東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十一話をお楽しみください!






リアルが多忙故に遅れてしまいました。


東方繋華傷 第百八十一話 蕩尽

 私から離れた位置に、小人と天邪鬼が肩を並べて佇んでいる。いつでも逃げられるように、いつでも攻撃に移れるように、腰を少し落としている。しかし、腰を落としていつでも動き出せるようにしているのは、後者のためだろう。

 歯を食いしばり、決着を付けようとしているのが二人の雰囲気からわかる。そこまで焦っている理由となると、打ち出の小槌の力がもう少しで切れるのだろう。

 あと何回力を使えるのだろうか。五回か六回か。私に回数を測ることはできないが、恐らくその位だと考える。願いの大きさにもよるだろうが、十回を下回るのはほぼ確実だろう。使い切るまで待ってはいられないが、使い切ったところでどうやって料理するか。

 それを考えると自然と笑みがこぼれる。とは言え、私自身もそこまで時間が残されてはいない。時間の経過による減衰もあるが、この戦闘で打ち出の小槌の魔力をかなり消費してしまったからだ。

 だが、私に状況が傾いているのは明白で、大した問題じゃない。例え打ち出の小槌の魔力が無くなったとしても、霧雨魔理沙が持つ力があるのだから変わらない。

 楽観視しているのではなく、それでも問題が無い程に有利な状況なのだ。

 先にどちらを片づけるかだが、正邪は大したことはない。打ち出の小槌の方が厄介であるため、針妙丸を先に片づけた方が円滑に進むだろう。

 こちらの出方を伺っているのか、中々動き出さない二人へ、こちらから仕掛けた。自分から攻撃するか、待つか。後者を選んだ針妙丸の選択肢をひっくり返し、こちらへと突っ込ませた。

「姫!?戻ってください!」

 話し合いとは違う行動をとる針妙丸に正邪は静止を訴えるが、彼女は耳を貸さずに単身で突っ込み、打ち出の小槌を振りかぶる。

 それに合わせ、奴の打ち出の小槌よりも威力のある拳を叩き込もうとするが、打ち出した拳が打ちあう直前に、私の腕が後退する。

 この干渉波予想の範囲内だ。即座にひっくり返し、遅れて拳を前進させる。針妙丸が進んでいていれば、予想した位置にいるはずだったが、拳は空を切る。

 タイミングに前後はあるだろうが、その周囲にいる筈の針妙丸は見当たらず、手が届かないギリギリへ下がっていた。

 小人が突っ込もうとするのを、正邪が進行方向をひっくり返して邪魔したようだ。こちらの手の内を読んだというよりも、正面からやり合うのを嫌って避けることを選択したようだ。

 それこそじり貧であることの証とも言える。最早警戒して、探りを入れる必要がなくなった。後は、軽く押してやるだけで潰れてくれる。

 自分の手の内を理解している連中であるため、いつもより面倒なことこの上なかったが、勝利はもう目前だ。

 走り出し、目の前にいる針妙丸へ拳を放とうとするが、間に正邪が割って入る。邪魔くさいがあまり関係ない。正邪ごと針妙丸を吹き飛ばす。

 感触的に拳が当たりはしたが、直前に後方に飛んだのだろう。手ごたえが弱すぎる。それでも、正邪にダメージは与えられただろう。顔が大きく歪む。

 正邪の動きを一時的に封じれたとしても、針妙丸がその内にこちらへ攻撃を仕掛けてくるだろう。私の姿が天邪鬼の背中で隠れているうちに、二人纏めて叩き潰してやる。

 自分から後方に飛んだ正邪と、その後ろにいる針妙丸を叩き潰せるよう、跳躍した。強化された身体から生み出されるエネルギーにより、後ろに飛んだ天邪鬼に追い付いた。

 拳を握り、抵抗を示そうとする正邪へ向け、拳を叩き込んだ。拳が当たる直前にこちらにではなく、自分の進行する運動エネルギーに対してひっくり返す程度の能力を使ったらしく、跳躍した私の下を潜り抜ける。

 針妙丸を残し、自分だけ逃げると言ったミスや裏切りを行わなかったらしく、狙っていた位置に小人の姿はない。

 魔力ですぐに体を反転させて弾幕で追撃を図るが、一部をひっくり返された。ひっくり返し切れなかった弾幕が正邪へ向かっていくが、残った弾幕では動きの遅い天邪鬼をとらえきれない。

 ひっくり返された自分で放った弾幕をかわし、すぐさま反撃しようとするが、正邪にくっついているはずの針妙丸の姿が見えない。どこに行ったのか探ろうとするが、弾幕を放とうと伸ばしていた腕に衝撃が走る。

