに立ち上がって対峙することができない。頭の中を衝撃が駆け抜け、グラグラと脳が揺れる感覚がする。

 視界が霞み、歪む。しかし、こんなところで、寝ていられない。私を踏み潰そうとする異次元正邪と私の位置を入れ替えた。奴が地面に横たわり、私が異次元正邪の顔面を踏み潰す。

 ダン。と重い打撃音が響く。これでも最大限に力を込め、踏み潰したつもりだった。だが、打ち出の小槌で強化されていない私の攻撃など、奴にとっては毛ほども効果はないのだろう。

 踏みつけた足で目元が隠れていても、奴の口元が嗤いきっている。それはこちらにとって良いサインなのだが、ダメージ等で考えると少々不安になってくるところがある。

「効きませんねぇ!」

 異次元正邪が力任せに起き上がろうとするのを、私は当然ながら抑え込むことはできない。そもそも、奴を倒れたまま抑え込むことにお向きを置いていない。奴から、針妙丸の姿を隠すためだ。

 上体を起こした異次元正邪の顔を、蹴るようにして異次元正邪から離れた。多少頭が後ろに傾くが、後ろから迫る針妙丸の姿を捉える程ではない。

「後ろ、危ないですよ?」

 異次元正邪へ弾幕を撃つ振りをしながら呟くと、異次元正邪はこちらへ進みだそうとする素振りを見せる。私のいう事をはなから信用していないためだろう、直後に奴の後頭部へ打ち出の小槌が振り下ろされる。

 持っている人物も幼い子供であるため大した威力にならなさそうだが、打ち出の小槌の願いにより、異次元正邪の後頭部へ衝撃が打ち出される。

 打ち出の小槌から淡青色の塵が弾け、その煌びやかな光が目に入ったのか、異次元正邪は最初はしまったと表情を変えるが、その頃には既に奴の頭部からは嫌な音が響いている。

「あ………がっ……!?」

 数秒と立たず、彼女の頭部がこちらから見ていてもわかる程に異変をきたす。頭部に当たった小槌の衝撃は、首元へ流れてさらに肉体を骨ごと潰し、奴の顔を見るに堪えない程ぐちゃぐちゃに変形させた。それだけでは止まらず、体の方へと衝撃は抜けいく。

 衝撃が抜けていくごとに奴の肉体が骨が潰れ、肉片をまき散らす。首から鎖骨、胸、腹部、臀部、足へと体がブロックのように小さく折れ曲がると、骨片が身体のあらゆる場所から飛び出した。

 異次元正邪は悲鳴を上げる間もなく地面へ折りたたまれると、血肉をまき散らしながら潰れ、地面へこびり付いた。その地面でさえも衝撃の影響で陥没する。

 衝撃の方向をひっくり返し、針妙丸へ帰っていく反作用も異次元正邪へ流したが、威力が倍増し、奴の防御力を打ち破れたのだろう。

「正邪!大丈夫!?」

 潰れた異次元正邪を飛び越え、針妙丸が私に駆け寄ってくれる。ダメージの蓄積で膝をついたまま立ち上がれず、大丈夫と呟くこともできない。

「っ……くっ…」

 打ち出の小槌へ願いを込め、針妙丸が私を叩こうとした時、不意に針妙丸の手が止まる。彼女を見上げると引き攣った顔で、異次元正邪がいた辺りを見下ろしている。

 ダメージで頭が回っていなかったのか、聴力の情報を遅れて脳が解析し、聞こえてきた音を認識した。骨が砕ける異音に似た音、肉体がうねる嫌な音が大部分だ。そして、自分とほぼ同じ波長の、異次元正邪の笑う声だ。

 潰れた足が、腰が、腹部が、胸が、首が順番に正常な形体へ戻っていく。裂けた肉体や内臓、骨が体の中へ引きずり込まれて収まっていき、最後に弾けていた顔が元の形へ戻っていく。

「はははっ……こりゃあいいですね。傑作です」

 笑い声も、肉体が歪んでいた為か異質なくぐもった声だったが、異次元正邪の身体が戻っていくごとに、正常な物へと変わっていく。

 まるで、ビデオを逆再生しているように見えた。これはあくまでも比喩のつもりだったのだが、概ねあっていたようだ。奴がひっくり返したのは、自分に流れる時間だ。

 針妙丸は絶好のタイミングで、奴へ致命の一撃を与えた。だが、致命的であって、絶命するほどではなかったのだ。後頭部からの衝撃で、奴の顔の大部分はひしゃげて潰れていたが、顔であって頭ではない。脳が収まる頭部が収まる上面側がひっくり返す程度の能力で衝撃波から守られてしまったのだろう。