 途中で正邪から離れていたのだろう。視界外から打ち出の小槌で腕を殴られた。願いが込められた打撃は威力が十数倍に増幅され、伸ばした右腕が肩や半身ごと弾けた。

 信じ難い激痛で、意識が飛んでしまってもおかしくはないのだが、痛みにも勝る優越感が脳内に麻薬物質を生産しているのか、おかしいぐらいに痛みを感じない。

 腕と肩がぐちゃぐちゃに弾け、右半身の骨が露出する。骨の一部は砕け、中から内臓が零れ落ちた。自重で垂れ下がる紐状の内臓が、足元に垂れ落ちた。大量の血が後に続き、靴や地面を汚していく。

 血がゆっくりと放射状に広がっていくのに対し、蜷局を巻いて落ちていた内臓がズルズルと体内に戻っていくのは、打ち出の小槌による凄まじい回復力の賜物だ。これほどの回復能力は、霧雨魔理沙並みといっても過言ではない。

 それに比べて正邪はどうだろうか。私が先ほど砕いた肋骨も治っていないのだろう。先ほどから動くごとに顔をしかめ、痛みに苦悶を示している。

 私の回復を持ち前の能力で邪魔しようとしているが、来るとわかっているのであればそれをひっくり返すだけで回復はそのまま続行される。

 十数秒もかければ瀕死に至る致命傷を受けたとしても、全快まで回復できる。今の私を殺すのであれば、普通に打ち出の小槌を使うだけでは足りないのは明白であるが、こうやって技を小出しにしている時点で、こいつらはそれを分かっていない。

 馬鹿だな。そう心の中で呟き、肩から指先まで肉体を再生させた。私の手を小槌で殴りつけた針妙丸へお返しを食らわせてやろとするが、再生した腕を正邪に掴まれた。私を組み敷くつもりか、腕を捩じり込もうとしている。

 やはりこいつは馬鹿だ。前にもやった通り力に物を言わせれば、こいつなんぞ振り払うことは造作もない。軽く腕を振るうだけで奴の体が浮き上がる。そのまま地面へ叩きつけようとする私に針妙丸からの横やりが入る。

 掴み返し地面へ叩きつけようとした私の腕に、打ち出の小槌が叩きつけられた。ただ殴られただけなら諸共で地面にへばり付かせていたが、関節を狙われたことで腕がへし折れた。

 願いを込めたわけではないが、肉体の構造的に弱い部分を狙われたのが原因だ。怪我自体はすぐに治るが、地面へ叩きつけようとしていた正邪を放してしまった。止めを刺せるかと思っていたが、邪魔が入ったことで舌打ちが漏れる。

「っち」

 一人一人の力は私の足元にも及ばないが、こうやって息を合わせられるとどうも調子が狂う。予定通りに針妙丸を狙おうとするが、首の向きや針妙丸の位置をひっくり返す程度の能力で入れかえるため、視界内に収めることができない。

 攻撃の主軸は針妙丸であり、攻撃の直前にひっくり返されないようにしたいのだろう。

 ならば、状況をかく乱する天邪鬼へ攻撃を加えようとしても、後方から針妙丸が攻撃をしてくるため、上手く殺すことができない。

 どうしたものか。私が負ける程に状況がひっくり返されているわけではないが、こうも長引くのは面倒だ。正邪に殴りかかろうとした私の腕を、視界外から振り下ろされた小槌によって軌道を変えられ、振り向こうとしてもひっくり返されることで針妙丸の方向を向けない。

 正邪が針妙丸と自分の位置を入れ替えた時に、更にひっくり返して針妙丸に戻すことも考えたが、二人を視界内に収めている必要があるため、常に私の背後に陣取る針妙丸へ干渉することはできない。

 かと言ってこちらが大きく動こうとすると正邪がひっくり返し、思うように動くことができない。追いつめられているように感じるが、追いつめられているのはこちらだという事を理解させてやろう。

 奴らに翻弄されてしまうのは、私の注意が分散してしまうからだろう。ならば、何をされても目標に絞り続ければいい。

 振り向こうが、手を伸ばそうが、何をしようとも針妙丸の方向を徹底して向けないのであれば、見えている標的に全てを集中させてやる。

 しかし、こうもこの私が抑え込まれるとは、嫌に二人の連携が取れている気がするが、長くは続かまい。

 こうして大きく動けるのは、針妙丸の打ち出の小槌があるからだが、願いを込められる回数には限りがある。守りに入れば敗北は免れないため、こうして一人に狙いを集中させる博打に近い作戦に出たわけだ。

 面白い。ならばそれに乗ってやる。正面から徹底的に潰してやる。関節を狙われ、逆に折れ曲がっているの魔力をふんだんに使って回復させ、正邪をぶん殴った。

「ぐっ…!」

 受けた瞬間に衝撃を反転させ、ダメージを軽減しているが、回復の遅い彼女では次の攻撃までに全快にするのは難しい。ダメージは確実に蓄積する。

 その内に針妙丸が願いを込めた一撃で、正邪を狙おうとする私を殺そうとしているが、自分という的を逆に利用する。

 打ち出の小槌を振るわなかったとしても、願いを発動することはできるが、その代わりに殺すほどの威力を発揮できない。私は、魔力で強化された身体を最大限に使用し、素早く動いて的を絞らせない。

 致命に至るのには、思考する間もなく脳を破壊するしかない。頭部を直接殴るしかないのだろうが、素早く体を動かし頭部への被弾を回避する。確実に当てられなければ、奴もそう安易に願いを撃つことはないはずだ。

 不規則に動く私の心臓や頭部を狙うより、正邪へ向かっていく手足なら狙えるため、こちらがぼろを出すのを待っているのだろう。

 例え私が攻撃しようとするその瞬間に的を絞れたとしても、私を吹き飛ばすのが先か、それとも私が正邪を貫くのが先か。動きが一段階早い私を相手にするのであれば、前者を優先するのにはリスクがあり、仲間思いの針妙丸の事だ。救う価値もない天邪鬼を助けに入ることだろう。

 二度目、正邪へ拳を叩き込もうとすると、横から打ち出の小槌が腕に叩き込まれた。軌道が無理やり捻じ曲げられ、狙っていた顔の横を通過する。

 私にひっくり返す程度の能力を使わせないためか、針妙丸は視界外へ間を置かずに消えていく。少しでも顔を傾ければ彼女を視界に収められるが、目標を分散させればまた逃げられる。

 目の前に垂らされた餌には食いつかず、正邪へ更に畳みかける。なるべく素早く動き、正邪の命を刈り取ろうとするが、ことごとく回避されるか、ひっくり返す程度の能力で打撃のダメージを抑えられてしまっている。

 しかし、確実に奴の体力も削れているはずだ。ひっくり返す過程や方法にもよってくるが、攻撃が当たった瞬間にひっくり返せたとしても、当たってから能力を使用するまでに多少の誤差がある。そのダメージはどうひっくり返しても残る。

 脳内シミュレーションでは、十数回目の攻撃でもう殺せてもいいはずだが、正邪程度の妖怪を倒せていないのは、針妙丸のせいだ。正邪へ攻撃する際にも絶えず動き続け、願いを込めた一撃を食らわないように最小限の動きで攻撃を行うことで、天邪鬼にダメージが伝わりにくいのだ。

 一撃一撃はそこまで影響がないのなら、塵を積もらせよう。息をつく間も与えず、更に十を超える連撃を加える。この力なら、鬼だって膝を地面に付くような攻撃を繰り出すが、ゴキブリ並みのしぶとさで掻い潜っていく。

「っ…!くっ…!?」

 正邪は反撃する暇もなく、目の前の事で手一杯となっている。針妙丸からの援護があるため辛うじてついてこれていたが、小人が目標を捉えられずもたもたしている内に、正邪が限界を迎える。

 力を振り絞っていたのだろうが、左右から、上下から、蹴りが組み合わさる不規則な攻撃によるダメージに、動きが目に見えて遅くなっていく。そこらの妖怪ならすでに死んでいてもおかしくない回数であるため、弱い天邪鬼にしたら耐えた方だ。

 針妙丸の攻撃を掻い潜りながら、正邪へ渾身の一撃を加えた。当たった衝撃を反転させて一部こちらへ返してくるが、ひっくり返しても残るダメージに、ついに後方へ下がっていく足が止まった。ダメージは腕に留まらず、足にまで影響を及ぼし始めたようだ。

 動きが完全に止まった彼女の痣だらけの腕に手を伸ばし、もう片方の手で正邪の顔を覆いながら頭部を掴んだ。

「くっ!?」

 重い拳の突きに反応が遅れ、伸ばした両手が掴ひっくり返されることはない。針妙丸に願いを使われる前に軽い天邪鬼を持ち上げ、地面へ叩きつけた。硬い石畳や岩があれば今ので勝敗が付いていたが、柔らかい地面で命拾いしたようだ。悪運の強い。