 思考能力さえあれば、後は回復に魔力を回すだけだ。あの全身の原型が無くなるまで潰れた状況から、あっさりと蘇って見せた。冗談にしては、きつ過ぎる。

 自分のみを対象としたとしても、時間の逆転には非常にパワーがいる。私がやった物理法則を無視する重力方向の逆転とは比べ物にならない程に。

 法則を無視するというくくりでは同じかもしれないが、起こっている事を捻じ曲げようとするのと、起こったことを捻じ曲げようとする。と言えば、まるで意味が違うのがわかるだろう。

 現在進行形で起こっているのはそのまま変えればいいが、過去にさかのぼって事実を変えるとなるとタイムパラドックスが起こる。起こった事実との矛盾は、後出しじゃんけんのように、上書きされる。

 ゆっくりと体が治っていくのを見ることは、この現実世界ではまずない。新しく生やしたり、再生させることはあっても、潰れた組織が正常へ戻っていくのを見るのは、違和感がある。

 奴が打ち出の小槌の魔力に物を言わせ、ただ直しているのではない。時間を逆行させているのは、体を撃ち抜いた衝撃波が針妙丸が殴った後頭部に向かって戻っていくところからわかる。

 異次元正邪の波打つ皮膚が後頭部へ戻っていくと、すっかり全身の潰れていた傷はなくなっていた。小槌で殴りつけたよりも時間が前に戻り、針妙丸の当てていたはずの攻撃をタイムパラドックスが上書きしてしまう。

 時間が順行し、何も起こっていない事にされてしまった。異次元正邪を潰していたことを示す陥没した地面だけが残った。

 世界全体ではなく、自分だけしかできない事を除けば、時を操る程度の能力を持つ紅魔館のメイドの能力を超えている。彼女は一方向に流れる時しかいじることができないからだ。

 速さの強弱だけで、時の流れる向きへの干渉はできない。もしくはできたとしても相当量の魔力消費により、魔力を使い果たしたとしてもほんの数秒しか持たないのであれば、戦いに運用できないのだろう。

 打ち出の小槌の膨大な魔力をふんだんに使ってだが、それをこいつはやってのけた。今、針妙丸が持つ打ち出の小槌が、回復期に入るまでの力を振り絞ったとしても、数秒程度が良い所だ。現存する私の魔力を掛け合わせても一秒伸ばせるかどうか怪しい。

 それを、異次元正邪は十秒程度の時間をかけて治していた。かなりの魔力を失ったはずだが、奴は余裕を崩さない。

「せ、正邪……どうしよう…」

 流石の針妙丸も驚きを隠せず、残りどれだけ使えるかわからない打ち出の小槌を不安げに握り締めた。完全に今ので終わっていたと思っていた為、動揺が隠せていない。

「大丈夫です……。次の作戦は考えて———」

 彼女に耳打ちしようとした時、打ち出の小槌で強化された異次元正邪が私と針妙丸の間に佇む。いつの間にここまで接近されていたのか。いや、ひっくり返す程度の能力で自分の位置を他の物体と入れ替えたのだ。

 私が考えているその作戦は、遂行できるかどうか。雲行きが怪しくなり始めたのは、言うまでもない。

 私は回復する前だった事もあり、十中八九逃げられない。ならば、反応が遅れている彼女を逃がすことに心血を注ぐ。すぐさま私たちに拳を叩き込める距離に異次元正邪がいるというのに、針妙丸は私を回復させようとしている。

 彼女を横へ突き飛ばし、異次元正邪の手が届かない範囲へ後退させた。思ったよりも軽くて吹き飛ぶ勢いだが、離れてくれるのであれば問題ない。

 ここは私がひきつけ、先のように意識外から攻撃をしてもらいたい。その意図を組んでか、強引に戻ってくるようなことはしない。が、反撃に移ろうとしている私の胸に、拳は叩き込まれてしまっている。

 痛みが遅れてやってくると、胸から嫌な音が響き渡る。胸の前に位置する板状の胸骨が割れ、肺と心臓を保護する肋骨を一本残らず亀裂を生じさせ、波打つ衝撃に亀裂が広がる。

 亀裂の広がる音は胸部の前方から、後方へと移動していく。背骨にくっつく接合部まで残らず砕け散る。

「うっ…ぐっぁぁああああああ…!?」

 宙へ放り出された私は、後方に吹っ飛ばされていくのを三半規管で感じ取る。何かにぶつかることなく重力に手招きされ、地面へ落下した。運がよかったかもしれない。何かに背中からぶつかっていたら、それだけで胸が潰れている。

「げほっ…!……あああっ…うぐっ……」

 胸を損傷して咳き込むが、咳き込むと余計に痛みに襲われる。できて当たり前な、呼吸でさえも今の私には自分を苦しめる作業でしかない。

 それでも酸素を吸い込まねば、意識を保てない。肋骨は使えず、腹式呼吸で横隔膜で肺を膨らませて体内へ酸素を運搬するが、なるべく折れた骨を刺激しないように過呼吸気味に浅く呼吸を繰り返す。