「ふ…ぐっ…!?」

 目を覆っているため表情はわからないが、口元だけでもどれだけのダメージがあったのか想像に難くない。血反吐を吐き、紅い気泡を膨らませている。

 それでも虫の息には変わりない。顔から手を放して、血みどろで呻く顔面を踏み抜こうと足を持ち上げた。頭をザクロのように弾けることを想像し、正邪へ振り下ろそうとした直前に、後方から気配がする。

 完全に正邪を殺すつもりだと思い込んだ針妙丸が、天邪鬼を殺そうとする際に生まれる最大の隙をつこうとしているのだろうが、見え見えだ。

 私が踏み抜くまでに間に合う間合いから飛び込んできたようで、打ち出の小槌には願いが込められている淡青色の光を視界の端に捉えた。

 私は彼女をギリギリまで引き付ける。私に自分を殺す意思がないのだと、下で倒れている正邪が察したらしく、血反吐を吐きながらも針妙丸に何かを伝えようとしているが、ゴボゴボと口の中で気泡を膨らませるだけで、声にならない。

 馬鹿正直な針妙丸に私は嗤いを堪えることができない。もし、横から狙われたのであれば、何かあると勘づかれていただろう。後ろからで助かった。

 全身の筋肉を使って私の後頭部を狙うが、直前に向き直りながら移動したことで、得物は後頭部に当たることなく、ガードに使った腕が吹き飛んだ。貴重な願いを使った攻撃はその程度の損害しか出すことができなかった。

 だが、もし後頭部に当たっていれば、腕を吹き飛ばした威力から私の意識を抵抗する間もなく掻き消すのには十分だっただろう。

 しまったと針妙丸の顔が曇る。思惑、作戦を潰した時と言うのが一番心が躍り、優越感に付かれると言う物だ。私にとって極上のスパイスを浮かべている小人を、再生させた腕で掴んだ。

 打ち出の小槌の魔力を惜しげもなく使用し、その回復力に針妙丸も目を白黒させている。反撃させる間など与えず、倒れている正邪の方へ向き直り、天邪鬼の頭目掛けて叩きつけた。

 視界を針妙丸で覆い、ひっくり返す程度の能力を封じた。まとめて邪魔者を屠れるまたとない絶好のチャンス。今度はフリではなく、本気で二人を踏み潰すために足を掲げた。

 魔力で強化されていたとしても、かなりのダメージを負ったのだろう、針妙丸の反応が悪い。足を突き出そうとした直前でようやく、願いを打ち出の小槌に吹き込んでいく。願うだけであれば、ギリギリ間に合いそうな具合だ。

 妨害が入るが、来ると分かっているのであれば、ひっくり返すことは赤子の手をひねるのも同然だ。

 弾幕を放とうが、植物を操ろうが、踏み砕く足を吹き飛ばそうが、それらをひっくり返すか打ち出の小槌の魔力で再生させて最終的な結果は変わらせない。

 足を踏み下ろすと、針妙丸もこちらに攻撃を開始した。血迷ったのか、打ち出の小槌を使わず、拳を握るとこちらに突き出してきた。しかも親指をこちらに向け、殴る形ではない。

「馬鹿が…!」

 もとより私も身体能力は高くはないが、素手と得物なら、断然武器を使用した方が有利に決まっている。それを捨てて来たのは、焦りやダメージからくるパニックに侵され、判断能力を欠いている証だ。

 終わりだ。二人を殺して、早く霧雨魔理沙のところへ。

 勝利を確信した私だったが、高速で向かってきた何かが胸を撃ち抜いた。文字通り私を釘付けにする。身体を貫いたのは弾幕や植物の部類ではなく、無機物で細長い物体だ。

 それを見るまで忘れていた。私の振り下ろしていた足と、ガードを一切していない胸を貫通しているのは、彼女がもう一つの得物として使っている針だ。基本的にこちらを使っていたはずだが、もしもの時のために仕込んでいたのだろう。

 願いで小さくして、再度願いを込めて再び大きくしたのだろう。こちらに攻撃するときの手の形は拳自体での攻撃ではなく、何かを使っての形だと今になって気が付いた。ひねくれたことをしてくれる。

 狙ってか偶然か知らないが、膝関節を貫かれたことで足にうまく力が伝わらず、針ごと奴らを踏み殺せない。足の稼働させられる角度とは異なる角度で固定されたことも相まってさらに動かすことが困難だ。

 倒れながらこちらに針を延ばして来ていた針妙丸が、筋肉のバネを使って飛び起きながら私を突き飛ばした。潰すために片足で立っていたこともあり、彼女の力に逆らえない。

 背中から無様に倒れてしまう。すぐに立て直したいが、利き足が使えない状況では咄嗟に立ち上がることができない。傷を再生させようとしても、捻じ込まれた金属が邪魔で回復もままならない。

 後方に倒れる運動エネルギーや向かってくる針妙丸の進行方向でもひっくり返してやればよかったのだろうが、判断が遅れてしまった。まずいと焦りが生じつつも、内心の優位性に揺らぎはない。

 子供とおんなじ程度の体重しかないため、突き飛ばすこと自体に攻撃性はない。奴の狙いはここからだ。膝から針を引き抜くと、私の上に馬乗りになった。

 足から得物を引き抜く際に握る持ち手を順手から逆手に変えたようだ。私の血で濡れた針が、太陽の光を浴びて赤々とどす黒い色に反射する。彼女の居る位置から、そのまま頭部を串刺しにするつもりなのだろう。

 だが、ひっくり返すまでもない。正邪が針妙丸を裏切っていない内にしか使えない秘策があるのだ。

「裏切り者を守ることほど滑稽なことはないですね」

 少しでも正邪に疑念を持っているのであれば、これだけでいい。時間軸的にはこちらの世界よりも遅いのか、未だ共に行動している所を見ると、逆様異変は起きていないと考えられた。

 針妙丸はお人好しで騙されやすいが馬鹿ではない。ほんのわずかでも正邪が付いた嘘の片鱗を嗅ぎ取っていれば、彼女は気が付くだろう。私の側に小人がいない理由に。

 一瞬の迷いが生死を分ける。一秒に満たない時間があれば十分だ。切断されたのならまだしも、小さな数センチの穴を開けられた程度なら再生に時間はかからず、貫かれた心臓や脚の傷も治せるだろう。

 一瞬でも早く殺せれば、願いの邪魔くさい妨害も入らなくなるだろう。体を捩じり、身体を再生させながら蹴りを放つ前段階へ移ろうとした時、頭部に激しい激痛が走った。

 何の躊躇もなく、針妙丸が私に逆手に握った針を振り下ろしたのだ。こちらはまだ身体の再生が終わっていないというのに。私が思っている以上に針妙丸が馬鹿だったのか、それとも逆に奴の頭の回転が速すぎたのか。

 どちらなのかわからないが、そんなことはどうでもいい。いくらひっくり返す程度の能力があったとしても、意識を絶たれればそこまでだ。

 体を潰された時は辛うじて頭部が残っていた為、残った意識の中で時間の逆転を行った。しかし、今回はそうもいかない。頭部を直接狙われていた為に、意識を絶たれれば抵抗する間もなくそこで終わってしまう。

「くそがあああああああああああああああああああっ!!」

 骨を貫くのが難しいと判断したのか目に突き刺してきたが、その判断は正しいだろう。頭部の中で最も柔らかい眼球は、抉り込んだ巨大な針を押し返すことなく迎え入れる。あと数舜でも遅ければ針は脳に到達し、脳組織をぐちゃぐちゃにかき混ぜていただろう。

 すんでのところで針を掴み、あらん限りの力で押し返した。腕力の差は、全体重で押し込もうとする針妙丸に負けないはずだが、針の表面が血で滑るせいで押し返せない。力が拮抗し、握る力を少しでも緩めれば針が抉り込んでくる。

 針妙丸が私に押し込もうとする力をひっくり返して引き抜かせようとするが、彼女の握る得物が私から引き抜かれることが無い。ギリギリ正邪に視線が通る角度なのか、ひっくり返したのを更にひっくり返されている。

 力が拮抗し、針の動きが止まった。抵抗する私と押し込もうとする針妙丸の力が加わり、得物がブルブルと震えている。どちらかが力尽きた時に勝敗が決まる。しかし、私の方が不利だ。

 正邪が起きてくれば、この拮抗は崩れるだろう。その前に私は先に先手を打たなければならない。能力を使おうとすると、針妙丸が先に動いた。

 針を持っていた方とは逆の手に握られていた打ち出の小槌を掲げる。願いが込められていき、淡青色の光が強まっていく。

「そういう嘘は、聞き飽きた!」

 握った針へ、打ち出の小槌を叩きつけようと得物を振りかぶる。一発逆転を確信し、針妙丸の瞳に力強い炎が横溢する。

 自分を的にしたことで、顔中を血まみれにする正邪も体を半分起こしながら、行けと叫ぶ。その声色には、確信に満ちた物がある。

 しかし、打ち出の小槌を振り下ろすのがほんの数舜遅かった。本人が一番だが、その後方で立ち上がろうとしていた正邪は異変を感じ取っただろう。

 掲げた打ち出の小槌を攻撃のためにではなく、何もすることなくただ普通に降ろしたのだ。その動きは、まるで私が潰れた全身を再生させた時と同じように見えている事だろう。針妙丸の時間をひっくり返し、動きを逆行させた。