「おっと、随分と苦しそうですねえ。さあ、これで終わりです!」

 ゆっくりと異次元正邪がこちらへ歩み寄ってくる。倒れたままだった私の胸ぐらを掴み、無理やり引き起こした。それだけでも胸に電流が走ったように激痛が走り、自然とうめき声を上げてしまう。

 握った拳で顔を殴られると、強化されたあまりの威力に脳震盪が起こる。それだけではなく、胸から響いて来たのと全く同じ音がすぐ耳元で聞こえる。

 異次元正邪が胸よりも弱く叩いたのか、頭が傾いたことで衝撃が逃げたのかわからないが、小さな亀裂が生じる程度で収まってくれた。けれども次の一撃ではわからない。頭蓋どころか頭自体を潰されかねない。

 異次元正邪を見上げていると、右目で捉えている視界が赤く染まり始めた。殴られた皮膚を抉られ、出血しているようだ。その一部が目に入り、世界の彩色を一色に変えていく。

「っ………、右側から、来ますよ」

 私が言った瞬間に、異次元正邪は私の胸ぐらを掴んでいた手を離し、軽く後ろに下がった。

「あなたから見て、右からですよね」

 その手には乗らないと異次元正邪は笑って見せる。どちらの方向から来るのか、攪乱させて弾幕を当てるつもりだろうと察したようだ。私から見て右から飛んできた針妙丸の弾幕は、奴が下がったことで眼前を通過する。

「くっ…待て!止まれ!」

 声の調子から私が付き飛ばしていた針妙丸は、こちらまで距離がありそうだ。二発目の弾幕を撃とうとしているのだろうが、それがこちらに到達するころには拳か蹴りが私を貫いているだろう。

「くくっ……誰が止まるって言いうんですか」

 私の心臓を踏み潰すために異次元正邪がこちらに近づくと、足を持ち上げた。心臓を保護している肋骨が残っていない状況では、踏み抜くのは赤子の手をひねる様な物だろう。

「……いいえ」

 私が呟いた言葉に異次元正邪の動きが止まるが、戯言だと再度私の胸を踏み潰さんと振り下ろそうとする。死ね、ただ一言だけ呟き、靴の底を叩きつけた。

 足がこちらへ向かって伸び、心臓を潰し、内臓をまき散らそうとした瞬間。落とそうとした右足ごと異次元正邪の右半身が吹き飛んだ。

 かわされた弾幕の進行方向を、ひっくり返した。奴がそう理解したころには、身体は宙を舞っている。右足が私のすぐ近くに転がり、右腕が近くの木に当たって赤色の模様を作り上げる。

「あなたから見て……ですよ」

 精一杯の強がりを、生い茂る草花や木の群落で姿が見えなくなっていく異次元正邪へ言い放った。聞こえているかどうかなど、どうでもいい。今は回復するだけの時間を稼ぎたい。

「正邪!今回復させるから!」

 彼女にばかりあらゆる攻撃の負担を背負わせてしまって、申し訳なくなる。戦いが長引けば長引くほどにこちらは不利になる。後どれだけ、彼女は打ち出の小槌を使えるだろうか。それが回復期に入った時点で、こちらの負けは決定的となる。

 願いを吹き込んだ小槌で私を叩き、砕かれた胸の骨と頭部の損傷を回復させてくれる。歪んだ胸部の骨格が正常な形へ修復されていく。治る過程で、肉体の中を砕けた骨が移動するため、痛みが再度発生する。

「くっ……」

「大丈夫、すぐに治るから…少し我慢して」

「わかってます………。それより、ここまでかなりあなたは打ち出の小槌を連発しました。……正直、あと何回使えますか?」

「………。四回…かな」

 四回か。それで回復期に入ってしまうと考えると回数が残り少なく、私たちの間に不安が駆け抜ける。かなり削っているとはいえ、無尽蔵とも思える異次元正邪の魔力に、この回数では心もとない。

「そうですか…。無駄撃ちはできませんね。しかし、短期決戦で決めなければ…もう後がない…ですね」

「でも、可能性はゼロじゃない……最後まで諦めないよ……結果がどうなってもね」

 ここに来て、針妙丸のメンタルのタフさに気を持ちなおす。そうだった、この子は絶対に最後の最後まで諦めず、走り切る人だった。

「これだけの戦力差があっても、諦めないその心に感服しますね~」

 胸痛が徐々に収まっていく中、すでに完治した異次元正邪が心にもない事を言いながら現れた。

 嗤う奴は、まだ私の蒔いた種に気付いていない。これはこちらに有利に働く、打ちひしがれてる場合じゃない。

 作戦の遂行が難しかったとしても、可能性がゼロだったとしても、最後の最後まで諦めてはならない。

 胸の骨折はまだ治っていない。疼痛がいつまでも残り、私の動きに制限がかかるが、回復に回せる時間は終わりだ。

 打ち出の小槌を握る針妙丸に肩を並べ、私は異次元正邪を睨みつけた。今度こそ、彼女と走り切るために、力を振り絞れ。

 




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