 肉体の時間をひっくり返すことができても、思考の流れまではひっくり返しておらず、勝ったと思い込んでいた瞳の色は、困惑の一色で染まっている。状況はすでに八方塞がりで杜絶した。

 逆行により、打ち出の小槌に宿っていた光が光量を失い、私の頭を貫かんとしていた時の姿勢へと戻っていく。

 目を針で刺された時にはかなり焦ったが、ここまでくればもう私に死ぬ心配はない。こいつらの貧相で、運任せの作戦は失敗に終わった。

「針妙丸!」

 逆行している時間の流れをひっくり返して順行させるのに、パワーはそこまで必要ない。だが、時間を切り替えられるまでのラグタイムがあれば、馬乗りになっている小人を吹き飛ばすことなど造作もない。

 体のバネを使い、針妙丸へ蹴りを叩き込む。短時間でここまで私を追い詰めたのは称賛に値するが、たった一発の蹴りで盤石とは程遠い作戦が破綻し、瓦解する。

「あぐっ…!?」

 小さな悲鳴を残し、小人の体が余計に小さくなっていく。体重が軽いせいか、殺すには至らなかった。

 打ち出の小槌には魔力が込められておらず、願いで軽減した様子はない。正邪がひっくり返して攻撃のダメージを軽減したのだろうが、小人の表情からそれなりには伝わっていそうだ。

 針妙丸が地面に落下するころには、私の片目は既に再生が終わっていた。地面に転がり、吐血する小人へ向け、跳躍する。

 敗色濃厚であるため逃げたかと思ったが、天邪鬼が私と針妙丸の間に割り込んでくると、防御の姿勢を取る。状況に振り回されず、一つの行動に統一しているのはある意味では正解だが、この状況では間違いだ。

 ひっくり返す程度の能力は面倒であるが、これまでの戦いでわかる通り無敵ではない。攻撃した際のわずかなラグによるダメージの蓄積で戦闘不能にするか、攻撃を判断する頭の処理能力を超えた速度で攻撃を行えば、奴は付いてくることができずに、もろに攻撃を受けて殺せるだろう。

 針妙丸が立て直すまでの時間すらも稼がせない。跳躍した力を魔力で体を減速させ、正邪へ拳を叩き込んだ。これだけの力の差がありながら、小人のように吹き飛ばないのは、能力のおかげだが、限界は遠くは無い。

 衝撃をひっくり返し、時間を稼ごうとしているようだが、攻撃の回転数を上げていくごとに能力の反応が悪くなっていく。一打一打は軽くなっているかもしれないが、その分だけ早いため、能力の使用が追い付いていない。

 その内、正邪の精神より先に、肉体が根を上げる。防御に使っていた腕の骨に亀裂が生じ、次の攻撃で肘が逆へ曲がる。それでも腕を酷使していると肩が外れ、そのうち腕自体が千切れ飛んだ。

 片腕だけではない。残った方も捻り潰し、腕としての役割を果たさないように徹底的に壊す。二度と立ち上がれないように。

「ああああああああああああああああっ!!」

 私にとっては心地の良い正邪の悲鳴。自分と全く同じ声であるはずだが、普段の声と外から聞こえる自分の声に差異があるため、奴が発する身を切り裂くような絶叫は、他人のものと変わらない。

 それでも、なぜか私の邪魔をしようと立ちふさがり続ける。私の中で持っている天邪鬼のイメージと少しずれる行動だが、毛ほどに興味がない。死んだも同然だ。

 腕を失った状態でも邪魔をしてきたため、数度拳を叩きつけてやっただけで簡単に骨が砕け、その範囲は全身に広がっていることだろう。

 立っているのもやっとに見えた。そろそろ引導を渡してやろう。顔面をぶん殴り、視線をこちらから横へと誘導するつもりだったが、予想以上に正邪が弱っていたようだ。骨が折れる音がしたと思うと、彼女の首がねじれて傾いている。悲鳴を上げる間もなかったようだ。

 真っ青に、次第に土気色へ変色していく。傾いた横顔の口元から赤黒い血液が覗き、だらりと垂れていく。顔を殴った時のもそうだが、首の脛骨が砕けて喉奥から露出し、出血を起こしている。

 首の神経を切断したことで、もし生きていたとしても首から下は不随となるため、脅威とはならないが念には念を入れ、ゆっくりと膝をついた正邪の胸へ手を抉り込ませた。

 魔力の強化も解け、柔らかい粘土に爪を立てているように感じる。心臓を握り潰してやろうと思っていたが、勢い余って引き裂き、背中側まで手が貫通してしまった。

「おっと」

 正邪へ突っ込んだ腕がどれとも区別のつかない組織片と血液にまみれる。強い収縮と弛緩を繰り返していた組織が、痙攣して動かなくなっていく。それだけは心臓なんだと想像がつく。奴の後方に倒れている針妙丸からはよく見えている事だろう。

 目を見開き、起こったことが信じられないと表情を浮かべている。そんな彼女へゆっくりと時間をかけて腕を引き抜き、死んでいると分かる空洞を見せつけた。

 前のめりに傾いていく正邪の体は膝をつき、座り込む形で一度静止する。さらに前へと倒れ始めた天邪鬼へ、膝で蹴りをぶち込んだ。

 首の骨が外れて固定されていないため、頭部だけが飛んでいくかと思ったが、蹴りに使った膝がめり込んだ分だけ大きく陥没し、顔面側が風船を思わせる膨らみ方を見せると、内容物を弾けだした。

 潰れた脳と脳漿、頭蓋骨の破片。それだけでなく、皮下組織や毛髪の残る皮膚、筋肉等が散らばり、見るに耐えない凄惨な現場へと変貌させていく。

 普通の人間は勿論の事、こういう光景を見慣れていない妖怪ですら、耐えきれずに吐いていただろう。まあ、私からすれば見慣れた光景だが。

 しかし、育ちの良いはずの針妙丸が、見慣れぬ光景に嘔吐するかと思ったが、正邪だった物の一部を浴び、茫然とこちらを見上げている。まさか死なないとでも思っていたのだろうか。

 首の動脈から血液を垂れ流す首なしを死体を、針妙丸の方へと蹴り倒した。力なく倒れ込んだ死体は、その後も血液を流し続けて小さな赤黒い池を作る。

 脅威を一人潰したことで、気分がいい。倒れた正邪を踏みにじりながら小人へと近づこうとするが、状況が変わっていく。

 読み込めていなかった多大な情報を、ようやく脳が処理したらしい。顔を真っ赤に激怒させ、傍らに落ちていた打ち出の小槌を乱暴につかみ上げた。願いを込めた打ち出の小槌を私へと薙ぎ払った。

 衝撃波を放ったのだろうが、これだけ何度も食らっているのだ。対策位は講じるものだ。

 小槌の願いがかなえられ、中空に発生した衝撃波が、気流の乱れや空間の歪みが生じる前に、ひっくり返してやった。

 正邪が殺されて動揺しているのだろう。感情に任せた愚行の対価は、放った攻撃を自分で食らう事で支払われた。

「がふっ…!?」

 ひっくり返した衝撃波は扇状に広がり、打ち出の小槌を振るっていた針妙丸を捉える。ひっくり返した位置が近かったらしく衝撃波が腹部に集中し、食らった瞬間に体をくの字に曲げた。

 周辺の土を巻き上げ、木々を大きく傾かせる程の威力。それを正面から浴びた針妙丸の身体は、私が食らった時よりも派手に後方へと吹き飛んでいった。当たり所が悪かったのか、衝撃波が針妙丸が吐血した血液を巻き込んで薄っすらと赤みを帯びている。

 気兼ねもなくひっくり返してしまったが、吹き飛んだ針妙丸をこれから追わなければならないと考えると、面倒くさい。

 どうせ私の勝ちは決まっている。打ち出の小槌には制限がある、食らったとしても体を再生させてから奴を殺せばよかった。そう思ってげんなりとしそうだったが、彼女は数メートル後方にある樹木に体を強かと打ち付けた。

 鈍い音が木の揺れる音と葉っぱの擦れる木の葉の音に紛れるが、その中に固い物体が潰れるような音も交じっていた。背中から突っ込んだことで、背骨を損傷したのかもしれない。

 もしそうであるならば、逃走も絶望的であるためゆっくりと針妙丸へと歩み寄る。木に背中を預けながらズルズルと地面へと座り込む彼女は、内臓にもダメージが行きわたっているのか、尋常ではない量の血を吐いている。

「ごぼっ……!」

 歩いていると、地面を踏む足に違和感があった。土を踏む感覚ではなく、柔らかく弾力のある物体だ。軽く足を傾け、踏んだものを確認すると、血まみれの臓器片と思わしきものが落ちている。

 よくよく針妙丸を観察すると、腹部辺りの皮膚や皮下組織、腹筋等が無くなり、一部内臓が露出していた。衝撃波に血液が混じって赤く見えていると思っていたが、案外この内臓のせいもあるのかもしれない。

 紐状の内臓を踏み潰し、たまに引き千切りながら歩み寄る。腸内の内容物が溢れ出て来たのか、独特なむっとした匂いが当たりに立ち込める。嗅ぎ慣れたと思っていたが、久々だとやはり新鮮味がある。

「随分と、かわいらしい姿になりましたね」

 血を吐くのが止まらない針妙丸へしゃがみ込み、視線を合わせながら呟いた。彼女自身の戦意はまだ喪失していないのか、私に攻撃を加えてこようとしているが、衝撃波で潰れた腕は持ち上がっていない。

 ほとんどの怪我は腹部に集中しているが、影響は顔にも及んでおり、口から吐血と喀血を同時にしている以外に、充血した目からは鮮血を流している。

 腹部への衝撃で横隔膜が押し上げられ、肺から空気が一気に外に流れ出ようとしたが、間に合わなかったのだろう。鼻腔内の気圧が上昇し、鼓膜が破れたらしい。耳からもドロッと血が流れ出ている。

「悔しそうですね」

 私の声が聞こえているのかどうか怪しいが、中耳内にある鼓膜からではなく、音を感じ取る耳小骨や蝸牛へ骨を介して音を脳に伝えているのだろう。私が語りかけると睨み、何かを話そうとするが、咳き込んで言葉にならない。

「そうだ、いい事を思いつきました!あなたの残った力を私の強化に使ってくれるのであれば、それであなただけは助けてあげてもいいですよ?」

 ここまで来たら私の勝ちは決定的に明らかだ。能力を手に入れに行くのに、力はいくらあってもいい。それに、もうすぐ死ぬであろう針妙丸からすれば願ってもない話だろう。

 自分で自分を回復させればいいと言った単純な話ではない。もし、自分を回復させたとしても、私が殺す。まあ、私に力を与えたとしても殺すが。

 私から視線を外し、真っ赤な瞳で周りを見回した。言った通りに私を打ち出の小槌で強化してくれるのだろう。

 腹部が潰れているため、足元に転がっている打ち出の小槌には手を伸ばしたとしても届かないだろう。仕方がない、渡してやろう。

 彼女の臓物がかぶさっている真っ赤な小槌を拾い上げ、邪魔な内臓を振り落とした。視界に小槌が見えると、辛うじて残っていた腕をこちらに延ばして来た。

 震える指で掴み、掲げようとしているが、持ち上げるだけの力が残っていないのだろう。小槌を握ったまま地面に腕が落ちた。

 だが、触れてさえいれば、打ち出の小槌を介して願いを叶えることはできる。願いを込め始めたのか、赤い小槌が淡青色の光に淡く光り出した。

 あとは、強化されるのを待つだけだが、素直に強化してくれるかどうかと言ったところだが、馬鹿正直な彼女の事だから騙されているとも知らずに強化してくれるはずだ。

 そう思いながら彼女が強化してくれるのを待っていると、唇を震わせながら何かを話そうとしている。信用できないから約束でもさせるつもりなのだろうか。口約束など意味が無いというのに。

「あ……あん…た……を…」

 血を吐きながら呟くため聞き取りずらいが、私を呼んでいるようだ。何を言うつもりだろうか。

「信じるわけない……!!」

 絞り出すように針妙丸がつぶやくと同時に、打ち出の小槌が発する光が最高潮へ達する。なんだ、裏切られたと顔を歪めながら死にゆく様子を眺められたというのに。

「じゃあ死ね」

 死にかけている針妙丸に、私は立ち上がりながら靴裏で踏みつけた。私を強化しないというのであれば、さっさと殺すに限る。苦しみを最大限に与え、長く楽しみたかったところだが、仕方がない早く終わらせるとするか。

 靴裏で蹴りつけると針妙丸が小さく悲鳴を上げる。身体を強化しているはずだが、悲鳴を上げる暇があるとは思っていなかった。強化を回復ではなく、防御に使ったのだろう。

 自分の死の時間を先延ばしにするだけの愚かな行為だ。頭を蹴り付けて潰そうとしても上手くいかないのであれば、潰れるまでやるだけだ。

 私は声を高らかに針妙丸の死を願って叫び、嬉々として木にもたれかかる針妙丸を踏み潰す。一度や二度ではない。脳髄を周囲にぶちまけるまで、これは終わらない。優越感に身を任せながら、何度も頭部を踏み潰した。

 




今回で正邪と針妙丸のパートを終わらせるつもりでしたが、足りませんでした。

次の投稿は6/25の予定です。
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